涼宮ハルヒの終焉

本章第4話 

邂逅と回答

 

入学式の翌日と言うこともあって、この日は半日授業だった。

さすがに新学期一発目から未知なる知識へと入り込ますのは憚られると思ったのか、授業内容はすべて教諭たちの雑談と今後の学習内容の大まかな紹介で幕を閉じた。それでも生徒にとっては眠気を誘うだけの退屈な時間だっただろう。事実、五狂生のうちの三人ほどは前を向いたまま器用に居眠りに勤しんでいたが、俺にとっては十分にノスタルジックに心躍る時間だったので、半日で終わってしまうことに少々名残惜しい気がした。

 

そして終礼後、

掃除当番で教室を掃いているみくるの姿を確認するとすぐにトシを伴って教室を出た。ちなみにアキラは朝の如く栞嬢のもとへ、トモは授業中ずっと視線を向けられていた俺を救うかのように喜緑を連れ生徒会室へ、そしてタカは軽音楽部の部室へとそれぞれ赴いて行った。正直、タカが軽音楽部に入っていることは意外だったが、昔文化祭で組んだバンドでボーカルを務めたタカの歌声からして、十分納得がいった。

 

「はあ、今日は悲惨だったな」

 

一階へと歩を進める中、トシは大きなため息をついた。

 

「遅刻回避しようといつもなら階段使うところを今日は壁をよじ登ったってのに」

 

「何言ってやがる。そもそもお前が早く来ないのが悪い」

 

というか素直に中に入るよりよじ登った方が早いのもおかしいぞ。

 

「そりゃそうなんだけどよ。今日来るときひったくりに遭遇してさ。

さすがに見て見ぬふりをするわけにもいかねえで、そいつを追っかけて

光学園の辺りまで行って、右足の骨とアバラ数本破壊して締め上げてたら

時間が過ぎっちまってたんだよ。それで近くの交番にそのひったくりを投げ込んで、

急いで引き返してきたんだ」

 

げんなりとした顔でものすごいことを語る。やっぱりこいつを含めて五狂生はこっちでも無茶苦茶だ。とはいえ、アバラと足の骨を折るくらいで済ませてるところを考えるにややおとなしいとは言えなくもない。アイツらなら全身複雑骨折させかねんからな。まあハルヒの周り以外に不可思議な事項が存在しないこの世界ではそれでも十分物騒なことだではあるがな。

 

「そりゃ災難だったな」

 

「ああ、やっぱりこの世は善人が馬鹿を見るようになってんのかね」

 

お前がやったことを善行と呼ぶには少々疑問が残るが。

 

「それでもお前はそのお人よし、直そうとは思わないだろ?」

 

「お人よしはどうかはわからねえが、この性格はどうも治りそうもないな」

 

自嘲じみた笑いを浮かべるもはっきりと答える。

 

それはかつて俺の知っているトシも言った言葉だった。死神と呼ばれ、幾度となくその手を血に染め幾千の死線を越えながらも、その人柄を捨てなかった男の言葉。

トシ自身は少々嫌がってがいるが、こいつのこの底抜けのお人よしさと明るさは俺に、いや俺たちにとってはありがたいものだった。トシの明快な執り成しがなければ百癖も千癖もあった俺たちはつるむことはなかっただろうし、トモと同じ姓だからと自分のことを下の名で呼ぶように言わなければ俺たちは今でも姓で呼び合うだけの元同級生とだけしかお互いを認識しなかっただろう。五狂生、引いては俺を除く四大人としての絆はこの三つ編み男なくしては存在しなかっただろう。確実に。そこの世界のこいつらがどんな因果でハタから一緒に見られるようになったのかはわからない。もしかしたら俺の世界を参考にした記憶改変の影響を受けただけの張りぼてなのかもしれない。だがそれでもこの世界が続く限り、この男がいる限り、こいつらの関係が瓦解することはないだろう。

この世界から去る前にこいつらの記憶だけは残すように頼んでみよう。

 

「何だよ? 俺の顔見ながらニヤついたりして」

 

「いや、お前みたいな馬鹿も一人くらいいても悪くないと思ってな」

 

そう返す俺にジト目を向けながらトシは

 

「そのセリフ、五狂生筆頭のお前が言うか? 普通」

 

