涼宮ハルヒの終焉

 

序章3

 

魔王の決断

 

 

「そのリアクション飽きたよ」

 

口から吸い入れる夜の空気の冷たさを不気味なほど感じ取れるほどに神経が高ぶり、まるで自分だけが絶対零度の世界にいるような錯覚に陥っていた俺に、その原因である顔を限界ぎりぎりまでに見開いている俺の眼に映し入れて、男はやや苦みを含んだ笑みを浮かべている。

 

「何モンだ―お前は……」

 

明らかに声が震えているのが自分でもわかった。

後ろの方で一馬君と響ちゃんがなにか言っているようだが、てんで耳に届かない。

情けないが俺は完全に全身をこの男の存在に縛られていた。

 

「今、自分自身で言ったろうが、俺の名前」

「ほざくなっ! 劉飛龍なんて男はもう「この世界には存在しない」……っ!?」

激昂状態の俺とは対照的な冷やかなな口調で俺の言葉を遮った目の前を男は気に食わない笑みを崩さず言葉を続けた。

「たしかに劉飛龍は既に存在しない。……この世界"ではな。あんたらならこの意味、わかるだろ?」

この世界――だと……?

なんのことか一瞬わからず先ほどからの驚愕の念も相まって、放心状態で立ち尽くしていた――が、人間はそういう時に限って要らぬ予測をするものである。 突如として襲いかかった悪寒が俺の要らんところでの勘の鋭さを刺激し、同時に禁忌の記憶として脳のどっかにぶち込んで封じていたそう呼ぶには年を食いすぎていて、少々無理があるヒラヒラの装いを纏った(自称)魔法少女の姿を不本意にも呼び覚ましてしまった結果、出来れば、いや確実に厄介事になるに決まっているので心底考えたくもなかった結論に達してしまった。 

ああ、ホント、イカレたところでしか働かない己の頭の回転の速さが忌々しい。もしかしたら魯粛の血でも混じっているのではないかと自分の血を疑いたくなる。

 

「おまえ、まさか平行世界の……」

 

出した結論が衝動的に漏らした台詞に男は再度、唇を動かして口元で笑みを象った。

 

「おやおや、予想以上に勘が働くみたいだな。理解が早くて助かる」

 

それは俺の仮説を肯定するに十分な口振りだった。俺はそれを確信すると同時に、男にさらに切り口を開く。

 

「やはりそうか。それならお前が飛龍なのかも説明がつく」

 

そうして出た答えが一先ずの安ど感と心持の余裕を俺に齎し、今目の前にいる男の目的を詮索するだけの思考を回復させた。

 

「俺は最初から俺だよ。何にしても素性がわかったんだから、こちらの用件もそろそろ聞いてもらえないもんかね。こちとら時間がそうないのでな」

 

そうして浮かべた疲労気味の表情はその信ぴょう性が著しく少ない。

 

「まさか、世界間戦争を吹っ掛けに来たんじゃないだろうな?」

 

数多の可能性の中からかつて体験したものを投げつけてみる。 出来れば勘弁してほしいが、そんなことは宣戦布告する側には関係ない。以前もそうであったように。

 

「おいおい、戦争するんだったら、ここじゃなくて直接第六層界を叩いてるよ。それにうちは戦争をやる目的も余裕も時間もないんだ。ほんとに仕事を頼みに来ただけだって」

 

手をひらひらとさせて、否定してるが、こいつの肌寒いくらいの無機質な口調を聞くと疑念が増していく。 が、これ以上問い続けても本質を見せない気がしたので、

 

「じゃあその依頼ってのはなんなんだ」

 

とりあえず偽りの可能性の方が大きい建前のような『依頼』について探りを入れることにした。

……この選択が大きな間違いだったことに俺は直後に気付くこととなる。

 

 

男はすぐには答えなかった。ただ俺の顔とさっきから一馬君とともに蚊帳の外状態になっている響ちゃんの顔を交互に一度だけ視線を送り、やっと話に入れるという安心感かそれとも話す前の覚悟のひと押しか、静かに深呼吸をし、そうしてまた俺にその『無』の視線を向け、その口を開いた。

 

「あんたに涼宮ハルヒの監視、警護を頼みたい」

 

……

…………

 

その言葉を耳にした刹那、俺は『言葉が出ない』という語句の真の意味を身をもって知った。 

 

「……っ!!!???」

 

喉やら舌やらの発音系統が働かないわけではない。発するだけの空気を吐き出すことができないのだ。つまり呼吸が一時的に停止している。俺のその時の状況はまさにそんな感じだった。しかし、そんな場合でも頭の中の危険信号は、金の亡者となったオーナーが法をごまかすために所有するホテルに取り付けた『なんちゃってスプリンクラー』のように無反応であった。いやその信号に俺自身が気づいていなかっただけかもしれない。

