涼宮ハルヒの終焉

 

本章第3

 

五狂生と裏切りの蘭 2

 

(どうなってんだ……? こりゃ)

 

まだ桜が散りきっていない春まっただ中にも関わらず、目の前の予想外の状況に俺の頭は異様な熱さを持ちオーバーヒート気味で悲鳴を上げている。

北高の制服に身を包んでいる久保栞を垣間見た時の衝撃は正直、晴日を目にした時のそれよりもデカかった。

そりゃそうだ。いると分かっている人間を見るよりもいないと思っていた人間を見た方が意表を突かれるわ。

呆然とする俺の視線の先で、思い人である少女が隣の教室へはいっていくのを見届けたアキラがフウッと静かに深呼吸をしたあと、ムスッとした顔をこちらに向けてきた。気付かれていたのか。

「覗き見なんていい趣味とは言えないぜ」

いつの間にか俺の隣で一緒に見ていたみくるが「あう」と顔を俯かせた。

「あ、ああ悪い。たまたま扉から見えただけなんだが、つい……な」

俺が苦笑いを浮かべながら弁解すると、アキラはポケットに両手を突っ込んだまま、大げさな溜息をついた。

「まあ、いいけどさ」

とは言っているもののアキラの表情には春の日差しに照らされたものとは違う影があった。先ほどまで栞嬢相手に笑っていたとは思えないそれほど、俺たちに覗かれたのが癪だったのだろうか?

そのまま教室に入り、俺達の前を通り過ぎ席へ戻ろうとする時もその表情が消えることはなかった。

みくるが背中越しに「ほんとにごめんなさい」と頭を下げても、

「もういいって」

と素っ気なく右手をポケットから出してヒラヒラと返しただけで席へと着いてしまった。まるで早期の五月病にでもかかったみたいだ。彼女に向けていた無駄に爽やかな表情の跡も形もない。

不審に思い俺とみくるは顔を見合わせたが、どうにも原因が分からない以上しかたなく俺たちも席へと戻っていった。だが俺の頭から彼女のことが消えることはなかった。

 

久保栞。

 

裏切りの蘭と呼ばれた彼女がなぜこの世界ではここにいるのか……

チラッとみくるの方を見るとサンライズスマイルの鶴屋に抱きつかれ、苦笑いを浮かべて

縮こまっている。本来なら昔懐かしい光景に平和が実感できて微笑ましく思えるところなのだが、俺の思考を占領したユダの名を冠する少女の存在がそれを許さなかった。

 

 

「今日もあの調子か」

「あん?」

 

席に着くと隣に座っていたタカが小さくつぶやいた。その眼は細められ、アキラの方へ向けられていた。 

 

「ほれいつもアイツ、久保と逢った後いつもあんな浮かねえ面してるだろ? 逢う前は目をダイヤモンド張りに輝かせてんのによ」

 

久保……やはり彼女は久保栞に間違いないらしい。

俺もアキラに視線を向ける。アキラは未だ神妙な顔つきを崩さずに窓越しに空を眺めてい

た。たしかにこれじゃあ逢った恋人が不仲みたいだ。

 

「まあ、どうせ毎回口説ききれなかったことが悔しいんだろうぜ」

 

とタカは鼻で笑った。

だが、俺が見た彼女の笑みは本物だった。恋人と行かないまでも十分にアキラに心を許している。そんな状態でもまだあいつは不満なのだろうか?

 

「もしかしたら、あいつはもう彼女を口説き落としてるのかもしれねえな」

「はあ? 何言ってんだお前」

 

タカがアホを見るようなジト目を向けてきた。やめろ忌々しい。

 

「つまり久保はもうアキラに惚れてるが、何か原因があって最後の一歩を踏み出せねえのかもしれえってことだ。そして、もしかしたらアキラもそれに気付いてるのかもな」

 

自分の記憶をトレースしただけだが、それ故にそれしか知らない俺は妙に一人納得してしまった。

 

「おいおい、じゃあ何か? アキラはそれに気づいてなお、口説き続けてるのか? 一年以上も。まあ最近ようやく気を許してくれてるみてえだが」

 

