『新・恋姫†無双 〜降臨し不破の刃〜』
「うあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
ドレッドを揺らして俺に向かって怒涛の連続攻撃を繰出してくる蒋欽。
一撃一撃は喰らってしまえばそれだけで、俺の身体などひとたまりもなく木っ端微塵だろうな。
だが……
「……一撃一撃が必殺すぎる」
攻撃が一つ一つ重すぎて、その分隙が多い。
その隙をついて俺が振り切られた戦斧を追いかけるようにして彼女の間合いに飛び込み、足を払うと、
「うわたぁっ!?」
戦斧の重量と彼女自身の振りの速さに足元を掬われた……ふむ。なかなかトンチが効いているな。
「これまでだ、蒋欽」
まぁそれは置いておいて、とりあえず詰めの一手として喉元に小太刀の切先を突きつけると、蒋欽は盛大なため息をついて悔しそうに表情を歪めた。
「よし、これで今日も終わりだな」
いつの間にか恒例となった、俺の隊の隊長格との実戦形式の鍛錬。
明命に稽古をつけていたのがきっかけで、今は完全希望制で定期的に行っている。
あまり気乗りはしなかったが、皆の実力が上がっていくのを実感できたし、何より荒くれ者の集まりのこの隊で俺が頭となる事を認めさせる為だと明命と蒋欽、そして徳潤に言われてしまっては断わるわけにもいかなかったしな。
「これで何敗目だ、あたしゃ」
「丁度10敗目だな」
「ったく……いつになったら勝てるのやら」
「大分マシにはなっているが、まだまだ攻撃の後の隙が大きいな」
本当に悔しそうな蒋欽は、それでも最初に比べれば隙はかなり小さくなった。
最初は本当に……目も当てられなかったからな。まさに一撃必殺で、あとは知らんという感じだった。
しかし……
「そうは言ってもよ、旦那。コイツでこれ以上の動きなんかなかなか出来ねぇぜ?」
それはそのとおり。
「確かに、蒋欽の武器が戦斧である以上あれ以上の動きは厳しいな」
「だろ? なんたって破壊力最優先な武器だからさ」
まったくもってそのとおり。
しかし武器を変えてしまうと彼女の最大の持ち味が消えてしまうし、何より剛対剛の戦いならば彼女はかなり上の方に分類されるだろう。俺のように小手先と速さで勝負する相手と相性が悪いだけで……ふむ、そうか。
「あん? なんだい旦那?」
俺が何か思いついたのに気がついたのだろう。立ち上がって埃を叩いていた蒋欽が腰に手を当てて俺の顔を覗きこんで……
「っっっ!? しょ、蒋欽。頼むから身を引いてくれ」
「あん? なんだ? いきなり身を引けって……あたし旦那となんか取り合ったりしてたっけか?」
「そ、そうではなくて、だな……物理的な意味だ」
そう。前屈みに俺の顔を覗きこむというその態勢はつまり、ただでさえ露出の多い蒋欽の胸元を強調するような態勢という事であり、つまるところ……目に毒だ。
「んぁ? おぉ〜……別にいいけどな、旦那に見られるのくらい。むしろ触ってくれてもいいぜ?」
「多方面に誤解を招きそうな言動は慎んでくれ。でないと…「玲?その過剰な筋肉の塊で兄上を困らせるなら、私は黙っていられないですよ?」…明命が……って遅かったな。とりあえずその刀を蒋欽の喉元からはずしてやれ、明命」
もうこれもいつもの事だ。
俺が苦手なのをいい事に蒋欽がその身体を見せ付けるようにして俺をからかい、そして俺を慕ってくれている明命がそんな蒋欽に釘を刺し……
「ふぃ〜、ったく怖ぇっつーのお前は毎度毎度。旦那とちょっと遊んでただけだろぉが」
「玲のは兄上“と”ではなく兄上“で”ですよ? しかも事もあろうにその醜悪な肉の塊を使って……」
「オメェはぜってーそっちが主な問題だろうがこの貧乳っ!」
「なっ!? い……言ってはならない事をいいましたね、玲? 覚悟するですっ!」
「上等だっ!」
