これは、滅んでしまった世界の片隅の話。
「報告申し上げます」
年若い容貌の眉間に深々と苦悩の証である皺を刻んだリムファイアーが背後に控えると、ジャックは振り返らずに軽く一度だけ手を振って発言の継続を許可した。
「現在、地表の87%までを調査、走査完了しました。生存者は2291名。内、重体、重傷、軽傷者は2272名になります」
ほぼ全員に等しい数をあえて具体的に述べるところにリムファイアーの人と為りが表れていた。そこを買われてジャックは今回の任に彼を当てている。期待通りの働きを労いつつ、若者には過酷だった任務を全うすることを期待する。
周囲の空間との間に極薄の結界を挟むことで強度を飛躍的に高めている特別製のガラスを通して広がる眼下。激烈な暴風が逆巻き、渦となって十重二十重に竜巻が生成されては消えて行く様は実験室のようである。けれども、ここは現実の世界であり、ただの揺れが世界の崩壊となるようなフラスコの世界ではない。
「世界は―――」
「はい?」
仕える人物の言葉を聞き漏らしたリムファイアーは、やや不躾に尋ね返す格好になった不注意さを内心で舌打ちする。それを意に介するかどうかよりも、本人にとっての痛恨事。
「世界は、どうしてこうなってしまうのだと思う?」
「肉持つ生物は、それが故に常に腐敗し続けるからだと考えます」
「それが、君の持論だったな」
一つ嘆息。否定する色はないが、哀愁のある嘆息である。
「ああ。うむ、実に素晴らしい持論だ。君からその言葉を聞くことができただけでも、十分と言える」
最早、悟りを開いたも同然だと褒めそやす仕えるべき人物に、リムファイアーこそ嘆息してしまう。
曰く言い難い微妙な扱いならば、黙っておいて欲しいと切に思う。
ジャックはリムファイアーの内心などお見通しだったが、ほとんどからかうつもりで言っていた。周囲から危惧の声はあるが、彼は年若いこの部下のことを本当に気に入っている。魔導士の能力は決して高くはないが、目的のために邁進する鋼の精神こそを高く評価されるべきであり、最も気に入ったのは己の持論と合致する精神。
「補足するならば、生存者の存在は喜ばしい」
「新たな人員の補充が成るから、ですか」
「うむ、即物的な意見だが嫌いではないな。肯定する。彼らは良き尖兵、良き協力者となって、私の膝下に入るだろう」
我ら、ではなく、私。
一千万組織の頂点にありながら、組織の単位で語らないジャックは詐欺師めいた善人面を隠すこともしない。道徳論の踏み越えも、彼にとっては詐欺の一種でしかないのだ。
「自縄自縛。因果応報。それらが我らの目的」
「誠に素晴らしき理解力だよ、リムファイアー。それでいいし、そうでなくてはな」
本当に嬉しそうに、ジャックは言葉を受け容れて何度も頷く。
「私のバーテックスは、何れ自らの行いの積み重ねで頭上に吊るした剣の縄を断ち切り自死する管理局の対となる存在だ」
「受付してきましたよ………って、どうしたんですか?」
「………ん?んー………ちょっとなぁ」
病院の受付に診察券を出してきたシャマルの声も半分に聞いていたはやては、一点を見つめながら首を傾げていた。眼が悪いわけではないが、遠目を効かそうとして細めた視線の先では中肉中背の医師が踵を返すところだった。
「あの人がどうしたんですか?」
「そうかぁ、あん時はシャマルおらんかったもんな………」
歯切れの悪くなる理由をはやて自身が良く分かっていなかった。
以前、シグナムとヴィータ、恭也の三人が付き添って診察に来た時に恭也から紹介された矢沢医師。あれ以来何度か見かけたし、話したこともある。当たり障りのない話ばかりだが、どことなく互いにそこで自重している感じがしていた。
シグナムが言っていたように、恭也と矢沢医師はただの旧知の仲ではないのかもしれない。それこそここ最近でも連絡を取り合うような仲ではないか。それだけと言えばそれだけの話。けれども、恭也があえてそこに触れずに居たことがどうしても引っ掛かるのだ。
「恭兄ぃは、めっちゃ健康やしなぁ」
「―――っ!?」
過去の大病はあれども、現在は至って健康であると思っているはやての何気ない呟きに、シャマルは動揺を隠しきれた自信はなかった。呼吸を一つ挟んで、恭也のこと以外では勘の良いはやてに気付かれないように取り繕う。
そして、ここで自分が採るべき方策を定める。守護騎士達の出した結論は、はやてには恭也の致死の病を可能な限り隠し通す。消極的な逃げの手ではあるが、戦闘経験は豊富でも人の機微にはまだ疎い彼女達の出来る精一杯の答え。
シャマルは、おそらくは恭也の病に関わるであろう人物からはやてを離しておこうとする。
「なぁ、シャマル。診察時間まで、まだ時間はあるやろう?」
けれども、目論見は早くも砕かれる。寄りにも寄ってと思う感情ははやてに見透かされることはなかったが、様子のおかしさには気付かれた。
「え、ええ………今日は少し早く来ましたし、混雑もしていますから。散歩するぐらいの時間はありますよ?」
「あ、うん。なら、お願いがあるんやけど」
その願いは聞き入れてはならないと解っていながら、シャマルの舌は誘導する言葉を正しく紡がない。
「矢沢先生に、ちょっとお話があるんやけど」
「………ふぅっ………少しだけですよ?」
ここで駄目というのは簡単だが、と言い訳をしながら認めるシャマル。
はやては上機嫌に車椅子を押してもらう。少しずつ謎の病気は悪化していて、一人だけの移動は控えるようにしていた。
「おや、はやてちゃん」
見つけた矢沢医師は、専用の診察室の前で小柄な外国人と話をしていた。銀髪が印象的なその外国人に二、三告げて別れるとはやてへ近づいてきてくれた。
「こんにちは、矢沢先生」
「こんにちは」
「ああ、こんにちは」
皺の刻まれた顔を柔和に綻ばせ、礼儀正しいはやてに挨拶を返した。
手術等の一線を退いて過酷な勤務から離れたことで、年相応なこの医師のことをはやては好んでいる。
「今日も定期の診察かな?」
「それもあるんやけど、ちょっと先生に話があって………」
「私にかい?」
面食らう矢沢医師に、はやてはしっかりと頷きを返した。大事な話があるのだと想いを込めて。
表情とは裏腹に思い詰めているように感じた矢沢医師は、二人を自分の診察室へ通す。恭也の時のように手ずからお茶を入れてくれた。
「それで、話というのは何かな?」
「………恭兄ぃのことですけど………」
気持ちを落ちつけて、聞きたいことを舌に乗せる。
「先生と恭兄ぃは、前から何度か会ったことがあるんと違いますか?」
「それは………」
「ウチや恭兄ぃが入院してた頃は当然やと思いますけど、その後はどうなんです?」
先んじて逃げ道を塞ぐ。矢沢医師が一言そんなことはないと言ってしまえば、そこまでの遣り取りははやてが不利である。
「そんなことはない」
「………」
「と、言うのは実に簡単だね。仮に、私が彼と退院後に会ったことがあるとして、君は何を心配しているのかな?」
目に見えて落ち込みかけたはやては、掬いあげるような矢沢医師の質問に顔を上げる。
「恭兄ぃが健康なんは、ウチも知ってます。けど、ウチは事故以来こうして………石田先生が頑張ってくれてんのは知ってるけど、原因不明の病気で下半身が上手く動かへん。もしかしたら、恭兄ぃもずっとどこか悪いのを隠してんやないかって………」
最近恥ずかしくなってきて、守護騎士達と一緒に入るように―――入れてもらうようになったお風呂。当然ながら、彼女達が来る前は毎日恭也のお世話になっていた。その時、必ず目にするのは、普段は顔半分にしか見えない、全身に広がる痛々しいまでの大火傷の痕。
後遺症が無い方がおかしい。日々の生活を何事も無く振る舞って見せても、本当は辛いのかもしれない。後遺症を隠しているのかもしれない。
「………解ってはいるんです。恭兄ぃは絶対にウチへ、ホントのことは言わへんて」
それが寂しくも悲しいのだ。ずっと側に居てくれた兄。
本音を言えば初恋の人であり、それを超えて憧れの人。恭也のようになりたいとさえ思っている。
その憧れの人は、誠実なくせに意地悪で、そして良い男の条件である隠し事が山積みになるほどある。
「君は、心配なんだね」
「はい」
家族としても、男としても、一人の人間としても。
矢沢医師は、医師らしい観察眼で見通していてそれだけに留めた。
「君の気持は解った」
言葉は肯定的だ。しかし、はやてには矢沢医師がそのまま話してくれるようには見えなかった。それは現実となる。
「だが、私は医者だ。彼が患者であることは認めるが、それが何故かを本人の承諾なしに話すことはできない」
「先生………」
懇願するようなはやてを、矢沢医師は冷静に振り切る。
恭也の抱えている致死の病は、はやてではまだ持て余す。不幸ばかりにまとわりつかれる少女へ、追い討ちのように苦しめる兄の病気は、きっと受け容れきれない。本来、一般家庭でさえ死の宣告を受け容れるために長い時間を掛けるのだ。
「………君の気持は解ると言ったはずだよ。私は意地悪やただの職業的な守秘義務から黙っているわけではないんだ。それが君達兄妹にとって、良い結果を齎すと思ってる」
「ウチらにとって………」
「ここで私が答えてしまうことは簡単だけど、それは君達の為にはならないと思う。言うなれば、私に答えを聞くことはズルだ。ズルをしてまで、君は知りたいのかもしれないが」
「それは、ウチらのためにはならない………ですか」
納得しきれない感情を微笑ましく思っている頷きに、どうしようもない反発を抱いてしまう。
「君達の仲の良さは見ているだけでも解る。だがね、だからこそ隠さなくてはならないこともある。触れずに済ませたいこともある。逃げたくて堪らないのに、向き合わなくてはらないことだってあるんだ」
「でも、ウチと恭兄ぃは!」
「だからこそ、なんだ。お互いを大事に思うがために言えないことは、どうしたってあるものだよ。理解しなさいと言っても、難しいだろう。でも、そういうものもあるんだと覚えておいて欲しい。彼は、何よりも君のことを大事に思っているがために、言い出せないことがあるのかもしれない。それを聞きだせるのも、やはり、君だけだよ、はやてちゃん」
「でも、それやったら、言うてくれてもええのに………ウチは、ただ甘やかされるままなんは嫌なんや」
ただただ悔しい。言ってくれないことがではない。
そんなことは解っている。どんなに否定の言葉を積み重ねても、恭也の人生を縛ってしまっていることを自覚しているのだ。その段階は乗り越えた、とは言い難いかもしれないが、呑み下せるようにはなった。
はやては何時か恭也に恩返しをしたいと思っている。恭也は絶対に要らないと言うだろうが、迷惑でも押し売りするつもりだった。呑み下しても残る想いが、そう駆り立てることもある。しかし、何よりもはやてにそう思わせる理由は、恭也と対等な立場に居たいという背伸びに似た想いからだった。
「気持ちを、余さず伝えるように。申し訳ないが、私が言えることはそれだけだよ」
それ以外にも方法はないだろうが、と付け加える矢沢医師は恭也の同意無しには絶対に話す素振りはない。
ここで駄々を捏ねて困らせてしまうほど、はやても子供で居たくなかった。八神恭也と対等になるため、早く大人になりたいと願う少女の、それが意地である。
「先生、ありがとうございます」
「礼を言われるほどのことではないよ………」
誠意を込めて頭を下げるはやてに、謙遜する矢沢医師。
言葉を受け止める矢沢医師は僅かにシャマルへ視線を向けた。
(そうか………彼女は知っているのか)
ポーカーフェイスというには少し感情が伴わないシャマルの表情から、矢沢医師はそう判断した。
矢沢医師の診察室を辞した二人は、石田医師の診察もそこそこに病院を出た。
石田医師からは、はやての病状が少しずつ進行していて近々入院が必要かもしれないと言われたが、当のはやての耳には入っていなかった。
「恭兄ぃ………」
心の全ては恭也が埋め尽くされる。まだ何が起きているのか聞いているわけではないのに、不安を感じずに居られない焦燥が絶え間なく襲う。
「はやてちゃん………」
「なぁ、シャマル………恭兄ぃに、何が起きてんのやろうな」
「え………」
はやてにしてみれば、明確な答えを期待していない問い掛けに対するシャマルの反応は不審なものに映った。動揺そのものと言っていいほど狼狽する様子は、いつもの余裕がなかった。
「シャマル?」
「きょ、恭也さんは本当にどうしちゃったんでしょうね………」
最後に足された乾いた笑いが、疑いに拍車を掛ける。
シャマルはこんな取り繕うような笑い方を、こんなタイミングでするだろうか。
はやては躊躇う。シャマルをここで追及してしまっていいのか。理屈ではない。知りたいという欲求の高まりに引き摺られて、自分は取り返しのつかない一歩を踏み出してしまうのではないのかという恐怖が、留める。
それを臆病と軽々しく謗ることはできない。むしろ、本人が喜ぶかを別にして年齢に比しての聡さを称されるべきだ。けれども、最善とは異なっていた。
十年後のはやてならば、この時の自分が臆病を張り倒して聞きだしていれば結果は大きく違ったと思うほどに。
シャマルの不審さを追及しなかったはやては、車椅子を押されるままに家路の途中にある駅前の交差点に差し掛かる。海鳴市の中心を貫くここを通らずに、はやて達の暮らしている町には帰れない。
それは何時だって同じはずの家路。まだ昼過ぎ。人々は三日後に控えたクリスマスを前に浮つき、自分の目線に合わない車椅子のはやてに気付かない人も多い。だから、偶然。動揺が故に注意力が散漫になっていたことも含めて、偶然。
「ふわっ!?」
ガツン、と交差点を渡り終えたはやての車椅子に建物から飛び出してきた人影がぶつかった。衝撃によろめくはやてを、シャマルは目の色を変え、はやての肩を抑えて投げだされないように動いた。初動の速さのおかげで、投げ出されずに済んだはやての耳にはシャマル大きな安堵の息がはっきり聞こえた。
当のはやてもまるで予期していなかった衝撃に、胸がバクバクと高鳴り、眼も見開いたままになっている。
「イタたたた………」
ぶつかった人影は、はやてと同じ年ごろ(?)らしい外国人の少女だった。
普段からシャマルやシグナムと接しているはやてなのだが、それ以外の外国人の少女という未知の生き物に驚きが倍増となり、リアクションがおかしくなる。
「え、えくすきゅーずみー!!」
「………は?」
幸いと言えば語弊はあるが、幸いにして振り返ると憤死しそうなはやての勘違い英語はぶつかってきた少女とシャマルにしか聞こえていなかった。
少女の上げた頓狂な声は、因縁つける類かそれとも何を言っているのか解らないというリアクションなのかも区別できないはやては更に―――本人的には至極真面目に―――言葉を募る。
「あ!あいむそーりー!ひげそーりー!!」
謝罪ではなくなっていた。
「あ、あう………」
罵倒されるよりも応える冷やかな視線が突き刺さる。
外国人の少女――アリサ=ローウェルは、半眼ではやてを見やってから仕立ての良い服の埃を払いながら立ち上がると、開口一番。
「日本語なら話せるわよ」
「ほあっちゃぁ!?」
はやては羞恥心で死ぬかと思った。むしろ、死にたかった。穴があったら入りたい。そしてそのまま生き埋めにして欲しいぐらいの勢いで。
「外見で最初から英語を――それもベッタベタな駄英語もどき――使ってくるのが日本人の悪いところよね」
「あうあうあうあう――」
車いすの上で、白目剥いている主にシャマルは乾いた笑いで頬を引き攣らせる。
幾ら主でもそれは無いだろう、と。よいしょも時と場合を選ぶのが賢い女である。その代わりに、ノックアウトされている主に代わって、アリサに謝罪を告げる。
「本当にごめんなさいね、私がボーッとしてたせいで」
「別にいいですよ。私も確認せずに飛び出したんだし、お互いさま………で?」
はやての見事な自爆芸人プレイに呆れていたアリサは、自分から謝るタイミングを逸してしまったせいでやや言い難そうにしていたが、シャマルの顔を見て怪訝そうな顔をする。
「………私の顔に何か?」
「ううん――知っている人に似てたような気がしたから、少し驚いただけ。こっちこそごめんなさい。」
転んだ拍子に軽く腰を打ったらしいアリサは痛む部位を擦りながら、シャマルの質問に何でもないと応えてからはやてを気遣う。
シャマルも、さっきの動揺のせいで過敏になり過ぎていたかと反省する。
―――けれども、その反省を活かす機会は訪れそうにもなかった
「もう、アリサちゃん!」
「飛び出して行ったら危ないってば!」
「もう遅いけどね………」
物陰からアリサと同じように、けれど速度は安全を優先して出てきた三人の少女。
「おやまぁ?すずかちゃんやんか〜!」
「え?あ………はやてちゃん!」
シャマルは普段の穏やかでドジっ子と評される表情を一瞬で、本来の守護騎士としての表情に変えてしまう。ただ、“闇の書”のマスターを害する者を打ち払うためだけの機能に相応しい冷徹な、感情の抜け落ちた表情に。
「奇遇やなぁ、こないなところで会うやなんて」
「こないなって………前にも言ったよ。私、駅近くの学習塾に通ってるって」
「あれ?そうやったか?………勉強に関する話はさっぱり頭に残っとらんなぁ」
他愛もない世間話。微苦笑する鈴鹿と、空惚けた様子のはやて。
されども、二人の頭上では気温が氷点下に下がるのではないかと思うほどの冷たい視線が差し向けられていた。シャマルは、鈴鹿と共に現れたなのはとフェイトにただの牽制に留まらない気配を立ち上らせる。
戦いの場で見せていたものとは違う、明確なまでの敵意。なのはとフェイトにはそれが何か、すぐに理解できるほどであり、普段は簡単には伺わせないはずの本音。
理屈ではなく、直感。
シャマル達守護騎士が、どれほど不利な状況下であっても戦い続ける理由は車椅子に座る八神はやてのためなんだと。
「はやてちゃんは………病院?」
「まぁなぁ………一向にようならんけどなぁ」
「え、えーっと……。」
「アカンでぇ、鈴鹿ちゃん。そこは“そんなことないよ!”って言わな。」
シリアスな管理局の魔道士と、敵対する守護騎士とは別次元の会話だった。
「鈴鹿、知り合い?」
「うん。ほら、前にちょっとだけ話した、図書館で知り合ったはやてちゃんだよ。」
「あー、そんな話してたわね。特技はノリツッコミって紹介した、海鳴にやって来たお笑いの伝道師だったかしら?」
「ウチの知名度も上がっとるなぁ。」
それは違うから、と初対面のアリサに突っ込まれてもどこ吹く風。
「それじゃあ、改めて。ウチは海鳴にやって来た愛とお笑いの伝道師、八神はやてや。生まれてこの方ずっと海鳴に住んでるけど、そこに突っ込むんは野暮やな」
「突っ込みどころ満載過ぎて、突っ込む気すら起きないわよ……アリサ=バニングスよ。」
「おおー、生粋の外国人さんかぁ。綺麗な金髪やなー、ウチの狸色とは大違いや。」
「タヌ―――ッ!!」
ぶふぅっ、とアリサは噴き出してしまう。
してやったりの顔のはやてに、関西人の血筋という謎の言葉が頭に浮かび、敗北感に打ちひしがれる。
敗北を感じる要素は微塵もないのに。
「やるわね……。」
「アリサちゃんも、ナイス突っ込み&リアクションや。」
「え……っと。と、取り合えず友好的で良かったね……?」
よく解らない感じで第一印象は通じ合った二人に、鈴鹿は乾いた笑みを浮かべる。
超展開過ぎて着いていけない。会って僅か数分で死闘を尽くしたボクサーみたいな相通ずる不敵な笑みを浮かべられても、こっちこそリアクションに困る。
睨み合う格好のなのはとフェイト、シャマル。
打ち解けるアリサと鈴鹿、はやて。
対照的な構図は、現状の互いの望みを反映しているようで構図の破壊を竦ませる。
守護騎士は主君を絶対に守る。いざとなればその方法は問わない。
なのはとフェイトが、アリサと鈴鹿を巻き込むかもしれないことを恐れていることを、シャマルは見透かした。
戦闘になれば二対一だが、クロノを圧倒したシャマルが相手では分が悪い。更に、シャマルははやて一人を庇えば済むが、アリサと鈴鹿をそれぞれ庇わなければならない二人の方が不利だった。
その状況を把握したのはやはり経験で上回るシャマルが先だった。
「はやてちゃん、こんなところで立ち話もなんですから、これから家まで案内したらどうです?」
「おお、ナイスアイディアやシャマル。どうやろ、遊びにけえへんか?」
我が意を得たりと喜ぶはやての後ろで、シャマルが浮かべる邪気のない笑み。
フェイトとなのはは慄然とする。これまでの状況によっては見逃す態勢とは異なり、抹殺に掛かっている。
無意識に二人はデバイスを握り締める。家まで一緒に行けば取り返しがつかない。魔術による念話が遮断されていることから見ても、それは間違いなかった。
有利な状況に誘引されて始末される前に、アリサと鈴鹿に魔法のことを知られてでも場を打開する。二人は結論を出して頷き合う。
「あっと、ごめん。私達これから塾に行かなきゃならないから、また誘ってちょうだい。」
「それはアカンなぁ……しゃあないわ。ウチの連絡先は鈴鹿ちゃんが知っとるから、暇な日に遊びに来てや。」
「うん、必ず行くわ。」
「……いいんだけど、いいんだけど………二人ともどうしてこの短時間でそこまで意気投合しちゃってるんだろう。」
「「なんか、魂的に。」」
鈴鹿は顔を引き攣らせながら苦笑いするしかなかった。
シャマルが一礼し、手をブンブンと勢いよく振るはやての車椅子を押しながら、その場を後にした。
フェイトは安堵の溜息を吐き、同じように溜息を吐いていたなのはと顔を見合わせる。
当面の危機は去ったことになる。そして、彼女達の戦う理由が判ったことが一層気を重くさせる。
このことを素直にクロノやリンディに話してしまっていいのか。
「ほら、二人とも早くしないと塾に遅れるわよ。はやての誘い断ったんだから、遅刻なんて許されないわよ?」
「いや、それはアリサちゃんが勝手に―――って、もういない!?」
「なのは……今は、考えるのやめよう。」
急転直下の展開に思考が追い着けていない。それはフェイトもなのはも同じで、慣れているフェイトの方が思考の切り替えが早かった。
「そうだね。」
「うん、行こう。」
フェイトが手を差し伸べ、なのははその手を掴むと、バビューンという擬音がつきそうな勢いで先を走るアリサと、中間でマイペースに走る鈴鹿の後を追いかけた。
あとがき
没個性な主人公ってどうなんでしょう(挨拶)。
そんなわけで、アールズ20になります。
嫁にするなら「八神はやて」
愛人にするなら「フェイト=テスタロッサ」
妹にするなら「高町なのは」
それぞれの性格やポジション的にこれが正解だと思います。
なんでこんな話になるかと言えば、元々リリカルを書く時の一番最初の企画では、ストライカーズの時代から始まり、主人公はエリオだったからです。ジゴロなエリア君が次々と機動六課の女性陣をコマしていき、最後はキャロに刺されて死ぬ話でした。
キャロに刺されるくだりは冗談ですが、展開は本当です。まあ、色々と魔改造されたエリオでしたが。そんな彼にとって、上司に当たる三人娘はどうなるのか考えた時に、嫁は「八神はやて」、愛人は「フェイト=テスタロッサ」でした。そして、なのはのポジション不明で、妹に回帰すると。
今回話が短いので、書くことがないあとがきなので、どうでもよさげな話を入れてみました。
次回はちょっと長く、そのまた次回はかなり短くなってから、いよいよ佳境に入ります。
およそ1万文字をめどにしながら、調整をしていますが、上手くいかないもんですね。
それではまた、次回お会いしましょう。
遂にはやての存在が知られてしまった。
美姫 「まだなのはとフェイトの二人だけだけれどね」
この事を報告するのかな。
美姫 「どうかしらね。それと、今回ははやてが」
何となく恭也の異変を感じていたのかもな。
美姫 「本人に聞く事が出来るかしらね」
こちらも気になる所だが。
美姫 「次回も楽しみに待っていますね」
待ってます!