再び横目でアキラを見据えながらのタカの言葉に俺は引っかかりを覚えた。

 

「一年以上?」

 

オウム返しで聞き返した俺にタカは

 

「だってそうだろ? 久保が転校してきたのは1年の時の三学期の頭。それからずっとだ

から、一年三か月くらいか? まったくよくやるよ」

 

と肩を竦めてそれっきり前を向くが、それでもアキラの方へその視線を向けていた。なんだかんだ言ってもこいつも心配なのだろう。

 

それにしても――と俺は拳を握ったまま頬杖をついた。

これが世界のズレなのだろうか、まさか聖さんの代わりに彼女が転校していようとは。しかも転校時期が被ってることから、いつかあの白薔薇さまが萎れそうな声で語ってくれた駆け落ち騒動がやっぱり関係してんのかな。いやそもそもこの世界に聖さんは存在してるのだろうか? なんせアキラが栞嬢に惚れてるぐらいだ。 栞嬢の相手も違うかも知れん。いや、それを考えたら駆け落ち騒動自体があったかも怪しくなる。その場合、彼女がここにいる理由は……

 

ふと湧いた小さな疑問がいまやタチの悪い蟻の大群のように繁殖し俺の脳を侵略していくようで頭を抱え込んだ。今も後ろで冷凍レーザーのような視線を向けている喜緑にはどう映ってるいるのだろうか? 

うう、目眩がしてきた。

なんでいつも彼女が絡むとこうも頭が痛くなるようなことになるのかね。

魔王と聖母の拒絶反応の表れか?

と言うか俺、なんで今日一日で帰るのにこんなに考えてるんだ。

(アホらし)

やめやめっ、ここは俺のいた世界じゃないんだ。ハルヒがつくったSOS団と彼女はなんの関係もない。ちょっとした違いだけで考え込むこともあるまい、この世界の栞嬢がどんな過去を持っていようが、アキラが栞嬢に惚れていようが、俺には関係ないことだ。それに3年の春の今じゃあんなことは起こることはないだろうから、俺が要らぬ手を貸すこともないだろう。俺がやることと言えば、せいぜいあの2人に今のような春の日が訪れるのを願うだけだ。

 

チャイムとともに思考に踏ん切りをつけると、担任の小宮山氏が入ってきた。さすがに俺の世界より20年以上前の時代だけあって若い。親交の深い奴らがみんな不老か全く老化というものをDNAレベルで取り除かれているかのように老けない連中ばかりなので、今まで時代と言う視点ではあまり気にしていなかったが、退職間近の小宮山氏と比べるとやはり時代を感じる。

その小宮山教諭は教卓に立つと挨拶もそこそこに出席を取り始める。順に呼ばれていく姓の中のほとんどが自分の記憶に残っていない。全く、己の薄情さと痴呆さに苦笑いが漏れてくる。

やがて姓を呼ばれて生返事を返すアキラを確認すると教諭はトモの姓を発した。が、トモは答えなかった。ただ、苦々しい表情を浮かべている。一瞬不思議に思ったが、すぐにあることに気づき、周りを見渡すとトモと同じ窓際の列の一番後方の席が空いているのが目に入った。なるほど、と思った。

死神がまだ来ていない。

(あいつ、ここでも遅刻魔なのか?)

喜緑や栞嬢のことを考えていたため今の今まで気がつかなかったが、五狂生の五人目とはまだ会っていない。俺を除いて三人まで存在していることからあの茶髪の三つ編み男だけいないということはないだろう。鶴屋も“五狂生”と呼んでいたことだしな。しかもまだこの場にいないことからして、その性格もそっくりそのままらしい。全くみくるといい、鶴屋といい、タカたちといい、ここまで一緒だとホントに単純な時間逆行しただけに思えてくる。それでも十分はたから見ると異常なのだが。

