――――【フォトンランサー】

 

 

 

 

指向性を持った雷が巨大なリスを打ち据える。

電撃の爆ぜる甲高い音が連続した直後、巨大なリスは痙攣を起こしながら倒れ、動かなくなった。

 

 

 

(なのは!)

 

 

フェレットのユーノが念話を飛ばすが、直撃を受けたなのはは気絶していて返事がない。

咄嗟に受け止めるための結界魔法を発動させて、地面への激突を回避する。

 

 

 

その間に【フォトンランサー】を放った黒で纏められたバリアジャケットの金髪の少女は、時折ビクビクと痙攣を繰り返すリスの傍に降り立ち、手鞠ほどの大きさの石らしきものを拾う。

そして、何事かを呟いてから立ち上がる。

 

 

「ジュエルシードシリアル17封印完了」

 

 

機械的にそう言うと、金髪の少女は一度ちらりとなのはを見てから飛び上がると飛行魔法を発動させる。

 

 

「・・・・?」

 

 

少女の頬に水滴が落ちる。

頭上に広がるこれまでかという曇天から雨粒が垂れ落ち始めていた。

見る見る内に雨足は強まり、家に帰り着くまで本格的に降り始めないようにと期待していた少女を少し落胆させる。

 

 

雨が顔に当たらないように俯き加減になる少女。

たれ落ちた前髪は目元を隠すが、何かに耐えるように噛み締められた口元だけは隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

ユーノは飛び去っていく少女のことを気に留めることもできず、気絶したなのはを細心の注意を払いながら木陰に下ろす。

 

 

(どうしよう・・・・)

 

 

一撃で意識を刈り取られたなのはがすぐに意識を取り戻すとは思えない。

しかし、雨足は強くなる一方で木陰も気休め程度にしかならないため、なのはは雨ざらし同然になっている。いくら魔導士でも雨に濡れれば風邪だって引く。このままだと肺炎を起こしてしまいかねない。

 

結界魔法で雨を防げないことはないが、元々回復を早めるためにフェレットの姿を取っているユーノにとって長時間結界を張り続けるは難しい。精々三十分が良いところだ。

それで雨が降り止めば良いが、空模様はそうもいかないようだ。三十分頑張って駄目だと、疲労困憊して動けない自分共々、なのはは雨ざらしになってしまう。

 

本来の人間の姿に戻ってもやはり家まで送り届ける前に、限界が来る。万一家まで辿り着いても、見ず知らずの自分が怪しまれてしまう。

 

 

二進も三進も行かなくなったユーノがオロオロしていると、不意に背中がぞわりと冷たくなった。

雨とは違う、神経から染み出すように来る本能的な恐怖からの冷たさ。

 

 

ユーノはぶるりと震えながら、恐る恐る振り返る。

 

 

「なのは!」

 

 

がさりと音がして黒一色の服装をした、なのはの兄である恭也が姿を現した。

 

恭也は気絶しているなのは近寄ると、怪我がないかを確認する。

慣れた手の動きが傍目には分からない僅かな時間だけ止まるが、すぐに動き出す。

 

目立った怪我がないことに安堵しながら、手に持っていた傘を開いてなのはに翳す。

それから何か思案そぶりを見せてから自分の上着を脱いでからなのはに羽織らせる。

 

 

「リニス、ユーノ、おいで」

 

 

長袖のシャツの前ボタンを外しながら、恭也は二匹を呼ぶ。

 

 

(え?)

 

 

一連の流れを見ているしかなかったユーノは自分の名前を呼ばれたこと以上に、もう一匹名前を呼ばれたことに驚く。ユーノの驚きをよそに、これまで気配を感じさせなかった体長が60cmほどの山猫が音もなく茂みから出てきた。

 

 

(うっ!!)

