『恭也と美咲もながされた藍蘭島』

02 〜暑くて、鍛えて、でも住み慣れて〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ〜、お兄ぃちゃん暑いよぉ……」

 

藍蘭島に新たな住人が二人増えてから一週間が過ぎた。恭也はりんの一家によって建てられた家での新たな生活にもう完全に適応し、現在はすずと同じように何でも屋をやりながら生活している。しかし流されたもう一人である美咲はというと、文明の利器のないこの生活になかなか馴染めずにいた。

暑さにだれる美咲がすずの家の縁側の日陰になっているところで少しでも涼を得ようと移動を繰り返している中、庭では行人がかなり真剣な表情で木刀を振っていた。

 

「はっ、ふっ、はっ!」

 

ただの素振りではなく、まるでそこに相手がいるかのように木刀を振り、時に何かを受け止めているかのようにかざす行人の真剣なその表情に、美咲は次第に暑さを忘れて飲み込まれていった。

 

「だっ! くっ! ……はぁぁぁ」

 

やがて終わったのか、木刀をだらんと下げて長い息をついた行人に、

 

「あ、行人そろそろ終わりだよね? お水ここに置いとくよ」

 

と、すずがまるで図ったようなタイミングで声をかけた。

 

「ありがとうすず」

 

長年連れ添った夫婦のようなやり取りで水を受け取り、それを一息に飲み干す行人を面白くなさそうに見る美咲。

そんな視線に気付いたのか、

 

「近いうち富士山につれてってあげるから。ほら、あれ見えるだろ」

 

そういいながら美咲の隣に腰を下ろした行人は、そのまま美咲に頬を寄せて島の真ん中あたりに位置している山を指差した。

突然の行人の接近に嬉しいのとドキドキするので混乱しかかっている美咲。

 

「あそこは年中雪があるらしいんだ。僕もそう何度もいってるわけじゃないけど知り合いもいるし、今度皆で雪遊びにいこう。な?」

 

「う、うん……約束だよ? お兄ぃちゃん」

 

「うん。今度は破らないよ……?!!!」

 

久々の再開でなんだか甘ぁくなり始めた兄妹の空気だったが、殺気を感じて行人は身を強張らす。オイル切れのロボットのように首をギギッと回すとそこには、

 

「はにゃ? なぁに、行人?」

 

分からないけど微笑っとこう的な笑顔を浮かべたすずが首を傾げていた。しかしそれも最近ではお馴染み。いつからかすずは行人が必要以上に他の女の子と仲良くしたりすると獲物を前にした肉食獣のような殺気を飛ばしてくるようになった。しかも自覚はしていないらしく、行人はそんな無邪気(?)な殺気に戦々恐々している。

 

「そ、そろそろ恭也さんのところにいってくるよ。今日も稽古つけてもらわないと」

 

結局行人はそこから逃げ出す事を選択……

 

「あ、私もいく〜」

 

「私もいくよ、行人。皆もいるんだろうし」

 

出来なかった。かといって行人には二人を振り切ってその場を去るだけの度胸はないし、そもそもそんなに非情にはなれない。甘えたい盛りのすずと、これまで死んだと思っていた兄との再会を果たした美咲。行人の脳内には都合よくもこういった構図が出来ているからだ。

 

「……それじゃいこうか。すず、美咲」

 

結局行人はそう言って二人を連れて恭也の新居へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行人がすずと美咲を連れて恭也の新居に到着すると、そこには縁側でお茶を啜る恭也とその横で同じくお茶を啜っているりさ、そして、

 

「どうしたの、しのぶ?」

 

疲れきってヘタっているしのぶが庭先の木にもたれて座っていた。

 

「む、行人か。今日もやりに来たのか?」

 

「熱心だねぇ行人君。恭也が来てから毎日じゃないか。その調子で嫁探しも熱心にやってくれると島の住人としてはありがたいんだがねぇ」

 

「よ、嫁探しなんていやですっ! それにりささんこそ、恭也さんが来てから殆ど毎日一緒にいますよね? お仕事はいいんですか?」

 

「行人が反撃してる……」

 

お互いに牽制し合っている行人とりさ。結婚や嫁ネタでは今まで一方的にからかわれるだけだった行人の思わぬ反撃に、すずはおろか反撃を受けたりさも少々驚いている。というのも実は行人、恭也が島に流れ着いてから自分の境遇に関してかなり前向きになっていた。「こんな状況程度、恭也さんに比べればなんて事はない」という妙な方向に、だったが。

 

「恭也お兄ぃちゃんも大変だよね。何処に行っても女の人に囲まれてさ」

 