これまた記憶に残っていたセリフを吐いた。さすがにこれには唖然とし昔と変わらぬやり取りをしている自分たちが滑稽に思えてしまった。

 

「ああ、全くだ」

 

 

 

階段を下り、一階へと足を着かせたところで俺はトシと別れ、文芸部室のある部室棟へと向かう。そんな俺に少しばかり疑問を持ったトシだったが、新学期のクラブ見学というありきたりな解答を以て返すと、妙なニヤケ顔をしながらも納得して俺に背を向けた。

 

懐かしいはずの目的地へと続く渡り廊下を進む足取りはやけに重く感じられた。無意識に躊躇ってるのか? 今さら気づいたが、放課後の部室には当然ハルヒがいる確率が高い。情けないがトラウマのハルヒに会うほど度胸は俺には露ほどもない。というか出来れば目的の対象一人だけが部室にいてほしいものだ。逆にその対象がいないということは皆無だろう。あの読書の寡黙少女の姿を学校内で部室以外見た記憶など数えるほどしかないからな。もしハルヒがいた場合、面倒だが彼女らの下校を待つ他ないな。

そうこうしているうちに俺は目的地の扉の前まで来てしまっていた。見上げると文芸部室の表札の上に「SOS団」と手書きで書かれたお粗末な紙切れが貼られていた。即席すぎると感じながら深く呼吸を取った後一拍の間をおき、心眼で扉の向こうを窺う。

パソコンはともかくとして着ぐるみやコスプレ衣装数着その他など、文芸部室にはあまり縁のない物が置いてある空間。その中央にある二つ合わせの折り畳み式テーブルの奥の方に3つの人型の存在が確認するとともに、事態がもはや別方面へと浸透し始めていることを悟った俺は大きなため息をつくしかなかった。

ハルヒがいないということを知って一瞬ホッとしたが、それはつまり他の団員には情報のやり取りが容易な状況だとすぐに想像できた。そうするともはや俺の存在を認識している派閥は一つではないということになる。通常なら観察任務である彼女からアクションを起こすことはないだろうが、存在しない者が存在し、それに誰も気づいていない今の状況ならそれは十分あり得ることだ。

まためんどくさいことになっちまったな。

こうなったらどう説明するかなんざ前もって考えるだけ無駄だ。どんな問いが返ってくるかわかりゃしねえ。答えないという手もあるが、それで彼らが納得するかどうかわからない。こうなりゃ出たこと勝負の出まかせ勝負だ。

もはや投げやりの域に精神を入り込ませたまま、俺はその扉を開きその中へと足を踏み入れた。

 

 

昼近い強い日の光が差し込んでくる窓際からテーブルを挟んでの三者三様の視線が俺を出迎えた。〈俺から見れば〉少年2人に挟まれた小柄な少女はそれだけでは感情をくみ取れない無機質な視線を、彼女の右側に立っている少年は状況を把握できずに困惑気味になっている視線を、そして彼よりも少し背の高い反対側の少年も困惑気味な視線を向けていたが、どこか驚愕していることを窺わせる。そして三人ともに共通していることは、各々の視線を俺に向きながら時が止まったみたいに固まっていたことだ。

こうやって見ると老けてはいないものの、この3人の同位体は高校の時と比べ、だいぶ容姿が変わっていることを再確認せざるえない。左にいる彼なんて顔も違うし、そんなことは今はどうでもいい。

どうやら予想通りの展開らしい。こうなったら一人はともかく後の二人は厳重に釘を打っとかねえとヤバいことになる。論戦があまり得意でない俺には少々骨が折れそうだがやるしかねえ。まず手始めに……

 

 

「初めまして、というべきかな」

 

埒が明かんのでこっちから時を動かしてみた。すると一人だけ我に返ってハッとした顔になり、俺ではなく隣の少女に向かい声を発した。

 

「長門さん。彼がその、先ほど言われていた人物なのですか?」

 

長門さん? ああ有希ちゃんのことか。一瞬誰かと思った。そっか、そう言えば彼女の旧姓は長門だったな。出会って半年もしないうちに姓が変わっちまったからすっかり忘れていた。それにしてもここの一樹はえらい有希ちゃんに対して他人行儀だな。姓で呼ぶなんて。

 

「そう」

 

彼らしからぬ戸惑いが滲み出ている問いに対して、少女は平坦に短く答えた。聞いてはいたが、この世界の有希ちゃんは2年になっても無表情で機械的だな。もう少し感情を出せるようになってもいいんじゃないか? こっちの彼女みたいに一時的な殺戮快楽者にまでいったら異常になるが。やっぱりあの人と出会っていないから無理な話なんだろうか?

