「・・・・・何と言うか」

 

 

期待を裏切られたというか・・・・・・面白いと言うのか。

 

 

「国の最先端の研究機関と言えば、もっとこう・・・機能美に溢れているもんじゃないのか?こう、バーン!と擬音がつくような・・・・」

 

 

まぁ、バーンとあるにはあるのだが。バーンはバーンでも違うバーンだろう、これじゃ。

重厚かつ洒落た石造りの建物って・・・・大正浪漫への回帰じゃあるまいし。

 

 

「来る場所間違えたか・・・・」

 

 

そんなはずはないんだが。

 

 

「東京湾で埋立地と言えば、こことお台場しかないんだったか?」

 

 

多かれ少なかれ東京湾全体は埋立地だが、人工島レベルだとそういうことになる。

 

お台場と言えば、あの意味不明な構造をした某TV局の社屋が見えるはずだからここで間違いないと思う。間違ったら間違ったでお台場観光を楽しんで帰ればいいだろう。

 

 

などと、片田舎出身の俺こと靜峯(しずみね)麒麟(きりん)は思うわけだ。

 

とある理由でこの若い身空で蟄居していた俺へ、突然文部科学省のお役人がやってきたのは先週のこと。文部科学省の意向で東京まで来いとの随分なお達しだった。

色々と突っ込んだことを聞いてみたが、詳細は東京で話すとかでけんもほろろ。一応、最近起こっている異常気象についてと聞いているが、今一要領を得ない。

 

 

いつまでも佇んでいても仕方ない。その辺の奴らをとっ捕まえて・・・・もといキャッチしてここが件の場所なのか聞くか。

 

 

 

「おっと、手ごろな所に」

 

 

いいところに男女ペア発見。年のころも近そうだ。

 

 

「なんつーか・・・・」

 

「・・・・同類さん?」

 

「・・・・かも知れないな」

 

 

二人はいきなり声をかけた俺に動じることもなく、顔を見合わせて、妙に納得した顔つきになる。

 

ああ、田舎モノのそこはかとない匂いに癒されている自分がちょっと嫌だ。

 

 

「・・・・どうした、そこの少年少女」

 

 

田舎モノ三人は妙な連帯感を持ってキョロキョロと辺りを見回していたのを見咎められたらしい。甚だ不本意な流れだ。

 

いかにも出来そうな大人の女性に声をかけられて、益々不本意。

 

 

「あー、その、ここって・・・何だっけな?」

 

 

ど、弩忘れかよ。いかにも山出しの田舎モノ状態に陥って少し落ち込んでいる。

かく言う俺も「東雲なんたら学園」という程度にしか覚えていない。

 

 

「ここは『新東雲研究学園都市』だよ・・・・丸目蔵人くん、勸興寺六花くん、それから靜峯麒麟くん。」

 

「え・・・・っ?」

 

「え・・・・っ?」

 

「す、ストーカー!?」

 

 

俺の名前を知ってるとしたら、それ以外にありえないだろう。

 

 

「ええっ!?」

 

「う、嘘っ!?」

 

「・・・・どうして、そうなる・・・・君らはここでは重要な協力者だ。特に私でなくても、研究に携わっている者なら、顔ぐらい覚えているよ。」

 

 

そういうものなのか。よく分からんが。

 

 

「とりあえず校舎の方へ案内しよう・・・それと軽い説明もね」

 

 

校舎って・・・・まさか、このバーンと存在感を放ってらっしゃる建物が校舎なのか?

 

おいて行かれないように着いていきながら、ちょっと驚く。前に見た筑波でもここまでレトロな印象は受けたことないぞ。

 

 

「ここが、明日から通うことになるあなた方の新しい学校よ」

 

「・・・・・はあ」

 

 

右も左も分からない俺達はついていくしかないが、ペアの男のほうは生返事を返す。それにしても、着いてくるのが当然という歩き方は些かどうだろう。さっきから女の子の方はキョロキョロしつつ微妙に遅れては小走りで着いてくるを繰り返している。

 

 

「どうかした?なんだが気の抜けた返事じゃない?」

 

「ああ、いや・・・・なんか、こう建物がイメージと違ってたもんで。」

 

 

確かに。最新設備を備えた学園都市という触れ込みだったからギャップがちとキツイ。

これだと差し詰め鹿鳴館というところだろう。現物は見たことないが、イメージとしては。

 

 

「最新鋭の建物だからと云って無理に近未来っぽくする必要はないだろう・・・・ここはテーマパークではなくて研究施設なのだから。夢の国とは訳が違うのよ・・・・。」

 

「いや、これはこれで履き違えた遊園地のアトラクションみたいに見えるような気がするんだけど。」

 

 

ナイス指摘だ、少年。

 

 

「ふふっ、そうだな。けれど、これは研究員の精神衛生のために、わざと懐古調の設計になっているんだ。」

 

「温故知新?」

 

「・・・・外れていないような、外れているような気がするんですけど・・・・。」

 

 

できればズバッと言ってくれ、少女。

 

 

「少し違うな。確かに見た目も最新鋭施設なら研究者も自覚を持って・・・気合が入るかも知れないわね。けれど、人間の手による新たな発見、新発明と云ったものは決して勤勉さからのみ産み出されるものではない。少なくとも、最新鋭の病院みたいな建物よりも、こう云った建物のほうが気分は落ち着くでしょう?」

 

「なるほど・・・・確かにそのとおりだな。」

 

「こうして血税は消えていくのでした・・・お終い。」

 

「うわっ!シビア〜〜。」

 

「絨毯敷いてないだけマシなのかもしれないが・・・・。」

 

 

これで絨毯敷いてあったら、腹が立つな納税者として。

 

 

「そう言うな・・・・必要なことには最大限金をかけて惜しむべきじゃない。」

 

「うーむ、太っ腹・・・・おっと、これは女性に対して失礼か。」

 

「妙な気遣いをされると、逆に気になるだろう。」

 

「無礼の段、何卒容赦を。無骨モノゆえに。」

 

 

ため息を一つつかれ、

 

 

「いずれにしても、その内慣れるわよ。三人とも、荷物はどうしたの?」

 

「ああ、それは自宅から宅配便で。」

 

「わ、わたしも・・・・・。」

 

「左に同じく。」

 

「そう・・・・では、それはもうあなた方の部屋に届いているわね。なら少し寄り道していっても構わないでしょう。」

 

 

そう言って、彼女は悠然と行き先も告げずに歩き出す。

 

 

「・・・だとさ。」

 

「・・・ですね。」

 

「・・・了解。」

 

 

示し合わせたわけでもないのに、三段階で終わる。

他にどうすることもないので、選択の余地のないまま彼女の後についていく。

 

 

「研究所だって・・・・。」

 

「・・・・・そうだな。」

 

「私たち、何を研究されちゃうんでしょうね。どっきどきですね。」

 

「・・・・・そうだな。」

 

「・・・・・・おにーさん、『そうだな』しか言ってないです。」

 

 

と、漫才のような会話が目の前で繰り広げられる。

いや、オチは大体読めたんだけど、女の子のほうの反応が面白そうなので暫し放置。

 

 

「・・・・・・そうだな。じゃあ聞くけど、どんな研究をしてるのか・・・なんて、俺が予想できると思うかい?りっちゃん。」

 

 

しまった。『そうだな』で終わって、そこに女の子のツッコミが入ると思ったのに、外された。

にしても、いきなり渾名で呼ぶとは中々できるじゃないか。

 

 

「ううん、ちっとも・・・・って、りっちゃんって、わたし?」

 

「リッカって名前じゃないのか?」

 

 

ここで違うと言われたら、ジリッカとか、ウジリッカとかいう極めて日本人っぽくないというか、むしろ人類じゃない名前になると思うが。

 

 

「うん、そう・・・勸興寺六花」

 

「じゃあ、りっちゃん、だな。」

 

「確かに、りっちゃん。だな。」

 

 

これ以上ないほどしっくりくる。

 

 

「まあ・・・いいですけど、おにーさん達は?」

 

「俺か・・・・俺は丸目蔵人だ。」

 

「俺は靜峯麒麟。」

 

「蔵人さんに、麒麟さんね・・・二人とも何だか外人さんみたいだね。」

 

 

・・・・・良かった、動物だとか言われなくて。

 

 

「よく言われる・・・・っと、いかん、置いていかれる。」

 

「というか、見事に置いていかれてる。案内人がされる側を置いくあたりすごいよな。」

 

「感心してないで、急ごうよ麒麟さん。」

 

「できれば・・・・名前で呼ぶなら“さん”付けはやめてくれ。」

 

 

そう言いながら、三人とも慌てて歩き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは・・・・・・。」

 

「・・・・随分と奇怪な。」

 

 

案内されるままこの奇怪な光景の前でやってきた。

 

 

「な、なんなのでしょう、浮いてます。」

 

 

横に居る六花が不安そうな声をあげる。

無理もない。それだけ目の前の光景は異質だ。いや、異質というよりも異常だ。

 

 

「レビテーター・・・・ってわけでもなさそうだな。」

 

 

魔方陣らしきものが描かれ、そこには六つの緩やかな坂になった台座らしきものが放射状に配置されている。台座らしきものには鈍く写る鏡がそれぞれ乗せられているが、不思議と埃も曇りもない。

そして、魔方陣の中心には捩れた、そう・・・イソギンチャクの茎のようなものが伸びている。その口の先から淡く発光しながら、六面体を四つ合わせたより大きな六面体が不規則に回転しながら、浮いている。

 

 

「どうかしら・・・あなた方三人には、この装置・・・どんな風に見える?」

 

「どうって、言われても・・・・・。」

 

「なんだか、妙に不安を煽られる・・・・おかしな気分です・・・・。」

 

 

蔵人と六花は漠然と不安や恐れを抱いているが、俺は違う。

 

 

「・・・・・今すぐ、壊したくなる・・・・決して俺とは相容れないモノってところかな・・・。」

 

 

銀色の・・・サイコロのように見える六面体。不思議と埃も曇りもない鏡。

直感的に、破壊しなくてはらないと感じさせるような危険な感じをはっきりと自覚させる。

 

 

「・・・・そう。」

 

 

彼女は俺達の感想に・・・おそらく満足したのだろう。

そう言って俺達を見て微笑むと、尊大な感じに手を差し出した。

 

 

「歓迎するわ三人とも。ようこそ東京へ・・・・そして、人類最後の砦、新東雲学園都市へ。」

 

 

その言葉が風に攫われて辺りいっぱいに広がる・・・何かを物語、物語りが拡散するように。

 

そして、それが全てに於ける―――俺自身も例外としない始まりだと俺達はこの瞬間、全く気付いていなかった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――カフェテリア

 

 

 

「珈琲でいいかしら?私の奢りよ。」

 

 

彼女は適当な席に座ると、俺達を手招いた。

さっきから思ってたが、この人、かなりマイペースだ。良いも悪いもさておいて。

 

 

「そりゃもう、奢ってもらえるなら何でも。」

 

「あの・・・珈琲苦手なので紅茶がいいです。」

 

「『無料より怖いものはない』とは言うが・・・・できればブラックで。」

 

「うわっ・・・・麒麟さん、大人だよ〜。」

 

「それは偏見だぞ、りっちゃん。」

 

 

別に珈琲をブラックで飲めるから大人とは限らない。味よりも効能を優先してるだけだから。

 

 

「ふふっ、若い子は正直ね・・・さ、どうぞ座ったら。」

 

「・・・どうも。」

 

「お言葉に甘えて・・・でも、貴女も十分に若いと思うが?」

 

「い、いきなり口説きモード。」

 

「・・・・・どうしてそうなる?」

 

 

りっちゃん・・・・変に穿ち過ぎだ。

 

などと俺達が座るを見届けた彼女は、若い、若くないの話を無視した。きっと、この手の話題はアウトな妙齢なのだろう。

 

 

「そう言えば、私の自己紹介がまだだったわね。」

 

 

ゆっくりと両指を絡めると、にっこりと微笑む。社交辞令半ばの“大人の微笑み”というやつだ。

 

 

「私は新東雲量子科学研究所・研究主任の伊集院観影。よろしくね。」

 

「なんだか偉そうな肩書きだな・・・・」

 

「いや、主任だから実際偉いんだろう。」

 

「なるほど・・・・で、その何とか研究所が俺達を『呼んだ』ってことで良いのか?」

 

「ええ、その通り。・・・今からその辺りの話を軽くしようと思うのだけれど、基礎的な部分からね。」

 

「俺の脳味噌で解るレベルなら、歓迎なんだが・・・・。」

 

「量子科学はシュレーディンガー辺りまでなら、何とか。」

 

 

正直、クラークの第三法則がまともに通用する世界の話だからな。

 

 

「何ですか、その・・・シュレーなんとかっていうのは?」

 

「ん?ああ、こうやって・・・・『ΦにΨ、ΦにΨ、世の中全て波だらけ、ΦにΨ、ΦにΨ、あなたと私のシュレーディンガー・・・・』ってやる、歌と踊りのことだ。」

 

「ぶっ・・・・・あはははははは!!?」

 

「ぷっ・・・・くくくくくくく!!?」

 

 

蔵人と六花は笑いのツボに入ったらしく、笑い転げてる。ってか、りっちゃん壊れすぎ。

 

 

「靜峯・・・・・それはシュレーディンガー音頭だろう―――二人とも、あまり真に受けないでくれないか?」

 

 

観影さんは何か悪い思い出でもあるらしく、物凄くげんなりしている。

きっと、量子科学の研究ゼミかなんかでやらされた経験があるんだろう。

 

一頻り笑った二人がこっちの世界に戻ってきて、何故か恨めしそうな眼で見られた。いやいや、別に笑わせようと思ったわけではなく、これはこれで合理的な量子力学の用語暗記方法なんだが。

 

 

「・・・で、今度こそ本当に俺の頭で理解できる説明をしてもらえるんでしょうね?」

 

 

観影さんは私がしたわけではないと、苦笑する。

 

 

「簡単だ。『世界は今、滅亡の危機にある』・・・・これでどう?意味が解らないかしら。」

 

「・・・・・いや、解るよ?・・・・なんつーか、その、解り易過ぎて逆に混乱しているんだけど。」

 

「えーっと、どの辺からツッコメ、と?」

 

「いやいや、麒麟さん、多分これマジだから。」

 

 

あ、りっちゃんにツッコミ入れられた。なんか、ショック。

というか、りっちゃんも解らないからって半分泣きそうになってるんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ・・・・それにしても大変なところに来たって感じです。」

 

「・・・・・そうだな。」

 

「いや、全くだ。」

 

 

観影さんの説明を受けた後、俺達は自分達の部屋へ案内された。部屋は部屋でもマンスリーなワンルーム。ちゃんと簡易キッチンやバスルームにトイレもついている上等な部屋だ。

 

 

「・・・で、りっちゃんも麒麟も部屋隣・・・何でここにいるんだ?」

 

「そ、そんな・・・蔵人が都会初日から都会人に染まって、田舎モノいじめをするなんて・・・・!?」

 

「・・・誰も虐めてないだろうが・・・・。」

 

「まぁ、いいじゃないですか、別にぃ。他に知り合いもいませんし・・・・お隣同士仲良くてくださいよ〜。」

 

 

あ〜〜・・・・その日本人的閉鎖性には賛同したくないが、ここにいる時点で俺も同類か。

何気にみんな、誰かの意見を聞きたいのは同じだろうし。

 

 

「っていうか、私ってもうりっちゃん固定なんですね・・・・・・うぅ。」

 

「・・・・嫌なら嫌って言えばいいだろう。」

 

「嫌ってわけじゃないんです・・・・ただ、もうずーっとそう呼ばれて続けているので少し新鮮な渾名が欲しかったなって思って。」

 

 

りっちゃん、照れ笑いしつつ困ってる。どっちなんだ?

 

 

「じゃあ・・・・リンリン?」

 

「それなら・・・リッカリッカ?」

 

「嫌っ!!」

 

 

そりゃ、自分で言っておいてなんだが嫌だろうな、こんな渾名。

 

 

「・・・・カンカン?」

 

「嫌です!その、東京都職員がパンダにつけるよーなネーミングセンスから脱却してくださいっ」

 

「いいじゃないか、パンダみたいで可愛いって意味で・・・。」

 

 

―――ギロリ

 

な、なんか今、物凄い殺気のこもった眼光が・・・・。

 

 

「・・・・リカ?」

 

「それは別人です!」

 

 

別人だな。

 

 

「中々に我侭だな、りっちゃん・・・・・。」

 

「蔵人さんネーミングセンスなさすぎですよ・・・・もうりっちゃんでいいです。きっと、私は一生りっちゃんなんですね・・・・うぅ。」

 

「おおぅ、正しく不朽の渾名だ。喜べ、りっちゃん。」

 

「ぜんっぜん、嬉しくありません!!」

 

「いや、バーサンになる頃にはそう呼ばれなくなると思うけど・・・・どうだろうな。」

 

「確かにな・・・後50年の辛抱だな。」

 

「まぁ、そうかも知れませんけど・・・・いえ、そういう話をしに来たわけじゃないんですよ、もうっ!」

 

 

りっちゃんはまだ解いていないダンボールの上に座ると頬袋一杯に餌を詰めたリスのように膨れる。

俺のじゃないからいいが、乗って大丈夫な荷物なのか?

 

 

「そうだな、確かに来て早々『人類最後の砦』なんて言われてもなぁ・・・りっちゃんはどう思った?」

 

「あの、それを私がお伺いに来たんですけどぉ。う〜ん、そうですね、今一つピンと来ないかな、って感じではあるでしょうかぁ。」

 

「そうだな。東京くんだりまで呼びつけられて、いきなりそう言われて、『はい、わかりました』と言えるほうがどうかしてると思う。蔵人やりっちゃんがそうだったらどうしようかと思ったが一安心だな。」

 

「いくら私達がバカだからって、それはないですよぅ。」

 

「・・・・なんで“達”なんだ?もしかして、俺も含まれてるのか?」

 

「やだなぁ、蔵人さん、決まってるじゃないですか。」

 

 

そんなに明るく言われてもな。どっちの意味にもとれるが、ニュアンスからして含むほうなんだろうな。蔵人も反論しないし。

 

 

「散花蝕・・・・かぁ、話には聞いてましたけど、まさかそんなに大事になってるなんて・・・全然知らなかったですから。」

 

「ま、それだけ俺達が『田舎者』ってのもあるんだろうが・・・・。」

 

「今回の場合は、政府の情報統制のおかげと思うべきなんだろうな。」

 

 

それだけ、散花蝕というのは情報を操作する必要のある重要なものということだ。

 

 

 

 

―――散花蝕

 

 

日本語に意訳すると「多重次元災害」というらしい。

一応自然災害、ということになっているらしいが本当に“災害”と呼んでいいかは曖昧だ。とりあえずこの災害は少しずつ世界へ波紋を呼んでいる。

 

 

カフェテリアで観影さんが説明してくれたのはこの散花蝕についてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた達も現在、世界中で散花蝕と呼ばれる現象が発生し始めているのは知っているでしょう・・・・そこから説明するわね。」

 

「散花蝕は『多重次元災害』・・・・言わば時空間の歪みが引き起こす自然災害のことよ。」

 

「時間や空間にも自然的な歪みが発生すると考えるのなら、この現象も竜巻や台風のような自然災害の一種と考えて良いわね。」

 

「現在の科学では、この世界は13の異なる次元が薄いカーテンのように折り重なって存在し、世界を形作っていることが判っているけれど、普段は他の次元の存在や世界の私達が気付くことはないわ。」

 

「これらの世界は、重なり合っているけれど見えることはないし、触れることもできない。人間の感覚では説明しきれない構造で成り立っているわ。」

 

「ところが、ひとたび散花蝕が発生するその地点では重なり合うはずのない次元同士が接触したり、部分的に融合したり、あるいは影響を与えたりするの。」

 

「結果として、ある日突然街が丸ごと一つ消えてなくなったり、街はそのままで住人が一人残らず行方不明になってしまったり、環境の激変で住人が総出で発狂してしまったりすることになるの。」

 

 

「・・・理屈はわからねーけど、その辺までならニュースとかで見たことはある。一度そうなった場所には近づこうとする色々な怪奇現象が起こるんだってな。」

 

 

俺も知っているのは蔵人と同じ程度だ。

怪奇現象というのも、散花蝕の起きた場所では視覚が歪んで見えたり、妙な幻視幻聴や、身体的不調を覚えるとか。当然ながら、電磁波なども一切シャットアウトされるらしい。

 

 

「あ、でもわたし、天気予報みたいに散花蝕を予測できるシステムが完成したってニュースで見ましたけど・・・・。」

 

「重力波測定用のレーザー干渉計のことだろう?天文学用の観測システムを応用したっていう・・・・NASAが随分と渋ったとか聞いたけど。」

 

「その話は本当だ。NASAのこともな。おかげで被害地域を予測できるようになった。だが、それが今の楽観的な状況を作り出してしまった。被害者だけなら0にすることができるようになってしまったから。」

 

「状況は・・・・・もっと悪くなるってことか・・・・?」

 

「散花蝕の起きた場所には二度と人は住めない。そうやって人類の生活圏が少しずつ狭まっていけば・・・・・。」

 

 

嫌な話だが、散花蝕が世界を覆いつくす前に人類同士での殺し合いが始まる。

それに、自然災害と同じだというのなら、超巨大な台風と同じで、地球全体を範囲に収めた散花蝕が来る可能性だってある。

 

 

「公式な発表はなされていないけれど・・・・このまま散花蝕を放置すれば・・・近い将来に。」

 

「まさか、もっと悪いことがあるとか言い出さないでくれよ?」

 

「仮説の域を出ないけれど・・・近い将来、全ての次元は花びらのようにバラバラに花開き、散り、一つに融合してしまうでしょう。つまり、今起こっている散花蝕は大地震の前の余震のようなものなのよ。」

 

「その、ドデカイ奴が来ると・・・どうなるんだ。」

 

 

解ってはいるが、蔵人はあえて聞いた。勇気のやる奴だ。

 

 

「まあ、かなりの確率・・・融合時に発生する何らかの問題で人類は滅亡するでしょうね。融合後の世界なんて現在の科学では想像もつかないし、そこに人間が生き残れたとして、生き抜ける環境が残っているとも思えない。」

 

「そんな・・・・それって、何とかならないんですか?」

 

「残念ながら、散花蝕のメカニズムや発生原因は現在の科学で説明することはできない。肝心の量子力学や相対性理論といったこの分野の説明に必要な理論は、未だ完全に証明されたわけではないし、多くの問題を残しているの・・・原因を解明するために必要な学問そのものが未完成なのよ。」

 

 

それは、まさしく死刑宣告。

原因がわからなければ、対策の立てようもない。

 

楽観的に考えれば未完成な学問の弾き出したあやふやな解答ではあるが、現実に散花蝕の脅威がある以上何らかの対策は講じる必要がある。

 

 

「・・・つまり、人類はこれにてお終い・・・そういうことなのか?」

 

「理論上はね。」

 

「理論・・・上?」

 

「そうよ、人類は時空間に干渉し得る能力を獲得していない・・・けれど、打つ手が全てなくなったわけではないのよ。」

 

 

観影さんはそう言うと、詳しい説明は後日と言って部屋へ案内してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「意味深でしたよね・・・観影さんの言葉。」

 

「そうだな・・・なんだか、マッドサイエンティストが狂った最終兵器を出してくるような・・・。」

 

「・・・蔵人、それは本人の前で言わないほうがいいぞ。」

 

「・・・・・確かに。」

 

 