とこう、いつの間にやら俺とは関係のないところで小競り合いを始めてしまう。
他の隊長格の奴等は皆俺がからかわれ始めたところから観戦態勢に入ってしまっているし、それに今回に関しては俺も伝なければならない事もあるので、このままと言う訳にはいかない。
「そこまでだ、二人共。蒋欽、毎度の事だがあまりからかわんでくれ。明命もあまりいちいち気にするなよ? 俺がからかわれる事で皆の士気が高まるならば多少の事は大目に見るつもりだから、明命もそのつもりでいてくれ」
「へ〜い」
「はっ! え? い、いえしかし……」
「頼む」
まだ不満なようなので、とりあえず頭に手を置いて撫で付けてやる。
テレくさくないと言えば嘘になるが明命はこれで笑ってくれるし、大抵は収めてくれるのだから俺の羞恥など安いものだ。
「で、だ蒋欽。お前の武器に関してだが、俺に少々案がある」
「ホントかっ!?」
「ああ。後でそれがお前に可能かどうか試す為の練習用の武具を渡す。その代わり後で暫くその戦斧を借りる事になるかも知れんが」
「かまわねぇよ。あたし自身の為だしな」
よし。これで蒋欽は大丈夫。
見た目以上に器用な彼女なら、おそらく俺の思いついた武器も使いこなせるようになるだろう。
後はそれを用意するだけなんだが……
「明命。近いうちに城下に出るから、その時は付き合ってくれ。案内と交渉を頼みたい」
「はっはいですっ! あ、でも交渉はともかく案内は……我々も来たばかりですので」
そうだった。
むしろここに居ついた次期は俺のほうが早いくらいだったな。
「では案内はもう一人、俺が誰かに頼む。ともかく俺が近いうちに声をかけるだろうという事だけ覚えていてくれ」
「はいっ! 了解しましたっ!」
「あたしは行かねぇでいいのか? あたしの武器の事なんだろ?」
「蒋欽はとにかく勝手に慣れてもらう事が先決だ。少しでも長い間、俺が用意する練習用の武具の練習をしていてもらいたい」
二人の了承の返事を聞いた俺は、解散を告げてその場を立ち去り、その足で蓮華の部屋へと足を向けた。
こんな時にまで頼りきりなのは本当に心苦しいが、他に相談できる相手がいないしな。
上手くいけばいいが……
「では蒋欽、暫くこいつ等の扱いを身体に叩き込んでくれ」
「あぁ、分かった。分かったけどよ……なんだよこれ? 」
そう言って蒋欽が軽く振り回して見せたのは、柄の長さが蒋欽の従来の戦斧の半分の長さの斧と、同じ長さの棍棒。
両方とも蓮華に武器庫を開けてもらって、シャオ達にも手伝ってもらって探し出したものだ。思春にはかなり不満を言われたが……まぁ、それは置いておくとしよう。
「いいから両方同時に扱えるようになってみろ。後念を押すが、お前の戦斧は好きにしていいんだな?」
「あぁ、かまわねぇよ。あのまんまじゃジリ貧だかんな。まぁ、いざとなったら直せるくらいにしといてくれるとありがたいけどな」
っ! ……ほう……直せるように、か……
「……了解した」
それも面白いな。
「なんか微妙な間があったのが気になるけど……ま、頼むぜ?」
「あぁ、お前は貴重な戦力だからな。最善を尽くす」
その答えには満足してくれたらしい。
蒋欽は渡した斧と棒を交互に振り回しながら、聡里に報告でもしてくると言ってその場を立ち去った。
ふむ。あの二人、なかなか上手くやってくれているようで何よりだ。
そしてそんな蒋欽と入れ替わるようにして現れたのは……
「あああ兄上っ!?」
「明命……どうした? 何を慌てて……」
「ももっ、申し訳ございません! でっ、でもっ、そ、そのっ、あっ、案内役の方を迎えにいくようにって言われたから行ってみたらっ……」
「待たせてしまったかしら? 恭也」
「……待て。何故蓮華が?」
確かに……確かに案内役を見繕ってくれと蓮華に頼んだのは俺だったが……だからと言って自分で来るというのは王としてどうなんだ?