「ですが、彼は――」

「どうやら自己紹介は必要なさそうだね」

再び何かを言いかけた彼を俺は言葉で遮った。

 

「え? え、ええ」

 

そんな『え』ばかり言わんでも……。困惑してるのはわかるけどさ。

君がそんな亡霊を見たような顔しているのを見せられるとものすごく笑いそうになるんだが。

「古泉。この人のこと、お前は知ってるのか?」

そこでようやく困惑が落ち着いたのか、反対側の少年が初めて口を利いた。この馴化速度を見るに、どうやら結構場慣れしているらしい。ハルヒに牽きまわされてかなりの死線――もとい日常と非日常の一線を往来してきたらしい。……いや、俺の勘が別の何かを感じている。どうも、この落ち着き、そして、彼にとって初対面だというのに俺を睥睨する怪訝な顔つきはそれだけが原因ではないな。さっきの一樹と有希ちゃんのやり取りから察して、この少年に俺に関する良からぬことを吹き込んだのだろう。……ところで一般常識の観点で俺の良いところをどうすりゃ叙述できるだろうか。……不可能だろう。

 

 

「ええ、涼宮さんが入学する前にあらかじめこの学校のことを機関が調べていましたから」

そこで一樹は俺の方へ視線を一旦返す。平静を取り戻すようにゆっくりと前髪を指で弾く手癖を今一度弄する。丁寧な口調だが、こういった仕草はこちらでも、この歳でも、相変わらずな様子だな。

 

「彼の名は龍峰正悟。三年生で朝比奈さんと同じクラスだったはずです」

 

「朝比奈さんと?」

 

俺の勘を裏付けする様に、みくるの名前を聞いて少年の表情はまたきつくなる。そんな害虫をみるような目で俺を凝視しないくれ……。確かにみくるを穢したのは俺だけど。

「ええ、そして彼を含めて五狂生と呼ばれる先輩方が在籍されています」

 

よくご存じで。

 

「五狂生? なんだそれは」

初耳だったように聞き返す少年に一樹は即座に返し、

「三年生の間でしか呼び交わされていませんが……まあ簡単に言うと学校側にとって扱いが難しい方たちを一纏めにした呼称です。」

それに対して俺も

「とどのつまり不良グループみたいなもんだよ」

と一樹の遠慮の欠片も感じられない紹介っぷりに思わず苦笑交じりで口を挟んでしてしまう。ここにいるのが俺でよかったもののトモあたりなら怒り沸騰もいいところだったかもしれないぞ?

「失礼。ですが、それはあなた方がこの学校にとってオーバースペックと言った意味でのことです。なんでも全国模試の1位から5位までをあなたたちが独占してしまったとか、非公式ながら全員100m9秒台で疾走されるとか、なまじ何故この学校に入られたか分からない功績を立てていらっしゃいますから。特にあなたはわが校唯一の特待生ということで直接校長に意見ができるとか?」

 

よくもまあ、噛まずにスラスラと言えたもんだ。解説下手はアレだが舌のキレは上々だな。しかしその嫌味なくらい丁寧なのはどういうことだろうね。

 

「そしてこれがあなた方の呼称を決定づけたことなのですが……」

再度右を向いてその先にいる同級生に視線を向けて問いかける。その目は実にシリアス。「この学校は他校と大きなトラブルを起こしたことはありませんよね?」

「ああ、そういえば俺たちが入学してからうちの生徒が他校の生徒とやりあったってのは効いた事ねえな。近くにお嬢さん学校があるから治安がいいのかと思っていたんだが」

彼は少し考えるような顔をして答えた。と同時に、横目でちらと俺を一瞥する。こちらへの確認の意味なのか、遠慮の意味なのか、……それとも警戒か。

少年の問いから推測するにこの世界でもやっぱアレがあったんだろうな。いや、それともあったことになっているのか? あぁ立場上、確認できないのがもどかしい。

 

「それもあるでしょうが、最大の理由はこの方たちにあるのですよ」

 

「どういうことだ?」

 