何を想像したのかあえて聞かないが、失言にだけは気をつけろ。科学者なんてみんあマッド予備軍なんだからな。

 

 

「まあ、ともかくだ。」

 

 

ごまかしやがった。

 

 

「俺達はその、観影さんの作った対散花蝕用の秘密兵器を動かす手伝いをする、そのために呼び出された、と。」

 

「なんだか、狐に抓まれたような話です・・・・どうすればいいのか解んなくて。」

 

「そうだな・・・・で、二人は手伝うのか?観影さんは俺達が決めていいって言ってたけどさ。」

 

「だからぁ、それを相談するために来たんじゃありませんかぁ。問題が大きすぎて私一人じゃどうにもならないんですよぉ・・・・。」

 

「おお、そうなのか。」

 

「・・・・麒麟さん・・・『そうなのか』って、何をするつもりだったんですか?」

 

「俺一人来ないのもつまらないから、付き合いで。」

 

「「はぁっ〜〜〜。」」

 

 

二人そろってかなり無礼なため息をつかれたんだけど。

 

 

「しかし、俺にしたってな・・・・。」

 

 

蔵人もピンとこないようだ。

 

かく言う俺自身、無関係というよりも地球上の一生物としてはまるっきり当事者なんだが、打開策をもっと詳しく聞かないことには、今一つなんだな。

 

 

「ピンと来ない・・・けど、俺がやらなくても誰かがやるんだろうし、自分の知らないところでゴチャゴチャやられるよりはよっぽどいいんじゃねぇか?人任せは趣味じゃないしな。」

 

「なるほど、蔵人さんらしいですね。」

 

「俺らしい、か・・・・面白いことを言うな、りっちゃん。」

 

「あははは・・・・そうですね、逢ったばかりなのに。」

 

 

単純とはあえて言うまい・・・・。

 

 

「でもそうですね!私も蔵人さんの考えに乗っかってみます。その秘密兵器にどれくらい信用がおけるのかとか・・・その辺りが少し解らないから不安ではありますけど。」

 

「アグレッシヴだな二人とも・・・・では、俺も蔵人丸に一つ乗ってみますか。」

 

「あはっ、でも麒麟さんまで乗ったら沈むかもしれませんね。」

 

「おいおい、勝手に乗って、勝手に沈めるなっての。」

 

 

蔵人は仏頂面になって、それがまた可笑しくて俺とりっちゃんは笑う。

 

 

「秘密兵器の信用うんぬんは、観影さんの説明を待とう。その時に改めて考えればいいわけだしな。」

 

「・・・・麒麟さんと蔵人さんって・・・意外とマイペースな似た者同士ですよね・・・。」

 

「そうか?・・・だが、他人に合わせるだけが協調性って言うのなら、俺はマイペースのほうがいいね。自分決めよう、自分のこと。」

 

「ま、それについては同意見だな。今すぐ世界が滅びるから即断即決ってわけでもないんだしな。」

 

「そうですけど・・・・プレッシャーなさ過ぎです。」

 

 

プレッシャーね・・・・・。

蔵人と顔を見合わせる。考えていることは同じらしい。

 

 

「スケールがでか過ぎてきっと麻痺してるんだろう。」

 

「もうっ・・・・・・。」

 

 

文句を言いつつ、りっちゃんは少しだけプレッシャーとやらが和らいだように笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夜が明けた。

 

習慣というのは恐ろしいもので5時半には目が覚めたので、軽く柔軟体操をしてから着替える。

と、そこで気がついたのは引っ越したばかりで折角電源を入れた冷蔵庫は空であり、食べ物がないということ。買い物できそうな場所は知らないが、そもそも学園や研究施設ばかりの新東雲に店があるのかすら怪しい。

 

その辺、観影さんにでも聞いておけば良かった。

 

どうせ、蔵人やりっちゃんも同じようなもんだろう。二人を誘って店を探すか。

 

 

隣の蔵人の部屋へ歩き出す。無用心にも鍵はかかっていない・・・・・どれだけ田舎に住んでたんだよ、蔵人。しかも、半開きだぞ・・・・・っと、中から声がする。

 

 

「おはよう、蔵人さん。」

 

「・・・・ああ、おはよ・・・・りっちゃん・・・・おやすみ。」

 

「わ、ちょっとっ、現実を無視しないでくださいっ、蔵人さん!」

 

 

部屋へ入ると、その光景。

 

 

「・・・・手が早いな・・・・この場合は、りっちゃんでいいのか?」

 

「えええっ!!・・・・って何で私が手を出したことになるんですか!?」

 

「ほら、元気溌剌だしさ。蔵人を激しく・・・・・・。」

 

「キャアアア!!な、な、なな、何言ってるんですかぁ!麒麟さんのバカ、エッチ、変態!」

 

「いや、夜這いをかけたりっちゃんに言われたくないし・・・・。」

 

 

「お前ら・・・人の部屋で何やってんだよ。」

 

 

はた迷惑な騒ぎで起こされた蔵人は、不機嫌というよりも呆れ返っていた。

 

 

 

 

 

学校へ向かう途中、俺はりっちゃんに散々怒られた。何で怒られるのかよく解らないが、怒られたので仕方なく怒られておいた。

 

 

「蔵人さんも蔵人さんですっ・・・折角女の子が男の子を起こしに来たって言うのに二度寝なんてっ!」

 

「そうは言ってもなぁ・・・じゃあ、来てくれてありがとうつって、そのまま寝床に引っ張り込んだ方が良かったか。」

 

「そのときは、にっこり笑って応じてから、金切り声で悲鳴を上げるまでですよ。」

 

「性格悪いなぁっ、りっちゃん・・・・。」

 

「将来、美人局やりそうなタイプだぞ、あれは。」

 

「しません、そんなこと!」

 

 

いやいや、知らぬは本人ばかり、と。

 

 

「でも、そうですねえ。蔵人さんなら考えてあげてもいいですよ?悲鳴を50%オフとか☆」

 

「そいつはどーも。」

 

 

結局悲鳴を上げるということか・・・・でも、50%オフなら聞こえない可能性もあるわけで、蔵人相手ならそういうプレイも対応というわけか。

 

 

「あれ、嬉しくないんですか?私、蔵人さんになら襲われてもいいって凄ぉく遠回りに示唆してあげたのに☆」

 

「今『金切り声で悲鳴を上げる』っつたばっかじゃねーの?」

 

「それはだって、乙女として・・・ねぇ・・・・。」

 

「何で、俺を見る。」

 

 

こっちに視線を向けられても、生憎と乙女じゃない俺には分からん。

 

 

「いや、そこで赤面されても困るんだが・・・・どこにツッコムんだ?」

 

「そんな・・・・蔵人さん、乙女に『ツッコム』だなんて・・・・エッチ☆」

 

「エッチと思うヤツがエッチだって教わらなかったか、りっちゃん。」

 

「つまりそれは、蔵人さんも今の会話はエッチだと思ったってことですよね?」

 

 

君ら、その会話はマジでやってるのか?息が合ってて面白いのは面白いんだが。

というか、その会話の時点でりっちゃんは十分乙女じゃない気がする。

 

 

「そういや、どうやって俺の部屋に入ったんだ?」

 

「ノックしても返事がないのでノブを回したら鍵が開いてました。」

 

「非常識なのは、俺の方だったのか・・・。」

 

 

良かった。少なくとも蔵人のいる地方にもちゃんと戸締りの概念はあるんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々と言いたいことはあるが、一つだけにしておく。

 

 

「観影さん、せめてこのだだっ広い学園内のどこに職員室があるかぐらいは説明しておいてくれ。」

 

「すまんすまん、忘れていた。」

 

 

人間本当のことは一度しか言わないというが、この場合観影さんはあんまり悪いと思っていないらしい。

別に俺はいいが、りっちゃんなんて迷宮に迷い込んだ冒険初心者みたいに困ってたからな。

 

 

「それじゃ、これから教室に行くぞ?」

 

「でも、俺達学年が・・・・。」

 

「そもそも俺も通うのか?」

 

「ん?平気平気、君らは同じクラスだ。」

 

「ええっ!?二人とも同じ年ですかっ!」

 

「りっちゃん・・・年下だと思ってたぜ・・・。」

 

「いや、俺は違うんだが・・・・・。」

 

「えっ、麒麟さんは上級生?」

 

 

普通はそう思うよな。

 

 

「高校一年で中退して、実家を継ぐための修行中。二人よりも年上だぞ。」

 

「「ええええっ!?」」

 

 

ここで驚かれるのはいいことなのか、悪いことなのか。微妙だな。

 

 

「学生でいてもらったほうが何かと都合がいいからな。一応二人と同じ学年で編入してもらうことにしてある。」

 

「ま、それはそれで、楽しめなかった学生生活を謳歌させてもらうさ。」

 

「うわっ、アバウトですよこの人・・・・。」

 

「・・・単に深く考えてないだけだろう。」

 

 

その通りだ、とは思っていても口には出さない。

 

 

俺達はAAという研究所職員の子息を集めたクラスらしい。国の機関だけあって転勤してくる季節も今だったりするヤツも多いらしく、内容の進み具合の調節が必要なためということになっている。

ちなみに制服の着用義務はないらしく、欲しければロハで用意してくれるが断っておく。

 

複雑な経緯なので受け持ちは研究員がやるらしい。観影さんもその一人なので、校内では先生と呼べとのこと。理数系には強そうだが、文系はどうするんだ、文系は。

 

 

ホームルームになったらもう一度来るとか言って、観影さんは教室に案内してから職員室へ戻っていった。

 

 

「ホームルームか・・・やはり定番としては転入生の挨拶だな。」

 

「定番って・・・・でも、やるんですよね。」

 

「そうだな・・・観影さんも言ってたけど、『移動や転勤』が多いなら、珍しくないんじゃないか?」

 

「蔵人さんの言うとおりだとすると、新しく来たり居なくなったりがわりと当たり前のクラスなんですね。」

 

「だろうな・・・・ところでりっちゃん、麒麟は別としてタメなんだから“さん”付けしなくてもいいぞ?」

 

 

ついでに言うなら、蔵人。年上の俺を呼び捨てにするのはどうよ?

俺も別に気にしないし、“さん”付けされるの嫌いだからいいけどさ。

 

 

「もう慣れちゃったし、蔵人さんはお兄ちゃんみたいですから。頼りにしてます☆」

 

 

顔をちょっと紅くして、りっちゃんは言う。

 

 

「兄貴・・・か。」

 

「なら俺はお父さんでいいぞ。」

 

「いや、若すぎだろう。」

 

「パパと呼べ。」

 

「・・・・・・すっげぇ、嫌だ。」

 

 

などと取り留めのないことを言いながら、蔵人を先頭に教室へ入った。

 

 

「おっ・・・・。」

 

「・・・・ヴィジュアル系だ!」

 

「って、第一声がそれかよ!?」

 

 

いきなりケバイというか、パンクというか、巡り巡ってヴィジュアル系の男と眼が合ったので率直な感想を述べてみた。おかげでクラスの連中の視線を集めた。

 

 

「あー・・・・こういうときは何て言えばいい?おはよう、で良いのか?」

 

「蔵人さん・・・マイペース過ぎだってば。」

 

「まさか・・・いきなりヴィジュアル系って言われるとは思ってなかったが・・・お前ら転入生だろう?」

 

「は、はい・・・・・おはようございます。」

 

 

壁に寄り掛かっていた上体を起こすと、ヴィジュアル系――これで固定――の男は機嫌良さそうに俺達の前までやってくる。

 

 

「ああ、俺は丸目蔵人。で、こっちは・・・・。」

 

「勸興寺六花です・・・よ、宜しくお願いします。」

 

 

りっちゃんは何故か蔵人の後ろに隠れている。まぁ、このいかにも派手なヴィジュアル系の男を目の前にしたら気後れの一つもしたくなるだろう。軟派っぽいし。

 

 

「あー、なんかこう、可愛い子に怖がられるとズキーンと胸が痛いねぇ・・・・。」

 

「りっちゃん、眼を合わせたら妊娠するから気をつけろ。」

 

「だぁーーっ、さっきから人を何だと思ってやがる!」

 

「・・・・・だから、ヴィジュアル系の眼を合わせただけで女の子を妊娠させるようなヤツ。」

 

「す、すげぇ・・・初対面のヤツにそこまで言い切るかよ・・・普通・・・・。」

 

 

口が滑ったというか、本音が出た。

正直者すぎるな、俺。

 

 

「くくくくくく・・・・・気に入ったぜ・・・俺はお前みたいなヤツ、嫌いじゃないぜ・・・・。」

 

「そりゃ、どうも。」

 

「俺は上泉信綱。通称『伊勢』だ・・・よろしくな。」

 

「靜峯麒麟だ・・・・まさか、伊勢守本人なんて言う面白いオチじゃないだろうな。」

 

 

握手しながら、お互いにニヤリと笑う。

 

 

「ああ。正真正銘俺の本名で、本人だぜ。」

 

 

上泉信綱と言えば剣をやらない人間でも知っている伝説の剣聖。

 

 

「本人って・・・え・・・・?」

 

「今年で514歳だ。」

 

 

こらこら、本人なら519歳だろうが。

 

 

「うは、また始まったよ、伊勢っち。」

 

「本当、イセコちゃんはスケール大きいよね。」

 

「514歳だったら今頃学校なんかいないだろ〜。」

 

 

親しまれてるな。法螺か本当かは別にして、その性格からか好意的に受け取られているらしいな。

しかし、伊勢っちはいいが、イセコちゃんは呼びたくないな。はっちゃけて、海老辺りでいいか。

 

 

「あんた、面白いヤツだな。」

 

「そうか?ま、よく言われるけどな。」

 

 

屈託なく笑うイセコ・・・・もとい信綱に邪気はない。

見た目のヴィジュアル系とは違っていいヤツらしい。付き合いやすくていい。

 

 

「それにしても、よく似ているな。」

 

「え?」

 

「俺達はこれから親友だ。よろしくな、丸目蔵人。」

 

 

俺にしたように信綱は握手を求めて蔵人へ手を差し出す。

 

 

「ああ・・・・いきなり親友ってのは気前がいいがな。信綱って呼べばいいのか?」

 

「お前ならそれでいい。俺もこれから蔵人って呼ばせてもらうからな。おチビちゃんと靜峯もよろしくな。」

 

「なんだ、俺は名前で呼んでくれないのか・・・・。」

 

「え・・・あ、よろしく・・・・でも、私、チビじゃありませんから。」

 

 

こっちも握手をしつつ、りっちゃんはしっかりと釘を刺す。

というか今までにないほどりっちゃんから恐ろしげなオーラを感じるんだが。

 

 

「うおっ、りっちゃん・・・・なんか怒ってる?」

 

 

む、りっちゃんにチビという話は禁句らしい。

 

信綱はキョトンとしてから合点がいったらしく、優しい―そう、例えるならホストのような―微笑を見せた。

 

 

「これは俺の口が過ぎた。女に屈辱を与えるのは俺の流儀じゃない・・・どうか仲良くしてやってくれ。」

 

「え、は、はい。」

 

 

りっちゃん・・・・お兄さんは将来君がホストに騙されないか心配だよ。

まぁ、言うことは言うタイプだから大丈夫だとは思うが・・・・・。

 

 

「六花だったな・・・じゃあ、俺も『りっちゃん』って呼んでいいか?」

 

 

やっぱりそれに落ち着くんだよな。

 

 

「はい、もう諦めは着きましたから。」

 

「な、なんだ諦めって・・・・この呼び名には何か崇高な真理でも隠れてるのか?」

 

 

そこで蔵人が新しい渾名が欲しかった云々を説明。

 

 

「あはははっ・・・・なるほどな、ま、いいんじゃないか?可愛い渾名だぜ、りっちゃんってのもさ。」

 

 

言葉尻で一転、信綱は真面目な表情になってりっちゃんを見詰める。

相手の眼を覗き込むホスト攻撃にりっちゃんは紅くなる。素材はいいからな、信綱って。

 

 

「えっ?そうかな・・・・あの、ありが・・・とう・・・・。」

 

 

・・・・本気で心配だぞ、りっちゃん。

 

 

「勸興寺さん、ダメよ?イセコちゃんはナンパの達人なんだから。」

 

「そうそう、口上手いんだから。」

 

「うわ、本人の前そーいうこと言うかね・・・・優しくねーなあ、ったく。」

 

 

教室の中で軽い笑いの渦が起こる。それだけ信綱が人気者で好かれているということなんだろう。

敵を作らない立ち回りかたってやつかね。おっと、いかん。穿った考えは悪いくせだ。

 

 

 

「・・・・・おはようございます。今日も賑やかですね。」

 

「よう月瀬、おはようさん。」

 

 

背後のドアが開き、また一人クラスメイトが入ってきたようだ。声から女らしいので振り返ってみた。

 

 

「「・・・・・・な。」」

 

 

俺と蔵人はハモッた。

 

 

「あら、新しい転入生の方?・・・・ということは、私のお仲間ね。」

 

 

少女はこちらを見るとゆっくりと微笑し、静かに――足音も衣擦れもなく――歩み寄ると軽く頭を下げた。

 

 

「はじめまして、月瀬小夜音と申します。以後宜しくお願いいたします。」

 

「よ、よろしく・・・・。」

 

「よろしくお願いします・・・・・。」

 

「こちらこそ、よろしく。」

 

 

俺達三人は反射的に挨拶するが、どこか気が抜けている。

蔵人もりっちゃんもポカンと口をあけている。危うく俺もあけそうになったが・・・。

 

 

観影さんは確かに制服は自由って言ったが、まさか学校にドレスで来るやつがいるとは・・・というよりも日常的にドレスを着用している時点で十分驚きだが。

 

 

「・・・あら、何やら驚かれてしまっていますわね。」

 

 

小夜音は上品に喉を鳴らして笑うと自分のドレスを軽く摘み上げる。

 

 

「やはり、この服のせいでしょうか?」

 

「ああ、まあ、そうだな・・・・田舎者なんで、そんな服を実際に着てる人間を初めて見たんだ。」

 

 

安心しろ蔵人。お前が田舎者のせいじゃなくて、都会でもいないから。

 

 

「この際田舎者とか関係ないだろう、蔵人・・・・りっちゃんもそう思うだろう?」

 

「あ・・うん、確かに関係ないよね。」

 

「そうなのか?一応自分の常識を疑って掛かってみたんだが・・・。」

 

「それはお前の美徳だな。」

 

 

割と本気でそう思うぞ。場違いなところで妙な感心をしてみるが。

 

 

「ふふっ、まあそう面と向かって常識外れだなんて、仰らないでください・・・・。」

 

 

自分でそういう自覚はあるんだな。その上でその服装という辺り、むしろ度胸を褒めるべきなのかもしれない。中々侮れない女だな。

 

 

「いえ、あの、ごめんなさいっ・・・・。」

 

「気にする必要はありません。ですが一つだけ・・・・この服は、私に似合っていますか。」

 

「あ、うん、それは似合ってると・・・・思いますけど。」

 

「そうですか、では問題ありませんね。」

 

「そう、なのか・・・?」

 

 

蔵人もりっちゃんも見事な混乱ぶりだ。

 

 

「ええ。何故私がこの服を着るのかと問われれば、それはこれが私には似合うからですわ。」

 

 

自信満々だ・・・・自信満々の笑顔で言い切った。

 

気持ちよいほどの思い切り。言ってしまえば、似合うこと以外に何を着ても問題はないのだ。本人が付け加えたように誰にも迷惑をかけていない。

 

 

「なるほどな・・・気持ちいいほど解かり易いな。確かに似合ってることだし、あとは何も言うことはないな。」

 

 

蔵人と月瀬が妙に意気投合している横で、りっちゃんにわき腹をつつかれた。

 

 

「どうした?」

 

「何だか、すごい人ですね・・・・。」

 

「まぁ・・・な、中々面白い女ではある。だが・・・・。」

 

「だが・・・何ですか?」

 

「りっちゃんも十分面白いぞ。」

 

 

要領を得ないりっちゃんが首をかしげている間に、蔵人が名前を名乗る。握手を交わしてから、小夜音が一言呟いた。

 

 

「・・・貴方は、きっと強いかたですわ。」

 

「え?」

 

 

一瞬呆ける蔵人をよそに、小夜音はこちらに向き直る。

 

 

「お二人もこれからよろしく。」

 

「あ、はい・・・あの勸興寺六花・・・です。よろしくお願いします。」

 

「俺は靜峯麒麟・・・・あんた、『良い女』になれる。」

 

「あら、それはまだ『良い女』ではないということでしょうか?」

 

「なに、熟成するまでの時間が何事にも必要ということさ。」

 

 

月瀬は俺の言葉に気を悪くするどころか、俺の基準にある反対に『良い女』になってみせるというような向上心と自信に満ちた微笑を返す。

 

 

一度は捨てた青春、意外に面白いことになりそうだ。

 

 

 

「時間だ諸君、席に着いてくれ。」

 

 

 

どこの学校でも同じように生徒は蜘蛛の子を散らすように自分の席へ戻っていく。

 

 

「さて、もう解っていると思うが、転入生が三人ほど・・・というよりも三人もいる。一応紹介しておくことにしよう、三人とも前へ。」

 

 

ここまで来て思うんだが、正直言って自己紹介飽きた。

 

 

 

 

 

 

 

自己紹介が終わったあとは観影さんの物理学のお時間。原子、電子、中性子の話を映画女優のような美女がやってくれるのは正直ありがたい。どうせ、中身など大して気にしてないんだから、思う存分眼の保養をさせてもらった。

 

眼福、眼福っと。

 

 

転入生三人は席が固まっているので、休み時間になると自然とダベることになる。ああ、青春っていいな。

 

 

小夜音が映画の世界みたいだとか、中流家庭がどうとか、タバコ屋のばーちゃんがどうのと話している。

・・・・・これだけ話していると何のことやらさっぱりだ。

 

 

 

「む!蔵人さん・・・・今ロクでもないことを考えませんでしたか?」

 

 

おお、エスパーりっちゃん。

 

 

「なんだ、ロクでもないことって・・・・次の授業で右手を挙げるか左手を挙げるかどっちにしようか・・・とかか?」

 

 

蔵人、それは苦しいぞ。

 

 

「うわっ・・・・それ、本当にロクでもないですよ。」

 

 

しかもりっちゃん騙されてる!?

 

 

「そう言えば、小夜音は良く授業中に手を挙げてるな・・・優等生でも目指してるのか?」

 

「いいえ・・・ただ、先生が挙手をお求めになられてからの、空白の時間が耐えられないだけですわ・・・教師と生徒間に何とも言えない軋轢を感じますから。」

 

「そんなモンですかね〜・・・・じゃあ、小夜音さんがいたら私達は挙手の必要ナッシングですねっ☆」

 

「いや、まあ、たまには手を上げてもいいんじゃないか・・・・?」

 

「じゃあ、週に一回ぐらいで!」

 

 

りっちゃん意外の全員がずっこける・・・それはもう挙げてないのと同じだろう。

 

 

「も、もう少し何とかなりませんか?」

 

「これ以上はちょっとまかりませんねえ。何しろ答えられるような問題が週に一回くらいしかありませんからねっ☆」

 

 

これはもう、おバカのカミングアウトでいいのか?

