時空管理局本局

管理局を統べる中枢であり、「うみ」に浮かぶ大きな一つの都市船。現在判っているだけでも百数十ある次元世界を監督する管理局を運営するために日々稼動している。

 

本局の中枢の一室では武装隊の制服を着た者達が待機し、簡易ブリーフィングを受けていた。

 

「―――以上が現場からの報告であり、我々の任務は特S級のガルムを可能ならば確保。不可能と判断した場合は最優先で抹殺することだ。確保の可否については私が判断する」

 

武装七課第三分隊の隊長―――ハイメロートは空間モニターを閉じる。

歴代の第三分隊隊長に受け継がれてきた“ハイメロート”の称号を受け継いだ男は、白髪の混じりだした頭を軽く撫で付ける。

武装七課ではその任務の特殊性から本名が秘匿される。隊員もそれぞれがコードネームで呼ばれるだけであり、個人的に親しい者同士でもなければ本名を知らないことも珍しくない。

 

「隊長」

 

一人の隊員が手を挙げる。

 

「なんだ?」

「『アースラ』の任務とブッキングするが、その場合の処置や命令系統は?」

「任務はあくまでガルムが目的だ。ガルムが存在する場合の優先権は我々にあり、命令系統は独立になる。それ以外の場合は規定通りに上官であるハラオウン提督の命令に従うことになる―――だが、多少の抗命はグラオマンズから取り付けてある」

 

ハイメロートは淀みなく答え、他に質問がないと見做して締めの言葉に入る。

 

「なお、今回は武装三課も要請に応えて出動することになっている」

「はっ、あんな雑魚をガルムにか?」

 

爆笑、失笑が入り混じり騒がしくなる。ハイメロートは慣れたもので静めようともしない。

 

「そういうわけだ・・・連中は、自分達が出動すれば勝った気でいる」

「なら、教育してやりましょう」

 

その言葉にハイメロートはにやりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高町家に次の目途が立つまで一時帰宅したなのはとユーノ。

監督・脚本・演出・主演リンディ=ハラオウンによる「10%の真実と90%の優しい嘘」という、高町家の面々への経過説明から早数時間。あまりに華麗な詐術になのはは困惑したが、本当のことを言うわけにもいかない事情があるので、仕方ないと強引に自分を納得させた。

ユーノがテシテシと慰めてくれるのが何となく物寂しかった。

恭也と美沙斗はいないが、久しぶりの家族にはしゃぎ気味のなのはも風呂に入り、一息つくと瞼が重くなってきていた。明日はアリサやすずかとも久しぶりに会う。学校へ行くことはメールで送ってあるから、なのはも楽しみにしている。

 

髪も乾かし、そろそろ寝ようかというなのはをユーノがじっと見ている。家ではフェレットの姿で目立たないのでなのは気付くのが遅れた。

 

(ユーノ君?)

 

最近は随分と使い慣れた念話で呼びかけられる。

すると念話が聞こえているはずなのに少し見つめてから、顔を俯かせた。

 

(ねぇ、なのは・・・)

(なに?元気がないみたいだけど)

(ううん・・・大丈夫だけど―――ただね)

 

ユーノは言ったものかどうか迷ってから、言うことを決した。

 

(もしかして、臨海公園の戦いでガルムっていう人の顔を見たんじゃない?)

(――――ッ!?)

 

なのはは声を上げることもできずに驚いた。

念話は抑揚や調子を伝えるが、声に出さないものは分からないようになっている。それでもユーノは驚きの声を上げようとしてもできなかった、声にならない声が聞こえた。

 

(・・・いきなりどうしたの、ユーノ君)

(あの時の落雷魔法でガルムは直撃を受けて、ヘルムも壊れて弾け飛んだ。僕はそこまで見えたけど、その後は眩しかったし、なのはが前にいたから見えなかった。でも、もしかしたらなのはの位置からなら見えたんじゃないかと思うんだ)

 

――ガルムの素顔が

可能性としては高い。落雷の閃光は一瞬だったし、砲撃魔法を多用するなのはには至近距離での光量を自動調節する機能を[レイジングハート]が自律制御している。顔が見えてもおかしくない。

 

(顔が見えたならあの子達の居場所を突き止めるのに役立つだろうしさ・・・見てなかった?)

