地方のある都市。
小規模な戦闘により散発的な被害を被っているが、まだまだ人の住める環境を残すこの都市には元からの住民に、周辺からの難民が流入し、スラムを形成していた。
2年間に渡る内戦はあちらこちらにこんな都市を生み出していた。
それはテント村となっていた都市公園で起きた。
魔力感知に優れるものならば、周囲の魔力の濃度が通常あり得ない数値まで高まっていたことに気付いたはず。だが、気付いていてもそれが意味するところまで分かったものはいなかった。
仮にいたとしても、気付いた時点で遅きに失している。
昼飯をどう確保するか思案する逞しい老人。
路頭に迷い、どうやって生きていくか嘆く父親を失った一家。
無邪気に噴水の水で遊ぶ子供達。
餌食とするべく、舌舐めずりし、爪を研ぐのは見えない悪魔。
魔力というエネルギーの性質はいまだ全てが解明されたわけではない。
その性質。そして、応用の限界は底が見えないほど深い。
かなり以前から陸幕長ラルゴ=キールの肝入りで進められていた、広域破壊魔法の研究。
研究スタッフは魔導士ランクに依存しない、飛び抜けて強力な魔導士を用いずとも広域破壊を可能とする魔法の方向性を探るために、魔力の応用に着目した。
魔法の破壊力、それすなわち魔力の量というのは基本中の基本である。
魔力を保存する技術はカートリッジシステムで試されたが、まだ実用の域へ達していない。
しかし、である。魔力を一定の状態に保存しておくことは理論上可能であり、技術として確立されつつある。
そこで一つの解決策が発案された。
個人の魔力を収束させることが可能なら、空間の魔力も収束が可能なのではないか?
その研究と解決策は結実した。
内戦の絶望の中でもまだ、生きている彼ら、彼女らを――――圧死させる形で。
「観測班より連絡!―――“効果を確認!予想よりも破壊力は大”とのことです」
「よし、第二射準備を開始!」
都市上空にいた管理局の魔導士達は所定の位置で、報告を聞き、自分達が引き起こし、目の前で起きた“実戦テスト”に満足した。
予定通りに、第二射のために継続していた魔力の集束の回転数を上げる。
回転数の上昇に応じて、比例どころか加速度的に死人が増えることも承知で。
承知というのは、いささか表現が間違っているかもしれない。
加速度的に増えるのはテストにより得られるデータの数値。そのデータの項目である死者の数値。
彼らを弁護するならば、決して人が死ぬことに忌避感がないわけではない。
人並みに人の死に嫌悪を持ち、怪我をして困っている人が居るならば見捨てることなく助けるモラルは十分に持ち合わせている。
実感がないと言えば実に陳腐だが、まさしくそうとしか言えない。
豆粒ほどにしか見えない人を眺めるのは、人が蟻を見るのに似ている。
彼らにとって、これは演習であり、実験であり、ジオラマで起こすシミュレーションと同じなのだ。
欺瞞に過ぎない。
欺瞞は欺瞞と気づき、欺瞞を認め、受け入れなければ欺瞞ではない。
彼らには彼らなりの言い分もある。
この都市には非人道的な手段で戦っていた反統合派の魔導士が多数逃げ込んだ。
彼らの上役は、いかなる手段を用いてもその魔導士を排除するように命令を出し、更に上にいる上役はまだ研究途上のこの魔法を実戦で使用するように求めていた。
彼らはごく自然にそれに従った。
それだけなのだ。
もしも、“それだけ”の彼らを詰るならば、その者は自分が“それだけ”にならないということ。
そして、ただそれを口にする者は、ただの見栄っ張りで、嘘吐き、彼らにも劣る畜生である。
(魔力収束率―――規定値へ到達)
魔力の観測手からの報告。
彼らの魔法は理論だけを聞けば単純である。
空間から収束させた魔力。一人ではなく複数人を集束器とした収束魔力。
その中で、前回から一名だけ入れ替わった魔導士が集束した魔力の中心に位置する。
魔力の供給と同様の原理が働き、複数人の集束器から魔力が中心の魔導士へ譲渡される。
複数人が集束し続けた、高位魔導士の総量にも匹敵する魔力。