「2年前、龍峰さん達が入学して間もなく当時この辺り一帯を縄張りにしていた連中と北高生がトラブルを起こしまして、北高に殴りこんできたそうです。ざっと30人ほどの大所帯で」

 

「聞いた事ねえぞ。そんな話」

 

「学校側がもみ消したんですよ。なぜならその連中を返り討ちにしたのが、特待生であるこの龍峰さんを始めとする五狂生の方たちですので。そのような事を公にしたくなかったのでしょう。それを目撃した生徒たちにもそのことを口外しないように促したそうです。ですが、彼らの存在は他校の生徒にとって脅威となり、自然とこの学校の防衛線となっていき、いつしか彼ら五人は五狂生と呼ばれるようになったそうです」

 

冷静さを取り戻して滑らかな口振りで全くこちらに遠慮しない内容で、まるっきり予想通りのことを語ってくれる一樹とは対照的に反対側の少年は口の中にぶち込めるだけの米産レモンを詰め込められたように苦々しい表情で頭を抱えていた。

 

「何と言うか……ここはハルヒが来る前から非常識のメッカだったんだな」

 

こらまてそこ。俺達……というかあいつらは非常識なのは認めよう。だが、この学校全体がイカレてるわけじゃないんだぞ。……と言いたいところだが、実際俺がいたせいでこっちの世界の北高には年がら年中外から人外魔境の輩がまるでコミケに集る勇士の如く、湧いてきてたからあながち間違ってもいないか。それこそヴァチカンの狂気神父とか吸血鬼とか存在を食らう第三層界のゲテモノどもとか、果ては異世界の魔法少女軍団とか。

 

「ええ、全くです。それでもこれまで涼宮さんとは何の関わりも持たれていない方だったので、機関としてもあまり目に止めることはなかったのですが……」

 

そこで一樹は反対側の少年から僅かに下の方へと頭を傾けて、さっきから彫刻のように黙ったまま俺の方をただじっと見据えている少女の方に自分の言の後の続きを促すように視線を送った。それに答えるかのように有希ちゃんはようやくその小さな口を静かに動かした。

「それは全て今日零時、世界規模で発生した記憶改変による産物。本来この世界に龍峰正悟という存在は認識されていない」

「……だそうです」

 

俺はともかくとして両側の2人にはとんでもないこと言ってるように思われてるんだろうな。それよりやっぱ飛龍のやつ、TFFIにだけ情報漏らしてやがったか。おかげでこっちが説明することはほとんどなくなったが、ホント策士だなあいつは。

 

「そして改変が発生して7時間後、あなたの存在がこの世界で確認された」

 

今日の午前7時ってつまり、俺はこの世界に来た最初っから目をつけられてたってわけかよ。

思わず肩を竦めてしまう。しかしこの状況、まるで俺の世界に飛龍が来た時と同じだな。存在しない奴を前に多少なりとも事情を知っているのが一人と全く知らないのが2人、おまけに後者2人に関しては世界が異なるとはいえ、あの2人の血縁者だ。 

 

〈作為的な偶然を感じるんだが……〉

 

そんなどうでもいいことを考えている俺に構わず、さらに有希ちゃんは言葉を続け、俺に問う。

 

「説明を求める。あなたは誰?」

 

いやはや何ともストレートだな。その何のひねりもない単純さが逆にわかりやすくて好ましい。俺は僅かながら口元を緩ませてからこう言った。

 

「君たちの説明のおかげで話しやすくしてくれてありがとう」

 

「話しやすくした?」

 

言い方が気に入らなかったのか、表情はまるで変わってないが有希ちゃんの声のトーンがわずかに下がっていた。

 

「そうさ。君らがもしこの学校での俺の評判も知らなかったら、まずそこから話さなきゃならんからな。ところがもう俺が普通の人間じゃないってとこまで頭に入ってんならこちらとしても楽ができるってもんだ」

 

「やはり……あなたも涼宮さんに関連した存在なのですか?」

 

一樹が訝しげな視線をなお強く向けてきた。 俺はそれをかわすように彼とは逆の方にいた少年に視線を向けた。それに気付いた少年は目を僅かに大きく見開いたが、すぐにこちらを睨み返してきた。大した順応性だ。人間とはいえさすがは彼の同位体といったところか。

 

「悪いが君の名を聞かせてくれるかな?」

「なに?」

 