「まったく、なんで皆俺みたいな男をそんなにからかいたがるんだろうな? 皆魅力的なのだから俺みたいなのに構わずともいくらでもいい人が見つかりそうなのに」

 

「うわっ! 恭也お兄ぃちゃんそれたとえ帰れたとしても皆に言っちゃダメだよ?」

 

「む? 何故だ? 俺としては早くあいつ等には幸せになってほしい所なんだが……」

 

「絶対ダメッ! 魅力的だとホントに思ってるならそれは言ってもいいけど、でもいい人探せとか言っちゃダメだよ? 好きな男の人にそういうの言われるのすっごい傷つくんだから!」

 

「別に皆俺なんか……いやわかった。俺もあいつ等に傷ついてほしくないからな。胆に命じておこう。助言、感謝するよ美咲」

 

絶対分かっていないだろう恭也だったが、とりあえず言わないという約束を取り付けた事で納得しておく美咲。

 

「それで、恭也さん? しのぶは一体何を?」

 

りさとの牽制のし合いがだいぶ無意味であることに気付いたのか、行人がしのぶを縁側まで連れてきて恭也に尋ねてきた。

りさは先ほどまでと同様、恭也の横に戻っている。

 

「うぅ……面目ないでござる、師匠……」

 

行人に運んでもらって少し嬉しそうなしのぶは、そう言って弱々しく微笑んでいる。もう片側で肩を貸しているすずは少々面白く無さそうだ。

 

「そんなことよりどうしたの、しのぶ? まぁ何をしたのかは検討つくけど」

 

「行人、お前俺がここに来てから彼女の稽古を怠っていたな?」

 

突然の恭也の鋭い視線。向けられているわけでもないすずや美咲、しのぶやりさもその視線に自分が怒られているような感じがして身を竦ませる。すずなど本能的に危険を感じてしまって、

 

「わ、私お水汲んでくるねっ?!」

 

と一目散に逃げ出してしまった。

 

「彼女が今朝早くからここに来たんだ。最近俺が来たおかげでろくな稽古が出来ないって文句を言いにな。いざ尋常に、とか言われたときはどうしたものかと本気で悩んだぞ」

 

「拙者なすすべなく負けてしまったでござるよ。面目ないでござる、師匠。折角の御指導を活かせず……」

 

「いや、それはむしろ勝てなくて当然だよ」

 

申し訳なさそうに頭を下げたしのぶに、しかし行人は苦笑を零しながらそう言って笑う。

 

「恭也さんは世界でも最強の古流剣術の最後の使い手の一人なんだ。手加減されてたんだろうけど、そうやって話せてるだけでもすごい事だよ」

 

「ああ、しのぶさんは剣才がある。まだ刀の扱い方そのものは素人よりましな程度だが、その身のこなしや直感的な洞察力はなかなかのものだ。おそらく後数ヶ月きちんと鍛錬すれば俺が最後に見た行人くらいのレベルにはなるだろう。それより……」

 

しのぶに対してはそう言って微笑んでいた恭也だったが、その視線が再び鋭くなって行人に戻ってくる。

気付かないふりをしようとしている行人は、しかし同時に逃げ道がないだろう事も悟ってしまってどうしようもない。

 

「お前、その実力で弟子を取ったことに関しては、まぁここでの生活の特殊性なども考慮してやむをえない事だったとしておこう。しかし……」

 

二本の小太刀サイズの木刀を抜く恭也。

 

「その自分で取った弟子の鍛錬を自分のために怠るとはどういうことだ」

 

鋭い視線と木刀を突きつけられ、行人は久しぶりに本当の恐怖というものを思い出した。

 

(あぁ、そういえば前は鍛錬サボったり真面目にやらなかったりで随分やられたなぁ)

 

「恭也さんが来て、久々に純粋に自分より上の人と稽古が出来て浮れていました。すいません。ごめんね、しのぶ」

 

とはいえ恭也は決して理不尽な怒り方はしない。今度の事に関しても、悪いのは自分の実力が上がるのが楽しくてしのぶの事を疎かにしていた行人自身である。父親とは違った、自分が間違わないように本気で怒ってくれる恭也だったからこそ、行人はずっと兄のように慕ってきたのだ。

恭也はというと、素直に頭を下げた行人の成長ぶりに驚いていた。今までの行人なら、恭也に頭を下げる事はあってもしのぶには頭を下げていなかっただろう。別に行人がしのぶに悪いと思っていないなどではなく、ただそこまで考えが及ばなかったのだ。しかし今行人はきちんとしのぶに頭を下げた。自分がなぜ怒られているのかをきちんと最後まで理解したのである。