 

 

「そ、そうですわね・・・・せめて、週に二回ぐらいは答えられる問題が増えるようにしませんか?」

 

「・・・・小夜音ちゃんよ・・・週に一回も二回も五十歩百歩だろう。」

 

「そうは言いますが・・・・このままでは六花さんの将来が心配ですわ。」

 

「何となく酷いことを言われているのは分かります。」

 

 

何を今更。自分からおバカをカミングアウトしておいて。

まぁ、りっちゃんの学力が実際低いのか、低く見積もられているのかよく分からんが・・・・前者っぽいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――昼休み

 

 

信綱の案内で学食へやってきた。学食というよりも、カフェテリアという響きのほうがぴったりだが。

蔵人は転入生の通過儀礼である質問攻めにあえなく陥落しているが、りっちゃんは食べ始めたらすぐに元気を取り戻した。現金だよな。

 

俺はと言うと、巧みに蔵人とりっちゃんを楯に使ったので実害はほとんどなかったりする。

 

 

「・・・喋るの口の中から食い物がなくなってからにしたほうがいいぞ、りっちゃん。」

 

 

俺、蔵人、信綱は食べ終わったのにりっちゃんはどこからともなく買い込んだサンドイッチをまだ食べている。しかも、片手にサンドイッチ、もう片手には牛乳パックを装備する徹底ぶりだ。

 

 

「しかし・・・ちんまいのによく食うよな・・・。」

 

 

蔵人は無意識に小声で呟いてる。りっちゃんは声こそ聞こえなかったが、視線には気付いた。

 

 

「んぐんぐ・・・・だって育ち盛りですから!」

 

「・・・その割りには身長は伸びないな。」

 

 

蔵人・・・お前はそれが禁句と気付いてなかったのか?

 

 

「ううぅ・・・・・。」

 

「胸も小さいしな・・・・・。」

 

「!!・・・・む!」

 

 

あ・・・・・何か弾けるというか、切れるというか、とにかくヤバイ音がしたぞ。

さて、席を少し離すか。信綱も気付いたらしく、俺と目が合うとすり足で離れる。賢明だな。

 

 

「ん?どうした?」

 

「ぬが―――――――っ!!胸の話はするニャーーっ!!」

 

「うをっ、怒った!?」

 

「しまった、NGワードだったか・・・・。」

 

 

離脱前だった信綱は飛びのく。

 

 

「私だって好きで胸がないわじゃないんですっ!!」

 

「いや、信綱は小さいと言っただけで、無いとは言ってな・・・・・。」

 

「誰の胸がペッタンコですか―――――っ!」

 

「ぬおっ、被害妄想が倍加してる!」

 

「むっき―――――っ!」

 

「ま、待て!落ち着け!早まるな!」

 

 

あ〜あ、早く逃げないから綺麗にヘッドロック極められてるよ。

 

 

「意外なところで禁止ワード拾っちまったな・・・。」

 

「なぁ・・・・胸の話をしたのはお前なのに、何で蔵人がやられてるんだ?」

 

「さぁっ、逃げ遅れたからだろう?」

 

 

横で助けを求める声がするけど、放置の方向で。あえて火中の栗を拾うようなことはしたくないんだ。

 

 

「しかし、綺麗に気道に嵌ったな。」

 

「蔵人の首の筋肉じゃあ対抗しきれないから後10秒も経たずに綺麗に落ちると思う。」

 

「面白そうだね、何やってるの伊勢?」

 

「よぉ、重役出勤だなたっきー・・・・見てわかんねえか?」

 

 

男・・・・いや、形は男の格好だが女だ。

 

 

「君達がそろっていたいけなお嬢さんを怒らせているのは理解できるね・・・。」

 

「少なくとも俺は何も言ってないんだが・・・・。」

 

「あ、ずりーぞ麒麟ッ・・・・で、たっきー不憫な級友のために多少便宜を図ろうと思わねえか?」

 

 

ずるくないって。そもそも俺は禁句を一つも言ってないんだからな。

 

 

「そう?・・・ところで美味しいエスプレッソが飲みたいな。」

 

「ちゃっかりしてるな・・・わかった、そいつで手を打とう。」

 

 

 

 

まぁ、その後はたっきーこと――小鳥遊圭の見事な『女殺し』の手腕によりりっちゃんの怒りは収まった。

 

面白い展開になったはいいが、時間が時間なので俺達は教室に戻ることにした。同じクラスのはずの圭は堂々とサボりを宣言するとどっかへ行ってしまった。

 

 

 

「・・・りっちゃん・・・知識ばかりが先行するといざ本番で恥をかくぞ?」

 

 

レズ系の話を読んだことがあるというりっちゃんを俺と信綱がからかう。

何故こんな話になったかというと、圭がレズという噂があるという話をしてからなのだ。

 

 

「えっ・・・本番って・・・。」

 

「レズに敏感なお年頃って分かるけど・・・りっちゃん頃の年だと嵌りやすいって言うし・・・。」

 

「まぁ、圭とりっちゃんなら、俺は祝福するぜ?」

 

「ふえぇぇぇ〜〜ん。」

 

 

紅くなった、紅くなった。

実に面白い素材だな、りっちゃんは。

 

 

「・・・・・あら?」

 

 

丁度俺達と反対側が来た小夜音が、怪訝そうな声を小さく上げると唐突に蔵人のシャツの裾が折れているのを直した。

 

 

「え、ああ、サンキュ。」

 

「折角シルエットが映える格好をなさっているのですから、身だしなみには気をつけなくてはね。では失礼。」

 

 

小夜音は先に教室へ入ってしまう。

 

 

「なんか、厳しい感じの人だね。」

 

「あんな格好してっけど、あれで結構堅物らしいぜ。」

 

 

厳しい?堅物?

 

それは違うだろう。服の乱れを指摘するなら長所は褒めない。手ずからやってやる必要はない。

わざわざそういうことをするからに、相手に何らかの好意を持ってしかるべきなんだろうが。

 

月瀬小夜音・・・・意外に可愛い尽くすタイプか?

 

 

 

 

 

 

 

 

授業が終わって、結局サボり通した圭と一緒に、レズの話題でからかったりっちゃんへお詫びの肉まんを奢らされた俺達は、カフェテリアで引き続きダベっている。

 

 

「真夏に肉まんって・・・見てるだけで熱いんだが・・・。」

 

「まぁな・・・それにしても校内にコンビニがあるなんてすごい学校だな・・・っていうか、この島にはコンビニはここだけなのか?」

 

「いや、電車の駅近くにもう一軒あるぜ。」

 

 

しまったな。そういえばあったんだ。朝飯食いそびれたのは俺の不注意のせいか。

 

 

「但しこっちは校内にあるからな、営業時間は午後七時までだ。結局夜中に腹が減ったら駅前まで行くことになる。」

 

「ん?駅前にスーパーがなかったか?」

 

「ああ、あるな・・・けど、あそこも営業時間は8時までなんだ。だからそれほど変わらんな。」

 

 

田舎のスーパーでも10時までは開いてる時代に8時とは・・・・。採算取れるのか、それで。

 

 

「まあ、電車に乗っていけばお台場まですぐだからね。買い物はそっちでどうぞってことらしいね。スーパーもウォルマート方式じゃなくて、簡単な雑貨と食料品だけどの小さいなやつだし。」

 

「大都市ならではの分散傾向ってやつか。」

 

「そういうこと。都会だから何でも手に入るわけじゃないんだ。」

 

「服とか食い物以外が欲しければお台場までだな。」

 

「了解・・・・買い物は面倒だから好きじゃないんだが。」

 

「蔵人に同じく、だな。」

 

 

こういう時、買い物が好きというのはアドバンテージなのかもな。それはそれで身を持ち崩しそうだから敬遠したいが。

 

 

「随分と盛り上がってるじゃないか・・・助かったよ、まだ帰らないで居てくれて。」

 

 

声をかけてきたのは観影さん。探し回ったらしい。

 

 

「ああ、観影センセ、何か用か?」

 

 

信綱の場合、この態度がスタンダードだからかあんまり観影さんに敬意がないよな。まぁ、俺自身もないわけで、やっぱり教師と生徒という感じがしないせいだと思う。

 

 

「大有りだ・・・うちのプロジェクトチームの協力者が全員揃ったからな。今晩は説明会を兼ねて宿舎の食堂で歓迎会をやるという話になっていたんだが、丸目たちに伝え忘れていたのさ。どうせ上泉は忘れていたんだろうがな。」

 

「そりゃもう綺麗さっぱり。」

 

「さすが500歳。痴呆か。」

 

「ちげーよっ。」

 

「そう言うわけだ。三人とも、開始は午後八時と少々遅いが、夕食は摂らないでいてくれ。歓迎会で夕食が供されることになっているのでな。」

 

 

腹を空かせてまてということらしい・・・・しかも、八時から食えるわけでもなさそうなのにこれは酷だな。

 

 

「りっちゃん、我慢だな。」

 

「なっ、どうして私に振るんですかっ。」

 

「・・・・どうしてって・・・・なぁ、信綱。」

 

「お、俺ッ・・・・いや、だってりっちゃんってさっきから食べたばっかりだから八時まで我慢できそうにないからかな、やっぱり。」

 

「人をそう言う眼で見るのはどうかと思いますっ。」

 

 

反論の余地はないんだが、面白いので放置だ。好きなだけ吠えるがいい。

 

 

「圭はチームが違うんだったか?」

 

「そうなんですよ。残念ながらご馳走にありつけないようですね。」

 

「小鳥遊か・・・別に構わんぞ。たまに協力してもらっているしな。これからも暇なときに協力してもらえるならな。」

 

「人体実験とかでなければ喜んで。」

 

 

物騒なことを・・・・いや、でも、観影さんならやりかねない可能性を完全に否定できないな。

綺麗な顔して腹に一物ありそうだし。

 

 

「ふふっ、国の機関に所属しているんだ。そんなことしたら私の首が飛ぶくらいではすまんよ。」

 

 

綺麗に意味深な微笑みを残すと、振り返って乱れの無いしっかりとした足取りでそのまま廊下の奥へ消えていった。

 

 

「あの若さでリーダーっていうのは大したものだ。ここは女傑の巣窟か?」

 

「まぁ、期待の俊秀であるのは間違いないよ。前任者はお年を召した方だったけどね。」

 

「過去形だな。」

 

「前任者はね、通り魔に斬殺されたそうなんだ。それで、伊集院先生が後任に大抜擢されたんだ。」

 

 

「と、通り魔、斬殺ッ!」

 

 

これまた穏やかではない話だな。

 

 

「犯人は捕まってるから大丈夫だよ・・・・ここの研究員だったんだけど、精神を病んでいましてね、凶器の刃物を持って血まみれで歩いているところを捕まったらしいよ。」

 

「あわわわわわ・・・・。」

 

「・・・・ふーん、刃物、ね。」

 

 

妙なチョイスをする精神病質者もいたもんだ。

 

 

「ま、だからあれで観影センセも苦労しているわけだ。年上の研究員なんて五万という中で主任になっちまったからな。」

 

「嫉み妬みに誹謗中傷の嵐か・・・・ぞっとしないな。」

 

「そりゃ気苦労も絶えないわけだ。」

 

 

これで教師の二足の草鞋っていうんだから、確かに大したものだ。

 

 

「そう言えば、研究に協力してるって言ってましたけど、圭さんって何か特別な『能力』でもあるんですか?とっても頭が良いとか。」

 

「え・・・?」

 

 

おや、圭がキョトンとした表情をするとは。中々レアなものが見れたな。

 

 

「あは、あはは・・・いや、失礼。ねえ六花ちゃん・・・君も『研究所に求められた人間』だ。だから、君こそ何ができるんだい?」

 

「えっ?私ですかっ・・・・その恥ずかしながらどうして呼ばれたのか全然分からないです。けど、圭さんは自分がどうして呼ばれたのか、知ってるの?」

 

「僕、僕はねぇ、魔法使いなんだよ。」

 

 

・・・・ま、マジか。『本物』なのか。

 

 

「魔法・・・使い・・・・?」

 

「そう、魔法使い。もっとも、火の玉を飛ばしたり、雷を落としたり・・・なーんてことはできないんだけどね。」

 

 

圭はそう言って笑うと、綺麗にウインク一つ。

さて、どっちなのやら。虚実使い分けてくれているが。

 

 

「ふふっ、今のはちょっとした冗談・・・・で、君らはどんな力を持っているんだい?」

 

「えっと・・・その、本当に覚えてなくて・・・・お役の人が説明してくれたんだけど難しすぎて・・・。」

 

「そう、俺も説明されたんだけど・・・・。」

 

 

おバカなりっちゃんと、直感系の蔵人じゃ、あの話を理解しろっていうのも無理か。

 

 

思弁能力(スペキュレーション)の適性者ということらしい。」

 

「「そうそう、それだ!」」

 

 

何故ハモる?

 

 

「・・・それだけ?」

 

「ああ、それだけだな・・・あとは剣術について聞かれたな。」

 

「ケンジュツって・・・・・ええと、サムライ・ブシドーってやつかい?」

 

 

そこで片言になるのは何かのボケなのか?

圭はドイツからの帰国子女だからピンとこないのは分かるが。

 

 

「そう言えば、りっちゃんも何か武道やってるだろう?」

 

「えっ、何で解るんですか?」

 

 

蔵人も気付くだろうよ。あれだけ見事な絞め技かければ。

 

 

「絞め技、外れなかったからな。」

 

「うっ・・・すいません。」

 

「責めてるわけじゃないから・・・何やってるんだ?」

 

「その、剣術です。古流剣術っていうんですか?正確には槍術なんですけど・・・お爺ちゃんに教えられて。」

 

「へえ、俺もさ。ま、俺は剣だけどな。そうなると、麒麟もか?」

 

「例に漏れず。やたらと歴史だけは古いカビの生えたような剣術だけどな。」

 

「すごいなっ・・・・みんなサムライなんだね・・・・・。」

 

 

目に見えてりっちゃんと蔵人ががっくりする。俺もだが。

これはおそらくドイツ言ったならナチスと答えるぐらい、日本で剣術と言えば侍扱いなんだろうな。

 

 

「いや・・・今は侍とは言わないじゃんないか・・・?」

 

 

蔵人がそう言っても、圭は何で、と物凄く不思議そうな顔をする。

そんなもん説明できるわけないだろう。

 

 

「でも、みんながみんな、ってことは、思弁能力とやら言う“力”とサムライには何か関係があるのかな?」

 

「日本の剣術はその発祥が独特だからな・・・根っこの部分では意外に圭のような魔法使いと繋がりがあるんだよ。」

 

「おやっ・・・僕が魔法使いだと、麒麟は信じているのかい?」

 

「圭はヤーとも、ナインとも言わないからな。」

 

「あはははっ・・・確かにそうだね。」

 

 

またそうやって笑って誤魔化す。謎のある女は嫌いじゃないが・・・・。

 

 

「で、二人は何の話してるんだ?」

 

「さあな・・・・ま、その辺の詳しいことは今晩に観影センセの説明を聞けば、解るんじゃねーのかな?」

 

「なんだ・・・なんか知ってるような口ぶりじゃないか、信綱。」

 

「俺は一番最初に来たからな・・・色々と聞いているんだ。一つ言えることは、観影センセのプロジェクトに集められたのは、一人残らず兵法者ってことだ。」

 

 

兵法者・・・ねぇ。レトロというよりもマイナー過ぎるだろうよ、それはさ、

 

 

「全員・・・そうなのか・・・・?」

 

「漫画だと、パーティを組んで悪の結社と戦えとか言われますよねっ☆」

 

「・・・・もしくは、最後の一人になるまで殺し合いをしろ・・・とか。」

 

「・・・・・・・・・・。」

 

「・・・・・・・・・・。」

 

「・・・・・・・・・・。」

 

「・・・・・・・・・・。」

 

 

うわっ、物凄く視線が痛い。

つーか、お前ら口に出さないが観影さんなら言い出しかねないとか、チラッと思ったくせにっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解散してから説明会の時間になるまで、信綱の配慮で俺達は島の中を案内してもらった。人工島だけあって、四方は海で風は強いが真夏の暑さにはちょうどいい海風だった。冬は地獄だろうがな。

 

島を一回りして、俺達は自分の宿舎まで戻ってきた。

 

 

「そう言えば、圭さんはどんな『能力』を持っているのか、結局教えてくれませんでしたね。」

 

「え?ああ・・・そういえば・・・。」

 

 

圭も一緒に案内してくれていのだが、日暮れ頃には自分の参加しているチームの手伝いがあるからと言って学校へ戻っていった。

観影さんの言ってたように、鹿鳴館もどきの学校の半分以上は研究施設らしい。逆だな。研究施設の一角に学校があるんだろう。

 

 

「・・・言いたくないことだったのかもしれないな。」

 

「えっ・・・・。」

 

 

どう説明したものか。遠巻きに言ったところで、答えにぶち当たらんわけにもいかんし。

そうこうしていると、信綱が助け舟を出してくれる。

 

 

「だからさ。研究対象になるような『能力』を持つ・・・・ってことはさ、つまり『人とは違う』ってことだろう?」

 

「あ・・・・っ。」

 

「あいつは、ひょっとして自分の『能力』のせいで嫌なことがあったのかもしれない。だから、それを知られたくなかったのかもしれない。」

 

「そう言えば・・・故意に話題を逸らしたような感じは受けたな。」

 

「・・・・私・・・全然気付きませんでした。」

 

 

自分のしたことが圭を知らずに傷つけたのかもしれないと、りっちゃんは小さく声を上げてから顔を伏せてしまう。

 

明るく突っ走ってしまうけれど、ちゃんとこうして自分のしたことを素直にいけないことだと判断できるのは、りっちゃんの美徳だ。

 

 

「まあ、そう気にするな、りっちゃん。」

 

「蔵人さん・・・・。」

 

 

りっちゃんの肩をポンポン、と叩く蔵人は、何となくりっちゃんの兄貴みたいに見える。

 

 

「聞くこと自体は悪いことじゃない。友達のことをよく知ろうとするのは自然な感情だからな。」

 

「でも・・・・。」

 

「そうさ。それにたっきーは、りっちゃんに気付かれないように話題を摩り替えたんだぜ?そいつは逆に言えば、りっちゃんを傷つけたくなかったからだ。だからたっきーはりっちゃんのこと怒ってない。」

 

「イセコちゃん・・・・。」

 

「そうだな・・・だからりっちゃんも、圭のことが好きなら、聞かれたくないことは忘れてやればいい良いんじゃねえかな・・・こういう時は。」

 

「あとはたっきーを信じれてやればいいのさ、だろう?」

 

「・・・・・うん。」

 

 

りっちゃんは少し迷ったけれどしっかりとした返事をした。そして、背筋を伸ばしてにっこり笑う。

ナイーブで人の痛みを真剣に考えてあげられる本当に良い子だ。

 

 

「それにしても、二人とも・・・・言っていることは立派だが、くさい台詞をよくもまぁ・・・。」

 

「むっ・・・良いじゃねぇかよ。正しいこと言っただろう?」

 

「そうだ、大体お前こそ一言ぐらい言えよ、黙ってないで。」

 

 

「あははっ・・・もう、三人とも折角良いこと言ったのに、台無しじゃないですか〜!」

 

 

りっちゃんが声を上げて笑う。

うん、もうこれで大丈夫だろう。

 

 

「っと・・・蔵人、待て――――っ」

 

「きゃっ・・・!?」

 

「おわっと・・・!?」

 

 

遅かったか・・・・。

 

話に気を取られながら歩いていた蔵人は反対側から来ていた人にぶつかった。これは前方不注意の蔵人が悪い。

 

 

「すいません、大丈夫で・・・!?」

 

「あ・・・はい。大丈夫です。」

 

 

程よくパニックになって手を差し出した蔵人はばっちりと固まる。

 

巫女さん・・・だよな。

緋袴ではなく水色の袴を穿いているが、一般に言うところの巫女さんだ。

 

 

「・・・・なあ、信綱。」

 

「なんだ・・・・?」

 

「今時の都会っていうのは巫女さんがデフォルトで存在するもんなのか?」

 

「んなわけねーだろうが・・・・・。」

 

 

でもな・・・実際にドレスで徘徊して日常生活を送る小夜音のような例もあるわけだからして。

 

 

「麒麟・・・お前の言いたいことはよーっく解るが、都会はあくまでお前の日常の延長線上にあるわけだから、奇怪なテーマパークとはちげーんだよっ。」

 

「・・・悪いけど、ウチは実家が神社関係だから、巫女さんが日常なんだが・・・・・。」

 

「・・・それはそれでいいな・・・・じゃなくて、とにかく都会に巫女さんはデフォルトじゃねえよ。」

 

 

そうか。俺は今日一日で都会への認識をコペルニクス転回ばかりに変えなければならないかと本気で思ったぞ。

 

などとバカなことを言っている俺らを放置して、蔵人と巫女さんは話しこんでいる。

ん?・・・・あの子、まさか盲しいているのか?

 

 

「絨毯に座ったままなのもアレだから、立とうか。手を出して。」

 

 

声のした、俺の方を向いて手を差し出すが、俺を見ているというよりも俺全体を俯瞰するように目線を向けている。

 

 

「ごめん、ちょっと立ち入ったことを聞くけれど・・・・ひょっとして、君は目が・・・?」

 

 

蔵人も今の目の動きで気付いたらしい。

この子見た目どおり軽いな。何が、とは聞くなレディに失礼だから。

 

 

「あ、はい。見えないんです。あ――ありがとうございます。」

 

 

倒れたはずみでついた埃も払ってやると、礼を言われた。

 

 

「えと・・・・今日からここでお世話になります。刀伎直冬芽と申します。」

 

 

ぺこりとお辞儀をして、盲目の少女―――冬芽は挨拶した。

 

刀伎直・・・・?

