「ベルカの秘奥?」

「そう」

 

月光に照らされる岩の上。

天上の歌声を響かせたクロエ=ガンドアールヴは、歌の終わりの後にそう口にした。

 

「私達ベルカ人の失われた魂の故郷―――ベルカ」

「500年前に滅びた世界」

「いいえ」

 

直属の護衛として残されたアストラと、瓜二つの容姿ながら乳白色の肌と純白の騎士甲冑を纏ったカデットはクロエの否定に首を傾げる。

 

「ベルカは、滅びていないわ」

「確かに、今もベルカ人は生きていますし、聖王教会も―――」

「そういう意味でもないの」

 

これでは謎かけだ。

クロエの言っていることは辻褄が合わない。

冗談や虚言の類とはほど遠い――だからこそディルムドの最愛の君足り得る――クロエの言葉とは思えない。

 

「今も私達は探し続けているの・・・・いえ、私と彼は探していた、という方が正しいわ。スカーサハ様とベルカの騎士は聖王様との約束のために、ベルカを求めている」

「ベルカとは一体、何なのですか?」

 

既に500年前の文明崩壊によって消し飛んだはずのベルカ世界。

それは、アストラとカデットにとって根源的とも言えることだった。

プログラムに従うのみである守護騎士として逸脱に近いが、今の主はそれで咎めるような人ではない。

 

クロエは勿忘草色の澄んだ瞳を一度閉じて、何かを思い出すようにする。

逃亡生活のために粗末な服を着ているが、輝きこそないが光沢のある黄八丈の毛先が軽くウェーブしたブロンドの髪が風に揺れ、滑らかで整えられた美貌に掛かると美しさを引き立てる。

 

 

「ベルカは―――――――」

 

 

「「!!!!????」」

 

 

感情の起伏を超えた言葉に、呼応したかのように突風が吹き荒れた。

アストラとカデットは眼を見開き、唖然とするしかない。他の追随を許さぬ衝撃。

驚天動地と言っても言い過ぎではない。

垂れる汗は、驚愕ゆえの冷や汗。信じられるかどうかで問われるなら、信じられないほうを選ぶ。

 

クロエの言葉は、ベルカに連なる者なら―――否、次元世界の常識を知る者なら二人の反応が当然とも言えるものだった。

 

 

「それは・・・本当なのですか?」

 

主の言葉を信じないわけではない。

しかし、容易に信じきれるものでもない。

 

「ええ、本当よ」

 

クロエもまた信じられないだろうと思っていた。

それが事実ならば、ベルカの民はミッドチルダ――ひいては次元世界全てに復讐してもおかしくはない。

だが、文明崩壊からの500年。ベルカの民にその兆候はなかった。事件も起こっていない。

 

「このことは、代々の赤枝の騎士達、ベルカの秘蹟を管理するガンドアールヴ家、スカーハサ様―――そして、“グラオマンズ”だけが知っているわ」

「・・・ベルカの民は抵抗しなかったのですか?」

「聖王陛下の決定だったそうよ。かの、ドクターユニバーサル―――貴方達『夜天の魔導書』の製作者の一人―――が持ちかけた、取引でもあったと」

「お母様が・・・・」

 

二人は記憶の中から(製作者)の姿を探し、思い浮かべる。

思い出というほどのものはない。だが、彼女が自分達に望んだ可能性の輝かしさだけが残っている。

 

「・・・クロエ様」

「なに?」

 

疑問を投げかけることを喜ばしそうにする、クロエは可憐さのある仕種で小さく首を傾げる。

 

「今まで復讐をせずに沈黙を保ち続けているベルカの民が、何故今になって血眼で貴女様を追うのですか?―――黙していれば、ベルカの民でも高名なガンドアールヴ家の息女である貴女は手の内にあるのにも関わらず」

「良い質問ね・・・一つは、ベルカの民の復讐は既に始まっている。もう一つは、『夜天の魔導書』を本来の持ち主に返すため。そのためには、私の命という代価を支払うことになるの」

「ああ・・・・」

 

嘆息というよりも、納得。

記憶を辿れば、その理由が分かる。

ユニゾンデバイスは、名前の由来であるマスターとの融合を行う。しかし、一度融合を行いマスターと認められれば、基本的にマスターが廃人になるか、死者とならなければ剥離させることができない。

手続きを踏めば任意に剥離させることもできるが、そのような手続きを備えるユニゾンデバイスはただでさえ稀少な中で、更に稀少なもの。ほとんどあってないような扱い。

 

だからこそ、ディアルムドは騎士の誓約を破り、最愛のクロエを連れて逃亡した。

それまで聖王陛下との約束を頑なに守り続けた騎士の、最初にして最後。最大の裏切り。

言葉にするだけなら簡単だ。だが、ディアルムドの騎士としての在り方、信念、無比の忠誠を知る者ならその決断にどれほど懊悩したか、想像もできない。それでも彼は板挟みから自害という逃げ道を選ばず、最愛の人を選んだ。

 

「私達は、ベルカのために製作された、とお母様は言っていました

「いつの日にか、ベルカが再興するときのためだと。それが無理難題を吹っ掛けた聖王陛下への代価」

 

おそらくは、今の主に付き従うことは二人の母の意図に沿うものではない。

彼女とディアルムドはベルカを捨てたのだから。

 

