Maika Kanonical〜奇跡の翼〜
  第19章 訣別
   * * * * *
 退路を塞ぐように、わたしの放った呪符が左右と後方の三方向から霊樹へと迫る。それらは霊樹から数メートル離れた虚空に張り付くと、光線の正三角形の内側にその動きを封じ込めた。
「言霊解放、呪縛の多重円!」
 わたしの“力”に反応して動き出そうとする前に、呪符に込めた霊気とそれの有様を示した術式を解放する。それに応じて出現するのは、正三角形のそれぞれの頂点を中心とする三つの小円。そして、正三角形の中央を中心とする三つの円がそこに加わる。
 後から加わった三つの内、最も内側のものは垂線上で先の小円と、真ん中の円は正三角形のそれぞれの頂点と、そして、最後の一つは垂線の延長線上で小円と接している。黄泉路の門が解放された場合の備えとして用意した取って置きだけど、これでまだ完成ではない。
 わたしは、構築途中の結界の上から剣で霊樹の幹を切り裂きながら反対側へと回ると、変化を終えたたまもに、攻撃開始の合図を送った。
 ――今よ、やりなさい!
 霊体特有の半透明の向こうに、金色の髪と九尾を波打たせながら頷くたまもの姿が見える。瞬間的に膨れ上がったその霊気は、天狐の名に恥じない圧倒的なものだ。
「……行きます」
 そっと呟き、ゆっくりと持ち上げた九尾の先端から九つの霊気の奔流が放たれる。それらは空気を帯電させ、周囲の雪を蒸発させながら突き進み、轟音と共に霊樹の幹を打ち据えた。
 その轟音に顔を顰めながら、わたしは再び懐から取り出した呪符を投げる。その数、三枚。これによって先のものと同様の陣が逆位置で形成され、二つが重なり合わさることで、六紡星と九つの円から成る破邪の結界が完成するのだ。
 結界の内側に閉じ込められたたまもの霊気が、そこから抜け出そうと荒れ狂い、霊樹をずたずたに引き裂いていく。それに対抗して霊樹も波動を強めるが、閉鎖された世界の中では自殺行為にしかならなかった。
「仕上げです。たまも、合わせなさい」
 たまもの霊気が納まり、霊樹の波動が弱まったのを見て取ると、そう言ってわたしは、一足飛びに結界へと近づく。
 たまももそれに頷いて動き、二人の右手が同時に結界の外縁に触れる。そこから同調させた力を流し込み、一気に封印するのだ。
 だけど、そう簡単にはいかないだろう。相手は神木クラスの霊樹だ。重ねた年月こそ、たまもに及ばないものの、純粋な力のキャパシティでは逆に彼女を大きく引き離している。
 木は霊脈から霊気を吸い上げ、蓄積することが出来るのだ。それは一時の休みも無く、そこに存在する限り、延々と貯め続ける。そんな器を、外側から強引に圧縮すればどうなるか……。
 結界の内側で霊樹が縮退していき、やがて、苗木ほどの大きさにまで縮んだ頃になって、わたしはようやくそのことに気づいた。
「舞歌様っ!?」
 焦ったようにそう叫ぶと同時に、傍らに転移したたまもがわたしの身体を強く抱き締める。圧縮された霊樹が臨界を超えて大爆発を引き起こしたのはその直後だった。
   * * *
 ――白夜の花音市を覆うのは、まるで核爆弾を使った時のようなキノコ雲……。
 死の灰の代わりに降り注いだ霊樹の残滓が、ゆらりゆらりとたゆたいながら暗夜を白く彩る様は、幻想的でありながらも、見るものに言い知れぬ恐怖を抱かせる異界。
 わたしは今、それらを一望出来る場所に立っている。
 携帯電話が使えたのは僥倖だった。おかげで、友人の退魔師に指示を仰げたし、水瀬家の人たちを始めとする知り合い全員の安否を確かめることも出来た。
 皆の無事を確認して、一先ず安堵の息を漏らす。余程緊張していたのか、その吐息が白く濁るのを見て、思い出したように身体を寒気が駆け抜けた。
「あ、あの、舞歌様……」
