壮大な造りの床。壁。柱。天井。

摩擦を生じさせないのではないかと思うほど研磨された床石。

果てがないと感じるほど床石は続き、床を埋め尽くす。

壁には窓がない。光が射し込まない。精緻な意匠による金銀螺鈿、名工の筆による壁画。

天井まで至る天地創造に似た一大絵巻。

柱には偉大なる先人達が等身大の像として、栄光を讃えるかのように収められている。

視線の先に見るは己の栄華か、それともまだ見ぬ地平か。

 

 

ディアルムドは床に映りこむ自分の姿を見ることない、正面の一点だけを見て歩く。

正装であり、象徴である騎士甲冑を纏い歩く姿は威風堂々。

随行する従者はない。広漠とした回廊を進む足音だけを引き連れる。

 

 

「騎士ディアルムド」

「騎士スカーサハ」

 

 

回廊の出口。

巨人も迎えられるほど巨大な『無窮の門』。

スカーサハは騎士甲冑と陽炎のような揺らめきを纏い、立ち塞がっていた。己が門番―――否、何人も拒む鍵であると無言に語るかのように。

 

 

覚悟はあるのかと問うことはない。

 

 

[ストゥルムクリーァ]

 

柄、鍔、刀身に至るまで漆黒。

漆黒の刀身は発光する文字が整然と刻まれている。

スカーサハの長剣は実用を無視しているかのよう。

 

 

[ゲイジャルグ][ゲイヴォー]

 

世に二刀流はあれでも、二槍流を使う物は一人。

大気を歪める紅蓮の長槍。

大地を鳴動させる藤黄の長槍。

 

[モラルタ][ベガルタ]

 

同時に二刀流も使うは、やはり一人。

歪めた大気を歓喜させる天鵞絨の長剣

鳴動を凍て付かす月白の長剣。

 

[モラルタ][ゲイジャルグ]と。

[べカルタ][ゲイヴォー]と。

組み合わさり、結合する。

 

 

問うべき覚悟はとうに。

騎士は言葉ではなく、行動で示す。

今ここにある。那由他の言葉よりも雄弁に示している。

互いに、死して屍となれば無何有の郷(むかうのさと)にて王へ不忠を詫びるのみ。

互いに、生きて恥を晒そうとも己が志のままに生きるのみ。

 

 

「聖王教会が教皇補佐官(カメルレンゴ)・スカーサハ=インテグラ」

 

「聖王教会が赤枝騎士団(レッドブランチチャンピオンズ)・ディアルムド=ウア=ドゥヴネ」

 

 

「我、忠のために」「我、貴婦人のために」

 

 

 

「いざ、戦わん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日の落ちた高層ビル街。

就業時間を終えた会社員が帰宅を始め、残業する者が買い込んだファーストフードを溜息と交互に食べる時間。昼と夜の逢魔ヶ刻も終えて、冬の澄んだ闇夜が訪れる。

かつては日暮れと共に営みを終えた人類も、現代ではまだこの時間活動する。社会人にとってはこれからが本番の時間。

 

しかし、今日だけは――――少なくとも高町なのはの居るこの高層ビル街は無人だった。

ビルというビルの明かりが落ち、人の生活臭さえも消えている。

 

なのはは最初こそ気になったが、気にする余裕もない。

何者かに急襲され、戦っている今は。

 

思考が戦闘へ切り替わったなのはの脳裏を占めるのは、最善の一手。

距離の有利を占め、発動までの時間を確保したことで得た、一撃必倒の間。

 

構えた[レイジングハート]の先に球体に編んだ魔力がその量を増しながら圧縮されていく。

足元に浮かぶ桜色のミッド式魔法陣。なのはにとっては慣れ親しんだ魔法。一番得意とし、信頼する魔法。

狙うは猩々緋色のバリアジャケット着て、鉄槌のデバイスを持った少女。

 

「ディバイン―――

 

 