「きっと、彼にとってもそれは同じだった―――いいえ、今もそれは変わらないはずよ。だから私はそんな彼を受け止めてあげられる人でなければならないの」

 

それが、至高の騎士とまで謳われた男が選んだ女―――その妻の務めである、と微笑む。

嘆かず、落ち込まず、俯かず。

美しいという点ならば他にも美しい女性が居たにも関わらず、ディアルムドが彼女を選んだ理由が解かる気がする。器が桁違いに大きい。

 

「それも、この子と二人で」

 

微笑みにより慈しみが込められ、クロエは下腹部を優しく撫でる。

これからも続く逃亡生活の艱難辛苦も七難八苦も、それを思えば何ほどのものではない。何より後悔はディアルムドに対する最大級の侮辱だ。

 

「もう、名前も決めているのよ」

「・・・少し気が早い気もしますが・・・・」

「彼は貴女達が思う以上に、子煩悩な人ということかしらね」

 

それは彼の厳格な雰囲気からは想像しにくかった。

 

「どのような名前にされるおつもりですか?」

 

「男の子ならヘフティヴィント、女の子ならオルカンだそうよ」

「・・・どちらも男性の名前のような気がします」

「ふふっ・・・そうね。けれども、名前はそれにするのだと意見を曲げなかったわ」

「その場面が目に浮かびます」

 

アストラとカデットは苦笑いする。

 

―――なぜなら、その名前の意味するところは――――

 

 

 

 

 

それは夢だ。

はやては自分が俯瞰しているこの三人の会話をそう思うことにした。

アストラが出てきたのは偶然。

魔法の話が出てくるのも、偶然。

 

目が覚めたはやては、太ももの半ばまで麻痺が進行している足を使わず上半身と腕の力だけで体を起こす。

 

「んぅ・・・・」

「あ、ごめんなぁ、ヴィータ」

 

隣で呪いウサギを抱きしめて寝ているヴィータが、布団が捲くれたことで寒そうにもぞもぞ動く。

はやては小声で謝りながら、布団を掛け直す。

時計を見ると、朝の九時を指している。

最近ネボスケになってるなぁ、と内心反省しつつベッド側の車椅子まで這い進み、座る。それだけで重労働。はふはふと早まる呼吸を落ち着かせながら、レバーを操作して部屋を出た。

 

ひんやりとした廊下を進み、リビングに入る。

 

「シグナム?」

 

ソファに座る後姿からトレードマークである紅髪のポニーテールが覗いている。

回り込んで見ると、やはりシグナムが座ったまま寝ている。それも腕組みをし、真っ直ぐに頭を垂れた状態という気まじめな性格そのものの格好で。

はやては、忍び笑いを漏らしながら、転寝からそのまま寝入ってしまっただろうシグナムが毛布をかけられていることに気付く。毛布をかけられてシルエットが分からないはずなのに、それでも一部分だけがはっきりと分かるスタイルにちょっとジェラシーを感じつつ、誰が毛布をかけたのか思い至る。

 

「恭兄ぃ?」

「起きたのか、はやて」

 

キッチンからそっと姿を見せた恭也。

朝食の準備のためにエプロンをつけている。可愛らしいアップリケがふんだんに使われたやや乙女ちっくなデザインだが、恭也は全く気にした様子はない。

 

「恭兄ぃが掛けたん?」

「ああ。部屋まで連れて行っても良かったが、ここまで寝入っているからな。起こしてしまうかもしれないよりは、寝かせたままにしたほうがいいと思ってな」

「ふーん・・・・」

 

はやてはオヤジ顔になって、

 

「手ぇ、出した?」

「?―――手を出さないわけにはいかないだろう?」

「へっ?―――ほ、ほんまに手ぇ出したん!?」

「ああ・・・何か拙かったか?」

 

後悔した。

至って普通に言う恭也に口をパクパクさせる。

 

「あ、あのな、恭兄ぃ・・・ウチも、そのな・・・」

「?」

 

急にもじもじしだしたはやてに、恭也は首を傾げる。

 

「・・・おっぱいが大きいのは好きやで・・せやかて・・その・・・」

「・・・何の話をしている?」

「手ぇ出したんやろ・・・?」

「まぁ、な・・・」

「せやったら・・・やっぱ、恭兄ぃも・・・おっぱい星人なんよね?」

「・・・・・」

 

――――ベシィッ!

 

「あいたぁっ―――!?」

 

無言の激デコピン。

 

「・・・下世話な方向に勘ぐり過ぎだ」

「手ぇ出した言うたんは恭兄ぃやない・・・・」

赤くなり、妙な煙が出ている額を撫で擦る。

「どういう意味の“手”なのかは大体察しがついたが・・・単に毛布を掛けてやるために、“手を前に出した”という意味だぞ?」

「ま、まぎわらしい言い方せんといてや!!」

「勝手に勘違いしたのははやてだろう」

 

ぐっ、と詰まるはやて。

確かに恭也の性格からして、寝ているシグナムをどうこうするということはないだろう。

しかし、それは健全な青年男子としてどうだろうとも思う。

 

