――――【飛竜一閃】

 

[レヴァンティン]の剣身が節を刻み、伸縮自在の魔力糸で繋がれた連結刃へと変形。

くっ、と体を沈み込ませ下半身の溜めを作る。逆に[レヴァンティン]を握る肩から手首にかけては関節で支える以外は弛緩している。

 

理想的なスローイング体勢から、腕が振られる。

直後、火を噴く飛竜を幻視してしまう伸び続ける連結刃。

暴れ狂い、地面を焼き固め、空気を焦がしながら飛翔を続け、破壊を尽くしていく。

 

 

「ぐぅっ!」

「あっつぅっ!!」

 

 

灼熱の飛竜に巻き込まれた二人の騎士が、騎士甲冑ごと燃えながら転がり出る。

他の騎士達も巻き込まれないように距離を取っていたが、バックアップ専門の騎士が飛び込んで二人を救出する。

 

「・・・何て火力だ」

 

面を下ろしている騎士の一人が唸る。

当たれば消し炭になり、当たらずとも焼かれ、ダメージを負わないようにすれば情けないほどに距離が離れる。

悔しいが、自分達が死を覚悟して相討ちに持ち込むのも厳しい。

 

 

髪の色と同じ真紅と黒の入り混じった禍々しくさえある騎士甲冑を着たシグナムは、戦っていると言えるか疑問なほどに離れた騎士達を一瞥する。

 

(奴らも決して弱くはない・・・・)

 

今のマスターに居るからこそ全力を出せる自分だから、こういうことになっている。

己の修練のみで磨いてきた彼らの実力をシグナムは侮っていない。侮っていないが、その上で実力差を理解している。

 

むしろ、今まで静観していた二名が躊躇なく踏み出してきたことのほうがシグナムの危機感を煽った。

 

 

「美事」

 

高潔な騎士そのものという気品のイオアネスが、称賛する。

ガラス状に硬化した地面を踏み締め、地表から立ち上る火傷しそうな熱にも顔色一つ変えない。

 

その隣には、黙して目を閉ざしたジューダスが立つ。

 

一分の隙もない。

一握りの者だけが得られるであろう、至高の領域。そこへ達したものだけが持つ威圧感。

ひしひしと伝わり、肌を刺してくる。

弱いものならば威圧感に呑まれ、戦わずして敗北する。

 

 

「流石は、『闇の書』の守護騎士プログラム、と言うべきか・・・」

「よけ―――」

「会話をするな、シグナム」

 

言い返そうとしたシグナムの脇から、ディアルムドが姿を現す。

手には月白長剣――ベガルタ、天鵞絨長剣―――モラルタを握り、気配は臨戦態勢。

 

 

「こいつら・・・今までの奴らとは、格が違う・・・」

 

一緒に来ていたヴィータも相手の強さを感じ取る。

 

「どちらかが私の後継者になるはずだった・・・」

「それほどの使い手が・・・」

 

ディアルムドは僅かに過去に思いを馳せ、払拭する。

 

「できれば、貴公の後継者となる試練をこのような形で得るのは・・・不本意です」

「そうだな。私も同感だ・・・しかし、それもまた騎士たる身の宿命だ」

「承知しています」

 

その返答で十分だと。

ジューダスは大剣型デバイス[ヴィズリル]を自然体で構える。

 

騎士の宿命。それ以上に、お互いに譲れぬ者がある。

自分が恋い慕い合うクロエを全てに代えて守ろうとするように。

ジューダスにもまた、己が育った施設で自分のことを兄と慕う幼い弟妹を持つ。

例え、血の繋がりもなくとも、間違いなく彼にとっては守るべき弟妹なのだ。

 

引くに、引けない。

互いに至高の域にまで達する騎士同士。

全力で戦えば、どちらかの死を以て終わる。

 

 

 

「投降を求めるのは・・・無粋に過ぎるでしょう」

 

イオアネスは泰然としている。しかし、構えは下げ気味で、瞬時に動ける。

 

「分かっていて聞く時点で、無粋だ・・・君はいつも空とぼけながらも、無粋なことを口にする」

「性分なものですから」

「・・・私はな、クロエと添い遂げたい。故に、降るわけにはいかんのだ」

「「・・・・!」」

 

珍しくというよりも、あり得ないものを見て、ジューダスとイオアネスのみならずシグナムも驚きに声をなくす。

 

ディアルムドが笑っている。

大笑いではないが、頬の筋肉が硬直して動かないのではないかと思うほど笑みとは無縁の男が、笑ったのだ。

シグナムはもとより、騎士として共に過ごした二人でさえ見たことがない。

 

だが、ジューダスは驚きと同時に少し嬉しかった。

幼い時分。騎士の鑑として憧れた人は、変わっていなかった。

同じ道を進む同志だったはずのその人が裏切ったと聞いた時には怒りを覚えたが、それも今はない。

イオアネスの所感にも頷ける。

彼は選んだのだ。善悪は関係なく、やはり騎士としても、一個の男としても尊敬できる。

 

この人に笑みを零させるほどの伴侶ならば、と裏切りも不本意ながら納得できてしまった。

 

 

ならば、本人が言うように、投降を呼びかけるなど無粋に過ぎるだろう。

 

 

「―――――」

「―――――」

「―――――」

「―――――」

「―――――」

 

 

ディアルムド、シグナム、ヴィータ。

イオアネス、ジューダス。

 

五人に、もう言葉は要らない。

 

キィィン、と耳鳴りがするほど空気が膨らみ、引き絞られるように詰まっていく。

戦うための騎士の本能が痺れるほどに刺激される。

高揚。そして、一流の強者だけが持つ、冷静なもう一人の自分。

 

少しずつ、少しずつ、引き絞られた空気が限界へ近づいていく。

 

 

そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴオォッオ!!!