「私じゃ……駄目?」
「あ、いや……そんな事は……」
だからその目は止めてくれ。
というかいいのか? ここには明命も一緒に……
「あっあ、の兄上? 突然で申し訳ないのですが私これから玲と聡里に呼ばれているので申し訳ございませんが失礼させていただきますね?」
…………なんだその、忍や那美さんとかと翠屋でたまたま二人になってしまった時のかあさんのような表情は?
あの「後は若い二人でごゆっくり♪」が今にも聞こえてきそうだったぞ?
というかそもそも明命には交渉役を頼んだはずだったんだが…………
はぁ……まぁ、仕方ないか。あまり無理強いするわけにもいかんし、明命にも友人関係はあるだろうしな。俺の用件で連れまわしてそれを邪魔はしたくない。
とは言ってもそうなると……
「きょ……恭也?」
……だから蓮華はなんでそんな……
「分かった。分かったからそんな不安そうな顔をしないでくれ」
捨てられかけた犬じゃあるまいし。
「蓮華……案内を頼む」
「お姉ちゃぁ〜ん? 今日は恭也と遊ばないの〜?……ってああっ!!!?」
「っ!? どっどうされましたってあああっっっ!!!!?」
「なになにどうしたのぉ〜? ……あれ? 蓮華さまがいない……あらお手紙……“恭也に街を案内してくる。心配しないように”」
「「や……やられた」」
「ふぇ?」
「出し抜かれたよぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
「……れ、蓮華さま……小蓮さまじゃあるまいしそんな姑息な……」
「……何か言った? 思春……」
「はっ!? いっいえ何も……ちょ、ちょっと待ってくださいっ!? 私は本当に何も……」
「……やっちゃえ、周々♪」
「……はぁ……そりゃあ孫仲謀さまのご希望とあっちゃあ断わりませんが……本当にいいんですかい?」
「ああ、よい。やってくれ……それでいいんだな? 恭也」
「はい。よろしくお願い致します」
「……分かりました。了承済みって言うならこれほど遣り甲斐のある仕事は久々だ。思う存分やらしてもらいまさ」
蓮華に案内してもらったのは、武器職人の店。つまり鍛冶屋だ。
「これで良かったの? こんな事なら私の部下にも出来る人間くらいいたのに」
店を出ていつもの口調に戻った蓮華が、開口一番そう言って首を傾げる。
まぁ、タダで出来るところを態々金を払ってまで他のところでやろうとするのは不可解に思えるんだろうが……
「いや、いいんだ。あまり頼りきりになってしまうのも申し訳ない。そちらはそちらで忙しいのだろう?」
「そ、それは……」
そう。俺だって一番初めにそこを確認した。
しかし彼等が今、守りを固めようという蓮華の志に応える為に日夜装備品の整備と修繕に当たっているのを見てしまっては、新参者の俺が余計な仕事を捻じ込むわけにはいかなかったからな。
「そんな……」
「それに、自分の隊の人間の事だしな。折角給金も貰っているし、隊にも金を回してもらっている。こういう時に有意義に使わなければ、ウチの隊ではあっという間に酒代になってしまいそうだからな」
「ふふっ……面白い人達だものね」
「飽きないという点においては同意する」
そんな話をしながらただ何気なく歩いていた。
あの職人の話では完成は遅くとも一週間らしいが、とりあえず今日出てきた用はもう済ませてしまったしな。
むぅ……そうだ。
「蓮華……何処か行きたい所はあるか?」
「……え?」
たまには、いいだろう。
「これまで世話になりっぱなしなのに、碌に礼も出来ていないからな。何か俺に出来る事があればと思ったんだが……かなり割には合わないだろうが、多少の礼はさせてくれないか?」
「い……いい、の?」
「いや、俺からお願いしているんだが?」
なんでそんなに遠慮がちなんだ? 王なのに。
「じゃあ……一つだけ、どうしても一緒に行きたい所があるの」
「一つだけ、か?」
欲のない事だ。っと、いや、俺などと一緒では何処にいっても楽しくはないか。
おそらく俺の顔を立てようとしてくれているんだろう。
「あ、ううん。一緒に行きたい所はたくさんあるの。でも……私今日、実は置手紙だけ置いて出て来ちゃったから……」