(えっと・・・どうかな?私も眩しかったし、はっきりは見えてなかったかも・・・)

 

歯切れの悪いなのはの答えに、ユーノは直感的に嘘をついていると感じた。

論理的な根拠はない。光量の自動調節機能も万能ではないだろうし、直後に転移している。直撃の衝撃で顔を背けていたかもしれない。なのはが見えてないという根拠は幾らでもある。

けれども、なのはの動揺が強く物語っている。嘘をついていると。

「見えていない」なら「見えていない」と言えばいいのに、なのはは「見えてなかったかも」と曖昧にした。嘘をつくのか、本当のことを話すのか迷っている表れのように思える。

あくまでこれは自分の推測に過ぎないと思う一方で、ユーノは確信に近いものがあった。

 

(だったらいいけど・・・管理局も追ってる人だから、顔を見ていたら助けになったかもね)

(うん・・・そうだね・・・)

 

心ここにあらずで、他に何か考えているらしい。

ユーノは心の中で謝りながら、次の話を切り出す。

 

(でもさ・・・なのはって本当に恭也さんのこと好きなんだね)

(っ!?―――お、お兄ちゃんのこと?)

 

なのははあからさまに動揺した。

 

(そうだけど・・・だって、遠目ですぐに恭也さんって分かったし、そうと分かったら一直線に走って行ったから)

(あ、うん。お兄ちゃんって、独特の雰囲気あるから遠くでも何か分かっちゃうんだよ)

(分かる、分かる・・・枯れて―――じゃなくて、老成した雰囲気あるよね。凄く格好良いからリンディさんも驚いてたみたいだし)

(え、そうなの?)

(うん)

(もう、お兄ちゃんはまたなんですか・・・)

 

何がまたなのかは良く分からないが、なのは呆れたような、怒ったような口調になる。そして、どこか安心したように。

話が逸れたからだとユーノは思うし、そうなるように仕向けた。

こんなことを、それもなのはにしている自分がユーノは嫌だった。せずに済むならぜひそうしたい。けれども、なのはのためにもしなくてはならない。

 

 

(でも、どうして恭也さんに怪我をしてるなんて言ったの?)

 

ユーノは核心を衝き、なのはの顔面が蒼白になる。

 

―――ガルム=高町恭也ではないのか?

ユーノがその考えに辿り着いたのは、その恭也となのはの会話。

誰もが呆気に取られたはず。10日間も家を空けていたなのはが、帰ってくるなり恭也に怪我はどうしたのかと詰め寄っている。それでユーノの中で一本の線で繋がった。

 

なのははガルムの顔を見ていて、それが恭也だった。

以前にも顔を見たかもしれないとは思ったが、何も言わないから見ていないと思っていた。だが、その顔が恭也だったなら話さない理由になる。リンディはガルムの犯歴を全て話さなかったが、極刑間違いなしの凶悪犯だと語っていた。つまり、正体が暴かれれば恭也が極刑に処せられてしまうから。

怪我を心配したのは、落雷魔法の直撃を受けたから。殺傷設定にこそなっていなかったが、『アースラ』を撃沈寸前まで追い詰めるほどの破壊力。防御魔法も展開せずに受ければ酷い重傷を負っているはずだ。だから、平然と動いている恭也を見て心配した。そう考えると辻褄が合う。

 

知っていて隠している。ユーノは自分の考えに確信を持ちながら、答えを聞きたかった。

顔を蒼くしたまま、手も小刻みに震えているなのはは大きく唾を呑み込んだ。

 

「え、えっとね・・・この前、夢を見たの・・・」

 

使い慣れたはずの念話も使わず声に出す。

 

(夢?)

「うん・・・昔、お兄ちゃんと喧嘩して酷いことをしちゃっときの夢」

(恭也さんとなのはが?)

 

正直言って、信じられなかった。

ちょっところではなく、かなり仲の良い兄妹である二人が喧嘩した上に傷つける。

想像することもできない。

 

「そのときの事を思い出して・・・・でね、夢の中でお兄ちゃんは大怪我したの。だから、お兄ちゃんを見たら、夢とごっちゃになっちゃって・・・」

(ふーん・・・そうなんだ)

 

白々しい。自分でもそう思いながらユーノは納得したふりをした。

これ以上、問い詰めてもきっとなのはは応えてくれないだろうから。

友人のアリサが言うように、なのはは自分の中に抱え込んでしまう。他の人を信じていないわけではない。信じて一緒に乗り越えられる人が周囲にいなかったから、抱え込んでしまうことが癖になっている。