 

 

硬質な、デバイス同士の鋭い激突。

反発するように、両者は離れる。

 

「ぎぃっ―――!」

(やっぱり、鋭い!重い!)

 

 

ただの一合で、手強さを再認識。

認識しながら、マルチタスクで次の魔法と戦術を瞬時に組み立てる。

 

 

「【フォトンランサーマルチショット】」

 

 

離れると同時の雷撃の槍群。

同じく離れていくシグナムに向け、直走る。

 

「ふっ」

 

シグナムは軽く驚いて眉を動かしたが、すぐにその勢いを認めるように凛々しく吊りあげる。

 

フェイトもこの一撃で止められると思ってはいない。

時間が少しでも稼げれば。それだけを考えての一手。

 

ブォン!と魔力だけ無作為に放出し、貧弱だとでも言いたげに雷撃の槍を全て薙ぎ払い、落とす。

その動作に迷いはない。だが、薙ぎ払いのためにフェイトを追う動きが止まっている。

 

御雫祇から貰ったアドヴァイスの一つ。

―――イニシアティブを握られないこと

前回の戦いは完全に実力差に圧倒され、自然と攻撃がシグナムの攻撃に対抗する形になってしまっていた。

経験に差があるのだ。自分が攻撃をした時に相手がどういう反応を示すかなど飽きるほど見てきている。

攻撃に対する防御と反撃では、相手の読みを越えられない。ならば、攻撃をさせない反撃を続け、こちらが受け身に回ることを極力回避する。

 

消極的な解決策。

しかし、実力差を埋められない以上はこうすることしかできない。

 

 

(まだ、私は【ロスヴァイセ】を使えない・・・・)

 

 

敵の動きはこちらの予想を上回ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――五課が彼女達を捕捉したの!?」

《ええ、彼らの戦力では不足だったので、クロノ君の判断で私達も攻撃に参加しています》

 

エイミィからの事後承諾となった経過報告に、リンディは舌打ちしそうになる。

後2,3日は大丈夫だと余裕を見ていたが誤りだった。

 

アースラとは別に『地球』へ入っていた武装五課は、独自に捜査を進めていたがまさか捕捉するとは思わなかった。

本来、彼らは実行部隊であり、捜査や捜索などには向いていないはずなのだ。

偶然なのだろうが、タイミングが悪い。

 

自分は本局に居て、なのは達の速成鍛練は終わっていない。

 

(絢雪の当主と、セーラさんを頼るしかないわね・・・)

 

どこまで手助けをしてくれるかは分からないが、彼女達の力が頼みだ。

 

 

《何か、指示はありますか?》

「いえ・・・もし、危険だと判断したら即刻撤退する。それだけよ」

《了解しました》

 

モニターが消え、リンディは溜息を吐く。

急いで戻ってもいいが、立場上戦闘に参加できないなら同じだ。

 

気持ちを切り替え、目的の場所へ向かう。

ナインブレイカーの伝言。十一年前の事件を調べろ。

そのために一旦、本局へ戻った。

 

十一年前の事件と言えば、一つしかない。

ヨートゥン戦争の終結。

 

管理局の加盟の是非を巡り、賛成派と反対派がそれぞれ統合派と反統合派に分裂し、内戦となった。

管理局は内戦の悪化を懸念し、最低限の介入を行い人道に反する両軍兵士を抑制しながら、二年という長い時間を掛けて双方を停戦へと導いた。

しかし、停戦を良しとしない双方の急進派が古代の魔導兵器を用いて停戦合意の会場を襲撃。

これを制圧しようとした管理局と戦闘になり、艦載砲である『アルカンシェル』まで使用したが阻止に失敗。魔導兵器により、ヨートゥン世界は致命的な損害を受け、制圧に加わった管理局側も艦内へ侵入した急進派により一隻の次元航行艦を失う。

 

失われた次元航行艦はL級巡航艦『エスティア』。

乗員を全て退艦させて被害を最小限に食い止めた艦長の名前はクライド=ハラオウン。

クロノの父であり、リンディの夫だった。

 

管理局が受けた損害は想像以上に大きく、人材不足に拍車を掛けた。

停戦合意も消え、ヨートゥン世界はただ疲弊しただけで終わった。

管理局は加盟について見送ることとなり、ヨートゥン世界の復興を待つこととなった。

 

 

リンディの知っている情報であり、調査した結果も変わらない。

残されている諸々の資料もほぼこの情報と一致している。

痛ましい事件であり、管理局の失態でもある。リンディにとっても最愛の夫を亡くした、決して忘れられない事件だ。

 

それ以上のことはない。少なくとも調査した限りでは。

しかし、ナインブレイカーは暗にこの事件を調べろと言ったのだ。裏に何かが潜んでいてもおかしくはない。

リンディもこの公式の情報を疑ったことがないわけではない。

組織とは大筋において正当性を確保するためのウソを吐く。

人間の心理と同じで、自分にとって都合の良いことは大きな声で大いに誇張して、都合の悪いことは小さな声で――声も出さないこともある―――有耶無耶にしてしまう。

 

結局のところ、リンディが知っているのは“管理局にとって都合の良い真実”であって、事実ではないのだ。

 

 

手に入る範囲の公式資料では、埒が明かない。

だから、リンディは当事者へ聞くこととした。

 

 

ドアがスライドし、目的の室内へと入る。

 

 

「よく来たね、リンディ」

「グレアム・・・」

 

 

十一年前、クライドの同僚としてヨートゥン戦争へ派遣されていたグレアムならば知っているはずだ。

十一年前に聞けなかった“何故”を今、問う。

 

 

 

 

 

 

「『ディバインシューター』」

 

十二個のスフィアが空に浮かび、走り出す。

 

「はっ!」

 

鼻で笑ったのか、呼気のためか、ヴィータは息を吐いた。

正面に展開されたシールドが十二個のディバインシューターをモノともせずに霧散させる。

引き換えに、ヴィータの突進力が弱まる。

 

(ちっ!こいつやる気あんのか?)