 側に控えていたたまもの身体を抱き寄せて暖を取りながら、これからどうするべきかを思案する。何しろ、退魔業者としての経験の浅いわたしには、この状況がどの程度危険なものなのか、判断が着かないのだ。
「……ここは、薫の到着を待つしかありませんね」
 じたばたしたところで、判断して行動するための材料も経験もないのでは、どうにもならない。そう思ったわたしは、焦る気持ちを抑えて一先ず帰宅することにした。
 抱きしめていたたまもの、背中と膝裏に腕を通し、ひょいと抱き上げる。俗に言う“お姫様抱っこ”という奴だ。
 久しぶりの本気の攻撃に加え、二度も連続して空間転移を行ったことで、彼女の疲労はピークに達しているはずだった。実際、たまもは恥ずかしそうに頬を染めながらも、黙ってされるがままになっている。
 意識を保っているのも辛いのだろう。時折目を瞬かせながら、堪えきれないあくびを小さく漏らす姿は、普段の彼女からは考えられない程無防備だ。
「このまま運びますね。落としてしまうといけませんから、何処か適当に掴まっていてくれませんか?」
「……ん……」
 気だるげに伸ばされた彼女の両腕が、自分の首に絡められたのを確かめると、わたしはそのまま坂道を下り始める。咄嗟の転移故か、このあたりはわたしにも見覚えのある場所だった。
   * * *
 秋子さんに名雪、真琴、そして、祐一……。
 帰宅したわたしたちを出迎えた皆の顔は、一様に不安げなものだった。
 突然、訳の分からない異常現象に遭遇したのだ。こちら側の住人である真琴ならまだしも、一般人でしかない他の三人にはきついものがあるだろう。
 特に、祐一は比較的近くで爆発の瞬間を見ていたはずだった。あゆのこともあるし、まいちゃんの誘導があったとはいえ、よくここまで無事に戻って来れたものだ。
 そのまいちゃんは、祐一を家に送り届けた時点でわたしの中に戻ってきていた。力の供給が絶たれた状態で長時間活動した彼女は、今はその疲れを癒すために眠っている。
 頑張ってくれた子には、ご褒美に今度何かご馳走するとしよう。
 さて、たまもを自分の部屋のベッドに寝かせて、リビングへと戻ってきたわたしは、いきなり祐一から質問を受けることになった。
 ――あゆはどうなったのか。今この街で起きていることは。そして、わたし自身のこと……。
 捲くし立てるように、矢継ぎ早に質問を浴びせ掛けてくる。祐一は少し混乱しているようで、窘める名雪の言葉も耳には届いていないようだ。わたしはそんな彼を無理矢理ソファに座らせると、その目を正面から見て尋ねた。
「それを知ってどうするつもりなんですか?」
 開いた口から出た言葉は、自分でも驚く程平坦で、冷たいものだった。わたし自身、今は何も出来ないという現実に、苛立ちを覚えていたのだろう。だから、ついそんな声になってしまった。しかし、それを聞いた祐一は逆に落ち着いたようだ。
「済みません。俺、何が何だか分からなくて……」
 幾分冷静さを取り戻した声でそう言って、頭を下げる祐一。わたしも、謝らないといけないんでしょうけれど、今はそれよりも先に言わないといけないことがある。
「謝罪は結構です。それよりも、わたしの質問に答えていただけますか?」
 今度は意識して抑揚の無い声でそう促す。普段とは別人のような、冷徹な態度を取るわたしに、祐一はもちろん、名雪も困惑を隠しきれないようだった。
「覚悟は出来ているんですか?」
「えっ?」
「それがどれほど残酷で、目を逸らしたくなるような現実でも、知ってしまえばもう無関係ではいられません。特に、あなたが知ろうとしていることは、一度知ってしまえば、後戻りの出来ない類のものです。あなたはそれでも聞きたいですか?」
 わたしは祐一の目を正面から見据えてそう尋ねる。生半可な覚悟でこちら側に来れば、そのことを後悔する暇さえ与えられずに、死んでしまうかもしれないのだ。