当然ながら、中心の魔導士には過剰な量の魔力。
これから先がこの魔法の妙味。
譲渡され、一点へ集束を始める魔力を―――下方210度に指向させ、副産物である熱を除いて衝撃波に変換されたそれを引っ叩いた。
総量を超えていても、集束された魔法ならば上限をさらに押し上げることはできる。
それも限界はあるが、譲渡と同時に放出するならば暴走することはない。
一斉譲渡と、同時放出。
譲渡前に指向性を入力し全ての処理を終えた魔力を用いることで可能とした、集団儀式魔法。
―――炸裂
空間爆発により空気を圧した。
気圧は瞬間的に12気圧を超え、更に圧力を高める。
気圧の上昇は3000度の高温を作り出し、急激に大気が燃焼され、一酸化炭素が空間を満たす。
半径900mの範囲に
―――3000度の熱、
―――燃焼により必要量を下回った酸素と致死量の一酸化炭素の大気、
―――比して長時間の爆轟圧力、
一つでも致死の“爪”が三つ揃えられ、振り下ろされた。
半径1kmの範囲に魂魄と生命を奪われた肉の塊が溢れた。
簡潔にそれだけが簡潔にデータとして収集される。
酸欠と一酸化炭素中毒によりピンク色になった死体も、熱によって蒸し焼きにされた死体も、急激な気圧変化によって内臓破裂のスープとなった死体も、記録としては残らない。
それが民間人であるか、軍人であるかの判別もなされない。
地上に満ちる、かろうじて生き残ったものの生への執着の怨嗟も聞こえない。
彼らには聞こえない。
何も聞こえない。
聞こえるのは、自分の肉体が分かれてズレる音だけだった。
―――【ヘルムヴィーゲ】
地上から放たれた死の斬線。
魔導士のバリアジャケットを無いも同然に切り裂き、肉体を真っ二つに切り裂いた。
死んだことも悟らせず、魔法の発動も感知させずに忍び寄った死だった。
「俺は・・・何をしている・・・!」
斬線の放ち手―――ガルムこと、不破恭也は吐き捨てた。
愚かだと思う反面、総身を満たすのは諦観。
―――人間とは、所詮こんなものなのだ。
そんな理屈をつけて、諦めたふりをする自分が堪らなく疎ましい。
見慣れた光景だ。人が死ぬことに何も感じられない連中の虐殺など。
だが、それは過去を鮮烈に思い出させる。
鐘の鳴り響く街の記憶。
家や職場から飛び出す市民。
占領された自分達の街を取り戻すために立ち上がった。
ろくな武器も技術もない。
けれども、己の命を大切なもののために賭そうとしていた。
大切なものを護るために戦う人達。
それは自分と同じだった。
大切なもののために戦うから、誰かが大切なものを護ろうと戦う姿に共感した。
あの時、確かに人の可能性を信じた。
自分が戦う意味をはっきりと悟っていた。
もうもうと煙を吐く街の記憶。
工業都市としての生産の煙ではなく、一面を覆う炎の煙。
炎、炎、炎、炎。
焼け、燃やせ、消し炭にしろ!炎がそう叫んでいるかのように燃え盛る。
何も知らされずに逃げ惑う市民。
ただただ、命令と復讐心を満たすためだけに続けられる攻撃。
幼子か親とはぐれて死のうとも。
親も我が子を求めて火中に飛び込もうとも。
無意味に殺戮していた。
そして、護るべき者達を自らの手で殺す者達。
市民を護るべく戦うはずが、市民を犠牲にする者達。
敵も味方もなく、燃やした。
力なき、無力で、それでも護られるべき弱者を。
あの時、確かに人の可能性を見限った。
自分が戦う意味をよりはっきりと悟った。
そうだ、自分は可能性を見限っても人を見限ってはいないのだ。
誤った道は正せば良い。
転んでも立てば良い。
間違った時に少しでも多くの人々が苦しまないように、戦うのだ。
そして、一人でも多くの人に人の心が集まってできる輝きを灯していく。
永遠に訪れることがなくても、灯し続けていく。
「明星、機能に不備は?」
〔問題ありません・・・申し訳ありません。私が不甲斐無いばかりに、マスターへご迷惑をおかけして・・・・〕
デバイスの合成音にしてはあまりに流暢過ぎる発音で、明星は答える。
「では、次へ行くぞ」
