恋姫†無双戯曲 −導きの刀と漆黒の弓−
第八話 −旅立ちと出会い−
「ねぇねぇ愛紗! あれみるのだ!」
公孫賛の軍勢の到着により混乱した黄巾党。
ただでさえ数で押すだけが脳だったような連中だったのに、四方から囲まれて右往左往している素人連中相手に後れをとる愛紗達ではない。
余裕が出始めたとき、鈴々が蛇矛である方向を刺して示した。
愛紗がそれに釣られるように視線を向けるとそこには、
「…………ほう!」
黒い弓に刃の付いた、見たこともない武器を振るう黒尽くめの男が眼に入った。
そしてそこから常に付かず離れずの場所で剣を振るっているのは言わずと知れた公孫軍の将軍、公孫賛伯珪。
「あれがご主人様の御友人か」
一目でわかる。
見慣れない服を身に纏い、見慣れない武器を使うその男が天の御使いの友人以外どんな素性がありえるだろうか。
「あのおにーちゃんと公孫賛、息ぴったりなのだ」
「たしかに。公孫賛殿は彼に敵を接近させないように立ち回り、それを彼が的確に援護し、なおかつ彼女が討ち漏らしてしまった相手はあの刃で切り伏せる」
「それに公孫賛自身も後ろとか全然気にしてないからすっごい強いのだ」
「ああ。まさに背中を完全に預けているといった感じだな」
「ふふっ。そうであろう? 一弦殿のあの弓はまさに攻防一体で、しかも遠距離までこなしてしまう。副官としては理想的なのだ」
愛紗と鈴々の会話を聞いていたのか、気が付くと星が会話に混ざっていた。
「関羽殿に背中を預けて戦うのは力強かったが、あの弓に背中を預けるのも悪くなさそうだとは思わないか?」
「……そうだな。あの御仁に背中を預ければ、何も考えずにただ向かってくる敵を倒すだけに集中出来そうだ」
「思いっきり暴れられそうなのだ!」
そんな会話をする三人の先で、白蓮と一弦は次々と向かっていく賊を打ち倒していた。
一言も会話などしていないのに、一弦にはまるで白蓮の動きがすべて分かっているかのように動き、そして白蓮は、自分が自分の見える範囲の外から攻撃などされるはずがないという全面的な信頼を置く。
そんな二人の前に立っていられるものなど黄巾党の中には一人もいない。
結局愛紗、鈴々、星、そして白蓮と一弦の連携の前に黄巾党の賊共は死以外の結果を見ることなく、その戦闘は北郷、公孫の連合軍の圧倒的勝利で幕を閉じたのだった。
「……やっぱり、いくのか」
追撃戦を終えて本陣を張っていた場所に戻った白蓮達は、そこで真っ直ぐに自分達を見据えている星に出くわした。
その格好を見てなんとなく悟ってそう口に出した白蓮に、星は軽く頷いて答える。
「分かってもらえたのは素直に嬉しかったが、それでも軍規違反は消えないし、皆を危険に晒したのも事実。ここは筋を徹すところだと思う。暫く旅して使えるべき英雄がいないか探してみるつもりだ」
「寂しくなるわねん。まぁあたしは一弦君がいるかぎりこっちにいるつもりだけどねん♪」
「……はぁ……出来れば私も一弦殿に閨での手解きというものをしたかったのだが……」
「遠慮させてください、本当に」
困ったように口元を歪める一弦と、面白くなさそうに星と泉をジト目で睨む白蓮。
そんな二人を見てくすっと笑った星は、悪戯な笑みを浮かべて白蓮に近づき、耳元に口を寄せた。
「心配しないでも、私は一弦殿を白蓮殿から取ったりはしない。面白い御仁で、いい戦友。それだけだ」
そう囁いて離れた星。
白蓮は少し頬を朱に染めて、ほっとしたように溜め息をつく。