 

さっきから逃げるか牽制ばかりで、なのはは一向に積極性を見せようとしない。

 

(まぁ、それならそれで良いさ。罠も食い破ればいいだけしだな)

 

今回もバックアップに入っているシャマルは伊達ではない。

管理局が張った結界内はシャマルが完全にスキャンしている。

建物の位置・内部構造、緑地、路面状況などの詳細なデータは常時供給されている。

 

どこをどう逃げても行先の状況は把握している。

そして、前回の戦いから導き出されるなのはの戦闘スタイルからどのような罠があるかも予測している。

 

 

「ふんっ!」

 

 

ビルの合間に入った瞬間、上と前からスフィアが飛来。

ヴィータは地面にグラーフアイゼンを叩きつけ、コンクリート片を巻き上げて前方からのスフィアに弾幕を張り、上方からのスフィアをバリアで防御する。

 

(まさか、こんなんでアタシを本気で倒すつもりなのか!?)

 

【ディバインシューター】の攻撃力ならヴィータは自分の防御力が上回ると確信を持っている。

来ると分かっていれば、【ディバインバスター】も止める自信だってある。

 

こうしてチマチマとしかやって来ないならば、様子見の必要もない。

 

 

(今日ははやてと恭が、鈴鹿を呼んで鍋を用意して待ってんだよ!)

 

 

「一撃目から潰してやるよっ!」

 

言って、ヴィータの前にスフィアが八個発生する。

深紅―――猩々緋のスフィアは炎が酸素を食らうように肥大化し、砲弾のように大きくなる。

 

 

「【シュワルベフリーゲン】!!!」

 

 

気勢と共に八個の深紅のスフィアが放たれる。

狭隘なビルの谷間に峻烈な光球が迸る。

文字通り八方に広がり、左右のビルを崩壊させながら驀進した。

 

 

(手堪えがねぇ・・・)

 

 

崩壊し、傾きながら倒れていくビル。

濛々と埃が立ち上る中、飛びあがったヴィータは素早く周囲へ眼を動かす。

 

飛び上ったところでバインドでもくるかと思ったが、その気配がまるでない。

 

 

瞬間、

 

 

 

 

「【ディバインバスター】!!!」

 

 

 

 

ヴィータは、声を上げる間もなく桃色の奔流に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴ!

ゴ!

ゴ!

ゴ!

ゴ!

ゴ!

ゴ!

ゴ!

ゴ!

ゴ!

 

 

 

釣瓶打ちのように間断なく打ち出される槍撃。

 

 

「へぇーーーー」

 

 

ビルの屋上。

今にも落ちそうな端で、アストラが立っている。感心の声を上げながら、槍を構えた姿勢から微動だにしない。

手に持つ槍だけが、瞬間移動でもしているかのようにフッと動いては元に戻る。

彼女の性格そのままの奇術師じみた動きだが、真実、100m近く離れた位置まで人一人分はありそうな穴を穿つ。

 

 

「僕のこれも避けるかぁ・・・」

 

 

言葉通りに、釣瓶打ちの槍撃をセーラはどれもタッチの差で避ける。

爆ぜるビルの破片や埃さえ浴びない芸術的な身のこなしに、アストラは内心で感心しつつ、溜息も出る。

サイドステップを踏むことなく滑るように左右へ移動し、セーラを狙う。だが、どれも動きを読まれているかのように外れる。

 

やらしーなー、などと深刻さの欠片もない態度で、それでいて一撃必倒の槍撃は緩まない。

 

 

 

一方のセーラは裾を翻しながら回避に努め、目の前の曲者に少し困っていた。

 

付かず離れず。

しかして、砲撃の暇を与えず、射撃のスフィアは穂先にかけて打ち落とす。

接近しようにも槍撃の弾幕が寄せ付けない。

 

だが、槍撃もセーラの能力を以てすれば回避できないほどのものでもない。

近づけば危険だが、今の距離なら永久に回避し続けることもできる。

まさかこちらを近づけたくないだけではないのかと思ってしまう。いや、おそらくそれは正解だろう。

 

「君!やる気ある〜?」

 

気の抜けた声が届く。

 

「別に」

 

対してセーラもさらりと答える。

 

「すっごい典型的な、やる気のない返事だね」

「別に・・・私は、本当は貴女なんかどうでもいいの・・・」

「そういうこと・・・なら、遠慮はいらないね!」

 

槍撃の回転率が途端に上がり、セーラを狙い撃ち始める

屋上で突風に前髪を煽られるアストラの顔は、家では見せたことのない半笑いだった。上に“恐ろしい”という形容詞のつく。

 

 

「僕もね、こういうしゃべり方だし―――」

 

槍の打ち込み方が明らかに変化する

 

「こういう人を食った態度だけど―――」

 

持ち手の周囲に空気が集まっている。

 

 

 

「誇りあるベルカ騎士としての矜持は持ち合わせているんだよ!!」

 

 

 

渦巻き、轟き、大気が吼えた。

 

 

――――【穿つ風】

 

 

 

どの槍撃よりも細く、細く、限界まで絞り細めたレーザーのような一閃。

当たる面積は少なく、命中率は格段に落ちたそれはしかし、比較にならないほどの超高速で肉迫する。

 

 

「!!?」

 

 

セーラは回避できない。

古めかしいが堅牢な鉄筋コンクリート造のビルの前を通り過ぎようかとしていた。

速度に馴らされていた。ギアを上げるよりも先に槍というよりは錐のような一閃が防御に翳した両腕を穿っていた。

 

 

ギュルッ!

 

 

音が合図となり、錐の一閃が――――破裂した。

いや、破裂したように見えただけ。

まるで手榴弾のように内部に閉じ込められていた風が入れ物を失って解放されただけだ。

 

所詮は風。ただの風。

しかし、竜巻にも匹敵する風が閉じ込められていたならば、それはどれほどの風だろう?