 

 

ユーノは最近になって恭也が飼い始めたこの山猫―――リニスが大の苦手だった。

というよりも、フェレットの視点からだと山猫は被捕食者と捕食者の視点になるので本能的な怯えが来る。

蛇に睨まれた蛙の気持ちが嫌というほど分かるのだ。

 

 

「ユーノ、来るんだ」

 

 

恭也の呼びかけでユーノは我に返る。

 

恭也は上着を着せて濡れないようにしたなのはを背負い、リニスを半分までボタンを開いたシャツの中に入れていた。恭也が何をしようとしているのかようやく分かったユーノは、テトテトと走って懐へ収まる。

 

懐に入った二匹の具合と確認して、なのはをしっかり背負いなおすと傘を肩に掛けて開く恭也。

 

 

 

一人と二匹の重さなどまるでないかのようにしっかりとした足取り。

それでいて、なのはへの気遣いが見て取れる。

 

 

 

(凄い・・・人・・なんだよね・・・・)

 

 

高町家に来てから半月ほどだが、高町恭也の立ち居振る舞いは浮世離れしたところがある。

 

それ以上に、なのはに接する態度は今年二十歳になるとは思えないほど威厳と優しさに満ちている。

妹の美由希は枯れていると言うが、そのどこか超然したところにユーノは憧れてしまう。

 

もし、自分が恭也の半分でも冷静さや落ち着きがあれば、と思ってしまう。

 

 

ユーノは都合上フェレットの姿を取っているが、れっきとした人間である。

 

科学に基づいた魔法が存在する魔法文明世界の出身者で、この恭也やなのはの居る世界の人間ではない。

ユーノはその世界で遺跡発掘を生業とするスクライア一族に生まれ、自身も発掘に従事する一員。その実力を認められたユーノは初めて発掘の統括者として指揮を任せられた。

 

対象は、伝説の大魔導士―――本名は分からず『F』とだけ伝わっている―――が製作された物。

現在の技術では再現不能な、高度な魔法技術を総称した『ロストロギア』とされている『ジュエルシード』。

 

発掘された21個の『ジュエルシード』は移送の途中に突発的な事故に見舞われ、なのは達が住む海鳴へばら撒かれてしまった。移送に関わっていなかったユーノはそれでも責任を感じて単独で捜索したが、さっきの巨大なリスのように動植物と結合した状態の『ジュエルシード』により、返り討ちにあってしまった。

 

それから偶然助けてくれたなのはに捜索と回収を手伝ってもらいながら、返り討ちにあった時に負った傷と魔力不足を癒す日々を送っている。

 

 

 

倒れているなのはを見て多少は動揺したがすぐに冷静な行動を取り、最善と思える方法で連れて帰っている恭也だったら、自分のような失敗はしなかったのだろうか。

 

 

 

「ん・・・・・」

 

 

徐々に意識の覚醒が始まったなのはが身動ぎする。

 

 

「ふっ・・・・・・」

 

 

意識が戻ったことに、恭也も小さく安堵の息を漏らす。

 

 

「あ・・れ・・・?」

 

「気がついたか、なのは?」

 

「おにい・・・ちゃん?」

 

「ああ」

 

「私・・・・どう、して・・・?」

 

 

まだ霞が掛かった意識で記憶を辿る。最後の映像は金髪の少女の黒いマントが翻り、首筋に衝撃が走ったこと。その映像と、今感じている兄の背中が中々結びつかない。

 

 

「森林公園の奥の茂みで倒れていたんだ・・・・何をしていたのか知らないが、意識がないときには驚いたぞ」

 

「あ!?」

 

 

ようやく自分が気絶させられたことに気付いたなのはは服を確認する。

魔力で構築されたバリアジャケットではなく、聖祥の制服に戻っていることに安堵する。

 

 

「ごめんなさい・・・・」

 

「・・・反省しているなら良いが。あまり危ないことはするな」

 

「はい・・・・」

 

 

なのはは猛烈な自己嫌悪に襲われた。

恭也が何をしていたのかを深く追及しないことに安心した。

心配しても声を荒げず、それでいて窘めてくれている兄の心を無視した。

 

 

「・・・・でも、お兄ちゃんもどうしてあそこに?」

 

 

嫌悪感を誤魔化すように、尋ねる。

 

 

「リニスと散歩中だったんだが、リニスが突然茂みに走って行ってな。追いかけたらなのはが倒れていた。おそらく、なのはのことに気付いたんだろう」

 

「そうなんだ・・・ありがとう、リニス」

 

 