射出するための推進力が球体表面を撫で、

 

 

―――バスタァァァ!!!」

 

 

一条の光の帯となって大気を駆け抜ける。

 

理由を聞いても答えない鉄槌の少女に怒ってもいたが、それでもなのはは軽々しく【ディバインバスター】を撃つようことをしない。なのはの戦闘意識が、それでなければ倒せないと判断したから。理由を聞かれても説明などできない。直感だから。

それでもなのはは、自分の直感を信じている。今までもそうして自分の直感を信じてきたからこそ、戦えてきた。

 

 

「―――っ!!」

 

「嘘っ!?」

 

 

必倒の【ディバインバスター】を鉄槌の少女は、間一髪で回避した。

なのは試算では命中確率91.1%。

十回に一回は外れるかもしれないという程度。しかし、確率論であって回避は限りなく困難だったはず。

 

何か、自分の試算に足りないファクターがあった。それを認めるしかない。

髪の毛数本と、帽子を吹き飛ばしただけ。それを踏まえた上で次の手を考える。

 

――暇はなかった。

 

 

「テッメェェェ!!!」

 

「っ!?」

 

 

デバイスから何か排出されると、鉄槌の少女の魔力が跳ね上がった。

怒声を放ちながら、比較にならない高速で飛翔吶喊してくる。

 

理由は後回し―――できない。理解できない現象に、なのはの動きに僅かなタイムラグが生じる。それでも致命的ではない。

高層ビルのオフィスの一つ。そこの割れた窓から狙撃を掛けた自分が今やらなければならないこと。閉鎖空間という砲撃を得意とする自分にとっての鬼門から脱すること。仕留め切れなかったときのために、ルートはあらかじめ考えておいた。

 

相手がもっとも力を発揮するのは鉄槌型デバイスを直接叩きつけてくるとき。

それまでは自分の間合い。攻撃を掛けてこようと思えば、狙撃した窓から入ってくるしかない。

窓から下がり、【ディバインシューター】のスフィアを形成しながら次の攻撃に備える。

この位置からならば次を外しても、【フラッシュムーヴ】で瞬時に離脱できる。

 

至近距離での砲撃は危ない。できれば、バインドを掛けたかったが一時的に魔力を跳ね上げている相手を留めておくほどのバインドを構築する時間がなかった。

 

(次で、決める!)

 

そして、話を聞く。

高い魔力反応で自分を誘き寄せ、訳も話さずに襲ってきた理由を。

やはり、フェイトと違う攻撃的な気配になのはも興奮気味だった。冷静な思考が少し欠けていたかもしれない。

 

 

 

―――ビギィッ!

 

 

亀裂。

 

 

―――バゴォォッ!!!

 

 

 

 

「雄ォォォォォォォォオ―――!!!」

 

 

 

少女らしからぬ雄叫び。

それと共に鉄槌の少女は天井を打ち抜いて突撃する。なのは目掛けて。

 

破砕された天井。その破片と粉塵をハンマー投げの投擲動作のような回転で巻き込みながら。

 

 

「ラケェテェェン――――

 

 

円錐を二つ繋げたような形状のハンマーヘッド。その片方がロケットの噴射口に変化し、少女の体など簡単に引っ張ってしまうような強力な推進力を噴き出す。

 

 

―――ハンマァァァ!!!」

 

 

少女は遠心力との拮抗を見事に果たし、鉄槌の何倍もの大きさにさ錯角させる推進力を一点に集中させる。

その一点である鉄槌のヘッドを完全に不意を衝かれたなのはへ叩きつけた。

 

 

「ラウンドシールド!!」

 

 

桜色の防御魔法が展開される。

さっきは止められた。今の魔力が跳ね上がっている一撃を止められるか分からない。

いや、止めなければ。

 

拮抗する魔力。

鉄槌の先端から赤い魔力光が花びらのように散るが、それ以上になのはの桜色の魔力が桜吹雪のように舞い散り出した。

 