 

音が消え、次には、周囲のガラスが全て割れた。否、粉々に爆ぜた。

 

「っ!?」

 

悲鳴さえも?き消す暴君のような風。

セーラはバリアも、フィールドも、全ての防御が剥ぎ取られた。

 

 

 

 

ヒュィッ、と槍が風を切り、脇に抱えられる。

気は抜いていない。

だが、アストラにとってこの一撃で仕留められなければ負けも同然。

 

騎士道を日常にて体現するシグナムとは違う。

ただ己の一撃に騎士の誇りを体現しようとする、屈折した強の騎士。

それが、“黒き風神”アストラ。

 

 

 

「・・・・あ〜あ・・・・」

 

 

アストラは嘆息しながら、軽く天を仰ぐ。

直前まで視線を向けていた、暴風の爪痕残るセーラのいた場所ではまだ濛々と土煙りが上がっている。

見えるはずがない。その先を透視することは、魔法を以てすれば可能であってもアストラには必要ない。

 

「やっぱり、僕が一番の外れ籤かぁ・・・・」

 

顔は笑っているが目は笑っていない。

ヤバい。背筋が本気で凍りつきそうになる。

アストラは心臓が高鳴るのを懸命に抑えようとしていた。

 

 

土煙りの向こうから感じる魔力とは違う、戦にのみ存在する圧力。それが、アストラを無意識に慄かせる。

 

 

自分が相手をしているのは、人間ではなかった。

“アレ”にとって、これまでの戦いなどお遊戯に過ぎなかったのだ。

 

 

「・・・少し、本気で相手してあげる」

 

 

気配の移動。

至近の声。

 

アストラは音速で反応すると、槍を薙ぐ。

 

 

ガイィィン!!!

 

 

 

「レイヤード式・・・・」

 

硬い金属音に、槍が止められたがアストラはそれに驚いてはいない。

驚いているのは眼前に聳え立つ、鉄の巨人。

地球の伝説―――ダヴィデとゴリアテの対決であるかのように、流線的なフォルムを持つ人型の機械。

SFで思い浮かべる人型兵器をそのまま抜き出したような偉容。

 

アストラは思った。

これは、本当にヤバい。

他の敵とは違う。彼女は“殺しのできる敵”だ。

 

鉄の巨人の前で両腕に薄く血を滲ませたセーラは、シャトヤンシーの瞳を文字通りギラつかせ命令を下した。

 

 

「やりさない、アナイレイター」

 

 

デバイスと同じ名を冠した鉄の巨人は、槍を止めた腕を――――打ち出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これは困ったわね・・・・)

 

シグナム達の戦闘をモニタリングしているシャマルはぼやく。

しかし、それはどことなく今晩の献立に悩む主婦に似ている。あまり深刻さがなかった。

 

シグナムとフェイトは、シグナムの地力の差による優位が揺らいでいない。

ヴィータとなのはは、不意打ちを受けているがヴィータならそこまで心配はいらない。

一番心配なのは、化け物を引き当てたアストラ。

 

実際に戦っている三人も心配だが、俯瞰的に情報を分析しているシャマルはもう少し上で考えている。

 

今回の勝利条件はいつもと若干異なる。

リンカーコアの魔力を収集するいつもの行動とは違い、イニシアティブを相手方が握っている。

こちらはこの厄介な結界を破らなければ、出ることができない。

 

つまり、この結界を破壊することが今回の勝利条件とも言える。

 

そのためにさっきから密かにザフィーラが結界の基点を破壊して回っている。

だが、どうにも配置が罠を感じさせる。最上級に嫌らしい。

わざと潰せる位置にある。しかも、肝心な基点は巧妙に隠蔽され、しっかりと防御している。

 

そもそも、この結界はおかしい。

タイミングも出力も、今までの管理局とは比較にならない。古兵を感じさせる。

だが、それは今戦っている彼女達や、ザフィーラが倒している武装隊の魔導士と見合わない。

 

(誰かしら・・・この戦いをプロデュースしているのは・・・)

 

 

口元に手を当てて、考えを深める。

 

 

「動くな」

 

 

背後から声がした。

 

 

「あら・・・」

 

 

シャマルは、迂闊だったと思いつつ自分でも意外なほど冷静に驚いた。

 

「管理局法違反の容疑で逮捕させてもらう」

「ここは、大人しく従うのが・・・セオリーなのかしらね」

 

手を上げるという動作が無意味と知りつつ、こちらの映像で見慣れたホールドアップの格好をとる。

背後の管理局員―――クロノは無意味な動きを黙殺しながら、[S2U]の先に【スティンガーレイ】のスフィアを形成している。

 

後を振り向かないが、シャマルはクロノ以外にも二つほど気配を感じた。

クロノのやや左後方に、シャマルに気付かれないように隠蔽の魔法をかけてきたユーノ。

ユーノのサポートを受け、【スティンガーレイ】と二段構えになる【フォトンランサー】で備えるアルフ。

 

 

「まずは、私から・・・ということですか・・・」

「卑怯とは、言わせない」

「まさか」

 

サポートに回っている自分を潰すことで、他の戦況への影響を及ぼす。

戦闘における合理的な選択だ。

シャマルでも当然のものとして選ぶだろう。

 

「ですが・・・」

 

―――まだまだですね。

 

 

 

 

 

 

 

「ひぃ!」

「ぐ―――!」

 

ギイイィィン!!!!

 

 

僅かな間。

それだけで上段からの一撃を打ち込まれ、華奢なフェイトはくぐもった悲鳴を上げる。

 

「良い眼を―――」

 

シグナムの腰が僅かに左へ捻られる。

不意に上段からの圧力が消え、手首が返ると中段の薙ぎへ変化。

 

「―――している!」

 

 

ギイイィィン!!!!