そんな白蓮をからかいだす泉と、それを苦笑を浮かべながら見守る一弦。
星はそんな三人を少しだけ名残惜しそうに眺めると、荷物を抱え、槍を担ぐ。
「では、そろそろ行くとするか。白蓮殿、一弦殿、泉殿。短い間だったが、世話になりました」
「いや、こっちこそ。色々ありがとな」
「今度白蓮殿と会うときは主従ではなく、一人の友人として会いたいな」
そう言って白蓮と握手を交わす星。
「ああ。お前は私みたいな一国の太守が精一杯なヤツにはもったいない。もっと大きなものを見据えてる真の英雄ってヤツ見つけてきな」
自分がその器でない事を理解している白蓮はそう言って快く星を送り出した。
一弦と泉にも別れを告げ、背を向けて歩き出す星。
そんな彼女に一弦は最後に一言声をかける。
「あの、星さん。もし旅してまわって使えるべき英雄が見当たらなかったら……その時は一刀の助けに、なってあげてくれませんか?」
「……北郷殿の、か?」
「はい。一刀には、貴方の力がいずれ必要になります」
断言するような一弦の言葉。
普段はそんなに言葉の強くない一弦の言葉を受けて星は少し考えると、
「ならば、これから少し見極めにいってみよう。一弦殿の頼みでもあるし、それに私も実は天の御使いには少々興味があった」
とニヤリと笑って見せた。
そんな返事を受けて一弦は再度、深く一礼して星を、白蓮達と一緒に送り出した。
「……あれ? そういえば一弦。お前今の口ぶり、少しおかしくなかったか?」
星の姿が北郷の陣のほうへ消え、一弦が兵達に北平に引き返すことを告げに言った後、白蓮は何かに引っかかっているといった風に首を傾げた。
それは隣の泉も気になっていたようで、
「そうねん。さっきの言い方じゃまるで一弦君自身は天の御使い君とは関係ないみたいな……」
とそのたわわな胸を強調させるように腕を組んで考え込む。
そして引き上げの準備を整えた白蓮達が最後に北郷軍に挨拶に出向いた時、白蓮と泉は一弦の真意を知る事になる。
「…………え? 一弦、今なんて?」
「僕は、ここで一刀の護衛の仕事を辞めようと思うんだ」
挨拶に出向いた白蓮達を出迎えたのは一刀、愛紗、鈴々、朱里といった北郷軍の主なメンバーだった。
星がここにも挨拶をしに来た事を話したことをきっかけに暫く談笑した後、話はどうしてか自然と一弦の処遇の事になる。
どうしてか、と言うよりも、白蓮がそれを切り出したのだ。
今まで一弦を借りていた。本当に助かった、と。
そして一弦に本来の仕事である一刀の護衛に戻るように白蓮が言おうとした矢先だった。
一弦が突然、一刀に向かってそういったのは。
愛紗と鈴々は一弦の話を詳しくは知らなかったらしく、いまいち付いていけないといった感じで一刀と一弦を見比べる。
「……まぁ……多分そう来るだろうとは思ってたけど」
暫く考え込んだように見えた一刀は、やがてそう言って苦笑を零した。
「……そう、なの?」
「ああ。って言うかな、本当は俺からそう言おうかと思ってたんだ」
「……はい?」
ここで素っ頓狂な声を上げたのは白蓮。
今度こそ一弦と離れないといけないと覚悟を決めてここに挨拶に来たのに、もう訳が分からないといった感じだ。
「ちょ、ちょっと!? そ、それじゃあ一弦は……」
「ああ。出来れば公孫賛のところで使ってやってもらいたい」
「そ、それは……そりゃこっちとしては願ったりだけど……でも北郷もなんでいきなり?」
それは一弦も疑問に思っていたところ。
一弦にも理由があるように、一刀にも理由があるはずだ。