恭也は木刀を下ろすと、

 

「行人、お前ここに来て成長したな」

 

と嬉しそうに小さく頬を緩める。そして行人としのぶに、

 

「今日は二人とも面倒見てやる。覚悟するんだな」

 

行人は何故恭也が嬉しそうなのかいまいち理解出来ていないが、鍛錬出来る事に嬉しそうに木刀を掴んで気を引き締める。

 

「拙者はもう暫く休ませてほしいでござるよ〜」

 

それとは対照的にそう言って少々情けない声をあげるしのぶ。恭也は苦笑しながら、

 

「りささん、お仕事が忙しくなければしのぶさんを見ててやってください。あと出来れば打ち身などに効く薬などがあれば頂きたいんですが」

 

「あいよ。うちから持ってきてやった薬箱の中に入れといてやったから、適当に探させてもらうよ」

 

りさはそう言って意気揚々と家の中に入っていく。

 

「美咲……はいい。しのぶさんと涼んでろ」

 

手伝いを頼もうとした恭也だったが、もう完全に融けきってしまっている美咲を見て苦笑を零す。

 

「では行人、こい」

 

恭也の合図と共に、行人は豪快に突撃していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……ぐはぁ!」

 

「し、師匠……も、もう駄目でござるぅ〜……」

 

「ふぅ。良く頑張ったな二人とも。ウチの馬鹿弟子にもこれくらいの気迫が鍛錬からあればもっとやりがいがあるのだが……」

 

あれから結局空がオレンジに染まり始めるまで、行人としのぶは延々と恭也との鍛錬を続けた。行人もしのぶも見るも無残なほどにぼろぼろだが、二人ともその表情は何処か晴れやかである。

美咲と戻ってきたすずが行人の手当てを二人でし、りさと恭也でしのぶの傷を見ていく。

 

 

「? ボコボコ打たれてたわりにそんなに後に残りそうな傷とかはないね?」

 

「え? そうなの? 行人は見た目どおりボコボコだよ?」

 

「久しぶりにお兄ぃちゃんの手当てするけど、いつもいつも恭也お兄ぃちゃんとやるときはボロボロだよね? それも重くもなく軽くもなくって妙に絶妙な怪我ばっかり」

 

そう言いながらすずと美咲、そして治療途中の行人は揃ってしのぶの怪我を覗き込む。

 

「そ、そんなに見られるとテレるでござるよ」

 

何故か頬を染めるしのぶそっちのけでりさと一緒に怪我の具合などを見ていた三人だったが、やはりりさと同じ結論に達したのだろう。不思議そうに行人としのぶを見比べていた。そんな中、恭也の意図に気付いた女性が一人。

 

「はっはぁーん。さっすが恭也だね。惚れ直しちゃうよ♪」

 

ニヤニヤと恭也を後ろから抱きかかえたのはりさ。 「優しいんだから」とか「そっちのほうも優しいのかい?」などといわれて顔を赤くしながら対処に困っている恭也に、その微妙に甘めな雰囲気をものともしない天然娘が、

 

「ねぇ恭也さん。どういうことなの?」

 

ときょとんと首を傾げてみせる。

助かったとばかりに優しくりさを引き剥がした恭也は、しかし微妙に助かっていない事に気がついた。しかし先ほどの状態に戻ってしまったらいくら恭也といえど理性にも限界がある。しかたなく恭也は、

 

「行人は男。自分を鍛えるために負ったやむをえない傷や大切なものの為に負う怪我には意味が持たせられる。それがよほど馬鹿なものでもない限り」

 

そう言って暫く自嘲気味に口元を歪ませて膝を抱える恭也。

 

「しかし女性の怪我や傷は残ってしまえばその人の人生そのものを狂わせてしまう可能性すらある」

 

照れくさそうに早口でそういった恭也は、縁側に戻って冷めたお茶を啜る。

恭也の意図するところの分かっているりさは、そんな恭也のお茶をさしかえて自分もとなりに腰を下ろした。

 

「どーゆーことなんだろうね? 行人」

 

「拙者はもしかして手加減されているのでござろうか?」

 

残念そうなしのぶを見て、行人は苦笑いを零しながら頭をぽんぽんと軽く叩く。

 

「恭也さんが手加減してないわけないじゃない」

 

「そうだよ。恭也お兄ぃちゃんが本気なんか出したらお兄ぃちゃんもしのぶさんも一分と持たずに殺されてるよ?」

 

「こっ、殺さ……!」

 

笑いながら物騒な事をいう美咲に思わず絶句してしまうしのぶ。すずはホントに? といった視線を行人に向けている。

 