 

軽く浮き上がりかけた体をフェイトは全力で踏ん張り留まらせる。

如何ともし難い、体格と経験と技量の差。

 

フェイトには血が滲むほど歯噛みしたくなる差だが、シグナムにとってはこの年齢でのフェイトのポテンシャルに驚かされてばかりだ。

前回から数日しか経っていないが、こちらの動きを眼で追えるようになってきている。

それだけではない。

 

片手に持ちかえ、空いた右手の手刀が[バルディッシュ]を握る手首を打ち落としにかかる。

 

「―――っ!」

「ほぅ」

 

小さな体を活かして、[レヴァンティン]を受け流しながら体を潜らせて一気に距離を取って逃げるフェイト。表情に余裕はなく、呼吸も荒い。

しかし、前回と異なり為す術なく追い詰められているだけではなくなっている。

 

確実にシグナムの動作を先読みし、防御し、回避している。

 

 

「良い師に、恵まれたようだな」

 

リラックスした姿勢のシグナムは口元に笑みを浮かべて言った。

 

「ええ。良い師です」

 

フェイトはきっぱりと言い切り、言葉には出さず死ぬほど厳しいですけどと付け加えておく。

 

「・・・私にそんな声をかけている余裕があるんですか?」

「どういう意味だ?」

 

余裕の表れかのように[レヴァンティン]をくるりと一回転。

 

「気付いているはずです」

「・・・ああ、シャマルのことか」

 

シャマルからの情報提供は滞っているわけではない。

その中には敵の襲撃を受け、身動きとれなくなっていると報せがきている。

 

「ふっ・・・変わった奴だ」

「・・・何がですか?」

「敵に、仲間は心配なのかと様子を窺がってくるのがな。お前ら管理局にとって、私達は理由など関係なく倒すべき相手だろう」

 

そうであるべきだとシグナムは説く。

フェイトは、有無を言わせない突き放した指摘に興奮するでもなく、怒るでもなく、悲しそうな表情をする。

 

「・・・貴女達は、敵を倒すためだけに戦うんですか?」

「何が言いたい?」

「何も・・・何もありません。でも、それは辛くないないんですか?」

「辛いか・・だと?」

 

シグナムは眉を顰め、次に薄ら笑いを見せる。

 

「そうか・・・お前は戦いにそういうものを感じる人間か」

「え?」

 

厳しく切り捨てながら、羨ましそうな光を瞳にちらと覗かせる。

フェイトはそれを偶然感じ取った。もしかしたら、偶然ではないかもしれない。

かつて、戦いに同じ感慨を抱いた者としての共感がそれを呼び込んだのかもしれない。

 

だが、近似と同一は異なるのだ。

 

 

「確かに、お前は強いだろう。しっかりとした良い芯も持っている・・・・だが、その芯はあまりに、細過ぎる。いかに硬く強い芯でも、細ければ脆さがある」

 

 

言葉が突き刺さる。

意味がはっきりと分からずとも、心が本当は気づいている。

目の前の相手は、自分の心の弱さを看破している。

 

「戦い――――闘争とは、理由の如何を問わず、己の心の如何を問わず、純粋に目的を遂げること」

 

また、シグナムが剣をくるりと回す。

 

「そして、それを成し遂げる鋼の意思」

 

回された剣がピタリと止まる。

突き刺さった言葉から沁みる冷気にフェイトの体が止まるのと時を同じくして。

 

 

シャン!

 

 

[レヴァンティン]が、鞘に納められる。

納刀の音が広がるにつれ、空気まで変わる。明白な、決め手の予兆。

 

 

「私に、その覚悟が足りない、と?」

 

せり上がる緊張を飲み下し、迎え撃つ準備を整えていくフェイト。

 

「それは違う」

 

否定。

 

「覚悟はあっても、その覚悟に迷いが多すぎる・・・・言わば、才はあっても本質的に闘争へ向いていないということだな」

「そんなことは・・・・!」

「無理に否定することでもない。それが、私の感じた所感であり、真実とも限らない」

「っ!」

 

 

何を口走っている。惑わされるなと言い聞かせながら、言霊のように離れない。

―――闘争には向いていない。

それを否定にかかる必要などないはず。戦いが好きなわけではない。

 

―――私は、戦いを無理に好きになろうとしている?

 

そんな想いが鎌首を擡げる。

 

 

[バルディッシュ]の先端に雷球を生成しながら、コマンドを送る。

 

ガシャン!

 

コアをガードする先端の付け根。

新しく改良を受けたそこには、回転式拳銃の弾倉とそっくりなパーツがある。

コマンドを受けると弾倉が回転し、圧搾音と回転音が鳴るとフェイトの魔力が急激に上昇し、雷球が膨れ上がった。

 

雷球を前へ突き出す。魔法陣が浮き上がり、発射体勢に入る。

 

 

「なるほど、これでほぼ武器の差はなくなったわけか・・・・」

 

面白い、とシグナムは自らの騎士の業を笑う。

戦うならば強い敵。倒すならば強い敵。それを求めるのが、騎士の業であると。

 

シグナムは半身になり、抜き打ちの構えを取る。

本来は刀のような反りのある刀剣でなければ困難な構えであるが、シグナムには関係がない。

この技はそれらを前提にした上で、“技”としているのだから。

 

 

「・・・・・そう言えば」

 

話をする雰囲気ではないが、シグナムはあえて言葉を出した。

 

「シャマルのことが心配ではないのか、と聞いたな」

「ええ」

 

フェイトも油断を挟まず、答える。

 

「心配など無用だ。あれもまたベルカの騎士――――射程の有利を求め続けたミッドの魔導士を、己の技巧で撃破するべく練磨した者の一人だ―――」

 

言葉の途切れ。同時に鯉口が音もなく切られた。

 

 