礼を言われると、リニスは恭也の肩から覗き込んでくるなのはに頷くような仕草を見せた。

 

 

元々、動物や子供に好かれる恭也だが生き物を飼ったことは一度もない。その恭也が両親に頼んで飼うことになったリニスは、まるで生まれてからの付き合いのように通じ合っている。

とても賢いらしく、人の言葉を解するような仕草をよくする。無礼なことを言った美由希は手痛い仕返しを受けた被害者の一人である。

 

 

 

 

背中にぎゅっと掴まり、久しぶりの温もりと感触を堪能しているとあっという間に家についてしまった。

 

 

「吐き気や眩暈はあるか?気分が悪い、胸や胃がムカムカするか?」

 

「うん、大丈夫だよ・・・・」

 

 

玄関で降ろされたなのは―――リニスとユーノも降ろされた―――に恭也は問診する。首筋の痣から脳にダメージがないか心配だったが、杞憂らしい。できれば精密検査も受けさせたいところだが、冷えた体を温めてやるほうが先決だと判断する。

 

 

「おや、恭也になのはちゃん・・・・どうしたんだい?」

 

 

玄関の戸を開けて美沙斗が入ってきた。

傘を持たずに外出したせいか、雨に濡れている。如何な御神の剣士でも無数に降り注ぐ雨粒を避けることはできない。

 

 

「森林公園で木から落ちたらしくて、雨の中気絶していたんです。偶然通りかかったので連れて帰ってきたんですが・・・・」

 

「怪我は大丈夫なのかい?」

 

「ええ。万が一のことがあるので、脳の精密検査を受けさせたいところですけど」

 

「ふふっ・・・そうだね」

 

 

美沙斗は小さく笑う。恭也の過保護さを好ましく思って。

叔母と甥だけあって、美沙斗の笑みは恭也のそれと良く似ている。

時々、美由希よりも親子なのではと思ってしまうほどに。

 

 

「そうだ。良かったら私と一緒にお風呂に入らないかい、なのはちゃん」

 

「へっ!?」

 

「・・・そうですね。そのほうが良いですね」

 

「ええっ!?」

 

 

何だか自分が賛否を唱える前に話が進んでいる。だが、軽いパニックのなのはは割り込むきっかけを掴めない。

 

 

「なのはも今年で九歳ですから、兄とは言え男の俺が一緒に入るのは拙いでしょうから」

 

「ふふっ、なのはちゃんの方はあまり気にしていないかもしれないが―――そういうことなら任されたよ」

 

「?――――お願いします」

 

「あうあうあう・・・・・・・」

 

「・・・・もしかして、なのはちゃんは私と一緒に入るのが嫌かな?嫌なら無理にとは言わないが・・・・」

 

 

オットセイのような声を上げていたなのはに、美沙斗は否定の意味を感じて落ち込み加減の声で問いかける。それはもう、罪悪をこの上なく感じてしまうような声。

 

 

「あああ、あの、その、そういうわけじゃなくて・・・はにゃ〜」

 

「「・・・・・」」

 

 

兄と叔母。

二対の視線。

 

 

「・・・・お願いします」

 

 

耐え切れずなのはは折れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美沙斗とお風呂に入って温まったなのはは、何と無く縁側で涼む美沙斗の横に座っていた。

 

恭也も二人が上がった後に入り、リニスとユーノを洗い、今は店の都合で遅くなる桃子と士郎に代わって夕食の支度をしている。ちなみに手伝おうとした美由希は超デコピンを食らった挙句に料理の腕を散々に扱き下ろされたダメージから立ち直れず、居間の隅っこで「の」の字を書いている。

 

美由希の横では、隅々まで洗われてしまったユーノが同じくズーンと縦線を背負って落ち込んでいる。

リニスは椅子の上で丸くなりながら、恭也の手際をじっと見ている。

 

 

 

座っていても身長差から美沙斗を見上げる形のなのはは一年前に初めて会った叔母をぼーっと見ていた。

 

 

美沙斗は高町家の複雑な家族構成の見本。

父・士郎、母・桃子、兄・恭也、姉・美由希、叔母・美沙斗。もう一人姉的存在であるフィアッセもいる。

 