「いやさ。なんかさっき見た感じだったんだけど、一弦と公孫賛、なんか凄いいいコンビに見えてさ。一弦がこっちに来てから色々あったんだろうし、俺としてはいつまでも一弦にお守りしてもらうのも悪い気はしてたし、これからは対等な友達って方がいいなって所。一弦は?」
「僕は……ここで白蓮さんに命を救われたから」
「い、いや、救われたのは私だか…らんぐっ?!」
真面目に話そうとする一弦に照れくささからツッコミをいれてしまう白蓮。
しかしすぐに後ろから泉に口を塞がれて強制的に黙らされる。
「さ、続きをどうぞん」
「は、はぁ……僕も、いつまでも一刀に頼っていられないし、星さんもいなくなっちゃったら白蓮さん……また元どおりになっちゃうから」
一弦は白蓮の収める領地の微妙な事情を漏らさないようあえてぼかした言い方をしたが、一刀はそれだけでなんとなく事情を察する。
三国志演義でも正史のほうでも、公孫賛という人物は最後、裏切りによって滅ぼされている。
公孫賛という人物こそ正史とは違い気さくな好人物だが、その辺の事情は何かしらの形であるのだろうと思い当たり、あえてそこには触れない。
結局双方合意の上で一弦は現状維持となり、その代わり白蓮と朱里が気を利かせて陣を発つのを一日遅らせることで二人に再会を懐かしむ時間を作った。
そして翌朝、公孫軍と北郷軍は同時に本拠へと帰還する。
一晩で互いの兵達も仲良くなり、出立を遅らせたのは骨休めの意味でも良い結果をもたらしたようだった。
「じゃあな一弦。公孫賛をしっかり護れよ?」
「一刀も。関羽さん達と仲良くね?」
「何か問題が起きたら言ってくれ。お隣さんみたいなもんだし、一弦って共通の仲間もいるんだ。仲良くやっていこうな」
「ああ。公孫賛も、何かあったら言ってくれよ? 一弦は俺の親友なんだ。何かあったらすぐに助けにいく」
白蓮と一刀がそうして協力関係を結んでいる間、一弦はすっと愛紗達に近づいた。
「関羽さん、張飛さん、諸葛亮さん」
それぞれ呼ばれて一弦に視線を集める。
その視線を受けた一弦は、すっと腰を曲げて一礼した。
「一刀を、よろしくお願いします。貴方達になら、安心して任せられる」
それは愛紗達よりもずっと前から一刀の傍にあり続けた一弦の一種のけじめ。
そして愛紗達は皆、そんな一弦の思いが自分達と同じである事を感じ取った。
「私は、愛紗です。一弦殿、ご主人様の事はお任せ下さい」
「鈴々は鈴々なのだ! お兄ちゃんは鈴々達が何があっても守るのだ!」
「しゅ、朱里です。愛紗さん達がいる限り、ご主人様は大丈夫です。私も精一杯がんばりしゅ?! か、かんじゃった」
三人はそれぞれ一弦の、一刀に対する真摯な思いを受け、真名を明かすに値すると判断したらしい。特に愛紗は、自分が一弦の任務を引き継ぐという意味で一弦を先輩として位置づけたらしく、実力うんぬんは関係なく一弦を目上に置いているように感じられる。
「愛紗さん、鈴々ちゃん、朱里ちゃん。有難う……またね」
そうして一刀と一弦という同じ時代から来た、親友同士の二人のわずかな時間の再会は終った。
奇しくも、一刀が白蓮と泉に最後に言った言葉と、一弦が愛紗達三人に言った言葉は、同じものだった。
「「一弦(一刀)を、よろしく」」
そして一刀と一弦が再び別々の道に分かれてから暫く経った。
一刀達は身に降りかかる火の粉を振り払うように攻め入る黄巾党を撃破し続け、白蓮達はその間に黄巾党の本隊を他の太守や有力武将達と協力して撃破し、それぞれ久々に訪れた平穏を満喫していた。