 

ぞくりと、悪寒が走る。

決して破られたことのない【プロテクション】が、

 

 

「っらぁぁぁ!!!」

 

 

ガラスを割るかのように、砕け散った。

瞬間、バリアを貫通してきた【ラケーテンハンマー】の衝撃が体をくの字に折る。いや、圧し折る。

更に追い討ちをかけるように本当にハンマーヘッドが腹部にめり込む。

 

 

「かっ、はっ!」

 

これ以上ないほどに、なのはの眼が大きく見開かれる。

鉄槌の少女は驚愕と苦痛が綯い交ぜになったなのはの顔を瞬時に焼付け、見送った。

 

オフィスと通路の壁を一枚、二枚、三枚・・・と突き破り、反対側の窓に面した部屋でようやく止まった。

壁を抜いたことで軽減された勢いだが、それでもなのははカーペット敷きの床を二度ほどバウンドで転がった。

 

 

「あ・・ぐっ、ぐぅっ・・・うぇっ・・・」

 

痛打された腹部から競り上がる反吐を出しながら悶える。

痛いという以前に、体から意思を引き剥がされ、真っ白になった。すぐに意思も意識も戻ったが、今度は痛みとダメージで麻痺した体は少しも言うことを聞いてくれない。

ダメージを軽減してくれたバリアジャケットは、基本部分を残して完全に消滅している。基本部分はそれまで着ていた服を構築しなおしただけで、何の力もない。

 

一撃。たった一撃で、戦闘不能にされた。

呼吸さえままならぬなのはの脳裏は今、それ一色に染められていた。

時の庭園でガルム―――恭也の【アルヴィト】で受けた斬撃はまだ手加減されていたのだと気付く。

本物の一撃はこれほど痛く、苦しく、戦う意思を刈り取る、

 

体を起こしたくとも、腕も動かない。力を込めても指先が震えるだけ。

 

その間に、鉄槌の少女はなのはが突き抜けた壁を通って目前まで来ていた。

油断は一分もない。悠然と歩いてこない。回復の時間を一秒たりとも与えるつもりのない素早い動き。

あの一撃を打ち込み、仕留めた手応えを得ても最後の一撃を打ち込むまで油断しない。

 

 

鉄槌の少女は、倒れ伏しながらも瞳に光を湛えるなのはを見下ろす。

いたいけな小動物を苛める気分。けれども、少女は無造作にトドメの一撃を加えるべく鉄槌を振り上げる。

非殺傷設定でも、防御手段を持たないなのはでは確実に意識を刈り取られる。

 

 

「寝てろ」

 

短く、合図となる言葉と同時に鉄槌が重力に引かれ、

 

 

―――ガキィン!!

 

 

受け止められた。

 

黄金色のツインテール。黒を基調としたバリアジャケット。

それは半年振りに見る、なのはにとって大切で掛け替えの無い友達の後姿。

 

 

「っ!仲間か!」

 

鉄槌の少女は切り替えも素早く、二歩距離を取る。

 

「違う―――」

 

気取られることなく、気取られても反応するよりも先に割って入った魔導士は否定する。

その否定は、けれどもただの否定ではなかった。

魔導士にとって、長い暗闇と悲しみの果てに得た一つの果実。

 

 

「―――友達だ」

 

 

魔導士―――フェイトは、初めてその単語を自分から言えた。

 

 

 

 

 

フェイトと鉄槌の少女が猛然と打ち合いを始めながら、なのはが倒れるオフィスから離れていく。

鉄槌の少女はフェイトのスピードと、なのはと違い近接戦闘もできることを警戒して。

フェイトはなのはから少女を引き離し、安全を確保するために。

互いに高層ビルの外へ出ようとしていた。

 

 

二人が去ったオフィスに取り残されたなのはにユーノが回復魔法をかける。

非殺傷設定で受けたダメージを癒すときに最も効果を発揮する回復魔法でも、回復が困難だがそれでもかなり楽になる。

 