なのはにとって母である桃子と血が繋がっているのは、実はなのはだけである。

士郎と桃子の娘がなのは。

士郎と桃子と出会う前の相手の息子が恭也。

そして、美由希は士郎と桃子ではなく、叔母である美沙斗の子供。

 

士郎と恭也は昔の苦労話―――同じ話でも士郎は美味しい目に、恭也は辛い目にあっている―――はよくしてくれるが、本当に辛い過去については一切話さない。

 

 

美沙斗についても事情があって、今まで一緒に暮らせなかったとだけしかなのはは教えてもらっていない。

 

 

今日までその説明にあまり疑問を持たなかった。

 

 

 

「びっくり・・・させたかな?」

 

「・・・・え?」

 

「私の体は、傷だらけだからね」

 

「あ・・・・・・!」

 

 

美沙斗が仕方ないよと柔らかく笑む。

 

お風呂に入ったときに見た美沙斗の体は傷がないところを探すのが難しいほど、傷だらけだった。

士郎は引退の原因となった全身火傷の痕がある。けれど、美沙斗はそれとは違う、恭也と同じ切創ばかりではなく、銃創もある。なのはにその違いは解からないが。

 

士郎や恭也で見慣れていても驚いてしまったなのはに、美沙斗は少しだけ寂しそうな表情を見せた。

 

 

その時の表情が、自分を打ち倒した金髪の少女と重なった気がした。

 

 

ふわりと美由希が育てているガーデニングの花の香気が漂ってくる。

 

 

「・・・・何か、話したいことがあるなら話してみると良いよ」

 

「・・・・・」

 

「話してみるとね、それがどんな形でも少しは前に進めるから。私なんかじゃ、少し役者不足かもしれないけれど」

 

 

そんなことはない、と言うまでもなく美沙斗は待っている。

 

 

「・・・よく似た人に会ったんです」

 

「私に?」

 

なのはは頷く。

 

「その・・・顔とかじゃなくて、雰囲気が。お風呂に入る前に、私が驚いちゃったときの表情が特に似てて・・・・」

 

「それは・・・・・」

 

 

―――とても辛いことだろう

 

事の次第は分からない。大小は関係なく、ただ辛いだろう。

自分が過ちを、それも大きな過ちを犯していると知っているから。

 

一族を根絶やしにされた理不尽を贖わせるために、幸福を求める第三者へ新たな理不尽を押し付ける。

美沙斗にとって拭い難い過去。薬物と疲労に蝕まれた体、殺人の狂気に潰された心に今も刻まれている。

 

 

上手く言葉をまとめられないなのはに、美沙斗は恭也を真似て頭を撫でる。

 

 

「その人はきっとね、とても苦しいと思うよ」

 

「苦しい・・・?」

 

「うん。何をしているのかは分からないけれど、それが悪いことだと分かっているんだ」

 

「えと・・・でも、悪いことなら・・・・」

 

「しなければ良いんだよ・・・それで本当に幸福になる人なんて誰も居ないのに。けれど、それをせずにはいられないんだ。失ってしまうかもしれない、支えが無くなってしまうかもしれない。そんな恐怖ともいえない強迫観念に負けてね」

 

 

話す美沙斗の横顔がなのはの脳裏に焼きついた金髪の少女と再び重なる。

 

何故なんだろう。

年齢も容姿もまるで違うのに。

 

美沙斗の使う言葉はなのはには少し難しいが、その横顔が何より雄弁に物語ってくれている。

どれほど辛くて、間違っていると知っても止められないことなんだと。

 

美沙斗お姉さん――叔母さんと呼ぶのが凄く躊躇われるので――はどうしてそうなったの?