そんなある日の事。もはや日課になりつつある朝食後の一弦とのお茶の一時を満喫していた時、ある一報が飛び込んできた。
「は? 義賊が私に会いにきてる?」
訳が分からんと首を傾げる白蓮。
一弦はとなりで黙って報告を聞いていた。
「せ、正確には元義賊です。ご存知ありませんか?并州の晋陽の県令が黄巾党の騒ぎでどさくさに紛れて私利私欲に走ったんですが、そんな晋陽で義賊として県令やそれに同調する金持ち達から金品なんかを盗んで街の人達に配っているうちに、いつの間にか町民の暴動で県令達が追い出され、何故かその義賊が街を治めることになったらしいです」
「……なんじゃそりゃ?」
「そ、それが……義賊といっても顔は随分前から知られてたらしくて」
「県令追い出した町民達に、いつの間にか祭り上げられた……って事ですか?」
どうやら話がなんとなく見えてきたらしい一弦。となりであまりに突拍子もない事に脳が処理しきれていない白蓮にかいつまんで説明する。
「……つまり祭り上げられて県令になっちゃったはいいもの、義賊やってきただけでどうしていいか分からないからご近所さんの私らに助けを求めてる、って事? 一弦」
「そんな感じじゃないでしょうか。とにかく助けを求めてるなら会ってみたほうが……ん?」
そこまで言って一弦は、ふとある事に気付いて顔を上げる。
白蓮はそんな一弦を訝しげに見ていたが、やがてその視線を追い……そしてそれに気づいた。
「お前、誰だ?」「貴方は、誰です?」
二人が同時にその言葉を発した瞬間、伝令の女官と思っていた彼女はいきなりばっと服を脱ぎ捨てる。
白蓮が中腰になって一歩引き、一弦は腰の特殊警棒に手をかけて白蓮を庇うように前に出る、が……
「へへっ。ちょっと悪戯しすぎましたっス」
「「……………………え?」」
そこには白蓮や一弦より少し歳下に見える、長い三つ編みおさげに黄色い布を頭に巻いた、猫目に八重歯のスレンダーな少女がバツが悪そうに頭を掻いていた。
「あたいの事元義賊って知ってここの人、入れてくれなくって。でも晋陽では皆待ってるし、どうしても会いたくて忍び込んじゃったっス」
そう言って少女は片膝をついて白蓮に頭を下げる。
「ってなわけで、あたいが今、なんでか晋陽を預かってる張燕っス。字はないっスけど、よろしくお願いしますっス」
「うーん、そりゃ大変だな」
忍び込んだ事情を聞いて、ある程度話を聞いた白蓮はそう言って顎に手をやる。
「大変なんてもんじゃないんスよ。あたい、黄巾党に育てられたんスけどやり方についていけなくて義賊やってたんス。盗みとか忍び込むのとかは得意っスけど、県令なんて仕事とてもじゃないけど出来ないっス。そりゃ、街の皆は大好きだし、助けてあげたいっスけど……」
自分に力がない事が悔しいのか、張燕はそう言って寂しそうに俯いた。
そんな様子をみて、何とかしてやりたくなるお人良しな白蓮。
しかし策が浮かばず、どうしていいものかと首を捻り、
「一弦、なんかいい方法ない?」
と隣の一弦に話を振ってみた。
「なんとかならないっスか?」
張燕も一弦に縋るような視線を向ける。
そんな二人の視線を受けた一弦は左手の人差し指を唇にあてて暫く考え込む。
そんな一弦を見ていた張燕は小声で白蓮に話かけた。
「あ、あの……公孫賛さん?」
「はぁ……は?! ん? ど、どうした?」
どうやらそんな一弦にちょっと見惚れていたらしい白蓮は、慌てて声の大きさを合わせて張燕に近づく。
「あの、一弦さんっスけど……男の人っスよね?」