「―――お前たちのような雛鳥に負けはせん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロノは慎重だった。

距離を確実に取り、飛びかかられたとしても迎撃できる間合いを保っていた。

アルフとユーノもバックアップに入っている。

 

これ以上ない、確実を期した戦術だった。

 

 

―――1秒

 

 

シャマルが視界から消えた。

クロノは錯覚とすぐに気付き、アルフとユーノの位置からはただしゃがみ込んだのが見えている。

 

だが、反応の僅かな遅れは否めない。

誰よりも反応の遅れを理解していたのは、当のクロノではなくシャマルの方だった。

1秒あるかないかの時。屈んだ体勢から、爪先、踵、足首、膝とバネの連鎖で跳躍した。それも、杖の位置よりも高く跳躍し、発射のコマンドを受ける寸前の杖を蹴った。

 

「しまっ――!?」

 

コマンドは止められず、

 

「ぃっ!?」

 

【スティンガーレイ】のスフィアが、ユーノへ向かって放たれた。

咄嗟に【ラウンドシールド】を展開するが、貫通しかねない一撃にシールドが割れる。急造では出力が足りなかった。

シールドで減衰していても、AAA+のクロノの一撃にユーノは耐えきれずに倒れる。

 

「くそっ!!」

 

アルフは、【フォトンランサー】を撃ちたくてもクロノとシャマルの距離が近すぎて撃てない。

離れろ、と叫ぶより先にクロノは動く・・・が、シャマルは滞空したまま体を回し、右の回し蹴りが側頭部に直撃する。

 

吹っ飛ぶクロノ。それでも最後にアルフへアイコンタクトを送る。

意識も吹き飛びそうな中のそれを、アルフもしっかりと受け取り、八発の【フォトンランサー】を撃ち出す。

 

 

「ふっ!」

 

着地する前。防御の難しい体勢。

しかし、それすらもシャマルにとっては障害ではない。

胸の前で両腕を伸ばして交差させると[クラールヴィント]から伸びる宝石と紐が背中で円を描き、魔法陣が浮かび上がると、シールドが展開された。

 

 

ドドドドドドドド!!!!

 

 

八発の【フォトンランサー】が全て弾かれ、折れた。

 

 

そんなことは承知。そう言わんばかりにアルフは弾かれる前に突進していた。

経験や、計算というよりも、獣の本能が勝てないと告げている。子犬が歴戦の狼に挑むほどの力の差。

だが、それでも時間を稼ぐぐらいはできる。

 

 

「オオオオオォォォ!!!!」

 

 

不意打ちながら、プレシアのバリアブレイクに成功したことのある拳を打ち掛ける。

 

シャマルは屈んだまま下半身のバネに捻りを加えながら、腕に掌底を軽く当てて外へ流す。体当たりじみた拳打は威力がある故に、簡単に制御を失った。

流した左の掌底が開き、流れたアルフの右腕が、がしっと掴まれる。屈んだ体が伸び、シャマルの右腕が脇へ滑り込みアルフを担ぎ上げた。

 

 

一本背負い。

 

 

日本の柔道においてある意味、理想の技。

柔道の開祖である嘉納治五郎は柔術ではない、柔道を目指したがやはりベースは柔術。

柔術は武術である以上、一本背負いとは、相手を殺すための技。

 

相手を頭から地面に叩きつけ、頭蓋と頸椎を破壊する殺人技。

それが、本来の一本背負いである。

 

柔道家が見れば惚れ惚れする背負いで――――シャマルはアルフを殺しにかかっていた。

 

 

甘かった。

そう、甘かった。

―――シャマルもまたベルカの騎士であるのに。

 

彼女は武器を持たないだけ。

シャマルという存在に合致した武器が[クラールヴィント]であり、徒手空拳だった。

シグナムが剣技を磨くように。

ヴィータが一撃を磨くように。

アストラが精緻さを磨くように。

無手の技を磨き抜いた。

 

何も持たず、相手を制圧する達人。

 

そのことを見抜けなかったアルフやクロノが愚かであるのが、闘争だった。

 

 

(フェイト!!)

 

 

死を覚悟して、主であり、妹であり、姉であり、親友である少女の名前を胸の内で呼ぶ。

 

一呼吸もなく、アルフを殺せるはずのシャマルは完全な投げの体勢を崩した。

それどころか、叩きつけるはずの一呼吸の間で、七発の射撃魔法を叩き落としていた。

達人としか言いようのない高い技量。

シャマルは数m先の地面を転がっていくアルフには、もう目もくれない。

 

 

わざと転がって衝撃を逃しアルフ、ふらつきながら立ち上がるアルフとユーノ。

三人はシャマルを狙った射撃魔法の主を見上げる。

 

ジャケットというよりもコートのようなバリアジャケットに、赤い布を左の二の腕に巻いた姿。

お世辞にも良い男とは言えない。血色も悪く、貧相にさえ見える。

しかし、目はキラキラと子供のような輝きを失っていない。例えるならば、技術屋として幼き日の夢を追う者。

 

 

「流石は本物のベルカ騎士・・・・この程度の連射では止められんか」

 

 

二丁のグリップガン型デバイスを握り、夜闇からぬらりと姿を現す。

 

 

ミッドの銃型使い(ガンスリンガー)――――まだ、残っていたのですね」

 

 

厄介な敵が来た。

十一年前に見た、神域に達したガンスリンガーが脳裏を掠める。

無論、彼ほどの使い手ではないだろうが、感じ取れる実力は自分と拮抗している。

 

「無事か、ハラオウン執務官」

「あ、ああ・・・・」

 

衝撃から立ち直ったクロノに並びながら、ガンスリンガーは自己紹介をする。

 

 

「アライアンス・グラーバクの一人、“テラ”だ」

「グラーバクだと・・・」

 

一体、何時からと続けようとしてテラの愚問だろうという軽い笑みに止められた。

 