〔イエス、マスター〕
打倒ベルカ騎士の下に始められた、御雫祇とセーラによる魔法鍛練。
それは現在、大部分の人間が恐れる局面へと入っていた。
座学の時間である。
―――なのはとユーノは机に突っ伏していた。
頭頂部から正体不明のよく分からない煙がプスプスと昇っている。
―――付き合いで一緒に受けていたエイミィは真っ白に燃え尽きていた。
口から“えくとぷらずむ”がエレエレと出ている
―――自分から参加を申し出たクロノは脳が焼き切れそうだった。
脳を回転させる分だけ余裕はなくなり、額からは脂汗がダラダラと流れている。
―――余裕のないなのは達を気遣いたくても自分のことで手一杯なフェイト
あーでもないこーでもないと内容を反芻している。
そんな中で子犬モードのアルフは、窓辺で日向ぼっこをしながら穏やかに欠伸をしていた。
「――――と、いうことになる・・・・・・分かった?」
講師役のセーラは、リンディからもらったサイズの合わない伊達眼鏡をわざとらしく押し上げる。
「せ〜らせんせーのさいしんまほうこうざ」とトメ・ハネを皆殺しにしたビスケット文字で書かれたプレートの取り付けられたホワイトボート――――のような空間モニター。
そこには、セーラが説明に使った最新の軍用魔法理論や公式などがびっしりと記されている。
なのはは高校生レベルの数学も理解できるほど高い理数系センスを持つ。
クロノやエイミィも士官学校の魔法理論の座学では歴代に残る優秀な成績を残している。
ユーノも、独学とは言え発掘のために必要な魔法理論を理解できる頭脳を持つ。
フェイトはプレシアから薫陶を受けたリニスによるマンツーマン教育を受けている。
その五人をして、理解が追い付かない。
難しいのだ。ただ難しいのではなく、そこに至る過程を理解する必要があるため、全てを頭に叩き込まなければならない。
だが、理解できないはずがない。現にセーラは人に説明できるほどの理解をしている。
「別に・・これは、そんなに・・・難しい内容じゃ、ない」
全員から一斉に“嘘だ!”と視線が集まる。
「・・・魔法を感覚に依存し過ぎるから・・・・そうなる」
彼女は言う。感覚と理論を同時に操れるようになれと。
「感覚を恃むのは構わない・・・でも・・感覚が常に正しいとは・・・限らない」
「・・・それは分かるんだが・・・せめて、初歩から頼む」
クロノ撃沈。
「―――ということがあって、みんなへばっちゃったみたいなんです」
「・・・・なるほどね」
訓練用に用意された空間で御雫祇は苦笑する。
「でも、彼女にとってはあれが普通なのですよ」
「そう、なんですか・・・?」
御雫祇は頷きながら、自分のデバイスを顕現させる。
一振りの小太刀が二振りへ分離し、小太刀の二刀流となる。
―――[斬鉄椒林正宗]
と呼ばれる、絢雪当代のみが継承してきたデバイス。
御雫祇は[斬鉄椒林正宗]を持ったまま、ゆるりとフェイトから距離を取る。
「人のことは、ここまでにしましょう―――」
自然体でありながら、空気を変えてしまった。
「改修を受け、貴女の手に戻った[バルディッシュ]―――性能は上がっても、今の貴女ではその[バルディッシュ]を以てしてもあのベルカ騎士に及ばないことは承知していますね?」
「・・・・はい」
認めることが悔しくないと言えばウソになるが、身を焦がすほどの悔しさはない。
強いものは強い。まずはそれを自覚しなければ前に進めない気がした。
手にはアサルトの名を更に冠した[バルディッシュ・アサルト]が握られる。
修理ではなく、改良を施された[バルディッシュ]は新たなフォームや使用方法を想定している。
しかし、今の自分にはこれを使いこなせるほどの技量がない。
「教えることは山ほどありますが、時間があまりにも足りません。フェイトさんには一つだけ、魔法をマスターしてもらうことになります」
御雫祇は強調するように人差し指を、傾けてフェイトへ向ける。