「教えてくれなかったら、あだ名で呼ぶけどいいのかな?」

 

「あ、あんたっ!」

 

ものすごく嫌そうな顔で拒否の声を上げる彼だったが、すぐに横からの一樹の視線に気づいた。

 

「どうか彼の言う通りに」

 

一樹の言葉に我を押さえたのか、それともどこの誰かもわからん男にその名で呼ばれるのがそれほど嫌だったのか、彼はしぶしぶといった感じで自分の名前を口にした。

〈……やっぱり違うか〉

「ああ、やっぱりあだ名で呼ぶことにするよ。キョン君」

 

前に口にしてから数十年ぶりの懐かしいあだ名で彼を呼ぶと、当然のごとく、

 

「なっ!? おいあんた! 俺はちゃんと自己紹介しただろうが」

 

と彼――キョン君はくってかかってきた。

 

「どうも君の本名を呼ぶのは俺の主義に反する。それに確かに俺は名前を教えてくれなければあだ名で呼ぶと言ったが」

 

そこで一度言葉を切り、口元をあからさまに吊り上げて半ば挑発じみた声で言葉を再開させた。

 

名前を教えてくれたら本名で呼ぶ(・・・・・・・・・・・・・・・)とは言っていないよ」

 

この言葉に怒りだすかと思っていたが、彼は眼を点にして立ちすくんでいた。俺の屁理屈に呆れたのかな。まあ、その方がキョン君らしいが。

 

「それよりキョン君。四年前、君の後ろにいた涼宮ハルヒはこう言ったそうだね。『普通の人間には興味はない。宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら自分のところへこい』と」

 

俺はゆっくりと右肩を上げ手のひらを彼の方へ向けながら、過去にこちらのキョン君から聞いた晴日の言葉をリピートした。 出来れば直で聞きたかったもんだ。

 

「ああ、言ったよ。それで何か? あんたはその中の異世界人の属性をもってるってのか?」

 

異世界人以外の属性が集まっているいまのこのSOS団のメンバーからして彼の問いは当然だな。それが俺んとこみたく仮初の属性であったとしても、今の彼……いや彼らが気づくはずもないが。

 

「そうだね。その言葉を借りるなら俺は異世界人ってことになるだろう」

 

俺の言葉に待ち望んでいた答えが見えたことで、僅かながら胸のつっかえが取れたのか、一樹は目を瞑り小さくため息をついてから、キョン君に続いて聞いてくる。

 

「その……異世界とはどういうものなのでしょうか?」

 

 

「それについて話す前に君の名も聞いておいていいかな?」

 

キョン君のこともあってこちらの認識との差異を確かめるべく投げかけた俺の問いに一瞬陰りを顔つきに現すも一樹は政治屋みたいなすぐに上辺だけであろう笑みを浮かべて軽やかに答えた。

 

「古泉一樹と申します。以後お見知りおきを」

 

彼らしい丁寧な会釈をするが、それに

 

「イツキ?」

 

「ええ、それがなにか?」

 

聞き返す一樹、いやイツキに思わず俺は突き出していた右手で顔を覆い、左手で腹を抱えて生涯そう何度もしないような特大の高笑いを上げてしまった。廊下の外で誰かに聞こえていたら間違いなく変人扱いされるだろう。

 

「そんなにおかしいですか? 僕の名前は」

 

声がまったく笑ってない。だが、俺は自分の笑いを堪えるのに必死でそんなこと気にも留められん。

 

「い、いや名前が変とかじゃなくてだね、俺の世界との違いが微妙すぎて……」

 

だ、だめだ。滑稽すぎて笑いが止まらん。俺の意思とは無関係に肺に入るだけ入った空気がをすべて笑いに強制射出されてるようだ。ふと『串刺し公』の顔が浮かぶ。これほどの狂笑は彼と対峙して以来だ。

 

「あなたの……世界?」

 

もはや正真正銘の狂人を相手にして、少々困惑に戻った顔をして古泉イツキ君が聞き返した。

 

「そうだよ古泉君。俺の世界の君の名は古泉イツキじゃない……カズキなのだよ」

 

どうにか笑い声を殺して緩み切った顔でその理由を答えた。弾かれたように体をビクっと震わせて、大きく開眼していたその時のイツキの表情はおそらく俺が初めて目にした素の彼のものだろう。