 巻き込まれたからとか、知り合いだから放っておけないとか、そんな言い訳はこちらでは通じないのだと、わたし自身、何度も死にそうな目に遇って痛感させられた。自分で選んで、生き残るのだという確固たる意志があって、それを貫く術を持つものだけがそれを実現させられる。
 そんな過酷な世界に踏み込む覚悟が、この祐一にはあるというのだろうか。
「あゆのことを気にしているのなら、この夜が明けたらそこに書かれている病院に行ってください。あなたが思い出したのなら、きっと、もう一度会えるはずですから」
 俯いてしまった祐一に近づき、その手に折り畳んだメモ用紙を握らせると、わたしはそう言って踵を返す。背後で祐一がハッとしたように顔を上げるのが気配で分かった。
「舞歌さん、あなたは……」
「言ったはずですよ。覚悟がないなら聞かないほうが良いと。それが、あなたのためですから」
 呼び止めようと伸ばした祐一の手を振り払い、わたしはリビングを後にする。名雪が何か言おうとしていたようだけど、それもわたしが閉めた扉に遮られてしまった。
 ――本当にあれで良かったの?
 少し批難するような声音でそう尋ねる舞に、わたしは軽く頭を振るだけで何も答えない。良いわけがない。けれど、巻き込まないためには突き放すしかなかったのだ。
 人の社会に打ち寄せる怪異の波は巨大で、時にあっさりと防波堤を越えて来る。物好きな人間が、嵐の日の海岸に近づいて、そのまま高波に浚われる、などというのは、よくある話だ。
 祐一が怪異に呑まれて溺死するところなど、わたしは見たくはなかった。
 ――…………。
 舞はまだ何か言いたそうだったけれど、不意に諦めたように一つ嘆息すると、そのまま何も言わずに引き下がった。
「見放されてしまいましたね」
 部屋に戻ると、たまもが起きていた。その第一声からして、わたしと舞のやり取りを聞いていたのだろう。元より隠すつもりもなかった。
 一心同体どころか、わたしたちは魂レベルで一つになっているのだ。意識してブロックしていなければ、こちらの考えていることなど簡単に筒抜けになってしまうことは、分かっていた。
 だけど、それはあちらとて同じこと。それに、筒抜けになっていたからと言って、必ずしも相手がその内容を理解しているとは限らないのだ。
 声が聞こえていても、それを聞く気がなければ、意味のある言葉として認識出来ないように、思念想念の類もそれを読み取ろうとする意思がなければ、伝わることはない。後はお互いに礼節を以って接するだけである。
「もう起きても大丈夫なんですか?」
 からかうようなたまもの言葉をあえて無視して、わたしは彼女に容体を尋ねる。気を紛らわせようとしてくれているところを申し訳ないけれど、今のわたしにそれに答える余裕はなかった。
「……はい、おかげさまで。それで、これからどうするのですか?」
「援軍を呼びました。明朝一番の電車で来てくれるそうです。彼女の到着を待って、もう一度、あの霊樹に挑みましょう」
「援軍、ですか」
 あれ程の怪異を相手に、援軍となり得るその彼女とは、如何なる人物なのか。現状を正しく認識しているだけに、たまもの目は猜疑的だ。
「有名な退魔の一族、と言っても、その起源は四百年ほど前ですから、たまもに直接の関わりはないかもしれませんね。神咲の名に聞き覚えはありますか?」
「…………」
 わたしの問い掛けに、たまもは無言でこくりと頷く。その顔に表情は無く、心を触れ合わせても彼女の思考を読み取ることは出来なかった。
「退魔一族、神咲……。現代に蘇ったたたり狐を封じたことから、現在最も発言力が強いのは一灯流となっている。わたしの記憶が確かなら、今の当代はまだ二十歳にも満たない女性だったはずですが」