 

 

「ああ、ええと、丸目蔵人だ。」

 

「私、勸興寺六花です。」

 

「上泉信綱だ・・・よろしくな。」

 

「三波はる――――」

 

「「とりゃっ!」」

 

「がふっ・・・!?」

 

 

やたらと息の合ったりっちゃんと信綱のダブルツッコミ・・・・効いたぜ。

 

 

「何ベタなことやってやがるっ。」

 

「そうですよ、自己紹介ぐらい真面目にしてくださいっ。」

 

「場の緊張を解そうとしただけだろうが・・・・・・。」

 

「別に・・・誰も緊張してないと思うんだが・・・・・。」

 

 

ちっ、蔵人のヤツまで寝返りやがった。

まぁ、冬芽が驚いているから、そろそろ切り上げどきもであるな。

 

 

「・・・改めて、靜峯麒麟だ。」

 

「えっと・・・・・・・キリンさん?」

 

 

 

ビシッ――――――。

 

 

「もしかして・・・・・このイントネーションが麒麟のNGワードなのかっ・・・!?」

 

「あわわわわわわっ・・・・・麒麟さんが、私の人生でトップに輝くぐらい良い笑顔してらっしゃるんですけどっ!?」

 

「落ち着け麒麟ッ!!刀伎直もわざと“キリンさん”って言ったわけじゃないんだからな・・・っ!?」

 

「バッカ――――っ!自分で禁止ワード自爆するやつがあるかっ!」

 

 

「うがあああああっぁぁぁぁぁぁぁっつ!!!中国人――鄭和があの動物にキリンなんて名前をつけるから悪いんだぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

どんがらがっしゃ〜〜〜ん!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーっ・・・・一時はどうなるかと思ったが、何とか落ち着いた。」

 

 

一頻り騒いだので気が晴れた。宥め役だったりっちゃんはぐったりしているが、まぁ気にしない。信綱は信綱で、コメカミの辺りを押さえて二度も禁止ワードをとかブツブツ言ってるし。

 

で、避難していた蔵人は冬芽と話をしてやがる。

 

 

「それにしても、杖もなしに初めての場所を一人で歩いていたのか?」

 

「ええ・・・あ、でも、冬芽はそれほど不自由ではないんですよ。確かに目で見ることは出来ませんが、魂魄は感じることが出来ますから。」

 

「魂魄を感じるって・・・『通眼』の能力者か・・・・凄いな。」

 

「こんぱくって・・・・魂のことでしたっけ?お爺ちゃんに聞いたことがあります。」

 

 

おおっ、流石はりっちゃん。立ち直りが早いな。

 

 

「魂魄は陰陽思想の考えで、一般に言う魂は一つの性質ではなく陽の性質を持つ魂と陰の性質を持つ魄を内包しているっていうヤツだ。二つ合わせてようやく一人前の魂ってことだな。」

 

「へえっ・・・・。」

 

「人だけではなくて、建物や壁が微かに持っている魂魄を感じられますから、目は見えませんが、建物や人にぶつからず歩く程度は出来るんです。」

 

 

これだけ聞けば眉唾だが、実際にあるものはあるんだ。

まぁ、蔵人やりっちゃんはあんまりピンとこないようだが。

 

 

「魂魄、ねえ・・・・あれ?でも、今、俺にぶつかったような?」

 

「あは、そうでしたね。ちょっと・・・そちらの方――信綱さんでしたか?あなたの魂魄に驚いてしまったものですから。」

 

 

そう言われて、信綱は目を丸くする。

 

 

「お、俺?」

 

「はい。皆さんとても美しい魂魄をお持ちのようですが、その中でも信綱さんの魂魄は今まで感じたことがないような複雑さをお持ちでしたので。」

 

「複雑・・・か、まあそうかも知れんなあ。」

 

 

何やら思い当たる節がありそうな信綱は愉快そうに笑う。

冬芽の言葉も一歩間違えば新興宗教の勧誘めいてはいるが・・・・この辺は人徳か。

 

 

「あの、ところでお伺いしたいのですが、312号室というのはどちらになるのでしょう?」

 

「流石に通眼でも部屋の番号プレートまでは見えないか・・・・。」

 

 

もうちょっと修行が必要だな、冬芽。

 

 

「そうなんです・・・廊下の最奥の部屋とお伺いして安心していたのですけれど、冬芽の受け取った鍵では開かないのです。」

 

「それは開くわけがない。」

 

「えっ?どうしてですか?」

 

「一番奥の部屋は物置で、312号室はその一つ手前だからな。」

 

 

 

一瞬、真夏なのにつめたーい風が吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、そんなわけで物置部屋の手前にある冬芽の部屋にみんなで入ってから、りっちゃんの提案で冬芽の荷解きを全員で手伝った。俺も蔵人もりっちゃんも自分の荷解きも終わってないが、冬芽のほうを優先すべきだろうと、せっせと部屋を造る。

 

しかし、フローリングにわざわざ畳を持ち込むなんて、通だな。

 

手伝いのお礼代わりに冬芽の入れてくれたお茶を頂くが、これがまた絶妙な味わいだ。

 

 

「麒麟さんが、ほのぼのしてるっ。」

 

「人の憩いを邪魔するでない。」

 

 

爺むさいと言われ様がお茶を片手にほのぼするのが好きなんだよ。

 

 

「そういえば、ユメはどうしてここに?やっぱり研究の協力とか?」

 

 

しっかり国有地に立っている新東雲。この宿舎にしても、全て関係者で占められている。AAクラスは全員が新東雲で暮らしているが、一般生徒のほとんどは毎朝直通電車で通学している。

 

 

「えと・・・はい。一応、そういうことになっています・・・・けれど、ちょっと違います。」

 

「・・・違う?」

 

「その、多分信じていただけないと思うんですけど・・・・星の導きです。」

 

 

冬芽は少し恥ずかしそうな顔をした。

言葉にしたように、信じてもらえないことを前提に。

 

 

「星・・・・?」

 

 

案の定、蔵人は首を傾げる。

 

 

「刀伎直は、古神道の流れを汲む東洋占星術と暦学の大家だ。公的機関の天文・暦学は土御門だが、民間では有力な一族として今も護り司ってる。」

 

「・・・・刀伎直のことをご存知なのですか?」

 

 

冬芽は非常に驚いて、俺を凝視している。“見られている”わけではないし、彼女にとって俺らが“探る”と捉える行為は“見ている”と同じ行為なので、悪意はないと分かっているんだが。いい心地はしないな。

 

 

「実家が神社関係でね・・・・小耳に挟んだことのある程度だよ。」

 

「そうですか・・・・話を戻します。昨年のことでした・・・今年のための天文暦図を作っていた時のことです。祭主さまは、星図にとある不吉な予兆を見出したのです。」

 

 

祭主さま、というのは実の親のいない冬芽の育ての親で刀伎直の現当主のこと。

 

 

「兆しか・・・・それは良くないことなのか?」

 

 

冬芽の口調はその場の誰もがうすうすと良い結果ではないことが察せられた。

 

 

「はい・・・・祭主さまははっきりと語ってはくださいませんでしたが、ただ、天津甕星が迫っているとだけ。」

 

 

な・・・・・!?

 

 

「あまつ・・・・それは何かの神様の名前?」

 

「・・・日本書紀にのみ登場する神様だ。日本書紀の第二章の初めは葦原中国の天津神による平定――征服から始まるが、その平定の中で抵抗する神様―――服ろわぬ者、星神が天津甕星と言われている。」

 

「で、その邪神が世界に迫っているっていうのか・・・・言葉どおりで良いのか?」

 

「いいえ・・・・神の名前というものは、自然現象や存在する何かの象徴として使われます。・・・そして、占いという観測結果を神の性格になぞらえて照応し、現実の可能性に翻訳するものです。」

 

「あぅ・・・・もっと噛み砕いて言うと、どう言うことなの・・・?」

 

 

早くもりっちゃんと蔵人は頭の上に?が飛び始めている。

 

 

「天津甕星は平田篤胤の説を借りれば金星。つまり、天津神に背いた悪しき邪神だ。天津甕星を封じたのは倭文神建葉槌命で、倭文神建葉槌命は織物の神、つまりは天の川もしくは銀河全体を暗示するとも言われている。」

 

「麒麟さんの言うとおりです・・・ですから、天津甕星は何らかの宇宙の異変・・・具体的に言うのでしたら天体の異変を指していて、それが地球上において深刻な問題をもたらす可能性がある、と言うことではないのかと。」

 

 

「散花蝕・・・・そいつは散花蝕を予言したってことなのか!?」

 

 

信綱がいち早く気付き、残りの二人もハッとする。

そうだ。驚くほど散花蝕の当てはまる占いの内容なんだ、こいつは。

 

 

「でも、散花蝕は原因が解明されてないって、観影さんが言ってました・・・だから、原因が宇宙にあるのかは・・・・。」

 

「りっちゃん・・・・本物の占いはその占った過程を話すことの意味があって、結果を教えてはならないんだ。漫画でよくあるだろう、知ってしまった以上それは確定した事項として影響を与えるみたいなタイムスリップものが。」

 

「えっと・・・宇宙意思による修正とか、そんなヤツでしったっけ・・・?」

 

「そうそう、そんな感じ。」

 

 

ただ、逆に言うと卜占を司る者はぼかして言うだけあって、未来を知っているのだ。そして、知っているがゆえに自ら手出しすることは厳禁。例え、それが最も愛しい者との別離であっても、だ。

 

 

「冬芽は、祭主さまの占いの力量を知っていますからそれを信じているのですが・・・・事は世界の命運に関ることですから、外れてくれればいいと願ってもいます。それで、冬芽は祭主様にお尋ねしたのです。これを回避する方法はないのですか、と。」

 

「そ、それで何かあったの?」

 

「それが・・・・祭主様は突然、冬芽がこの研究都市からの招聘を受けていることを告げられるとさらにこう仰ったのです。『お前は自分の心でそれを識りなさい・・・・そして、お前が選びなさい』と。それが冬芽にはどういう意味なのかは解りません・・・でも、祭主様の真剣なお心を識って、ここに来ることにしたんです。」

 

 

卜占を司る者としてはかなりギリギリきわどい発言ではあるが、セーフ・・・か。

 

 

「・・・・ユメがここに来ることが、その何か関るこって・・・・そういうことなのか?」

 

「解りません。祭主様はここへ発つ前に冬芽にこう仰いました・・・・『己の感じるままに楽しんで、そして歩みなさい』と。」

 

「感じるままに楽しみ、歩み、自分の心で識り、そして決めろ・・・か。その祭主様とやらは実に良い父親だな、冬芽。」

 

 

全くだ・・・俺のとは全く違うタイプで羨ましいぐらいだな。

 

 

「あはっ、スサノオ様もそう思われますかっ・・・・あ」

 

「スサ・・・・ノオ?」

 

 

冬芽、それは失言だな。

 

 

「あ、ああ、あの、ごめんなさい。えと・・・お逢いしたときからずっと信綱さんの魂魄がそのように感じられていて。」

 

「スサノオって・・・・確か、天照大神の弟で、ヤマタノオロチを退治した神様だよな?」

 

「おお。ついでに言うと、姉貴に勝った喜びのあまりに天界をぶっ壊す天真爛漫な坊やで母親恋しさに延々泣き続けたせいでイザナギからついに根の国行きを許可してもらった筋金入りのマザコンだ。」

 

 

「・・・・・天真爛漫・・・・。」

 

「・・・・・マザコン・・・・・。」

 

 

「その魂魄の形が、俺に似てたってわけか・・・・・?」

 

 

英雄の意外な素顔に全員ドン引きしてる。冬芽も笑って誤魔化すしかないよな、これは。

二重人格真っ青のトリックスターっていうのも、記紀神話はその実スサノオの扱いが違うことが原因だしな。

 

 

冬芽にとっては女の子の描く白馬の皇子様がスサノオなわけだが、如何せん顔が見えない以上、それを魂に仮託するしかないわけだ。

 

まあ、本人は箔がつくとかいって喜んでるし、いいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで気付けば、説明会の時間が近づいていた。

迂闊なことに冬芽は食事抜きになりそうだったので、一緒に連れてきた。どうせ食堂でやるんだから、食べるものぐらい融通がきくだろう。

 

観影さんに事情を説明すると、冬芽が刀伎直光悦の養娘と分かってすぐに準備をさせてくれた。

こういうときにありがたみが分かる主任の権力。

 

 

「ユメんっちって、すごい家なのか?」

 

「お前、人の話を聞いてなかったのか?有力な天文・暦学の一族だって言っただろう?」

 

「観影先生が媚を売らないといけないほど、すごいのか?」

 

「刀伎直の占いを受けるっていうのは、首相の登竜門みたいなもんらしいからな。首相経験者で世話になっていない人間はいないんじゃないのか?」

 

「僕も占いをやっているから、刀伎直の名前はよく聞くよ。東洋占星術に関しては東洋随一の大家だそうだよ。」

 

 

「そういや、ここって国の機関だったな・・・・。」

 

 

血の繋がりはないとは言え、可愛い愛娘を無礼があれば、と考えてしまうのが人間の悲しい性だよな。

と、しみじみしていると、何故かりっちゃんがショックを受けて崩れ落ちた。

 

 

「庶民的・・・・・。」

 

「なんだ、りっちゃん。庶民のどこが気に入らないんだ?」

 

「なんとゆーか、庶民以外に落としどころはないと解ってはいるものの、実際に口に出して言われるとなんとなく負けとゆーか、言われたら負けかなと思ってるとゆーか、ああっとにかく負けなんですっ、よく解らないけど負けなんてですうぅ。」

 

 

いや、本当によく解らん。

 

 

「庶民的敗北ってヤツだねっ。」

 

「日本の約80%が中流家庭なんですうぅ〜〜〜。」

 

「それは20年以上昔の話だって・・・・今や格差社会の時代だからね、搾取される庶民と搾取する富豪の溢れる巷・・・・世知辛いねー。」

 

「何やってんだ、お前ら。」

 

 

蔵人に呆れられると妙に悔しい。

 

 

 

 

 

俺らがショートコントをやっている間に、説明会兼歓迎会が始まった。律儀に垂れ幕にもそう書いてある。

若いのは俺らと同年代が数人いるのを除けば、皆無。そこそこ年のいった白衣やスーツ姿の研究員証明をつけた関係者ばかり。

 

 

「皆さんお集まりいただいて有難う。予め断っておきますが、メインは説明会です。それが済むまでは襟を正して臨んでください。」

 

 

何かにつけて威厳を見せなければならない観影さんにちょっと同情。

 

 

「今回プロジェクトに参加してもらう諸君には、解らない部分があったら遠慮なく質問して欲しい。それから互いを知らない参加者もいると思うので、軽く挨拶を頼む・・・・私から見て左側から紹介していくことにする。順に立ってもらい、一言ずつ挨拶を戴こう・・・では月瀬。」

 

「・・・・はい。」

 

 

最初に立ったのは小夜音。

初っ端から小夜音だと、俺達のインパクトが薄そうなんだが・・・・。

 

 

「月瀬小夜音と申します。どうか宜しくお願いいたしますわ。」

 

 

ドレスの裾を軽く持ち上げて上品に一礼してから、座る。

小夜音の次は、その隣に座っていた少女・・・達が二人一緒に立ち上がった。

 

 

「えっと・・・中条黒衣です。よろしくお願いします。」

 

「・・・ちゅ、中条白衣です・・・・よ、よろしく・・・お願いします。」

 

 

性格は言葉に表れているとおり、正反対だが顔姿形はそっくり。一卵性の双子で間違いないだろう。

二人は挨拶だけすると・・・というかそれ以外にすることがないのですぐに座った。

 

 

「えーーっと、上泉信綱。以上、よろしく。」

 

「・・・丸目蔵人です。よろしく。」

 

 

信綱は大体の研究員と顔見知りのようだが、蔵人はそれだと印象薄くないか?

 

 

「え・・・と、か、勸興寺六花です。よ、宜しくお願いします。」

 

 

緊張しているりっちゃんはぎこちない。

 

 

「・・・・・・・疋田伊織。」

 

 

俺の隣に座っていた女の子は名前だけという最低限の自己紹介をポツリと漏らす、とそのままあっさり座ってしまった。

 

 

「・・・・靜峯麒麟です。動物のキリンのイントネーションで呼ばれると怒るので、気をつけてください。」

 

 

俺が割りと本気で言うと、会場のあちこちから失笑が漏れる。

当然、観影さんのあからさまな咳払い一つで静められるが。

 

 

「以上が、今回私たちのプロジェクトに参加してくれる予定の八名だ。『予定』というのは他でもない。今から行う説明を聞いた上で、君達には拒否する権利が発生するからだ。」

 

 

まさか、本当に人体実験やるわけじゃないよな。

それは冗談にしても、拒否したくなるような問題点があるのは確からしい。

 

 

「私個人から説明を行ったと思うが、今回のプロジェクトは現在世界中で問題になっている散花蝕に対する解決策を模索するものだ。だが、実際にはこのプロジェクトはここの散花蝕を問題としない。亡くなられた疋田・マーシュ両博士の理論に基づいてもっと攻性に根本的な部分で解決を図るものだ。」

 

 

亡くなった主任とやらのことか・・・・・ん?疋田って言えば、この隣の子も疋田って名乗ったよな。娘か何かか?

ちらっと横目で見たが、表情に変化なく疋田は説明を聞いている。

 

 

「今から説明することは恐らく君達の耳を疑わせることになると思う。だがそれは事実なのだ。どうかしっかり聞いて欲しい・・・・・この世界全体を散花蝕の発生させない状態を移行させる。つまり・・・・。」

 

 

あ・・・・だから、量子力学研究所なのか・・・・

 

 

「・・・・世界の『運命』を改編する。」

 

 

 

会場がざわめき始める。これまた機密とは言え、研究員にもプロジェクトの最終目的を教えていなかったわけか。

 

 

 

「普通だったら笑うところだよな・・・これは。」

 

「冗談の類にしては、あまり面白くないが・・・・理屈は通ってる。」

 

 

観影さんに冗談の気配は全くないし、そういう場でもない。

 

俺達の散花蝕について説明したとき、観影さんは既存の科学力では解決策がないと言っていた。いや、現象そのもの解析すらできない。病気で言うのなら診察できない状態だ。

 

 

「原因が解らなくて治療できないから、未来を選別して病気そのものを無かったことにする・・・・そういうことですか?」

 

 

小夜音が自分でまとめた答えを質問という形で出す。

 

 

「そうだ。君達には、世界の運命を改変する力になってもらうことになる。」

 

 

「そんなことが本当にできるのかよ?・・・・観影さん。」

 

「確率は非常に低いと言っておく。だが、0ではないだろう。少なくとも計算上ハ2.31%の可能性で成功が示唆されている・・・今から説明しよう。」

 

 

そう言って、観影さんが手元の装置を操作すると照明が落ちてプロジェクターが作動する。

スクリーンに映し出されたのは昨日中庭で見せられた奇怪なオブジェ。

 

 

「これが今回使用する装置。神話上の創造主の名を冠し『デミウルゴスシステム』と命名されている。中庭の現物はそれぞれ見たことがあるはずだ。内部の構造に関しては説明を行わないが―――正確には説明し得ないのだが、これが私たちの世界の運命を左右するシステムだ。」

 

 

デミウルゴス(偽神)』か・・・・面白いネーミングだ。

 

 

「現在までの調査で、この装置は人間の精神とリンクすることで10の42乗ジュール近い膨大なエネルギーを発生させることが解っている。」

 

「おいおい・・・・。」

 

「そんなエネルギーでは銀河系が吹き飛びますわよ・・・・。」

 

「月瀬、エネルギーが熱や電力とは限らないだろう。物質かもしれない。」

 

「・・・言われて見ればそうですわね。」

 

 

まぁ、もし熱や電力だったら核兵器なんて話にならん。『ディスラプター』でもあるまいし。

 

 

「あの、調査ってことは・・・それってあの装置、自分達で設計したものじゃないってこと?」

 

「く、黒衣ちゃん・・・。」

 

 

どっちが年上か解らないが、黒衣のほうは得体の知れない装置に疑惑を向けている。

 

 

「そうだ。装置の20%は私たちの開発したものではない。このシステムの中核部分は超古代のアーティファクトによって構成されている。」

 

「ちょ・・・・超古代って・・・。」

 

 

疑念が高まるが、脱力を隠せない。

それは関係者や協力者である俺達も同様。

 

 

「なんですかそれ・・・・オーパーツってヤツですか?」

 

「その言い方は好きではない・・・・・が、定義としてはそうだ。私はこの意見に賛成しかねるが、同位体炭素測定年代によれば、少なくとも4万年前のものであるというこだ。」

 

「そんな昔に文明社会なんてありませんものね・・・・・。」

 

「竹内文書ですら3万年だからな。」

 

 

でも、測定法にかかるってことは少なくとも炭素は含んでいるわけだ。

 

 

「そうだ。にも関らずこれら超古代からの発掘品は――――名称が必要なので『偏倚立方体』と呼ばせてもらうが、これは極めて帰納的な演算処理能力や、未知のプロセスを用いたエネルギー増幅装置を備えている。」

 

 

少し苛立たそうに観影さんはなる。科学者の矜持がわけの解らない装置に傷つけられているかね。

 

 

「そし、何よりも驚異的なのは、『偏倚立方体』が発生させる重力波だ・・・・。」

 

「・・・・重力波って・・・東京一帯を歪ませる気かよ・・。」

 

「靜峯の危惧については対策があるので安心してほしい・・・・『偏倚立方体』によって生み出されたエネルギーは想像を超える重力波を放出し、それは時空間全体に歪みとなって放出される。そして、この世界の量子を、操る者を恣意的に選択し、固定を行う。」

 

「どでかいエネルギーが出る。そんで、それが世界に影響する。そこまでは解った。」

 

「コラコラ―――ポイントはそこじゃない。いやまぁ、そこなんだが・・・・量子干渉のための操作をする者は恣意的に選ばれるわけだが、その恣意は何らかの要因があって働くのか?」

 

「・・・・靜峯。システムの大枠を理解させたいので、その質問は保留する。では、説明を続けよう・・・・丸目の認識は正しく、靜峯のように高度なレベルでの理解は求めていない。そう言ったことは、私たちのような科学者や学者がやることだ。」

 

 

へいへい、悪かったね。余計なことを口にしまして。

 

 

「・・・この装置から発せられる重力波は、この世界の行く末を決定する量子たちを意思を持って選別する・・・・即ち『生きた波』だ。当然ながら、こんなことは人類の科学力は無理だ。現在の時点から未来へ分岐していく様々な可能性の中から、操者が望む指向性を持っている量子だけをこの世界に『固定』していく・・・つまりある程度この世界の未来への可能性を『限定』できる。」

 

「『固定』というのは、単語どおりの意味と捉えて良いのですか?」

 

「・・・『パラレルワールド』や『因果律』という言葉を知っているか?」

 

 

オーパーツに引き続いて今度はパラレルワールドと来ましたか。

次辺りは宇宙人かネッシーでもくるんじゃないか?