お、おいおい。
ん? という事はあれか? 戻ったら文句を言われるのは……俺だろうな、やはり。
「小蓮もいる事だし、探しに来ないとも限らないの。だから……せめて今日は一箇所だけでも……お願い、出来る?」
なるほどな。
まぁ、とりあえずは俺の事を嫌がっていたわけではない事に安堵すべきだろうな。
色々と気遣いの出来る娘だし、もしかしたらと思ったんだが……勘ぐりすぎだったか。
「よし。では遅くならないうちにいくとするか」
「う、うんっ! じゃあその前に花屋に寄りたいのだけれど……」
「花屋? 構わないが一体何処へ……」
「……姉さんの……雪蓮姉様の、お墓参りに」
……いいのだろうか?
亡くなったお姉さんの墓参りに同行させてくれるというのは、おそらく信頼してくれているという事だろう。
いや、前々からそうだったし、今更彼女の信頼を疑う気は毛頭ないが……
「本当に良かったのか? 俺のような赤の他人が来てしまって」
「いいのよ。恭也には一度一緒に来て欲しかったの」
「……そうか」
何処か吹っ切ったようで、それでいてまだ何か吹っ切れていないようなそんな表情。
寂しそうな笑顔な笑顔に俺は、もう何を言うでもなくただ蓮華の隣を歩く。と……
「誰かいるな」
あそこだ、と先ほど蓮華から聞いていた、川がすぐそばを流れているような自然のど真ん中に王族の人間の物とは思えないほど質素な作りの墓石には一人、すでに先客がいた。
小柄な、赤みがかった髪のその少女が、俺達に気がついて顔を上げる。
「孫権さまでしたか」
「大喬、さん」
大喬? 大喬といえば確か……
「恭也。この娘は大喬さん。姉さんの、そ、その……恋人だった人よ」
そう。確か孫策の妻……って、待て。
「……恋人……そうか」
い、いやまぁ……そういった趣味もあるらしいしな。珍しいことではあるまい。
日本でも昔は男色が流行っていたらしいし、登場人物の殆どが女性になってしまっている三国志のここならばその逆もまたしかり、だろう。
それよりも……最初の動揺は悟られていない、よな?
「始めまして、不破恭也さま。大喬といいます」
「ご丁寧にどうも。不破恭也です。俺の事はご存知ですか」
「え、ええ。その……冥琳さまから」
「?」
「周瑜よ。周公瑾」
っ! ……彼女か。
「では孫権さま。わたしはこれで」
「……ええ」
言葉少なく、視線も極力合わそうとせずにその場を去っていく大喬さん。
蓮華もまた、そんな大喬を当然のように見送った。
「……上手くいかないの」
「……ん?」
大喬さんの姿が見えなくなってから、蓮華がポツリと切り出した。
というか彼女……まぁいい。
「雪蓮姉様は、覇道を進んでいたわ。周瑜と共に。でも姉さんが亡くなって……周瑜は私に、姉さんと同じ道を歩かせようとしてきたの」
……やはり、か。
俺にもその事で釘をさしてきたしな。
若干、強引さを感じなかった所に疑問を覚えんでもなかったが。
「でも私は、それが嫌だった。私は今の孫呉にとってそのやり方は、正しいとは思えなかったの」
「……何故」
俺は恐らく、ここで聞いておく必要がある。
蓮華の意思と、目指すものをしっかりと認識しておかなければ、あの女には対抗出来ない。
「姉さんは確かに、呉の民から英雄として称えられていたわ。事実、領土を広げる度にその土地の人々を助けてきたもの。でも……」
……なるほど。その辺りは三国志と似たような流れな訳か。
「……駆け足過ぎた、という事なのだろう?」
「……ええ。そして姉さんは……その生涯まで急いで終えてしまったようにある日突然、戦はもう終わっていたといってもいいような戦況で油断して毒矢を受けてしまって……帰らぬ人となってしまったわ。そして……」
今は、袁術の客将扱い。
「周瑜は頑なに強硬論を唱えるけど……今私達がやらなければいけないのは、散ってしまった各地の呉の仲間達と協力して孫家を呉に再興させる事。その為にはまず、きちんとした地盤が必要だと思うの。足元を固め、仲間達と慎重に連携し、時を待つ事が必要だと思ってるわ」
……もしかして……蓮華は俺をここに誘った時からこの話をするつもりでいた?