それに、追究する材料がない。それに推測に穴があることも分かっている。同一人物としても、落雷魔法の怪我がないことに説明がつかない。幾らなんでもあらだけの落雷魔法を受けて、平然と生活できるはずがないのだ。思い返してみても、ガルムと接触している時間帯には恭也が家にいたこともある。

それらを超えて恭也がガルムであるという確信はユーノだけのもので、なのはを納得させることはできないだろう。

 

しかし、万が一に恭也がガルムであった場合、どうなるのか。

管理局の捜査はきっと高町家全体にも及ぶだろうし、なのはも同じように捜査対象となる。絆の強い家族だが、傷つけてしまうことになるだろう。そんなことになるのはユーノも嫌だし、なのはが悲しむところは見たくない。何か一緒に解決策を考えたいと思う。

一方で、ガルムが凶悪犯であることは確かだ。魔法文明に生きる者として、犯罪者の正体を知っていながら野放しにすることは良心が痛む。自分が黙っていることで、次の犠牲者が出たらどうするのか、と。

だから、なのはには話して欲しかった。一人では駄目でも二人だと解決できるかもしれないから。だけどなのは自分一人で抱え込んでしまった。それが、少し悲しくもあり、残念でもあった。

 

 

(ごめんね、ユーノ君・・・)

 

 

寝るために電気の消えた部屋で、念話でなのはがそう言ったように聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

RRMCのファンタムが夜の海鳴市を走る。

デビット=バニングスは代々御用達のメーカーから購入したこの車をとても気に入っている。

リムジンへの改造も進められたが、この車は改造が似合わないとして断固拒んでいるほどに。

同業者のパーティーに出席した帰りで少しアルコールも入り、加えて気に入っている若者が隣にいることでデビットは傍目から分かるほどに上機嫌だった。

 

「それでどうかね恭也君?」

「は?何のことですか?」

 

当たり障りのない話が途切れ、デビットと一緒に後部座席へ座る恭也は聞き返す。

食事の準備中に美由希がキッチンの近くで何かやっているような嫌な予感を感じながら。

 

「アリサのことに決まっているじゃないか」

「アリサ・・・ですか?」

 

何がどう決まっているのかさっぱり分からない。

 

「うむ・・・で、挙式はいつにする?」

「・・・・・・・・・はぁっ!?」

 

前置きも、前フリもなしの爆弾発言に恭也は声を上げ、運転手の鮫島はハンドルを揺らしてしまう。

恭也は平常心と心の中で唱え、精神修練で培った精神力で落ち着かせる。

平静を取り戻したのはいいが、デビットに対して何を言えばいいのか分からない。取り合えずは挙式について聞かなくてはならないだろう・・・あまり聞きたくないが。

 

「私もそろそろ娘のウエディングドレス姿を見たくなってな・・・」

 

聞く前にデビットは一人で話を続けている。

そろそろも何もアリサはまだ9歳。遥か先とは言わないが、まだ先のこと。急ぎすぎだ。

恭也だけあって「というか、あんた何歳だよ」などとは考えもしない。

それ以前に話の流れがまったく見えない。

 

「親の欲目もあるが、アリサは良い子だぞ?」

「え、ええ・・・確かにアリサは良い子だと思いますけど・・・」

「そうだろう、そうだろう・・・そんなアリサの結婚相手となれば、凡俗な者では勿体無い。できれば私の眼鏡に適うものをと思うが、アリサが認めた相手ならば止むを得ないとも思っている」

「そうですね。本人の意思が大事ですし・・・」

 

困惑しながらも真剣に相槌を打つ恭也だが、嫌な予感が加速度的に増していく。

キッチンにいる美由希が料理の味付けを担当しているように見えたときに似ている。

 

「そこでだ!!」

 

ずずいっ、とデビットが身を乗り出して迫ってくる。

これが剣の鋩なら大丈夫なのだが、思わず恭也は下がってしまう。

 

「私は君こそ何の問題もなく、相応しいと思うのだよ」

「な、何がでしょうか・・・?」

 

聞かないほうがいいのだろうが、どの道聞かされそうなので恭也は諦めた。

 

「アリサの相手は君しかいないと」

「・・・・・・・・・」

 

色々思うことはあるが、恭也は一つだけ確信した。

―――流石はあの愚父と意気投合するだけはあるな。

それでもデビットが酔っているだけだと判断して、聞き流すことに徹しようと決めた。

耳につけた無線からエリスと美沙斗のやり取りが聞こえてくるが、よく聞き取れない。後続車で何かあったのかとリアガラスへ目を向けるが、デビットに阻まれる。

 

「聞いているのかね、恭也君!」

「え、あ、はい・・・聞いていますよ?」

「そうならいいが・・・まぁ、法律上結婚はまだ無理だが、今は婚約で手を打とうと思うのだよ」

「こ、婚約ですか?」

 

一体どこまで話が飛躍するのか頭を抱えたくなってきた。

美由希が御神流を始めた頃の方針を決めるときよりも頭を痛めそうだ。

だが、放っておくとこのままどこまでも突っ走りそうなので、そろそろ釘を刺しておくことにする。聞き流しても、その内に言質を取られそうな勢いでもあることだし。

 

「デビットさん」

「ん?何だね、まだ私の話は・・・」

「少し話が飛躍してきましたし、それにさっきも言いましたがアリサ本人の意思もありますから・・・」

「何を言うんだね!必ずやアリサも大賛成だ!」

「ですから、それは本人に直接確認を取ってですね・・・」

「安心したまえ。確認は取ってある」

「なっ・・・」

「私が君のことを好きかと聞いたら顔を赤らめて照れてな・・・あれは間違いなく恋する乙女だ。まぁ、父親として多少悔しくはあるし、早熟な気もするが、君なら安心できるというものだ。うむうむ・・・」

 

この時、恭也の思考は分裂した。

方や冷静にデビットへ突っ込む恭也1と、方や混乱してそんな訳がないと否定する恭也2の二つに。

 

何が「うむうむ」だ。

アリサも大人をからかうものではない。

わざわざ確認まで取ってどうする。

きっと何かの気の迷いだろう。

等々、高速で頭を駆け巡る。

 

「まさか・・・うちのアリサに何か不満でもあるのかね?」

「・・・・・・」

 

だから、どうしてそうなる。ぜひそう言いたかった。

盆栽で培った精神はここでも無礼なことを言い出させない。

こうなれば外部に助力を求めてこの場を切り抜けるしかない。

鮫島を見るが、明らかに目を合わせようとしない。だが、肩がそうと分からないほど小刻みに揺れているのは笑うのを我慢しているためか。駄目だ、当てにできそうにもない。

次の候補は後続車で見張っているエリスと美沙斗。直接は無理でも、会話のサポートだけでも期待したい。

 

《キョーヤ》

 

ありがたい。イヤホンからエリスの声が聞こえてくる。

 

《私は貴方がロリコンではないと信じているわ》

 

よりにもよってそれか。嘆くこともできないのが恨めしかった。

 

 

 

 

 

山の手にあるローウェル家の邸宅に着くと、精神的に疲弊しきっていた恭也も仕事の顔に戻る。

まずは自分が降りてから警戒に当たり、後続のエリスが警戒を代わると、恭也がデビットを庇える位置に立ちながらドアを開けて促す。

20歳の恭也は刀剣の所持許可証を持っているが、今回は小太刀も小刀も持っていない。正式に社員になっていない恭也が装備しているのが発覚した場合、何かと面倒なことになるからだ。なのでほとんど丸腰。ただ、素手でも人間を軽く縊り殺せる恭也にとってさほど問題でもないが、万が一を考えると飛び道具を持つエリスが警戒に当たったほうが良いという判断があった。

車から降りたデビットは「アリサのことを任せたからな」と言っているが、恭也はもう聞いていなかった。辟易しながらも家の中に入ると、鮫島が用意を整える。

 

「お帰りなさい、パパ」

「おお、アリサか。今、将来の婿を連れて帰ったぞ!」

「婿?」

 

もう寝ているとばかり思っていたアリサが出迎えに来ると、デビットはテンションも高く余計なことを口走る。

これが護衛対象でなければ後ろからド突いて黙らせるところだが、それもできない恭也は溜息を吐く。

溜息で恭也に気付いたアリサは突然の訪問に驚くが、明晰な頭脳がデビットの言葉から分からなくていいこと―――恭也的には―――を分かってしまう。

 

「え?え?え?え?――――恭也さんが!?」

「うむ、そうだ!」

 

湯気が出そうなほど赤くなった顔を両手で頬を抑えるアリサと、大きく頷くデビット。

 

「恭也さんが婿って・・・ああ、もう・・・でも、私はまだ子供だし・・・はっ!?恭也さんってもしかしてロの付く人だったのかも・・・けれど、この際ならそれはそれでOKね。成長しても、きっと努力して真っ当な道に更正させてしまえばこちらのものよ・・・ふふっ、悪いわねなのは、すずか。勝負は私のものみたい・・・」

「その意気だぞ、アリサ!」

「「「・・・・・・」」」

 

妙なテンションになってきたローウェル親子に、恭也、美沙斗、エリスは絶句する。聞こえては拙いはずの単語も飛び出している。その中で一人だけ、動き回って仕事をしている鮫島が目立って仕方ない。

この展開にエリスと美沙斗も助け舟を出すことにした。何しろ、護衛の仕事は明日まであって、今日はこの邸宅へ泊まることになっている。このテンションに付き合ってはいられそうにもない。

だが、それも暴走しているアリサによって目論見だけで終わった。

 

「それで恭也さん!挙式はいつにしますか!?」

 

満面の笑みでもじもじしながら言うアリサに、三人は思った。

――――この二人、親子だ。

 

 

 

 

 

邸内が姦しくなっている頃、庭にある動物用の檻の中にいるアルフは混乱していた。

プレシアから逃れて力尽きそうなところをアリサに拾われ、こうして匿われる形になっていた。他の犬達も自分達の小屋に戻っているが、弱っているアルフだけが安全な檻へ入れられている。

しかし、今はそんな経過を嘆くことなど頭から吹っ飛んでいた。

 

「なんで・・・どうして、ガルムがここにいるんだ?」

 

遠目で明かりも少なかったが、車から降りてきたのは間違いなくガルム。

プレシアの【サンダーレイジO.D.J】で酷い怪我を負っているはず。いや、それ以前に今もフェイトと一緒にいてくれているはず。

訳が分からない。動けないはずのガルムが動いていて、居るはずのない場所に居る。

他人の空似にしてはあまりに似すぎている気がする。

 

(アルフ)

(念話!?)

 

呼びかけられて周囲を窺うと、檻の向こう側に一頭の山猫が居た。

それが誰なのかアルフにはすぐに判った。

 

(り、リニス!?)

(久しぶりですね・・・こんな形で再開することになるとは思いませんでした)

 

プレシアの使い魔で、フェイトにとっては魔法の先生だった山猫の使い魔・リニス。

ある日を境に契約が切れたということで消滅したはずの彼女が今も生きていることに、アルフは言葉を失う。契約の切れた使い魔は二度と戻すことはできない。それが魔法の法則なのだから。

 

(契約が切れる前に、新しい主と契約を交わしました。今の私はプレシア=テスタロッサの使い魔ではありません)

(新しい主って・・・)

 

そんな人間がいると思えない。プレシアにそこまでするような知り合いなどいないから。

けれど、リニスはそれが話の本題ではないと言い出した。

 

(私は主から言伝を受けて貴女の前に姿を現しました)

(言伝だって?まるであたしのことを知ってるみたいじゃないか)

(はい・・・いいえ。どちらとも言えません。ただ、主は貴女のことを知っています)

 

謎掛けのようなリニスの言葉にアルフは困惑する。元々難しい頭脳労働は得意でもない。

 

(主から言付かったことは、貴女にある話をすることです)

(話?・・・別にいいけど、難しい話じゃないよね?)

(簡単にできるよう努力はします。ただ、一つだけ覚悟をしてください)

 

リニスの声に緊張が帯びる。

まるでこれから悪事の陰謀を話すかのように。そして、誰かを悼むかのように

 

(な、なにさ・・・)

(本来ならこの話は誰にもすることがなかったはずでした・・・この話を聞けば、貴女は一生涯苦しむことになりますが、フェイトは今の苦しみから救われます)

(・・・いいよ。フェイトが救われるなら、あたしはきっと耐えてみせるから)

 

考えるまでもない。話を聞くだけでフェイトが救われるなら、自分が苦しむことぐらい容易い。

これまで苦しんできたフェイトを救うために背負う苦しみなら、むしろ歓迎したいところだ。

リニスもその意気込みを察した。けれども、口元を緩めて覚悟を認めるようなことはしなかった。ただ、悲しげに目を伏せてから意を決して、念話に言葉を乗せた。

 

(それでは、話しましょう。今回の件についての裏側を全て・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに登校したなのはは、すずか、アリサと一緒に鮫島の運転する車から降りた。

勝手をしていたなのはに怒っていたアリサも怒りの矛を収め、何だかんだと言いつつ授業のノートやプリントを渡すなど、すずかに素直じゃないと言われながら三人でじゃれ合った。それからアリサに家まで招待された。

今日は真っ直ぐ帰るつもりだったが、アリサから昨日怪我をした大きな犬を拾ったという話を聞いて気になった。特にその特徴を聞けば、フェイトと一緒に居たアルフが思い当たったから。

今や、フェイトに関する数少ない手掛かりにクロノ達も『アースラ』から成り行きを見守っている。

 

「ほら、この犬よ」

 

アリサが案内した先にある檻には、やはりというかアルフがいた。

アルフはじっと寝そべってなのはのことを見ていたが、やがて興味が失せたようで尻尾をぶらぶらさせながら目を瞑った。

 

「うわー、見たことない種類だけど綺麗だね」

「でしょう?・・・でも、怪我して怖かったせいかちょっと無愛想なのよ」

「ふーん・・・ね、なのはちゃんも綺麗だと思うよね?」

 

不意に話をふられて、なのはは目をパチクリさせる。

 

「え、うん・・・不思議な感じがするね」

 

全身から拒絶のオーラを出しているアルフに何とか話の取っ掛かりを作れないかと考えるが、良い考えが浮かばない。

 

「ここでこうしてても仕方ないわね・・・家に入りましょう」

「アリサちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど」

「なによ・・・変なことじゃないでしょうね?」

 

怪訝な顔をするアリサに、なのはは苦笑する。

変と言えば変なお願いなんだろう、と・

 

「私、この子ちょっとお話してみたいからここに残っていいかな?二人は先に言って良いから」

「はぁっ?いきなり何を言い出すかと思ったら・・・」

「まぁまぁ、いいじゃないアリサちゃん」

 

すずかは呆れるアリサを宥めながら耳元で囁く。

――どうせああいう時のなのはちゃんは何を言っても聞かないんだし。

そう言われればそうなのだが、と分かってはいても納得のいかないアリサだが、中には昨日から泊まっている恭也もいることだしと切り替える。

 

「それじゃあ、私とアリサちゃんは先に行ってるからなのはちゃんも早く来るんだよ?」

「うん、分かった。待っててね」

「早く来ないとなのはの分もおやつ、用意してあげないんだからね!」

「もう、アリサちゃんは心にもないことをそうやって・・・」

「な、何がよ!」

 

二人で言い合い―――どちらかと言うとアリサがやり込められている―――ながら、家の中へ入っていく。

そして、庭には放し飼いにされている犬達を除けば、なのはとユーノ、アルフだけになる。

 

(・・・そこまでして、あたしに何の用?)

(もう一度、あの子に会えないかな?)

(会ってどうするんだい?あたしだって、莫迦じゃないんだ。管理局が無罪放免で逃がしてくれるわけがない。どうせフェイトを逮捕するつもりなんだろう?)

 

なのははいきなり言葉に詰まった。

そんなことはさせないと口約束するのは簡単だが、実際にできなければ意味がない。

 

(なのは、僕だ)

(クロノ君?)

(あの子の処遇について、僕から話したいことがある)

(ほら、そうやってこそこそ監視してるじゃないか)

 

クロノが割って入ってきたことにアルフの態度が硬化する。クロノもそれは見越していた。

 

(・・・僕は管理局の執務官、クロノ=ハラオウン。今回の捜査責任者の一人だ。これから僕の言うことは記録して君に渡すが、正式なものではなくあくまでオフレコとして話す)

 

言って、USBメモリーほどのサイズのケースが転移してきた。これが音声の記録装置らしい。

 

(僕らは今回の黒幕がプレシア=テスタロッサということは察している。実行犯はあの子だろうが、僕らの方針として黒幕を逮捕したいというのが本音だ。そこで、君に情報を提供してほしい)

(何であたしがそんなことを・・・)

(見返りはある。今回の一件において、情報提供があればあの子にとって不利な要素は僕らのほうで全て抹消した上で、無罪になるように取り計らう)

(そ、そんなことしていいの?)

 

何だか刑事ドラマのノリになってきて、なのはは驚く。

言葉こそが分からないが、クロノが提案しているのは非公式な司法取引だ。管理局の法制上はギリギリだろうが、司法実務においては執務官の権限を超過してしまっている。

 

(正直、拙い。だが、こうでもしないと話してくれないだろう・・・それに、君だってあの子を助けたいと思ってる。だったらこうするしかないだろう)

 

クロノにとっても苦肉の策だ。リンディも賛成してくれてはいる。

クロノとて言下になのはの考えを否定したくない。その想いを汲んでもやりたい。

そう考えたときに、これが最もベターな選択になる。

 

(ありがとう、クロノ君)

(・・・別に、君達のためにしたわけじゃないからな)

 

明らかに照れ隠しと分かるクロノの声に、なのはは横でエイミィがからかっている姿が想像できた。

 

(・・・あたしには分からないよ。どうしてそこまでするのか)

 

アルフもなのはの想いが偽物ではないことぐらい分かる。それはクロノについても同じ。

けれども、理由が分からない。赤の他人で、しかも何度も矛を交えた敵なのに。

なのははその問いにキョトンとしてから、考え込んでしまった。理由はあるが、上手く説明できない。

 

(寂しいときにね・・・してもらうと嬉しいことがあるの)

(・・・・・・)

(それは、優しくしてもらうことでもなくて、慰めてもらうことでもないの。本当にしてもらえて嬉しいのは、一緒に寂しさを分かち合ってくれることなんだ)

 

なのは真っ直ぐにアルフを見つめる。何時しか、アルフも真っ直ぐに見返していた。

 

(喜んだ思い出、怒った思い出、哀しかった思い出、楽しかった思い出・・・そんな思い出を分かち合うこと。そうやって思い出を半分こにするとね、お互いに持っていられるの。そうやって思い出を持ってるとね、どんな思い出でも一人ぼっちじゃないって思えるの)

 

なのは自分の過去を思い出す。

 

(私も昔はあの子―――フェイトちゃんみたいなときがあったけど、私は思い出を半分こしてくれる人がいたから救われたの。だから、今度は私が誰かにそうしてあげたい。その誰かが私にとってはフェイトちゃんだから・・・あのね、こうやって誰かと分かち合える関係をどう言うか知ってる?)

(・・・・・・)

 

アルフは無言で分からないと示す。なのはは、誰だって知ってる言葉だと前置きをする。

 

(それを“友達”って言うの)

(!?)

 

その言葉でアルフは臨海公園での話が分かった。そのために差し伸べられた手だった。

 

(私はまだ、友達になりたいって言ったことの返事を聞いていないから、もう一度会いたいんだ)

(・・・・・・そう・・・)

 

心に巣食っていた何かを、アルフは打ち砕かれた気がした。不快ではなく、むしろ清々しい気がする。

自分はフェイトにとって、なのはの言うような友達でいることができたのだろうか。使い魔として半身でもあるフェイトに。できたとしても、今のフェイトを心の闇から救うためには自分だけでは無理だ。

友達になりたいと何度拒絶されても諦めようとしないなのはの力が必要だ。

この子なら、信じてフェイトのことを託しても良いのではないか?

向こうの提案に乗れば心の闇からも犯罪者の烙印からもフェイトを救うことができる。それに時間がない。このままではフェイトがプレシアに殺されてしまいかねない。

 

(あたしの知ってる限りのことを話す・・・だから、約束して。必ずフェイトを助けるって)

(ああ、約束する。僕は、僕の誓いを絶対に破らないから)

 

クロノは強く確約する。

なのはも安堵に胸を撫で下ろすが、アルフの雰囲気があまり晴れていないことが少し気に掛かった。

 

 

(酷い・・・酷いよ、リニス・・・こんなことなら・・・こんなことになるならあたしはあんな話、聞きたくなかったよ・・・)

 

リニスには言ったのに。フェイトのためなら耐えてみせるって。

自分だけではフェイトを救えない。だから、今こうしてなのはに頼めばきっとフェイトは救える。

けれども、その選択肢を本当は選んでは駄目なのに。

知らなければ良かった。聞かなければ気にすることなく、選べた。フェイトには言えない。言えば、きっとフェイトは自分のことを嫌ってしまうから。リニスと約束するまでもなく、このことは誰にも漏らさず一生涯背負う・・・だけど、辛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

恭也は気配を消して、アルフ達が見える窓から様子を眺めていた。

 

「纏まったか・・・」

「恭也」

 

そう呟いてから、恭也は美沙斗に呼びかけられて振り返る。

 

「デビットさんが一緒にお茶でも誘ってくれているから、行こう」

「分かりました」

 

返事をして並んで歩き出す。

こうして見れば姉弟。もしくは恋人同士に見えておかしくない二人。だが、当人に甘い雰囲気はなく、美沙斗は恭也が困っているように見えた。そのことをそれとなく尋ねようとして、先に恭也が口を開いた。

 

「もし、自分を犠牲しなければ心から護りたい人を護れないとき、美沙斗はどうします?」

「どうしたんだ、藪から棒に」

 

やはり、恭也はどこか変だ。

 

「何となく、聞いてみたくなったんですよ」

 

美沙斗はそれを、新しいことへ取り組む前の戸惑いと判断した。

 

「・・・私もね、同じことを昔お母さんに聞かれたよ。そのときの私は、分からないと答えて・・・今も答えが出ないままだ」

「俺は、琴絵さんに聞かれました」

「そうか、琴絵さんにか・・・それで、恭也は何て答えたんだい?」

「自分を犠牲にして護る・・・そう答えました。それが、俺にとっての御神流でしたから」

 

言って、恭也は否定の接続詞をつける。

 

「しかし、それが正しいかなんて答えはでないんですよ。琴絵さんは病弱でいつ死ぬか分からない自分でも護ってくれると言ってくれたのは嬉しいけど、犠牲にして護られた人は死ぬより辛いかもしれないと・・・俺もそれはとーさんを見て分かりました」

 

相手が悲しむと分かっている。莫迦で愚かな選択肢であると承知している。それでも選択してしまう。

 

「これは、俺たち御神の剣士にとって永遠に答えの出ない命題なんだと思います」

「そうだね・・・護るための剣という道を選択してしまった私たちの・・・背負ってしまった矛盾だ」

 

その矛盾を超えた先にあるのだろうか。奥義之極は。

 

「俺は、とーさんが昏睡してからずっと自分に問い続けてきました・・・けれど、きっと俺はエゴイストだから・・・選んでしまうんです」

 

―――自分を犠牲にして誰かを護ることを。

 

 

 

 


あとがき?

 

ローウェル親子大暴走。予定では公園での決闘直前までだったはずなのに。

知ってますか?この話、初期の頃はすずかも魔女っ子になるはずだったって?

そろそろ話も終盤。恭也とガルムの関係もリバース14くらいで明かすつもりですよ。

エピローグで、何でタイトルがリバースかも分かる仕組みさ(本当かよ

 

 

>武装七課第二分隊

通称アライアンス・オヴニル。これで何が元ネタか分かった人は一コケシ。

はっきり言いましょう。機動六課より遥かに強いです・・・機動六課がベストコンディション、リミッター完全解除、全員揃った上で不意を打つ、そして分隊長のハイメロートとリベロストライカーのヨハネが居ない状態でなら勝率60%というぐらいに出鱈目な強さですから。

リバースは途中から原作準拠の能力ではなくなるので、リバース世界の機動六課がどうなるかは別として原作版機動六課でこれですから。

何故ならリバースは最終的に全ての次元世界を掛けて戦う怪獣映画みたいな話になるからです。いや、これは割りと本当なんですよ?巨神兵みたいのだって出てきますし。

 

>RRMCのファンタム

実在します。ロールスロイスモーターカーズ。いわゆるロールスロイス社の自動車部門が開発した、高級車です。一台の標準価格が日本円で4700万円。オプションつけたら倍近い価格になるでしょう。

流石は多国籍企業の社長さんだけあるぞ、デビットさん。対抗してかどうか、月村家にはハンヴィーが何故かあるらしい。金持ちのやることは分からん。

 

次回はリバースオリジナルのポジションの説明したいけど・・・・私もクレさんみたいに掲示板で連載してみようかな?

 

それでは、次回にまたお会いしましょう!




バニングス親子の大暴走。
美姫 「エリス辺りも絡んでもっと大騒ぎには流石にならなかったわね」
まあ、流石に護衛の仕事中だったしな。
美姫 「それにしても、アルフは一体何を聞いたのかしらね」
本当に。色々と想像しながら、次回を待つとしますか。
恭也とガルムもそうだけれど、リニスに関しても詳しい事は分かってないよな。
美姫 「この辺りの謎が解けるのを楽しみにしてますね」
待っています!



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