異性のみならず、同性をも惹き付けてやまない、型崩れなど無縁で美も兼ね備えるロケット巨乳。

そんな胸からは信じれないほどシェイプアップされて流線型のくびれを形作る腰回り。

スリーサイズの最後を締めるヒップは、無駄なくかつ十分過ぎるほどの豊かさを持つ逆ハート型。

タイトスカートとストッキングに包まれた脚は引き締まり、更に太腿まで至ればむっちりとしっとりを両立させる。

立ち姿、立ち居振る舞いに芯が通り、背筋は天へ垂直になるほどピシッとしている。

やや釣り目で、整った目鼻立ちが合わさったクールな美貌。

 

どこに難癖をつけようもない美人さん。

これを前にして、反応しない。よからぬ妄想が頭を過らない。

それはもう、男として終わっている。不能だ。きっと―――

 

「―――そや、きっと恭兄ぃは、実は事故の後遺症で若くしてふの・・へぶらぁっ!?」

 

―――超脳天チョップ

 

「な、何も言うてへんやんか!」

「・・・芸人体質だな、それは」

「?」

「全部口に出していたぞ」

「がーーーん!!!」

 

セルフ擬音で、はやては崩れる。

 

「なんや・・・知らん内にそないな汚れた体に――」

「・・・今度、本格的に脳を見てもらうか?」

「それはもっといやや!」

 

ガオッ、と反論してからはやては気づいた。

恭也は表情を変えていない。からかわれた。

 

「きょ、恭兄ぃ!」

「ふむ、なんだ?」

 

憎たらしいほどに、落ち着きはらい何事もないかのように振舞う。

はやて、悔しげに唸る。こうなれば恭也へ何を言っても無駄だ。のらりくらりとかわすだけ。

真面目に見えて、こと人をからかうことにかけては驚くほどの茶目っ気と知恵の巡りを発揮するこの義兄。

 

「ええんよ・・・ううう・・・こうやってウチは恭兄ぃに弄ばれる運命なんや・・・」

 

ふわふわと、室内を飛んで回っていた闇の書が慰めるように近づいてくる。

はやてはそれをはしっと捕まえると、ひしと頬を寄せて嘘泣きを始める。

 

「ウチを慰めてくれるんは、アンタだけや・・・・」

 

呼応するように、闇の書が淡く明滅する。

 

「・・・傍から見ると、ただの変な人だぞ、はやて」

「・・・一々、落ち込む突っ込み、ありがたくて涙が出る・・・・」

 

恭兄ぃ、一言多い。

今、味方となってくれるのは闇の書だけだ。

 

 

 

 

「ああ、そうや」

「ん?」

 

キッチンでテキパキと調理を進める恭也は皿を出したり、ダイニングテーブルを拭いたりしていたはやてが声を掛ける。

 

「今日は、友達が来る言うたの覚えとる?」

「ああ。はやてが図書館で友達なった・・・月村鈴鹿という子だったな」

「うん、すっごいええ子なんよ」

「それも聞いた・・・はやてがそう言うのなら、そうなんだろう」

 

この手際の良さにはまだ敵わんなー、と思いながらはやては頷く。

 

「そのために、朝からもてなしの品を用意しているところだ」

「ナイスや!」

 

ビッとサムズアップすると、うむと恭也も答えた。

見れば朝食の用意と並行して何やらお菓子を作っている。

 

はやてはそんな恭也の気遣いがただただ嬉しい。

学校に行かなくなり、それまでの友人とも疎遠になった。

子供に大人のような“付き合い”という概念はない。

楽しいか、楽しくないかが価値基準の最大におかれる子供が、病気で学校を長く休んでいるはやてのことを気にかけるのは難しい。率先して気に掛けるべき担任も、クラスをまとめることで手一杯。言い方は悪いが、電話で簡単な経過を確認する程度しかできていない。

 

はやてぐらいの子供にとって、他者と触れ合いを行うほぼ唯一と言っていいコミュニティである学校へ行けないことは、社会に対する適応力を育むことに大きなマイナス。

だから、そんな中でできた友達を我が事のように喜んでいる。表情には全く出ないが。

 

「で・・・その品の正体は?」

 

何やらボウルでメレンゲを作っている恭也。

 

「シフォンケーキだ。イチゴと生クリームの簡単なデコレーションだけだが・・・不満か?」

「ないない。恭兄ぃの作るもんやったら、何でも好きやで」

「そうか・・・」

 

恭也ははやてへ向けていた視線をボウルへ移す。

 

「・・・もしかして、照れた?」

「・・・・・」

 

照れたらしい。

 

 

 

 

(やはり、主はやてにとって、恭也は特別なのだな・・・)

 

二人の賑やかな会話でぼんやりと意識を覚醒させていたシグナムは薄目を開けていた。

お互いが考えるまでもなく、思いやっている心を感じ合っている。

チョップやデコピンなどのじゃれあいを交えても、それさえも約束事のようになっている。

 

二人を見ていると、家族というものがとても良く見える。

自分もその中に入りたいと。思わず憧れて手を伸ばしてしまう。

きっと、はやてに言えば笑い飛ばされるようなこと。とっくに家族の一員であるはずのシグナムが思うには不自然だろう。

 

でも、それでもシグナムは思うのだ。

シャマルが言われたように、恭也の顔の火傷を絆にできる二人はただの家族ではないのだと。

本当の兄妹ではなくても、二人はこうして家族以上の大切で、憧れることのできる関係を築いた。

 

それは、自分達、守護騎士にとっての希望なのだ。

人ではない何かである自分達が、人並みの“心”を持ち、大切なものを得て、絆を結べるかもしれないという。

 

 

ただ、一つだけ不安を覚えるのは恭也のこと。

あれ以来、倒れたり、健康に不安を見せることはないが、それだけに異質さが際立つ。

苦しげに倒れるだけではなく、記憶の混乱も見せた。

大丈夫だとは思いたい。だが、これまで戦士として多くの戦場で人の生死を見てきたシグナムには看過できない。過ぎるのは、恭也が病に倒れこの世を去ること。

 

まさかと思い、一笑に付しながら、脳裏から追い出せない恐れ。

家族の誰かが欠けることの辛さ。かつての仲間を失うことの辛さに似て――――仲間を失う?

思考に混じるノイズを振り払う。

 

もしも、恭也を失った時―――家族はそれまでで居られるだろうか。

もしも、恭也を失った時―――恭也に代わってはやてを支えていけるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私立聖祥学園。

海鳴市という地名よりも、学園の名前のほうが知られる名門校。

大学を中心に幼稚園から大学院をまでを完備するエスカレーター式の学校である。

これだけでも分かるように、俗に言う名士の子供の通う金持ち学校。

親の資力、子供の学力を兼ね備えて初めて入学できる本校は狭き門だ。

 

わざわざ公共交通機関が通されているにも関わらず専用の送迎バスがあり、更に学生の三割が自家用車による送迎を受けている。自家用車のために駐車場まで完備されているというから驚きである。

 

高町なのはもそんな純粋培養お嬢様が箱入りで出荷されてしまいそうな学校の小学校三年生。

理数系は100点が当然、文系がちょっと気の毒という成績は上の下〜中の上を行ったり来たり。それでも文科省の学習指導要領をガン無視した教育カリキュラムにより小学校高学年の内容をやっていることを考えれば、十分に優秀である。

だが、本人も未だ知らないことだが、洋菓子店を経営していることから社長と言えなくもない両親はどうやって校納金や寄付金を払っているのか。

夕食時に偶然その話題が出た時に「俺が昔見つけた徳川家の埋蔵金で払っている」と士郎が大真面目に答えた。

 

そんな名門校、聖祥学園にフェイトはこのたびリンディとアースラスタッフ一同の好意で入学することになった。

 

 

入学届に出された書類の保護者欄に記名した御雫祇は、一枚の保護者へのお知らせなるプリントと睨めっこをしていた。

 

 

「冬休み・・・・・」

 

珍しく、見ているものに困ったように見える様子の御雫祇。

プリントには冬休みにおける保護者への連絡事項が記されている。

 

「そう言えば、そんな時期でしたね・・・・」

 

人間が住める星である以上、ミッドチルダにも四季があり、当然ながら冬もある。

冬休みという概念はミッドチルダにもあるのだが、御雫祇も、おそらくリンディも完全に忘れていた。

 

「あれ?どうしました、御雫祇さん?」

 

温かいお茶を飲もうとリビングに顔を出したエイミィが声をかける。

相手がリンディも身構える御雫祇であっても、恐れる様子もないことはエイミィの長所だろう。

 

「いえ、冬休みというものは時に面倒なものだと思っていただけです」

「はぁ?」

 

何をトンチキなことを言っているのだろうとエイミィは首を傾げる。

冬休みと言えば、子供にとっては楽しみの一つだろう。

偶然の一致かもしれないが、地球のクリスマスに似た催しとしてミッドチルダにも聖王祭なるものがある。ベルカ聖王教会が信仰対象である聖王の誕生した日を記念して祝う行事。現在では、全く関係のない一般人までも関わるお祭りとなっている。

それに、聖王祭が終われば今度は新年を祝うことになる。子供にとっては嬉しい限りであり、それらがある冬休みは楽しみでしかたないはずだ。

 

実際、エイミィも今より子供の頃の冬休み前は随分と浮ついて学校もそぞろだった。

それを面倒と言う御雫祇が信じられない。

 

「冬休みになってしまえば、フェイトさんが学校で友達に会えなくなってしまいます」

「そうですね・・・冬休みですから」

「これでは情操教育になりません」

「あ、あぁ、そういうこと・・・・」

 

合点がいって、エイミィは考え込む。

確かに、フェイトの入学は情操教育のためだがそこまで愚直に考えなくてもいいだろう。

 

「でも、冬休みになれば学校が終わってからだった魔法の訓練だってもっと時間がとれるようになるから、御雫祇さんはそっちの方がいいんじゃないんですか?」

 

思いつきで口にしたわけではないが、御雫祇はその言葉に少し目を伏せてから頭を振った。

 

「訓練さえすれば、強くなると・・・強くなれると思いますか?」

「え、えぇ・・まぁ・・・」

 

思いの外、御雫祇の声が真剣だったため反射的に肯定し、すぐにそれは違うのではないかと思い直す。

エイミィの知る限り、訓練だけでは超えられない壁がある。

素直じゃなくて、本当は人の何倍も何十倍も努力家の少年―――クロノ。

彼には決して超えることのできない、持って生まれた才能という壁がある。いかに訓練を積もうとも、彼の望むほどの強さは得ることはできない。

 

御雫祇は表情の変化で肯定が間違えであることを読み取る。

 

「いかに訓練を積もうとも、強くなれないことがあります。それはその人の持つ才能の限界であったり、心の弱さであったり・・・」

「フェイトちゃんも、訓練するだけじゃ強くなれない・・・?」

「強くなるだけなら、簡単です。彼女には破格と言って良い才能があり、努力を積み重ねた分だけ強くなれます」

 

ただ、と口にしたところで御雫祇はプリントをテーブルに置く。

 

「・・・フェイトさんにとって、戦う理由が曖昧過ぎます」

 

それは致命的なのだ。エイミィにはすぐに理解できずとも、御雫祇にとっては。

 

「不思議ですか?」

「・・・まぁ、そうですね。フェイトちゃんは、悩んでいましたけど自分から嘱託魔導士の資格を取ったわけですから。そりゃ、全部が全部割り切れてるとは思いませんけど・・・」

 

少なくとも、道を切り開いている途上。

戦う理由にしても、それがフェイトの本来持つ心根の優しさであり、多少の曖昧さは許容範囲のはずだ。

 

「見も知らない誰かのために・・・口で言うのは簡単です。しかし、母親という一番大切な人だけを見て、その人に振り向いてもらうためだけに戦ってきた少女が、たった半年足らずで赤の他人のために、本当に命を張れると思いますか?」

「それは・・・・」

 

それがフェイトであるとエイミィは簡単には言えなかった。

戦うということは、命のやり取りも含める。

自分やクロノがそうであるから、疑問には思わなかった。

“誰かのために戦う”―――美談であり、当然のように思えるがどれほど難しいだろう。

 

人の善意は無限であったとしても、発揮されるのはごく一部。

クロノのように父親の影響があったり、エイミィのように士官学校に入ってからの気付かない間に施された自己犠牲の精神の洗脳などによって、少しずつ発揮される量が増えていく。

フェイトがそれらの過程を経ずして、同じように考えられるのだろうか。

 

「ただでさえ、誰かのために戦うということは難しいことです。それなのに、まだ自分が戦う理由を明確に見つけることができないフェイトさんにできるかどうか。私はできないと思います」

「いけないことなんですか?人が戦う理由はそんなに明確なものでなければ」

「力を制するのは、理性。理性なき力は悲しいものです。辛く苦しいときに、戦う理由を見いだせない者はあまりに弱く、儚いもの。フェイトさんはこれまでの人生がそうであるが故に、人よりも明確に戦う理由を見出さなければ、いつか自分の持つ力に潰され負けることになります」

 

やや難解な言い回しであるが、エイミィには言わんとすることが理解できた。

翡翠色の瞳と極上の美貌に宿る怜悧な色が理屈よりも感情を納得させる。

 

「今のフェイトさんには、修行と同じくらいに人との触れ合いが大事な時期です。

多くの人と触れ合い、友達を好きになり、仲間を好きになり、動物や植物を好きになり、時には嫌いなものと出会うことで好きなものを再認識する。人が当たり前に培っていくことを、これまでよりも更に感じていく。

本当は何も難しいことではないそれだけのこと。けれども、力持つ者にとっては欠かすことのできない心の強さを得るための必修なんです」

 

(それは、私が得ることのできなかったもの・・・・)

 

感心顔のエイミィに言い終えてから、御雫祇はそう内心で零した。

 

 

 

 

 

 

 

御雫祇はマンションから出ると、なのはから誘われていた翠屋へ行くことにした。

紬の上から被布を着た姿は清楚な和風美人。すれ違う人々は思わず振り返り、憧憬の眼差しと共に溜息を吐く。

本人はその自分の外見に気付くことなく、エイミィへ言った言葉を反芻していた。

 

(私が・・・人に言って良い言葉ではありませんね・・・)

 

戦う理由に矛盾を抱える自分が。

 

絢雪真刀流。

古代文明から連綿と続くその流派は、無辜の人々へ迫る理不尽な禍を排撃する。

一族内にのみ相伝され、才能の無い者には伝えられることはない。

その中でも絢雪の宗家に生まれ、確かな才能を持っている御雫祇―――メルセデスは次期当主の地位を約束されていた。そして、今その地位にある。次元世界において、最強の一族とされる絢雪一族の頂点に。

絢雪家は救いの名の象徴なのだ。初代のようにミッドチルダとユークトバニアの大戦争を終結させ、古代魔法文明最大の犯罪結社『マーダーインク』と死闘を繰り広げてきた歴代の絢雪御雫祇。もし、絢雪家が無ければ次元世界の滅亡はもっと早くに訪れていたとされる。

 

だが、御雫祇には数千年の歴史を持つ一族の戦う理由に全てを掛けることができない。

十四年前に見た、漆黒の暴君の姿が瞼の裏にまで焼きつき、消えることがない。

初代・絢雪御雫祇が憧れ続け、その人そのものになりたいとさえ希った存在。

 

ただの一撃。【ジークルーデ】からの必殺の一撃を放ったはずの自分を、ただの一撃で撃墜した。

あの日から、自分の運命は狂ったのだ。

同時に、あの日から自分は生まれ変わったのだ。

 

初代御雫祇の気持ちが誰よりも分かる。

あの人に近付きたい。

あの人の側に居たい。

あの人に認めてもらいたい。

あの人に見てもらいたい。

あらゆることを差し置いてそれだけが思考を占めていく。

 

絢雪家当代としての自分と、一つの存在を希求する自分。

重なり合うから均衡を保ちつつも、確実に心のバランスを崩している。

 

「求めるもののためならば、絢雪家の使命も・・・私はきっと・・・」

 

冬の冷気に乗せた言葉は、希釈されるように消えていった。

 

 

 

高町家の稼業である洋菓子店『翠屋』は、桃子にとって夢の城。

ただの洋菓子店ではなく、喫茶も兼ねるのは自分の作ったお菓子を食べてくれる人の顔を見たいという思いから。そのため、店内はちょっとしたレストランほどの広さがある。

 

翠屋のドアを潜るとカウベルの音が店内に来客を伝える。

 

「いらっしゃいませ〜♪」

 

助っ人に入っていた美由希の接客に迎えられる。

だが、お辞儀から上体を起こした美由希は「あれ?」と首を傾げる。

その顔は何かを思い出せそうで思い出せないようなというもどかしがある。

 

「何か?」

「あ、え、い、いいえ!な、何でもありません―――1名様でしょうか?」

「ええ・・・あ、いえ、知りあいと待ち合わせをしています」

 

御雫祇も美由希の様子に多少気になったが、先に来ているはずのフェイトとなのはの姿を探す。

 

「どちらのお客様ですか?」

「金髪でツインテールにしている子です・・あ、居ました」

「ああ!フェイトちゃんが言ってた人ですね!」

 

(一体私のことをどういう風に言ったのでしょう・・・)

 

妙に明るく接する美由希にそんな疑問が湧き上がる。

あまり気恥ずかしくなることを言わないでほしいが、なのはやフェイトは直球でほめ言葉を言うので若干対応に困る。

美由希の後に着いて案内されていると、向いから親娘そろって今日は助っ人をしている美沙斗が片付けた皿を載せたトレイを持って来る。

 

美由希と目くばせをしてからすれ違い、そして何気なく御雫祇ともすれ違おうとして偶然目が合った。

 

 

「!!!????」

 

 

美沙斗は、超一流の剣士としてあるまじき混乱による硬直へ陥った。

今は戦闘ではないが、それを差し引いても日常的に冷静である彼女にはあり得ないほどの動揺。

 

「わわわ!!!?」

 

呆然とするあまり、手からトレイが落ちそうになり、美由希が慌てて空中でお手玉しつつキャッチする。

 

 

「どうかしたか、みゆ・・き・・・」

 

 

美由希の慌てた声に天性のドジっ子をまた発揮したのか、と厨房から士郎が顔を出す。

ランチタイムとアフターの合間の時間で客はなのはとその友達だけの今だから良いようなものだとぶつくさ思っていたが、それも一瞬で吹き飛んだ。言葉が尻すぼみに消えていく。

その視線は、美沙斗と同じように御雫祇の顔へ釘づけになる。

 

士郎もまた普段の飄々とした態度からは想像もできない顔をしている。

近い感情ならば畏怖。それも、幽霊を見た人間が恐怖ではなく、心底信じられないとき見せる驚きに近い。

しかし、本質的に幽霊のような存在も受け入れる豪快さのある士郎ならばまず浮かべることはないはず。

 

士郎と美沙斗の豹変に、板挟み状態の美由希は混乱しながら二人の顔を見比べるしかない。

当の御雫祇も一体何が起きているのか把握しかね、ただ事ではない雰囲気に事態が動くのを待っていた。

 

 

激しい動悸。震える指先。超スピードの思考。まるで自分以上の力を持つ強敵に出会ったかのように緊張感が高まり、猛烈な勢いでアドレナリンが分泌される。

 

「嘘だろう・・おい・・・」

「そ・・そんなはずが・・・」

 

二人の声が重なり、発せられる言葉まで最後は重なる。

 

 

 

「「―――琴絵さん」」

 

 

士郎と美沙斗。

二人の目には確かに、一族の誰からも愛されながら御神滅亡の日に死亡したはずの御神琴絵が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アースラのスタッフが本拠地と定めたマンションはフロア一つを丸ごと買い占めている。

滞在するスタッフは少ないが、ここをこの世界の活動拠点の一つとするために一般生活用以外にも必要な機材や指令所などがいるため。

その一つであり、実質的な第97管理外世界の本拠地である部屋でクロノとリンディ、セーラは茶をしばいていた。

 

 

「いいわね・・・管理局は資金が豊富で・・・」

 

得体の知れない怪しい飲み物を飲んでいるセーラがぼそっと呟く。

 

「別に、余った予算を湯水の如く使っているわけじゃない。これだって今後のための先行投資だ」

 

皮肉とも取れる言葉にクロノが即座に反論する。

隣のリンディは般若寸前のレティを思い出して砂糖緑茶を啜りつつ苦笑い。

人事トップでありながら経理にまで気を使う親友の真面目さも含めて。

 

「で、そんな皮肉を言うために僕らを集めたのか?」

 

最初の頃はちゃんと先任であるセーラに敬語を使っていたが、クロノも最近ではタメ口になっている。

 

「いいえ・・・これを見て・・・」

 

空間モニターが開き、三面構成になる。

拉げたモノの塊が無秩序に漂う。

次元航行船から見える「海」にそれらが浮いているだけの変哲のない映像。

 

「何だ、これは?」

「・・・まさか、撃沈された次元航行船?」

 

クロノは首を傾げるが、リンディは嫌な過去を思い出したかのように顔を顰めた。

 

「・・・イエス・・・武装五課の先遣隊25名を乗せた・・・アースラと同じL級巡航艦の、残骸」

「な!―――管理局の船を!?」

「犯人はバーテックス・・・」

 

おそらく、ベルニッツが言っていたバーテックスの精鋭部隊“117”。

まさか次元航行艦を撃沈できるほどの装備を持っているとは思っていなかった。

これまでの流れからはバーテックスが犯人と考えるのが自然だ。しかし、クロノはそれでは割り切れないものを感じる。

 

リンカーコアを狙う古代ベルカ式の騎士達。

本来の事件は彼女達が実行犯だ。管理局の職員を襲撃し、リンカーコアを何らかの理由により収集する。

彼女達は強敵であり、現状では勝てる見込みは少ない。それでも事件は彼女達を捕まえれば終わる。

―――だが、それで本当に事件は“解決”なのか?

 

リンディはクロノの横顔を見ながら、同じ考えをしていた。

 

この事件に関わっているというロストロギアとは一体何か?

そもそも、何故、実行犯の正体も判明していない時点でこの事件に一級指定のロストロギアが関わっていることが分かったのか。

 

バーテックスは何のためにこの事件に関わろうとするのか。

実行犯である彼女達がバーテックスのメンバーではないとするならば一体何者なのか?

バーテックスにしても次元航行艦を撃沈するという、管理局と正面きっての戦争になりかねないような博打を打つ理由がどこにあるのか。

 

そして、管理局は―――グラーバクは海軍にまで干渉して何を狙っているのか。

 

途轍もなく嫌な予感がする。

ベルニッツと対面したときの比ではない。

自分達はこれだけ事件の中心に居て、それでいて何一つ知らない。

異常過ぎて、気付かないほどになっている。

 

全ての真実から遠ざけられ、ただ事件の結末の都合の良い部分だけを知らされる。

それでは十一年前の事件と何も変わりがない。

夫の関わった事件を何の真相も知らないまま終わったことと。

 

 

「―――“十一年前に終わった事件を探れ”」

「!」

 

セーラが前振りなしに言うと、リンディの肩が震えた。

 

「・・・とーさまからの伝言・・・貴女に言えば・・・それだけで分かると・・・」

「彼は・・・何を知っているの?」

「・・・私は聞かされていない・・・」

「そう・・・」

 

リンディの歯軋りしそうな表情に、クロノは自分でも分らない苛立ちを覚える。

リンディに対して苛立っているのではない。

今も謎のままになっている十一年前の事件。

 

投入された管理局員の帰還率21%。

歴史的大敗と言っても過言ではない事件でありながら、公開されている情報はあまりに少ない。

情報の少なさにさえ誰も疑問を覚えないほどに行われた周到な情報操作。

 

その上で結果的この事件の結末がどうなったのかをはっきりと知る者はいない。

十三年前に始まり、それから二年後の十一年前に終わったとされる事件―――ヨートゥン事件。

帰還の途に就いていたはずの父クライドが、原因不明の死を遂げたクロノ・リンディ親子にとって忌わしく、因縁のある事件。

 

 

 

 

 

 

 

 

コツコツ、と靴を整えてから鈴鹿は振り返った。

焦げ茶色のローファーという鈴鹿らしいと言える靴がキュッと鳴る。

 

「それじゃあ、はやてちゃん。また今度会おうね」

 

ヘアバンドで止められた髪を揺らしつつ、鈴鹿は別れの微笑みを浮かべる。

 

「うん、また今度な」

 

車椅子のはやては膝でヴィータを甘えさせながら、名残惜しそうに微笑む。

 

「―――きっと、その時は私の学校の友達も紹介するから」

「うん、約束や」

「約束するね」

 

約束で別れを切り上げ、鈴鹿は玄関の外へ出た。

家から迎えの車が来ることになっているので門の先まで見送るとはやては主張したが、恭也とシグナムに却下された。冬の夕暮れ時に薄着は風邪の元。かと言って、上着を着る間に鈴鹿は待たせるのもよくないということで。

 

そのため、車が来るまでのほんの少しの間、門の外まで恭也が見送ることで妥協させていた。

 

日の短い十二月の空がゆっくり夕暮色から夕闇色へ移り、夜闇の帳を下ろし始める。

留紺色のハーフコートを着た鈴鹿は、隣に立つ恭也をゆっくりと見上げる。左側に立つ鈴鹿には火傷を隠す仮面しか見えず、素顔は見えない。

 

偶然の成せる業か、家に面した道路には車一台どころか人っ子一人、猫の子一匹居ない。

家々の喧噪も、大通りの騒音も、鳥の鳴き声さえしない。

逢魔ヶ時に相応しい一時。

 

 

「・・・何か言いたいことがあるのか?」

「・・・何も、ありません」

 

口火を切った恭也に、鈴鹿は穏やかに応じる。

 

「恭也さんは、酷い人です」

「・・・言うことはなかったんじゃないのか?」

「だから、酷い人なんです・・・あんな幸せそうなはやてちゃんを見たら、何も言えないじゃないですか」

 

からかって避けようとする恭也だが、ずばりと切りこまれて詰まる。

 

「この前、エリザ叔母さんが来日しました」

「加入・・するのか?」

「分かりません。お姉ちゃんは嫌ならそう言えば良いって言ってくれましたけど・・・」

「エリザも無理強いはしないだろう。俺達もそれを望んではいない・・・結論はよく考えて出してくれ」

「はい・・・」

 

鈴鹿は何となく恭也が後悔をしているような気がした。

後悔というよりは自分の選択を誤りだったと考えようとしている。そんな風に。

 

言うべきことはまだあるのか。

多分、ないだろう。本当は、はやてと暮らす恭也に皮肉の一言でも言おうと思っていたのだが、そんな気持ちは幸せそうにしいているはやてを見ていたら消えてしまった。

友達になったはやてが幸せそうにしているならそれで良いという思いと、恭也がどういう人だったのかを再認識できたのだから。

 

曲がり角から重低音のエンジンが轟き、二人の前で一台の車が停車する。

日本どころか世界でも滅多にお目にかかれないSLRマクラーレンロードスター。

一台の販売価格が7000万円という高級車の鏡である。

 

しかし、高級スポーツカーに分類される2シーターであるため、鈴鹿は助手席に乗り込む。

ウインドウを開くと、恭也が屈んで覗き込む。

 

 

「・・・鈴鹿はどうする?」

「できるだけ・・・この事件には干渉しません。恭也さんには恭也さんの計画があるでしょうから・・・でも、私の力が必要な時はいつでも言ってください」

「分かった」

「それじゃあ、また―――出して」

 

ウインドウが閉まり、軽く回転数を上げたエンジンの唸りと共に一速へギアを入れられた車は滑らかにかつ、速さを速さと見せない加速で恭也の前から走り去った。

 

ただ、狭い日本の道路事情で三速以上を滅多に使うことのない宝の持腐れである。

乗っている人間はそんなことを気にせず、瞬間的に景色が流れ、元へ戻っていくのを楽しむ。

ドライバーもまた卓越した運転技術で、そんな日本の道路をMTで駆け抜けていく。

 

淡黄色の金髪は腰まで伸び、紅緋色のヘアバンドで整えられた前髪は軽く跳ねてから左右へ綺麗に垂れている。その髪とシャープで、見る人によっては少し派手にも見える美貌のせいで、着ている月村家のメイド服が野暮ったく、地味に見える。

 

「楽しかったですかマスター?」

 

前を見たまま巧みなアクセルワークとハンドル捌きを続けるメイドが尋ねる。

 

「うん・・・恭也さんにも会えたし。楽しかったよ」

「それなら、私も文句はありません・・・最近お嬢様は沈みがちでしたから」

 

メイドは少し無礼な言葉を交えながら、けれども表情を少し柔らかくする。

本当に主である鈴鹿のことを案じていたことがはっきりと分かるほどに。

 

「ありがとう・・・イレイン」

「どーいたしまして」

 

お礼を言われて少し照れながらも返事をした。

守護騎士となのは達を監視していた時とはまるで違う人間らしい表情だが、彼女は同一人物。

その名をイレイン=ケーニゼグと言う。

 

 

 

 


あとがき

 

 

コードギアスのゲームが美少女ゲーム並にエロい(挨拶

みなさんこんにちは。日々金勘定にあくせくする綾斗です。

 

今回は「秘密と理由」というテーマの話です。

ベルカの秘密、クロエの子供の秘密、鈴鹿の秘密など。

フェイトの、御雫祇の、戦う理由。

 

あ、「すずか」を「鈴鹿」にしたのは誤字ではありません。

「はやて」や「なのは」は文章に埋もれて読みにくいので、せめて「すずか」だけでも漢字にしようと思って変更しました。漢字にも意味がないわけではありませんし。

 

戦う理由が何か。

特にフェイトにとっては、悩みどころです。

なのはのように、教育の中や家族の背中を見ている内に正義感が培われるのが一般的です。なのはの場合は恭也や美由希、士郎を見てきたために人よりも強い正義感を持っている。その正義感に従い、戦うべき相手と戦う。およそ少年誌の主人公を地で行くような少女です。

フェイトにもそういう正義感がないわけではありません。しかし、プレシアの尖兵として自らが“悪いことをしている”という自覚がありながら戦ってきたフェイトは正義感が揺らぎやすい。プレシアのことを第一に行動し、彼女のために戦うという理由により正義感を軽視する(本来的な意味での軽視ではない)ようになっています。言うなれば、正義感がなくても、プレシアのためであれば戦えるのが第一部のフェイトでした。

第二部においてはそのプレシアが居ません。なのはは心の拠り所ではありますが、彼女のために戦うというわけでもない。今更正義感と言われてもしっくりきません。言い方が若干酷くなりますが、今のフェイトにとっては戦うことがなのはと一緒に居るための方便に過ぎないのです。もっと言えば、今までプレシアの命令に依存してきた戦いを、今度はなのはに依存していると言えるでしょう。

 

そこで御雫祇はフェイトに自立的な戦う理由―――正義感を養ってもらおうとしています。

多くの人と触れ合い、その人たちを失いたくない大切なものとしていくことで、自らの持つ力で護るのだという自覚を持たせること。それが御雫祇の企みです。

掲示板でのやりとりのせいか、すっかりヤンデレ確定な彼女ですが、普通な面もちゃんとあるということです。

 

それでは、また次回にお会いしましょう。





うーん、色々と謎が出てきた。
美姫 「これらが明かされるのが楽しみよね」
うんうん。これからどうなっていくのか。
また、闇の書以外でも何かが動き始めたのか。
美姫 「とっても気になるわね」
次回も楽しみにしています。
美姫 「待っていますね〜」
ではでは。



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