 

「南極並みに頭が真っ白だな。さっきマスターもそうだったが」

 

飛龍が何か言っているのだろうが、全く耳に入ってこない。全ての感覚がシャットダウン状態に陥っていた。そしてその脳は俺の体に絡みついて離れない一人の少女の笑顔とふくれっ面とそして死に顔で溢れ返りそうな状態だった。

 

「……なぜ? お前があいつの――」

 

もはや何を言いたいのかさえ、俺自身でもわからなかった。 その先に何を言っていたのか全く不明。ただ、その眼はロシア人形のように生気が感じられず、不気味なものだったと、後に一馬君が語ってくれた。

 

「ハルヒと言っても、こちらの世界の彼女じゃない」

 

ようやく五感を回復させた時には、いつの間にか目の前の冷ややかな笑みも消えていた。

この男にとっても本来笑いながら話せるほど、容易なものではないらしい。

未だ、半放心状態の俺に構わず、言葉を続けた。

 

「とある世界のスズミヤハルヒ。それをあんたに死守してもらいたい。いつ起こるかわからない。オーバー・アークからな」

 

そこでようやく俺は口を開くことができ、問いかけた。

 

「なぜ俺にそれを頼む。お前の知っている第六天はどうした?」

 

わざわざ初対面の俺に頼む内容ではなかっただけに当然の疑問だった。 それに俺は過去に――。

 

「奴は今療養中だ。これまで働きすぎたんで、休ませろと言ってきかない。あいつがやるべきことは現在、ほとんど俺がやっている。そして俺もまた、彼女の死守に割いている時間がない。それに俺たちはそれほどスズミヤハルヒという存在に執着しているわけでもない。それで完全に死守できるかと言えば、答えは限りなくノーに近い。それに比べて……」

 

刹那、男の顔が邪な笑みに歪んでいった。これから起こることに期待を抱く子供のような無邪気さを織り交ぜながら。

 

 

 

「あんたならそれができるだろう。かつて涼宮(・・)()()()その(・・)()()殺した(・・・)あんたなら……」

「っ!!」

 

反射的に、とでも言えばいいのだろうか? それ以上の速さかもしれない。気付かず間に俺は右腕を振り上げ、俺は男に向かって踏み込もうとしていた。そしてもはやそれを止めるほどの自制心はなかった。 ただ、トラウマを抉られた怒りの衝動だけははっきりと感じられ、それ以外は何も感じられなかった。

木製の床を一部陥没させながら、俺が飛びかかると同時に男はそれを予見していたのだろう。 左手を俺に翳した。その瞬間、ボンッという小さな爆音とともに煙幕が立ち上った。

俺が間合いに踏み込む前にそれは男の体を包み込んだ。典型的な目暗ましだ。

使い古された手とは言え。この状況では非常に有効だ。相手の位置がつかめない以上、拳如きでは、相手の顔には届かない。 だが、俺は一片の迷いもなく突き進んだ。

(そんな目暗ましでっ)

かつて盲目だった俺には煙幕の中でも、男が羽織っていたフードから滲み出ていた。黒いオーラが鮮明に感じ取れた。そこか。 何の躊躇もなく放った右ストレート。それは確実にフードを捉えた。 そう……フードだけを。

(っ!? いない?)

持ち主を持たぬまま俺の拳を包み込んだフードは若干の焦りを感じさせた。

それを覆い尽くすように不気味な感覚が俺を襲う。それと同時に無意識のうちに左腕が動いた。そして俺の首のほぼ下辺りで何かをがっしりと掴み取った。その正体は徐々に晴れていく煙幕の中、姿を現した。

「魍魎拳奥義 烈舞硬殺指」

煙幕の中、脱ぎ捨てたフードを囮に俺の懐へとしゃがみ込んできた男の右腕の指が俺の首筋と1mmに満たない隙間を作り、静止していた。

してやられたと思った。

確かに俺は煙幕の中、心眼を用いて相手の位置を知ることができる。だが、常時心眼を開いているわけではない。視覚と同時使用すると。目に映る人間の骨格まで鮮明に感じ取れてしまうためだ。 したがって心眼を用いるまでの間、一刹那だが隙を作ってしまった。

だが、相手は生まれついての盲目。つまり常時心眼状態なのだ。爆音で俺の聴覚を塞いでしまえば、心眼同士のせめぎ合いになる。そうなれば当然、視覚から心眼へと神経を切り替える必要のない飛龍に一日の長がある。

(しまった。煙幕は目暗ましじゃなく、俺に心眼を用いる時の隙を作らせるための布石だったか)