「ユーノ君・・・」

「間に合った・・・とは言えないけど、寸でのところで良かった・・・」

 

はーっ、と素潜りから戻ったダイバーのように大きく吸い込んでから安堵の溜息を吐く。

 

「どうして・・・フェイトちゃんも・・・」

「話すと長くなるんだけど・・・フェイトは嘱託魔導士試験に合格して、無罪判決をもらったんだ。それでそのまま初仕事でこっちに来たんだけど・・・まさか、なのはが巻き込まれてるなんて思いもしなかったよ」

「フェイトちゃん・・・良かった」

 

自分のダメージよりも、フェイトが無罪となってこの場にいることが嬉しかった。

戦闘中にあるまじきことでも胸の内からの喜びは止められない。

 

「それじゃ、リンディさんやクロノ君も?」

「来てるよ。今はアースラでこっちの様子を見ているだろうけど・・・僕らだけ、先に送ってもらったんだ」

 

結審後のハードな展開と、トンデモナイ移動方法を思い出してかユーノの顔には縦線の効果が入る。

管理局の非常体制における緊急出動の凄さを思い知らされた。なるほど、税金を取るだけはあったのだ。

しかし、その後の移動方法だけはいただけない。頼んだリンディもそうだが、みんな肝が冷えただろう。生身でやられたユーノはもっと怖かった。

 

なのははユーノの縦線効果を疑問に思うが、話全体の要領は得たので納得する。

できすぎな感じもするが、それはそれ。今ここにある状況をしっかりと押さえる。

 

「うん・・・もう、大丈夫だよ」

 

ユーノの回復魔法を遮って立ち上がろうとする。

けれども、麻痺がどれただけで痛打のダメージで体力を奪われた体は立ち上がろうと踏ん張っても尻餅をついてしまうだけ。立ち上がるどころか、起き上がるだけでも精一杯。

 

「駄目だよ、なのは。ダメージは大きいんだから」

 

バリアジャケットの再構築ができていない。

それは取りも直さず、魔法の根源であるリンカーコアへもダメージが入っていることで魔法を使用する能力に支障を来たしていることになる。時間を置けば元へ戻るが、これを一足飛びに回復させる方法をAランク魔導士であるユーノは持っていない。

 

「でも、フェイトちゃんが!」

 

鉄槌の少女の力は、想像以上だった。一時的に跳ね上がった魔力も気になるが、それ以前でもなのはと拮抗していた。かつてフェイトを倒したにしても、なのはとフェイトの実力が互角であることは変わらない。つまり、鉄槌の少女が何らかの方法で一時的に魔力を跳ね上げさせたらフェイトとてただではすまない。

作戦の誤りがあったとは言え、その裏を見事に衝いた鉄槌の少女をなのはは自分より上の魔導士と認識していた。だからこそフェイトのフォローに回らなければならないと思う。

 

 

「大丈夫だよ」

 

ユーノはできるだけ、もっともらしく言う。相手の強さはユーノだって察することができる。

なのはが防御魔法を展開しないはずがない。今のダメージは、防御には定評のあるなのはの防御力を上回り、その上で与えたものということになる。その一事で、相手の強さが知れる。

けれども、だからこそユーノは自分がなのはを落ち着かせるべきだと思う。焦って攻めても逆効果になる。リンディ達だって状況はモニターしている。一人が無茶をしたところで何とかなる状況でもない。フェイトが抑えている時間を使って、敵を分析し、対処法を考えることが先決だ。

 

「それに、二人には何か考えがあるみたいだしね」

「考え・・・?」

 

反応し、なのはから思いとどまるような雰囲気を感じ取ったユーノは内心ガッツポーズ。

 

「うん。考え」

 

これは嘘でも何でもない。

なのはが魔導士としての基礎と戦術構築を連日行っていたように、フェイトだって日々精進していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

広いとは言えないビル内の通路。人が四人並べば窮屈な広さしかない。

非常灯さえ灯らず光源のないはずの通路は闇に閉ざされているはずが、空間自体が光源として光を発しているかのように視界を保たせている。

 

 

金色の湾曲刃が闇の奥から生える。

 

「ッィイ!」

 

赤い髪が数本散り、残光が通路の壁を通る。

じぃっ―――チョークで線を引いたような痕が壁に描かれる。

 

 

―――ボォォッ!!!