「ま、まぁそんな事よりなんでしのぶの怪我が目立たなくて軽いものばっかりかって話は?」

 

「あ、そうだった。それで? 行人は何か分かった?」

 

無邪気に行人の顔を覗きこむすず。思わず仰け反って顔を赤くしてしまう行人を、美咲が責めるようなジト目で見ている。

 

「その事なんだけどさぁ」

 

ジト目のまま美咲が口を開いた。視線の先には依然行人。

 

「恭也さん、しのぶさんが女の子だから気を使ったんじゃない?」

 

「しのぶちゃん(拙者)が女の子だから?」

 

美咲の言葉に行人は暫く考え、

 

「ああ、そういうことか!」

 

「なになに行人? どういうこと?」

 

「師匠、拙者もしりたいでござるよ」

 

すずとしのぶが身を乗り出して行人に詰め寄ってくる。二人とも発育が異常いい上に着ているものも際どいので行人は目のやり場に困ってしまうが、二人はそんなことには全く気付かずにさらに詰め寄っていく。

 

「ま、前にさ、美由希さん、恭也さんの妹さんなんだけど、が言ってたんだけどさ」

 

そう言って前置きをしながらさりげなく身を引いて美咲の隣に逃げていく行人。恭也とりさはもはやお構いなしに煎餅を持ち出して齧っている。

 

「恭也さんってさ、鍛錬の時絶対に外から見えたりする所には打ってこないんだって。それに痕が残らないように加減もしてるって。それで美由希さんがそれを聞いてみたらね、恭也さん、嫁入り前の娘の身体に残るような傷を残すわけにはいかん!って恥ずかしそうに言ってたんだって」

 

「へぇ。なんか行人みたいだね」

 

長年女の子だけの生活をしてきたすずとしのぶにはいまいち理解が出来ないらしく、なんだか初めて掛け算というものに触れた子供のように純粋に驚いている。

そして行人の話をちゃっかり聞いていた恭也は、

 

(行人、褒美にそろそろ強めにやってやるか。あと美由希、帰れたら正直に言いふらしている事をきちんと褒めてやらんとな)

 

今回の件を漏らした義妹と喋った弟のような存在の少年に褒美という名の地獄を見せる事をひそかに誓った。

偶々楽しそうに笑っている恭也を見てしまったすずは、その笑顔に戦慄すら覚えてしまい暫く行人が恭也の鍛錬にいくのについてこなくなったとか。そしてその行き帰りだけ行人を完全に独占できる美咲は、行人の看病という名目で堂々と肩を貸して密着するために行人本人には内緒で恭也にいって時々鍛錬を厳しくしてもらっていたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。ここがりささんの言っていた神社か」

 

行人としのぶとの鍛錬の後、夕飯をりさとりんにご馳走になった恭也はりさにこの島の神社の場所を聞いていた。

 

「やはり普段から鍛錬に神社の裏を使わせてもらっていたからな。なんとなく落ち着く」

 

りさに言われたとおりの場所にくるとそこには長い階段と、その上に立派な神社があった。それを囲む森もかなりの広さで、何処となく那美の管理していた神社を思い出す恭也。

早速深夜の鍛錬を始めようと抱えていたバッグを置き、鉛の芯の通った木刀を取り出すと、恭也は背後に人の気配を感じる。

 

「……誰です?」

 

声を張ろうとして、しかしここが人の住む神社の脇であることを思い出した恭也は声の調子を勤めて穏やかに、しかし最低限の警戒をして背後の人物に尋ねながら振り返る。

 

「あらあら、こんな遅くに誰かと思ったら……泥棒さんとかじゃなくてよかったわぁ」

 

 

 

 


あとがき

 

あくまでも今回は藍蘭島での恭也の日常ってことでよしなにお願いします。

りさが恭也に付きまとってるのは仕様ってことで。仕事どうしたって感じですが、りつの後押しがありますので結構堂々と出入りしてます。そしてその分りんにとばっちりがw

そして今回ちょっとだけしのぶ。行人に構ってもらえなくてちょっとすねて恭也に文句を言いがてら勝負を挑んでものの見事に返り討ちwww 師匠である行人が兄のように慕う恭也を彼女はなんと呼ぶのでしょう? これからのお楽しみかな?

最後に出てきたのは……といったところで今回はこの辺で〜♪





既に島での生活に適用しているな、恭也は。
美姫 「みたいね。殆ど鍛錬で一日を使ってそうね」
確かに。それはそうと、最後に出てきたのは…。
美姫 「一体誰なのかしら」
次回になれば分かる!
美姫 「次回も待っていますね」
待ってます!



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