 

 

「言葉としては知っていますが、正確に理解しているかどうかは自信ありませんわね。」

 

「『因果律』ってのはアレだ。『全てのものには原因があって起こる。だから原因がなくては何も起こらない』・・・・つまり、二つ以上の存在の間には、原因及び結果としての結びつきの関係がある、っていう哲学上の法則さ。」

 

「信綱・・・・物知りだな。それってつまり原『因』と結『果』の法則・・・・ってことか?」

 

 

ただのナンパ師じゃなかったんだ、とばかりに蔵人が歓心する。

 

 

「俺は5千歳超えの年寄りだからな。年寄りは物知りじゃないといかんのだよ・・・・・『律』っていうのは『法則』のこと、つまり『因果律』さ。」

 

 

信綱・・・・・スサノオの年齢で通すつもりかよ。

 

 

「なるほど、ご教授ありがとうございます。」

 

「どういたしまして。」

 

 

「それで、そっちは解ったけど、『パラレルワールド』ってのは?」

 

「この世界には人間が思いつくだけでも無限の『IF』がある。そして、私たちは無限長に並列する『IF』の中から一つの事実を選んで未来へ進んでいく。それは解るな?」

 

「ああ、解る。・・・・自分が決めたことが事実になるんだな。」

 

「そうだ・・・では、選ばれなかった『IF』はどうなる?選ばれなかったから消えた・・・と思うか?」

 

「・・・・それ以外に考えようがないんじゃないか?・・・・あ、なるほどな。」

 

「選ばれなかった可能性も、『全て別の世界』に存在する・・・・というのが『パラレルワールド』という考え方だ。」

 

「それじゃ、違う選択をした分だけ世界がどんどん増えていっちまうじゃないですか。」

 

 

蔵人の言う通りなんだが、実はそれについて説明しようとすると俺と同等ぐらいの量子力学に関する知識が必要になるので、説明はまず無理だ。さて、専門家はどう説明してくれるのか。

 

 

「その通りだ。今この時間にも世界は無限に分裂、増殖を繰り返しているのさ・・・・今ここで話している君と私も、次の瞬間には違う世界に別れ別れになっているかもしれない。」

 

「んな、アホな・・・・。」

 

「つまり、無限の数の世界の異なる方向性を持って並列的に増殖していく・・・・これが『パラレルワールド』ということだ。」

 

 

当の説明を受けている蔵人は、無限に続く可能性というヤツがどれほどか考え込んでいるらしい。

 

 

「蔵人、無限っていうのはな、『限りが無い』から『無限』なんだ。人間の想像できるもんでもない。」

 

「うっ・・・・・。」

 

 

分かり易いヤツだ。

 

 

「確かに、俺達の生きているこの世界の状況は散花蝕に見舞われて瀕死だ。にも関らず、既存の科学力では滅亡の回避どころの話じゃない・・・・かと言って、大人しく滅びるわけにもいかない。文明らしきものを持ち始めてから3万年だからな。」

 

「そうだ・・・だから、目の前に転がっている無限長に並ぶ『未来』の中から、生き残る可能性を作為的に選択し、掴み取るのだ。例え自分達に扱えない未知のものを利用しても、だ。」

 

「・・・・つくづく業の深い存在だな、人間ってヤツは。」

 

 

俺がそう言うと、観影さんは予想に反して怒るどころか、僅かに同意を示すかのように表情を翳らせた。それは心情を押し隠そうとして失敗したように見えた。

 

 

「・・・・・お話は解りました。しかし、それを私たちがやるのはどう言った理由からなのですか?そういうことのために、学者が研究者の方がいらっしゃるのではありませんか?」

 

「ああ、そうだ。当然我々もそのつもりだったが・・・・ダメだった。」

 

「・・・・駄目?どういう意味ですか?」

 

「我々研究者の中には『デミウルゴス』を動かせるほどの高い精神昂揚力(アプリフティアン)を持つ者が存在しなかった。いや、一人だけ存在していたが・・・・。」

 

「・・・・実験中に死亡した、か?」

 

 

俺の言葉に、全員が息を呑む。否定しない、ということは当たりだな。

再び会場がざわめく。このことも研究員の中では知らない者もいるらしい。

 

 

「・・・・どこで聞いた、靜峯。」

 

「ん?ああ、拒否権うんぬんで妙にはぐらかしたからな。で、話がエヴェレット解釈の観測者になったことで確信した。」

 

 

観影さんはやりにくそうにため息を吐く。その内言い出すつもりだったが、タイミングが難しかったのだろう・・・悪いことをしたが、こちとら当事者なのだから謝るつもりはない。

 

 

「・・・・動揺したようだな。無駄かもしれないが、一応言っておく。確かに彼女は死亡した・・・・だが、その予期せぬ犠牲のおかげで安全性は格段に高まったのだ。現在の『デミウルゴス』において、君らが何らかの事故によって死亡する確率は1,94%に減少している。」

 

 

死亡率が問題というよりも、死亡する可能性があるという先入観の方が人を竦ませる。

 

 

「『世界の運命を賭ける仕事』にしては、これは格段に低い確率だ。参考まで言うと、普段の生活をしていても、人間は0,18%の確率で交通事故に合って死亡する。」

 

「それは解った・・・・・で、俺達に何をさせようってんだ?」

 

 

直感で動く蔵人は深く考えて確率に囚われない。俺はこいつのこういうところが好きだな。

 

 

「『デミウルゴス』の中に奏合(ハーモナイズ)して、そして・・・・。」

 

 

「そこで闘え、とそう言うのだろう?」

 

 

観影さんが言いよどみ、そこにできた空隙を隣で自己紹介以外一言も発しなかった疋田が、口を開いて代弁した。

 

 

「そういうことか・・・道理でな。」

 

 

「どういうことですか?」

 

 

最初から理解しているらしい疋田と、疋田の発言に動揺する観影さん、そして一人で勝手に納得する俺に、小夜音が痺れを切らして混乱の中から質問をぶつける。

 

 

「順を追って説明しよう・・・・『デミウルゴス』は人の精神力を源に稼働する。だからまず、その源である精神をシステム内部に取り込む。」

 

「システム内部に・・・取り込む?」

 

「画像を見てくれ。『デミウルゴス』周囲に六枚の鏡状の装置が存在する・・・これが『デミウルゴス』をコントロールする入力デバイス、『統治者(アルコーン)』だ。まずは君達がこの上に横になるだけで良い。」

 

「・・・・そ、その後は?」

 

「『デミウルゴス』が稼動すると、『統治者』上の被験者はまるで鏡に写し取るように精神を『複写』され、複写された精神は『デミウルゴス』内部にある仮想世界(プレロマ)に送り込まれる。」

 

「『仮想世界』?」

 

 

中条・・・黒衣か。あからさまにインチキくさそうな顔をするな。

魔法の世界の話に片足突っ込んでるから、その手の単語が出てくるのは仕方ないことだ。

 

 

「『仮想世界』は取り込んだ被験者の精神と相互に影響し合い、被験者の精神が滞在する場所としてシステム内部に生成される。そこでは被験者は、あたかも現実世界と同じ感覚を持ち、行動することができる。」

 

「まさか、私たちを集めたのは・・・・・。」

 

「そうだ。そこで、『闘って』貰うためだ。君達は全員、何らかの形で古流の刀剣術を身に着けている。それが選抜条件の一つだった。」

 

「条件の一つ・・・ね。」

 

 

俺の呟きは誰にも聞こえず、かき消された。

 

 

「・・・・闘う『理由』ってのはどこにあるんだよ、観影さん。」

 

「簡単だ。殺し合いになれば、アドレナリンの過剰分泌で嫌でも興奮状態へ陥る。」

 

「つまり・・・生命の危機に瀕するため・・・ですか?」

 

「そうだ。」

 

 

そう言ってのける観影さんの顔は鬼気迫りながら、やはり悲痛だ。どこか意気込みも空回りしているような気がする。それは、俺らを殺し合いに駆り立てる大人としての立場からくるものかは判然としない。

 

 

「システムと相互に影響するのなら、死にはしないが、痛みや感覚は現実のものと一緒なんだよな。」

 

「ああ、そうなる。現実にほぼ影響こそしないが、『仮想世界』内部の体験は現実で体験することと寸分の狂いもない。」

 

 

つまり、現実に闘ってその末に決着―――つまり、『死ぬ』感覚を味わうということだ。

 

 

「また、それだけではない部分がある。古流剣術の修行法は、それが現代的でないが故に、高いクラスの精神修養を積むことが可能なのだ。その為に高い精神昂揚力を持つ者としての資格者が多かった。引き起こされる闘争心、生き残ろうとする生存本能・・・・それらは『デミウルゴス』を正しい方向性で稼働させるのに少なからず貢献するだろう。」

 

「俺達に・・・自分の力で『デミウルゴス』とやらに『散花蝕と闘うこと』や『人類が生き残ろうとしていること』を、体を張って入力しろ、と・・・あんたはそう言うのか?」

 

 

蔵人は怒っているのとも、冷静になっているともつかない奇妙な調子で答えの出た問いをぶつける。

 

 

「そうだ・・・・そして、我々は君達が『現実に』決して死ぬことのないよう全力を――――いや、全身全霊を以ってサポートする。」

 

 

だから安心して切り刻めということか。複雑な心境ではあるな。

それこそ仮想現実が仮想現実ではなく、己の身に現実として残り、最悪作用を及ぼす意味ではゲームとは違うわけだ。しかし、それを別にすれば約2%の死亡確率さえ除くと、現代では試すことのできない、本物の剣術を思う存分揮える機会。

 

 

「だ、そうだ・・・どうする蔵人。拒否権も当然あるようだが?」

 

 

あのな、信綱・・・・その、さも断るわけがないと見通したような言い方はどうなんだ。

この様子だと信綱は最初から断るつもりもなく、引き受ける気が満々なわけか。

 

 

「理解できないな、正直。」

 

 

口元を「へ」の字にして、蔵人は言う。

 

 

「じゃあ、やめておくか?」

 

 

この話は妙な言い方をすると、断る理由がない。

死亡確率が約2%で、成功確率も2%。死が恐ろしく怖いということがない限り、どっちを選んでも死ぬ可能性が高い。ならば、後は個人の性向の問題に過ぎない。

 

 

「一度引き受けてから逃げて帰るのは、残念ながら趣味じゃない。」

 

「そう言うと思ってたぜ、親友。」

 

 

蔵人は良く言うぜ、と苦笑する。

 

 

「嬉しそうだな、信綱。」

 

「・・・まあな。お前と真剣の命の遣り取りができると思うとな・・・・楽しくて仕様がない。」

 

「・・・ま、俺と殺る時は後腐れ無いように一太刀でな。」

 

「莫迦言うな、お前がそんなに簡単にくたばるタマかよ。」

 

「あれ、そうか?俺も買い被られたもんだ。」

 

 

まったく、この二人は勝手に世界を作って。信綱の言うことには賛成できるがな。

 

 

「・・・・疑問に思っているのなら、参加を辞退したらどうなのよ?」

 

 

またまた黒衣が二人の会話に首を突っ込む。

これは黒衣のほうが理に適っている・・・・・が、蛇足だな。

 

表情から察するに、あまり乗り気じゃないんだろう。

 

 

蔵人が黒衣に何か言おうしているとき、俺は視線を感じてそっちを目線だけで見る。

 

・・・・疋田?

 

 

「何か?」

 

「・・・お前もやるのか?」

 

「どうだろうな・・・俺はには元々『選択権がない』状態だからな。」

 

 

疋田のほうから話があるのは意外だったな。

 

 

「・・・?」

 

 

「それでは、正式に諸君の参加への意思を確認する。不参加の者は席を立ってくれて構わない。」

 

 

場に沈黙が訪れる。

 

研究員などの関係者はこっちを見ている。ただ、あまり好意的な視線は感じられない。

俺達が『デミウルゴス』内部で殺しあうことでシステムを正常作動させることできる、と云われてもピンとこないように、彼らもまた非科学的な精神論を根拠に命運を託す俺らを胡散臭く思っているのかもしれない。

 

 

席を立てば不参加の表明になるが、誰も立たない。

 

内心や表に出している感情は千差万別だが、少なくとも断る明確な動機が存在せず、引き受ける理由が自らにある以上、拒否権を行使するつもりはないのだろう。

 

 

小夜音は泰然としている。

中条姉妹は黒衣が不機嫌そうに観影さんを睨み、白衣は黒衣の手を強く握っている。

りっちゃんは『死』の可能性にやはり緊張を隠せない。

信綱は、言わずもがな最も軽い様子だ。

蔵人は意外に周囲を観察する余裕を見せる。

疋田は一切の感情を表出させていない。

 

かく言う俺も、立たない。

 

 

誰一人、時間にして短いか長いか不明なまま席を立たなかった。

 

 

「・・・・・君達の協力に、衷心より感謝する。」

 

 

観影さんはゆっくりと俺達へ向かって頭を垂れる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明が終わって、食事の用意されているテーブルへ戻ると圭と冬芽が待っていた。

 

蔵人達は何事か話しているが、俺はそれを上の空で聞いていた。

 

 

今更ながらに気付いたことがある。

 

中庭にあった『デミウルゴス』のデバイスである鏡は全部で六枚だった。が、俺らは八人いる。

仮に中条姉妹が二人で一枚使ったとしても、誰か一人が余る可能性があるわけだ。可能性じゃなくてあまるのか。

 

 

「そこの二人っ!あからさまに特定の一点を凝視するなーっ!!しかもそこの話なんてしてなーいっ!!」

 

「おわっ!またか!?」

 

 

今度は誰が地雷を踏んだ?

 

 

「あ、あああの・・・どうしたんですか・・・六花さんは・・・。」

 

「まあまあ、冬芽。ここは暖かく見守ってやれ・・・・。」

 

「そうだ。如何に優しい冬芽でも、今出て行ったら火の油だぞ。」

 

 

俺と蔵人で、りっちゃんへ近づこうとする冬芽の肩を押える。

冬芽、君は自覚がないかもしれないが、着痩せするタイプなんだよ。

 

 

「え、あの・・・それはどーゆう意味で・・・?」

 

「・・・・知らぬが仏だ。」

 

「むっきーっ!!私をそんな憐れみの眼で見るなーっ!!見るな見るな見るなーーっ!」

 

「しまった、無駄だったか・・・。」

 

 

りっちゃん・・・被害妄想強すぎ。っていうか、自爆だし。

 

 

「おいおい、暴れるの構わないが食べる前に食事をひっくり返さないでくれよ?私たちもまだ食べていなんだから。」

 

「暴れるのも拙いだろうが。」

 

「ん・・・言われてみればそうだな。」

 

 

観影さん・・・・・ついでに言うと、あなたが今ここに来るのは油田火災にダイナマイトを使うようなものですから。

 

 

「・・・・・・・。」

 

 

あ、りっちゃんの視線が一点へ・・・・・。

 

 

「ど、どうした・・・・・?」

 

「か、適いません・・・・・完膚なきまでに打ちのめされました・・・・。」

 

 

劇画調の効果と、ベタな効果音が流れ・・・・りっちゃんは崩れ、膝をついた。

いや、まぁ、比べる相手が悪いというか・・・・。

 

 

「・・・・88のDと比較するのが間違いだな。」

 

「な・・・・っ!?」

 

「ぶっ・・・!」

 

「おわっ!汚ねえーな、蔵人・・・。」

 

 

水を口に含んでいた蔵人は危うく噴出しかけてる。

 

 

「な、何で知ってるんだ、靜峯!?」

 

「・・・観影先生・・・それは自爆ですよ?」

 

「・・・・っ!?」

 

 

いや、全く。

 

 

「・・・兵法者の眼力を侮らぬように。相手の骨格や筋肉を見切るのは初歩だからな。」

 

「おおっ・・・そうすると俺もまだまだ修行不足だな。」

 

「えと・・・・皆さんなんの話をしてらっしゃるのでしょう・・・?」

 

「ユメ・・・お前は知らなくて良い・・・というか知らないままでいてくれ、頼むから。」

 

「は、はぁ・・・?」

 

 

うん。蔵人と同意見だ。冬芽はぜひ、こーんな穢れた大人の会話に染まらないでいて欲しいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

いざ食事が始まると、人間とは現金なもので割りと食べこんでいく。

りっちゃんの食べっぷりを例外にしても、協力者である俺らもしっかり食べてるし。

 

外れのない食堂というのはありがたい限りだ。

 

 

――――もぐもぐ

 

 

「なぁ、伊勢守。」

 

「あん?どうした・・・?」

 

 

―――もぐもぐ

 

 

「蔵人はもしかすると、アレだな。無意識に女を落とすタイプか?」

 

 

すぐ側では蔵人が小夜音と話している。

俺にはさっきから小夜音の情動や仕草が蔵人に揺さ振られっ放しに見えて仕方ない。

 

 

「どうだろうな・・・・あれでかなりの朴念仁だが、確かに女の急所を無意識につくあたりやり手ではあるな。」

 

 

―――もぐもぐ

 

 

「けどよ・・・意外にお前って食べるんだな。」

 

「・・・・そうか?」

 

 

大皿一杯に一品ずつ乗せて、乗せた順番に平らげてるだけなんだが。

それを言ったらりっちゃんの方が食べてるだろう、絶対。

 

 

「りっちゃんと比べるなよ・・・あのちんまい体のどこにあれだけ入るか謎だよな。」

 

「大食いの人間は胃の伸縮性が大きくて、通常の五倍まで拡張できるそうだ。」

 

「・・・普通に体に毒だな。」

 

「そうだな・・・・っと?」

 

 

 

また、視線を感じた。で、視線の主はまた疋田だ。

器用に食べながらこっちを見ている。

 

 

「おやーっ、お前も熱い視線をもらってんじゃねーか・・?」

 

「あれが熱い視線に見えるなら、眼医者にいけ・・・・まぁ、美少女の視線は居心地悪くないな。」

 

「言うねーっ・・・」

 

 

とか言いつつ、オヤジくさく肩を組んでくるな。

違う期待の視線がきただろうが。主に女性研究員から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パーティも定刻になるとお開きになり、同じ階の蔵人達と一緒に帰った。

残った食事は容器をもらってつめてきたので、明日の朝飯は確保できた・・・今日のような食いっぱぐれるようなこともない。

 

 

「・・・・『デミウルゴス』に『統治者』ね・・・。」

 

 

文部科学省からの役人もよく理解せずに、取り敢えずピックアップした人間に声をかけただけだから詳しい説明をしたくても、できなかったわけだろう。

 

 

「世界の命運がかかっているとは言え・・・・あえて危険性の面を話さなかったあたり、まだ裏があるんだろうな。」

 

 

その辺は追々解かるだろう。どうやら観影さんも含めて今回のプロジェクト自体一枚岩というわけでもなさそうだ。

 

 

「ま、こういうときは寝るに限るな。」

 

 

部屋の片付けは結局明日に先送りだが、それも仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で・・・・今日も今日とて5時半に目が覚める俺は損な体質なのか。げに恐ろしきは習慣というヤツだ。

三文の徳になるかどうかは解らないが、日課の柔軟体操をしてから朝風呂。ゆっくり朝飯を食べつつ、柔軟体操の後、ランニングついでに買ってきた新聞に目を通す。

 

おお、もう甲子園の季節がそこまできてるのか。

 

散花蝕についてG8で検討ね。

街一つ消えたらそこの住人の衣食住を世話することになるが、莫大な金がかかる。中小国はとても賄いきれんだろうし、大国も被害は大きい。

それに、今でこそ地方都市だが、何時国際的な大都市を直撃しないとも限らない。明日には東京やニューヨークで発生するかもしれないのだから。

 

 

新聞に一通り目を通して時計を見ると、そろそろ蔵人達と冬芽を迎えに行く時間だ。

 

 

「おーいっ、蔵人いるか?」

 

 

ドアを強めにノックしてみたが、返事はない。

 

・・・・・いやーな予感がする。

引き続いてりっちゃんと冬芽の部屋もノックしてみるが・・・・・返事はない。

 

そもそも、三人の部屋はどこも人の気配がまるでしない・・・・・これはまさか・・。

 

 

「忘れて置いていかれたのか、俺っ!?」

 

 

すっごい、ショック・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間に余裕があるから走って追いかけるのも何となく嫌だ。勿論、教室についたら超デコピンの刑罰を与えてくれてやるつもりだが。

 

何だか気分が乗らないので一時間目をサボる勢いで、散策に繰り出すことにした。

サボることも青春を謳歌するうちに一つと思えば、問題なしだな。

 

 

校舎に沿って歩いていると、奥へ入り込んだらしく一面の薔薇が咲き誇る花壇が広がっている。

 

 

「塩害に強い薔薇の品種か・・・・量子力学だけじゃなくて分子生物学でもやってるのかね。」

 

 

そう言えば、薔薇は品種にもよるがこの時期に咲くのは珍しいんじゃないか?

一応、夏の季語ではあるが・・・最盛期は六月のはずだ。

 

 

「誰かが念入りに手入れしてるみたいだな・・・・・。」

 

 

足元の土はきちんと肥料が混ぜられ、根が水を吸収しやすいように丁寧に水撒きしてある。さらに丁寧なことに霧吹きで湿気を与えている。

 

ただ、惜しいことに春の剪定が不十分だったらしく今一つ花に元気がない。

 

この花壇を愛でるジョゼフィーヌは何処、と見回すと花壇の隅に、空を眺めて佇む少女の姿があった。

 

 

「・・・・・・・・。」

 

 

確か、あの子は昨日の説明会にいた双子の・・・・服装と雰囲気からして中条・・・白衣のほうか。

 

声を掛けようとしたが、何やら固唾を呑んで見詰めている。

視線の先を辿ると・・・・・・

 

 

「ネコだ・・・・。」

 

 

思わず口に出したが、まだ子供のネコが木の枝にいる。ありがちなことに登ったはいいが、降りられなくなったらしい。自力で降りるのはまず無理だろう。

 

 

「・・・・ネコ、降ろすぞ。」

 

「・・・・・!?」

 

 

返事を待たず、タメをつくる。

 

俺の頭頂部と枝まで1m半ってところか。いけるだろう、多分。

タメを順に解放して、ジャンプして子猫の首を軽く掴むと、抱えてから着地した。

 

 

「ね、猫ちゃん・・・っ!」

 

 

色々驚きながらも、しっかりと子猫を心配する白衣ちゃん・・・良い子だ。

 

 

「大丈夫だ、ほら・・・。」

 

 

慌てて駆け寄ってきた白衣ちゃんに子猫を渡す。

本当に軽く掴んだので子猫は神経を尖らせるどころか、悠長にそれこそ本物の猫なで声を上げる。

 

 

「・・・良・・・・かった・・。」

 

 

子猫の様子に安堵した白衣ちゃんは、微笑む。

これだけで子猫を助けた甲斐がある。

 

 

「済まないな・・・いきなり勝手なことして。」

 

「はい・・・・びっくりしました・・・けど、助けてくれて・・ありがとうございます・・・靜峯さん。」

 

「ん、どういたしまして・・・・名前覚えておいてくれてありがとうな、白衣ちゃん。」

 

 

なんだろう・・・・こう、無性に頭を撫でてやりたい衝動に駆られるのは。いきなりやったら、変態さんなので代わりに子猫を撫でてやる・・・・おお、擦り寄ってくるとは愛いヤツめ。

 

 

「改めて、自己紹介しておくと・・・靜峯麒麟だ。」

 

「きりん・・・さん。なんだか、動物の・・・・・・。」

 

「ストップ・・・・頼むから動物の名前と一緒と言わないでくれ・・・結構気にしてるんだ。ついでに注文をつけると発音は『麒麟』であって、『キリン』はやめてくれると嬉しい。」

 

「ふふっ・・・・解りました。」

 

「助かる。」

 

 

白衣は俺が賢明に話すのがおかしかったらしい。これで結構マジで困ってるんだ。笑い事じゃないんだがな。

 

 

「中条は双子だったが・・・白衣ちゃんの方が姉で、黒衣ちゃんの方が妹か・・・・。」

 

「あ・・はい。ちゃん付けは・・・ちょっと、恥ずかしいので呼び捨てで・・お願いします。でも、凄いです・・・何時もは私のほうが妹って・・・聞かれるんですけど・・・。」

 

「ああ・・・それは簡単だ・・・・・。」

 

 

「でいやーーーーっ!!」

 

 

殺気。

 

よく解らんが、飛んできた物体を引っ掴むと半回転させて遠心力をつけてから、地面に叩きつけ・・・ちゃ駄目だろう、俺!?

 

 

「黒衣ちゃん!

 

「きゃぁーーっ!!」

 

 

ちっ、慣性をつけすぎた・・・・止まらん。

次善の策として、頭の下に空いていた右手を差し入れて慣性のベクトルを変更し、足から着地させる。

 

 

「・・・危機一髪、だな。」

 

「てりゃっ!!」

 

 

ポカッ、と折角芸術的に助けた黒衣から拳骨を食らう。

 

 

「何をするっ!」

 

「危ないじゃないっ!!」

 

「言うに事欠いて第一声がそれかっ!?そもそも最初に飛び蹴りしたのはそっちだろうがっ!」

 

「そうよっ!お姉ちゃん大人しいんだから、ナンパ野郎は蹴られて当然よ!さっさと失せないよっ!」

 

「誰がナンパ野郎だっ!!」

 

 

ナンパ野郎ってのはな、無意識に女心をくすぐる蔵人や、あからさまな信綱、レディキラー圭のような連中のことを指すための言葉だ。断じて俺は違う。

 

 

「アンタよ・・・・。」

 

「言い切りやがったっ!?

 

「あ・・・あ、あの、あの・・・・。」

 

「おい、妹、お前が規格外の行動、言動を繰り広げるから白衣がテンパッてだろうが!」

 

「うわっ、お姉ちゃんを呼び捨てにしたわねっ!?アンタ何様のつもりっ!」

 

「俺様のつもりだよ、悪いかっ!?」

 

「悪いにきまってるでしょうっ!!」

 

 

売り言葉に買い言葉。もう自分で解らないが、無意識に反応して言葉の応酬へ発展している。

でも、頭の中は冷静にあたり、それってどうなんだろうな。

 

 

「く、黒衣ちゃん・・・あのねっ・・・・。」

 

 

よしっ、白衣よ。収拾がつかなくなる前にフォローに入れ!

 

 

「お姉ちゃんはいいのっ!解ってるから、ちょっと黙ってて!!」

 

「ううっ・・・・。」

 

 

早ッ!白衣撃沈されるの早過ぎっ!

 

 

「この勘違いシスコン女っ!ちったぁ人の話を聞けっ!」

 

「なっ、誰がシスコンよ誰がっ!」

 

「俺の目の前にいる中条黒衣だよっ!足のつま先から頭の天辺まで純度100%の超シスコンだっ!」

 

「黙れ変態ナンパ男っ!」

 

「小ざかしいわ、シスコン小娘っ!」

 

 

こんな調子だと、終わりが来そうにもない。

言い争っている内容も不毛だ。

 

それに、さっきから気になっているんだが、何で白衣の側に俺を置いてけぼりにしていきやがった蔵人達がいるのかが不思議でならん。

蔵人とかあからさまに目を合わせようともしないし。りっちゃん・・・あさってを向いて口笛吹くのは演技過剰だ。

 

 

「お二人とも・・・・そんなにトゲトゲしていらっしゃると、幸せが逃げていってしまいますよ?」

 

 

そう言いつつ、俺と黒衣の間に冬芽が割って入ってきた。

思わず、そもそも逃がすような幸せも持ち合わせていないと言いかけたのは秘密だ。

 

 

「それに、麒麟さんは人攫いなんかではありませんから、そんなに警戒しなくても大丈夫です。」

 

 

人攫いって・・・りっちゃんと蔵人が今度は拝み倒している。

ふふふっ・・・貴様ら、後で覚えていろよ?俺を敵に回すとどれほど恐ろしいから骨髄まで教えてやる。

 

 

「・・・・はぁ。まあ、いいわ。毒気抜かれた。さっきまでの無礼は不問に付してあげるわ。」

 

「・・・色々言いたいことはあるが、いい。確かに脳天割りそうになったのは俺が悪いんだしな。」

 

「流石、麒麟さん。それでこそ、殿方らしい器量の持ち主ですっ。」

 

 

冬芽の描く殿方らしい器量ってのは一体何なのか、非常に気になる。

 

 

「あたし、中条黒衣。あんたは?」

 

 

当然、俺に言うわけがなく黒衣は冬芽を見ている。

 

 

「刀伎直冬芽と申します。今日こちらに転入して参りました・・・・こちらは冬芽のお友達で、丸目蔵人さんと、勸興寺六花さんです。」

 

「そう言えば、全員説明会に居たわね。野郎はどうでもいいけど・・・。」

 

 

蔵人の顔が少し引き攣った。俺の気持ちが多少なりともわかっただろう、これで。

 

 

「二人はまだ、一年生だろう?」

 

「あ、はい・・・一年です。」

 

「そうだけど、それが何よ?ナンパの次はロリコン?うわっ、サイテーね・・・・。」

 

 

自分で自分のことをロリコンって言うのもな・・・・莫迦だろう。

 

 

「さっき聞いたとおり、冬芽は今日が初日だ。俺や蔵人、りっちゃんは二年生なんで階も違う。二人ともAAクラスのはずだから、冬芽を一緒に連れて行ってやってもらえないか?」

 

「ああ、麒麟さん、珍しくナイスアイディア!」

 

「りっちゃん・・・珍しくは余計だと思うぞ・・・・。」

 

 

蔵人・・俺も気付いていたが、あえてお前に口に出されると複雑だ。

 

 

「あ、いえ・・・・えと、お会いしたばかりの方にいきなりそんなお願いをするのは申し訳ないですし・・。」

 

「・・・私たちもまだ、ここに来たばっかりだから・・・なので。一緒に行きましょう?」

 

「え、よろしいんですか?ありがとうございます。本当に助かります。」

 

「そう言うわけで、中条妹もそれでいいか?」

 

「誰が中条妹よっ!」

 

「いや、お前だろう。つーか、名前で呼んだら、それはそれで怒ったろう。」

 

「うっ・・・・・まぁ、お姉ちゃんが良いって言うのなら別に良いわよ。」

 

 

誤魔化しやがった。それにしても、この姉妹は正直拙い気がするな。何がとはあえて言わないが。

 

 

「・・・じゃあ、ホームルーム・・・始まる前に・・・職員室。」

 

「ああ、そうだね。じゃあ・・・冬芽だっけ?行こうか。」

 

「はい!じゃあ、蔵人さん、麒麟さん、六花さん・・・行って来ますっ!」

 

 

教室へ行く前に知り合いができて嬉しいのか、冬芽はブンブン手を振ってから行った。

白衣も、黒衣もやや難ありだが、根は良い子だから心配はいらんだろう。

 

 

で、りっちゃんと蔵人は冬芽なら仲良くなれるとか、毒気を抜かれる冬芽がとか話している。

貴様ら、危機感が欠如しているな、今までの展開で。

 

 

「ふふっ・・・・さて、お二人・・・・お祈りは済んだか・」

 

「「えっ・・!?」」

 

 

今更しまった、という顔をしても遅い。

 

 

「ま、待て麒麟・・・・話せば長くなるんだが・・・決してわざとじゃないんだ・・・なっ!?りっちゃん!!」

 

「そそそそ、そうですよっ!これには日本海溝よりもふか〜く、月までもたかーい事情がありまして、それを説明するには原稿用紙が一兆枚あっても足りないとゆーか、言語で語りつくせないとゆーか・・・・。」

 

「ふ〜ん・・・・そうか。」

 

「そうか、なんですよっ!」

 

「だから・・なっ!」

 

「・・・・問答無用っ!」

 

 

「「ぴぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう・・・・三人とも今日も・・・・仲良くご登校、ってわけでもないみたいだな。」

 

 

教室に入って出迎えた信綱は、俺の後ろでリストラ宣告を受けた中堅サラリーマンのごとく疲れきった蔵人とりっちゃんに言葉尻が変わる。

 

 

「なに・・・軽めの処罰を下しただけだ・・・。」

 

「おはよう。処罰って・・・・一体二人は何をやらかしたんだい?」

 

 

圭も来たので、今日の朝、俺一人だけで置いてけぼりをくったことを説明。

 

 

「まぁ・・・それは蔵人達が悪いんだろうけど、やり過ぎなんじゃない?」

 

「だよな・・・ってか、何をしたらあんなにぐったりするんだか。」

 

 

机に突っ伏してピクピクしてるな。

陸に上がった金魚の死ぬ前みたいな状態と言えばいいんだろう。

 

 

「そりゃ・・・激しく責め立てたんでしょう。それこそ、足腰立たなくなるぐらい・・・。」

 

「お盛んだねーっ。」

 

「何故だろう・・・・お前らが言うとやけに卑猥な気がする。これが所謂、日頃の行いが悪いせいってやつなんだろうか。」

 

 

黒衣。こういうのを本当に変態って言うんだぞ。

実物を直接見せてやれないのが残念だ。

 

それに圭。蔵人まで責め立てるのは俺の趣味じゃーないっ。

 

 

「おやおや、ひどいな。僕は信綱と違って、何事にもエレガントなつもりなんだけど・・・。」

 

「一人だけ勝手に上品ぶるのは、ちょっといただけないなっ・・・たっきー。」

 

「なんつーか・・・ここまで来ると『目くそ鼻くそを笑う』だな。」

 

「・・・違いないな。」

 

 

一括りにされた二人は、ケラケラと笑う。

 

 

「おはようございます。皆さん。」

 

「ああ、小夜音か。おはよう。」

 

 

昨日限りかとも一瞬思ったが、振り返ればやはりドレス姿だ。

しかも、色や基本デザインは昨日と同じでも細かなところが違う別のドレスだ。

・・・・何着持ってるんだよ。

 

 

「あの・・・蔵人さんや六花さんはどうなったのですか?」

 

「・・・段々説明が億劫になってきたが、朝から俺に酷い仕打ちをしたので罰を受けてもらった。」

 

「はあっ・・・・?」

 

 

要領を得なかったらしく、生返事だ。

 

 

「ところで、今日は身体計測があるそうですよ・・・・観影先生のプロジェクトメンバー限定で。」

 

「身体計測・・・人間ドックの強化版か?CTやMRI、解剖を受けるとか?」

 

「・・・・麒麟さんが何を想像しているのか図りかねますが、至って普通の身体計測と思います・・・第一、普通ではない身体計測などのようなものを指すのでしょうか?」

 

「どのようなって・・・・月瀬、そんなことを俺達に言わせるのか?」

 

 

だから、解剖や薬物実験に供されるんじゃないのか?昨日の観影さんの勢いなら、やりかえなない気がするんだが、

 

 

「えっ、いえ・・・私は何も・・・・。」

 

 

月瀬小夜音・・・・卑猥コンビの罠にはまったな・・・・合掌。

 

 

「『さあ・・・検査を始めますから、裸になって、その台の上に乗ったら足を大〜きく拡げてください』。」

 

「『そんな、センセイ・・・私、そんなこと恥ずかしくて、できませんっ!』。」

 

「『大丈夫、最初は恥ずかしいかも知れませんが、それが段々と快感へ変わっていくのです・・・さあ、さあさあっ・・・!』」

 

「『いや・・・ダメ、センセイ・・・ダメっ、ああっ・・そんなところに指を入れたら・・・っ!』」

 

 

「ノリノリだな・・・二人とも・・・・。」

 

 

つーか、なんでこんなに嬉しそうに迫真の演技ができるのか。

圭の声なんて本物のあえぎ声そっくりだし・・・ふむ、圭が実際にやられたらどんな声を出すのか俄然興味が湧いたな。

 

 

「・・・は、破廉恥ですわ、お二人とも・・・・。」

 

「いやもう・・・何ていうか、恥らう姿が可愛いぞ、小夜音。」

 

 

ただでさえ紅くしていた顔が、さらに紅潮してプチトマトな小夜音。

うん・・・眼福眼福。

 

 

「おかしいな・・・普通に規格外の検査を表現しようとしただけなんだが・・・過剰な演技はいかんぜ、たっきー・・・・。」

 

「えっ、僕の所為?こっちは信綱の想像したシチュエーションを忠実に再現しようとしただけなんだけど・・・・。」

 

「いや、その時点で卑猥になるシチュ決定だろうが・・・・だって、信綱だぞ・・・?」

 

「なんだか・・・すげえ説得力あるよな、それ・・・・。」

 

 

おおぅ、蔵人復活。首だけ回してこっちを見ている。

あれ・・・りっちゃんはまだ復活してないのか?おかしいな、加減はしたはずなんだが・・・・。

 

 

「・・・・・身・・体・・・計・・・・・・測。」

 

「なぁ・・・なんでりっちゃんはいきなり絶望の打ちひしがれた、北極海で食糧不足に悩む白熊みたいになってるんだ?」

 

「納得できる自分が不思議だけれど、麒麟はその例え微妙と思わない?」

 

「いや、全然。」

 

 

我ながら的確な例示をしたつもりなんだが。

 

 

「どうかしたの・・・六花さん?六花?」

 

 

小夜音が声をかけるが、空洞で反響するがごとくりっちゃんの反応は変だ。

 

 

「しんたいけいそく・・・・と、いいますと・・・しんちょう、とか・・・たいじゅう、とか・・・・あの、す、すりーさいず・・・・とか、はかる?」

 

「え、ええ・・・普通の身体計測と言えば、そういうものですが・・・どうかしましたか?」

 

「い・・・いえ・・・なんでも・・・・なんでも・・ありません・・・うふ・・ふ、ふふ・・・・。」

 

 

りっちゃんを上から下まで眺めてから、ポムッと手を打つ。

なるほど、納得。そりゃ嫌だろうな。

 

 

「おい、何だか解らないけどりっちゃん壊れてるぞ・・・?」

 

「そうですね・・・どうしてしまったのでしょう・・・・。」

 

「あ〜・・・・おそらく、小夜音には一生縁のない悩みだ。ここは日本人らしく察しと思いやりで、そっとしておいやるのが一番だ。」

 

 

多分、触れたら昨日の蔵人の二の舞になりかねん。

 

 

「そうだな、じゃあ・・・・『胸』」

 

 

おわっ!このドイツ人とのハーフはっ!!

ハーフならバファリンの半分の優しさを持てよ。

 

 

「・・・・ぴっ!」

 

「あ、反応した・・・・。」

 

 

さて、悠長にしている蔵人をそのままに一歩下がる。

 

 

「・・・『はーい、それではスリーサイズの測定を行いまーす』。」

 

 

喜色満面、このあとどうなるか解っていて爆破スイッチを押す圭。信綱もしっかり半歩引いてやがる。仕方ないので、小夜音にだけは手招きしてこっちへ呼んでおこう。

 

 

「い・・・・・。」

 

「・・・・お?」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!!おかーちゃんの莫迦あぁぁぁぁぁぁ・・・・っ!!!」

 

「へぶがぁっ!!」

 

 

りっちゃんは奇声を上げると、蔵人をダンプカーが闘牛のごとく跳ね飛ばし、見事なドップラー効果と共に走って教室を出て行ってしまった。

 

 

「・・・・遺伝的な素養があるとは言え、『おかーちゃんの莫迦』はないだろう・・・りっちゃん。」

 

 

跳ね飛ばされて床へ叩きつけられた蔵人をシャーペンで突付いてみる。

おっ、ちゃんと反応がある。ちゃんと生存しているらしいな。

 

 

「・・・・助け起こそうと思わないのかよ・・・。」

 

「おおぅっ、意識もあったのか・・・・。」

 

 

一先ず、片手で引っ張り起こす。

目立った外傷もなさそうだし、打たれ強いな。頑丈過ぎるぜ。

 

 

「六花さん・・・・一体どうしたんでしょう。」

 

「・・・・・小夜音、その発言はマジか?」

 

「え・・・っ?」

 

この様子だと、さっきの叫びを聞いても本当に理解していないらしい。

大物の余裕だよな・・・・色んな意味で。

 

 

「・・・・どうやら六花ちゃんは、自分の胸にかなり強い劣等感(コンプレックス)があるみたいだねぇ。」

 

「はー・・・・奇声をあげて逃げるほど身体計測が嫌なのか、りっちゃん・・・・。」

 

「もはや、劣等感というレベルじゃなくて、トラウマだな・・・あれは。」

 

「しかし、六花ちゃんはまだまだ男性心理を理解していないね・・・洗濯板でペッタンコが大好きな男だって大勢いるのに・・・・・。」

 

「・・・・・圭、それを洗濯板でペッタンコでもない、むしろ豊満なお前が言うとりっちゃん飛び降りるぞ?」

 

 

圭も圭で、男装しているから解りづらいが中々のスタイルの持ち主。

そう思うぐらいなら、ちっとぐらい別けてやっても罰は当たらんだろう。

 

 

「嫌だなぁ・・・・麒麟は僕をそういうやらしー目で見てたのかい・・・。」

 

「・・・・そうだな。夜になるとお宅訪問するかもしれないけど、その時は快く出迎えた上で歓迎してもらえると嬉しいね。」

 

「ふふっ・・・・考えておくよ。」

 

 

我ながら、快く出迎えと歓迎は同じ意味なんじゃなかろうかと思ったりもしている。

 

 

「しかし・・・そろそろホームルームが始まると思うんだが・・・・何処に行っちまったのやら。」

 

 

 

き〜んこ〜んか〜んこ〜ん♪

 

 

 

どれだけ施設がアレでも、変化のないチャイムの音が流れる。ホームルームが始まってしまったらしい。

 

 

「ホームルームを始めるぞ。」

 

 

蔵人が言った途端、観影さんが狙ったかのようなタイミングで入ってきた。

 

 

「ところで今。凄い勢いで勸興寺と擦れ違ったが・・・・どうしたんだ、彼女は。何処に行った?」

 

「蔵人と小夜音と圭がセクハラしたので、夕陽に向かって走って行きました。」

 

「「「えっ・・・!?」」」

 

「・・・・私は割りと真面目に聞いたつもりだが・・・。」

 

「ええ、俺もわりと真面目に答えたつもりですけど?」

 

「・・・・・それは問題だな。」

 

 

主任の立場からか、それとも一女性としての立場からか、厳しい顔でどうするか考えている。

 

 

「ま・・まってください先生。どうやら誤解されているようですが、私たちはセクハラなどという破廉恥な行為はしていません。」

 

「そ、そうだ・・・っていうか、麒麟っ!勝手に変なこと言うな・・・・っ!」

 

 

世の中言った者が勝ちだ。

 

 

「ま、りっちゃんにも色々あるんだろうさ・・・・とりあえず、さっさとホームルームを済ませちまおうぜ?」

 

「・・・・?事の真相がどういうことなのか、今一つ解らないが、上泉の言うとおりだな。とりあえずホームルームを始めるか。」

 

 

うーむ・・・・アバウトティーチャーだな。本職でもないから仕方ないのだろうが。

この場合は勝手に逃走を図った、りっちゃんが悪いんだろうけど。

 

 

「最初に連絡だ。私のプロジェクトに参加している生徒・・・・上泉、丸目、靜峯、月瀬、勸興寺は、今日の放課後4時半から、医科棟で軽い身体計測を行うので忘れずに来るように。月瀬、すまないが勸興寺に伝えておいてくれるか。」

 

「承知しました。」

 

「あとはお約束、夏休み前の期末考査だ。各教科の範囲と日程表は職員室前に掲示するので各自確認しておくように。」

 

 

何っ!?期末考査だとっ!?

 

 

「先生、私や蔵人さん達はこの学校に来たばかりですが、やはり試験の対象なのですか?」

 

「ま、実力を見る意味もあるからな。大人しく試験を受けろ・・・・多少成績が悪くても負けてやるからな。」

 

 

厳しい・・・・蔵人なんて再びげんなりした状態になっている。小夜音は別に試験を受けるなら構わないと結構余裕だ。

 

 

「では、今日の伝達事項は以上だ。さっき出て行った勸興寺以外はいない生徒は居ないようなので、今日のホームルームはこれで終了する。」

 

 

観影さんは挨拶を済ませると、そのまま教室を出て行ってしまう。

りっちゃんのこともう忘れているあたり、相当忙しいんだろうな・・・・生徒同士のことは生徒でフォローしろってことだな。

 

 

「観影先生は行ってしまいましたけれど・・・良かったのかしら、六花さんのことを話さないで。」

 

「良くはないだろうが・・・過ぎたことだ。観影さんにフォローを期待するのもな・・・・。」

 

 

成熟した肢体の持ち主である観影さんにどう慰めろと?

任せたら任せたで事態は悪化に向かうと思うんだが・・・・まぁ、フォローが必要なのは・・・確かだが。

 

 

「確かにそうですけれど・・・それにしても、六花さんは何処へ行ってしまったのかしら。身体計測のこと、伝えなくてはいけませんのに。」

 

「さあな、その内戻ってくるだろう・・・。」

 

「・・・・私、捜してみますわ。」

 

「あ、ああ・・・・。」

 

 

呼び止めるまもなく、小夜音は行ってしまった。ミイラ取りがミイラになる可能性を考えていないところは、小夜音も抜けている。

 

 

「・・・・なかなか、あれで義理堅い性格をしてるんだな。小夜音って・・・。」

 

「・・・何、蔵人。女の子はお前が思っている以上に繊細だってことさ。」

 

「・・・・解らん・・・俺には全然解らねえ・・・・。」

 

「小夜音は小夜音で、自分に与えられた連絡役をきっちり果たすつもりなんだろう・・・それだけ与えられた役目については確実に果たそうという、プライドの表出でもあるんだろうが。」

 

 

計算高いと言えば、そこまでだが計算だろうと何だろうと結果として人のためになることは、評価してやるべきだろう。

 

 

「気になるんなら、追いかけてみたらどうなんだ、蔵人。」

 

「なんでいきなりそう言う話になるんだ・・・・・でも、考えてみたらりっちゃんを一人で放っておくわけにもいかないよな・・・・。」

 

「おや、蔵人も意外に几帳面だね。」

 

「・・・・りっちゃんも新東雲に来たばっかりだし、今は俺達ぐらいしか知り合いもいないだろう。」

 

「なるほどね、蔵人も一応は思いやってあげてるわけか。」

 

 

・・・・・・感心、感心。

 

 

「良い男だな。」

 

「ああ、良い男だね・・・・じゃあ、蔵人、僕も付き合おうか。」

 

「圭・・・・・。」

 

「多分、朴念仁君が一人で行くよりは多少の役に立つと思うんだけどね・・・・どうかな。それに、原因の一端は僕にもあるわけだし。」

 

 

一端どころか・・・・大半はお前が占めてるって・・・。

 

 

「あはは、違いない・・・・んじゃ、行くか。」

 

「ああ。」

 

「・・・・・圭、蔵人を押し倒すなよっ!」

 

「余計なお世話だっ!」

 

 

良い反応だ、蔵人。

 

二人は連れ立って行ってしまった。

授業はドロップアウトになるが、後でノートでも見せてやりますか。

 

 

「なんだ、麒麟・・・お前は行かなくて良いのか?」

 

「そういうお前こそ、どうなんだ信綱・・・・?」

 

「なーに、若い者の悩みは、若いもの同士で・・・ってな。」

 

「5000歳の爺様の出る幕はないってことか・・・・俺も似たようなもんかな。」

 

 

高校生に混じっちゃいるが、これでも酒とタバコをやれる年になっている。

この年頃の1,2歳ってのは莫迦みたいにデカイだからな。

 

 

「りっちゃんは・・・・・優しすぎる。お前の言葉じゃないが、兵法者って言うには似つかわしくないほどに・・な。」

 

「なんだ・・・お前も気付いてたのかよっ。」

 

 

言葉こそ意外そうにしているが、その表情は見透かすような老成したものをしている。

 

 

「おそらく、りっちゃんはそもそも剣術を始めた理由が俺や、お前・・・月瀬とは違う。蔵人はあの通りの性格だしな・・・。」

 

「・・・・剣術は使えても、その心構えは兵法者とは違う。」

 

 

剣術は究極的に相手を殺傷せしめることを目的とした技術だ。

飯篠家直は、『兵法とは平和の法』として技術だけではなく、心身鍛錬による完全な人間を目指した。

 

確かに、江戸期に入り剣禅一致が持て囃されたのも確かだ。

 

だが、それでもなお剣術とは用いるからには相手を殺すことが求められる。

そこには、殺される覚悟と殺す覚悟が厳しく求められている。

 

 

「殺されることも怖いだろうが・・・・。」

 

「・・・それよりも怖いのは、親しく会話し、笑ったり、怒ったりできる俺達を、りっちゃんは斬らなくてはならない。勿論、ただで斬られてやるつもりはないが、勝負なんてやってみないことには判らないからな。」

 

「そして・・・・斬った後、死なない俺達はまた顔を合わせる。妙なもんだぜ・・・・殺した相手が目の前にいるんだからな・・・・だからこそ、りっちゃんみたいな子は辛い。殺してしまったことの罪悪感を覚えちまう・・・。」

 

「りっちゃんは・・・逃げたあとで、きっとそのことに気付いたんだろうな。」

 

 

本来、生物は同族を殺すことに非常に強い嫌悪感を覚える。たとえ、自分が殺されることになっても相手を殺さない例など珍しくもない。

 

 

「仕方ない。これはりっちゃんが、自分で解決しなきゃならんことだ・・・・。俺達ができるのは、待ってやるだけだな。」

 

「おうおう、格好良いね、お兄さんっ・・・・ま、こういう時は俺達よりも蔵人や月瀬のほうが適任だろうな。」

 

「・・・違いない。」

 

 

お互い、見合わせて喉の奥を鳴らして笑う。

 

そう、俺達は適任じゃない。俺達とりっちゃん達とでは、ある一点において隔絶した差があるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから、りっちゃんは見事に復帰を果たし、自習やら何やらあった。

 

食堂で何やら面白い展開もあったが・・・・・気付けば放課後だ。

何気に授業のグレードも高いので、聞く分には面白い。

 

 

 

「起立、礼!」

 

 

おきまりの挨拶で、本日は学校から解放される。

校舎は研究施設の一部なので、清掃についても業者に委託しているから放課後の掃除はない。

 

 

「おっと、うちのプロジェクトに参加している連中は、忘れずに身体計測に来るようにな。」

 

 

観影さんもそれだけ言うと、出て行った。

 

 

「あ〜あ・・・いいな、小夜音さんは88のDもあって・・・。」

 

「六花・・・胸が大きければ良いという問題ではありませんわ。要は調和の問題です。」

 

「そうだな。それに好きな男が実は小さな胸が好きだったら、成長させることはできても退化させることはできないんだ。」

 

「・・・・麒麟さん・・・あの、私はそういうことが言いたいのではなく・・・・。」

 

「でも、胸も大きくて腰も細い小夜音さんに言われても説得力な〜い・・・・。」

 

 

確かに、説得力ない・・・・のか?