 

 

鈍色の鉄円柱が金色の残光を霧散させる。

金色の刃が線なら、鈍色の鉄円柱は面。掠めるような軌跡だけで、風圧に引き込まれるそうになる。

地面へ激突。床が爆発。連鎖的に壁面が崩れだす。

 

(なんて、パワー!)

 

根本的にパワーが違う。

フェイトも細いが、鉄槌の少女はもっと細い。

鎌と鉄槌。二つは違う。だが、魔導士にとっては魔力の使い方の違いになる。

 

当たるわけにはいかない。

今はなのはの居る場所から引き離す。

 

 

金色が残光を描き、鈍色が消し飛ばす。その交錯。

サイズフォームの[バルディッシュ]に、鉄槌が正面から打ち落とされる。

咄嗟に[バルディッシュ]の軌道を手首の捻りで変え、鉄槌と大鎌を交叉させる。

鉄槌が再び壁面に激突。放射状に亀裂が走ることを認識する間もなく、一面の壁が外側へ破裂して散る。

 

鉄槌の少女は仕留めきれないことを顔に出しはするが、舌打ちはしない。

対するフェイトは冷や汗を流す。

 

(打ち合いは絶対に駄目。打ち合ったら、私のほうが打ち負ける・・・)

 

打ち合えない。

それでもまだできることはある。

 

 

―――【ブリッツアクション】

 

 

高速移動魔法。屋内の狭い通路という状況下で使えば自殺行為になりかねない。

 

「なっ!?」

 

冷静さを崩さなかった鉄槌の少女が驚く。

通常ならあり得ない、上方から鎌が表切上げに振り下ろされる。

表切上げであれば振り下ろす動作は絶対になにも関わらず、現実はそれ。

 

天井を踏みしめ、鉄槌の少女からは逆さになったフェイトが映る。

屈み、金色の刃をやり過ごす。フェイトはそれで止まらず、踏みしめた反動で壁に足をつく。亀裂の入る壁を無視し、屈んでいるところへ下半身を狙う薙ぎを繰り出す。

 

「シィッ!」

 

速い。屈みこむのとほぼ同時。

屈むことで天井のフェイトが死角になることを衝いた。そも、天井の攻撃は囮。

 

「ッッ!!」

 

見えぬ、追えぬ。

鉄槌の少女はそれを勘という非常識で、闘争に必須の要素で凌ぐ。

鉄槌の柄を立て、足元を刈り取る金色の刃を止める。

 

 

「ナメンナァッ!!!」

 

 

一転。予備動作なしで、[バルディッシュ]を押し返し、フェイトを弾き飛ばす。

莫迦力の領域ではない。パワーの使い方も巧い。

フェイトも弾き飛ばされきる前に【ブリッツアクション】の速度そのままに後退する。

 

だが、

 

―――ガシュン!

 

なのはを追い詰めたときのように鉄槌から何かが排出される。

途端、少女の魔力が跳ね上がる。何が排出されたのかを見極める余裕が奪われる。

剣術で言う右車の構えのように両手で後方へ流すようにして鉄槌を構え、吶喊する。

雄叫びがない。飲み込み、溜め込んでいるかのようだ。

 

フェイトは覚悟を決めながら、更に後退する。その速度を落としながら。

迎え撃つかのような動きに鉄槌の少女がニヤリと笑う。射撃魔法の間合いではない。パワーで押し切れること読んだのかもしれない。

威力を考えれば迎え撃つのはミス。避けきれるかと言えば自信などなく、受け止められるかと問われれば防御力でなのはを遥かに下回るフェイトには不可能。それでもあえてフェイトは速度を落とした。