「ええ、わたしと同い年ですよ。というか、たまもは詳しいですね。たたり狐の件は、身内でもごく一部のものしか知らないはずなんですけど」
「近しいもののことですし、それに、わたし自身はあの場を動けずとも、配下のものたちに絶えず情報を集めさせていましたから」
 たまもの言葉に、わたしはなるほど、と納得する。彼女と初めて相対したあの時、ものみの丘にいた管狐の数は、確認出来ただけでも二百は下らなかったはずだ。あの子たちを使えば、日本中から情報を集めて来させるのもそう難しくはないだろう。
「わたしからすれば、あなたが神咲のものと繋がりを持っていたことのほうが驚きですが、なるほど。確かに、あの神咲の当代が自ら出向いてくるというのであれば、これ以上の援軍はありませんわね」
「ええ、これでわたしも楽が出来ます」
「そんなことを言って、主役の座を譲るつもりはないのでしょ?」
「まあ、今のこの状況は、わたしが判断を誤った結果なわけですから。責任を放棄するわけにもいかないでしょう。そ、れ、よ、り、も……」
 言いながらベッドの側へと移動すると、わたしはたまもの傍らに腰を下ろす。
「たまも、わたしは怒りませんから、正直に話しなさいね」
 上体を起こした彼女の腰に手を回しつつ、わたしはその耳元にそっと囁く。吐息が耳に掛かったのか、たまもがぞくりと背筋を震わせるのが分かった。
「な、何をでしょうか……」
 何のことだか分からないという顔をするたまもに、わたしは身体を密着させながら反対の手を彼女の胸へと伸ばす。たまもは慌てて逃げようとするが、先に腰へと回したほうの手がそれを許さない。
「あなた、わたしがこの町に来る以前から、わたしのことを知っていましたね」
 育ちの良い胸をやわやわと揉みながら、わたしはたまもにそう尋ねる。
「あ……、どう、して……、そう思われるのですか……」
「だって、わたしは薫が、当代が来るなんて、一言も言ってませんから。それなのに、どうしてたまもがそのことを知っているんでしょうね」
「…………」
 しまった、というような表情で沈黙するたまもに、わたしは口元に浮かべた笑みを深める。
「思わずストーキングしてしまう程、わたしのことを好きになってくれていたのだとすれば、それは嬉しいですけど」
「け、けど……」
 続くわたしの言葉を想像して、たまもは思わず身を硬くする。そんなに怖がらなくても、わたしの思念を読み取れば、これからどうなるかなんて、すぐに分かるだろうに。
「現代において、覗きは立派な犯罪です」
「ぞ、存じております」
「では、それが知られた時、どうなるかも分かっていますよね?」
 わたしの問いに、たまもは神妙な表情で頷く。
「とはいえ、わたしも身内に犯罪者が出るのは嫌ですから、訴えたりはしません」
「そ、そうですか……」
「はい。でも、パートナーとしてのけじめは必要だと思うんです」
「そ、それは……」
「と、いうわけで、おしおきです」
 うろたえるたまもをベッドへと押し倒し、素早くその唇を奪う。そのまま舌を口内に差し入れると、わたしは彼女の舌に自分のそれを絡ませた。
 経験の乏しいわたしは、ディープなキスもこれが初めてだ。当然、上手く出来るはずもないのだけれど、それはたまもにしても同じこと。帝の寵愛を受けたと伝えられる玉藻前ではあるけれど、実際に愛し合ったことは一度もないのだという。
 帝は彼女が出会った頃には既に床に伏せがちだったそうで、夜のお勤めなどは身体に障るのでまともに出来なかったのだとか。それが本当なら、帝の衰弱は彼女の呪詛だとする伝承は言い掛かりも甚だしい。まあ、伝承だの歴史だのは後の人間が自分たちの都合ででっち上げるのが常なので、これに限ったことではないのだけれど。
 それはさておき、実際のたまもは、こと、恋愛経験に関してだけは、わたしとそんなに変らないようだった。