「君らでは荷が重い。代わろう」

「なっ!」

「下がるのも勇気だと、私は思うがね」

 

視力が良くないのか、細めた際の皺が目尻に刻まれているテラ。

その皺がはっきりと見えるほど細め、クロノを一瞥する。すぐに興味を失ったように、並んだ状態から一歩前へ進み、シャマルの間合いの二歩外で止まった。

 

それだけで、ユーノも、アルフも、そしてクロノも彼の力を思い知った。

テラは、シャマルの間合いを把握し、更にその二歩外という絶対の安全圏にして自身の射撃の優位を築ける位置を占めた。

三人には、間合いすら読めなかった。

 

 

「さて・・・・どうする?」

 

優位を占めてからの言葉に、シャマルはにっこりと笑みを返す。

テラは僅かに訝しげな顔をする。

 

「戦うばかりが、戦いではない・・・ということです」

 

ゆっくり。邪魔をするなら時間は腐るほどあったはず。

シャマルが小脇に抱えた本。そして、示すように立てられた人差し指が頭より高く上げられる。

あまりに自然過ぎる動作のせいで、誰もが止める機を逸した。

 

 

―――【ドネルカノン】

 

 

強烈な、かつてプレシアが放った【サンダーブラスト】に匹敵する雷撃がテラのクイックドローよりも早く、落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「むっ!?」

「ちっ!!」

 

同時刻、違う場所でシグナムとヴィータは意外な展開に驚いていた。

 

 

「・・・重く、鋭い・・・しかも、戦士の一撃だ」

 

シグナムの【飛龍一閃】が灼熱と共に伸び、切りつけようとしたところを巨大な鉄球―――鈍色の魔力球が受け止めた。

 

 

「曇りのない澄んだ攻撃か・・・」

 

なのはの【ディバインバスターEX】の直撃を受けたはずのヴィータからの反撃を、金砕棒型のデバイスが受け止めていた。

 

 

二人の攻撃を止めたのは、テラと同じグラーバクの“BB”と“ドレットノート”の二人。

 

 

 

「けっ、邪魔が入りやがったか」

 

【シュワルベフリーゲン】を無駄にされたヴィータは顔を顰めながらドレットノートを睨む。

なのはの驚く顔を見て、どうして自分が無傷なのか理解していないことに気付く。

簡単なことだ。“来る”と分かっていて、防げない攻撃など早々あるものではない。特に射程を強化したとは言え、威力がそんなに上がったわけではないこの程度の魔法ならば、だ。

 

ヴィータは[グラーフアイゼン]を肩に担ぐ。

ドレットノートの顔は異相の一言に尽きる。

顔が二目と見られないほどボロボロなのだ。縦横に走る傷が蚯蚓のようにのたくり、造形を歪な子供の粘土細工のように壊している。片方の眼球は瞼が切れているせいで常人よりも飛び出している。あるべき頭髪は尋常ではない生え方をし、落ち武者のほつれ髪のほうがよほど正装に見える。

子供が見れば泣き出して逃げてしまいそうな、化け物じみた容姿だ。

 

 

「・・・見つけた・・・ようやく、見つけた」

「―――?」

 

ヴィータが見たその化け物の表情には、悲哀と憎悪と歓喜が綯い交ぜになって溢れていた。

あまりに人間らしい感情が容姿と一致せず、不快な感じを与える。

それは、人の形を何かが人と同じ行動を取ることで、人の尊厳を汚しているように感じられたせいかもしれない。

 

 

「厄介な野郎がきやがった・・・・」

 

強い。それが分かるから、距離を離したまま動かない。

それも、ドレットノートだけではない。おそらくは一射目を囮にし、二射目で必殺を狙っていたなのはも。

 

なるほど考えてきた。カートリッジシステムを強力な攻撃力のある連続砲撃に用いる。

ドレットノートの邪魔に救われたのは、どうやら自分のほうだというのはかなり癪に障るが、事実は事実だ。

 

 

一方のなのはは、新手のインターセプトに戸惑っていた。

【ディバインバスターEX】を囮にしてわざと防御させ、ヴィータの反撃を待ち受けていたがこれでは使えなかった。

しかも、【シュワルベフリーゲン】を防いでくれたとは言え、姿形が味方とはとても思えない。外見で人を判断しないなのはでさえ、躊躇ってしまう。

 

 

「あ、あの・・・」

 

なのはの声は、金砕棒型のデバイス―――[MK−9999]の振るわれる風音に掻き消された。

 

なのはも、敵側であるヴィータでさえもその気配に管理局側の人間ではないのかと疑念を抱く。

ドレットノートは殺意に溢れていた。彼がその機会を得れば、間違いなく手にした[MK−9999]でヴィータの頭を木端微塵に砕くことがヴィジョンとして浮かんでくる。

実力はどうあれ、幼い子供の姿をしたヴィータの頭を木端微塵にする。戦士であっても嫌悪を感じずにはいられない行為を、目の前の怪物じみた容姿の男は一片の躊躇もなくやってのける。

 

正しく、怪物(フリークス)

 

 

二対一。なのはにとって有利なはずが、実質的には一対一対一となっている。

動くべきか、動かざるべきか。

エイミィと連絡を取りたいが、念話が通じなくなっている。

 

(どうしたら・・・・)

 

素人のなのはにも分かるほど殺意を漲らせた怪物。

彼と一緒にヴィータを襲えば勝算は高いが、彼はヴィータを殺しにかかる。

それでは、何としてでも捕まえて事情を聴きだしたい自分とフェイトの思惑から外れる。

かと言って、事情はどうあれ味方側の―――着用している制服から―――人と戦うのも躊躇われる。

 

 

「―――まぁ、いい。一人だろうが、二人だろうが、アタシには問題ねぇ」

 

ヴィータは、余裕を感じさせながら[グラーフアイゼン]をなのはとドレットノートへ向ける。

 

―――ガシャン!