自分の迂闊さに苛まれていると、飛龍はまるで慰めをかけるかのように口を開いた。

 

「普通ならフードを掴ました時点でこの指拳を食らわせられた。だが、あんたはあの激昂状態にも関わらず、すぐに我を取り戻して、それを受け止めた。」

 

俺に右手を握らせたまま立ち上がり、邪気も殺気も感じさせないのが逆に不気味だった。

 

「俺は、あんたのその激昂さと冷静さの切り替えの早さを買っている。そして、彼女に対してのトラウマも」

 

自分は試されていたのだろうか? 腹を立てるところだろうが、何故かそういうものは沸いてこない。 おそらく飛龍の今の穏やかな口調がそうさせているのだろう。

 

「頼む。依頼を受けてくれ」

 

それは初めて聞いた男の無垢に近いほどのやさしい声だった。

 

「あんたのトラウマは十分承知の上で、頼んでるんだ。もちろんタダでとは言わない」

 

そこで男は一泊の間を起き、無の視線を俺にじっと向けてくる。何か大きな報酬でも用意しているのだろうか? そんなものがなくても今の飛龍の口調で単純だが、受けてやる気が湧き出ていた。

 

再び男の口が動いた。

 

「もしオーバー・アークからスズミヤハルヒを守ってくれたなら……」

 

次の瞬間、飛龍の唇だけが静かに音を立てずに俺の目の前で踊った。

 

「なt!?」

 

目を見開き、我ながら間抜けな声を上げた。

 

「受けてくれるか?」

唇を動かしただけで報酬の内容を伝えた。飛龍は改めて、俺に強く問いかけてきた。それはもしかしたら俺が受けざるを得ないと確信してのことだろう。

「なぜ……そんなことを!?」

再度、頭が南極並みに真っ白になりそうになった。

「俺たちはオーバー・アークさえ無事に超えられればいいと思っている。あとは知らん」

いや、知らんて……

「こっちはあんたの古傷をあえて開いたんだ。それ相応の対価は支払うさ。ただし、大半はあんた次第の報酬だがね」

 

そうは言うが、この時点で俺は揺らいでいた。依頼を受けるかどうかではない報酬をいただくかどうかで揺れていた。いや、罠だということももちろん考えたが、それよりもその報酬を欲している自分がひどく醜く感じた。かつての過去を取り戻そうとしている自分、そしてその機会が今目の前にぶら下がっている状態、それを空腹の野良犬が無我夢中でガラス越しにある肉を頬張ろうとしているような感じだった。しかも、自分一人だけ手に入れようとしていた。 そんな邪な心が俺の体を蝕んでいった。それは末期のガン細胞のように抗う術はわが手にはなかった。

 

それでも必死に自我を保とうとしながらも俺は、

 

「ああ――受けるよ」

 

己の欲望の渦に身を委ねた。

 

「ありがとう」

 

力が抜けきっている俺の腕から右腕を放すと、依頼者は「明朝、迎えの者が来る」とだけ言い残し、フードをパサッという音とともに再び纏い、静かに闇に消えていった。

 

 

 

 

 

これが……

 

俺の、今年40を迎えた……

 

第八代第六天魔王の生涯最後の闘いの幕開けとなった。

 

 

 

 

 

おまけ

 

「なあ、一馬……」

「どうした? 響」

「私たちって、完全に蚊帳の外だよな?」

「ああ、作者が忘れてたんだろ。諦めろ」

「うぅ、本編で私たちの出番あるかなぁ?」

 

登場予定一切なし(ごめん;;

 

 

 

 


あとがき

 

どうもアークです。ようやく序章が終わりました。 疲れたぁ〜。まだ本編一つも書いてない状態からこの疲労感。やっぱりブランクかな(

次回からいよいよ本編が始まります。

果たしてどういう話になるのか!? 

筆者にもわかりません(マテ

それでも力の限り、書いていきますのでどうぞよろしくお願いします。

 

技解説

 

魍魎拳

 

中国拳法史上その暗黒の流れとして恐れられた殺人拳法。その奥義である烈舞硬殺指はマグナムスチールをも砕くほどの威力を持つ。またこの拳を極めた者は体術を駆使し、10体の虚像を作り、相手を惑わすことが可能な他、アイスラッカーに酷似した暗器 キョウ髪斧を自在に操ることができるという。

 

元ネタ 『魁 男塾!!』




驚く事が出てきたけれど。
美姫 「ハルヒを殺したって」
いや、その辺の事情も今後、出てくるのかな。
美姫 「かなり気になるわよね」
ああ。うぅぅ、一体何があったんだろうか。
美姫 「それとは別にやっぱり本編も気になるしね」
ああ。何が起こるんだろうか。
美姫 「次回も待ってますね〜」



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