姉の墓の前で……自らの意思の再確認と、俺の意思の確認のために?
「姉様の後を継いでこの孫呉を任された身とすれば、それは絶対に曲げない。曲げられないの。私が、孫仲謀という一人の王となる為に」
「……なら……なら、蓮華はその先何処を見ている?」
「私の望みは孫家代々の役割を全うする……孫呉の地で生きる人達の笑顔を守る」
「……大陸を統べるために立つ事はない、と?」
「いえ、それは分からないわ。ただ私はこの大陸の覇権も、追わずにいいなら追う必要はないと思っているの。きちんとした人が善政を行ってくれれば、私にはそれを壊してまで攻める必要が感じられない。ただ、もし」
そう言って蓮華は、真っ直ぐに俺の目を見据えてきた。
「私は国の皆を護りたい。皆で豊かになって、皆に幸せに暮してもらいたい。恭也……私の理想に力を、貸してくれる?」
……気持ちは分かる。分かるが……それは……
「俺はまだ、信用されていないのか? 蓮華」
「なっ!? そっそんな事っ!」
「俺はもう、誓ったはずだぞ? 蓮華とシャオを護る、と。だからその問いに対する答えは、もう聞くまでもないはずだろ?」
「そ、それは……でも……」
だがまぁしかし、蓮華のお姉さんの前で誓うのも、いいだろう。
俺は蓮華と共に買ってきた花を抱え、ここに来て初めて墓に対面した。
片膝を付いて花を手向け、そして八景を腰から取り出して掲げる。
「孫策さん。貴方の前で誓わせていただきます。貴方の妹は今、貴方とは違った道を歩こうとしていますが、それはとても尊いものだと、俺は思っています。だから……俺は彼女なりのやり方で国取り返し、発展させ、そして護ろうとする蓮華を、護っていきます」
いつかこの土地を去る日は、来るだろう。
俺には俺の住むべき世界があるし、今も俺の帰りを待ってくれている人間がいると思うくらいは自惚れたい。
しかしそんな日常に戻る日が来るまでは……この華奢な体で立派に人々の上に立つ健気な王を、護りとおしてやる。それが俺がここに来た理由だと思うから。
「……恭也……」
? なんで顔が赤いんだ? 蓮華……と、そうだった。
「と、言うわけです、大喬さん。隠れて聞いてらっしゃるのは分かっていますので、俺の意思、しっかりと周瑜殿にお伝え下さい。“俺は、自分の信じた道を進もうとする蓮華を護りとおす”と」
「っ!? 大喬さ、ん?」
俺の声に観念したのか、傍の草陰から大喬さんが姿を現した。
彼女は彼女でただ、周瑜の役に立とうとしただけなのだろう。
「……ぬ、盗み聞きをしてしまって、すみませんでした」
スッと頭を下げた大喬さんに、蓮華は何も言わなかった。
あるいは俺と同じように、これがいい機会だと思ったのかもしれない。
何も言わない蓮華と俺に再度頭を下げた大喬さんは、今度こそ小さな歩幅で小走りになりながらその場を立ち去った。
「……さて。俺達もお参りをきちんと済ませて帰らないとシャオと思春が煩い……蓮華?」
……なんだ?