 

鉄槌の柄頭にロケットの推進ノズルが現れる。そして、反対の面には尖端が生じてピックとなる。

潰しにかかることが一目で分かる。姿だけで威圧感がいや増してくる。

これを止めることができるとは思えなくなってくる。

精神的に呑まれかけながらも、フェイトは覚悟を決めた。

 

ざーっ、ぎっ、と高速で後退する足を唐突に止めた。

少女は軽く驚くが、不敵に笑う。止められるものなら止めてみろと、自分の一撃に自信を漲らせ。

 

 

「ラケェテェ「アークセイバァー!!!」

 

 

まだ間合いの外。それも後僅かで踏み込む位置。

打ち込むには遠いようで、実は危険な位置。

鉄槌の少女が打ち込むべく腕に力を込めると同時。

 

腰溜めから[バルディッシュ]を振り抜くと、金色の刃が鎌から離れた。

 

 

―――ェンハンマ―――」

 

 

少女は無視して、もろとも打ち壊しに掛かる。

ロケットの推進ノズルが噴射され、推力を得た体が遠心力をつけて回転する。

この程度の貧弱な飛び道具にやられるほど少女と、少女の力はやわではないと主張するかのように。

 

 

「セイバーブラストッ!!!」

 

 

―――カッ!

 

閃光と魔力の爆発。

放たれた金色の刃が破裂し、光と衝撃が少女を襲う。

 

 

「しつこいんだよっ!!」

 

所詮、それも蚊の一刺しとばかりに視界を覆う光も、衝撃も無視し、凶悪な鈍器と化した鉄槌を更に後退を始めたフェイトへ叩き込むべく吶喊を継続。

狭苦しい通路が途切れ、フェイトが窓から外に出る。少女は追う。逃がさないと。確実に窓を出たところで叩き込める確信がある。

追われるフェイトには、もう打つ手がない。魔法を発動する暇など与えない。与えても無視できる威力だ。猩々緋色の騎士甲冑を抜けるほどの威力など到底出せはしまい。

 

 

「これで―――!!!」

 

「―――詰みだ!」

 

「!?」

 

 

必殺の鉄槌を振り落とすはずの両手が信じられないほど強力な力で引っ張られる。抗うことができずに両手が左右に固定されてしまう。手だけではなく足も同じように固定される。

 

「バインドッ!?―――遅延効果か!」

 

気付いたは良いが、遅すぎた。

追い討ちをかけるように【チェーンバインド】が拘束力を上げる。

 

「くそっ!」

 

力むが【リングバインド】と【チェーンバインド】による二重の拘束はびくともしない。

完全に捕らえられてしまっている。

 

「まだ他にも居やがったのか」

 

少女は悔しそうにはするが、決して卑怯者とは罵らない。

罠に掛かった自分が間抜けだっただけのこと。

潜んでいた人間形態のアルフが高度を下げてくる。フェイトとアイコンタクトで成功を確認し、喜び合う。

 

「時空管理局の嘱託魔導士として、魔法の不法使用その他の容疑により貴女を逮捕します」

 

バインドを破れないと確信を得たフェイトが言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・封鎖領域・・・・」

「え?」

 

アースラの艦橋。偶然か故意か。緊急時の戦力として同行していたセーラが呟く。

艦橋の三人は振り返り、セーラへ注目する。

 

「・・・・古代ベルカの遺失魔法のこと・・・・」

「何を指しているんですか、それは?」

 

年齢は同じでも先任一等空尉であるため階級は上のセーラへクロノは丁寧に聞く。

 

「周囲の用途不明の結界ですか?」

「そう・・・・私が生まれる前ぐらいにN.....が発掘した魔導兵器からの再現を試みようとして、諦めてた・・・実物は私も初めて、見る」

 