 

きっと聞いてはいけないことなのだと直感的に分かった。だから、代わりの言葉を選ぶ。

 

 

「・・・その人を助けるためには、どうしたら良いと思いますか?」

 

「助ける・・・・か」

 

 

それは恭也に聞いたほうが良いと思うのだが。

 

 

「難しいね、とても」

 

「無理・・・ですか?」

 

「無理ではないよ。ただ、私はその人のことをよく知らないからはっきりしたことは言えないんだ」

 

「そうですか・・・・・」

 

 

シオシオと目に見えて意気消沈するなのは。

美沙斗は気の毒だとは思うが、不確かなことを言うことはできない。それに自分の経験から具体的なアドバイスをしても良いが、あまり具体的過ぎるのも考えものかもしれない。

 

特に、最近のなのはの不審な行動を鑑みるに話の人物も悪戯程度ではなくかなり深刻な問題な気がする。

 

 

(嗚呼、こういう時に桃子さんならどうするんだろう)

 

 

母親の経験が絶望的に少ない美沙斗は途方に暮れるしかない。

もっとライトに考えて良いのに、真剣に考えすぎてしまうのが良くも悪くも御神美沙斗だった。

当のなのは、鬼気迫るほど真剣に考えているので引き気味。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

――――コトコトコトコト

 

 

和贔屓の恭也が、なのはのためにシチューを煮込む音だけが黄昏時の高町家に音をもたらす。

 

 

「なのはちゃん」

 

 

ゆっくりとまだ考えるように美沙斗は重々しく口を開いた。

 

 

「もし、その人を助けたいならどんなに絶望的で辛くても諦めちゃ駄目だよ」

 

「諦め・・ない?」

 

「そう、絶対に諦めたら駄目なんだ。どれほど可能性が小さくなりそうでも絶対に。言葉が拙くても、頭が悪くても、力が弱くても、何よりもまず大事なのは意思だから」

 

 

人と人が解かり合うのはとても難しい。

身を以って美沙斗は経験した。全ての事象を解かっていても、人は理解を拒んでしまえる。

 

拒絶は人の心を傷つけ、動けなくしてしまう。理性よりも人の行動を束縛するのは恐怖と羞恥、快楽だからだ。要因が根源的であるからこそ、人は動けなくなってしまう。

助けようとして手を振り払われる。拒絶に他ならないその行為にも諦めてはならない。拒絶によって傷つけられた心にも耐えて。

 

それが“助ける”という行為。

“助ける”という行為は一方的な意思だけに基づいた行為だから。

独善的と言っても良い行為に類するから。

 

 

「その覚悟が本当に必要なもの―――後は・・・その人のことを大切に思うことかな?」

 

 

美沙斗は少し首を傾げて、

 

 

「その両方が揃うことが必須条件かな・・・・」

 

 

言葉を締めくくった。

 

 

言われたなのはは、懸命に理解しようとしている。

今年で九歳になる少女には難しい命題であっても、投げ出すようなことはしない。

 

振るったのは暴力だったけど、あの子はとても寂しそうだったから。

物心ついたときには父親が入院したままで、皆忙しかったなのはは“寂しい”という感情に人一倍敏感になっていた。

 

極力、恭也がなのはを一人にしないように努力しても限界があった。その分だけ、負担はなのはへ向かう。

責めることもできない。なのはもまた恭也と違う意味で聞き分けが良すぎた。駄々をこねればあるいは違ったのかもしれないが、できないのがなのはだから。

 

 

ぐっ、と手に力を込める。

 

 

理由は解からない。

話し合いを求めても拒絶された。

 

けれども諦めたくはない。

美沙斗の言うような強い動機――――大切に思っているのか解からない。出会いからすると無いといえる。

 

 

結局のところ、放っては置けない。

 

自分は知っているから。

寂しい思いをした時に差し伸べられる手がどれだけ暖かいかを。その手のないことがどれだけ辛いのかを。

何時も必ずというわけではなかったが恭也の差し伸べてくれた手が、美由希が抱きしめてくれた温もりがどれほど心の隙間を埋めてくれたか。

 

難しい理屈は抜きにして、なのはは自分と同じ思いをしている人を放って置けない。

 

 

だから、決めた。

もう一度会って、あの子と話そうと。

会うためにはこれからもジュエルシードを探すことになる。

 

 

(ユーノ君)

 

(・・・・・・・・・・・・なに?)

 

 

少し立ち直り始めたユーノに呼びかける。

 

 

(ジュエルシード探すの、がんばろうね!)

 

(う・・・うん、がんばろう・・・・)

 

 

妙に元気でやる気を見せるなのはに、ユーノはちょっと引き気味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 









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