名を呼んでも返事がないことにあからさまに不機嫌な顔をして眉をピクピクとさせながら、出席簿にペンを滑らせた(おそらく、遅刻扱い確定)教諭が、再び同じ名――今度はトモの名を口にした。俺の記憶ならここで騒がしい狂想曲をその足で廊下に響かせたトシが扉を開く轟音でそれを締めて叫びながら入ってくるのだが、廊下からはその狂想曲どころかねずみの足音すら聞こえてこなかった。

 

その代わり。

 

「俺ならここにいるぜ!!」

 

予想していたのとは逆の方から荒々しく扉(というか窓)を開く音と爽快とも言える叫びが耳に飛び込んできた。 意表を突かれた形となった俺はすぐさま反動的に視線をその声がした方へと向けることとなった。クラスの者もほぼ全員同じ方へ視線を合わせている。

その先にはトモの席の脇の窓の枠に掴んで敷居に片足を乗せ、体半分を窓から乗り出している邪気皆無な笑みのトシがいた。

 

どんなコソドロだよそれは。

 

もはや呆れるのを通り越して突っ込む気も起らずただ、他の奴らと同様に売れない芸人の笑えない芸を見るように白い眼をしているが、それを向けられている本人は俺たちをカボチャかなにかに見えているのではないかというくらいマイペースに窓の敷居に乗ったまま、

 

「よし、今日は間にあったぜ! 名前呼ばれて返事したんだから遅刻じゃねえよな、センセ?」

 

などと調子のいいことをヘラヘラした顔でのたまった。

そのすぐ傍らで席に座ったままトモが顔を俯かせて小刻みに肩を震わせている。窓から入ってきた非常識さに対してか、それとも同じ姓を持つ者として屈辱だったことに対してかはわからないが、相当来てるなありゃ。だが次の瞬間、我慢できなくなったのか無言で勢いよく席を立つとトシに近づいてその襟首を両手で思いっきり掴むと手加減というものがまったく感じられないほど無理やりに自分の方へと引っ張り入れ、

 

「こぉんっの大バカ者がぁ!! 窓から入ってくるやつがあるかあぁ!!」

 

校舎全体が揺らぐかと思うほどの甲高い声を響かせた。

ヘーパイストスの怒りを彷彿とさせるその咆哮に多くのクラスメイトが耳をふさぎこんだ。俺自身もエコーが鳴りやまない頭を痛ませ、顔を歪ませた。予想以上の衝撃に三半規管がイカレてきたみたいだ。魔王、覇王すら怯ませる闘神の怒号はこっちでも健在のようだな。

対してそれを至近距離、真っ向から受けているトシ本人はさすがに顔を引きつってはいいたものの苦笑いを浮かべていることからまだ少なからずの余裕が窺えた。ひょうひょうとしてるその顔でいったいどのくらいの胆を持っているんだか。

 

「それにさっきのはお前じゃなく俺が呼ばれたんだぁ!! つまりお前の遅刻は決定済みだ!!」

 

それでもなおも続くトモの剣幕にトシは驚愕とついで動揺を顔全体で表し、襟首を掴まれたままの状態で悪あがきと言いようがない抗議声明を教諭に向けた。

「マジかよ!? な、なあ今回ばかりは勘弁してくれよセンセ! 新学期からずっと遅刻しないようにしてきたんだ。 そうだ。今日だけトモと俺の出席番号を入れ替えてくれ。そうすりゃ、俺は返事をしたってことになっ……」

ドラック常習者のようなわけのわからんことをぬかす三つ編み男だったが、突然苦悶の声を呻き、真っ青な顔に冷や汗らしき滴を垂らした。トモの体が死角となって見えないが、どうせ横っ腹にトモのショートフックをねじ込まれたんだろう。

寄りかかるように悶絶しているトシの耳元でトモが何か囁いたあと、掴んでいた襟首をやや突き飛ばすように放すと、しょぼくれた顔つきで腹部を押さえながらトボトボと自分の席へと歩いていった。 一見すると悲惨に見えるが、不思議なことにその姿は愛嬌がありどこか微笑ましかった。先ほどのトモの雷で静まり返っていた教室もその後の二人のやりとりにどこからとも笑い声が聞こえてくる。

隣のタカもトシの方を目こそやっていなかったが、半分呆れたようなされどどこか穏やかに見える笑みを浮かべていた。前の方ではさっきまで神妙な顔を浮かべていたアキラの体が小刻みに震えていた。ありゃ笑いをこらえてるな。

まったくこいつらは……

不覚にも笑みが零れた。ここまで同じならまるで立体式の卒業アルバムを見ているように懐かしさがこみあげてくる。俺が初めて人間と対等に向き合えたあの頃に戻った気になってしまう。どうやら俺に絡みつく運命と言う名の鎖はどうしても俺をこの世界に留めておきたいらしい。我ながら豆腐みたいに優柔不断だと思うが帰るという決意が鈍ってきた。

出来ればいましばらくこの世界に在りたい。

俺と言う災厄がないこの世界でこの4人が、このいずれ(スー)大人(ターレン)と呼ばれるであろう「人間」たちがどう立振る舞っていくのか見届けたい。

(……だが)

所詮世迷言だろう。俺が傍観者としてこの世界で存在して、これから先全てが俺の好ましいルートを通るとは思わない。必ず俺の予想外な方へと進んでいくだろう。何せここは俺の世界じゃねえんだから。そしてそれを黙ってみてられるほど俺は我慢強くない。どこかで手心を加えるだろう。人間としてではなく魔王として。それは奴らとおなじことだ。正義を振りかざし、己が意のままに世界を操ろうとする愚者とどこが違う。人間界は人間のものだ。例え創り手とてそれを好きにしていいわけがない。 魔王はただ神にだけ反旗を翻しいればいい。

そう――涼宮(・・)春日(・・)と言う名の神だけのアンチテーゼで俺は在るべきなのだ。

それを無くしてしまった俺はここにやはりいるべき存在ではない。

 

タカの顔を悟られぬように横眼で眺めながら、幾ばかりかの心残りを感じつつ俺はどうにか決意を崩さずに済んだことに安堵し、咳払いをして点呼を再開した小宮山教諭の呼びかけに平坦と声を返した。

 

 

 

 


あとがき

 

タカ「おい、外道作者」

毎回エライ呼び方だな。

タカ「うるさい。それよりなんだこれは?」

なにが?

タカ「トシとトモだよ! こんな出し方しやがって。俺達の本名ばらす気か!?」

う〜んどうだろう?

タカ「なっ!? お前、自分でやってることわかってんのか! もし俺達の本名がばれてみろ!! 即刻削除される可能性もあるんだぞ!?」

んなオーバーな。それくらいで削除されるんなら、こんな狂気の権化みたいな小説とっくに削除されてるよ。

タカ「それとこれとは話が違うような気もすんだが。でもよ、それにしたって、露骨すぎっぞ? トモとトシが同じ姓で三つ編み、とどめは死神ってのは」

まああの2人の本名バレてもタカの本名はばれないだろうけどね。ウケケッ

タカ「なんか腹立つな。それといいのか? 一応この小説、あのハルヒが軸なんだろ? 全然出てこねえじゃねえか?」

ああ、心配ない。次回からSOS団の団員出すから

タカ「さよけ。あと一つ気になってたんだけどよ?」

はい?

タカ「プロット通りに俺しか出さなかったら俺の異名、どうする気だったんだ?」

決まってるじゃないかw 壱大人(ワンターレン)だ。……ん? どうしたのかねタカ?

タカ「……毎回、毎回マイナーなネタを――」

ちょっ!? その構えはっ!!

タカ「さらけ出すんじゃねええ!!! 昇龍天壊歴!!」(突如竜巻が発生)

うぎゃあああっ!!! 軽くネタバレだああぁあ!!




いや、とても騒がしい学園生活……。
美姫 「登場からしてとんでもないけれどね」
登場人物がちょこちょこと増えて来て、いよいよ次回はSOS団側も出てくるみたいだけれど。
美姫 「うーん、どうやって接触するのかしら」
いや、既に仕事放棄する気みたいだけれど。
美姫 「本当にどうなるのかしら」
次回も待ってます。
美姫 「待ってますね〜」



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