小夜音も小夜音で、あのプロポーションを維持するためにそれなりの努力は払ってるだろうし。

 

 

「そうは言われてましても、プロポーションは変えられませんもの。もう・・あまり聞き分けがないとお店の場所、教えませんわよ?」

 

「わっ、ごめんなさい・・・・教えて下さい小夜音さま〜ん☆」

 

 

この二人、偉く格調高い学生食堂のドリンクサービスの話から良い茶葉の店へ行くことにしているらしい。

新東雲にあるわけもなく、台場まで行く必要があるらしいが、小夜音お勧めの店らしい。

 

身体計測があるからと、場所を説明するために二人はくつろげる学生食堂へ行く。

 

 

「・・・あ、蔵人さん、私、小夜音さんと帰るね〜!」

 

「おう・・・・・。」

 

「それではご機嫌よう、蔵人さん。」

 

 

別に蔵人から許可を得る必要もなかろうが・・・・。

 

 

「ははっ、本当に蔵人は六花ちゃんのお兄さんみたいだね・・・。」

 

「そんなもんかね・・・ああ、そういや、りっちゃんから兄貴みたいだって言われたな・・・。」

 

「ま、蔵人は適度にお兄さんっぽいよね。適度に甘く、適度に厳しいって感じだ。」

 

「俺には妹なんて居たことないからどういう風なのかピンと来ないね。」

 

「何、難しいもんでもない。お前がりっちゃんに抱いている感情そのまんまだって・・・。」

 

 

弟妹というのは、とかく手の掛かるものだがそれだけに可愛さも一入だ。

りっちゃんみたいな子なら妹に手ごろだろう。変な言い方だが。

 

 

「さてと・・・・この後はどうする?」

 

「昨日に引き続いて、台場まで案内してもらおうと思ったが・・・・身体計測があるから微妙だな。」

 

 

何分、田舎者だから右も左も解らんから初回ぐらい案内人が欲しいところなんだが。

 

 

「何時からだっけ?」

 

「4時半だ。」

 

「そりゃ・・・微妙だね。」

 

「『帯に短し襷に流し』ってな・・・・仕方ないから、部屋の整理もでつけておくさ。どうせ、蔵人も終わってないんだろう?」

 

「まーな・・・・俺も部屋の片付けにするか。」

 

「なんだ・・・・つまらないな・・・じゃ、僕も部屋に帰って田村麻呂のご機嫌でも取ってようかな?」

 

 

何度聞いても、偉そうな名前だよな。征夷大将軍だし。

せめて、頼朝とか、尊氏とか、吉宗ぐらいにしておけばいいのに。

 

 

「そうか、じゃあ帰ろうぜ。」

 

 

信綱の言葉を合図に、人のまばらないなっていた教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、身体計測って言ってもな・・・・・精密検査ならまだ判るんだろうが。」

 

「・・・・国の研究機関だからな。手続きさえ確実に踏めば、俺達の病歴なんぞ丸裸にできるから、今更調べ上げる必要もないんだろう。」

 

 

それはそれでプライバシーの侵害なんだろうが、世界の命運の前に一個人のプライバシーなど何ほどのものでもないんだろう。

 

 

「・・・・丸目、上泉。」

 

 

曲がり角で、ちょうど観影さんに出くわした。

・・・・どーでも良くないんだが、俺の名前は読んでもらえないのは何か含むところがあるのか?

 

 

「今朝の話だが、実は続きがある。」

 

「続きって・・・・やっぱり、身体計測だけじゃないと?」

 

「そういうわけではないんだが・・・・教室では少々不穏当な話でな。」

 

「計測の時にな、お前達の得物を持ってくるようにとな・・・・どうだ?不穏当だろう?」

 

「確かに・・・・・。」

 

 

一般生徒の前で言う話ではない。日本はその点、厳しいからな。

それに、得物を持って来いということは、今日から早速実験を開始するってことでいいんだろう。

 

 

「月瀬や勸興寺にも知らせてある・・・・忘れないように名。それと上泉、ちょっと付き合ってくれ。」

 

「え、俺かよ・・・・これから遊びに行くつもりだったんだけどな。」

 

「・・・・どうせ4時半には検査だろう・・・良いから来てくれ。」

 

「妙齢の女性からの誘いだ。男ならしっかりと引き受けて来い。」

 

「・・・・靜峯・・・何か勘違いしていないか?」

 

「いえいえ、滅相もありません。いいじゃないですか、生徒と教師の心温まる交流と思ってますから・・・・なっ、蔵人。」

 

「・・・俺に振るな、俺に。」

 

 

観影さんの不審そうな眼・・・うむうむ。女性に睨まれるのもまた一興ってところだな。

 

 

「・・・・んじゃ、またな、蔵人、麒麟。」

 

「ああ。」

 

「お元気でーっ」

 

 

手向けにハンカチでも振っておいてやる。

 

観影さんの後ろに信綱は渋々ついていくが、あれはあれで面白い取り合わせだ。

 

 

「さて・・・とりあえず突っ立っていても仕方ないから、帰るか。」

 

「そうだな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階段の前で白衣と冬芽に出くわしたのだが、二人はすっかり仲良くなっている。

これも冬芽の人徳というか、天然気質のなせる業なのだろうが、白衣もそれを受け止めてやれる器があるからこその、調和の取れた関係だ。

 

蔵人はまだ白衣と黒衣の違いが判らないらしいが、それはまだ修行不足だ。

 

薔薇の世話をしに行くから一緒に行かないかと誘われ、俺は行くことにしたが、蔵人は黒衣が苦手らしく遠慮して一人で帰ってしまった。

 

 

 

 

冬芽は、ハーブから抽出した虫除けを霧吹きで吹きかけに急いで行ってしまった。

よほど楽しみなのか、返事も元気良く、足取りも軽そうだ。

 

 

「・・・そうか、ジョゼフィーヌは白衣だったわけか。」

 

「じょぜ・・・ふぃーぬ・・?」

 

 

俺が雅語のように用いた名前の意味が解らないらしい。

 

 

「ああ・・・・ナポレオンは知っているよな?」

 

「あ・・・はい・・。」

 

白衣が相手なら、酒の名前じゃない、とか余計な突っ込みはいらないだろう。

 

「そのナポレオンの妃の名前がジョゼフィーヌなんだ。彼女は熱心な薔薇愛好家で、夫の敵国とも薔薇の蒐集や情報交換で接触していたと言われているぐらいでな・・・・薔薇の人工授粉と育種に成功したデュポンのパトロンもしていたから、彼女のバラ園はとても美しいものだったそうだ。」

 

「へぇ・・・・そう、なんですか・・・・・。」

 

「だから、これだけの薔薇の花壇を世話している白衣の例えに使っただけだ。」

 

「えと・・・・私・・・あの・・・。」

 

「照れるな・・・世話を自分で買って出たことは、俺みたいな人間からは評価されてしかるべきだ。」

 

 

照れて、照れて、照れまくっている白衣の頭を撫でてやる。あ、いかん・・・無意識にやってしまった。

更に照れて、照れ上がってしまった白衣に別の話を振らないと。

 

 

「・・・・この薔薇は夏咲きみたいだが、やっぱり品種改良を受けてるのか?」

 

「あ、はい・・・・研究者さんが品種改良したそうで・・・・冬に咲けば実験は・・・成功、だそうです。」

 

「そうだな・・・『ラ・フランス』でも冬は咲かないから、これで冬に咲けば本当の四季咲きだな。花弁の赤も『クリムゾン・キング』に近いし・・・中々大したもんだ。」

 

「薔薇・・・・詳しい・・・・んですね。」

 

 

世話をしながら、白衣は意外そうにしている。

ま、確かに男が薔薇について詳しいっていうのも日本では珍しいが、外国では逆に男の方が薔薇園芸を趣味にすることが多いぐらいだ。

 

 

「京都に、詳しい知り合いがいてな・・・・何度か説明を受けたことがある。」

 

「・・・・そう、なんですか・・・。」

 

 

白衣は園芸鋏と霧吹きを器用に使い分けながら、一輪、一本ずつ丹念に手入れをしていく。その様子は本当に楽しそうで、表情も普段のオドオドしたものと違って生き生きとして見える。

 

見ているこっちが癒されるな。

 

 

「!・・・・・殺気っ!」

 

 

「どぅおりぃゃあぁぁーーーーっ!!」

 

「ふん・・・・未熟っ!」

 

 

黒衣が全体重を乗せた、見事な飛び蹴りを仕掛けてくるが、予備動作で気配を察知されるあたり、まだまだな。

 

蹴り足と左脇を掴んで、慣性を利用してからその場でくるくると回してやる。

 

 

「こっ、こらぁぁーーーーっ!何すんのよーーーーっ!」

 

「なーに、少し眼を回せば大人しくなるだろう、と思ってな・・・・。」

 

 

20回転もさせたとろで、地面に降ろすと案の定三半規管に異常を来たして、黒衣はまっすぐ立つこともできなくなっている。

 

 

「・・・あ・・あぅっ・・・き・・き、気持ち悪い〜〜っ。」

 

「天罰覿面・・・・・いきなり攻撃を仕掛けるのは危ないから、今後は慎むようにな。」

 

「あ・・・あんたが・・お姉ちゃんに・・・近づかなけりゃ・・・なんの・・・問題もないのよ・・・うっ・・・。」

 

 

ふらふら〜で、くるくる〜の状態のくせにそこまで言い切るのは良い根性をしている。

ただ、迫力はまるでないが・・・・いや、元々ないんだが。

 

 

「黒衣ちゃんっ・・・もう、駄目だよっ・・・・・。」

 

「ああ、そうそう・・・・あんた、ちょっと来てっ!」

 

 

まだ少しふらついているが、黒衣は腰に手を当てたまま顎で俺について来るよう示す。

 

 

「何かあるのか?」

 

「いいからっ!」

 

 

 

 

黒衣は中庭までもくもくと歩いてくると、俺の後ろを覗いて誰も尾ついてきてないことを確認する。

・・・・そこまでする必要、あるのか?

 

 

 

「・・・・で、何の話だ?」

 

「あんたが朝押し付けた、あの子の話よ。」

 

「冬芽のこと?」

 

 

はて、白衣の様子からは別段問題があったように思えなかったが。

 

 

「ど、どうして言わなかったのよっ!あ、あの子・・・目が、見えないんじゃないのよっ・・・・」

 

「どうして・・・と言われてもな・・・。」

 

「ちゃんと知ってれば、そんなことわざわざ聞かなくて良かったのにっ・・・そうしたら・・・・あんなこと、聞いたりなんか・・・・。」

 

 

黒衣は我慢しているが、どうも泣きそうになっている。その感情がどこから発露しているのか、解ってしまう。

この子なりに、冬芽に対して目が見えないことを聞いたのが悪いことをしたことになっていて、それについての八つ当たりらしい。

 

俺について・・・というか、姉である白衣が絡むと少し周りを見る余裕がなくなるが、黒衣もちゃんと人の機微を考えてやれる思いやりはあるんだな。

 

 

「・・・まぁ、そのことで黒衣が苦しい思いをしたのなら、悪かったな。」

 

「え・・・っ・・・・・。」

 

 

俺が素直に謝ったのが、そんなに不思議だったのか。

黒衣はバツが悪そうに揺らいでいた視線を俺へ向ける。

 

 

「・・・素直に話せば良かった面もあるだろうが・・・正直、あの時に俺の話をちゃんと聞けたか?」

 

「う・・・っ。」

 

 

多少なりとも自覚があるのなら良し。

 

 

「ただな、無理に引き止めて話すのも妙だし、意地悪で教えなかったわけでもなく、理由はちゃんとある。」

 

「理由・・・・?」

 

「ああ。俺が教えれば、お前はそれで理解するだろう。それだけの心根が、お前にはあるからだ・・・・だが、それで冬芽のほうはどうなる?」

 

「どうっ・・・って、何が・・・?」

 

「・・・・俺の家は、特殊な事情があって遺伝的な原因で先天的に失明している場合がある・・・だから、俺の母親も、末の妹も目が見えない。だから、冬芽が盲しいていることにもすぐに気付いた。けれども、冬芽の説明を聞かなければ、どんな状態で目が見えないか解らない。」

 

 

一般に盲目と言うが、それには個人差がある

目が見えない代わりに聴覚が鋭敏な人もいるし、逆に他の五感も弱いため介添えが必要な人もいる。

 

 

「・・・俺が最初に会ったときのように、冬芽はきちんと自分の言葉で自分のことを伝えなくてはいけないし、そうしてこれまでの人生を生きてきたはずだ。自分のハンディキャップを話すことは・・・辛いことだ・・・それさえなければ友達になれる人間だっていただろう。それを承知した上で自分のハンディキャップを話し、冬芽は向かい合っている。」

 

 

話す側にしても決して誇るべきことではなく、聞く側もどうしても身構えてしまう。

 

 

「・・・・そうして向かい合って、自分のハンディキャップを理解してもらわなくてはならないんだ。残念だが、理解してもらえない人とは友達になれないだろう。でも、それは冬芽が誰かと―――今回なら、白衣とお前の友達になるための通過儀礼だ。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「もし・・・・お前が理解してやれないのなら、それそれで良い。仕方のないことだ。冬芽は、ハンディキャップを持っている自分と無理に友達になってもらおうとするような子じゃない。それは、ハンディキャップの威を借りた・・・ただの押し付けだ。」

 

 

俺は冬芽がここに来るまでどんな生活をしていたのかは知らない。

ただ、刀伎直の家にいたのならばそれは巫女としての生活を送りながら、義務教育を受けていたのだろう。

 

畢竟、人と交わらずにはいられない。その中で、ああも真っ直ぐに育ったということは、冬芽がハンディキャップと向き合ってきたのだろう。時には辛いことを経験しながら、そうしたスタンスを自ら気付いていったに違いない。

 

 

「別に・・・・あの子と一緒にいるのが嫌なわけじゃないわよ・・・・。」

 

「それなら良い。―――俺の配慮が足りなかったせいで、お前が気まずい思いをしたのなら、それは俺が悪い。だから、友達になれるのなら・・・・そうしてやってくれ。」

 

 

黒衣は、受け止めてやれたが皆が皆そうできるわけでもない。特に同じ年齢なら尚更だ。

 

 

「・・・あ、あんたに言われなくてもそうするよわ・・・お姉ちゃんもあの子のこと、好きみたいだし。」

 

「ははっ・・なんだ、お姉ちゃんを取られて寂しいのか?」

 

「だっ、誰が寂しいのよっ!!」

 

 

一転して吠え立てる黒衣の頭をくしゃくしゃっと撫でてから部屋へ戻ることにする。

 

 

「こ、こらっ!」

 

「冬芽と白衣には、部屋に戻ると伝えておいてくれ・・・・。」

 

 

まだ何か言おうとする黒衣を置いて、中庭を抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

「みんな集まったか?ご苦労。」

 

 

夕方の集合時間。医科棟・・・その一室にある、診察室で検査は始まった。

 

 

「今日は軽い身体計測と基本データを集めた上で、システムへの個体登録(レジストレーション)を行う。」

 

「なんと言うか・・・・あまり人間扱いされてる感じのしない単語だな。」

 

「5000歳の爺は人間ではないとしても・・・その点は同感だが、ある意味俺らの立場を如実に表す場面だな。」

 

「・・・・反論できねえ・・・・・。」

 

 

信綱・・・・日頃の行いがまた返ってきた典型だな。

 

 

「人数が少ない男子から始めるとしようか・・・・とりあえず上半身を脱いでこっちに来てくれ。」

 

「ちょっ・・・観影さん、ここでか?」

 

「なんだ?・・・見られると困るものでもあるのか、丸目。」

 

 

衆人環視かつ、脱ぐのを見るのはうら若き女性陣なんだがな。

 

 

「誰もパンツまで脱げとは言っていない・・・・それともなにか、男子の上半身には見られて困るものでもついているのか?」

 

「・・・・まぁ、見られて困るというか、見たら困るものはある。あまり見目麗しくない肉体なもんでね。」

 

「見たら死ぬようなものでもないなら、つべこべ言わずに脱いでくれ・・・時間は決して無限ではないんだ。」

 

 

科学者らしいお言葉なことで・・・これは反論は最初から受け付けないらしい。

諦めて脱ぐか・・・・・まぁ、別に死ぬようなものでもないし。

 

 

何やら蔵人の上半身の裸体に注目が集まっている。

 

 

「ほうほう・・・・良い肉のつき方をしているが、バランス調整の余地ありだな、蔵人。」

 

「・・・・りっちゃんの、スレ過ぎた発言よりいいが・・そういうお前は・・・っ!?」

 

『っ!?』

 

 

その場の全員が、俺の上半身を見て絶句している。

あ〜・・・・無理もないよな・・・今時。

 

 

「・・・・刀傷だな・・・しかも、かなりの業物と達人が合わさった見事な切り口だ。おまけに、何でやれば傷が残るか判らないようなやつまであるし・・・ひょっとすると、そいつは銃創か?」

 

「ん?・・ああ、そうだな。」

 

 

俺の上半身・・・に限らないが、全身は生々しい傷が縦横無尽に走っている。袈裟懸けの刀傷は何度も切られているので、異常なほどに組織が盛り上がってキメラの継ぎ接ぎ状態だ。

 

 

「一体・・・どんな修行してんだよ・・・・。」

 

「どんな・・・・って、普通のだが?」

 

「・・・フツーは、そんな風にならないと思いますけど・・・蔵人さんだって、傷はありますけどそこまでは・・・。」

 

「・・・いや、それ絶対フツーじゃないってば・・・・。」

 

 

りっちゃんと黒衣に突っ込まれた。

 

確かに、比較すると解かり易いが、結局は主観の問題だ。

誰もが一様に、異様な者を見るような目で俺の上半身へ釘付けになっている。例外が一名いるが・・・・。

 

 

「そこまで追い込むたぁ・・・こいつは、修羅の境地で遣り合えるかもな・・・・楽しみじゃねえか。」

 

「・・・・言うと思ったが・・・・見事に期待に応えてくれてありがとう・・・信綱。」

 

「いえいえ、どういたしまして・・・。」

 

 

その飢えた狼の目付きで見られると、別の危険を感じるんでぜひ辞めて欲しいんだが。

 

 

「・・・脱いだのは俺だから、見るな、とは言わないが、そうまじまじと見るのは何かの羞恥プレイなのか?」

 

 

「あ・・・あの・・そ、その・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

 

白衣と疋田の反応もそれで面白いものがあるんだが・・・・視線を逸らすっていう選択肢はないわけな・・・。

 

 

「・・・それでは、靜峯から来てくれ。」

 

「はい、はいっと・・・・。」

 

 

カーテン越しに観影さんに呼ばれたので、上着を抱えて向こう側へ行く。

 

 

「・・・・・すまないことをしたな・・・。」

 

「別にいいよ・・・真夏の糞暑い時期に長袖を着てまで隠そうとしてるのは確かだが・・・そう嫌ってるものでもない。それに、観影さんは観影さんの役割を全うしようとしているだけからな。」

 

「・・・・そうか。」

 

 

慣れた手つきで聴診器を当てているが、その内心はどうなのか。・・・・つーか、専門は量子力学のはずなのに、医師の真似事までできるのか、と場違いなことを半分思ってるんだが。

 

 

「・・・・病歴には何も書いてなかったが・・・。」

 

「それは当然。・・・・今時、刀傷を負った患者が来れば病院が警察に通報するって。」

 

「道理だな・・・・はい、息を大きく吸って、止めて。」

 

 

健康診断と何ら変わらないチェックを終えると、観影さんは最後に妙な機械を持ってきた。

 

 

「これを両手で持って・・・・そうね、何か昂奮することを考えて。」

 

「は・・・っ?」

 

 

昂奮って・・・・・。

 

 

「これも検査の一環なら吝かでもないが・・・・・。」

 

「何か昂奮することを考えなさい・・・・性的なものとかどうかしら?」

 

「・・・・非常に分かり易い例示をありがとう・・・でも、その必要はありませんって・・・。」

 

 

意識的に頭の中にスイッチを作って、ONにする。

神経が急激に研ぎ澄まされ、意識がこれまで以上に明瞭な形を伴う。カーテン越しの雑談どころか、外の会話の一字一句まで聞こえるほどに五感が高まり、僅かな流れも察知する。

 

 

「・・・・・大したものだな・・・・意識的に脳内物質の分泌を制御できるのか。」

 

「うちの流派の奥伝の印可を得た者は、大体できるよ・・・・これで終わりですかね?」

 

「ああ。次は丸目を呼んできてくれ。」

 

「了解。」

 

 

上着を着てから、カーテンを抜ける。

 

 

「ほら、蔵人・・・観影さんの艶っぽいお誘いだぞ。」

 

「・・・艶っぽい・・・ねぇ・・・。」

 

 

一々真に受けて、考えているあたり蔵人って損な性分してるよな。

 

ま、そんな蔵人の検査はそれでかなり面白いもんだが。

 

 

「蔵人・・・・・お前にムッツリ大王の称号をやる。これで、ガッツリ大王の信綱と正式なコンビ結成だ・・・。」

 

「ま、男なんて所詮性欲の塊だからなあ。」

 

「ぐっ・・・・覗いてたのかよ・・・・。」

 

 

いや、別に覗かなくてもお前の切羽詰った怪しい発言を聞けば、大体の想像はつくって。りっちゃんと信綱は嬉々として覗いてたけどな。

 

 

「もう、蔵人さんのエッチ・・・それ位のこと、言ってくれればわたしがぁ〜〜・・・。」

 

「りっちゃんも覗いてたのか・・・ちょっとは女としての恥じらいを持て、頼むから・・・・。」

 

 

恥じらい云々はさておいて・・・りっちゃんがねぇ・・・・。

 

 

「・・・・・・・・。」

 

「・・・・・・・・。」

 

 

俺と信綱の視線がりっちゃんの一部に向かう。

 

 

「む・・っ!?」

 

 

―――サッ

 

―――ギロリッ

 

 

俺達の視線を察知したりっちゃんが、睨みを利かせてくる。間一髪、視線は外したが疑惑の眼光が外れてくれない・・・。

 

 

「・・・そこの二人・・・今ものすごーく、失礼な目で私を見てませんでした?」

 

「滅相もない・・・・なぁ、信綱?」

 

「俺達がそんな失礼な目でりっちゃんを見るわけがないだろう。」

 

 

・・・何で棒読みなんだ?