「あ、ああ。そうだけど?」
「……いえ、なんか今、どっちか分からなくなったんス」
「……気持ちは分からないでもない」
「なんかこう……男の人にしては妙な色気が……」
「でもなんか男らしいだろ?」
「……はいっス」
「ちょっと可愛いけど、素顔は結構男らしいわよん♪」
「へぇ、そうなんスか?」
「体も意外に引き締まってるし、でも服着てると特徴がないからどっちか分からなくなるのよねん。髪で顔隠れちゃってるしぃ」
「そうなんだよなぁ……ってせ、泉!?」
「へっ?! だっ、誰っスかこの巨乳さん!?」
ヒソヒソ話してるうちにいつの間にか泉が部屋に入っていたらしい。
さりげなく話に入り込んでいて気付いていなかった二人が思わず声を上げて驚く。
一弦はそれをちゃんと見てたらしく、驚く二人に苦笑していた。
しかしすぐに話を元に戻す。
「あの、ですね。案が一つ、浮かんだんですけど……」
「ふぇ!? あ、そ、そうだったな! で? どんな案だ?」
「ぜひっ! ぜひ聞かせてくださいっス!」
「面白そうねん。なんの話かしらん?」
とりあえず途中から入ってきた泉に事の成り行きを離して聞かせる白蓮。
そして手っ取り早く話を済ませると、一弦に先を促す視線を向けた。
「白蓮さんとしては少し、懐が痛むんですけど……田豫ちゃんに晋陽に行ってもらうのはどうでしょう?」
「……国譲に?」
田豫とは、公孫賛の実力主義で将にまで出世した少女である。
彼女がまだ若すぎる事もあってそれ以上重要な任務に就けていなかったが、白蓮としてはじっくりと育てていずれは片腕にと思っていた少女だった。
「白蓮さんが時間をかけて育てているのは……皆知ってます。でも、田豫ちゃんは早く白蓮さんの役に立ちたがってます」
「そうねん。たしかにあの娘、そのままほっといたら焦れて暴走しちゃうかもぉ」
「それだけ、白蓮さんを慕ってるって事です」
一弦と泉に言われて白蓮は考え込む。
田豫を今、自分の手元であるこの街から出すという事は、信頼出来る将が一人、自分の下から一時的とはいえ離れるという事だ。
しかし一弦と泉の言う事も的を射ている。
「ずっと、でなくていいんです。張燕さんか、他の向こうでの適任者の人が田豫ちゃんからちゃんと政務のやり方を学んでくれたと田豫ちゃんが判断したら、帰ってきてもらえばいい」
「なるほどぉ。田豫ちゃんに先生としていってもらうのねん。危険も少ないし、ちゃんとしたお仕事だから田豫ちゃんも喜んでくれるし」
「それに、いざとなれば数日で呼び戻せる距離ですから」
「おおっ!? す、凄いっス一弦さん! それなら誰も文句いわないっス!」
感心して嬉しそうに一弦の両手をとってブンブンと上下に振り、感謝の意を示す張燕。
一弦はそんな元気な少女に優しく微笑む。
これで張燕も助かり、田豫も満足し、公孫賛は隣の領地への繋がりが出来る。白蓮も喜んでくれるだろうと白蓮に微笑みかけた一弦が眼にしたものは……
「むぅ……」
何故か少し不貞腐れ気味の白蓮だった。
なんでか分からずに首を少し傾げた一弦だったが、やがて何かに思い当たったのか白蓮に、
「田豫ちゃんを行かせるのは、気持ちとしては複雑でしょうけど……でも、あの娘の為です。一緒に、ちゃんとやってきなさいって……笑って行かせてあげてくれませんか?」
と、頭を下げた。
そんな事をされて慌ててしまうのは白蓮のほう。
「ちょ、やめろって一弦! わかった! わかったよ! 私だっていずれ国譲には経験つませようと思ってたんだ。……泉、悪いけど国譲呼んできてくれ」