先ほどからまったく反応が返ってこないんだが……ん? 何かブツブツ呟いて……
「……恭也、護ってくれる……ずっと護ってくれる……これは求婚? ……誓いの言葉……」
よく聞き取れないが、まぁいいか。
暫く放っておいてやろう。疲れてもいるだろうしな。
後日、鍛冶屋のおやじさんから仕上がった品を受け取った俺は蒋欽のところへと向かった。
明命が鍛錬場に呼び出しておいてくれているはずなのだが……お。いるな。
「おっ、旦那っ! 出来たのかい!?」
嬉しそうに笑っているその表情は、本当に明命と同い年という歳相応のものだった。
「ああ……これだ」
俺が包みから取り出したのは、これまで蒋欽が使っていた戦斧とほぼ同じもの。
しかし……
「ん? こいつぁ……なんだ?」
長かった柄の先に付いた菱形に見える突起に目をつけた蒋欽。そう。それこそがこれの新たなる武器だ。
「あれ? 兄上、これは……錘、ですか? 形状はかなり特殊ですが……」
「明命は知っていたか。そう。これはこの突起での殴打を目的とした武器、錘の一種だ」
正確には西洋の武器で、メイスといった。
「こちら側にも斧や槍などの刃物を付ける事も考えたのだが、それだと今までとは勝手が違いすぎてしまうからな」
「なるほど。その点これならば、ここの分の重さに対応するだけで今までと同じように扱い、しかも反対側もこれからは武器として使える。さすがです、兄上」
「で、でもよ旦那。なら今まで練習してきた“これ”はなんなんだよ?」
そう言って蒋欽が取り出したのは、俺が渡した例の練習用の戦斧と棍棒だった。
そう。このままでは二本同時に扱えるようにした意味がない。このままでは、な。
「それはな……こういう事だ」
そう言って俺は、預かってきた蒋欽のその戦斧を、真ん中で二つに割った。
「「……へっ!?」」
「これはな、真ん中で二つに分かれるように細工が施してあるんだ。少々その部分の強度が前よりも落ちてしまったが、それもこの留め金で固定すれば解決するらしい。つまりだ、蒋欽。これでお前はその有り余る力を二分割して戦えるわけだ……お前の努力次第で、な」
そう言って俺は二つに分かれた戦斧と錘を元に戻し、蒋欽に手渡す。
明命が唖然とする中でそれを受け取った蒋欽は、繁々とそれを眺めては外したり取り付けたりを繰り返していた。まるで始めてみる玩具を与えられた子供のようにその瞳を輝かせて。
「……すげぇ……すげぇよこれっ!!!! なんだこれっ!? 分かれるしくっつくしっ!!!! それに前よりちょっと重くなったくらいで前とおんなじように使えるぜっ!?」
「……喜んでもらえてなによりだ」
嬉しそうに戦斧を振り回し、そして分割させて二本同時にも振り回してみる蒋欽。
ドレッドの髪の毛が揺れるその姿が、本当に子供のようだ。
「ありがとなっ! 旦那っ!」
そう言って笑ってくれた蒋欽のその笑顔は、これまで見た中で一番純粋なものだった。
「喜んでくれて俺も嬉しいよ、蒋き…「ちょっと待った」…ん?」
「あんさ、なんであたしだけいつまでたっても蒋欽って呼ばれてんのさ? ちょっと前まで、もしかしてあたし信用されてないのかとか思ってたんだけど、旦那はちゃんと信用してくれてるみたいだし……いい加減皆と同じに真名で呼んでくれねぇか?」
……あぁ……言われて見ればそうなんだが。
まさか蒋欽、忘れてるんじゃないか?。
「いや、真名で呼ばせてもらえるのならありがたいんだが……そもそも俺はまだ蒋欽に真名を許されていないぞ?」
「…………………………え? そうだっけか?」
やはり、忘れていたのか。
「悪いっ! もうとっくに許してるつもりでいたっ!」
「いや、いいんだ」
まぁそれはつまり、いつでも呼んでいいと思ってくれていたという事だと思うので、嬉しいことなのだからな。