「・・・但し、これから貴女に教える魔法はきっと貴女を不幸にするでしょう。本来ならば絢雪家の者以外に教えることは許されないものですから、しがらみも増えるでしょう・・・・それでもなお、この魔法を教わる覚悟はありますか?」
玉とも称される翡翠色の瞳が覚悟を問う。
フェイトは恐ろしさを感じるが逸らすことができない。逸らすことを許さない瞳の力に拘束されていた。
凄い人だ、と筋違いな感慨が湧き上がる。
「・・・どうして、私は不幸になるんですか?」
「力を持つ者の宿命だからです」
即答。
「・・・どうして、他の人に教えてはいけない魔法を私に教えてくれるんですか?」
「貴女にはその資格があるからです」
これも即答。あらかじめ答えを用意していた即答。
しかし、数瞬の間をおいて御雫祇は別の話を始めた。
「フェイトさんは、“ラーズグリース伝説”というものをご存知ですか?」
「え?―――えーっと、“姫君の青い鳩”に出てくる悪魔の名前・・・ですよね?」
それは、ミッドチルダではポピュラーな絵本に登場する悪魔だった。
うろ覚えだが、“姫君の青い鳩”という題の絵本だったと思う。
御雫祇もそういう答えが返ってくるくると分かっていたようで、しかし望む答えとは違ったらしい。
「古い、古い、その話の元となった伝説のことです―――そして、絢雪一族の開祖である人物が仲間と共に呼ばれた通り名でもあります」
もっとも、古代文明時代の話ですから正確に覚えている人も多くないでしょうがと付け加えられた。
「開祖は、絢雪真刀流を子供に伝えるときに条件を課しました」
一つ、才能なく、弱き者に伝えてはならない。
二つ、心根悪しき者には伝えてはならない。
三つ、一族にのみ伝えよ。
「そして、四つ目が一般には公にはされていませんが・・・“当主が認める特別な才を受け継ぐ者には絢雪真刀流を伝えることを許す”というものです」
「特別な才能・・・ですか?でも、私にはそんな―――」
「あります」
才能は無いと言おうとしたフェイトは遮られる。
「貴女には、条件とされた特別な才があります。絢雪真刀流の奥義【ロスヴァイセ】を使うための才能が」
「ろす・・・ヴぁいせ?」
鸚鵡返しになる。
「言葉よりも、実際に見た方が早いでしょう・・・・おそらく、“見えない”でしょうがそういうものだと承知の上でできるだけ眼で追ってください」
言うが早い。フェイトが待って欲しいと言う間もなかった。
―――目前に居たはずの御雫祇がフェイトの背後を完全に取っていた。
気配を感じ、改めて目を凝らして目前に居るはずの御雫祇を見るが、居ない。
間違いなく居たはずなのに。後ろにある気配が本物になる。
「いつの間に・・・」
頭が混乱して、うまく整理できない。
理屈に合わない。転移魔法とも思えない。
フェイトが本当に背後に御雫祇から居るのか確認するべく振り返る。
「これが、絢雪真刀流の奥義【ロスヴァイセ】です」
「・・・・・・」
言葉もなかった。
本来は埒外の“魔法”を扱うフェイトだが、これは更にその外側にある真の意味での“魔法”だ。
時の庭園で見たカーマインの“魔法”と同じ、万人に扱えぬ神秘そのもの。
これを自分が使える。
とても信じられない。
「まだ、自分が使えるのか信じられないでしょうが、貴女は実際に一度使っています」
「え?」
「“真紅の剣士”に放った最後の一撃―――完全に動きを読まれていながら、何故無事だったと思います?」
「あ・・・・・」
交叉の直前に、動きが読まれていることは何となく察していた。
フェイトは自分の胸に手を置いてギュッと握る。本来ならばそこに[バルディッシュ]を両断した斬撃が直撃していたはずだ。
「本当に・・・私が、できるんですか?」
「偶然はあり得ません。この魔法は―――」
言い掛けて、御雫祇は不自然に言葉を打ち切った。不自然を押し隠すように何でもない顔を作り、失態を隠す。
フェイトは続きを待っているが、御雫祇に言うつもりはない。
「―――ともかく、使えることは分かっています。後は、自在に制御するためのスイッチ作りを行います。そのためにはおよそ他の鍛練をする暇はないでしょう」
「でも、それじゃあ・・・・」
「期間が短すぎます。限られた時間の中で貴女を強化するには多少の無理は承知の上です」
フェイトは、反論を寄せ付けない御雫祇の瞳に口を噤むしかない。
本当にこれで強くなれるのか、確証はない。だが、御雫祇の言うようにほんの数日の鍛練で強くなり、それで倒せるような相手かと問われればそれも否だ。
しかし、他の理由を差し置いてフェイトは御雫祇を信じたい。
それは面影を重ねて信じたいと思いこんでいるかもしれないとフェイト自身も気づいている。
同じ小太刀の二刀をデバイスとし、同じ構えの流派の遣い手である御雫祇を。
また、ガルムと過ごした日々が虚構でも戻ってきてくれるかもしれないと。
「フェイトさんが行うのは、とにかく私の攻撃を凌ぎ続けること。それだけです―――」
「えぇ?」
一瞬で現実に引き戻され、首を傾げる。
「では、行きますよ―――油断しているとぐに終わりますから」
言うよりも先に御雫祇の体は動いていた。
「あわわわわーーー!!!」
フェイトはその日、初めて体育会系のノリの“しごき”というものを味わうことになった。
ぽか〜〜〜ん
聖祥学園3年生のとある教室。
余所の学校と比較して「お金掛ってる」と感じさせる教室で、一名魂が抜けそうな生徒が居た。
「ねぇ、なのは・・・」
「え〜、なに〜、アリサちゃん・・・」
「って、アンタも何か死んでるし・・・」
マラソンの授業の後のようにクタクタななのはに、アリサは一歩引く。
朝からちゃんと話す時間がなかったので今まで気付かなかったが、なのはは目に見えて疲労している。
「寝不足・・なの?」
心配していた鈴鹿も来て、気遣わしそうに顔を覗き込んでくる。
「うん・・まぁ・・・人間って勉強のし過ぎで死ねるんだね・・・AHAHAHAHA♪」
「うわっ・・・見事にぶっ壊れてるわね」
「う、うん・・・」
怪しげな笑い声で教室中の注目を集めるが、今のなのはには関係ない。
笑わば笑えー!とむしろ開き直っている。
セーラから出された宿題は、理数系が得意ななのはの頭脳を以てしてもオーバーヒート寸前まで追い込んでいた。取り合えずの初歩の宿題として出された数学基礎論は文系も理解できなければならない難問として立ちはだかった。
寝不足は当然。講義だけで目一杯なところに来た、宿題は本当に夢の中まで追っかけてきた。
今ならゲーデル先生とお話できるかもしれない。
「ね、ほら・・・お弁当食べよう?」
鈴鹿が困り果てた末にフォローを入れて促す。
一歩引いた自分に対して、それでも何とかしようという試みが鈴鹿らしいとアリサは評価する。
(こういう所の芯の強さが普段から表に出ていれば―――って、鈴鹿もライバルなのに何考えてんだか、私は)
恋する乙女の複雑な思考を追っ払い、怪しげな呪文を口にしているなのはの襟首を掴み席に着かせる。
それから手際良く机を四つくっつけ始め、その間に鈴鹿がなのはの鞄からお弁当を取り出す。
「あ・・・やっぱり・・・」
最後の机でアリサの手がピタリと止まる。
さっきから無反応のフェイトを訝しんではいたが、案の定だった。
黒板を真っ直ぐに見据えているフェイトは、目をしっかり見開き、姿勢良く・・・・寝ていた。
「す、凄い・・・・」
「もう人間業じゃないわね・・・」
アリサと鈴鹿は驚愕のそれしか言えない。
目を開いて姿勢が良いだけではない。
フェイトはその上で、聴覚で捉えたことを全自動の筆記マシーンであるかのようにノートに書き込んでいた。
「二人とも本当に大丈夫なの?」
専属シェフお手製の昼食をつつきながら、アリサはぼやくように言う。
「あははは〜、あんまり・・・大丈夫じゃないかも〜」
「なのはに同じく・・・午後も起きてられる自信ないかも・・・」
乾いた笑いのなのはと、しょんぼりなフェイト。
二人も桃子とエイミィが作ってくれたお弁当をもしゃもしゃと食べる。
「そんなになるまで何してるか聞いても答えないだろうけど・・・ほどほどにしておきなさいよ?」
「・・・うん・・・くぅ〜〜」
「って、寝るな!」
スパコンッ!
「痛ッ!―――え?あれ?」
「アリサちゃん・・・」
「いいのよ・・・」
「・・・どうして、可哀想な人を見るような眼で見られてるんだろう・・・?」
左を見ても、右を見ても反応が一緒。
記憶はないし、わけもなく頭頂部がジンジンする。
アリサがハリセン―――ではなく、丸めた教科書で頭を叩いたのだが、寝ていたなのはは全く気付いていない。
「今更なのはにどうこう言っても無駄だろうけど―――」
「酷いよ、アリサちゃん!私だって――――」
「お黙り!―――フェイトはどうしたのよ」
「え?私?」
こちらもなのはと大して変わらず半分寝ながらデザートのパンプキンパイを食べようとするフェイト。
流石にこれは、とアリサがやや疲れた表情で手を掴んで食べるのを止めさせる。
「うぅ・・・日を追うごとにアリサちゃんの扱いが酷いよー、鈴鹿ちゃん・・・」
「えーっと・・・うん・・・元気出してね、なのはちゃん」
横でのショートコント(?)は無視。
誤魔化そうとしているのか、本当に眠たいだけなのか判然としないフェイトの眼をじーっと見つめる。
フェイトが転校してきてまだ一か月も経っていない。
以前からなのは経由でビデオメールのやり取りはしていても、会って間もないフェイトのことを心配する自分をちょっとどうかとも思う。だが、フェイトには付き合いの長さに関係なく、人を心配させてしまう何かがある。
アリサが自分で自覚しているように、お節介焼きにとっては放っておけないことを極まりない。
(・・・ど、どうしよう)
根本的なところで嘘のつけないフェイトは、アリサの想像以上に考え込んでいた。
「あ、う・・・ちょっと色々あって・・まだこっちの生活に慣れてないとゆーか・・・その・・・ごにょごにょ・・・」
「ふーん」
「あう」
一瞥でフェイト撃沈。
(フェイトちゃん・・・嘘が下手すぎだよー)
思わず、鈴鹿はほろりとなる。
「類は友を呼ぶとゆーか、朱に交われば赤くなるとゆーか・・・この二人はまったく・・・」
世話が焼けるわねー、とこれ見よがしにアリサが溜息を吐いてみせる。
「「あははは〜〜〜」」
「あ゛?」
「「ひぃ〜〜〜!!」」
当の二人は誤魔化し笑いでやり過ごそうとするが、お嬢様らしからぬ凄味で圧倒。
鈴鹿の後へ避難する。何故かお弁当箱を持って食べながら。
「まぁまぁ、アリサちゃんも落ち着いて。ね?」
「いいわよー、別にー。どうせ私なんて心配損するだけの嫌な奴ですよーだ」
「あーもぅー・・・」
バクバクと自棄食いを始めるアリサを仕方ない、と苦笑いで諦める。
どっちかが悪いとかそういうことではないのは、これまでのことで経験済みだが。
鈴鹿としては、結局のところ拗ねているだけで友情に亀裂が入ったわけでもないから長い目で見ようと決めている。
どっちにしても、どちらか一方が歩み寄ってうまく治まるだろうから。
「二人とも、ちゃんと後でアリサちゃんの機嫌を取るんだよ?」
「「はいぃ〜〜〜」」
神様、仏様、鈴鹿様と拝み倒しそうになるほど二人とも鈴鹿に感謝感激。
もしかしたら、この中でヒエラルキーの頂点にいるのは鈴鹿ではないだろうか。
「・・・鈴鹿も大概大物よねぇ」
「そんなことないよ〜」
お弁当箱を洗うフェイトとなのはの後。既に洗い終えたアリサと鈴鹿が二人を待っている。
本当に親しげに話し、ちょっと過剰ではないかと思うほどベタベタしているフェイトとなのはは日常になっている。
「あの様子じゃあ、私達に言えない事情があるんだから・・・無理に聞いたらこの前にみたいになっちゃうでしょ?」
「分かってるわよ。私だってだから・・・こうして・・・」
「そんなに拳をワナワナさせて井桁浮かせて言っても、説得力ないよ・・・」
ズモモモモモ
ス●ンドでも出しそうなオーラが背後から出ている。
「・・・でも、鈴鹿も突っ込み気質よねぇ」
「まあ、お姉ちゃんで慣れてるからね」
「忍さんか・・・納得できてるのは良いところなのかしらね」
「人見知りし過ぎるし、ハチャメチャなお姉ちゃんだけど、根はちゃんと家族を大事にしてくれてるから。私には良いお姉ちゃんだよ?」
「微妙にフォローになってないような・・・・」
それだと普段がちゃらんぽらんとしか聞こえない。
「でも、何だか話が切り出しにくいよね」
「そりゃねぇ・・・話してもまともに会話になるか怪しいし」
本当は話しておきたい話題があったのだが、なのはやフェイトの様子から話を振りにくくなってしまった。
鈴鹿は新しくできた友達のことを。
アリサは最近習い始めた歌のことを。
(・・・二人とも・・・強くなるために頑張ってるんだよね)
鈴鹿はイレインの持ち帰った映像で、二人が完膚無き敗北を喫したことを知っている。
だから、何が起きているのかも大体知っている。
確かにあの負けは悔しいものがあるだろう。
でも、と鈴鹿は思うのだ。
(強くなるって・・・すごく辛いことでもあるんだよ?)
「・・・と言う状況です」
「ふうんそれで」
「え?え?え?どうして棒読みなんですか!?」
ロボットの合成音並の怪しい口調のセーラ。
なのはは何でそうなるのか心底分からずに、軽くパニックになりながらあたふたする。
場所は例のごとく訓練用に用意された空間。
セーラは自分の装備である箱を横に置いている。
今日も今日とて、実戦練習を加えた訓練を行うことになっている。
ちなみに、クロノとユーノはなのは達が学校へ行っている間にボロボロになるまで訓練して今は休んでいる。
「学校に行ったことがないから・・・分からないだけよ」
「え?・・・学校に通ったことがないんですか?」
「そうよ」
あっさりと答えられ過ぎて、なのはの理解はちょっと追いつかない。
「・・・ミッドチルダって―――」
「義務教育はある」
「う゛っ・・・・」
もしかしたらこの人エスパーかもしれないと思わずにはいられない。
考えればフェイトは学校へ行ったことはないと言っていたし、クロノやユーノはこっちの世界では義務教育の年齢なのに働いている。義務教育がないかとも思ったが違ったらしい。
「どうして、行かないんですか?」
「ジナ姉さん――――家庭教師役が居てくれるから・・・特に困ることもなかったから」
「あ、そういうことじゃなくて」
言ってしまってから、随分と立ち入ったことを聞いたなぁと後悔。
はっきりと何をどう立ち入ったことなのかはよく分からないが、こういう話を本人に直接聞くのはよくないことぐらいはなのはも知っている。
セーラもその辺の機微が読めないわけではないが、家庭教師もしてくれる先輩・ジナイーダが心配するようにあまり頓着しない。
「必要ない。私は私の世界の広さを知っている。そこで生きていく能力を獲得すれば―――」
簡単に言えば、なのはは「軍人である以前」の「ナインブレイカーの娘」としてのセーラ=A=スメラギという少女について理解が足りていなかった。
「―――後は、ただ強くなるだけ」
―――ナインブレイカーの誇れる娘として
「あ・・・・・」
言葉よりも感性が。
理性よりも感情が。
理解した。
そして、自分はセーラに似ているのだと。
なのはは、離れた位置で御雫祇の攻撃を死に物狂いで避けるフェイトを見る。
見ると言っても、常時【ブリッツアクション】を使っているかのように見えるほど高速で動いているため、はっきりと姿を見ることはできないが。
フェイトはどうなのだろう。
抱えているものは似ているが、実のところ自分とそう似ているとも思っていない。
フェイトは今も恭也とプレシアのことで苦しんでいるから。
でも、そのことを聞こうとは思わない。似ている似ていないは関係ないから。
だけど―――
懸命なフェイトとは対照的に片手まじりと言える余裕の御雫祇。
あの人はどうなのだろう。
セーラと似ていると感じるように、フェイトと似ているのだろうか?
ごつん!
「イタイッ!」
「時間が・・・勿体ないから始める」
何も持っていないのに堅いもので殴られた。
どこかに隠し持っているとも思えないほど自然体過ぎる。
「・・・・今日はこれぐらいから」
「え゛!?」
やたらとカラフルなスフィアが軽く百個は浮かんでいる。
「防御しないと・・・ちょっとどころじゃなくて、痛いけど・・・大丈夫」
「それ全然大丈夫じゃありませーーーん!!!」
すいません、きっと似ていません。
私にはそんないじめっ子気質なんかありません。
きっと・・・私が将来誰かに教えることになったら、優しく丁寧に教えてあげよう。そうしよう。
「「――――琴絵さん」」
そう呼ばれて、御雫祇は自分の心を沸騰させ、ありったけの理性で抑え込んだ。
美しい。
戦慄と歓喜の震え。
生涯見ることのないだろう、斬撃。
剣士ならばその斬撃に嫉妬を覚え発狂してもおかしくない。
半端者ではあったが一介の剣士として、
―――この斬撃で死ねるなら本望
そこまで思えた。
“―――こと・・え・・さん?”
あの一言で自分は汚された。
死すら本望と受け容れた斬撃から、放った剣士から。
訳も分からずそう思い、“彼”の呼んだ名前の相手に嫉妬した。
斬撃も、剣士も、例え隔絶した実力差があろうとも刹那の時の間は自分のものだったはず。
問答無用。常人からすれば正気の沙汰ではない。
それでも絢雪御雫祇こと、メルセデス=ブロムクイストの初恋であり、
惚れてしまった相手への強烈な独占欲からの嫉妬であるなどと気づいていない。
否、気付いていたとしても決して認めない。
認めるとしたら、それは惚れた相手その人に聞かれたときにだけ、答える。
二度聴きたくないが、あれ以来二度と離れなくなった名前に激昂しかけた。
「・・・あの、私に何かご用でしょうか?」
“琴絵”と呼ばれたことは華麗にスルーしておく。
その上で、努めて平静を装い美沙斗と士郎へ尋ねる。
「「あ・・・いや・・・申し訳ない」」
ああ、この二人はきっと兄妹なんだと分かる、声が違えどもイントネーションと一字一句の共通。
「・・・知り合いというか・・・親戚によく似た人が居たもので、つい・・・」
「親戚・・・よく似てる・・・・居た・・・?」
今回は不意打ちではないので、感情の抑制はできている。
聞き捨てならない単語があるのは分かるが。
瞬間的にパズルのピースが嵌るように、納得がいった。
―――破天荒な父親でな、無茶をさせられて死にかけたこともある
この人がそうなのだろう。
隣の人がその妹―――あの人の叔母。
「本当に申し訳ないことをしました」
美沙斗が頭を下げる。
顔は見えないが、まだばつの悪そうな顔をしている。
けれども、もう御雫祇の中に先ほどまでの狂暴な感情はない。
この世界に来た成果は得た。
ここがあの人のルーツならば、ここを押さえておけば良い。
「―――いいえ、お気になさらず」
艶やかな笑みを向け、周囲を慄然とさせた。
あとがき
引っ越し準備で中々時間が取れません(挨拶
今回はなのは&フェイトの修行のお話がメインっぽいお話でした。
剣術よりも先に神速を鍛練する邪道のフェイトと、セーラに苛められるなのは。
果たして本当に強くなれるのか!?
実は、リリカルコンバット2(仮題)や愛姫無双もちょくちょく進めていたので二週間ちょっとかかっています。
特に愛姫無双は非常に出来の良い資料である「ちくま学芸文庫版三国志」が手に入ると入らないのではかなり大きな差になりますね・・・欲しい。一冊千円以上なのは、今の物入りな時期には厳しい。
それはさておき。
次回からはVSヴォルケンズとの二回戦となります。
そして、十一年前の事件。ヨートゥン事件の謎解きもスタート。
・・・・これだけ間をおいてようやく本題。
もう少しペースを上げないと・・・。
それでは、次回にまたお会いしましょう。
強くなるために努力する二人。
美姫 「フェイトの方は神速習得に向けてみたいだけれど」
果たして、身体の方は大丈夫なんだろうか。
美姫 「徐々に近づく決戦の時」
果たして二人はどこまで強くなれるのかな。
美姫 「次回も首を長くして待っていますね」
待ってます!