「はぁ〜い♪」
照れくさくなって了承する白蓮。
泉は、なんだかんだいって一弦の言う事は聞いてしまう白蓮を見て満足したのか上機嫌で田豫を呼びにいった。
「さて、張燕。そういうことになった。田豫はまだお前より若いけど、政務に関しちゃ私より上だ。ちゃんとお前達に街の収め方を教えてくれる。いい案だしてくれた一弦に感謝するんだな」
そう言って眼を逸らした白蓮。
どうやら照れくさすぎて、感謝される前に一弦にそれを押し付けたらしい。
しかしここで白蓮は一つ、失敗をした事に気付かされる。
「ありがとぉっス! 一弦さんっ!」
「……え?」
「なぁ!?」
事もあろうに張燕は一弦に抱きついたのだ。それも思いっきり正面から。
「……あの、張燕さん?」
なんでか自分の首筋に擦り寄ってくる猫科の動物のような少女に恐る恐る声をかける一弦。
しかし返ってきた返事は、
「瑠那っス! あたいの事は瑠那って呼んで欲しいっス、一弦さん!」
何故か真名だった。
「えっと…………瑠那、さん?」
「はいっ! なんスか一弦さん!?」
「……とりあえず……離して」
どうも真名で呼ばなければ話すら聞いてもらえなさそうだととっさに判断した一弦は、躊躇いながらもそう呼んで注意を引き、瑠那の肩に手を置いて自分からなるべく優しく引き剥がす。
そしてさりげなく白蓮の横に移動すると、何故だか瑠那もくっついてくる。
「おい、張燕?」
「あ、公孫賛さんも瑠那って呼んでくださいっス! これからはお世話になるんスから!」
「え? あ、お、おお! そ、そうか? じゃあ私の事も白蓮でいいぞ。私だけお前の事真名で呼ぶのもなんか感じ悪いし」
なんか勢いで真名を許してしまう白蓮。やはり根がかなりのお人良しである。
それを受けた瑠那は嬉しそうに、にぱっと笑って、
「やったっス! 公孫賛さんに真名許されたっス! んじゃ、えっと……白蓮ねぇ! あたいは白蓮ねぇって呼ばせていただくっス!」
とはしゃぐ。……何故かまた一弦の手をとって。
誤魔化されて直りかけた白蓮の機嫌がまた少し傾き始め、また不穏な空気を一弦が感じ取った丁度その時、泉が田豫を連れてやってきてなんとか事なきを得た。
白蓮はそれで領主としての表情に戻らざるをえず、一弦に横にいるようにさりげなく命じてから田豫に今回の任務の話をして聞かせた。
一弦と泉の予想どおり、田豫は大喜びで初の大仕事に飛びつき、その勢いたるや、さっきまでの一弦に対する瑠那そのもののような大はしゃぎっぷりだった。
そして瑠那もまた、田豫の有能さが分かり、そんな彼女をよこしてくれる白蓮と、その案を出した一弦、そして一弦と共に説得してくれた泉にぺこぺこと盛大に頭を下げまくった。
「一弦さん、白蓮ねぇ、泉さん、改めて、これからよろしくお願いするっス!」
そしてその翌日、やる気有り余る田豫がいつの間にか晋陽に飛び出していってしまったので、それを追いかけるようにして瑠那もその日の内に北平を後にした。したのだが……
「……おい瑠那、お前なんでここにいる?」
「それはないっスよ、白蓮ねぇ。あたいはもう公孫軍の仲間じゃないっスか〜」
「そうじゃなくてっ! 別に私達の仲間って事自体は否定しないっ! だがっ! だがなっ!? お前晋陽はどうしたんだよ!?」
瑠那は数日後、ひょっこり北平に現れた。
「晋陽なら国譲ちゃんにお任せしたっス。あたいは名前だけでいいそうっスよ? 実務は国譲ちゃんが人材見繕って教えてくれてるっス」