 

カートリッジリロード。

魔力が膨れ上がり、反射的になのはは戦闘態勢に入る。

ドレットノートは待っていたかのように、飛びだした。

 

ヴィータはそれを―――迎え撃たなかった。

 

 

鈍色の鉄球に【飛竜一閃】を止められ、膠着していたシグナムも同様に一歩退いた。

 

 

そして―――シャマルの【ドネルカノン】が白い閃光となって、結界内部を満たし、突き破った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴォルケンリッターを逮捕するための閉鎖結界。

魔導士が遠目に見れば、半円形の500mほどの結界が薄らと見える。

 

結界も含めた海鳴市が見渡せる高台の墓地。

人工の光の届かない中、僅かな月明かりを陽の光同然に得て視界を確保する人影。

 

鞘に収まった[斬鉄椒林正宗]を佩き、ガルム―――恭也のバリジャケットを純白に染め代えて陣羽織を羽織ったようなバリジャケット姿の御雫祇。

彼女の前には、額ずく人体。膝をつき、肩を地面につけ、まるで墓前に土下座して詫びるような姿。しかし、額ずくという表現は適当ではなかった。

 

その人体には、首から上がなかった。

とろとろ、と首の切断面から石畳の隙間へと血が垂れていく。

闇に紛れて血の色も見えないが。

 

御雫祇の梟に近い夜目は、死体の着用している服がグラーバクの制服であることまで見えている。

同じように夜目が捉えるのは、高貴さを漂わせる騎士。

切断された首から上が髪の毛を絡ませ、騎士の手に掴まれていた。

 

「Dセバスチャン―――彼を殺しましたか」

 

御雫祇が死体をそう呼ぶと、騎士は掴んでいた頭部を地面へ落とした。

 

 

「路傍の石に過ぎん・・・この程度ではな」

「貴方にとっては、でしょう」

 

死体の名前は“Dセバスチャン”。

アライアンス・グラーバクの一人である彼は、個人戦闘能力に特化したグラーバクに相応しくSランクの実力者。次元世界でも一握りしかいないはずのSランクが、あまりにも容易く敗れた。

 

騎士は、天鵞絨色の長剣を右手に疲れた素振りはまるでない。

 

 

「その立ち居振る舞い。天鵞絨色の長剣。まさか、この場でお会いするとは思いもよりませんでした。ベルカ至高の騎士、ドゥヴネ卿」

 

「こちらもだよ。次元世界の守護の剣―――絢雪御雫祇当代に会うとは」

 

 

互いの名前に冠せられる大仰な言葉に、二人は嘲りを浮かべる。

 

 

「聖王教会に追われる貴公が姿を現したからには、ここが修羅の地と化します」

 

愚問でしょうが、そのことを覚悟の上で現れたのか。

御雫祇の含みにディアルムドは嘲りを収める。

 

「十一年・・・・長い、あまりにも長い時間が過ぎた。それまで生きた六百有余年など塵になってしまうほどに。生き恥を晒し、己の未熟さに嘆き、それでも私には成さねばならないことがある」

 

断固とした覚悟の上で、成すのだ。

ディアルムドの眼が、雄弁に語る。

 

「管理局の失態が生み出したヨートゥン戦争―――その末期に起こり、全てを封印し、人の住めぬ地となったヨートゥン世界を社会的に抹殺することとなった、ヨートゥン事件。その真相に関わることなのですか?」

 

「無論」

 

御雫祇はディアルムドの覚悟に得心がいき、予想よりもずっと深刻な事態に計算を変える。

狙いが奈辺にあるかは不明だが、もし戦うことになるならば自分しか相手が務まらない。

フェイトやなのは程度では、生首を転がされているDセバスチャンと同じ道を辿ることになる。

 

 

(なるほど・・・だから、アシュレイ=ベルニッツはこの件に無理矢理グラーバクを捻じ込んだのですか)

 

 

おそらく、グラーバクはディアルムドが来ることを予想―――否、確信していた。

この事件の核心であろう“闇の書”が狙いだと最初から知っていたから。

 

(母上が仰られていたドゥヴネ卿出奔の真相―――間違いではなかった)

 

聖王教会を500年以上かけて次元世界最高の宗教組織にまで発展させた指導者の一人。

本来はベルカ七宝の一つを持つ、聖王の片腕だった。

その彼が十数年前に全てを捨てて出奔し、以来非公式であるはが聖王教会から追われている。

 

その発端であるとされる“闇の書”―――ベルカ七宝の一つ“夜天の魔導書”がこの世界にある。

 

御雫祇は、僅かに考える。

 

 

「ドゥヴネ卿。本日はお引き取りを」

 

選んだのは、戦いを一時的に避けること。

 

「断れば、ベルカを超える絢雪の業で迎え撃つということか―――」

「無論」

 

ディアルムドは諧謔を笑うことなく、流す。

代わりに天鵞絨色の長剣を待機状態に戻した。

 

退かせたのではなく、退いてくれた。

 

 

「あの子達は・・・強くなるな」

「ええ・・・」

 

言葉と共に、ディアルムドの姿が薄くなっていき、やがて残像を僅かに残して消えてしまった。

まるでその時を待っていたかのように、シャマルの【ドネルカノン】によって結界が破壊され、霞のように流れ散る。

 

 

「貴女達がどこまでやれるのか、それが全てを分けます・・・」

 

御雫祇は誰に宛てたのか分からない言葉を、呟いた。





熱いバトルの連続!
美姫 「シャマルが格好良いわね」
うんうん。無手の技による戦闘。
そう言えば、今回は乱入者が三人いたな。
美姫 「もしかしたら四人だったかもしれないけれどね」
ああ。事態はどんどん大きくなっているのかも。
美姫 「次回はどうなるのかしら」
楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



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