 だから、先手を打てば勝てると思った。この攻撃が諸刃の剣であるとも気づかず、段々と慣れてきたわたしは、調子に乗って、彼女の口内を舌で蹂躙しようとしたのだ。
 そして、無知なわたしはすぐにその報いを受けることになる。たっぷりと時間を掛けて味わうことで、彼女から抵抗力を奪い取るつもりが、途中から反撃されて、逆にわたしのほうが骨抜きにされてしまったのだ。
 あるいは、こうなることを望んでいたのかもしれない。いろいろなことが重なって、精神的に追い詰められたわたしは、快楽に溺れることで、心の安定を得ようとしているのではないだろうか。
「うふふ、そういうことでしたら、お任せください。わたし、いろいろやってみたかったんです」
「あ、こら、勝手に人の心を覗いて……って、きゃあっ!?」
 言いながら、ごそごそと人の胸元を弄るたまもに、わたしは堪らず悲鳴を上げてしまう。慌てて遮音結界を部屋に張ったけれど、もしかしたら下に聞こえてしまったかもしれない。
「あ、あなたは、主人に対して狼藉を働くつもりですか!?」
「あら、この時代の方の口から狼藉なんて言葉を聞くとは思いませんでしたわ。それと、これは単なるスキンシップです」
「強制猥褻の間違いでしょ!?」
 じたばたと暴れるわたしに、たまもはそれならと切り口を変えて攻めてくる。うっ、そんな、目を潤ませながらだなんて、卑怯ですよ。
「恥ずかしがらなくても良いんですよ。人間、女と生まれたからには、何もかも忘れて、快楽に溺れたい夜の一夜や二夜、普通にあるものです」
「たまもは、いえ、そうですね……」
「わたしも女性を抱いたのは、契約を結んだ際のあなたが初めてです。ですから、上手く出来るかどうかは分かりませんが、精一杯ご奉仕させていただきますから。どうか、このたまもに御身を委ねてはくださいませんか?」
「ええ、そうさせてもらうわ」
 誠実な眼差しを向けてくるたまもに、わたしは頬を赤く染めながら頷く。そんなに真っ直ぐに見つめられると、何だかどきどきしてしまう。
「そう、これが恋してるってことなんですね……」
「舞歌様?」
「何でもありません。さあ、たまも、わたしを愛してください。今夜はあなたの好きにして構いませんから……」
 そう言って目を閉じると、わたしは全身の力を抜いて、たまもに身体を預けた。言われるままに、今宵はすべて、この身も心も彼女に委ねよう。今はそれより他に、この心に平穏を得る術を持たないが故に、わたしは愛しい少女の腕に溺れるのだ。
 セーターがたくし上げられ、その下のブラウスのボタンが上から一つずつ丁寧に外されていく。露になるのは、薄いレモン色のブラジャーと色素の少ないわたしの素肌。
「……ん……」
 露になった素肌へと注がれるたまもの熱い視線に、わたしは思わず眉を顰めた。彼女が脱がせやすいように、腕を上げようとしたのだけど、何故か身体が抵抗して上手くいかない。ええい、腹を括れわたし。契約の時に一度全部見られているのだ。それを今更……。
「あ、あの……、あまり見ないでもらえますか……。その、恥ずかしいですから」
 目を閉じたまま、そう言って小さく身動ぎするわたしに、たまもは軽く万歳をさせながら答える。
「嫌です。だって、こんなにもお美しいのですもの。見るなというほうが、無理な相談ですわ」
 そう言ってわたしからセーターを脱がすと、たまもは今度は下のほうへと手を伸ばす。わたしが観念したように腰を少し浮かせると、スカートはあっと言う間に彼女の手に落ちてしまった。
 今のわたしは前を開かれたブラウスに、下着だけという、何とも煽情的な姿だ。たまもはそんなわたしを見て、うっとりした声音で溜息を漏らしている。