どうやら求心力の高い瑠那は、義賊の張燕という名前こそが最重要だと田豫は判断したらしい。
事実、彼女自身は実務にまったく通じていなかったからこそ白蓮に助けを求めたのだ。
瑠那自身、田豫から何もしなくていいと言われているらしく、それですぐにまたこっちに来たらしい。
「あたい、戦うのと盗むの以外出来ることないっスからね〜。荒事になるまで遊んでてーって国譲ちゃんに言われちゃったんで遊びにきたんス」
あっけらかんとそう言って笑う瑠那に、白蓮もさすがに呆れたように溜め息をつく。
しかしそこに間がいいのか悪いのか、
「白蓮さん、見回りの時間で……「あ! 一弦さんっス!」……え?」
一弦が見回りの時間を告げに来た。
それを見たとたん、主人を見つけた子犬のように一弦に飛びつく猫科っぽい娘。
「る、瑠那さん? なんでここに?」
飛びつかれたのと、そもそも何故瑠那がここにいるのかという混乱でどう動いていいのか分からない一弦。
結果として抱きつかれたままになっている一弦に白蓮から不満げな視線が飛ぶが、一弦にはどうする事もできない。
されるがままになっている一弦に、瑠那は受け入れられたと思ったのかなんの遠慮もなく一弦の首筋に鼻先を擦り付ける。が、
「ちょっとまてぇぇぇぇ!!!!」
さすがにそれは許せないのか、理性よりも感情が先走って思わず瑠那を引っぺがす白蓮。
「何するんスか、白蓮ねぇ!?」
「それはこっちの台詞だ! 何一弦にくっついてんだ、お前は!」
「だって……一弦さんはあたいの恩人っスから♪」
「私もお前の恩人だろっ!?」
「それに一弦さん、あたいの周りの男共とは違って優しい匂いがするから大好きっス!」
「に、匂い……」
「って訳なんで、これからもちょくちょく遊びにきますんでよろしくお願いするっス♪」
こうして公孫軍に半ば晋陽を委託する形で、元義賊の張燕こと瑠那が仲間に加わった。
ちなみに白蓮が一弦の匂いを嗅いでみたいと思っていたかどうかは……本人のみぞ知る。
〜おまけ〜
「だぁかぁらぁ! 何度もいってるけどそう簡単に一弦はやれないよ!」
「一弦さんは物じゃないっスよ? 白蓮ねぇ。それにあたい、一弦さんを欲しいとは言ってないっス。あたいを一弦さんにあげるって言ってるだけっスよ?」
「なお悪いわっ!」
「あぁ〜んもうっ! なんなのこれはぁ? なんかちょっと出遅れちゃった間に何かとてつもなく面白いもの見逃した気がするわん! ……ところでなんで瑠那ちゃんがここにいるのん?」
「…………いや、だから…………誰か、これどうにかしてください、ホントに…………」
あとがき
ついに出ました新キャラ!
第……二号か。二号は張燕ちゃんでーっす!
正史では張燕は黄巾党とは別に盗賊をしていて、黄巾の乱の時に張角達と呼応して略奪しまくった根っからの盗賊。
戦闘においてはその敏捷な動きから『飛燕』と呼ばれました。
そんな人がアインにかかるとこうなるわけですw
イメージとしては……高町美由希さんのおさげを長くして、黄色いバンダナ頭に巻いて、そして猫目で八重歯をプラスしてみた感じかな?
それにしても、元気でちょっと体育会系なしゃべりのなつっこい娘さんって動かしてて結構楽しいですねw クセになりそ〜www
それでは〜
一刀から離れた一弦。これで、公孫賛の未来が変わるのか。
美姫 「新キャラも登場して、これらかどうなっていくかしらね」
いやー、楽しみだな。
美姫 「本当に。次回も待っていますね」
待ってます!