海鳴市のビル街を中心とした半径1km。

それらをすっぽりと覆う形で張られた結界はいかにも不自然だ。

フェイト達3人の侵入を簡単に許し、アースラによる観測システムを拒絶することもない。何のための結界なのか。

 

「効果は何ですか?」

「・・・・一つは、結界を破壊するか解除しない限り、外へ出られない」

 

綺麗に爪先が整えられた右の人差し指をピンと立てる。

 

「もう一つは、空間の位相を少しずらした空間にすることで、結界の解除後は戦闘による物的損害がなかったことになる」

「なかったことに・・・なる?」

 

三人は言葉をそのままの意味にとっていいのか迷う。

 

「そのままの意味・・・・理論上の話だけど。壁や窓を破壊しても、解除後には破壊はなかったことになって、破壊されていない状態へ戻る」

「・・・つまり、位相をずらすことで同一だけど非なる空間を作り出すってことね」

 

顎に指を当てて考えていたエイミィが理屈を解する。セーラも肯く。

技術的には凄いレベルだ。半径1kmの空間の位相をずらし、なおかつ維持する。

今のミッドの技術力を結集してもできるかどうか。

 

「・・・でも、あまり意味がないわね」

「だから、N.....も諦めた・・・魔力のコストと条件の困難さ、メリットの少なさで」

 

対物非干渉に設定すると、人間にも作用しなくなる。高性能なデバイスなら両者を分けることができるが、それでも威力は下がる。かと言って、無秩序に破壊するわけにはいかない。

そのジレンマから逃れる術ではあるが、求められる魔力のコストや、設置における条件の困難さがメリットを上回ってしまっていた。

 

「だったら、どうやってあれは展開しているんですか?」

「・・・・多分、遺物をそのまま使ってる。N.....も元々遺跡から発掘して展開装置を分析していたから」

 

スラスラと普段の寡黙さ嘘のようにセーラは答える。

エイミィはその技術に素直な感心を寄せるが、リンディは内心で驚いていた。

如何にナインブレイカーの義娘とは言え、ここまで詳しいものなのかと。

 

「出られないとなると、あの少女から解除方法を聞きだすしかないな・・・」

「素直に喋ってくれそうにはないけどね」

 

エイミィの言葉は奇しくも的中することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

封鎖領域の外。ビル街でも外縁部にある中層のビルの屋上に二人と一匹の影があった。

ノースリーブで直垂のように前後に伸びるインナー。短衣のジャケット。パレオのように一部が開いた布を巻きベルトで留めている。インナーは躑躅色、ジャケットやパレオは紅紫色。

手と足には鉄甲と足甲を嵌めた騎士甲冑はその名の通りに戦闘向きのもので、シグナムのその手には一振りの剣が握られている。

 

もう一人のシャマルは基本的にシグナムと似ているが、ジャケットは長袖。ロングスカートを履いている。帽子も被っている。極力露出を抑えるようにしているらしい。千歳緑のスカートや淡萌黄のジャケットなど全体的に緑色で、シグナムとは対照的な柔らかさがある。

手には何も持たないが両の薬指と人差し指には合計四つの指輪が嵌められている。

 

最後の一匹であるザフィーラはいつもと変わらないが、それでも四本の足にはレガースを履いている。

 

「先走るなとあれほど言ったが、通じなかったようだな・・・」

「そう言うな。一途な情熱はアレの長所だ・・・それに、それで我を見失うようなこともない」

 

さっきまで一緒に行動していたザフィーラの嘆息を、シグナムが窘める。

 

「つまり、ヴィータちゃんが苦戦して捕まるほどの相手ということ?」

「ああ。最近は雑魚ばかりだったからな。アレも油断したというわけでもないだろうが」

「ならば、我々も全力で迎え撃つか・・・」

「いや・・・そもそも我々に誤りがあったのだろう」

 

シグナムはゆっくりと瞬きをする。紺桔梗の瞳に鮮烈な光が宿る。

疚しいことがあれば思わず眼を逸らしたくなる厳しく強い光。そうでなければ瞳の強さに魅入ってしまうような光。

 

「獅子博兎・・・闘争である以上、我らは常に全力を以て挑まねばならなかった」

 

手の内を隠すためや、相手の出方を待つための駆け引きではなかった。

弱い相手に慢心していた。それが今、ヴィータの判断を誤らせ、捕縛されるという失態を導いた。

しかし、今回はそれがヴィータであっただけで他の三人であった可能性は高かった。

 

「確かに、眼が覚めたな」

 

ベルカの騎士に敗北はない。

無論、それは理想だ。過去のベルカは歴史において惨敗を繰り返した。

だが、それでも。それでもなお、理想は折れない。

 

「アストラは?」

「今こっちに向かうそうよ」

 

抜かりなく、シャマルはヴォルケンリッターの全戦力を集める。

恭也やはやてには不自然に映ってしまうだろうが、この場にはそれが必要なのだ。

 

「十分だな」

 

それが合図。

まごついている暇はない。

シグナムとザフィーラがシャマルの前に並んで立つ。

 

 

「紫電一閃」

 

コマンドに従いシグナムの剣型デバイス[レヴァンティン]から、カートリッジが排莢される。

柄と鋩から炎がとぐろを巻くように生じ、剣身を炎で覆い尽す。

 

その後ろでシャマルが両手を前へ突き出す。

指輪型デバイス[クラールヴィント]の宝石部分がワイヤーに繋がれながら離れる。

四つの宝石が伸び、シグナムとザフィーラの真後ろに大きな円を形作る。

 

 

「駆け抜けるは風――――シュネルシュトラーセ」

 

足元に浮かぶ浅緑色の魔法陣―――ベルカ式魔法陣。

 

「行くぞ」

「応」

 

呼びかけにザフィーラは短く応ずる。

 

 

 

――――【シュトゥルムウントドラング】

 

 

瞬間、弾丸のように加速した一人と一匹はビルの屋上から掻き消えた。

 

 

 

 


あとがき

 

これがアップされている頃にはエースコンバット祭り中であろう綾斗です。

2週間前には完成していた二話目なのですが、三話目の投稿の目処が立ってから投稿するべく今まで掛かっています。何しろずーっと戦闘シーン。ヤバイと思いつつも戦闘シーンです。

 

アールズにおけるヴォルケンズは強いです。それはもう強いです。

パワーインフレではなく、単純にヴォルケンズの経歴を考えるとこれぐらいが普通と考えています。

単純な話、たった9歳のフェイトが活動期間は短いにしろ圧倒的に経験と剣技で勝るシグナムを相手に武器の差で押される程度というほど強いのはあまりに不自然です。これはヴィータとなのはにも言えることでしょう。

武器の差と言うならデュランダルを装備したクロノがA`s終了時点の最強という訳の分からない状態になりかねません。

武器の差を埋めたとしても残る経験と技術の差をいかにして埋めるか。才能であるにしても、才能をどう使った結果なのか。それがアールズにおける対ヴォルケンズ戦の課題になります。

 

ちなみに「N.....」とは「ノース・ミッドチルダ・グランダーI..」の略です。

あれぇ?どっかで聞き覚えがあるよなーと思われる方は口チャックでお願いします。

もう一つオマケにすると封鎖領域の設定が原作と異なるのはわざとです。きっと、都築さんの頭の中ではStSの時点でこの技術はきっとなかったことにされてるはずですから。

 

それではまた次回、お会いしましょう。





なのはと騎士たちが出会い、ぶつかり合う。
美姫 「いよいよ始まる闇の書事件」
圧倒的な経験を持つ騎士たちに、なのはたちはどう立ち向かうのか。
美姫 「熱い、熱い展開だわ」
バトルから目が離せませんな〜。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
ではでは。



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