 

「まさか……あなたの世界とは……」

 

若干震えたようなイツキの声にようやくなんとか笑いを押さえられた俺は再び右手をゆっくりと動かし、今度は肘の関節を曲げて指先を天井へと向けながら答えを待つ彼らをじらすようにゆっくりと言葉を繰り出した。

 

「そう……俺はこの世界とは似て異なる世界――俗にパラレルワールドとも平行世界とも言われる世界から訪れた存在だ」

 

再び時が止まった。メヂューサの顔を垣間見てしまった者は石になって固まってしまうのだが、魔王の俺はそれを声でやってしまうらしい。目の前の3人には息をしているのかと突っ込みたくなってくる。 おそらく彼らは異世界というの魔界や天界のような内的異次元世界を想像していただろうかな。それでも――いやそっちの方が正しいのだが。とにかくこのまま呆けられちゃ話が進まん。さっさと我を取り戻してもらおうか。

 

「驚いたかい?」

 

俺の声に時を取り戻したも今だ両側の2人は驚きを顔全体で表している。キョン君はともかく一樹までそこまで驚くのはらしくないが、彼の場合、自分と違う名前を持つ自分を知ったことが大きな原因だろうな。そんな2人に挟まれている有希ちゃんだが、俺が声を掛ける前とてんで変わらん色のない顔をしていた。まあ彼女の反応としては当然か。

 

 

「違う」

 

静かに有希ちゃんの口元が動いた。 違うって何が?

 

「この世界と平行して複数存在している異次元同一世界にもあなたという存在は確認されていない」

 

こりゃ驚いた。まさかこっちの情報統合思念体が既に平行世界を認識していたとは。案外こっちのより優秀だったりして、まあそれでも俺の世界を知らないってことは――

 

「それは君のパトロンがこの世界と同層の世界しか確認できないからだろ? 俺は君たちの、この世界から見て上層に存在する世界の住人だ」 

 

「上層の世界?」

 

再度、一樹が訊き返してきた。彼らしからぬ介入と、整った面に映えるシリアスアイを見る限り、相当興味ありげだな。確かに、異次元世界の他に上層世界の呼称まで平凡な公立校の手狭な一室で、しかも皆真面目面を揃えて実在を肯定してるんだ、そりゃあある程度不思議甘味料を味わった連中なら食指の動く話であろう。有希ちゃんの方も、一見無表情な瞳に少しざわめきを見せる。自分の――いや、情報統合思念体すら把握していない情報の提供に少なからず興味を抱いていることだろう。キョン君に至っては……やはり、あまり嚥下は出来てないらしい疑問の視線を、主に有希ちゃんに注いでいる。もう少し説明を加えてあげないと彼には可哀想か。しかし、

 

「それを君らが今知る必要はないよ。明日にはいなくなっている奴の世界のことなどね」

 

「いなくなってる?」

 

残念、と締めくくった俺の言葉に有希ちゃんの眉がわずかに動いた。それほど意外だったのか。微少とはいえ、この世界の彼女において感情を表わすことなど稀だろうに。

 

「ああ、ここまで大規模な改変をしといて悪いんだが、おりゃあもうこの世界から去る。だが、帰る前に君たちに釘を刺そうと思ってね。特に最初から俺の存在に気づいていた知りたがりの宇宙生命にはな」

 

そう言いながら 有希ちゃんをじっと見据える。華奢な体が近代美術館なら一体は置いていそうな彫像のように美しく、緊張した硬直を呈している。敢えて彼女の情報源について触れなかった癖に、今になって結論部に情報統合思念体に関して本格的な言及を持ってきたからか。

こいつぁ失敗。前提すっ飛ばすいつもの感じで話を進めたのがまずったかな。

 

「釘を?」

 

「そうさ。奴さんは加減をあまり知らないからな、俺のことを調べるために派手なことをやりかねない。特にその急進派はな。そんなことをしても地面にクレーターを作って空を飛んでる不死鳥を探してるくらいに、見当違いのことだ」

 

片手で穴を掘る仕草をし、もう片手で天井を指さしながら、我ながら下手だと自嘲してしまう例えを口にする。

 

「とりあえず大人しくしてることだ。慌てんでも俺の代わりがすぐ来るはず。俺ではない別世界の俺がな」

 

