「空軍が敵の対地砲撃を阻止しました!」

「よし、フロントアタッカーを八人に増やせ!火力では我々の方が上だ!」

 

小隊長の命令に魔導士達は従い、デバイスを構えると砲撃魔法の一斉砲撃が開始される。

敵の空軍からの対地砲撃の心配が薄れ、防御魔法に割いていた戦力を攻撃させられるようになった。

山脈越えをしてきた敵の陸上戦力は数こそ多いが、準備不足だ。

敵の戦力が整う前に叩くよう徹底されている。

 

もっとも、こうも乱戦になると念話で相互連携が取れても正面の敵戦力には独自の判断で戦わなくてはならないが。

 

「ウイングは高速移動による攻撃準備だ。合図でフロントアタッカー2名はセンターガードにコンバート。ウイングの進撃を直射弾の連射で援護せよ」

 

「りょうか―――ぺっぺっ!」

 

敵の砲撃が強まり、跳ねた泥が了解しようとした魔導士の口に入る。

都市部以外での戦闘は設定が自由なので、魔法の破壊作用で泥や土も跳ねる。魔法そのものに音はなくても、作用が生じれば音もする。

 

「ちっ、全員念話に切り替えろ」

 

精神状態によってノイズの混じる念話でも、今は音が聞き取れず、口を開けば異物が入るよりはましだ。

 

小隊長はタイミングを計りながら、空を見上げる。

一雨降りそうな空模様はどちらに味方するのか分からない。

できることなら、不確定な雨中の戦闘に縺れ込む前に決着をつけたかった。

 

(今だ!ウイングは進撃、コンバートと同時に射撃開始!)

 

合図と共にウイングが防御魔法と小隊用の簡易結果魔法装置の防御陣地が飛び出す。

その後ろから、誤射しないように気をつけながらコンバートしたセンターガードが高速直射弾を連射して敵の攻撃を寄せ付けないように弾幕を張る。

 

だが、飛び出した二人のウイングの頭が爆ぜた。

 

(なっ!?)

 

考える間もなかった。

小隊長も自分の頭をこめかみから撃ち抜かれて、身体が宙を舞っていた。

 

18人もいた小隊はほんの1秒で、全員がヘッドショットを受けて全滅させられた。

それは小隊と撃ち合いをしていた敵も同じく、頭だけが存在しない奇妙な死体が累々と横たわっていた。

 

戦場の一角だけの空白地帯。無音の場。

 

(こちらスクルズ7―――指定ポイントの確認終了。目標は存在せず)

(了解したスクルズ7。次の指定ポイントを送る)

(了解。引き続き任務に当たる)

 

4km先の森。

デバイスを膝射の体勢で構えていた頬に大きな切創のある魔導士は、陸士長の階級章を外した部分を軽く撫でてから指定されたポイントへ移動を開始した。

 

 

 

 

―――同時刻

 

 

ズッ

 

短くそれだけの音で、剣型デバイスが胴体から引き抜かれた。

 

「おの・・・れ・・・」

 

絶命する間際の呪詛を、刺した男は聞き流す。

 

「まだ管理局に逆らうのですか、ドゥヴネ卿!」

「そうだ・・・貴様らがクロエを捕縛するというのなら、俺は修羅になろう」

 

男―――ディアルムド・ウア・ドゥヴネは最後に残って抗議していた、重傷の魔導士に首を刎ねた。

その剣先に毛筋ほどの躊躇もない。

 

その両手に握られた灼熱の如き紅と、黄金の如き山吹の剣型デバイスで刈り取った命は数知れず。

ポツリと降り始めた雨が雨脚を強め、森の木々の間からディアルムドを濡らす。

 

「怪我はない?」

 

物陰で防御魔法を展開していた女性が近づいてくる。

 

「大丈夫だ、クロエ。お前こそ無事か?」

「ええ。貴方が護ってくれているから」

「そうか・・・」

 

ディアルムドはホッとしてから、クロエをマントで覆い隠すように包む。

強くなる雨に濡れないように。そして、凄惨な殺戮現場を見せないようにするために。

 

「私は絶対にお前を護り通す。世界が敵というのなら、望むところだ」

 

―――管理局や騎士団の追手など、皆殺しにしてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八神はやては、ちょこっと打ちのめされていた。

現在地はショッピングモールの三階。所謂、婦人服売り場。そのテナントの一つ。

はやてはちょこっとだが、金髪の女性―――シャマルや雷に打たれたように呆然とし、ちびっ子―――ヴィータは複雑そうな雰囲気になっている。

 

 

「ちょお、こっちに来てやシグナム」

「は、はい・・・」

 

後ろから何か良くないオーラが出ているはやてに引き気味になりながら、紅髪の女性――シグナムは騎士として退く訳には行かないと自分に言い聞かせつつ近づく。

 

それで、

 

 

――むんず

 

 

「ひゃっ!?」

 

ものすごーく可愛らしい声を出して悶えるシグナム

官能的な声を紡ぐ唇の下。男なら見てしまう豊満なバストをはやてに鷲?みされる。

 

 

「Gって何や!Gって!!?」

 

 

なんちゃって鬼神がはやてに降臨。

 

 

「い、いえ・・ぁっ・・そんなことを・・んんっ・・言われ・・んぅっ・・ましても・・・」

 

モミモミモミモミ――――

 

どこの痴漢のプロですかとツッコミが入りそうなほどの手つきで、いやらしく揉んでくるはやての手を振り払うこともできないシグナム。

 

「ガ○ダムのGやないんやで!?いや、もうそのGでええかもなぁっ!?『ええぃっ!ヴォルケンズの紅い奴は三倍なのか!?』」

 

 

「なんか複雑だよなぁー」

「いいじゃないヴィータちゃんは。それはそれで需要があるんだから・・・私なんて中途半端なCよ?」

 

暴走する鬼神の横で、平均値と洗濯板がヒソヒソ。

はやてを止めるどころか、むしろ自分達の分まで行け行けGO!GO!な感じ。

 

 

「ああっ・・・あ、主はやて・・・んぁっ・・・はぁっ・・・やめて・・んふっ・・・ください・・・」

 

「くぅっ!?この胸が、この胸が恭兄ぃを誑かすんやなぁっ!!」

 

 

―――――モミモミモミモミモミモミ

 

―――ずびしっ

 

 

「あうっ!?」

「誰が誑かされたと?」

 

店の外で待っていた恭也が、はやての頭にチョップ。

その弾みで掴んでいたシグナムの胸が離されると、シグナムは胸を庇いつつ後退。その動作と上気した頬がやけに艶かしい。

 

「はっ!?ベルカの騎士が後退してしまった!」

「「いやいやいや、それ違うから」」

 

シャマルとヴィータが手をパタパタ。

その間にも恭也とはやての蛇と蛙の状態は続く。

 

「あ、あのな恭兄ぃ・・・これにはマントルよりもふかーくて、宇宙よりもひろーい訳が・・・あるんや!」

「ほほぅ・・・シグナムを辱めた上に、俺が誑かされたらしい訳をぜひ、じっくりと聞きたいものだな」

「・・・せやかて、恭兄ぃもシグナムの身悶えにちょっと興奮したや―――」

 

―――ずびしっ

 

「あうっ」

「まったく・・・場所を考えろ・・・」

「・・・いや、場所はあんまり間違ってないよーな気が・・・いえ、何でもないです・・・」

 

三発目のチョップの構えに、はやて沈黙。

ここは女性用のランジェリーショップなのだから、こういう話もOKなのではと思うが反論できない。

というか、場所が場所ならしてもええんかと内心ツッコミが入る。

周りの客がどん引き寸前だが。ただ、その場の全員が美男美女の集団であるため文句を言えないのもある。

 

「大体の経緯は聞こえてきた」

「うっ・・・」

 

何となく唸ってしまうシグナム。

 

「それはそれ、これはこれだ。シグナムに八つ当たりをしても仕方ないだろう」

「・・・悔しいもんは悔しいやんか」

「・・・男の俺にはその辺のことは解からんが」

「そない言うても、恭兄ぃも男やからバイーンな方がええやろう」

「何だ、その妙な擬音は・・・別に俺はこだわらんが」

 

心底その辺の感情が解からない恭也は首を傾げる。

 

「そうそう。でかければ良いってもんじゃねぇよな」

「でも、小さすぎるのもね」

「シャマル、テメェどっちの味方なんだよ」

「ほほほっ、私は私の味方よ」

「ちっ、この腹黒癒し系が」

「何か言いました、ロリータちゃん」

「アタシはヴィータだっ!!」

 

―――ずびしっ!びしっ!

 

「あうっ・・・」

「み、見えなかったぞっ・・・」

 

外野にもチョップが落ちた。

 

「ともかく、他のお客さんや店員に迷惑が掛からないように静かにして決めるように」

「ぅう〜・・・了解やー」

 

恭也ははやての額を突付いて注意してから、店の外へと戻っていく。

初夏から夏に移ろうこの時期に黒のスラックス、黒のシャツ、黒のデニムジャケットという出で立ちは目立っていた。あれで火傷を隠す仮面さえなければ完璧なのだが。

 

「はやてちゃん、はやてちゃん」

「何やシャマル?」

 

まだちょっと痛む頭頂部を押さえながら、シャマルが寄ってくる。

さりげなく胸を庇うのは忘れていない。

 

「ここは恭也さんに、『だったら恭兄ぃが選んで』って言うところじゃ?」

「・・・そないな話をどこで仕入れてきたんや?」

「昼ドラです」

「そか・・・」

 

シャマル、世俗に染まりすぎやと喜ぶべきか嘆くべきか。

 

「恭兄ぃ、あれでウチの世話を何年もやってるやろう?女物の下着を買いに行くぐらい、何とも思ってないんや・・・」

「あー・・・・」

「それは・・・複雑ですね」

「せやろう・・・?」

 

はやて、ヴィータ、シャマルの三人は微妙な乙女心らしきもので共感。

鈍感なシグナムは何で複雑なのか、よく分かっていない。そういうこともできる恭也を逆に頼もしいと思っている。

 

最近ではこうしてはやても第一次性徴期を迎えてランジェリーショップに行くようになった。

それ以前でも下着は必要だから、頻繁に買い物へ行けないため恭也がわざわざ買わなければならない。

その苦労たるや、涙なしでは語れない。

妹のためを思い、意を決して買いに行けば仮面で顔を半分隠した男が真剣な表情で居るものだから不審者扱いされる。ちょっと、と警察呼ばれたことも一度や二度ではない。

それに懲りた恭也は懇意になれた店員の薦めで、通販で買うことにした。それでも、中身を知っている配達員などは受け取りをする恭也をこれまた変質者を見るような目で見てきた。

 

そんな社会からの誤解と謂われ無き差別に耐えていたことを、はやては知らない。

恭也も教えたくない。色んな意味で。

 

 

 

その恭也は店の外のベンチに座っている。

横には普段はでっかい犬の姿を取っているザフィーラが人間形態で座っている。

尻尾と耳を隠すのに苦労したが、体格が良いザフィーラはラフな服装がよく似合っていた。

 

「不本意だ・・・」

 

尻尾と耳を隠すのはザフィーラ的にアウトらしく、どことなくむっつりとしている。

 

「仕方ない。犬同伴だとここは入れないんだ」

「私は狼だ!」

「はいはい。どっちにしろ、動物は入れないから一緒だね」

 

ザフィーラとは反対側に座っている褐色の肌の女性―――アストラは肩を竦める。

ホットパンツにガーターストッキング、上はブラウスで野球帽を被ったファッションはかなり目立っているが、本人に気にした様子はまるでない。

 

「ところで、どうしてお前はこっちに居るんだ?」

 

女性陣は向こうにいるべきはずなのに、アストラは何故か店の外に居る。

 

「ん?・・・ああ、僕はもう買ったから」

「いつの間に・・・」

「おお」

 

ポム、と手を打ってから

 

「ちなみに僕はDだぞ?」

「「聞いてない」」

 

男性陣から一蹴。

 

「ロマンがないなぁ・・・」

「そういうのはロマンとは言わん」

「そう?・・・もしかして、恭はホモ?」

「断じて違う」

 

これには即答する恭也。幾らなんでもホモ扱いは嫌過ぎる。

 

「でも、女の子に興味ないのも程々にしないと・・・」

「・・・放っておけ」

「・・・ザフィーラを襲っちゃうよ?」

「そっちか!?」

「なに!?」

 

愕然とする男性陣。

 

「ザフィーラ。何故距離を取る?」

「・・・気にするな」

 

心なしかベンチの端っこに張り付くザフィーラに大きな汗の珠が見える気がする。

 

「恭が責めか、ザフィーラが責めかはこの際置いておくとして――――」

「ホモは確定なのか!?」

 

絶対に譲れないポイントらしく、がばりとザフィーラは立ち上がる。

事と次第によってはただではすまさんぞと。

 

「解かった・・・まだ、発情期じゃなかったね」

 

―――ブチン

 

「誰が発情期だ!?私は犬ではない!!」

「やるの?相手になるよ?」

 

狼にも発情期はあるだろうが、そこは華麗にスルー。

二人は恭也を間に挟んでファイティングポーズ。頭二つほど高いザフィーラにアストラは少しも怯まず、不敵に笑う。

 

「私に素手で勝てるとでも思ってるのか?」

「勿論さ・・・」

 

愚かだと断じかけて、思い留まるザフィーラ。

自分達の中でも一番の戦巧者であるアストラのこの態度。

ブラフか、それとも本当に隠し玉があるのか。

 

多少の攻撃なら耐え切れる。そう考えて、疑心暗鬼になりかけた心に喝を入れたところでアストラの顔が急に真剣なものとなって―――

 

「あぁ!?はやてが大変だ!!」

「な、なにぃっ!?」

 

ザフィーラは残像が残りそうな勢いではやての姿を確認しようと顔を向きを変えた。

その瞬間にアストラの瞳がキュピーンと光る。

 

 

―――ゴッ

チーン・・・・・

 

「*‘>P‘$&%#$&%$*‘P‘」

 

 

 

ザフィーラ撃沈。

 

 

「「「「「「「・・・・・・・・・・」」」」」」

 

何事かと見ていたギャラリーは唖然、呆然。

家族連れのお父さんや、カップルの男などは無意識に内股で顔面蒼白になっていた。

 

撃沈されたザフィーラは“く”の字に体を折って、ビクビクと時折痙攣しては動かなくなる。ある部分を両手で押さえてはいるものの、白目を剥いて気絶していないだけでも十分に凄い。

 

「未熟・・・・・・」

「「「「「いやいやいやいや、それは違うでしょう」」」」」

 

フッと笑うアストラに、ノリの良いギャラリー。

 

そして、間に挟まれる形だった恭也は、

 

「・・・強く生きろ、ザフィーラ」

 

大物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――2週間前

 

草木も眠る丑三つ時。

誕生日を日付が変わる前に済ませた八神家では、一度は消したはずのリビングの明かりが再びつけられていた。

将来は家族で野球チームという豪快な大家族を目指していた八神夫妻が建てた家は、二人で住むには無駄に広すぎるが、今はそれがありがたい。

 

その八神家のリビングには微妙な空気が流れていた。

失神による現実逃避から戻ってきたはやてと、あの後のカオスを何とか収拾した恭也が並んで座る。

向かいには突如として現れた外国人風の4人と1匹(1頭?)。

 

 

「・・・恭兄ぃ、今の話理解できた?」

 

4人と1頭のリーダーであるシグナムと名乗った女性の一通りの説明の後、うーんと唸って難しい顔をしながらはやては恭也に話しかける。

 

「まぁ、大筋はな」

「・・・そか」

 

シグナムの説明は、9歳のはやてにはちょっとハイレベル過ぎた。

 

「え〜っと・・・シグナム、でええんやったか?」

「はい。我々のことは呼び捨てでお願いします」

 

言われてそう簡単に呼び捨てできれば楽なんだが、と思うはやて。

 

「その、シグナムは・・・この本が魔法の本って言うたんやな?」

 

これ、これと鎖の縛めから解かれた本を指す。

一見すれば何かの学術書にしか見えない。宙に浮いていることを除けば。

 

「はい。その通りです」

「それでシグナム達は、この本の・・・ぷろぐらむやったか?」

「はい。守護騎士プログラムと呼ばれる闇の書とその所有者である主をお守りするための存在です」

「・・・・・・はぁ」

 

よりにもよって魔法ときたものだ。

そりゃ、はやてだって女の子だ。ちょっと前までは魔女っ子アニメを見て楽しんだことはある。いや、今も時々見ているが、だからと言って正面から魔法を信じる年頃でもない。

かと言って、目の前の4人と1頭の言っていることはこれまでの流れに反してもいない。

 

ここは千歩譲って魔法を信じることにしよう。そうしよう。

 

「魔法かぁ・・・」

 

もっとロマンティックなものを想像したいところだが、現実はこれだ。

ぷかぷかと宙に浮いている闇の書を見上げる。

 

 

「この本を正式に起動させるには、魔力が必要言うてたけど・・・どうやって集めるんや?」

「奪います」

「は?」

「保有する魔力の高そうなものから、魔力を奪い取り吸収することで闇の書はページを増やし666ページまで集めると完成しま―――」

「ちょお、待ち!」

 

バンバンとテーブルを叩いてはやては抗議する。

 

「奪うってなんや奪うって!?」

「何、と申されましても・・・言葉どおりですが」

「つまり、人を襲って危害を加える言うことやな!」

「そうですね」

「そうですね―――じゃ、ないやろう!そんなことウチは許さへんからな!!」

「しかし―――」

「しかしもかかしもないっ!」

 

バン、と一際大きくテーブルを叩く。

はやての目は真剣に怒っていた。

 

その大変な剣幕に、シグナム達は戸惑っている。

今までの主の中にも忌避する者は居たがはやてほど興奮したものはいなかった。

そもそも、魔法が最初から使えない主も初めてだ。

 

「ええぃっ!魔力集めは絶対禁止!これは主からの命令や!!」

 

突然、主権限を振り翳すはやて。

 

「「「「「はっ!」」」」」

 

命令と言われれば条件反射で応えてしまう。

しかし、本人達は困惑を隠せない。主と共に魔力蒐集で闇の書を完成させ、完全体となって主を守ることが存在意義なのだ。それをするなと言われるのは、死ねと同じ意味だ。

 

「都合よく、主になったな・・・」

「うっ・・・・」

 

勢いで言ってしまったはやては詰まる。

NOと言えそうにない展開だったとは言え、勢いだけで済し崩しで主を了承してしまった。

恭也に相談もしなかったことが今更ながら済まなく思えてしまう。

 

「はやての思うようにしたら良い」

 

と、大らかに許す恭也だが、

 

「それはそれで、彼女達はどうするんだ?」

「へっ?」

「魔力蒐集の有無は別としてだ。こうして存在している以上、生活はどうするんだ?」

「おお!」

 

言われてみて、はやても気付いた。

 

「なぁなぁ、シグナム達もご飯食べるんか?」

「は?」

「ご飯や、ご飯。食べるんやったら、明日は材料買い足さなアカンやろう」

「・・・・・・」

 

シグナム、目が点。

その後ろのちびっ子――ヴィータは、「こいつ何言ってんだ?」という目で見ている。

同じくパツキンのねーちゃん――シャマルは、「あらあらあら」と控えめに驚いている。

そして、褐色のねーちゃん――アストラは、肩をヒクヒクさせながら必死に何かを堪えている。

でっかい犬―――ザフィーラは・・・犬だった。

 

 

「む?ウチ、なんか変なこと言うたか?」

「さぁ?」

 

反応が変な守護騎士sに兄妹は首を傾げる。

 

「・・・主よ」

「おお、ようやっと動いてくれたな」

「我々に食事は必要ありません」

「アカン!アカンでシグナム!!」

 

キッパリと言うシグナムに、今度はバシバシと机を叩いてヒートアップ

 

「「・・・・・・」」

「・・・!・・・!」

 

シャマルとヴィータに肘打ちを受けながら、アストラが背中を向ける。

手は口元で、明らかに笑いを堪えているようにしか見えない。

 

「主従関係にそないな遠慮はいらんでぇ!ウチは寛大な主を目指すんや!ご飯のお代わりも三杯目はそっと出せやなんてケチなことは言わへん!堂々と出すんや!そないなウチにご飯を要らんなんていう遠慮はナッシングや!」

 

ひーとあっぷ。

 

「っ・・・!・・・っ・・・!」

 

アストラ撃沈。

しゃがみ込んで腹筋と口を押さえて顔を真っ赤にしている。

これにはシャマルも口元を押さえて明後日の方角を見るしかない。

 

そんな守護騎士二名にシグナムは頭を振る。

そこにヴィータが肩をポンポンと叩いて慰めを入れる。

長い間共に戦ってきたが、ここまでシンパシーが芽生えたのも珍しいかもしれない。

 

「・・・なんでだ?はやてに主の自覚が生まれるとは・・・」

「ほら、こういう時はうじうじ考えんで勢いで行ってしまえ、って八神家の家訓にもあるやろう?」

「そんな家訓はない」

「なら・・・天国のおとうはんとおかあはんの囁きが・・・」

「泰斗さんと、楓さんなら・・・言いそうだな・・・」

 

勢いというか、深く考えなかった今は亡き八神夫妻を思い出すと今のはやてはしっかりと血を引いていた。

宝くじで高額配当を当てても、ギリギリまで気付かないというネタをやらかしてくれる夫妻だった。

 

「んんっ・・・」

 

シグナムは申し訳なさそうにわざとらしい咳払いをして、二人の注意を引く。

笑いのツボに入ったアストラとシャマルは取り合えず放置することにしたらしい。

 

「そういう意味ではなく、我々は食事の摂取は可能ですが、本来の私達は食事による栄養補給は必要としません」

「食べられるんやったら問題ないやろう?」

「・・・・・・・」

 

根本的に会話が噛み合っていないような気がしてきたシグナム。

何故だろう。こんなことが少し前にもあったような気がする。

闇の書のプログラムである自分が思い出せないということは、記憶領域に不備が生じているのかもしれない。

 

「なぁ、シグナム・・・それにみんな。生きるために生きる言うんは・・・辛いんや。生きるんやったら楽しく生きたい」

 

9歳の少女とは思えない、老成したようなはやての微苦笑。

 

「ウチは、こういうことで命令とか使こうたらアカンと思うし、使いたくもない・・・」

 

車椅子の肘掛をそっと撫でる。

気恥ずかしいけれども、言葉にして伝えておきたいことがある。

 

「そないに頭がええわけないから、プログラムがどーとか、闇の書がどーとか、正直わからへんよ。けどや、ウチがみんなの“主”言うんやったらそれに相応しいことをせなあかんと思うとる。それが魔力の蒐集とかいうけったいなことやのうて、もっと別なことでな」

 

「別なこと・・・ですか?」

 

 

そんなものがあるのか?

守護騎士に相応しいことは主を護り、闇の書を起動させて―――ノイズが走る。

 

 

見ただけでは全く分からない小さなシグナム達の疑念。

軽く振り払い、照れを含んだはやての小さな笑みを見詰める。

 

 

「そや。今日からウチがみんなのお母さんや!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、まったくさ。はやての“お母さん発言”は笑い殺されるかと思ったね」

 

ランジェリーショップでまだワイワイと選んでいるはやて達を眺めながらアストラは呟く。

その横では痛みに悶え苦しんでいたザフィーラが、半ば魂が抜けながらも毅然と座っている。ちょっと前屈みなのは仕方ない。

 

「恭も呆れてたもんね」

「呆れたわけではない・・・我が義妹ながら斜め上を行く考えに脱帽させられただけだ」

「うわー、巧く言うなぁ」

 

 

はやての“お母さん発言”でアストラの腹筋は限界に達した。

関西人って何?というアストラでも、今なら思う。関西人すげー。

 

「僕達も随分長く守護騎士やってきたけど・・・ああいう主は珍しいよ、ホントさ」

 

守護騎士―――ヴォルケンリッター。

現代風に言えばロストロギアされる古代魔法文明の遺物『闇の書』とその主を護るためのプログラム。

主はかの有名な『ウォーロック』(不死の王)とは違い、人間としての天寿を全うして亡くなる。

これまで仕えた主の数は覚えていないが、まさかお母さんになるなど言い出す主が出てくるはとは夢にも思わなかった。

 

「たかが下着にここまで時間を掛けることも、まさかの世界の話だったもなぁ」

「・・・服も同じものをプログラムで書き換えればいいだけだからな」

ザフィーラ少しだけ復活。

「というか、基本的に戦ってばかりだったから服なんて考えてなかったし」

「やはり、闇の書というものは貴重なものなんだな?」

「それは勿論。管理局も僕らのことを狙ってるしね」

 

被っていた帽子をくるくると回すアストラは飄々としながら、目の色だけは違う。

 

「僕は少しだけ・・・はやてに感謝かな」

「感謝?」

「ずーっと、ずーっと、僕らは戦ってきた。人生が戦いだった。はやては知らないけれど、人も一杯殺してきた・・・」

 

闇の書にはそれだけの価値がある。少なくとも欲する者達には。

存在理由のために、全ての敵を排撃する。主の安全のために、二度と敵とならないように殺す。

仕えてきた主の数を覚えていないように、殺してきた人間の数も覚えていない。

 

殺人に後悔や罪悪感はない。主にはそういう自分達を嫌悪する者もいたが。

 

「だからかなぁ・・・お母さん、って言われたときは笑っちゃったけれど、意外でも嬉しかった」

「・・・・・・ああ、そうか」

 

恭也がザフィーラを見ると、アストラと同じような表情を浮かべている。

 

「戦うなとか、人を殺すなとか、静かに暮らしたいとか、そう言ってくれる主はたくさんいたけれど“家族になろう”と言ってくれたのは、はやてが初めてだったんだ」

 

今までの言葉は、言葉それだけでしかなかった。

根底の部分には不変の主従関係があっても、家族は対等だ。

 

 

「主と騎士には越えられない隔たりがある。でも、家族は違う。家族は。一緒に泣いて、笑って、怒って、喜んで・・・僕らになかったものをくれる。だからさ・・・はやてがお母さんになって、僕らが家族になるっていうことは、“共に生きよう”ってことなんだな、って」

 

 

もしかしたら、気の遠くなるほど長い歳月でこの言葉を待っていたのではないだろうか。

冗談でも悪ふざけでもなく、アストラはそう思う。ザフィーラも。

きっと、ヴィータ、シグナム、シャマルも同じだろう。

 

「はやてや恭は何時か年老いて、土に還る。僕らは闇の書がある限り二人が亡くなってもあり続けることになる・・・」

 

その日は、必ず訪れる。避けようのない未来。

次の主がはやてのような者とは限らない。

戦い、殺し、ただ護るだけの日々に戻ることになる。

 

「だけど、それでも、僕は家族のことを忘れない・・・忘れられないよ。きっとね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アタシはこんなのに要らないって言ってんのに・・・」

「まぁまぁ、こういうんはちゃんとしといた方がええんやで?」

「別にアタシら成長しねぇーし」

 

買い物を終えたはやて達が賑やかしく、ベンチへ来る。

ベンチの三人は軽く目配せしてから話題を打ち切り、四人を迎える。

 

「なんや、三人とも話し込んどったけど、なんかあったんか?」

「いや、恭の昔話を聞いてさ・・・ふじのじゅかいで迷ったときの話が凄くて」

「うむ。あの時は大変だったな・・・流石は自殺の名所。一日一体は見つけたものだ」

「なんと。この世界にはそのような場所が・・・」

「そうだったのか・・・」

「恭也さんはそんなところから生還を・・・」

「すげーような、すごくねーような・・・」

 

なんか信じてるヴォルケンズ。

特にシグナムは何故か衝撃を受けている。雷に打たれたように。

 

「あー・・・流石は恭兄ぃ・・・さらっと嘘吐くなぁ」

 

「いや、これは事実だぞ?」

 

「なんやてぇ!?」

「・・・色々あったものだ」

 

未だに謎過ぎる熊殺しもやったことがあるらしい義兄だった。

 

 

 

 

 

 

 

「そしたら、次行くでぇ!」

「車椅子はアタシが押すぞ、はやて」

「おおぅ、頼んだでヴィータ」

「む、今度は何処へ行くつもりだ?」

「買い物や・・・今日こそはシャマルに料理の何たるか教えな」

「ぅう・・・これでも私だって頑張ってるのに・・・」

 

よよよよ。

 

「出汁入り味噌を使ってるのに、出汁取るし」

「刺身醤油と薄口醤油、間違えたな」

「パン粉が厚すぎる揚げ物」

「器用に一部分だけだ半生の焼き魚」

「酷ぃ、ザフィーラやアストラまで・・・シグナムは私の味方よね?」

「・・・・・(スッ)」

「ガーン!!・・・シグナムにまで目を逸らされたわ・・・でも、恭也さんなら―――」

「恭兄ぃは料理が上手な人が好きやろう?」

「ん?・・・まぁ、そうであれば嬉しくあるな」

「四面楚歌!?」

 

 

KOされてがっくりと項垂れるシャマルを、アストラやシグナムがフォローにもならないフォローで立ち直らせようとするが、余計に落ち込ませている。アストラは確信犯だが。

ヴィータは野次を飛ばし、ザフィーラは今更我関せずで明後日を向いていたところにシャマルの殺人視線を受けてたじろぐ。

 

 

そんな様子を一緒に笑いながら見ていたはやては、隣を歩く恭也を見上げる。

 

 

「なぁ、恭兄ぃ」

「どうした?」

「ウチな、自分の選択にちょっと自信なかったんやけど・・・今は良かった思うてる。みんな幸せそうやし、恭兄ぃもよう笑うてくれるようになったし」

「そうだな・・・俺もそうだ。はやては、二人だけだった頃より幸せそうに見える」

 

にっこり笑うはやてに、恭也も知らない人間には分かりにくいが柔らかく微笑む。

 

「人間、幸せが一番だ」

「そうやなー」

 

 

 

 


あとがき

 

うーん・・・駄目だなぁ。

微妙に筆が乗らない。ちょっとスランプな綾斗です。

FLANKERさんのノンストップアクションみたいな筆の速さが欲しい、とか。

その場のノリと勢いで行けた頃が懐かしい。

 

難産なバース第二部「ヴォルケンズ珍道中」です。

本当は恭也を巡る恋の鞘当にしようかと思ったけれど、時期が時期だけにまだ早いかなーっと。

シャマルのアプローチは彼女なりのフリです。本気でというよりもネタを提供している節があります。

そして、オリジナル守護騎士・アストラの登場です。いぇーい、僕っ子。

前半は軽いライトなノリ。後半はアストラが語るヴォルケンズの心情。さらっと流してください。

 

そして、恒例の冒頭です。前回とは時代が違います。

前半部分は魔法における戦争の陸戦の一部です。塹壕戦に近いものですね。

基本的に火力で相手を押し切り、優勢になったら間隙を縫ってショートレンジかミドレルレンジで攻勢を掛ける。現代魔法戦闘でもこれが基本です。

 

 

話は変わりますが、エースコンバット6の店頭PVを見ました。

やばいです。無茶苦茶格好良い。予告だけで神認定します。

店頭PVだけで全身鳥肌で、感激のあまりに震えて涙まで出ました。買います。何としても買います。

リレー掲示板に不定的でベルカ戦争かヨートゥン事件乗せようかと思い余ってしまいました。

みなさん。買いましょう(力説

あ、別にメーカーの回し者ではないですよ?

 

 

 

それでは、次回「人と人との距離(仮称」でお会いしましょう





五人目の騎士は中々に面白い性格をしてますな〜。
美姫 「どんな能力を持っているのかも楽しみね」
うんうん。今回はまだ騎士たちが現れたばかりの時期だから、ほのぼのドタバタとしてるね。
美姫 「本当ね。これからの展開も楽しみね」
次回も待ってます。
美姫 「楽しみにしてますね」



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