 いや、正直、他人に服を脱がされるのが、こんなに恥ずかしいとは思わなかった。たまもも一思いに全裸に剥いてくれれば良いものを、中途半端に残すものだから、余計に意識してしまう。ああ、恥ずかしい。
 思わず羞恥に身悶えそうになるのを精神力を総動員して耐える。けれど、顔が熱くなるのだけは、どうにも止められなくて、わたしは諦めたように嘆息すると、再び身体の力を抜いた。
「観念しましたか?」
 そっと重ねられた唇に、目を開けると、すぐ目の前にたまもの顔があった。楽しそうに目を細めながらのその問いに、わたしはそっぽを向くことで答える。
「年齢を重ねても頑固なところは変りませんね。意志が強いとも言えますか。まあ、そういうところも含めて、わたしには魅力的に映るのですけれど」
 首筋から右の鎖骨へ。キスを落とすたびに、金糸のような彼女の髪がわたしの胸元を擽る。そのくすぐったさに声を上げそうになるのを耐えながら、わたしは手でそっとたまもの髪を後ろに流した。
「……で、結局、あなたは一体、いつからわたしのことを見ていたんですか?」
 全身を濡らす汗を、たまもにタオルで拭いてもらいながら、わたしは行為の最中からずっと気になっていたことを彼女に尋ねた。
「そうですね……。七年ほど前に、あなたがこちらの世界に現われた時からでしょうか」
「思いっきり最初からじゃありませんか。しかも、わたしがこの世界の人じゃないってことまで知っていたんですね」
 目を逸らしながら答えるたまもに、わたしはそう言って彼女の頬に手を伸ばすと、軽く摘んで引っ張る。
「むっ、隠していたのはお互い様ではありませんか。それに、わざわざ話す程のことでもありませんし」
 たまもは少し拗ねたように頬を膨らませながらそう言うと、お返しとばかりにわたしの胸を掴む。って、何処を触ってるんですかあなたは。
「もう、随分とあっさりしているんですね。わたしは、結構気にしているんですよ」
 自分の胸を庇いながら、わたしはたまもから視線を逸らしてそう呟く。どんなに取り繕ってみたところで、わたしはこの世界には存在しないはずの人間なのだ。
 家族も友達もいて、帰る家もあるのに、時折感じる、すべてを嘘で塗り固めたような虚無感が、わたしの視界から色を奪う。モノクロームですら無い線画の世界に、心が求める温もりを見つけることは、出来なかった。
 そんなわたしに、たまもは酷く優しい声で言うのだ。
「例えどのような存在であっても、舞歌様が舞歌様であることには変りありませんもの」
 優しい笑みを浮かべてそう言う彼女に、わたしは思わず泣いてしまいそうになる。触れ合った心は温かくて、心地良い疲労感と共にわたしをまどろみへと誘う。
 わたしと同じで人をからかうのが好きで、時折子供っぽい仕草を見せることもある彼女だけど、その本質はとても大きくて暖かい。
 まるで、母親の腕に抱かれているような、懐かしくも安心出来る不思議な心地良さに、わたしは思わず身体ごとたまもに摺り寄っていた。
 母親に甘える仔猫のように、彼女の胸元に頬ずりする。先程までの行為が気持ち良過ぎたせいで、螺子が何本か緩んでしまっているのか、今のわたしは少々幼児退行気味だ。
 そんなわたしの頭を、たまもは優しい表情のまま撫でてくれる。幼子に向ける母の慈しみと、愛しい女に対する愛情。そのどちらをも内包したその笑みは、とても綺麗で、尊いものみ見えた。
   * * * つづく * * *



苦戦所か、撤退か。
美姫 「手強い相手ね」
だな。しかし、次辺りはもしかすると薫が出てくるのかな。
美姫 「うーん、どうなるのかしらね」
物語りも終盤へと向かっている様子だし、これからどうなっていくのか。
美姫 「次回も待っていますね」
待ってます。



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