 

 

「・・・それなら良いんですけど・・・・なんか納得いかないなぁ〜。」

 

 

本当は失礼な目で見てたからなんて・・・口が裂けても言えないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男子が終われば、次は当然女子の番なわけだが。

 

 

「次は女子だな・・・・下着姿になって一人ずつだ。」

 

 

おおっ、流石は蔵人に軽い色仕掛けをかけるだけあって、俺達のときとリアクションが変わらない。つまり、俺達の前で脱げと仰るわけだ。

 

 

「ちょっ・・せ、先生!殿方がいらっしゃる前で裸になんてなれませんわ!」

 

「・・・・・そ、そうですよぉ〜〜・・・。」

 

「・・・りっちゃんがそれを言うのか?」

 

 

さっきから言ってくれれば蔵人にやってやると言ったのはどこの誰だったか・・・・・。

 

 

「なんだ仕方ないな・・・では、男子は外で待っていてくれ。」

 

「なんだよ観影センセ、俺達は衆人環視の中でストリップだったてーのに。」

 

「昨今はフェミニストが喜ばれる社会だそうだ・・・まあ、諦めるんだな。早く廊下に出ろ。」

 

 

 

 

 

と言うわけで、

 

 

「・・・・・追い出されたな。」

 

「・・・・追い出されたな。」

 

 

蔵人と信綱は同じことをわざわざ言い合っている。

 

 

「しっかし・・・納得がいかんな。男女同権だろうが。」

 

「いや、この場合は『両方見られない権利』であって、『お互いを覗き見る権利』じゃないような気がする。」

 

 

あ、なんか蔵人が珍しく賢そうなことを言ってやがる。

 

 

「ちっちっちっ・・・格好つけたらいかんよ蔵人君。こういう時に取るべき手段は一つしかない・・・解かるよな?」

 

「ま、まあ・・・何となく解るが言ってみろ、信綱。」

 

 

会話の雲行きが怪しい。巻き込まれない内に離れておくか。

 

 

「ハムラビ法典に拠って曰く、『目には目を、歯には歯を、弁慶の泣き所には弁慶の泣き所を』!」

 

「それ、最後のヤツ微妙に違う。」

 

 

同害復讐法を捻じ曲げてやがる。

ちなみにハムラビ法典における法の下の平等の概念は現在と違うので、特権階級は同害を金銭で代替することができるのだ。

 

 

「やかましい・・・・いいか、見られた者には見る権利が発生する。これはもう宇宙の真理と言っても過言じゃない。」

 

「つまり、覗きたいんだな。」

 

「・・・・有体に言えば。」

 

「有体もへったくれも、そのままじゃねーか。」

 

「黙れ!産まれ出でたリビドーはあてどもなく出口を求め彷徨うものだ・・そして、それを鬱積させては若者の本能を鈍らせることになる。持て余してはいかんのだ。」

 

 

そう言えば10数年前に、「レイプするほど元気があってよろしい」とか言って吊るし上げられた政治家がいたらしいが・・・・今の信綱と被っている。

 

ふむ・・・もう一歩ぐらい退いておくか。

 

 

「ワケわかんねーよ・・・。」

 

「ということで蔵人、お前の心に正直に問うぞ・・・覗きたいだろう?」

 

「そ、そんなわけないだろう・・俺は・・・・。」

 

 

@     覗く

A     覗く

B     覗く

 

 

という選択肢のように見えて実は択一の蔵人ルーチンが見えた。

流石は観影さんで妄想した挙句、口走ったムッツリ大王。本能は自分に忠実だ。

 

 

「見ろ。いかに取り繕うおうと、お前の本心は呆れるほど正直だ。」

 

「・・・・なんだか、そう言われると、確かに覗きたいような気がしてきた・・・・。」

 

 

丸目蔵人・・・苗字の通りに丸め込まれてどうする・・・・。

 

 

「だろう?それでは征くぞ!我が同士!」

 

「よし・・・やってやろうじゃねーか!」

 

 

好きにしろ・・・俺が巻き込まれないなら気にすることもないしな。

気炎を上げつつ、足音は忍ばせて二人は俺を置いて行ってしまった・・・・・南無。

 

 

二人がその後どうなったかについては、黙秘するが、エロ根性とは別のところに火を灯したとだけ言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、これより個体登録を行う。各自指定された鏡の前に立ってくれ。」

 

 

検査も終わり、準備も終了した。観影さんは研究棟内の管制室から俺達をモニターしている。

 

 

「・・・・面倒なことになったな・・・・。」

 

 

昨日も思った疑問。八人いるのに、鏡は六枚しかない。では、溢れた二人はどうなるのか?

俺のこの質問に対して返ってきた返答はあんまりなものだった。

 

黒衣と白衣は二人で一枚使うらしいので、溢れるのは一人。実は、溢れた一人は俺だった。

 

話に拠れば、協力者を検討してある程度打診して今のメンバーに固まりかけた頃、新東雲の上位機関――観影さんは直接言わなかったが内閣府――から横槍が入って、急遽二人の人間に協力を要請するようになったらしい。

 

 

一人が八岐徹。

もう一人が、靜峯麒麟・・・つまり、俺だった。

 

 

横槍の理由は解らないまま、精神昂揚力だけは認められたので取り敢えず打診し、徹は断り、俺は引き受けた・・・・だから、結果として俺一人分の鏡はそもそもなかったのだ。

 

観影さんとしては、取り合えず、先行メンバーである六人・・・七人か・・・を先に個体登録して、俺はあとで一人寂しくやるらしい。

 

 

 

手持ち無沙汰なので、『偏倚立方体』の捩れた支柱に凭れ掛かって、他のヤツが天を見ているので俺も見上げる。

 

夏らしい星がきらめいているが、緊張感に包まれた場のせいか漆黒がやけに強く感じられる。

 

 

「それでは、個体登録を行う。各自、自身の携行武器を確認せよ。」

 

「・・・何か、指示を聞くたびに空しくなるな・・・。」

 

「まずは心を落ち着かせろ。そして手に持った武器へ意識を集中させろ。」

 

 

各自、指示に従っているようで武器と鏡面がぶつかって音をたてる。

 

 

「それでは仮想世界への回路を開く―――目を閉じ、私の声に耳を傾けろ。暗闇が君達を護ってくれる。」

 

「『統治者』システムを起動させる。今君達は数多の平行する世界が服らう天地へと、その身体で生きたまま導かれる。」

 

 

観影さんの言葉と共に地下からはくぐもった低音が響き始めている。

そうか・・・魔方陣・・いや魔方陣の魔術的要素が表面にある上で、その起動を補助するための『統治者』システムは地下部分にあるわけだ・・・。

 

 

「忘れるな―――君たちの力が世界を変えるのだ。死を畏れず、また闘いを恐れるな・・・勝ち取るのは未来、そして希望!」

 

 

観影さんの声の調子が上がっていく・・・・でもな、観影さん。俺は思うんだが・・・・・。

 

 

「・・・・・没入!」

 

 

集められた俺達は・・・本当にこの世界を変えたいと願っているのか?

 

 

半ば“予期”していたことだが・・・何かの強い重力で捩れた支柱へ引き付けられたと感じたあと、俺の五感も、魂も霧散した。

 

 

 

 

俺・・・という“観測者”が視覚と認識したものは、波――波動だ。幾重にも、それはパレットで混沌する油絵の具の混じりあいのような色彩が波動と渦を着色している。

 

 

誰のものとも、何ともつかないイメージが波動にのって俺へ叩きつけてくる。

 

 

「・・・っと・・・眉唾であったが・・・どうやら生きてるらしいな・・・っ?」

 

 

霧散し、量子化していた俺という存在が再び定量化されて、靜峯麒麟という状態を構築する。

 

 

まさか、まさかの展開。『統治者』システムとやらは鏡面部分と思っていたが、支柱も含むとはね。

説明になかったことを見ると、観影さんたちにも予定外の事態なんだろうが。

 

 

「これが仮想世界・・・か・・・・。」

 

 

仮想と名のつくだけあって、とても現実には有り得ない・・・『落日』でありながら、『曙光』の伸びる世界に、天頂では星が輝き、鏡のような一面の石床が渾然一体となった三つの時間帯を映している。

 

仮想世界に本来、定格はない。これは俺の心象風景が量子を決定した結果―――つまり、俺の内面だ。

 

 

「・・・・んー・・ここまで複雑な内面はしてないつもりなんだが・・・?」

 

「・・・・・そう?」

 

「・・・・そうなんだよ。」

 

 

何となくだが、誰かに見られている気配はしていたので、声をかけられても抜き打ちで斬ってしまうことはなかったが・・・・・危ない、危ない。

 

 

「こんにちは。」

 

「ああ・・こんにちは。」

 

 

振り返れば、ボッティチェリの『ヴィーナス誕生』のように少ない布地を纏っただけの美しい女性が、優しい微笑みを湛えてこちらを見ていた。

 

 

「お客さんとは珍しいね・・・・それに急に八人も。」

 

「それは失礼した・・・・俺は多分にイレギュラーだから、余計に迷惑をかけたと思うが。その口ぶりだと他の連中も無事きているようだが、意識のズレのせいか見当たらないな。」

 

「ええ・・・別の世界で、別の私と話しをしている。」

 

 

そう、これが『エヴェレットの多世界解釈』の世界。量子力学的には、実証例だが、データとして数値化できないので残念ながら証明にならないが。

 

 

「あなた・・・お名前は?」

 

「・・・名乗るのは構わないが、そちらの名前を先に教えてもらえると嬉しい。」

 

「名前・・・私の、なまえ・・・・ごめんなさい、あなたに聞いておいて悪いのだけれど・・・自分の名前、忘れてしまったの。」

 

 

忘れた・・・・か。“無い”わけじゃないんだな。

 

 

「名前は・・・確かにあったんだな?」

 

「ええ・・・もう、随分と長いことここに居るから。誰とも話さないと、言葉も記憶も、朧気になってしまうものなのね。」

 

 

量子化されると・・・・人間は自己を観測し続けることができない・・・・。

なら・・・・そう言う彼女はもしかして・・・。

 

いかん・・・・それは俺の考えることじゃないか・・・・。

それに自分の名前すら思い出せないことに居た堪れなくなっている彼女を放っておくわけにもいかない。

 

 

「―――神祇御留流靜峯家第58代宗主、靜峯麒麟と申します。」

 

「名前を教えてくれて、ありがとう・・・・麒麟君だね、ありがとう。」

 

 

二度も礼を言われると、気恥ずかしいな。

 

「ここで・・・この世界で、何をしているか、聞いてもいいか?」

 

「私はここで、“世界”を見ているの。」

 

「世界?」

 

「そう。始まりはもう忘れてしまったけれど、それが今、私がしなくちゃいけないことで、したいことなの。」

 

「それは・・・・とても羨ましいことだ。」

 

 

自分の意思と、義務が一致することは人間にとって幸福なことだ。

数多いる人間のなかで本当にそれを実現できるのはほんの一握りしかいない。

 

でも、失言だ。そんなものも俺の主観に過ぎない。

 

 

「そうなんだ・・・でも、そうかもしれないね。ね、麒麟君。」

 

 

この年で君づけされるのは、それで恥ずかしいな。

 

 

「なんだ?」

 

「あなたが背負っている物は何?」

 

「ああ、これは太刀だ。」

 

「・・・・た・・・ち?」

 

「そうだ。俺を象徴する物で、俺自身で・・・・人殺しの道具だ。」

 

 

他に説明しようはいくらでもあっただろう。人殺しの道具なんていう不穏な言葉を使わなくても。

俺も観影さんたちに当てられているのかね・・・・。

 

 

「みせてもらってもいい・・・?」

 

「ああ、抜き身に触らないようにな。」

 

 

鞘から抜いて、柄を彼女へ差し出す。

 

 

「ぬき、み・・・?」

 

「刃の部分だ、軽く触れただけで切れる。折角綺麗な指をしているからな。」

 

「きれい・・・だね・・・・。」

 

「いや・・・日本刀は、もっと綺麗だ。」

 

 

俺のは太刀であって、日本刀ではない。

 

俺の太刀には日本刀特有の美しさなんてない。美しさという虚飾を全て剥いだ、兵器としての性能のみを追求した太刀。こいつに美は必要なく、ただただ道具としての実用性があれば良い。

 

 

「・・・・どうして私ここに呼ばれたのか、解った気がする。」

 

 

魂魄が篭る物を見るかのように、優しい瞳が注がれる。

 

 

「これはきっと・・・貴方の心そのものなのね。他よりも美しくなくて、ただの道具として扱われて、人を傷つけることしかできないけれど・・・・他の誰もが嫌うその役割を望んで受けようとしている。」

 

「・・・随分と買い被られたもんだな・・俺は、そんなに立派なものじゃないさ・・・。」

 

「ふふっ・・・・でも、それなら・・。」

 

 

彼女はゆっくりと刀身を撫でてから、次の瞬間抜き身を包み込むように抱えた。

 

 

「・・・・・・。」

 

 

そんなことをすれば、斬れてしまうことが解っているのに俺は止めることができなかった。呆けたように眺めるだけで、その動作に心奪われた。

 

彼女の体に刃が入り込んだ瞬間、その隙間から強い光があふれ出した。

 

 

「・・・・俺の太刀は?」

 

「今は・・・私と共に・・・。」

 

 

そう言って、彼女は自分の胸へ手を当てる。

 

 

 

「私は貴方がどんな気持ちでこの刃を使うのか知りたい・・・だから、私が貴方の刃になる。」

 

「どういうことか解らないが・・・言葉どおり受け取るなら・・・俺の気持ちを知れば辛い思いをするが?」

 

「構いません・・・それが私の望みであります。この刃が必要になったとき、私の名前を喚んでください。何時如何なるときでも、刃は貴方の下に帰るでしょう。」

 

「名前って・・・・自我・・いや、自分の名前は忘れたんじゃないのか?」

 

「あは・・・そう言えば、そうでした。」

 

 

しっかりしてくれよ、おい。

脱力させられたが、彼女の照れ笑いは魅力的で、まあいいかという気分にさせられてしまう。

 

 

「では、私のことはソフィアーと呼んでください・・・どうやらそう呼ばれるようになるようですから。」

 

ソフィアー(知恵の霊体)・・・・?」

 

 

まさか、『オグアドス』なのか?じゃあ、個体登録っていうのは・・・・そういう意味なのか?

 

 

「そろそろ時間です・・・忘れないでください。刃は貴方自身の心であることを。」

 

「時間って・・・向こうでシステムの接続を切るのか・・・・っ!?」

 

 

その瞬間、ここへ来るときと同じように身体から魂を剥ぎ取られるような感覚が俺を襲った。

そして、意識が強制的に暗闇へ呑み込まれて中断させられる。

 

 

次の瞬間、俺の身体は仮想世界へ引きずり込まれる前と同じように、捩れた支柱へ凭れ掛かっていた。

 

 

「戻ってきた・・か。」

 

 

仮想世界。全ての可能性を内包した量子の世界から。

これが家で経験したことなら良く出来た夢幻のことと一笑するところなんだが。

 

 

「お前達みんな、所持していた武器はどうした?」

 

 

紐帯で背に佩いていた太刀がなくなっている。どうやら、本当にソフィアーが預かったままらしい。

 

 

「みんな、武器が消えたのは一緒か・・・・。」

 

「・・・・・そのようですわね。」

 

「・・・・・ってことは、みんな彼女に逢ったのか?」

 

 

蔵人の問いかけにみんな無言で頷く。

観影さんは要領がつかめないので困惑顔だ。

 

 

「彼女・・・・だと?」

 

「多分、俺達は全員同じ女性に逢った・・・そして、みんな得物を預けた。」

 

「何者だ・・・いや、そもそもそんな者がいるはずが・・・・。」

 

「ソフィアーと名乗っていましたわ・・・・。」

 

「・・・・いるはずだろう、観影さん。俺達以前に適性のあった被験者が。」

 

「なっ・・・・!?そんな、そんな筈は・・・・・っ!?」

 

 

名前を聞いた瞬間、観影さんが今まで以上に声を荒げ、次いで俺の言葉で顔面蒼白になる。

 

 

「・・・・靜峯の言うとおり、それは事故で死亡した研究員のコードネームだ。」

 

「・・・じゃあ、あの人は幽霊?」

 

「死亡したと言っても、肉体は生きている―――いや、何と言っていいか解らない。肉体は呼吸も脈拍もない。」

 

「それは・・・やっぱり、死んでいるっていうことじゃ・・・・。」

 

 

りっちゃの言うとおり、それは医学的見地から見ても「死亡」と呼ぶ。

 

 

「だが、違う・・・脈拍も呼吸もないのに、その身体には死体特有の経時変化も見られないし、腐敗する気配もない。それでは死んでいるとは言えない。」

 

「そんな・・・こと、有り得ない筈です。」

 

「いや、有り得る。」

 

 

そう呟いて俺に視線が集まる。

 

 

「俺達の使っている『デミウルゴス』は量子を―――つまり、可能性を固定する能力を持っている。だから、『呼吸も脈拍もないが死んでいない状態』という純粋物理学上ありえない、『有体に言えば時間が止まった状態』で固定されている。」

 

「・・・・時間が止まった状態・・・・って、んなっ莫迦なっ!?」

 

「・・・いや、靜峯の言っていることは私たちの仮説とも一致する。今のところ否定する材料がないんだ。」

 

 

みんな信じられないというような顔をしているが、それが量子力学が古典力学と決定的に異なる点だ。

 

 

「まあ、そんなことはどうでも良い・・・問題は君達の武器だ。どうして消えた?」

 

「名前を呼ぶと戻ってくると言ってたよな・・・・。」

 

「名前を?」

 

「・・・そう言われた。」

 

 

蔵人自身も今一つ信じていないような顔をしている。

 

 

「しかし、さっき月瀬が呼んだときは武器は還って来なかったよな。」

 

「ソフィアーさんは、必要だと思った時に呼んでって・・・そう言ってましたね。」

 

「小夜音、太刀欲しいって頭の中で考えながら、もう一度名前を呼んでみたらどうだ?」

 

「・・・・ど、どうして私ですの?」

 

「・・い、一番、サマになりそうだから。」

 

 

確かに・・・・漫画やアニメじゃあるまいし、恥ずかしいよな。

その点、非日常が日常に出現したような小夜音なら全く問題ないというか、むしろピッタリだ。

 

 

「はあ・・・・まあ、構いませんが。」

 

 

小夜音、少しは蔵人のたくらみに気付けよ。

 

 

「ソフィアー!私に太刀を!」

 

 

小夜音が呼びかけた瞬間、彼女の手の中に太刀は収まっていた。

 

 

「驚きました・・・こんなことができるなんて・・・。」

 

「すごいな・・・量子固定能力がここまで及ぶとは・・・。」

 

 

観影さんは科学者として、目の前で研究が実証される光景にやや呆然としながら携帯電話を取り出す。

 

観測結果か可能な限りデータを取り出さなくてはならないらしく、LISAUの名前が飛び出したり今後の観測条件を調整するよう、矢継ぎ早に指示を飛ばしている。

 

 

「どうやら・・・ソフィアーは自分の意思でかなり正確に『デミウルゴス』を使用することができる、と見て良いのか、観影さん?」

 

「ああ・・・システムと一体化していると言うべきなのだろうな。」

 

「それじゃ、ソフィアーさんにお願いして世界を変えてもらえば、私たちは助かるんじゃありませんか?」

 

 

それはおそらく、無理だろう。システムと一体化したということは・・・・。

 

 

「確かにな。だが、これだけでは判断できない・・・・何故、彼女は君達から剣を預かったのか?世界を変えられるのなら、何故自ら世界を改変しない?そもそも彼女に人としての感情が残っているのか・・・解らないことだらけだ。」

 

「なるほど・・・・確かにそうですわね。」

 

「いずれにせよ、今夜はここまでだ。後で各自に話を聞くこともあるかもしれないが、今夜のところは帰ってもらって構わない。みんな、ご苦労だった。」

 

「よっし・・じゃ、帰るか。」

 

「・・・・そうだな。」

 

 

信綱の言葉に蔵人が同意し、言葉少なに中庭から去った。

 

 

みんな去って、特に疋田がいなくなったのを確認してから観影さんに声をかける。

 

 

「観影さん。」

 

「なんだ靜峯・・・まだいたのか?」

 

「ええ・・・聞きたいことがあって。」

 

「なんだ、藪から棒に。」

 

 

観影さんは俺のことを怪訝な目で見る。これから予想外の事態を含めてやることが山積しているだろうから、手短にすませるつもりだ。

 

 

「『デミウルゴス』システムの理論は、観影さんではなく、疋田・マーシュの両博士の理論なんだよな?」

 

「あ、ああ・・・そうだが・・・?」

 

「あ、いえ・・別に揶揄するつもりはないんだが・・・・そうか。・・・・随分と悪趣味なことを。」

 

「何を・・・言って・・・いる?」

 

「・・・・気にしないでくれ。過去にこだわるのは、今のところ意味がないからな。」

 

 

何か言いかけた観影さんを、そのまま置いて俺はみんな追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然だが、信綱を一発しばいた。

 

 

「ぐはっ!―――何すんだよっ!?」

 

「いや、『エッチっ、変態っ、色情魔っ、強姦魔』って聞こえたもんだから来てみれば、本当に黒衣を襲っていたので、とりあえず一発しばいておいた。」

 

「うわっ〜、麒麟さんすっごい冷静に言ってますよー・・・・。」

 

「・・・まぁ、だが冷静に考えて正しい判断な気がする・・・・。」

 

 

外野の賛同、ありがとう・・・・つーか、お前らも助けてやれよ。

 

 

「・・・・すごいですわね、信綱さんに不意打ちとは言え、一撃を入れるなんて・・・。」

 

 

小夜音・・・・論点そこじゃないからな。

 

 

「ま、どうせ黒衣が信綱に蹴り入れようとして返り討ちにあったんだろうが・・・・放ってはおけんでね。」

 

「うっ・・・・・・。」

 

 

図星だな。というか、解り易すぎ。

 

 

「誰も助けてくれって言ってないでしょう?」

 

「おお、善意の押し売りだからな。・・・・それに、信綱も本気でやるほど落ちぶれないだろうしな・・・多分。」

 

「・・・なんで最後だけ自信なさげなのよ・・・・。」

 

 

ちらっとは、本当にやりそうな気もするからだ。

 

 

「いや〜、言われたい放題ですね〜・・・強姦魔のお兄さん・・・・。」

 

「誰がってのっ・・・ったく、俺が本当にやるわけねーだろう・・・。」

 

「・・・やらなかったのか?」

 

「うぉっ、疋田まで!?」

 

 

なんつーか、本当に日頃の行いが出てるよな。憐れ上泉信綱・・・これを機に日頃の悪行を戒めるが良かろう・・・なんてな。

 

 

「さて、厄介ごとも済んだみたいだし・・・・そろそろご飯食べにいきましょうか?お腹減っちゃいました?」

 

 

むしろ、君が満腹のときがあるとは思えないんだが、りっちゃん。





アリスマチックとのクロス〜。
美姫 「オリジナルのキャラたちが暴れるわよ〜」
勿論、蔵人たちだって。一体、どんな展開が待ってるのかな。
美姫 「とっても読み応えのある話だったわね」
次回がとっても楽しみだ。
美姫 「嬉しい事に、なんと連続投稿!」
おお! すぐに続きが読めるぞ〜。
美姫 「それじゃあ、また後ほど!」



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