今度は誰が来るのかわかんねえが、それでもハルヒ絡みである以上この面々に事情を話さないってわけにはいかないだろう。

 

「あなたの、あなたたち異世界の方の目的は一体何なのですか?」

 

未だ状況が理解できないだろうに、努めて冷静な質問ができる君はなかなかだよ一樹。

さっきから開いた口が塞がってないキョン君とはえらい違いだ。

 

「それもそいつから聞いてくれ。下手に教えて情報の食い違いを起こしたくないのでな」

 

依頼をすっぽかした上にこれ以上要らん入れ知恵を彼らにしてはさすがに飛龍に悪い。ここはこっちの用件を出してさっさと俺は退場したほうがいい。

 

「とにかく俺が言いたいのはそれだけだ。ソイツは必ず来るだろうからそれまで事を荒立てないようにしてくれ。んじゃね」

 

そうして体半回転させる。後ろで一樹が止める声が聞こえるが、そんなもん知ったこっちゃない。これ以上彼らに付き合ってハルヒに出くわしたらどうしてくれる。さっさと出ようそしてさっさと帰ろう。ああ、仕事を任せてきたタカの形相が目に浮かぶ。帰ったら椅子に縛りつけられて、山のような書類をこなす羽目になるだろう。

そんな胃が痛くなるような事を思いつつも俺は扉の取っ手を手にしようと腕を伸ばした。

 

 

……あれ? 取っ手が――というか扉がない!?

 

目の前にあるはずの扉の形などどこにもなくただ真っ黒な壁が聳え立っていた。

 

って真っ黒?

 

「明快な回答が得られない以上、あなたを捕獲する」

 

有希ちゃんの冷たい声が鼓膜に響く。どうやらこっちの宇宙生命体は主流派でも傲慢みたいだ。

 

(虎穴に入らずば虎の子得ずとは言うが――

 

さすがに大きな溜め息が漏れる。

 

虎の尾、踏んじまったてか?)

 

とはいえ踏んだのが巨象だとは気付いていないだろうな。鈍感というか無知というか……

 

どっちにしろ教育してやらねえとな……上層世界の、魔王の力ってやつを。

 

青白いアンドロメダみたいな光線が飛び交う薄暗い空間の中で俺の荒振り始めた精神に反応して、右手甲のヘキサグラムが煌煌と浮かび始めた刹那だった。

 

 


あとがき

 

ゼエゼエ、やっと書き終わった。

タカ「よう、お疲れ」

タカ……今回はボケられんぞ。もはや体力が限界だ。もうグウのネも出ねえ。

タカ「ああ、わかってる。てめえの体力と集中力じゃこのページ量が限界だもんな」

それ褒めてるのか?

タカ「アホ、貶しと褒めの両方だ。 これでもまだ一般的なSSから見れば短い方だらかな。おまけにわかりにくい」

わかりにくいのはいつものことだろうが。だから今回人の手を借りたんじゃないか。

「ああ、そのせいでお前の駄文の部分がモロにわかるな。」

やかましいわ! でも次回はやっとバトルが書ける。どんなのにしようかな~

タカ「殺すなよ彼女。もしやったら彼女のファンを全員敵に回すぞ?」

それでもやるのが私だよ!!

タカ「お前そのうち刺されるぞ。それにしても今回は文章もそうだが内容もわかりにくいな。しかもなんかネタ的なセりフが混ざってるし」

一般読者にはわからないから大丈夫だよ。もっとも知られても今後もこういうセリフ書くけど。

タカ「お前という奴は。とはいってもこんな小説、読んでくれる読者はいないと思うぜ?」

うう、イタイところを……。でも私はプロではない。読者が見てくれようと見てくれまいと、私は自分の妄想を出しつくすだけさ。たとえ狂っていようともね。

タカ「なにカッコつけて、カッコの悪いこといってやがる。はあ、こんなアホな作者に付き合ってくれている読者の方々、いたらこれからも見捨てないでやってくれ。ではまた次回」




SOS団の元へ。
美姫 「とは言え、言うだけ言って帰るつもりだったみたいね」
だな。しかし、有希が強硬手段に出たのはちょっと驚きかも。
美姫 「彼女の判断か、上の判断か。どちらにせよ、緊迫した状況になっちゃったわね」
ああ。いやー、続きが気になる。
美姫 「本当に良い所で終わってるものね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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