「では、今日から真名で呼ばせてもらう。よろしく頼む、玲」
「おうさっ! あたしゃ完全に決めたぜっ! こっから先何があろうとあたしゃ、旦那についていく! 明命と二人、何があってもだっ! なぁっ!?」
「はいです! というか私はもうずっとそのつもりでした!」
「あ〜あ〜いい子ぶんなよ、明命」
「ぶってないのです! 玲こそ、今更覚悟を決めるだなんて遅すぎますっ!」
「んだとっ!?」
……あぁ……また始まった。
こうなるとこの二人、中々納まらないんだよな。
「きょ〜やっ、あ〜っそぼっ♪」
「恭也、今日は食事でも一緒にどうかしら? 皆で飲茶にいきましょうって話してたんだけど……」
「ツベコベ言わずに着いて来い。お前に拒否権はないんだ」
シャオ、蓮華、思春……いいところに来た。
「明命、玲。飲茶にいくか?」
「いきますっ!」
「当然だろっ!」
……よし、収まった。
「……折角の飲茶だ。聡里も呼んでやろう。蓮華、シャオ、いいか? 親睦を深める為にもいい機会だろうと思うんだが」
「うん、そうね。恭也がそう言うなら」
「しょうがないなぁ」
よし、ありがたい。
「「でも」」
ん?
「蒋欽の事を真名で呼んでる訳もそこで……聞かせてもらいたいわ」
「しかも蒋欽ってばなんか前より懐いてるしっ!」
「あ、皆も真名で呼んでくれ。孫権様も孫尚香様も、お願いします」
「あ、あぁ。私の真名は蓮華だ。これからもよろしく頼む」
「シャオの事も真名で呼んでいーよ♪ 小蓮でもシャオでも、呼びやすいほうで呼んで♪ ……で、恭也?」
「……話を戻しましょう」
……だからなんなんだ? 毎度毎度。
別段悪い事ではない気がするんだが……
「「聞いてるのっ? 恭也っ!」」
「ふっ……自業自得だ」
「なぁんか楽しそうだなぁ旦那?」
……好きにしてくれ。
「……と、仰ってました。冥琳様」
「……そうか。ありがとう、大喬」
「いえ。冥琳様のお役に立てたのなら……冥琳様が嬉しそうで、私も嬉しいです」
「嬉しそうか……そうね。彼の覚悟が聞けた。これでいよいよ動き出せる。蓮華様が公だけでなく私でも支えられる存在を得た今、孫呉の再興は近い。後は……いつ切り出すか、ね」
あとがき
さて、今回は玲こと蒋欽さんメインでした。
これも以前書いたものの手直し……だったんですけど、このころ実はまだ真・恋姫†無双の発売前!
以前周平として書いた明命のキャラの違うこと違うこと。
まじめで一本気な感じはなんとなくあってたんですが、私の明命は口調が強くて……周泰としての明命に直すのに事のほか手こずりました。
そして相も変わらず蓮華様無双な感じw
彼女のかわいさが最優先事項なのは変わりませんので、今回もなるべくけなげな少女イメージを崩さないようにいかせていただきました。
多少本来の蓮華様と違っていても、かわいいと思っていただけていればもうそれだけで悔いはのこりませんw
それでは、次回はたしか酒飲み熟女様とモノクル軍師ちゃんの出番だったと思います。
なるべく早く手直し出来るよう、努力させていただきますので、今回はこの辺で。
失礼しま〜す。
蓮華が可愛いのは問題なし!
美姫 「王としてだけじゃなく、恭也が現れたお蔭で女の子らしい部分も見えてくるのが良いわよね」
うんうん。この調子で蓮華にはこれからも頑張ってもらいたいものです。
美姫 「今回は仲間同士の絆も強くなり、恭也の部隊の一人がパワーアップね」
まあ、それも蒋欽が上手く使いこなせればだけれどな。
美姫 「大丈夫よ、きっと」
冥琳も何か考えているみたいだし。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます!