群衆が押し寄せる波のように目抜き通りを行進する。デモだ。
緩やかな、逆に苦痛になりかねないほどの遅さで進む。
手にプラカードや横断幕を持ち、中には勘違いした奴が発炎筒を焚いている。
文明が発達した世界ならば、大抵どこでも見ることのできる光景。
ユアン=オンリーはデモを目抜き通りに面した屋上から眺めていた。
つまらない。あのデモに一体何の意味があるのだろうか。
「遅すぎるんだろう・・・なぁ・・・」
もう、戦争は始まっているのだ。
一昨日までユアンが居た戦場では、一杯殺し、一杯殺されていた。
牧場で家畜を数えるように、死体を数えるような場所に。
そんな、普通の世界から見たら狂った世界に行けば戦争が嫌いになる。けれども、それを見るまでは戦争のことなど興味がないのだ。
まだ幼く、中性的な容貌はよく女の子に間違えられるユアンは興味なさそうに鉄柵へ寄りかかり、頭を預ける。空を見上げることにはもっと興味がないから、少し興味がないだけの下を見る。
デモの参加者は万単位だ。これだけの人数が最初からこうしていれば、戦争だって起きなかったのに。
ユアンもまた戦争になど、興味はなかった。
まだ子供ということもある、
政治的信条も、経済的事情も、国際情勢も、興味の対象外の年齢。それ以上に、興味がなかった。
だったら、自分の外で行われていることなどどうでもいい。
自分に火の粉が降り掛からないなら、何万人死のうと構わない。極論すれば、デモ行進を武力弾圧で虐殺しそうになっていても構わない。
学校でも、情緒面に欠けるとよく言われた。
だが、欠けるのではなく、発揮されないだけだ。
管理局の統制を受けるか否か・・・そんなことは、ユアンの興味の対象外だ。
精々、興味のある人間だけでやってくれればいい。それをこんなお祭りのような戦争をしてまで決めなければいけない世界の方がよほど異常だと思う。
管理局だって莫迦だ。世界の崩壊を未然に防止するための活動が、世界戦争を引き起こさせているようじゃ本末転倒だ。ロストロギアとかで世界が滅びなければ良いとでも考えてるのかもしれない。
つらつらと考えながら、やはりユアンはつまらなさそうだった。
結局、ユアンにとってこの世界はつまらないことばかりで構成さているのだ。
「早く、みんな戻ってこないかな・・・」
軍属ではないユアンは、ここから少し行った所にある反統合派の基地敷地内にまだ入ることはできない。
基地外にベースキャンプを作り始めるまでは、街で時間を潰すようにクロウディアから言われたからこうしてデモ隊を眺めている。
ユアンはクロウディアが好きだ。
LIKEだが、LOVEとは少し違う。
ずっと触れ合っていたい、そんな恥ずかしい感情が湧き上がってくる。それがLOVEなのかもしれないが、ユアンにはまだ判らないし、どうでも良かった。
このどうでもいい戦争で非正規の戦闘員ではあるが、ユアンが魔導士として戦っているのは一重にクロウディアのためだ。
クロウディアは良い顔をしないし、非正規戦闘員で子供であるユアンを利用することに罪悪感を感じているようだが。ユアンも反発がないわけでもないが、クロウディアと一緒に居られるなら全然構わないとさえ思える。
そんな自分が時々怖く思えるが、その時間と引き換えになどできはしない。
「楽しいなぁ・・・」
クロウディアの部隊は女性ばっかりの特殊な部隊だけど、とても賑やかで優しくて面白い。
友達と言えば幼馴染のジョーカーと黒帯しか居なかったせいか、大勢で楽しくやるのがユアンは新鮮で面白い。不謹慎と怒られるだろうが、みんなと一緒に居られるなら戦争などずっと続いてくれれば良いとさえ思う。
「あれ?」
横に見えている目抜き通りに違和感があった。
デモ隊と隊列とは異質なはずなのに、そうと感じさせない自然さという違和感。
ビルとビルの間。ゴミ捨ての通用口があるような、小さな路地。
そこへ、人が入っていく。別に不自然ではない。デモ隊があれだと行きたい場所にオチオチ行けはしない。
違和感が何かと言われれば、直感としか言えない。
あれは良くないものだ。
人の皮を被った化け物だ。
ユアンの心に巣食う悪魔が判断を下している。
自分と同類の存在だと。
「ブルー」
我知らず呟くと、空色をした腕輪が待機状態から解放されて肘まであるガントレットと、レガース状のデバイスへと変化する。
高度なデバイスは、主の言葉ではなく心中の意図を確実に読み取っていた。
アレを殺せ。殺せ。殺すんだ。
殺さなければ、アレはもっと人を殺す。
そしていつかは、自分の興味のある対象を殺し尽くす。
するかしないかは関係ない。できる奴がいてはならない。
暴力が破裂しそうなほど、蓄えられる。留めようがない。
きっかけなど要らない。あと少しで薄っぺらな理性も摩り切れる。
摩り切れてしまえば、後はどうなるのかユアンにも解からない。
幼く中性的な顔立ちに不似合いなアルカイックスマイルが浮かぶ。
さあ、あと少し。
地獄の釜の蓋が・・・・
「まじ―――」
「ここに居たのかよ、ユアン」
「あ・・・ジョーカー。どうしたの?」
暴虐の狂いが霧散していく。
柿色に染めた頭とちゃらい格好をした、ユアンの数少ない友人であるジョーカーは少し怒ったように近づいてくる。
「ったく、探し回ったぜ?」
「ごめん、ごめん。たまにはこういう所に来て見たくてさ」
「高いところ・・お前、そりゃ煙と何とかじゃねぇか・・・」
「まぁ、ジョーカーほどじゃないだろうけどね」
「なんだと、誰が莫迦だ!」
折角何とかと言ったのを無駄にしながら、ジョーカーは遊び半分にヘッドロックをかける。
ユアンのデバイスは何時の間にか腕輪へと戻っていた。
「・・・良いポイント」
「おわっ!?アリーナさん、脅かさないでくれよ!」
「ユアンは気付いてた」
「マジかよ!?」
「一応ね」
にこりともしないアリーナへユアンは笑い掛ける。
やはり、アリーナの表情は動かないが、ちらりと目線をくれてから小さく頷く。
その反応だけでちゃんと笑い掛けに反応してくれているのだと解かる。
「ヒビキとカタリーナも探してる・・・レイチェルも怒ってる」
「う・・・探される覚えはあるけど、レイチェルさんに怒られる理由が思い当たらないんだけど」
「・・・何で、俺を見んだよ」
大体、歩く小型風紀であるレイチェルに自分が怒られるのは九分九厘ジョーカーの巻き添えを食う時だ。
毎回のように黒帯と一緒に貧乏くじを引かされている気がしても、友達やめないのは人徳のなせる業だろう。絶対に本人には言わないが。
「それじゃ・・・物凄く不本意だけど、レイチェルさんに怒られに戻ろうか・・・」
「諦め良すぎるだろう、それ」
「・・・潔いのが一番だ」
言いながらアリーナは頭をナデナデしてくれる。
小柄な部類に入るアリーナよりも更に身長の低いユアンの頭はとても撫でやすかった。
「くっ・・・」
後ろで念仏のように「羨ましくないぞ」と繰り返しているジョーカーは取り合えず無視するべきだろう。
「行ったか・・・」
幻術を纏い、管理局の戦闘服を隠している少年はユアンがデモを眺望していたビルを見上げている。
ほんの十秒か二十秒足らずのことだったが、気付いた者はどれほど居ただろう。
アレはこっちを化け物だと思ったようだがトンデモナイ。
アレのほうが余程化け物―――否、正真正銘、身の内に化け物を巣食わせている。
おそらく、止められなければこの街を消し飛ばすほどの戦いになっていた。
統合派は管理局のバックアップで戦力を補っていると聞いたが、どっこい違ったらしい。
神殿騎士団やイミネントストームを除けば、アレ一体で統合派は勝利したも同然だ。
「―――陸士長」
「来たか」
足元のマンホールが小さく開き、暗がりの中に二つの目を覗かせる。
「首尾は?」
少年は、自分より年上の部下を掌握していた。
上官としての言葉を使っても、彼らは何ら不自然に感じていない。
「上々です」
「よし。予定通りのルートを通ってポイントへ移動するぞ」
「了解」
“頬に大きな傷を持つ”少年は、入れるように部下が大きめに開けたマンホールへ飛び込んだ。
「では、受験番号1番の方。氏名と出身世界をどうぞ」
やや薄暗い管制室のコンソールに座るエイミィが言った。
管制室のモニターには複数の角度から撮影中の映像が映し出されている。
「ミッドチルダ出身、フェイト=テスタロッサです」
現在、映し出されているフェイトはバリアジャケットにデバイスフォームの[バルディッシュ]をその手に握っている。
「そして、こちらが私の使い魔のアルフ」
「よろしく」
紹介されたアルフは、冗談っぽく敬礼の真似事をしてみせる。
エイミィは知り合いだが、他にもモニタリングしているスタッフや見学者、受験者もいるのでその仕種は少し浮いて見える。アルフはそれを気にした様子もないが。
天高く馬肥ゆる季節。
毎月実施される嘱託魔導士認定試験をフェイトは受験することにした。
心変わりの理由を、リンディは聞かなかったがフェイトは自分から伝えた。
前に進まないといけないから。
あれからディアーナに言われたことを自分なりに考えて出した答え。
勿論、まだ恐怖はある。絶対なんてないから。
けれども、フェイトの知っているガルムは・・・前に進んでいないことのほうをきっと失望するだろうから。
ガルムの賭した命に報いる方法はまだこんな形でしかないけれど。
何から初めて良いか分からないなら、一緒に考えてくれる友達に会いに行きたいと思う。
これはそのための一歩。
「フェイト、緊張してる?」
「うん・・・ちょっとだけどね」
本当は、心臓がバクバクしているが緊張とはちょっと違う気がした。
「でも、楽しそうだよ」
「そうだね。多分、楽しいんだと思う」
何かを目標として頑張ることの楽しさ。
随分と忘れていた気がする。リニスが先生だった頃は、覚えていた気がするのに。
「頑張ろうね。アルフ」
「おうっ!」
拳を突き上げて意気込みを示すアルフと一緒に笑う。
「さて、ぼちぼち始めようか。心の準備は良い?」
「「はい」」
二人が声を揃えると、エイミィも微笑ましくなる。
色々とまだ悩みはあるだろうが、前に進みだしたフェイトの表情はそれだけ周囲にも良い影響を与えていた。
「それじゃ、まずは儀式魔法の実践からね」
本日の嘱託魔導士認定試験の始まりの合図だった。
「筆記試験はほぼ満点・・・魔法知識も偏りはあるけれど、訓練校卒業は超えている。儀式魔法も天候操作に長距離転送フィールド形成などなど・・・流石は特別推薦枠ね」
事務方のボスであるレティも管制室でこれまでのフェイトのテスト結果を吟味していた。
筆記についてはまるで問題なし。9歳でこれだけできれば十分すぎる。
「大人しそうっていう印象くらいしかなかったけれど、大した子ね」
「素直で良い子ですよー」
まるで自分の妹を売り込むかのようにエイミィは褒める。
「リンディの推薦も頷けるわね」
「まぁ、推薦人は私だけじゃないけれど・・・」
二人は顔を見合わせてから、揃って後ろをこっそり振り向く。
「別に何も言いませんから、こそこそしないでください」
直立不動。仁王立ち。
立つということがこれほど似合う人も珍しいだろう、立派な立ち姿で映されるフェイトを見ている御雫祇。
武装隊名誉顧問兼特別監査官の肩書きに、少将待遇という破格の地位を有する御雫祇が監督官についたことは大きく、今回の特別推薦枠も彼女の協力なしには有り得なかった。
本来の出願期間が終わっていた今月の嘱託魔導士認定試験をフェイトが受験できているのも。
こそこそするなと言われても、苦笑いするしかない。
存在するだけで自然と襟を正してしまうような傑物だ。初対面のスタッフなどバリバリに緊張してしまっている。
リンディやレティも、どうしても御雫祇が年下とは思えない。地位や肩書きを抜きにしても、まるで学校の鬼教師の機嫌を損ねないようにする哀れな生徒の気分になってしまう。
「凄い人を呼んだわね・・・」
「呼んだのは私じゃないけどね・・・意外なほどあっさり引き受けてくれたわ」
絢雪一族は管理局において、生ける伝説である。
古代文明崩壊後の管理局黎明期から連綿と協力を続けている。
「それで、あの人のおかげなの?あの子が自分から受けるって言い出したのは」
「それがそうでもないらしくて」
リンディはクリアガラスで隔てられた隣の観覧席を見る。
そこには受験者の関係者の席がある。もっとも、基本的に管理局の関係者でもあることが条件なのでがらんとしているが。
今回もそんなに人数が居るわけではないが、訳有りの人間が居る。
フェイトの知り合いだと名乗る、ディアーナとクレヴァニールが大使の正装姿で観覧しているのだ。
「まさかシルヴァネール卿とリヒテナウアー卿の二人と友人とは・・・この前、迷子になって助けられたとは聞いていたけど」
リンディはフェイトがディアーナとメールの遣り取りをしていることは知っている。
身元もはっきりした人物なので、問題にはならない。素直で良い子ではあるものの積極的に輪を広げるような子でもないフェイトが、と驚いたが。
「有名人なの?」
「とってもね」
レティが肩を竦める。
「管理局の干渉を悉く突っぱねた二人組。大使として全権委任と言えば聞こえはいいけれど、実質はあの二人を説得できなければ何の干渉もできないわ。しかも、魔導士としては超一流。私達だと、秒殺されるのがオチよ」
「悪い冗談には慣れたつもりだけど、最近はその手の人と会う機会が多すぎるわね・・・」
はふぅ、と溜息をつく。このままだとランクの感覚が麻痺しそうだ。
「フェイトさんは、あの二人に色々と相談しているみたいよ。どういうわけか、私達とは違う意味で懐いちゃってるみたいなの」
「仕方ないでしょう、それは。まだ私達は彼女との付き合いの範囲を深くするわけにいかなもの」
個人的な事情は抜きにしても、職務上深く付き合いすぎることは良くないことなのだ。
親身になることと、友人として付き合うことはノットイコール。
「寂しいわね・・・」
「うん。特に良い子だから」
この数ヶ月、フェイトと生活を共有して改めてそう思う。
育った環境故に素直すぎることもあるが、それはフェイトにとって欠点ではなく美点となる。
内にこもりがちなところも逆に助けてあげたくなる保護欲をかきたてる。
特に、プレシアによって母親の愛情を受けられなかったことを知る身としては、母親の愛情を教えてあげたいと思ってしまう。
「引き取るつもりなの?」
「フェイトさん次第だけど・・・私はそのつもり。養子という形にならなくても、協力を惜しむつもりはないけれど」
女の子も欲しいかなと思ってたたし、と冗談っぽく付け加えておく。
「管理局は、嘱託魔導士の資格を得たあの子を道具としか看做さないわよ?」
裁判に有利となるというのは、つまりそういうことだ。
経歴を不問に付して、管理局の歯車として使うことを条件に自由を与える。
露骨に言わないだけで、実態はそうだ。
世の中に巧い話が簡単に転がっているわけがない。嫌な言い方をすれば、自由という餌で釣っている。
現に、アラアインス・オヴニルのヨハネは懲役1億年の刑罰を受けているが、1人殺せば1000年の減刑という条件で戦っている。1000年と言えば大きいようだが、10万人殺さなければならないのだ。
それでも何の自由もなく、人権を無視された上で過酷な懲役を果たすよりも、殺人の義務を負ってでも一定の自由を得る方が幾万倍マシだから、彼は戦っている。
「それでも、まずは自由を得ることをフェイトさんは選んだの。少し、生き急いでいる気もするけれど。選んだ人生がそうであるなら、私達ができることはその自由のためにできる限りの協力をすることだけでしょう?」
世界の現実というものは、子供を確実に駄目なものにしてしまう。
そして、その現実を構築するのが大人。大人が子供を駄目にする。
だが、そんな現実から子供を守り、強くするのもまた大人の役割なのだ。
天候操作魔法で落雷を引き起こしたフェイトに、リンディは我が子を見るような眼差しになる。
レティはその姿を見れば何も言えない。
物好きと言うこと簡単だが、それはきっと言ってはいけないことだし、言いたくもない。
これができるから、レティはリンディと友達でいたいと思うのだから。
「あの・・・その大荷物は何なのでせうか?」
試験の前半が終わり、フェイトとアルフへ昼休憩の指示を出したエイミィは思わず口に出していた。
「これのこと?」
言われた御雫祇は、両手に風呂敷包みを一つずつ持ち、肩にトートバックを提げている。
普通は滑稽なのだが、御雫祇がやっているだけに逆に笑えない。
「ええ、まぁ、それのこと・・・ですね」
話題を振ったことにエイミィは後悔する。
相手は生ける伝説。管理局七不思議の一つ。
このままだとその内後光が射すのでは、と思うほど神々しい・・・ような気がする。
しかし、答えを聞くのが怖い。見るからに大事なものがはいっていそうなだけに。
聞いたら後戻りできないような、命がないような。
「これは――――」
(え、え、え、えー!言っちゃうの!?待って、待って、待ってよー!心の準備がまだできていない!クロノ!あいにーじゅーへるぷ!)
(・・・頑張れ)
(ガーン!)
執務官の外せない仕事のため、まだ会場に来ていないクロノが無駄に爽やかな様子で言っているビジョンが見えた。
そんなエイミィの内心を察していて、あえて気にも留めない御雫祇は最後の部分を言う。
「―――お弁当」
「やっぱり!そうじゃないかと思ったんですよ!?―――ああ、そんな大事なことを知った私はどうすれば・・・・って、お弁当?」
「お弁当」
「・・・お弁当?」
「お弁当」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・行ってらっしゃいませ」
「・・・・行ってきます」
エイミィは、それだけしか言えなかった。
四段重ねの重箱二つを軽々と持ちながら、管制室を出る御雫祇をみんなが見送る。
スライドドアが閉まると、一斉に溜息が漏れる。同性から見て、御雫祇は格好良いのだ。
その隙に、エイミィは何事もなかったかのように自分の席へ戻り、コンソールで顔を隠す。
「っていうか・・・あの量を誰が食べるんだろう?」
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ
結界によって隔離されている以外は、普通に自然が残っている一帯。
休憩について、フェイトはここで取ることにしていた。試験場の一角だが、他の受験者も休憩中であるため危険もない。
手に箸を持ち、驚異的な速度で食べる御雫祇は既に四段重箱の一つを空にしていた。
同じく漫画肉を貪るアルフは、骨を咥えて文字通り骨の髄まで味わう。中には野菜やハーブまで詰まっている謎の漫画肉なので栄養に偏りもない。
「・・・フェイトさん、ちゃんと食べなければいけませんよ?」
「そ、そうですね・・・」
ドミノ倒しのような勢いで食べていながら、あくまでマナーは守る御雫祇。
口元は汚さず、口の中に食べたものが入ったまま喋ることもなく、食べこぼしもない。
見ていて気持ち良くはあるが、正直見ているだけで十分になってくる。
一緒に暮らすことにも慣れ始めたが、最初はその食事量に圧倒された。その膨大な食べ物が、細身のどこに収まっているのかは謎。
気付けば、完食していた御雫祇は口元を拭く。
「試験が始まってしまえば、私ごときがどうこう言うことはありません。余計なことを言わずともフェイトさんは、自分のやるべきことを達成できる人ですから」
「はい。ありがとうございます」
試験までの短い期間に効率的な勉強や、実践についての的確なアドバイスをくれた御雫祇にお礼を言う。
「私のため、ということもありますけど。なのはも頑張っているから、負けられないという気持ちもあるんです」
【スターライトブレイカー】を改良して、結界破壊の付加効果を得たなのはは毎日のように鍛錬を積んで日々精進している。
無意味に競うわけではないが、なのはと一緒に成長できるという実感はくすぐったいような楽しさがある。
「なのは・・・フェイトさんがビデオレターの遣り取りをしている人でしたね。確か、第97管理外世界だったと記憶していますが」
「はい。私に初めて友達になろう、って言ってくれたのがなのはなんです」
「それは良い事ですね」
普段は大人しいフェイトが興奮気味で語る姿に、御雫祇も表情が綻ぶ。
「友達は大事にしましょう・・・私は友達を得る機会に恵まれなかったものですから、今になって苦労しています」
冗談めかす御雫祇だが、フェイトには冗談で流したり他人事で済ましたりできなかった。
友達に限らず、近しい存在がいてくれないことの辛さは身をもって知っているから。
「あ、あの・・・失礼かもしれませんけど、私は・・・御雫祇さんのことを友達と思っちゃいけませんか?」
「私を・・・ですか?」
相変わらず表情は変えないが、目をパチクリさせている。
「別に私を友達にしたところで何も面白いことはないと思いますが」
「ええっと・・・そういう、面白いとか面白いで選ぶものじゃないと思うんです・・・何て言ったら良いんだろう・・・」
こうした立場になると、あの時のなのがどれだけ凄かったのかが解かる。
ちゃんと心に届く言葉を言えるなのはは、やはり凄いのだ。
驚いていた御雫祇も、言ったはよいが後の言葉が続かずにオロオロしだしたフェイトを微笑ましそうにしながら、手を差し出す。
「汚い手ですけれど、私のことを友達と思っていただけるならどうぞ」
差し出される手。
女性としては少し大きめで、傷だらけのその手は友好の証。
ただ、フェイトはその手をどこかで見た覚えがあった。
「ありがとうございます・・・」
「こちらこそ」
手を拒むことはない。自分から言い出したことだから。
不思議と踏み出せた一歩。けれども、その一歩でまた大きく進むことができる。
(あれ?)
御雫祇の手を握ると、唐突に記憶がフラッシュバックした。
「ああ、アタシもアタシも!」
「はい、アルフさんも」
「うんうん!」
空いている左手を差し出すと、アルフを尻尾をフリフリしながら握った手をぶんぶんと振る。
(この手は・・・)
目隠しして触ったら岩と間違えそうになる手。
およそ女性が持ちえる手ではない。どこか猛禽の鉤爪を連想させる。
それは、肉刺ができ、その肉刺が潰れた上に肉刺ができ続けた果て。
掌が摩擦で裂け、皮が破れ、血が噴き出しても手に剣を縛りつけて振るい続けた果て。
肉刺と乾いた血と千切れた皮膚が絡み合わなければ、この岩のような手にはならない。
でも、暖かいこの手をフェイトは知っている。
フェイトは涙を堪えるので精一杯になる。
解り合えない、盲目的に生きていただけの自分へ差し出された救いの手。
嬉しさも、喜びも越えたところにある安堵感が甦る。
「フェイト、フェイト」
「どうしたの?」
「ほら、フェイトも手!」
アルフは、フェイトとも握り合おうと手を出して待っている。
興奮して言葉足らずになっている。
「うん・・・」
アルフも友達だから。フェイトは自然にその手を握る。
「うん!これで良し!」
「アルフ?」
やけにご満悦な様子のアルフに、首を傾げる。
「これでアタシ達繋がったよ?」
「あ・・・!」
「あら、そうですね・・・手を繋いで、人が繋がって、いつか心も通じ合える。三人ですけど、人の輪ができましたね」
「人の輪・・・」
言葉がふわりと心に舞い降りて、居座る。
御雫祇の岩石のような手と、アルフの指の長い手。
声に乗せなくても、確かに繋がっている。手を繋ぐという、たったそれだけの行為で。
「フェイトさん、アルフさん」
「はい」
「ん?」
御雫祇はフェイトとアルフの顔を交互に見比べてから、表情を少し緩ませ笑みを浮かべる。
「三人で繋げば互いに繋げ合えますが、人が増えれば直接触れることができなくなります。けれども、その手が繋がらずとも、繋がることもできます・・・・・・いつか、貴女達が手を繋いだ人が、また別の人と手を繋ぐことで、繋がりが大きくなる日がくると、良いですね」
「はい・・・その“いつか”の日のために、頑張ります」
「遅れました!」
休憩が終わり、実技試験の後半が始まった直後に管制室へクロノが飛び込んできた。
息をせききっている。走ってきたらしい。
「グッドタイミング!」
エイミィがサムズアップで応える。
「フェイトさんの最終試験はちょうどこれからよ。はい、これ」
「ありがとうございます」
レティから資料を受け取ったクロノは手早く、これまでのフェイトの成績に目を通す。
あまり心配はしていなかったが、十分合格を狙える内容できていることに頷く。
「随分、遅れたけど何かあったの?」
「ああ・・・『ディジョンの乱』でチェックが厳しくて。検問の処理で手間取った・・・こっちは正規の執務官だと説明しても、手続きですからの一点張りだ」
憮然とするクロノだが、普段自分がどれだけ融通が利かないかは棚上げらしい。
おかげでエイミィが笑っているが。
その笑いに益々、憮然とするが諦める。
モニターには、試験場に立つフェイトとアルフ。
準備は万端らしい。
「ところで、今日の試験官は?」
本来なら、予定の空いていたクロノが試験官を務めるはずだったのを、変更されている。
クロノも変更後の試験官については聞かされていなかった。
「うん、空軍にAAAランク以上の空き人員がいたからその人に来てもらってるの」
「空軍・・・?ミッド空軍?」
「そそ。まぁ、実際は首都航空隊や空士隊と一緒の扱いになっちゃてるけど、名前だけはまだ空軍だからね」
管理局の中心であるミッドチルダには、地上本部が設置されていて各世界の陸士部隊を統括している。
そのため、伝統的にミッドチルダ世界固有の軍隊もまたその一部に組み込まれている。一応、形式的にではあるが、部隊名称は空軍とつくが。
「名前は?」
「この人だよ、名前は―――」
管制室には戻らず、観覧席に着いた御雫祇は扇子を広げ口元を隠す。
芝居がかかって見える仕草。意味もない動作に感じられても、何故か意味があるように錯覚する。
「まさか、貴方の義娘が出てくるとは思いませんでした、“ナインブレイカー”」
隣に座り、ミラーシェードグラスを掛けている“ナインブレイカー”と呼ばれた男は隠した目線も動かさない。
マフィアの幹部のような高級スーツに、無駄にベルトが多いコートを着込んだ姿は御雫祇とは違う意味で威圧感を放っている。そして、一際目を引くのが空にも、海にも似た蒼髪。
「興味があった。あのプレシア=テスタロッサの娘。プロジェクトFの素体・・・そして、あのガルムが関わったというからには」
それはお前も同じだろう。
言外にそう含ませる。
「私は、こだわっていますから」
変わらぬ表情からはそれを察することはできない。
「そうか・・・俺も似たようなものだが。奴と戦うことは二度とない」
「そうですか。残念です」
「心にもないことを」
ダグラスは肩を聳やかして笑う。御雫祇もつられる。
「奇しくもお互いの弟子対決になりますね」
「ランクが違う」
「年齢も違いますよ」
「そうだな」
簡潔に、要点だけを紡ぐ機械的な会話は、フェイトの試験官となる人物が登場するまで続いた。
会場の中央に立つフェイトは、休憩の別れ際に御雫祇から言われたことを思い返す。
(いいですか、フェイトさん。この試験では貴方に教えたことを使ってはいけません)
御雫祇から受けた魔法の手解き。かなり特殊で、本来は才能のないものに扱えないと言われた。
まだまだとても実戦で使えるようなものではない。改めて言い含められることもでないような気がする。
それ以上に気になるのは、その続き。
(貴女の相手となる試験官は、おそらく今のフェイトさんではいかに足掻こうとも勝てません。それを踏まえた上であらゆる手段を尽くしてください)
勝てない。それは驚愕の事実。
それでは、この試験に落ちるも同然だ。けれども御雫祇がそんな嘘を吐く様な人ではないと思う。
それが何故なのか。勝てない理由は。
御雫祇は簡潔に、そしてフェイトにはよく分からない言葉で返した。
「試験官、入場します」
エイミィの声が拡声器を通して聞こえた。
転送用の魔法陣が展開され、光と共に人が現れる。
フェイトよりも色素が薄く、毛先まで綺麗なウェーブが掛かっているプラチナブロンドのロングヘア。
ベルト状のヘアバンド。漆黒のブラウスには黒糸で死神が精緻に刺繍され、赤と黒のチェックのスカートの下には、ブラウスと同色のスラックスを履いている。
年齢はクロノと変わらないが、クロノ以上に大人びて見える。容姿も優れるが、特にその瞳は見るものを釘付けにせずにはおかない。
シャトヤンシーを持つアレキサンドライトのように、光の加減で瞳の色が変化している。
だが、その特別な瞳よりもフェイトは思い知らされた。
勝てない。勝てるはずがない。次元が違う。
それは、ディアーナや御雫祇と相対したときに感じた圧倒的実力差そのもの。
ランクがどうこう以前に、生物的に駄目だ。
「[ANNIHILATOR]」
試験官の少女が、歌うようにデバイスを呼ぶ。
袖のないロングコートのバリアジャケットに覆われグローブ型らしいデバイスを嵌め、その背には棺のような巨大な箱を背負う。
少女は巨大な箱を置くと、20cmほど宙に浮き上がる。
「私は嘱託魔導士試験の実技戦闘試験官、セーラ=アンジェリック=スメラギ一等空尉。準備ができているのなら、存分にかかってきなさい」
ゴクリ、と喉が鳴る。
最後の関門が今、開いた。
宴の後。喧騒のあったとは思えないほど、静まり返った高町家にはそこはかとない寂寞が漂う。
料理や飲み物が所狭しと並んでいたリビングのテーブルも片付けられ、器は食器乾燥機にかけられて低く作動音をたてている。電気も消され、各人が自分の部屋へ戻っている。
縁側から見える、敷地の片隅にある道場も明かりは消えていた。
木造の外見に反して、御神流の激しい鍛錬にも耐えられるように鉄骨で補強されている。
実際に士郎が使った期間よりも、恭也と美由希が使った期間の長い空間。床には二人の血と汗が染みていない場所などない。血反吐を撒き散らし、這い蹲り、数え切れないほど意識を失った。
僅かな月明かりが窓から差し込むだけの道場に、師弟はいた。
正座で相対し、目線を合わせる。微動だにしない。言葉も交わさない。
静かに。様式美ではない、静謐さの幽玄。
幻惑せずにはおかない。時が流れない。
――基本三形
――奥義六芸
――体術
――飛針
――鋼糸
教えるべき業は全て伝えた。
まだまだ未熟な所も多い。奥義も見真似でよちよち歩き同然。
それも、時間が解決すること。
教えるべきことがなくなれば、師は不要になる。後は己の信念のために剣腕を磨くだけだ。
「―――お前は、御神の剣士だ。美由希」
「はい」
今は師弟。兄妹ではない。
心だけは御神の剣士だった、幼く泣き虫だった少女は一人前の剣士としての一歩をもう踏み出した。
「勝ち負けではなく、御神の剣士であることを心掛けろ。さすれば、自ずと結果はついてくる」
「はい」
不破の剣士となった自分とは違う美由希が、恭也は少しだけ羨ましかった。
同時に、自分が御神の剣士を育てたのだと思うと少し誇らしい。
多くが美由希の非凡な才能によるものだとしても。少しぐらいなら罰も当たるまい。
今まで十年以上、美由希は拙い師匠を師と仰いで精進してきた。そのことにも感謝したかった。
美由希の指導者という立場でなければ、きっと自分は剣士としての道を外れていただろう。
「よく頑張ってここまで来たな・・・俺はお前を誇りに思える」
「・・・は・・い・・・」
美由希は泣いていた。
正座も崩れず、目線も外さず。それでいて涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら。
月光を浴びて幽世の住人であるかのような恭也を、僅かでも漏らすことなく目に焼き付けておこうとするかのように。
美由希を部屋へ返し、恭也は自室の寝床に入る。
明日からは高町家を離れ、イギリスへ渡ることになっている。
床の間の前には旅支度されたバックパックが用意されていた。
生来、どこでもすぐに眠れるという特技を持つ士郎とは違い、恭也はそれを鍛錬で身につけた。
だが、あえてそれをしようとは思わなかった。
閉じていた瞼が開かれ障子戸へ目を向ける。
「どうした、なのは」
「にゃにゃ!?」
障子戸を開けたなのはは、いきなり呼びかけられてびっくりする。
足音も頑張って殺してきたのに、恭也には筒抜けだったらしい。殺した足音を察知し、なおかつ聞き分ける能力は十分に人間離れしている。
なのははパジャマ姿で枕をぎゅっと抱えて立っている。
普段は左右で小さく結っている髪も寝ているときは下ろしているため、少しイメージが違う。
「あのね・・・」
「話は後に。もう、夜は冷える。部屋に入るように」
「う、うん」
言われるままに部屋に入るなのはを、恭也は手招きして迎え入れる。
「・・・・」
「・・・・?」
「・・・えいっ」
なのはは幾許かの逡巡の後、思い切って恭也の布団へ潜り込んだ。
もぞもぞと布団の中で動いてぴったりと恭也に張り付く。
軽く驚いたものの恭也は懐かしさを覚える。なのはが小学校に上がったばかりの頃まではこうして、布団に潜り込んでくることがよくあった。桃子や士郎は自分達のところに来てくれなくて寂しいと嫉妬交じりに零していたが。
どうしたのか、とは聞かずに恭也は肩まで薄手の布団を掛けてやるとゆっくりと優しく頭を撫でてやる。
「あのね・・・今日は、一緒に寝てもいい?」
「ああ。なのはがそうしたいのなら、いいぞ」
「うん・・・」
許しを得て、なのはは顔を恭也の胸へ埋める。
服の上から見ただけでは分からない筋肉質な胸板は硬く、鉄板のようだが暖かい。
嗅ぎ慣れた落ち着いた恭也の匂いに混じったアルコールの香りがなのはを酔わせる。
「・・・私が・・・いけなかったの?」
勢いはあった。その勢いが一つの契機を作った。
「私が・・・・・・」
「・・・なのは」
恭也は、9歳の年相応の小さい体を優しく抱きしめる。
「おにーちゃん」
「まだ、そう呼んでくれるなら、俺はそれでいい・・・俺はまだ高町恭也で居られる」
「おにー・・・ちゃん?」
急に、恭也が遠くなった。
胸に顔を埋め、体温を感じているのに。
「きっと、この世には誰も悪くないのに、どうしようもないことがあるんだろう。今回のことも、誰も悪くなかったとも言える」
それを、人は運命と呼ぶのかもしれない。
「でも・・・」
「幸せになろうとすることを、誰も否定してはならない。非難してもいい。否定だけは駄目だ。みんな、誰だって形は違っても幸せになりたいものだ。プレシアはプレシアの、フェイトはフェイトの、なのははなのはの」
現実は、幸せの総量が決まっているかのように誰もみんなが幸せになることはできない。
誰かの幸福の陰には誰かの不幸が横たわっている。
「人はどうしようもないほど、自分の幸福だけを求めるときもある。度し難いほどに。だが、同時に誰かの幸福を最大限実現するために、自分の幸福を捨てることもできる。その良し悪しは別にしても」
それがプレシアのことを指しているのだと、なのはにも分かる。
親子が共に暮らせることが最良だった。けれども、それは叶わない。過去に犯した罪は、現在の罰となって降り注いだがために。その罪すら、負うべき罪ではないのに。
だから、辛い別れになった。
ずっと側にいることだけが幸福ではないから。
子供はいつか旅立ち、自分だけのものを見つける。
新しい世界。親しい友人。愛すべき人。そうやって、世界を広げ、また次の世代へ伝えていく。
「予定通りだったわけでもない。結果に満足しているわけでもない。だが、俺が被っている現状についてのは不平不満はない。これは俺が選択した、誰かを幸福にしたいという想いの産物だ。一度でも否定してしまえば、全てが俺の中で嘘になる」
言葉の多い恭也の顔を、なのはは胸から顔を外して見上げる。
「なのは、後悔のない選択肢などこの世にはない。何かしら、必ず後悔がついてまわる。だから、できるだけ一番の後悔のない選択をするんだ・・・それとも、なのはにとってフェイトと友達になるためにやってきたことは、後悔することなのか?」
「そんなことない・・・私は、フェイトちゃんと友達になれて嬉しいよ。でも・・・でも・・・おにーちゃんとも一緒に居たいよ・・・また居なくなるなんて嫌だよ・・・」
なのはにとって、最大のトラウマ。
“自分のせいで恭也が居なくなる”。
例え、事実と違ってもなのはにとってそれが真実。
“どこか行って”。今度はそれを行動と選択で恭也に叩きつけたのでは?
その想いがなのはの心を締め上げる。
「言っただろう、なのは。誰も悪くないこともある」
心の中を見透かしたように、恭也が言う。
それでもなのはは頭をぶんぶんと振る。たとえ恭也に言われても、なのはにとって変わらない真実がある。
恭也は困ったような難しい顔になりながら、眦に溜まったなのはの涙を拭ってやる。
「もし、俺に対しての負い目があるなら・・・忘れろとは言わない。そのことをもう他の人に決してしないようにな」
「うん・・・」
「それに俺は、なのはがそうやって今回のことで負い目を持つよりも、今回のことを誇りに思って欲しい」
できるだけ、自分の想いが伝わるように言葉を紡ぐ。
「フェイトを救ったのは、まぎれもなくなのはだ。それは誰にでもできることではない。自分の想いに従い、心を決めて、そのために努力を積み、懸命に果たした。それを人は勇気と呼び、その源を信念とする。俺は、なのはが信念を以って行動してくれたことを嬉しく思ってる」
9歳と年齢を思えば、早いほどだ。けれども、なのはは確かに信念を以って挑んだ。
そして、見事に果たした。拙く愚かな大人たちの小細工を超えて、フェイトにとっての救いとなった。
自分にできなかったこともできる。今のなのはが恭也にとっては堪らなく眩しい。
「俺の不在を惜しみ悲しんでくれることは嬉しい・・・だが、兄にとってなのはが信念に基づいて成長してくれるほうが、幾万倍も喜ばしい」
それは形は違えども、御神という滅んだ一族の想いが今も継がれていることの証。
美影が、一臣が、静馬が、琴絵が、恭也や美由希に残した想い。一族を知らないなのはにも継がれていることは、彼らにとって何よりも慰めになるのではないだろうか。それは、みんな生きた証に他ならない。
心を灼かれる生き地獄を味わっても護ることに固執した自分にとっても、幾許かの慰めとなる。
「おにーちゃんは・・・本当に、そう思ってるの?」
「ああ。本当だ」
「うん・・・・」
何に肯定を示したのか。
なのはは分かっていても、それを口にすることはなかった。
また恭也の胸に顔を埋め、明日には居なくなってしまう兄の匂いと体温を覚えようとする。
フェイトにとってのガルムとは違い、今生の別れではない。
けれども、これは自分の招いた結果なのだ。そのことを胸に刻み、二度と同じ後悔をしないために。
慰めにはなっても、決して救われない恭也のためにも。
信念を曲げないことを、なのはは決めた。死んでも曲げまいと。
―――もし、曲げたとき。
―――それは、今度は自分の中の恭也を殺すことになる。
あとがき
色々あって、前話から大分間隔が空きました。前回の話を忘れられてなければいいけど。
今回で、無印とA’sを繋ぐ幕間は終わりです。同時に、平穏な時間の終わりも意味します。
A’s編本編になります。タイトルはリバースの名前を残して「リリカルリバースR3」にするか、「リリカルアールスリー」にするかはまだ迷っています。多分、分かりやすく前者になるでしょうが。
まぁ、シリアスでかなり嫌な話になりますが。
それはともかく・・・・なのはやフェイトでシグナム&アストラ&ヴィータに果たして勝てるのか・・・。
それでは、次回スタートの本編でお会いしましょう。
それぞれが進み始める。
美姫 「幕間としてのお話はこれで終わりなのね」
みたいだな。
フェイトは嘱託魔導師としての一歩を。
美姫 「なのはも成長を」
そして、いよいよ次回から本編が!
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます。