秋季の南極の空を、ヘリコプターの爆音が賑わす。

報道機関のロゴが入ったヘリコプターは、周遊するように一定のサイクルで旋回して円を描き地上をカメラで撮影していた。カメラマンはハーネスに固定するべき体を、命綱に代えて身を乗り出し、より良い絵を撮るためにレンズの向こう側を注視する。

北極と違い大陸である南極には、数多くの観測基地が建設されており彼らが旋回して撮影している真下にもその一つがあった。地球における人類史上初の統一政府である地球連邦直轄の基地は、建設当初から様々な話題を提供し、報道機関のヘリコプターが空を飛ぶことは珍しくないほどだった。

最新鋭の設備を導入して建設されていた基地は、数年前からその存在が取り沙汰されていた異星人の脅威という実体を伴わない軍事的脅威へ対抗するための最新鋭兵器の開発が進められており、今日この日こそが公式のお披露目が行われる日だった。

世界各国の報道機関から選抜された報道関係者が、競って現地入りし、ヘリコプターを飛ばしていた。公式発表を空撮するためでもあり、事前に情報がある程度公開されていた最新鋭の汎用戦闘艦スペースノア級の全貌を余すところなく撮影するためだった。

 

しかし、カメラマンと一緒に歴史的瞬間を全世界へ届けるはずだった現地のアナウンサーは自分が何を口走っているのか理解できずに、それでも口を動かし続けていた。選抜されてからこの日まで睡眠時間を削ってまで集めた情報の数々から練り上げた原稿は白紙に戻り、暗記した内容も綺麗さっぱりと消えていた。

 

「今、この放送をご覧の皆さん!正直に言って、私にも一体何が起こったのか全く理解できません!今日この日こそが、人類が宇宙に進出してから頭の片隅で考えていた異星人との接触、そして対話の道を断たれた後に控える戦いに向けての力を、ここに公開するはずの日でした!―――しかし!しかし!この南極において、私の眼下にあるのはそのお披露目会場たる地球連邦南極基地―――いえ、南極基地だったものの廃墟です!!」

 

何度眼を擦っても夢は覚めない。ならばそれは夢ではなく、間違いのない現実。

パイロットも、カメラマンも、アナウンサーも夢であればと思いながら、現実感の無い眼下の廃墟をカメラの向こう側へと伝える。

レンズを通して伝えられる光景はアナウンサーの言葉通り廃墟そのもの。夏場でも溶けない万年雪が陽光を反射させて輝く純白のキャンバスを成しつつ、悪意ある筆が加えられたように悪臭を伴う黒煙が無数に立ち上る。

建物は地上よりも広大な地下空間の落盤により同心円状に崩壊し、巨大なクレーターへ瓦礫が雪崩を打って崩れて行く。

戦場報道を担当したことのない彼らにとっては、それが陥落した基地であるという表現は思いつくこともできなかった。

 

「危ないッ!!」

 

パイロットの鋭い叫びよりも先に、爆炎を噴き上げるF−28メッサーがヘリコプターの眼前を横切り、錐揉みしながら大地へ落下していく。

 

「ご覧下さい!たった今、カメラ横切った物体は地球連邦軍の戦闘機です!!軍事力を誇示するための式典は正に、戦場―――そう、南極基地は想像だにしなかった戦場の地獄と化しています!」

「もう、これ以上は無理だ!!」

 

放送に声が被されるのも構わず、パイロットは限界を伝える。

燃料ではない。命の危険。偶々、墜落する戦闘機を避けることはできたがここが戦場であれば極地用に寒冷地に強い以外は全く普通の報道用ヘリコプターでは流れ弾が掠っただけでも致命傷になりかねない。

過半数は破壊された対空防衛システムがおっつけ起動し、20mm機関砲弾が乱れ飛び始めた。銃弾ではなく、当たれば体を真っ二つにされるほどの威力がある機関砲弾の風切り音に心臓が縮み上がる。

 

「このヘリじゃただの羽虫だぞっ!?」

 

パイロットにはもうアナウンサー達の返事を聞いている余裕はなかった。

操縦桿を操り、一刻も早く退避しようとエンジンの出力を上げる。

 

「視聴者の皆さん!我々はこれから退避することになりますが、この光景は紛れも無く現実ものものです!式典会場は跡形もなく消え去り、地球連邦軍の抗戦も空しく―――ああ、あれです、あそこにある兵器です!!」

 

大きくブレながら、カメラがアナウンサーの指さす方向へ向けられる。

最初はど素人のようにピントがぼけていた映像。それが像を結び、輪郭をはっきりさせる。事前情報が伏せられていたために、外観などは一切不明だったがアナウンサーはそれが何かの検討がついていた。

それは最近ではそう珍しくなくなりつつある人型機動兵器。本格的な主力兵器としての運用こそスタートしていないが、情報公開が進められ、その性能を期待されている次世代主力兵器。

南極基地においてスペースノア級壱番艦と共にお披露目される予定だった、最新鋭の人型機動兵器『グランゾン』こそが、映し出されている人型機動兵器のはずだと憶測ではなく断言できた。

全高30m弱、紫色を基調とした重厚な装甲。手足に胴体、頭部までを備えたこれまでにないほど人を象った機動兵器。事前に漏れ聞こえた情報はそれだけで外れている可能性もあるはずだが、それでも確信を以って言うことができた。

 

あの機動兵器はたった一機だけで南極基地を廃墟に変え、防衛戦力を全滅寸前にしていた。

 

 

 

 

 

報道ヘリが命懸けで退避する姿など眼中にない防衛側の地球連邦と攻撃側の襲撃者。

紫色の機動兵器―――グランゾンは悠然と浮遊していた。機関砲弾も対空ミサイルも、ビームさえも傷一つつけることもできず、それどころか威風に退くかのように届く前に霧散する。

グランゾンの役目はもう終わっていた。最初に放たれた、グラビトロンカノンによる2000Gの高重力波がグランゾンをお披露目するための式典会場を出席していた地球連邦軍の高官と異星人使節団諸共、南極基地の三分の二をいとも容易く圧潰させた。

南極基地ではなく式典そのものの妨害。今回であれば妨害は、式典会場と出席者の破壊に他ならない。グランゾンの操縦者であり、式典出席者の一人のはずだったシュウ=シラカワ博士は眉ひとつ動かさずに大量殺人をやってのけた。思惑や理由は別にしても大量殺人をすることに対しての感情の揺らぎもなく、そしてアルカイックスマイルも崩さない

妨害の目的を達した今、シュウは自分が嚆矢となって放たれた地球圏を巻き込む争乱の序曲に笑みを僅かにだけ深める。ここからは自らが協力するビアン=ゾルダーク博士の手腕に掛っている。

 

「さて………面白くなりそうですね」

 

聞き咎める者がいないことを良いことに、彼は本音を呟いていた。

 

シュウだけが超然としているが、ここは戦場。歪曲フィールドにより既存の兵器を受け付けないグランゾンは世界で最も安全な場所だが、外の戦場は未だに一矢報いようと足掻く、何も知らされていない憐れな軍人達の奮闘が続いていた。

憐れなのは抵抗しないが一切無関係だとばかりに無視を決め込まれることではなく、本当に何も知らされないまま、気付かないまま、グランゾンの破壊行動と同期して動き出した機動兵器部隊に蹂躙されていくこと。

地球連邦軍にはまだ正式配備されていないDCMA06『ガーリオン』がグランゾンを護衛するように、周囲の戦闘機や戦車を一方的に撃破する。

 

「シラカワ博士、ゲストの戦艦が離脱をかけていますが如何しましょう」

 

一機のガーリオンが、バーストレールガンのマガジンを交換しながら通信を繋ぐ。

美麗なアルカイックスマイルを浮かべるシュウの眼にはローティーンのパイロットスーツを着た少年が見えていた。

 

「そうですね……彼らと本格的に事を構えるのはまだ早いでしょう。あちらが仕掛けてこない限りは、放っておいて下さい」

「了解しました」

「ああ、連邦軍も程々にしておいても良いですよ」

「………了解しました」

 

二度目の返答は些かの間を置いて。少年兵の葛藤にシュウは何も言わない。

 

「ゲストの戦艦が離脱した後に私が縮退砲を撃ちますからその間に撤退するように」

「了解しました」

「それではお願いしますよ」

 

同じ返答を三度。

少年兵はガーリオンをグランゾンから離すと、援護に回っていた編隊へ復帰する。

ゲストの機動兵器であるガロイカは粗方片づけ、混乱を来している地球連邦軍は敵ではない。この日のために機動兵器の戦闘訓練を受けた少年兵たちによる精鋭部隊は、南極仕様の雪原迷彩を施したガーリオンを駆って敵を駆逐していく。

異星人の機動兵器は基より、同じ地球人である地球連邦へ対しても容赦はない。むしろ同族であるからこそと、愚昧さを嘲るようにまた一機、また一人と殺戮を繰り返す。性能の違いに留まらない純然たる戦闘力の格差はそのまま被害状況に跳ね返る。ガーリオンの被撃墜数は未だゼロに対して、連邦軍は被害甚大。

 

《やめろおぉぉぉぉぉ!!!》

「!?」

 

ガーリオンのみならず、グランゾンにまで通信が流れ込む。

戦闘中は原則封鎖か、友軍間のみで通用する帯域で暗号通信を行うのが常識。それが無差別に伝わるということは、暗号通信を解除してオープンチャンネルで通信を行うことになる。戦闘における常識を破る行為に少年兵たちは虚を衝かれる。

 

「ゲシュペンスト!?―――まだ稼働可能な機体が残っていたのか」

 

少年兵のモニターに映るのは、航空機のようなエアロダイナミクスを取り込んだデザインのガーリオンとは異なる設計思想に基づいている人型機動兵器―――ゲシュペンストMk-Uだった。

人型兵器に規格に収まるメガビームライフルの火線が編隊を乱す。焼かれた空気が気流を乱すが、ガーリオンはすぐさま編隊を組み直す。

 

《何で、何でこんなことするんだっ!?》

「……あれは、何を言っている?」

 

ガーリオンのパイロットの一人が、激昂するパイロットが乗るゲシュペンストMk-Uを心底不思議そうに見る。

 

「捨て置け。薄汚い売国奴の犬だ―――殺せば良い」

「そうだな」

 

シュウと話していた少年兵の言葉に、他の全員が同調する。

叫ぼうが、喚こうが、敵が遠吠えしているのであれば排除する。訓練の通りに機体を操り、四機のガーリオンは推進システムの出力を上げ、上空からの強襲をかける。敵機は二機―――いや、三機。同型のゲシュペンストMK-Uと、その後方に砲撃戦用のシュッツバルトが支援のために下がっている。

 

「編隊をロッテに、別れて当たれ」

「「「了解」」」

 

編隊長を務める少年兵の号令に、ガーリオンは回避機動を兼ねた動きで編隊を二つに別ける。二機が先行するのを後方の二機が援護し、ゲシュペンストMk-Uの頭を抑えるとそのまま頭上を駆け抜ける。

後方の二機はゲシュペンストMk-Uが追えないように外付けされていたバックパックからミサイルコンテナを射出すると、コンテナ内のスプリットミサイルを全弾発射する。推進炎を噴き上げると、飛び出した安定翼が気流を操作してランダム運動によって機動を予想させないよう、ゲシュペンストMk-Uへ迫る。

二機のゲシュペンストMk-Uはタイミングを合わせて左右に分かれる。当然の如く追尾をかけるスプリットミサイルは直後に大出力のビームにまとめて焼き払われる。

 

「なるほど………」

 

これはできるらしい。売国奴の犬は犬でも、駄犬ではなく相手を噛み殺すための軍用犬。

ミサイルを引きつけてから、大口径の―――シュッツバルトのメインウェポンのツインビームカノンでまとめてミサイルを潰す。

少年兵もこれで仕留められるとは思ってもいなかったが、これまでの惰弱な連邦の兵士との違いにここからが本番だと気持ちが入る。分かれた内の一機、1号機とペイントされている方のゲシュペンストMk-Uへミサイルの爆発が巻き上げた雪煙を隠れ蓑に一息に接近する。

ガーリオンはアサルトブレードに持ち代えると、移動の慣性を乗せて振るう。首から上を飛ばすための斬撃は予想外の反応と早さで首の前に出されたゲシュペンストMk-Uのプラズマカッターに止められる。

 

「早いっ!?」

 

止めたものの慣性質量に押されるゲシュペンストMk-Uの1号機は70t以上の巨体をよろめかせ、傾いだプラズマカッターの表面を滑らせるアサルトブレードに頭部のアンテナブレードを斬られる。

仕留めそこなったことに少年兵は舌打ちする。1号機のパイロットの技量を完全に見切ったわけでもなかったが、ゲシュペンストMk-Uの性能も加味すれば今のタイミングは必殺のはず。止められる道理はないはず。単純に技量を見誤ったとは違う、得体の知れなさ。

こいつらはここで殺して息の根を止めておくに限る。殺意が膨れ上がると体も殺意に従属する。すれ違いざまに胸部固定武装の20mmマシンキャノンをセミオート連射で叩き込む。腹の底に響く重低音を連続して響かせながら、回避不能の距離で機関砲弾が1号機の装甲表面を突き刺す。だが、致命的なダメージを与えるには些か火力不足は否めず、何発かは装甲を穿ったが貫通はしなかった。

すれ違いの一瞬が終わると、今度はガーリオンに隙が生じる。1号機のメガビームライフルの砲口が差し向けられる。

まただと少年兵は苛立ちを募らせる。ただのFCSの補正では有り得ない速度で、こちらへ追従してくる。

考えるよりも先にWを描くような回避機動で五連射されたビームを全て避ける。並の人間ならば即失神の凶悪なGにも難なく耐えると、反対にレールガンを撃ち返す。

今度こそはと思った弾頭は1号機の肩部装甲を抉り取る。寸前に僅かな回避機動をかけられたせいで、腕を吹き飛ばし損ねた。

 

メガビームライフルの連射を、一度距離をとって円を描くように避ける。

機体の反射と反応速度の早さは不可解だが、今の交錯で技量はこちらの方が圧倒的に上であることは分かった。次の攻勢で落とせると確信はある。

 

《無駄撃ちをするなリュウセイ!》

《解かってる!!》

《いや解かってない!熱くなり過ぎるな!!アヤと連携をとれ!!》

《言うだけなら簡単だけど、それができたら!苦労しないっての!!》

 

オープンチャンネルのままの敵の通信は垂れ流されている。

少年兵が戦っている1号機のパイロットはアヤという名前らしい。そして、最初に意味不明な怒りをぶちまけていたのがリュウセイ。もう一人のシュッツバルトのパイロットは男のようだ。

少年兵は彼らの素人臭さを鼻で笑う。実害はないが、連携がどうのこうのをこの場で論じるようであれば多寡が知れている。

 

《くっ!?―――貴方達は何者なの?何故こんなテロを!?》

 

アヤと呼ばれた1号機のパイロットの問い掛けに、少年兵は答えず黙殺する。

語る言葉は持ち合わせていない。駄犬だろうが、軍用犬だろうが、犬へ理想を説いたところで共感など得られるはずもない。言うことがあれば一つ。黙って死ね、と殺意を込めたレールガンから放たれる弾頭。

 

《キャアァァァァーーーーッ!!》

《カエサル09!》

《テッメェェェェェ!!!》

 

ロッテの僚機からのコールサインだけを叫ぶ警告に、1号機の頭部を今度こそ吹き飛ばした少年兵はトドメの追撃を放棄する。2号機のリュウセイと呼ばれたパイロットが、僚機を強引に抜いて仲間のフォローに突貫してくる。

1号機同様に既に機体に損傷を受けているが、根が莫迦なせいでお構いなし。2号機は少年兵のガーリオンがやったようにバックパックからミサイルコンテナを射出してスプリットミサイルの弾幕を展開。しかも、ミサイルの推進剤が点火し音速を突破するのを待たずに機体を更に加速させて突っ込むのをやめない。

 

《T−LINKウゥゥゥゥ―――――》

「T−LINKシステム搭載機だと!?」

 

口をついて出た言葉に、歯噛みする。

2号機はバックパックから三枚刃の円盤を射出。刃の部分が高速回転を開始し、ブースターにより加速すると誘導システムにしては妙に有機的な動きをしながらガーリオンへと襲い掛かる。

 

《―――リィィッパアァァァァァッ!!》

 

搭載武器の名前を何故叫ぶのか理解不能だが、鬱陶しさは本物だ。首から上を無くした1号機からジグザグに距離をとりながら12発のスプリットミサイルを、マシンキャノンのセミオート連射を使って撃ち落とす。HUDも兼ねるヘルメットのバイザーから網膜投影された映像には眼球の動きに合わせたFCSが12発全てをロックオンしている。

12発全てを撃ち落として爆発させると、最後に爆煙を払うように飛び出してきたT−LINKシステムで誘導されている三枚刃の円盤もマシンキャノンで狙うが、円盤自体に意思があるように回避される。狙われていることを察知した操縦者の脳波を機械が読み取り、回避行動を円盤の誘導システムに送信して回避させている。

超能力者に括られる念動力者が保有するテレキネシスαパルスを受信し、火器管制や駆動系の反応速度向上に利用するシステム―――T−LINKシステムのおかげであることは、リュウセイの叫びから察することができた。

 

砲身を向けるこちらの動きを感じ取って回避機動をとらせるため、撃ち落とし辛くはある。

だが、やってやれないわけではない。少年兵は、脳波による誘導に集中しているせいか、単に慢心しているせいかそれ以上の攻撃をしてこないリュウセイに対して、舐めるなと思った。

火器管制の一部をマニュアルに切り替える。ガーリオンが砲身を下げ持つバーストレールガンが前触れ無く跳ね上がり、ロックオンするよりも早くトリガーが引かれる。狙いも何もあったものではないはずの砲撃は、しかし。

 

《う、嘘だろぉ!?》

 

レールガンの砲身から飛翔した弾頭はスラッシュリッパーを木端微塵に粉砕して、明後日へ飛び去った。

ロックオンしなければトリガーを引けない火器管制システムのロックを外したのはこのため。勘でそれをやってのけた少年兵は、砲撃後にガーリオンの武装をアサルトブレードに換装していた。

 

《やばいっ!?性能が違い過ぎる!!》

「莫迦め」

 

性能ではなく、技量だ。唾を吐きかけそうになるほど愚かな発言に少年兵は苛立ちを募らせる。

アサルトブレードの斬撃をプラズマカッターとの剣戟で止めたゲシュペンストMk-Uの2号機に対して、ガーリオンは剣戟で互いの機体の慣性質量が失われていき、機体の駆動系出力と重量が加算され始める前にあっさりと剣を引いた。

ガーリオンは機動性と運動性においてゲシュペンストMk-Uを圧倒的に上回るが、機体の出力、解かり易く言えばパワーでは劣後している。一合目は機体の速度を上乗せした運動エネルギーでまともに打ち合えたが、止まってしまえばパワーで劣る故に餌食になる。

少年兵が剣を引かせながら操作する。両肩の吸気口が南極の冷気混じりの空気を吸気すると、急旋回加速用の熱核ロケットエンジンが吸った外気を加圧噴射。剣を引かれたことで重心を外されてよろめいた2号機には目の前から消えたようにしか見えない高速の急旋回で一回転したガーリオンは、必殺をかけてチェーンソーユニットを駆動させたアサルトブレードで丸裸にした2号機へ渾身の逆胴を打ち込む。

 

《リュウセイ!!》

《アヤ!!》

「またか!?」

 

今度は、頭を潰した1号機が割り込む。2号機を抱え込むようにして真っ二つにする斬線から1号機をずらす。完全にとまではいかず、2号機は右腕の上腕部から下と胴体の一部を切り裂かれ、庇った1号機も無事だった右腕を切断されていた。

与えた損傷は仕留め損なったにしては大きいが、少年兵は満足よりも怒りの方が深かった。二度に渡って仕留め損なった。それ自体が屈辱。素人同然の雑魚に手間取る自分への憤り。不甲斐無さに苛立つが、年不相応にそれらを呑み込んで、闘志に変換する。必ず殺す、と。

 

《カエサル09

 

再度、コールサインだけを呼ばれる。僚機が何をするかは、言わずともお互いに察している。

自分が同じ状況でとる行動を想像すれば良い。同じ訓練を受けてきた者同士の暗黙の連携が発揮される。

僚機からスプリットミサイルが発射されると、離脱直前の少年兵のガーリオンも有効範囲に含めて降り注ぐ。自分に迫る分だけを撃墜しては穴が空くので、少年兵は最も被害の少ないルートを最大速度で進んで被害を最小限に留める。

テスラドライブによる飛行能力で僚機と同じ高度まで上昇する。被弾しながらも爆煙と雪煙を抜け出した二機のゲシュペンストMk-Uをその眼力とセンサーは見逃さない。

まだ、未熟な雑魚程度でしかないが念動力者は将来的に脅威になる。生かして返してから後々の遺恨になってからでは遅い。バーストレールガンの照準を遅滞なく合わせると、殺意を込めて睨みつける。無知蒙昧なゴミでも力を持ってしまうから、人類は腐敗する。異星人の機動兵器に気付かず、気付こうともせず、地球連邦を正義と信じる犬。その存在を見れば見るほど殺意が膨れ上がってくる。

 

トリガーにかけた指を―――少年兵は放す。

ボッ、とイオン臭を撒き散らしたビーム兵器が駆け抜ける。少年兵とその僚機の間を一発、二発と走る。

指揮管制機でもあるガーリオンは従来の人型兵器とは比較にならない電子装備が搭載されている恩恵。敵のFCSの有効命中半径よりも早く、敵機を察知することができる。ガーリオンは遠距離からの射撃をくるくると持ち前の運動性能で回避する。

 

「今度はビルトシュバインだと?――――イングラム=プリスケンか!」

 

面倒な雑魚の戦闘能力を半減させた直後の、新手。しかも、今度は面倒な本物の登場に高まった苛立ちに青筋が浮かびそうになる。

ビルトシュバインの基本設計はゲシュペンストと同じだが、ゲシュペンストと異なり核融合ジェネレーターではなくプラズマジェネレーターを搭載しているため外見が異なる。ジェネレーターの違いは大出力化に繋がり、スラスター出力で短時間の空中戦闘までこなす優秀な機体だが、コスト高を解決するために試作機止まりになっている。機体の数は予備パーツ供給を一本化するために一機だけであり、テストパイロットであるイングラム=プリスケンの知名度と合わせて有名な機体。

 

「殺してやる」

 

充満していた殺意を存分に叩きつけられる存在の登場に、少年兵は青筋を収める。むしろ、喜んでさえいた。犬を殺すことは誉れではない。イングラムほどの敵を殺してこそ、勲となる。

フォトンライフルからの射撃をこちらからも距離を潰しながら接近する。合わせてバーストレールガンから応射する。双方、目まぐるしく空中で位置を変え、高度を変え、蒼穹と純白を連続させる。上下左右の別を喪失しながら、空間把握能力で自分が何処に居て何処を向いているのか寸分違わず感じ取る。

 

《ほぅ………》

 

必殺に漕ぎ着けられない強敵にイングラムは感嘆を漏らす。

これでは部下のアヤ達では厳しい。機体を小破させられるのも頷ける。滞空限界のために地上に降りることも計算に入れて利用するイングラムは戦術プログラムを、二機のガーリオンに抑え込まれているシュッツバルドのパイロットであるライに送信する。

ドッグファイト中の少年兵のガーリオンが最も強敵だが、それ以外のパイロットも一流であり、ガーリオンの性能もあってイングラムの率いる部隊――SRXチームでは到底勝てる相手ではない。

 

「貴様ッ!?」

《流石に気付かれるか》

 

退き際を見誤らないイングラム。意図に気付いた少年兵は袖にされ屈辱に肩を震わせる。それが部隊長として当然の選択なのだろうが、所詮は敵。自分が付き合ってやる理由はない。

袖にするのであれば相応の報いを受けさせてやる。少年兵は口の端を醜く歪める。それだけは年相応の癇癪と言えるが、行動は殺人行為であるため性質が悪い。

 

《シファ、お楽しみ中のようですが、そろそろ時間です》

 

よくできたアクション映画を観賞するように静観していたシュウが、明らかに水を差す。

初めて名前で呼ばれた少年兵―――シファは、憎々しげに舌打ちを一回。それで内面を切り替える。

 

「全機、漸次撤退。カウント30で一斉にシフト―――逃げ遅れは無視する」

《了解》

 

シファの僚機と、シュッツバルドを抑え込んでいた二機のガーリオンは等距離をとる。バックパックが開くと、温存していたミサイルコンテナが各機から射出される。

 

《マジかよ!?》

《こんなの防ぎ、きれない!》

 

コンテナから一斉射された数十発のスプリットミサイル。万全であっても全部撃ち落とすのは困難。戦闘能力のほとんど奪われているゲシュペンストMk-Uでは言わずもがな。リュウセイとアヤの顔に戦慄が走る。

シファ達にとっては目晦ましついででしかない置き土産。四機のガーリオンは警戒しつつも、ミサイルの射出後は持ち前の高速飛行で離脱して行っている。自分で袖にしておいて他人にされると少し腹が立つものの、現状は雪崩を打って襲い掛かるスプリットミサイルの防ぎ方。

 

《ライ!?》

《間に合わんッ!!》

 

片方の砲身を潰されているツインビームカノンでは、数も単純に四倍になっているスプリットミサイルを薙ぎ払うことができない。八発を爆破したが、再充填に間に合わない。

ライは安全圏だが、リュウセイとアヤのゲシュペンストMk-Uは確実に破壊される。イングラムは即断すると、ビルトシュバインを二機の盾になる位置取りをさせる。フォトンライフルを格納すると、M950マシンガンとM13ショットガンの両手持ちに切り替える。セミオート射撃のM950マシンガンが、一発ずつミサイルを撃ち落とし、スプリットミサイル間の軌道が近づくとM13ショットガンの散弾がまとめて弾頭を潰して爆散させる。

しかし、近接防御兵装ではないために手数がどうしても足りない。先にショットガンの弾が切れ、50発のヘリカルマガジン二本も空になった。両方とも投げ捨てると、フォトンライフルを抜いて最後まで撃ち落としにかかる。リュウセイとアヤに続いて後退しながら、それよりも早いスプリットミサイルの巡航速度に、ついに食いつかれる。

爆炎と衝撃波が縦方向に伸び上がり、三機を丸ごと呑み込む。凍りついていた大地が溶けだし、ひび割れて衝撃波を這わせる。画面がホワイトアウトし、ゲシュペンストMk-Uは耐えかねて氷原に叩きつけられ、滑っていく。

 

「流石は、イングラム=プリスケンですね」

 

撤退を促したシュウは、敵ながら天晴れと称えつつもトドメを差す。

シファ達のガーリオンが安全地帯であるグランゾンの周囲まで後退したのを確認してから、開いた胸郭から“何か”を放つ。放たれた“何か”は南極基地のまだ無事な区画に到達。

“何か”を放った試作型の縮退砲はごっそりとスコップで抉り取ったように区画を消滅させた。破壊ではなく、文字通り消滅させていた。破片の一つも残さず丸呑みされる消滅に、破壊力を事前に知っていたシュウやシファ達以外は、戦闘中にも関わらず魂を抜かれたように動きを止めている。

 

一瞬の破壊の洪水によって消え去った南極基地。

失われた人命の数は知れないが、シュウも、シファ達も欠片ほども気にしない。

 

「それでは、私は行きます」

《了解しました。我々も予定通り、撤退します。ご武運を、シラカワ博士》

 

宣戦布告の戦いは終わった。

シュウのグランゾンはここから別行動になる。

シファ達も追撃するだけの力を残していない連邦軍を尻目に、機体の速度を上げると音の壁を易々と超えて南の果ての大陸から離れて行く。

 

自力で動くこともできなくなったゲシュペンストMk-Uのコックピットから這い出したリュウセイは、彼には悠然と自分達を歯牙にもかけず彼方へ飛び去る機影が、遠く小さくなっていくのを見ることしかできなかった。バイザー部分が罅割れたヘルメットを脱ぐと、怒りに震える手が激情に任せて装甲へ投げつける。装甲の硬さに跳ね飛んだヘルメットは最後に溶けて水に戻った雪原へ、チャポンと音をたてて落ちた。

怒りの矛先は殺戮の限りをつくしたシファやシュウだけではない。非道を防ぐことも、止めることもできず、ただ力の差だけを歴然と見せつけられて、這い蹲る自分自身へも向けられていた。情けなさに涙が出るどころではない。激昂する感情を抑えつけるために肩がぶるぶると強く震えている。

実機に乗って本物の軍人と戦った時以来の完全敗北はつい万能感に酔ってしまう十代の少年のプライドをいたく傷つけていた。それは、共に戦いながら不甲斐無い結果に終わったアヤも、唯一のプロフェッショナルでありながら打開できなかったライも同じ。

雪原に墜落し、突き刺さったメッサーや、大地を疾駆する力を失い鉄くずとして各坐する戦車群。そして、無事な区画を探すことが困難極まりないほど破壊された南極基地。グランゾンの縮退砲の破壊の痕跡は圧倒的に過ぎた。それこそが地球連邦軍敗北のシンボル、そして自分達の完敗を示す。敗北に囲まれ、空気さえも汚臭を嗅がせて追い討ちをかけてくる。

 

「チクショオオオォォォォォォォォォ!!!」

 

負け犬の遠吠えと分かっていながら、叫ばずにはいられなかった。

アヤも、ライも、上官であるイングラムも止めない。連邦軍の最新技術を惜しみなく投入された兵器を与えられた自分達が、なすすべも無く基地を破壊され、敗れた事実が誰の心にも重たく圧し掛かっていた。

 

 

 

南極基地が、グランゾンの縮退砲によって消え去ったその日。

異星人の科学技術解明のための学術機関『EOTI機関』の主要メンバーが地球圏の通信放送網をジャック。

南極基地における対異星人兵器であるグランゾンとスペースノア級一番館のお披露目式典は、異星人に対してそれらを手土産に全面降伏を行うためのカムフラージュであったことを白日の下に暴露した。

証拠写真として襲撃を受けた南極基地から脱出する異星人の戦艦と、戦闘を行う地球の技術では有り得ない機動兵器の映像が公開され、全世界の度肝を抜いた。それは可能性だけが常に取り沙汰され、あるいはありもしない架空の脅威を演出しての軍拡の口実であると思われていた異星人の存在が図らずも事実であると地球人類が初めて知った日でもあった。

最初は南極基地を襲ったテロリストの犯行声明。誰もがそうとしか捉えなかった電波ジャックは次第に人々の心を奪っていく。街頭のスクリーンから、個人端末から、飲食店やショッピングモールの店内放送に至るまで占領した電波ジャックに、誰もが手を止めて聞き入ってしまう。

ただのテロリストとは思えない演者。最初にビアン=ゾルダークと名乗った博士号を持つEOTI機関の中心人物はおよそ科学者と思えない厳つい容貌の人物だったが、歴史上の偉人達がそうであったように言い知れぬ迫力と、耳目を惹きつけてやまない強い誘引力があった。彼の言葉を聞かなければならず、穏やかな語り口でありながら引き込まれて行く。一言で言えば実に陳腐になってしまうカリスマという言葉が、この上なく当て嵌まる。

ビアンは既に8年前の南洋アイドネウス島へメテオ3と命名された隕石が衝突してから地球連邦政府は異星人の存在を知っていたことも公表した。メテオ3は隕石ではなく、隕石を偽装した異星人のメッセージボトルであり、異星人が自分達の存在を知らしめるために突き付けられたものだった。EOTI機関は地球連邦政府から隕石を調査し、そこから発見された地球の科学技術を遥かに凌駕する数々の技術を分析応用するための存在であり、主に軍事技術へ転用した成果こそがグランゾンとスペースノア級戦艦だった。

何れ来る異星人の脅威に立ち向かうため。そう信じてきた研究者達。戦うだけではなく対話による解決のために一定の力は必要だからこそ真剣に地球の未来を憂いて研究という戦いに身を置いてきた者達。

 

そして、ビアンは決然と言い放った。

 

 

《この放送をお聞きの全ての人にあえて言おう――――『地球に逃げ場なし!!』》

 

神威に打たれた子羊のように、放送を聞いていた全ての人々が剋目させられ、全身に震えが走る。理屈ではなく魂を掴まれ、揺さぶられるような衝撃。視聴者はビアンの言葉を聞く他を脳細胞が忘却させられていた。まるで洗脳じみた影響力だった。

 

《精々が太陽系の往来に齷齪している我々地球人に対して、異星人達は幾万幾億光年という天文学的な距離を、幾つもの銀河系を、股にかけて文明を展開する、想像さえも及びもつかない高度な科学技術と力を持つ存在!逃げた先は全て彼らの勢力圏に収まっている!》

 

《我々が有史以来築き上げてきた文明は、彼らにとって蛮人のそれと同じ程度でしかない!歴史を紐解けば文明格差が生み出す外交は形態こそ違えども、行きつく先は植民地支配でしかないのは事実である!周囲は全て異星人の膝下にあり、文明格差は植民地支配を生み出すしかない!故に私はもう一度言う!》

 

誰もが次に紡がれる言葉を予想している。

 

《人類に逃げ場なし!!》

 

予想していてもなお、ビアンが放つ真理は心魂を揺さぶる。

 

《逃げ場がなければ、どうするのか!?屈従も一つの方法であることは否定しない。だが、我々はその道を選ばない。東洋の諺を引用すれば、『窮鼠猫を噛む』とある。追い詰められ逃げ場のなくなった鼠は、天敵であり圧倒的に力の差があるはずの猫さえも噛み殺すことがある。我々人類と彼らの差は鼠と猫どころではないが、それでも私達は窮鼠でありたい!》

 

演説と共にリアルタイムで戦闘が行われていた南極基地の戦闘映像が映し出される。それは南極の式典会場から報道スタッフが離脱していく中で、あらかじめ用意されていたカメラによる映像。

先程の異星人の戦艦と機動兵器も映し出される中、グランゾンと、そして四機のガーリオンと他十数機のリオンによって数的に圧倒的優位を占めるはずの地球連邦軍が成す術も無く次々を撃破され、潰され、蹂躙されていく。

技術的に差はあるにしてもあまりにも一方的に過ぎた。あくまでグランゾンとその一党はテロリストに過ぎないにも関わらず、真っ向勝負においてまるで歯が立たない。これだけで判断するのは早計であるが、地球統一政府の軍事力はあまりにも脆弱であると人々は思わざるを得ない。

 

《連邦軍人達の努力と日々の研鑽を否定するつもりはない。しかし、惰弱に染まり切った彼らでは、これが現実としか言いようがない。より直截な表現をすれば、地球連邦政府にその力も資格もない!》

 

そのタイミングを、ビアンを映していたカメラマンは待ち構えていた。

リハーサルなしのぶっつけ本番演説。誰もがその成功を疑わなかった。ビアン=ゾルダークの持つカリスマと頭脳を持ってすれば、成功以外はない。その確信はカメラマンの能力も十二分に引き出す。

ベストタイミングで引きが入り、演台のビアンだけ映していた画面には会見場全体映し出され、ビアン以外に数名の人物が映る。ビアン自身も学会では有名人であるが、居並ぶ面々も各々が各方面で知られる著名人ばかりだった。

 

 

《我らは、『Divine Crusaders』》

 

背後の緞帳が引き下ろされ、掲げられていた組織の象徴であるシンボルマークが現れる。

名の表す通り十字にDCと頭文字を左右にあしらったデザインは、ありがちで没個性的だがインパクトによって味付けされ、目に焼きつけられる。

 

《我々はここに宣言する!》

 

《地球連邦政府に人類を率いる資格はなく!》

 

《代わって我々―――異星人と悪しき者達を封じ、母なる地球を守護するための力たらん!!》

 

 

《故に、我らはその資格のない地球連邦政府を廃すべく現時点を持って正式に宣戦布告する!!》

 

 

この日、この宣言こそが地球の歴史上の一大事という枠に収まらない銀河系を股にかける歴史のうねりの始点。そして、地球が経験したことのない未曾有の動乱の始まりだった。

 

 

 

 

演説を終えたビアンは疲れを見せず、スタッフを労いつつ精力的に動いた。

その存在を公にした結社Divine Crusaders―――DCは宣戦布告と同時に総力を挙げて主要な連邦軍基地へ強襲をかけている。南極基地で連邦軍を圧倒したようにDCの軍事力は極めて高い。しかし、相手は地球圏を掌握する唯一の統一機関であり、その尖兵である連邦軍は強大だった。一朝一夕で何とかなる存在ではない。

南洋のアイドネウス島。EOTI機関がメテオ3研究のために建設していた拠点がDC本部となっていた。メテオ3を秘匿するため研究機関の施設とは思えないほど堅牢な要塞化が施されていたことが、奇しくも制圧した今となっては自分達を護ってくれる防衛施設になっていた。施設内の連邦軍兵士の大多数はそのままDCへ宗旨替えをし、一部の非協力的な兵士達は拘束している。構成員の中には見せしめの処刑や、人体実験に使わせるなどとほざく者達も居たがビアンは跳ね付けている。

最初に制圧した、本来は防衛用の戦闘管制室へ足を踏み入れると警戒していた憲兵が敬礼する。軍人ではないが、その手のノリが大好きなビアンは答礼を返してから進み、最上位の席に座る男性へ近づく。

 

「首尾はどうだ、総司」

「上々だ。君の演説と南極基地の破壊で連邦軍は大混乱に陥っている。我々に靡きそうになかった基地への攻撃も順調に推移している」

 

本来はEOTI機関という科学者ばかりの集団を基盤としているDCには、その中核にある人物達の中に職業軍人が居ない。理想に共鳴して協力してくれる者達も居るが、DC独自になると話は別。理論として戦争は知っているが現実の経験がある者が居なければ戦争はそもそもできない。

唯一の例外がビアンと話している八剣総司だった。著名な考古学者としてEOTI機関に加わっているが、過去に連邦軍に所属していたこともあり高度な将校教育を受けた経験者。戦史についても深い造詣がある。DCの決起において現実に即した戦略を立てたのも彼だった。

 

「相変わらず君の手際は見事だが……程々にな」

 

冷然とした総司に、ビアンは苦笑しながら釘を刺した。

優秀だが人間嫌いの変人である総司は容赦がない。機械的に蹂躙することを躊躇なく実行できるのは一つの才能だと思うが、行き過ぎれば理念を置き去りにしてしまいかねない。

 

「………妻にも同じことを言われている」

 

総司は釘を刺されたとは思えない顔をしていた。有体に言えば、惚気られた。

妻に先立たれて久しいビアンにとっては懐かしくも羨ましいものだが、現状では封じておくべき感情だった。

 

「さて……大見得を切ったとは言えども、どうしたものか」

 

隣の総司にだけ聞こえるようにビアンはぼやいた。

そのぼやきを偽りの、一種の冗談であることに気付いている総司はにべもない。

 

「それを決めるのは貴方だ」

「素っ気ない上に冷たいな………解かっているとも。DCは私が総帥だからな。私が方針を決めねばならない責任がある」

 

ビアンは組織の総帥だが、どの組織もご多分に漏れず組織のトップに求められるものは組織の行く末、方針の決定。決起したばかりのDCでも大原則として決めなくてはならない。

だが、それがどれほど困難であるかは幹部でも一握りしか知らない。

ビアンにとって決起自体は回避できないこととして起ったが、演説で行ったようなことを本気で考えているわけではない。既に起こしたことを今更無かったことにするつもりはないが、引き際の見極めはビアンを以てしても難しい。

南極襲撃は地球を売ろうとした地球連邦政府、ひいてはDCの前身であるEOTI機関の上部組織であるEOT審議会が行おうとしていた異星人への無条件降伏の交渉を決裂させることにある。結果は成功であり、異星人の戦艦や機動兵器を映像に収めることはできた。しかし、相手は地球圏を支配する統一政府。こちらの映像をあの手この手で否定し、異星人は存在しないと強弁することなど幾らでもできる。同じ理屈で、DCはありもしない異星人の脅威を語って地球圏を巻き込む危険な武装集団であると断じ、立場を無くすこともできる。

そうなった場合にDCは異星人の証明という泥仕合と、武装集団を駆逐するために派遣された連邦軍の徹底抗戦と戦うことになる。DCは最新技術を用いた兵器を大量投入可能な少数精鋭の戦力であり、圧倒的に物量で勝る地球連邦軍と真っ向勝負になれば厳しい。いや、それ以前に拮抗した状態で消耗戦になれば既に訪れることは明白である異星人との戦いにおいて、同じ地球人同士で争い傷ついて消耗しきった状態で迎え撃たなければならない。それだけは何としても避けなくてはならない。

ここにジレンマが生じる。今の連邦政府は腐敗しきっている。200年もの間に惰性に陥り、本意を忘れてしまっており、このままでは地球圏を守るどころの話ではない。世直しは必要だが、それを本気でやり過ぎれば結果的に地球圏の力を削いでしまう。それでは本末転倒だが、このままでも無条件降伏という最悪のシナリオを繰り返されるだけだ。

地球連邦政府にとって代わるまで戦うのか、それとも腐敗した部分を糺すだけにするのか。それだけでも頭を悩ませる問題だが、他にも圧し掛かってくる。取って代わるにしてもDCに統一政府と同じような行政能力は無く、かと言って腐敗を糺す世直しが終わったからと言って御咎め無しで解散できるほど世の中は甘くない。

 

一番望ましいのは腐敗しきった部分の世直しが終わった頃に連邦政府と協定を結び、協力関係を結んで存続することだが、そこに至るための匙加減や舵取りの困難さを思うだけで、暗澹たる気持ちになる。だが、ビアンに限って言えばそう悲観したものではないと思っている。

単純なスタッフな優秀さということもある。総司や、彼の妻であるソフィア=ヤツルギ博士、シュウ等を筆頭に決起のために根回ししていた複数の軍人や軍関係者、企業などが揃っている。加えてビアン自身が最初からこの決起で命を捨てる覚悟を決めていることもあった。

 

 

「まずは、堕落しきっている連邦軍に渇を入れる。そのために主要な連邦軍基地へ強襲攻撃をかけさせている」

「その様子では順調らしいな」

「ああ。泣けてくるほどに情けない………これではエアロゲイターの先遣隊にも歯が立たないままだ。案外、EOT審議会の判断は誤っていなかったのかもしれないな」

 

皮肉たっぷりの笑い話に仕立てた総司はコンソールに研究者には似つかわしくない荒れた手を伸ばす。

 

「南半球にある十三か所の連邦軍基地へ強襲攻撃。その内六ヶ所は基地を破壊し、戦力の40%を削り終えた。予定通りの戦果だがこれで暫くこちらの手駒も塞がる」

「そう気張るな。取って代わることは目的ではなく、今回の強襲もおまけのようなものだ。連邦軍の有能な人物を探り当てなくてはな」

「………私はその辺に興味はない。だが、私は私のやり方をさせてもらう」

 

コンソールの片隅にある小さなモニター。目立たない位置にあるため誰も気に止めないが、ビアンは気付いていた。興味がないと嘯く総司が何を企図しているのか。それを示す映像がリアルタイムで流れている。

胸元にIDカードの収まったパスケースをつけている研究者達が後ろ手に手錠をかけられ、転がされている映像。彼らを拘束しているのは強化装甲服を着用したDCの陸戦部隊と、南極を襲撃したガーリオンのパイロット達と同じ軽装の少年兵達だった。

 

「殺させるのか?」

 

ビアンはモニターから目を逸らして、管制室中央の大型スクリーンをわざとらしく見る。

 

「殺さないのか?」

「問いに問いで答えるのは、ディベートでは禁じ手だが………コッホやセトメを抑えればそれで済むことだと思うが」

「貴方のその甘さが、連邦政府の堕落と腐敗が力なき子供達の命を奪っていく。選択する力も権利も与えられない子供を餌食にするのであればそれ相応の報いを受けてもらうだけだ」

 

音をカットしている画面。雰囲気と動きから何かを聞きだそうとしているらしい。

強化装甲服を着た兵士が少年兵に命じられて一人の研究者を立たせる。何かを尋ねるが、恐怖のあまり錯乱している研究者はまともに答えることができず、涙と鼻水を垂らしながら許し請うている。数えればそれが五度目と解かる少年兵の質問にも答えない。そして、目線の合図を受けた強化装甲服を着た兵士は立たせるために掴んでいた左腕へ力を込める。

聞こえないが視覚化さえるほどの断末魔の絶叫。腕の骨を折るのではなく握り潰す。しかも、潰したまま手を開かず痛みを与え続けている。最後の質問の機会にも、痛みで正気を失った研究者は答えず、意味不明な叫びを上げている。

 

「えげつないな」

「だが、あれ一人で他の連中はこぞって口を割る」

 

数学の問題を解いて解答を披歴するような簡単さで、拷問の事実と有効性を認める。

ビアンが指摘しているのは、研究者の拷問ではなくそれらも含めた全部。強化装甲服の陸戦部隊や少年兵を動員して行っている“DC内部と連邦軍の暗部へ対する粛清行為”を指している。

決起したばかりのDCだが、その前身であるEOTI機関は元々連邦の下部組織であるため様々な人間が属している。今回の決起にはほぼ全員が参加しているが、中には今の連邦では近い内に居場所を失い、追放されかねないためにDCへ逃げ込んでいる者達も少なくない。非人道的な実験を行い、倫理を欠いた者達は連邦ほどガチガチの規定が存在せず、理想だけに邁進しているために自分達を咎めるほど余裕のないDCであれば、好きにできると思っていた。

むしろ、それらは逆で、懐に抱きこんだ上で始末するために総司は彼らの帰参も認めていた。現に、連邦の機動兵器パイロットの特殊養成機関であった『スクール』を、少年少女を実験材料にした研究組織へと変容させたアードラー=コッホ博士をDCの副総帥の地位を約束して迎え入れている。そして、映像にあるようにスクールの研究所を襲撃させ、研究データを確保し、研究員を拘束している。

 

「私の名前を使ってやればいいだろう。正直に言えば、こちらについても期待していなかったわけではないが、総司一人が背負ってやることもでなかろう」

 

彼の妻であるソフィアは間違いなく、その行いを悲しむだろう。

それに総司自身もまた、事情があるにせよ少年兵を用いて粛清を行っている。アードラーやその部下であるアギラ=セメト博士からすれば、同じ穴の狢と言ったとこだろう。

 

「所詮、俺は邪道を歩く男だ。正道はビアンやソフィアが歩けば良い」

「………それをやめよ、と言っているのだがな」

 

しかし、それが故にDCが組織として保たれていることも事実なのだ。

総司とソフィアが連れてきた少年兵だけで構成された『ステガノ隊』と、強化装甲服を着た『スパルタクス隊』は志願者で構成されたDCの戦力を支える精鋭となっている。

 

「全く持って、指導者というのは面倒だな」

 

総司にも聞こえないよう、口の中だけで呟いた。

 

 

 

 

 

 

南極基地を壊滅させたガーリオンは途中で補給を受けてから、無事にアイドネウス島へと帰還した。

制圧してから日が浅いため慌ただしさが抜け切らない基地施設に、出力を落としながら着地するとガイドビーコンに従って格納庫へと入っていく。AM専用のハンガーに固定されると、コックピットハッチが開く。

ヘルメットを外しながら狭い空間から出てきたシファはキャットウォークが渡されるまでの間、開いたハッチの上で愛機を見上げる。

 

「よく、やってくれた。ありがとう」

 

戦闘で浴びた汚れでくすんだ白銀の装甲に額を当てながらシファは呟く。

出力特性を弄って、本来であれば過積載になるほどの武装を搭載して出撃させてもしっかりと動いてくれた。この子ならばできると確信していたが、負担だったことに代わりはない。温まっていた機体が冷えて行く音が額から伝わってくる。

 

「お母様に報告しに行ったら、戻ってくるよ。また話そう」

 

戦闘中の凶相とは憑きものが落ちたかのように別人の顔をすると、固定されたキャットウォークへ前を向いたまま飛び移る。

 

「後は頼んだ。くれぐれも、優しくしてやってくれ」

 

メカニックの肩を叩いて言い置く。

キャットウォークを渡ると、同じパイロットスーツを着た同年代の少年少女が3人待っていた。一緒に出撃していた仲間と頷き合う。言葉にも、顔にも出さないが頷き合うことだけで互いの無事を喜ぶ。堪え切れなくなったように笑顔を見せ、ハイタッチやアームクロスを交わす。

一頻り分かち合うとシファ達は格納庫を離れる。パイロットスーツから揃いの服に着替えて指揮官の居る部屋を目指す。すれ違う大人達は訝しんでから、揃いの服にプリントされた十字に獅子が描かれたエンブレムを見ると戦闘部隊であると知り、ステガノ隊の少年兵と解かる者も居た。

指揮官の部屋は施設の奥、セキュリティレベルの高いエリアにあった。部屋のプレートを確認してから、インターホンを鳴らす。

 

《はい、どちらさまかしら》

「ステガノ隊、シファ=ハスタール少佐です。ただ今帰還致しました」

《お入りなさい》

 

自動で動いたドアを潜る。研究者らしい几帳面さで整頓された部屋。

室内だけである程度の生活ができるように設えられた家具調度類。大型の3Dモニターには世界各地の報道機関が流すニュースと、何かの実験映像らしきものが並列で流れている。

 

「フィリオ、貴方は自分でプロジェクトを立ち上げているのよ。リオンシリーズはもう貴方のもので、私がどうこう言うべきものではないわ」

《あ、いえ、そういうつもりで言ったわけではないのですが………そういう意味になりますね、これでは》

 

部屋の主であるソフィア=ヤツルギはリアルタイム通信をしていた。ふんわりとした母性に満ち溢れた笑みを浮かべたまま、通信相手のフィリオ=プレスティを窘めていた。入ってきたばかりのシファ達には判らなかったが、元教え子であるフィリオからの相談が行き過ぎたものだったらしい。

 

「迷いを吐きだすのは歓迎だけれど、答えを人に出してもらうのは駄目よ」

《はい………でも、改めて先生の偉大さを感じているところです》

「あら、本当に今更ね」

 

くすりと笑う。並の男であればそれだけで一目惚れしかねないほど艶やかに。

 

「ごめんなさいね、フィリオ。知っての通り、私はこれからDCの一人として連邦の敵になるから、これまでのように接してあげられないわ―――それでは、またいつか会えるといいわね」

《………先生も、お元気で》

 

言いたいことを全て呑み込んだフィリオが、モニターから消える。

 

「お待たせしたわね。シファ、カルダン、トリテミス、バセリ、皆が無事で嬉しいわ。無事だとは聞いていたけれど、誰も怪我はないわね?」

 

一人ずつ目線を合わせながら、無事を自分で確認する。香水と違う甘い香りが鼻腔を擽り、安心感を胸に広げる。

 

「ステガノ隊、南極会談の破談と保有戦力の撃滅任務を完了しました」

「はい、御苦労様でした」

 

既に戦果報告はいち早く知っているため儀礼的に労う。

Dスクリーンには南極での戦闘映像が映し出されている。グランゾンと四機のガーリオンに破壊される南極基地と、機動兵器群。性能と技量の双方で遥かに上回るために、一方的に蹂躙していく。

 

「これからも貴方達には一杯働いてもらう必要があるけれど、今日は休んでちょうだい」

「「「「了解しました」」」」

 

部屋を出て行く足音は三つ。

シファは一人だけ部屋に残り、三人はそれを気にすることもなく何時ものこととした。

 

「ありがとう、よく頑張ってくれたわね」

「母様」

 

ソフィアは堪えていた感情を吐き出すようにシファを優しく、それでいて強く抱き締めた。

戦場から帰った息子を、心配していた母親が安堵感と共に抱き締める。その図はそのまま二人に当て嵌まる。組織の立場上、上官と部下だが、この場では親子に戻っていた。

モデル体型で長身のソフィアはシファよりも頭一つ高いため、抱き締めた息子を胸に埋めさせ、離すまいとする。我が子を戦場へ送り出すことについて、辛くないわけがない。けれども、息子は戦うために創造された存在でもある。そして、時代は戦うことを求めている。

シファは純然たる人間ではない。ソフィアが研究している分野の一つであるナノマシン技術の粋を集めて作られた生体ナノマシンを細胞とした人造人間。構成している細胞が違うだけで器官は全て人間と同じだが、体組織の大半にダメージを与えない限りは心臓や脳を破壊されても、再生し、生きることができる。身体能力も常人を遥かに凌駕しており、機動兵器で人間の限界を超えた動きをしても耐えられるようになっている。

カルダンやトリテミス達も同じで、四人以外のステガノ隊も全員がソフィアによって創造された生体ナノマシンの人造人間だけで構成されている。そのため軍人ではないソフィアが命令権を唯一無二のものとして保有している。

 

立場を離れれば一人の親として接するが、DCが決起した今となってはこれからも同じように接することができなくなる。特に総帥であるビアンの右腕であるヤツルギ夫妻は、幹部であるが故に贔屓することは許されない。

唯一夫妻の遺伝子データをシミュレートして構築され、ソフィアが本当にお腹を痛めて産んだ本物の息子であるシファであっても例外ではない。ステガノ隊の一員として戦場に立たせる。その決意表明も込めての南極基地襲撃メンバー入りだった。

人類には我が子さえも、心を鬼にして戦わせるだけの覚悟が要るのだと。それほどの危機が現実のものとして迫っているのだと知らしめるためにも。

 

「大丈夫です、母様。僕は絶対に生きて帰ってきます。皆と一緒に―――そして、母様と父様の理想を実現します」

 

親の考えを子であるシファは十分に理解し、親のために働くことこそが喜びであると語る。

惜しみなく愛情を注いでくれるソフィアのことが、シファは大好きだ。寡黙で厳しいが、自分ことを思いやってくれる総司のことも大好きだ。大好きな二人の願いを叶えればきっと、喜んでくれる。少年らしく、けれども人の本質として実に正しい感情を原動力に、シファは戦っている。それは創造物であるステガノ隊の全員に言えた。造物主に喜んでほしいと願う気持ちこそが、隊の強い結束を生んでいる。

 

「ありがとう、シファ」

 

鼻腔を優しくくすぐる母の香りに、シファは戦いで荒れた心が癒されて行く。

リュウセイを罵倒し、アヤを扱き下ろした冷酷な兵士の心は形を潜め、ただ母に甘えるだけの少年へと回帰する。

 

「シファ」

 

存分にシファを甘えさせたソフィアは抱き締める手の力を緩めた。

シファも名残惜しいが、何時までもこうしている時間は二人にはない。名前を呼ばれたシファは甘えを残さず、母の命令で動く兵士の顔へ戻る。

 

「ステガノ隊は、今回の攻勢終了後に私と一緒にケニアへ同行してもらいます」

「ケニア………ですか?」

 

これからも最前線で連邦軍を撃破して回るものだと思っていたシファは肩透かしをくらう。ソフィアは張り切り過ぎの我が子の頭を撫でながら、くるりと向きを変えさせると後ろから抱いてソファに座らせる。

 

DCで知っているのは私と総司だけです。ケニアのトゥルカナ湖には、メテオ3とは全く別種の地球外由来の遺物が沈んでいるようです。総司は以前から知っていたようですが、連邦政府に気取られないように調査することができなかったために黙っていました」

 

驚きに瞠目するシファを余所に、ソフィアはスクリーンの映像を実際のトゥルカナ湖へ切り替える。

 

「何が、という具体的な中身までは総司も解らないようでした。ただ、伝承を確認した限りでは有史以前からそこにあるようです」

 

ソフィアと総司がDCの決起に参加したのはこれを誰にも邪魔されることなく調査する機会を得るためでもある。メテオ3だけで、地球の科学技術は長足の進歩を遂げた。産業革命など比ではない。蒸気機関車がたった10年も経たずに超高速鉄道へ成り果せたも同然の進歩だった。

だが、科学技術の急激な進歩は両刃の剣となって使うものにも害を齎す。蒸気機関車程度の危険性しか認識できないメンタルに留まったままの地球人に、超高速鉄道の危険性は理解できない。現に、妨害はあったにしろ人型機動兵器へ搭載するために開発されていたブラックホールエンジンは、暴走を引き起こして月面基地諸共に消し飛んだ。

今回のトゥルカナ湖に眠る遺物がどれほどのものか分からないが、有象無象の手によって食い荒らされればメテオ3の二の舞になる。そうはさせないためにも、調査には信頼できる戦力を以って臨まなくてはならない。

 

「大丈夫だよ、母様。邪魔する者は全員僕が―――僕達が殺すから。母様は母様の願いを叶えて」

 

シファは母の意図を良く汲んでいた。産まれてからずっとそう教育していたこともある。

ソフィアは翳りを見せないように息子を甘くあやす。確かに、シファ達は戦闘用の人造人間を主眼として創ったが、メンタルは人間に極めて近くしている。ただの戦闘用であれば機械でも良かったが、人を制するのは人であるとの考えから人間に近くした。

平和とは、戦いとは、人類の防衛とは何かを教え込んだつもりだったが、息子達は自分と夫の思惑とは別の考えを持ってしまった。造物主である自分達を第一とし、自分達の目的を達成させるために全力を尽くす。それは逆説的にそれ以外のものは許容しない排他的な性格も形成してしまった。

南極でリュウセイやアヤへ剥き出しの憎しみをぶつけたように、両親の願いを叶える道程を邪魔する者に容赦のない処置をとり、躊躇もなく殺そうとする。人類は守るべきものと教えたが、両親の邪魔をする者は人類には含まない。

それが、シファ達人造人間が持つ共通のメンタルであり、ソフィアを悩ませるものになっていた。

 

 

 

 

 

地球圏最大の軍事組織である地球連邦軍。

DCの決起から一ヶ月が経過した現在、地球連邦軍は圧倒的劣勢に置かれていた。

アイドネウス島のあるマーケサズ諸島近隣の主要な軍事基地は軒並み壊滅させられ、残った基地もまた想定外の隠し球を持っていたDCの主力部隊によって次々と撃破されていた。

発端である南極基地の惨劇で敗れたSRXチームはホームグラウンドである日本の伊豆基地で待機を命じられていた。日本は極東司令官のレイカー=ランドルフの手腕によってDCに対抗できている数少ない軍管区として、各地で敗れた連邦軍が集結しつつある。

伊豆基地も撤退してきた部隊を受け入れているが、収容能力が高くない伊豆基地では通路にまで溢れた負傷者達や、疲労のあまり座り込んだ兵士達がそこかしこに居た。リュウセイは消毒液と、戦場の残り香が充満する通路を歩いていた。どの兵士も疲労の色が濃く、俯いていたり、傷の痛みに呻いていたり、と誰が歩いているのかなど気にも止めていない。

装備と物資、人員に恵まれたエリート部隊であるSRXチームとは違う、戦争の過酷さを突きつけられる光景。元々軍人ではなく、機動兵器の操縦技術と念動力の素養からスカウトされたリュウセイにとって初めて見る戦争の現実だった。かつて、ハルマ=ギド中尉率いる戦車部隊から戦いにおける厳しい現実を実地で教え込まれたものとは違う。戦いの後に残る、負けた側の現実だった。

 

負けたのは自分達も―――自分も同じだと思いだして苦い表情になる。南極基地を壊滅させたグランゾンと四機のガーリオン。手も足も出ずに一方的な展開で機体を破壊された。何がそれだけの差を生んだのか。理解したくてもできないもどかしさを抱え、苛立ち紛れに拳を壁へ叩きつけるのを慌てて自重する。

 

「リュウセイ=ダテ、入ります」

「来たか」

 

ブリーフィングルームには流石に受け入れた兵士達は居ないが、代わりに見知った顔ばかり揃っていた。

迎え入れた上官であるイングラムは一瞥すると、早く座れと言わんばかりに視線を正面へ戻す。室内には同じチームのライ、アヤが居た。適当な椅子に座ると、イングラムはモニターのスイッチを入れて最後の準備を終える。

 

「早速だが、連邦軍の現状と戦況も含めてブリーフィングを開始する。まずはこれを見ろ」

 

モニターへ映し出されたのは世界地図。連邦軍の主要基地、DCの拠点らしき地点、各地の戦力配置等が点在している。

 

「ぼろ負けっすね」

「リュウセイ」

「構わん。事実を認識することの方がマシだ」

 

イングラムは実務家らしい口ぶりで、リュウセイの率直な言葉を認めた。

 

「南極襲撃の一斉蜂起によって、南半球の連邦軍主要基地は壊滅状態。極東も無事とは言えず、通路を見れば分かる通りに敗残兵が押し掛け、その対応に追われている始末だ」

 

本人にその意図がなくとも、敗残兵を邪魔もの扱いする発言に三者三様で眉を顰める。

悪気はまるでないのだろうが、仕事において人の機微をあえて無視するのがイングラム=プリスケンという男だった。

 

「現状は、DCの優位で推移している。奇襲もさることながら、兵器の性能と兵士の練度は向こうの方が上だということもある」

「大体、DCって何なんですか?よく分からないけど、元々はただの科学者の集まりだったのに、何でこんなに強いんだよ」

「………そうだな、お前達はその点についても知っておいていいか」

 

イングラムは呆れたりせず、コンソールを操作するとモニターを切り替えて別のデータを引っ張ってくる。

 

DCは、ディバイン・クルセイダーズの略、意訳すれば聖十字軍というところか。リュウセイの言う通り元々はEOTI機関という科学研究機関を前身としている」

 

モニターは件のDC決起を宣言したビアンの演説を動画で流す。

 

「首魁―――彼ら流に言えば、総帥はマスメディアでも知っているだろうがビアン=ゾルダーク博士。不世出の天才科学者だ。EOTI機関でも代表を勤めていた。会ったことのある者にとっては、彼が決起すること、決起できたことはある意味で不思議でも何でもない」

 

はて、とリュウセイは首を捻る。科学者と決起がさっぱり結びつかなかった。映像の中のビアンは確かに威厳のある人物だが、それだけなら他にもっと居るだろう。

 

「口が巧いってことか?」

「いや、違う―――むしろ、その辺りは改めて欲しいぐらいだ」

 

否定したのはイングラムではなく、ライだった。

 

「何だ、ライは会ったことあるのか?」

「ん?―――ああ、まぁな。数年前の話だが、何度かな」

 

ライは昔のことを思い出して何とも言えない表情をする。思い出したたくない過去の種類が多過ぎたらしい。

 

「ビアン=ゾルダークの凄まじいところは、彼が真性の天才であり、人を惹きつけて止まない圧倒的なカリスマを持っていることだ」

「そんな無茶苦茶な話が………カリスマがあるからって、反乱の首魁に協力するなんて」

「それが彼の恐ろしいところだ。一度彼が情熱を傾けて口説きにかかれば、その理想と夢に共鳴してしまう。口が巧いわけではなく、実現性の高さと理想の崇高さに胸を打たれる。科学者というのは良くも悪くも純粋な存在だ。そして、軍人は実務家だから天才の頭脳から生み出される実現性の高さに是と頷いてしまう」

「そんな莫迦な………」

「だが、現実にEOTI機関のほぼ全員がビアンの理念に協力している。そしてあの演説で現状に不満を抱いていた連邦軍人ですら、少なくない数がDCに寝返った」

 

アヤとリュウセイは想像すらできないことを理解できない。

一人の人間の持つ能力と魅力だけで、人々の頂点に立ち、誰もが彼に協力する。イングラムもビアンを知らなければ到底信じられないが、現実に彼は存在する。そして、彼には科学者としてだけではない天才的な頭脳がある。政治家の道を最初から歩んでいれば本人が望まずとも、万人が望む独裁者として君臨していたのではないかと思わせる。

 

「そんなビアン=ゾルダークを総帥とした組織であり、以下の人物たちが中枢に関わっていると思われる」

 

ビアンの演説動画から、何人かの写真が出てくる。

正面から撮った写真は少なく、何かしらのイベントの際の写真がほとんど。

 

「あれ、そこの写真に×印が入っているのは?」

「これは、既に死亡が確認された者達だ。DCの蜂起直後に、内部粛清で殺されている」

 

アードラー=コッホ、クエルボ=セロの二人は所属していた研究所の襲撃からは逃げおおせたが、繋がりのある連邦政府が用意したセーフティーハウスで暗殺されていた。

 

「仲間割れ、ですか?」

「おそらくな。この二人は非人道的な研究で、研究者の間では有名だったからな。それを快く思わない者で手を下しても不思議ではない」

 

それよりもだ、と半ば話を逸らすようにして生きている幹部の説明へ引き戻す。

写真がクローズアップされる。日本の仏像のようなアルカイックスマイルを浮かべながら、それでいて翳を含んだ冷たい印象を与える美青年。

 

「彼がシュウ=シラカワ。お前達も知っての通り、南極コーツオル基地襲撃の実行犯であり、グランゾンのパイロットだ」

「グランゾンの設計開発者でもあるんですよね?」

「その通りだ。単純に数えれば十以上の博士号を持つ天才で、メタネクシャリストと呼ばれている。外見からは想像もつかないが、機動兵器の操縦技術も超一流だ」

 

例え乗っている機体が同じゲシュペンストであっても、今のリュウセイ達では逆立ちしても勝てなかっただろうというほど技量差があるとイングラムは考えていたが、口には出さなかった。

 

「チート設定だろう、それは」

「現実に居るものは、居る。DC蜂起前の根回しにも加わり、実行犯も担当した。組織内の立場や総帥との個人的な付き合いを見ても、彼がビアン=ゾルダークの右腕と呼ばれるのは正しいだろう。次はこの二人だ」

 

イングラムが次にクローズアップされた写真は言葉通りに二枚。男女の写真で、一人は東洋人の男性、もう一人は白人の女性。

 

「この人、ソフィア=ヤツルギ博士ですよね?彼女もDCに参加しているんですか?」

「アヤ、あの女の人知ってるのか?」

「会ったこともあるわ。それ以前に、EOTに関わっていれば絶対に知っているはずよ」

「へぇー」

 

一応自分も関わっているはずだが全く知らないことに感心しながらも、ライもイングラムも当然知っているような様子なので内心で俺だけかよと情けない気分になる。

 

「女性の方がソフィア=ヤツルギ博士。男性がソウシ=ヤツルギ。姓から解かるように、二人は夫婦だ。二人とも科学者で、専門分野では知らない者が居ないほどの有名人だ。特にミセス・ヤツルギに関しては、『EOTの母』と呼ばれるほどだ」

「お前やアヤが使っているT−LINKシステムも彼女の研究が大きく貢献している。他にも、南極で戦ったリオンシリーズのテスラドライブも彼女が研究の第一人者と言われている」

「マジで?」

 

写真はEOTIのIDに使っていたものをそのまま流用しているらしく白衣こそ着ているが、科学者というよりは学校の優しい美人保健医といった風情で、リュウセイにはとてもそんなに凄い科学者には見えなかった。

 

「シラカワ博士とは違い、科学者の中には彼女を慕う者も多くいる。EOTI機関が離反してただでさえ少ないEOTに詳しい科学者が更に離反する恐れがある。そして、ミセス・ヤツルギよりも厄介なのが夫のソウシ=ヤツルギの方だ」

 

画面一杯に表示されたのは無愛想ここに極まれり。妻の包容力や優しさの十分の一でももらってきた方が世のために人のためになりそうな男。得体の知れなさではイングラムに軍配は上がりそうだが、冷え冷えとした雰囲気は圧倒的にあちらの方が勝っている。

 

「何か、嫌な感じのする奴だな………」

「当たらずとも遠からずだ。おそらく、DCの軍事作戦面の実質的な最高指揮官と目されている男だ。南極襲撃、各地への事前偵察、そして今行われている一斉蜂起からの動きの全てを立案している」

「ちょ、ちょっと待てよ!こいつ科学者なんだろう?」

 

外見はリュウセイが軍属になる前に想像していた蒼白いウラ形瓢箪のような科学者とは程遠いが、オタク知識で蓄えたものに照らせば軍事作戦をそんなに簡単に立案できないことはリュウセイにも解かる。歯噛みして地団駄を踏みたくなるほど悔しいが、DCの動きは完璧だ。付け入る隙がない。リュウセイ達が局地戦で勝利を得ても流れを留めることがまるでできない。そんな完成度の高い軍事作戦を一介の科学者が立案したことがそもそも信じられない。

 

「元、軍人ですか?」

 

軍属の経歴がリュウセイよりも長いアヤは、先に答えに辿りついた。

正解と答える代わりに、イングラムは総司の写真を入れ替える。今も変わらない連邦軍人の式典服を着た今よりも若い総司が映っている。

 

「察しが良いな。ソウシ=ヤツルギ元連邦軍中佐―――大学の学生研究者時代から既に有名だったが、卒業後に約束されていた准教授の椅子を蹴って連邦軍の士官学校へ入学。士官学校を過去最高タイの成績で卒業したスーパーエリートだ。中佐まで昇進すると再び突如除隊し、研究の道へ戻っている」

「まるで、今回の事を見越して軍隊で経験を積んだみたいだな」

「案外、その通りかもしれんな」

「へ?」

 

リュウセイからすればただのぼやきだったが、それをあっさりと肯定したイングラムへマヌケな声が出てしまった。人非人が服を着て歩いているようなこところがあるイングラムにしては素直すぎて気持ちが悪いものの、それこそ案外イングラムも言葉通りに同じことを考えていたのかもしれない。

誰も口には出さないが大局の見える者であれば、今回のDCの決起と更にDCに同調した宇宙のコロニー統合軍の連動は一朝一夕のものではないと解かる。人材の育成、AMを含めた莫大な物資の確保、連邦軍の配置を入念に調べ上げた進攻ルートの策定。どれも数カ月ではなく、数年単位で行われている。

だが、地球圏で最初に異星人と接触する羽目になったのは冥王星から先の外宇宙探査任務を帯びていたヒリュウであり、流石に突然の変心のきっかけではないだろ。むしろ、彼は当時ヒリュウの艦載機部隊の部隊長を任されていたことを考えると、軍を辞めるきっかけの方が濃厚だろうとイングラムは当たりをつけていた。

 

「冗談だ。DCの強さは、圧倒的なカリスマ、技術力、戦略にある。ただの科学者集団ではなく、科学者の持つ頭脳に軍事に関する専門家が統率力を与えることで、あれだけの力を発揮させている」

「………それだけの力があるなら同じ人間に使ってんじゃねぇよ!」

 

(それができない―――させてもらえないと解ったから、彼らは決起したのだろう………)

 

リュウセイの怒りはもっともだが、ライはDCもできることならそうしたかったのだろうと同情する。

今の連邦軍の堕落ぶりは目に余るのは事実だ。スペースコロニー出身の軍人一族に生まれたライは彼らの気持ちも良く分かる。異星人の脅威をまるで真剣に考えていない。

現実に、対異星人兵器と位置付けて開発を推進していたはずのゲシュペンストを筆頭としたパーソナルトルーパーの実戦配備はあまりに遅過ぎる。DCが何時から準備していたのかは不明だが、異星人の脅威が判明してからずっと世界中から絞り取った税金を使っている連邦軍がDCよりも資金や人材に劣っているはずがないのだ。本格的に進めて居ればとっくに必要数を揃えられていた。

 

(ビアン博士は、メテオ3を研究した成果から今の人類では異星人に到底勝ち目がない。そう思ったから行動に移したのか?)

 

あえて自分の父と兄のことを思考の外へ追いやり、DC決起の本当の目的を推測する。その考えは夢想的に過ぎると一笑に付しておく。

 

「それで、DCの強さの秘密は解ったけど、俺達はこれからどうするんだ?DCと戦うんだろう?」

「ゲシュペンストの修理が完了するのは明日だ。それまでは待機しておけ」

「げっ………くそっ、早いところDCの奴らに一泡吹かせてやりたいのによ」

 

南極で戦ったDCのAMガーリオンに味わされた屈辱の味が口の中で再現される。

拮抗した戦いではなく、ボロ負けしたことはリュウセイに良い意味で影響を与えていた。ハルマ中尉の戦車部隊にしてやられた時のように、訓練にも身が入っている。PTの操縦では遥かに上のライに今までしなかった教えを請うようになったことを、ライも内心では見直していた。

逆に、ライから見ればアヤの方が気落ちしている。負けたことよりも、悲惨な南極基地の破壊された姿に何らかのトラウマが刺激されたようにも見える。ライ自身、そう言った機微に弱く、半ばそれは上官であるイングラムが何とかする領分だと決めつけているが、イングラムは一向に動く気配がない。元々、冷淡で自分達のことを“素材”としか見做していないのであれば無理はない。

 

「その意気は次の戦いまでとっておくことだな………それに、明日になればマオ社から助っ人が来ることになっている。次はその助っ人を交えての作戦になる」

「助っ人ぉ?」

「先日のDCの襲撃はカイ中佐のPTと防衛部隊のおかげで凌ぎきることができたが、今後はそうもいかないから当然の判断と思いますが………この時期にですか?」

 

“助っ人”の単語に、ライとリュウセイは揃って胡散臭そうな顔をする。アヤも同じだがそれぞれの感情は別だった。

リュウセイはSRXチームに外様が入ってくることを、自分もそうだったことをすっかり忘れて良い気分ではない。アヤはSRXチームに入ってくることの意味を理解しているため、“また”そういう人間が来るのかと暗くなる。ライは出来過ぎたタイミングに作為を感じていた。

 

「でも、何でマオ社なんだ?普通連邦軍から来るもんじゃないの?」

「簡単な話だ。連邦軍ではまだPTの操縦を十分にこなせる人間の絶対数が少ない」

「あー………なるほど」

 

T−LINKシステムを扱えることを差し引いてもPTの操縦方法を模したアーケードゲームのチャンピオンである自分をスカウトするぐらいに人材不足なのだからと、妙に納得できた。

 

「んじゃ、そいつが来たらようやくってことだな!」

「先輩風吹かそうなんて考えるなよ」

「そうそう、お調子者だってすぐにばれて安くみられるわよ」

「お前ら、俺をなんだと思ってやがるんだか………」

「「言って欲しいの(か)?」」

「いえ………ケッコウデス」

 

仲間からのありがたい指摘に、悔し涙(嘘)が止まらない。

 

「明後日以降の作戦の詳細については後日説明を行う。今日はこれで解散にする。後は好きにしろ」

 

仲間内の馴れ合いを咎めるでも、加わるでもなくきっちりと距離をとるイングラムはそれだけを言い置いてブリーフィングルームを出て行った。

 

 

「相変わらず、スカしてやがるな」

 

今では諦めているが、リュウセイは部下と交わろうとしないイングラムの態度が好きではない。率直に言えば嫌いだ。伊豆基地ではハンス=ウィーバーと並んで嫌いな奴だ。

イングラムとライを見えていると、世の中には良いスカした奴と悪いスカした奴が居ることが良く分かる。

 

「そう言うな………上官なんてものはわざわざ好きになるものでもない」

「そうか?俺には解らねぇけど………なんつーか、まだカイ少佐の方が良いよな」

 

伊豆基地の防衛部隊の指揮を執っている髭面のおっさんことカイ=キタムラ少佐を思い浮かべて、リュウセイは溜息を吐く。最初は色々あったが、今では悪い人ではないと誤解も解けている。むしろ、イングラムと比べれば断然マシと言い切ることができる。しかし、お前は俺の親父かと思うほど口煩いのは勘弁して欲しいと思っていた。

数か月前までただの民間人の学生だったリュウセイにして見れば、軍人なんていうのは皆いけ好かない連中に見えてしまうのは仕方ない話しだった。

 

「それにしても、ゲシュペンストの修理にそんな時間が掛るのか」

 

廊下に溢れる負傷達を見ていると、すぐにでも戦いに出たくなるが肝心のゲシュペンストMk−Uが使えないのではどうすることもできない。リュウセイは有り余る闘志のやり場がないため、落ち着きをなくしていた。

 

「仕方ないわよ。元々私達のゲシュペンストにはT−LINKシステムを載せている分だけ手間がかかっているんだから。それに、南極で破損した部分もあくまで応急処置で仕上げていたせいで、かなり無理させたもの………」

「またあいつらのせいかよ。次に会ったらギッタンギッタンにしてやんよ!」

 

南極コーツオル基地を言葉に出すアヤは自分の口調に翳りが差して行くのが分かった。

リュウセイのやり場のない闘志に火をつけた敵。あまりにも圧倒的な力の差を見せつけられた。

 

(強いよりも、怖い………すごく怖い)

 

何故こんなことをするのかという自分の問い掛けに応じず、淡々とこちらを殺そうとしていた。南極へ向かう途中で戦ったテンザン=ナカジマのように、ゲームの延長線上にしかとらえられない遊戯とは比較にならない。テンザンは気持ち悪いが、南極で戦ったガーリオン―――コールサインはカエサル9―――には恐怖をしっかりと刻み込まれた。正直な気持ちは、次回戦うことになったとしても恐怖を払拭して実力を出せる自信がアヤにはなかった。リュウセイのように次があれば倒してやると息まける強さは、本当に羨ましい。

 

「うっし!何か燃えて来たぜ!!ライ、アヤ、訓練しようぜ、訓練!」

「また、お前は唐突に言い出す。まぁ、いいだろう。普段は訓練をサボろうとするからこの機会にみっちり扱いてやる」

「おう!望むところだ!」

「私の意見は聞いてもらえないのよね」

 

勝手に盛り上がる男達に、呆れながらもアヤは付き合うことにした。戦う限り何時までも怯えているわけにはいかないことぐらい、アヤにも分かっている。ならば、少しでもそれを克服する努力は無駄ではない。こうしてチームで一緒に居るとそう感じることできた。

 

 

ただ、三人はこの後で状況は自分達や基地司令達の想像以上に早く動いていることを思い知らされる。

訓練が終わって休憩していると、イングラムからゲシュペンストの修理完了と同時に即出発することが改めて伝えられた。

 

 

南米及びオセアニアの連邦軍基地において、親DC派将校が一斉蜂起し、DCへ寝返ったと。これにより、事実上南半球はアフリカを除いてDCの支配下に入り、戦力比は逆転して連邦軍の劣勢が確定していた。

 

 

 

 

 

 

キーを叩く音。時代が進んでもインターフェイスとしてのキーボードも、プログラミング言語も廃れることなく健在であることを示す音を十指で奏でる。本人が望んでいるわけはないのにその姿が気障ったらしく映るのはそれを見ている側の人間の問題らしい。C−242B『レディバード』の格納庫で働くメカニック達からすれば、それぐらいの嫉妬は許されていいだろうという話になる。

メカニックから嫉視を受ける栄誉に預かっているユウキ=ジェグナンは、キャットウォークで自身の高速キータッチに合わせてこちらも高速でスクロールするモニターと睨めっこをしていた。

 

「お、こっちに居たか」

 

メカニックの一人がユウキを見つけると声をかけてきた。ユウキは手を止めて身体ごと向きを変える。

 

「何かあったみたいだな」

「流石………っても、そりゃ普通分かるよなぁ」

 

メカニックの苦笑にそれがあまり良くない類の話であることが見て取れる。

 

「向かう先が急遽変更になってな。艦長がお呼びだそうだ」

「理由は?」

「さてな。軍の命令が関係しているせいで、俺達には言えないらしい」

 

レディバードは軍用機であるが、所有しているのは連邦軍ではなくマオ社であり、ユウキもメカニックも全員がマオ社の社員。但し、軍関係であるため機密の扱いには常に注意が払われていた。

 

「それじゃ、俺はこれでな」

「ありがとう、行ってみる」

 

ユウキは礼を言うと作業を切り上げる。

バックアップ用のDコンの接続を解除すると、特に急ぐわけでもなく艦長室へ向かう。幾ら艦長でも常に艦橋に陣取っているわけではなく、副艦長や一等航海士に指揮を委任して業務を行うこともよくある。

インターホンを押して許可を得てから入室すると、レディバードの艦長は難しい顔をして電子メールを読み返していた。

 

「お呼びですか、艦長」

「ああ、忙しい処済まないが君に関係することなのでな」

 

艦長の難しい顔は、状況が困難であることよりも単純に内容が好ましくないことに起因することがユウキには読み取れた。

 

「我々の着陸先は伊豆ではない、ということですか?」

 

艦長は少し驚いてから

 

「………予定時刻になっても着陸準備に入っていないのだから、気付いて当然だな」

「最初は滑走路のトラブルかとも思っていましたが、私が呼び出されるならそうかと思った程度です」

 

時計を見れば本来伊豆基地に到着していなければならない時間。作業中の乗組員もそろそろおかしいと気付き始める。

 

「DCですか?」

「ああ。伊豆基地は無事なのだが先程、伊豆基地のレイカー准将から連絡来た。南米及びオセアニアの親DC派の連中が一斉蜂起し、基地ごとDCへ寝返ったそうだ」

「!………そこまでDCの影響は及んでいるということですか」

 

基地丸ごと、それも南米やオセアニアという広範囲となれば相当な下準備を要したはずだとユウキは驚きを隠せない。果たしてそれだけの謀略と強襲攻撃を両立できるだけの戦略家が連邦軍に居るだろうか。

 

「これで既に北上を始めているDCを妨げるものはなくなり、極東も危険になる」

「それでレイカー准将は我々になんと?」

「佐世保基地にあるスペースノア級弐番艦『ハガネ』の強奪を阻止するため、SRXチームに伊豆基地の防衛戦力の一部をつけて急行させるとのことだ」

 

大胆なやり方にユウキは少し心配になるほどだった。確かにスペースノア級であれば強奪されるのは非常に拙いが、伊豆基地にも数多くのフラッグシップ機が開発途上で置かれている。伊豆基地の防衛戦力まで割くともしも佐世保基地が囮だった場合は、今度は伊豆基地が危険になる。

 

「准将は我々にも伊豆基地ではなく、そのままSRXチームと合流して佐世保基地をハガネの発進まで防衛して欲しいと要請があった」

「自分は構いませんが、レディバードの乗組員はマオ社の社員で民間人です。それをそのまま向かわせるのは准将と雖も、やり過ぎではありませんか?」

「それだけ、それほど連邦は切羽詰まっているのだろう」

 

形振り構っていられるほど現場は余裕がない。艦長は一応という程度に難色を示すユウキに、好感を持っていた。出発先である南欧アビアノ基地は連邦政府本部のあるジュネーヴのお膝元であり、まだDCの影すらないため、実に平和ボケしていた。そこからすれば極東の情勢はまるで違う。

艦長からすれば、自分は構わないというユウキは若者らしい頼もしさがあり、正義感が好ましかった。ユウキもまた軍属の過去はあっても、今はマオ社の社員という立場は他の乗組員と変わらない。それを連邦軍の要請を受けたと言っても、PTに乗って戦えと言われてもそれに従っている。

 

「君がそう気に病むことでもない………この件に関しては後日、社長から特別ボーナスでも踏んだくるさ」

「ありがとうございます………ついては、一つお願いがあります」

「我々にできる範囲であれば、聞こう」

 

彼ならば無茶な要求はまずないだろうと信頼している艦長は、ユウキのお願いを聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

シファ=ハースタルは自分の能力というものを十分に把握していた。

人造人間であるが故に、人間では耐えられない過負荷にも耐えることができる。仮に限界を超えて身体にダメージを受けても、人間よりも何倍も高い治癒能力によって補うことができる。

音速の壁を突破し、そのまま大気圏を突破できそうなほど速度に達し、危険速度のアラートがけたたましく鳴るコックピットでただ一点を見つめていた。

 

場所は北米大陸東部。

地球連邦軍ラングレー基地。

 

光学ズームが彼我の距離を詰めるのに合わせて倍率を下げて行く。

シファが見つめるのは6発の大型巡航ミサイル。

Mass Amplitude Preemptive-strike Weapon』―――頭文字からMAPW

敵とエンゲージする前に、先制攻撃で大量破壊を実行する兵器の総称。6発の大型巡航ミサイルの表面にはDCのエンブレムが刻まれ、それがDC保有のMAPWであることを示していた。もし、一発でも基地の中枢で爆発した場合はラングレー基地の司令部は壊滅する。

 

間に合わない。シファだけでは間に合わない。

ラングレー基地から発進したばかりの全く見たことのない機体と連携するしかない。

他の機体は襲撃してきたDCの面汚しであるテンペスト=ホーカーの迎撃に出てしまい、ミサイルに気付いていても到底間に合う距離ではない。現状ではシファと、発進したばかりの白い機体しか対処できない。

 

「前の三発を!後は私が!」

 

三発までならシファも対処できる。

通信相手が誰かは分からないが、ぞんざいな喋り方は控えた。

 

《誰か分かんないけど、お願いね〜ん》

「………」

 

腰が砕けそうな口調は聞かなかったことにする。灰汁の強い人間に対する免疫の強さは身につけている。

慣性に潰されそうな圧力を加えられ、フレーム剛性に挑戦するように超音速域でフォトンライフルを構えさせる。FCSは衝撃で目標をロックオンしきれない。

 

「落とすわけに、行かない」

 

6発の巡航ミサイルは撃墜すれば場所がどこであっても基地施設へ甚大な被害を及ぼす。撃墜=爆発では意味がない。撃墜せずにミサイルを止める都合の良い方法。シファが通信で拾った部隊指揮官であるゼンガー=ゾンボルトが言うように、ミサイルの推進機のみを破壊する。

FCSは狙いをつけきれない。超音速で飛行する状態で狙いをつけるのは難しい。そして、対象も超音速で飛翔している。もしもFCSに人格があれば「無茶言うな!」と憤慨することは間違いないが、シファはやると決めたからにはやり遂げることを父から学んでいるため、絶対に諦めることはない。人からすれば厄介な性格だが知ったことではない。

 

「ここかっ!!」

 

狙いが完璧になる前にシファはトリガーを引いた。早過ぎる、焦り過ぎだと指摘するものは居ない。

自棄になったわけではい。勘で撃ったというのはシファに限らず、一流のパイロットではある程度共通認識で認められているものだった。

 

砲口から迸った光条はあれほどFCSが梃子摺り、狙いを定めることのできなかった推進機と尾翼を貫く。

推進力を失い、尾翼からの空力制御を奪われたミサイルは推進機の小さな爆発に押されて木端のように吹き飛んだ。信管が作動しないならばどこへでも好きに飛んで行けとばかりに、シファは排除したミサイルのことを頭から締め出すと同じ要領でもう一発ミサイルの推進機を破壊する。

 

《やるじゃない!》

「そちらこそ!」

 

シファと同じ二発目の推進機を破壊した白い機体のパイロットからのお褒めの言葉。シファからすれば、自分よりも早くやってのける技量こそ賞賛されるべきだと素直に思っていた。その機体が魔改造という、あまりにも極端過ぎるコンセプトで開発された実に頭の悪いゲシュペンストMk-Vカスタム『ヴァイスリッター』であることを差し引いても、シファの知る限り同等のことができる人間は両手の指で数えることができた。射撃精度という点ではシファも後塵を拝することになる。

 

残る最後の一発はまだ超音速で飛行している。後数秒で到達し、爆発の威力でラングレー基地の能力を根こそぎ奪う。今の立場でそれをさせるわけにはいかないシファは、再度FCSがある程度まで狙いをつけることができる距離を残していないフォトンライフルを放り投げる。

 

《むっ!?》

《あの動きは………》

 

シファの機体は左脇に吊られた刀を握る。そのモーションに間に合わないと知りつつ最大速度で駆け付けるゼンガーと、司令室で状況を見守っていた剣豪リシュウ=トウゴウは揃って声を挙げた。

 

「斬ッ!!」

 

正統派の居合抜きが寸分違わず本体と推進機をずるりと有機物が滑るように切り離す。

 

《わおっ!まるでウチのボスみたい!》

「?」

 

危なげなく最後の一発も仕留めたヴァイスリッターのパイロットの歓声に首を傾げる。

慣性を殺して地面に着地させながら、TC-OSを使用している機体は剣術のモーションを取り入れているが、自分の機体ほどというのはついぞ聞いたことがない。

 

(いや、確か資料には………)

 

一人だけ該当しそうな人物が居た。

 

《それで、ピンチに颯爽と駆け付けてくれた白馬の王子様みたいな貴方はどこのどちら様なのかしらん?》

 

思い出して把握しきるよりも先に、ヴァイスリッターはオクスタンランチャーの砲口をシファへ向ける。

こうなるだろうとは予測していた。初見のPTともAMとも判別できない機動兵器が戦闘区域に乱入すれば、シファであれば問答無用で攻撃している。EOTI機関を前身とするDCの機密に触れられる立場にあるシファにとって、基本的に知らない機体は無いから、判別できないものは地球外のものだと確信して攻撃している。

言い訳する立場ではないシファは、大して時間も経っていないのに気付けば殺気だった連邦軍のPTに取り囲まれていた。

 

《返答次第では………覚悟してもらおう》

 

PTとは異なる、特機に分類される黒を基調とした巨大な人型兵器グルンガスト零式。シファの機体の倍はある全高50mを超える巨体と同じように威圧感のある声。シファは周囲の様子から、グルンガスト零式のパイロットが“ボス”であると察する。

 

「私は―――」

《ゼンガー少佐、彼は敵ではない》

《グレッグ司令?》

 

自分から名乗る前に、ラングレー基地の司令官であるグレッグ=パストラル少将が割って入った。

 

《確かにIFFは連邦軍のものですけど、どういうことですか?》

 

顔が見えないので判断がつかないが、シファが南極で見たゲシュペンストと同色の機体のパイロットが疑問を口にする。そんなことは他のパイロットは百も承知だろうにと、ピントのずれたことを口にしたパイロットにシファは呆れる。

 

《彼は転属でこちらへ来た、新しい仲間だ。到着は明日未明と聞いていたので対応が遅れたが、敵ではないことは間違いない》

「ええ、そういうことになります。詳しい話は後ほどゆっくりさせていただければと思います。何分急ぎで飛び出したもので」

《分かった。少佐、戦闘終了後で申し訳ないが、パイロットは司令室まで来てくれ》

《了解しました》

 

事前に聞いた前評判通りの人物にシファは感心していた。まだ連邦にも実務肌の人間が残っていたらしい。

と言っても衆寡敵せず。高性能な機体と卓越したパイロットでも10機ではできることも限られている。着いてくるように指示を受けたシファは前後左右をきっちり挟まれて連行されるように、基地備え付けの機動兵器専用の格納庫へ入った。

内部は通常の倍の高さがあるグルンガスト零式専用の整備スペースを除けば共通の構造となっている。メンテナンスベッドに固定されてようやく降りることができる。シファも機体を指定されたメンテナンスベッドへ固定すると、コックピットハッチを開いて外へ出た。

 

「ここがラングレー基地か………」

 

前途洋洋とは行きそうにもない連邦側での生活が、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しょ、少佐ぁ〜!?」

 

カチーナ=タラスクは精気に溢れ、オッドアイが特徴付ける美貌を100人中100人が残念がるほど崩して驚きの声を挙げた。慎みはさておき、人を指差すのはやめて欲しいと無駄と知りつつシファは内心で希望する。カチーナが指差している先は、連邦軍でも珍しい制服の襟章。

 

「色々と混乱する話だが、彼が先程の戦闘で駆け付けてくれたパイロット―――シファ=ハースタル少佐だ」

「ちょ、ちょっと待てよ!!何でこんなガキが!?」

「ま、拙いですよ中尉!相手は一応上官なんですから!」

 

まるで鞭打つように何度も指差しながら、カチーナは外見年齢からはどう頑張ってもローティーンにしか見えないシファがという意味と、そんなローティーンが佐官やってるのかの二重の意味を込める。後で部下のラッセルがアセアセしながら止めようとしているが、一応とつけている当たりこいつもカチーナと同じなんだろうとシファは思う。

 

「お前らだっておかしいと思うだろうが、キョウスケ!エクセレン!」

「自分は特に何も。若いな、とだけ」

「あら〜?私も別にいいかな。かわゆくて、ピチピチの男の子が入って来るのは歓迎よ〜。惜しいのは、後五年ぐらいしてから会いたかったとこかしらぁ」

「………お前らに聞いた俺がバカだったよ!」

「落ち着いて下さい中尉!!」

 

にこやかな表情でカオスに満ちた遣り取りを受け流して、これをどうやって収拾つけるのかぜひとも少将に聞いてみたかった。

 

「少佐、自己紹介を」

(投げた。今絶対にこの人収拾つけるの僕に投げたよ!?)

 

今後付き合っていく上でこれぐらいは慣れておく必要があるだろうという余計な御世話に、力一杯遠慮したい。できる、できないの前に無茶ぶりはやめて欲しい。周囲からはどことなく同情に満ちた視線が感じられるのは、傍から見ている分には楽しそうだが当事者になるのはノーセンキューなのだろう。

 

「はじめまして。シファ=ハースタル少佐です。グルームレイク基地の所属でしたが、今回ラングレー基地のグレッグ少将の下へ配属されました。実際に見た目通りの年齢なので、階級通りに振る舞うようなことをするつもりないのでよろしく」

 

それがケニア行きを急遽キャンセルして、こちらへ送り込まれたシファに与えられたペルソナ。任務はこのペルソナに沿って行動し続けること。だから、“宜しく”の言葉は本音だった。

無難な挨拶に反応はそれぞれ。パイロットや基地に停泊しているヒリュウ改の艦長、その他諸々を合わせると十名以上になる大所帯なので、全ての表情を確認しきれたわけでもない。

 

「グルームレイク基地というと、西部のあの基地ですか………」

 

ナイスミドルが実に似合う英国紳士然としたヒリュウ改の副長であるショーン=ウェブリー少佐は、他の人間があまり聞き慣れない基地の名前をよく知っているようだった。

 

「確か、あそこは破棄されたのではありませんでしたか?」

「一時期はそうだったようですね。ただ、一度破棄されるとその後あまり関心が集まらないので秘密を隠すためには便利だったようです」

「あの機体もそこで?」

「ええ、まぁそんなところです」

 

味方であっても、味方だからこそどこか探るようなショーンにこれ以上は機密事項であることを匂わせて退かせる。そうそう簡単にバレるような下手な工作はしていないが、どこでボロがでるか分からない。用心するにこしたことはなかった。

 

「そんな話は聞いたこともないけれど、あれもPTなのかしら?」

「マリオン博士ですね………いいえ、ディアマントは分類上AMとしています。博士が嫌いなEOT、テスラドライブやグラビコンシステムを搭載していますしね」

 

見る見るうちに眉間の皺がグランドキャニオン級になるマリオン博士。周囲は相変わらずのEOT嫌いだと苦笑いしている。

 

「ディアマントって、あの機体の名前なの?」

「はい。HAMX-002『ディアマント』。僕が出向していたヒルベニア社が開発した、DCが使用しているAMとは別系統のAMです。あちらはイスルギ重工が製造していますが、ディアマントはヒルベニア社の自社開発、自社製造の試作機ですから」

「まさか、戦況が悪化したから………」

「かき集められるものはかき集めて戦力にするため、戦時徴発でしょうな」

 

まだ全然若いヒリュウ改の艦長レフィーナ=エンフィールドの想像を、ショーンは肯定する。それだけ連邦軍は思わしくない。北米東部のラングレー基地まで敵の侵入を易々と許されてしまうほどに。

まだ20歳の艦長は経験の浅さからくる緊張に少し顔色を悪くする。

 

「ところで、シファ少佐」

「はい」

「艦長のスリーサイズはどう見ますか?」

「な――――っ!!」

 

レフィーナは白い顔を今度は真っ赤にする。ああ、これは可愛いななどと勝手な男の感想を抱きつつ、それでも十分に失礼だが、心持失礼にならないよう上から下まで眺めている。

 

B92W61H92………というところでしょうか?」

「答えるんですか!?」

「答えやがった!?」

「わぁお♪!」

「あわあわあわ―――ッ!」

「「………」」

 

この場で一番無難なのは、沈黙を通したキョウスケとゼンガーだった。

 

「な、な、な、何で知ってるんですかーっ!!」

「いえ、見たままを言っただけですが、そうですか的中ですか」

「〜〜〜〜〜ッ!!」

 

羞恥のあまり叫んだレフィーナは自らの墓穴に、首まで真っ赤にして言葉を出すことすらできなくなってしまう。シファは副長であるショーンが振ったこのネタの有効性に納得し、侮れないと評価する。

それはさておいても身体を捻って胸を隠す姿は羞恥に満ちた表情と合わさって、かなりエロティック。天才美女艦長とか、どこの官能小説のネタだろう。

 

「やるわねぇ」

「………エクセレン少尉と同じ属性の人が来たのか」

「ブリット君、それどういう意味かしら?」

「いぃっ!?聞こえてたんですか!?」

 

外野が更に墓穴を掘っていたが、これ以上カオスが拡大しても責任をとれないので自己完結してもらうことにした。

 

「いやはや、まさか当ててしまうとは侮れませんな」

「いえ、ショーン少佐こそ」

「「はっはっはっはっはっはっはっ――――!!」」

 

祖父と孫ほど年齢が離れていながらまるで十年来の仲だったように笑い合う。レフィーナはセクハラ直撃を受けても、これ以上墓穴を掘らないように帽子を目深に被ってトマトみたいな顔を隠してじっと耐えた。以前同じようにショーンに引っかけられパットを入れていると言われたことに激昂して、ついつい本当のサイズを漏らしてしまったが、またやられてしまった上にバッチリ引っ掛かってしまった自分が恨めしい。

 

「個性的な自己紹介だな、少佐」

「日本には郷に入っては郷に従えという諺があるそうで、それに倣ってみました」

 

遠回しに「アンタの指揮下は全部こんな感じだろ?」と言われたような気がしたが、ただの被害妄想だとグレッグは打ち消した。階級社会の軍隊でも、特殊な環境でそれを押し通すほど堅物ではない。これも良いかと思っているが、時折反省しないでもない。

 

「シファ少佐はこのままゼンガー少佐の指揮へ入ってもらおうと思っている」

「問題ありません。実力も先程見せてもらいました」

「私も構いません。それに私の肩書は形だけのようなものですから、呼ぶ時は名前だけで良いですよ。見た目こんな子供に敬語使ったり、階級で呼ぶのも面倒でしょう」

 

曖昧に肯定する雰囲気が流れて、是とする言葉も出ずに受け入れられる。

 

(第一関門は突破かな?)

 

ある程度怪しまれることは総司から伝えられていたため気を配っていた。実際に会ってみてATXチームは全員、後はショーンも警戒している。それもあからさまなものではないため、あまり気にしないことにした。戦場で都合良く現れたシファのことをあまり信じてないように感じていた。

それぞれパイロット同士の顔合わせと自己紹介も終わった頃に、グレッグの提案で基地の案内を勧められて、シファはお願いすることにした。さっきからエクセレンに振り回されっぱなしのブリットが任される。司令室を出て行くのは一緒なのでブリットだけのはずが、全員一緒になってしまった。

 

人懐っこく会話に応じるシファの背中を見送ったグレッグは、さっきまでのふざけた雰囲気を払拭していた。司令室に残っているのはマリオン、グレッグ、ゼンガー、リシュウの四人。

 

「ゼンガー少佐は彼をどう見るかね?」

「率直に言えば若いと思いますが、本人が話した内容に何かしらの裏は感じました」

「それは私も同感だが………本人に確かめるのは早計だと思っている」

 

時期的にありがたくはあるが、誰も知らないプロジェクトに関わっていたと思われる、まだローティーンの少年を少佐にまでしたてる状況は不自然過ぎる。だが、グレッグの手元にある資料は機密事項で消された部分はあるが手続き自体は全く不備がない。それが逆に怪しさを煽ってもいる。

 

「博士から見てディアマントはどうかな?」

EOTのような怪しげな技術に汚染された機体など興味ありません」

 

にべもなくばっさりと切り捨てられた。

しかし、マリオンもそれだけではPT開発者の権威を疑われると思ったのか不本意そうに意見を述べる。

 

「見た印象では、グルンガストとヒュッケバインの相の子かしらね。グルンガストにない飛行能力をテスラドライブで補い、武装の汎用性の低さをヒュッケバインから持ってきた。模倣ではあるけれど、デッドコピーではない………良い作りだとは思います」

 

マリオンが褒めた。男三人の驚愕は計り知れなかった。

筋金入りのEOT嫌いで、夫との離婚もEOT絡み。EOTと聞いただけでジンマシンを催すとされるほどのマリオンがEOT搭載機を褒めたことは、ブリットであれば自分の頬を抓って夢ではないかと疑うところだ。

 

「何か?」

「いや、そうか………」

 

男性陣の含むところの在り過ぎる視線にマリオンは女特有の刺し殺されそうな睨みを返す。矢でも鉄砲でも瞬きせず突貫できる男達でも、女の怖さにはたじろぐ。曖昧に濁しながら、その評価を反芻する。

 

「ヒルベニア社はイスルギ重工の下請け企業でしょう」

「となると、DCAMも生産していたことになるな」

「連邦軍にそこを追及され、二心の無い証に虎の子の試作機を差し出した………辻褄は合うのぅ」

 

話が整理されるとゼンガーもグレッグが今は突くべき時ではないと言った理由を正しく理解した。

自己紹介でシファはあっさりと説明して触れなかったが、尋ねればおそらく自分達が至った推測と同じ内容を口にしただろう。

 

DCのスパイの可能性は低いと私は考えている。彼がDCならばさっきのミサイルを撃墜しない方がメリットがある」

「逆に、ミサイルを撃墜してでも我々に接触するメリットは?」

「それはないかと」

 

各々考えている推理を口に出して確認し合うことで詰めていく。ATXチームが保有している試作機のPTはアルトアイゼンとヴァイスリッター、グルンガスト零式の三機。貴重な機体であり、その戦闘能力は先程の戦闘でDCの二個大隊規模を撃退したほどだ。しかし、時間は多少かかるにしてもDCは同等の性能の機体を作成することは可能。

アルトアイゼンとヴァイスリッターはEOTを一切使用しておらず(ヴァイスリッターのテスラドライブは除いて)既存の技術だけで成立している。グルンガスト零式にしても、完全な設計図をビアン=ゾルダークが持っている。

 

「強いて言えば、我々の身柄と実験で得たデータです」

 

ゼンガーの予想は全員の共通認識で得られる、考えられる最大のメリット。

それもメリットと言えるが、前後の状況が矛盾している。万が一ヴァイスリッターの調整が間にあわなければMAPWによってラングレー基地諸共に全滅していた。シファもまたあの状況では三発が限界だっただろう。そんな殺してしまう可能性の方が遥かに高い状況では最大のメリットを得るつもりがあったのか怪しい。

 

「………ここで試作機とは言え高性能な上に、少年だが優秀なパイロットは、正直喉から手が出るほど欲しい。怪しかろうが何であろうが、この際は贅沢を言ってられないというのが本音だ。ゼンガー少佐には申し訳ないが、彼の動きには注意を払ってくれ」

「了解です」

 

 

 

 

 

 

 

「来たか………」

 

ウェイランド=ユタニは自分を呼びだしたDC副総帥を務める八剣総司の“ながら”作業の声に出迎えられる。命令書へのサインを終えた総司は、激務でも整理整頓された机にボールペンを置いた。ウェイランドの知っている上官のテンプレートは仕事を全部人に押し付ける人間か、整理整頓に中指を立てて放送禁止用語を怒鳴るかのどちらかだ。唯一の例外である総司だが、こいつはこいつで性格に多大なる問題があることを知っている。

 

「用事というのは、何でしょうか?」

「別に、俺が副総帥だからと言って、そんな言葉遣いを無理にするな。気持ち悪い」

 

軍人らしい格式ばった敬礼をして命令を待つようにしていたウェイランドへ、総司は害虫でも見るような嫌そうな顔を見せる。それはあくまでウェイランドの主観でしかなく、鉄面皮はほとんど動いていない。

 

「あのな………一応、上下関係を慮った俺に対して、言うに事欠いてそれか!?」

「鏡で面を見直して来い」

「ひでえ!ナチュラルにひでえぇ!」

 

総司と比較すればがっちりとした体形の日系黒人であるウェイランドは、気心の知れた副総帥からのナイフで心臓を突き刺すような言葉の暴力に抗議するが、総司は全く無視する。総司からすれば「四十に足を突っ込んだ(本人談)」野郎が真面目ぶっているのは気持ち悪い以外のなにものでもなかった。

 

「俺を上官と思うなら笑いを堪えながら敬礼なんぞするな」

「そんなつもりはねえんだが………元々お前さんは俺の上官だったろうが」

「それも、昔の話だ」

「昔馴染みだからってのもDCへの参加理由の一つなんだぞ、コラァ!!」

 

部下には絶対に聞かさせられない暴言を吐きながら、ウェイランドは総司のペースに乗せられないように深呼吸して落ち着かせる。腐れ縁というには自発的に過ぎる付き合いの深さに、何で俺はこいつの部下をやってるんだろうかと内心で自問して、すぐにやめた。

 

「ああ、もういい………お前も暇じゃないんだから、さっさと用件言えよ」

「そうだな。俺も良いリフレッシュになった」

「!!」

 

喉元までツッコミがせり上がってきたのを、懸命に飲み下す自分はとても我慢強いと思う。ツッコミに対する切り返しまで万端なこいつに対して動けないことが腹立たしい。菩薩のようなソフィアがどうしてこんな性悪根暗ムッツリ野郎と結婚して今も夫婦生活が順風満帆なのか、理解に苦しむ。

 

「佐世保とラングレーを陥落させろ」

 

雰囲気を変える咳払いも前置きも入れない。総司はごく簡単に用件を、ウェイランドの希望に応えて言った。

 

「………北半球はもう少し待つつもりじゃなかったのか?」

 

ウェイランドは話の切り替えだけではなく、DCのタイムテーブルを早める行動に戸惑う。

オセアニアと南米の一斉蜂起は、バン=バ=チュン大佐の根回しがあればこそのエースカードだ。これで南半球はDCの手の内だが、北半球は訳が違う。元々、ノーマン=スレイが主催する地球圏防衛委員会の構想では、南半球は捨て石同然の扱いだった。地球圏防衛構想において南欧アビアノ基地、北米東部ラングレー基地、極東日本伊豆基地が主要基地になっているが、いずれも北半球ばかりだ。構想の中に南半球の基地もあるが、重要度はかなり劣る。

バン大佐のように連邦政府に冷や飯を食わされてきた地方出身者にとっては屈辱であり、故にDCへ寝返る者が多い。逆を言えば、連邦軍の本命は北半球にあることになる。

DCの基本戦略自体は連邦軍の態勢が整う前に決着をつけることにあるが、衛星通信網を奪い取ってもなおその物量は脅威と言える。タイムテーブルに従えば、南米やオセアニアの同志を再編成するまでは敵の輸送網を寸断し、各個撃破できるように準備する段階だ。

 

「俺は、あまり時間をかけるつもりはない」

「………やれと言われれば、やるがあまり事を急いでもビアン博士の目的は達成できなくなるんじゃないのか?」

 

DCの決起時のメンバーには周知の事実だが、連邦軍を単純に叩き潰すのではなく、使える戦力は抽出して取り込んでいくこともビアンのプランには含まれている。テスラ研のグルンガスト、伊豆基地のSRX計画、ラングレー基地のATX計画、月面マオ社のヒュッケバイン等、DC以外でも優秀な機体とそれを使いこなせる優秀なパイロットが見込まれている。

精強なDCと戦って生き残るようであれば、取り込むに値する。その試金石となるような戦略を総司は立案している。タイムテーブルも総司が作成しているのだから、忘れたとは思えなかった。

総司はウェイランドの思考を見通していた。タイムテーブルを忘れたわけではない。

 

「俺は、ビアンとは違う………連邦政府は外側だけを残して、中身は残らず粛清する。悠長に連邦軍がDCと拮抗した戦いをできるまで育ててから決戦するような生温い方法を取るつもりはない」

「おいおい………早速割れるつもりか?」

「いや、そんなつもりもなければ、ビアンは俺がそうすることなどお見通しだろうな」

 

科学者というよりは年季の入ったマフィアのような厳つい強面であるビアンを思い浮かべて、ウェイランドは可能性を探るよりも先に確かに有り得ると思った。万事において反則じみた能力を持つあの男なら、と。

 

「ビアンはそれも良しとしている………最初から俺を御するつもりもない。俺のやり方に連邦軍が耐え切れなければそこまでだとな」

「………連邦軍は耐えられるのか?テンペストとトーマスをラングレーに行かせたらしいじゃないか。後は、テンザンとかいうガキも極東に行かせたんだろう。それを更に駄目押ししようってか?」

 

生かさず殺さずの加減の難しさは立案した総司自身が一番に知っている。あまり反論するようなことを言うつもりはないウェイランドだが、急いているようであれば止めるべきだろうと考えていた。

高名な剣術遣いらしく背筋が一直線に天を向いている総司は、ウェイランドより少し年下とは思えないほど若々しいが、纏っている陰気さが年齢を判り辛くしている。鉄面皮と相俟って何を考えているのか表情だけから読み取ることは難しい。

 

「勘違いするな。俺も連邦軍の芽を潰したくてやっているわけではない。使える者は使っていく」

「しかしなぁ………まあ、いいか」

 

言い募ろうとしてウェイランドは一旦口を閉ざしてから、投げだした。熱くなり過ぎていた。

細かいことをあれこれと口出しするのは性に合わない。それにどことなく読み取れる部分からは、総司が自分にわざと言わせているような気がした。元々、規模の大きな話は面倒で嫌いだ。気付けば出世させられて大佐なんて地位にされていたが、本音を言えば少佐ぐらいで身軽にやっていたかったのだから。

偏屈性悪根暗ムッツリ野郎で親しくできる奴などまずいないだろうが、同時にビアンやシュウでさえも認める真性の天才なのだ。この男がもしもグランゾンやヴァルシオンを駆って、DCの軍事力を本気で行使すればエアロゲイターなど物の数ではない。戦場のミラクルを信じないウェイランドでも、そう信じるほどにこの男は卓越している。

その総司が何か考えを持って動いているのであれば、凡人でしかない自分があれこれを考えるだけ徒労に終わる。得意でもなければ好きでもないマゾい考え事などしたくなかった。

 

「お前の言うような危惧も解らんでもないからな。ビアンと………ソフィアにも許可をとって、梃入れした」

「………ぜってぇ、碌でもない梃入れだろうそれ」

 

総司の端末から手持ちのDコンへと命令内容が転送される途中。入り混じり不吉さしか呼ばない単語に耳を塞ぐタイミングを逸した。こいつならヴァルシオンの詰め合わせセットとか、平然と渡すかもしれない。

冗談で考えていたそれが生温いものであると思い知ったのは、説明の言葉よりも先に表れた悪魔が契約に従って愚かな人間の断末魔を聞きながら魂を抜きとるときのような笑みを貼り付けていた総司を見たせいだった。

 

「シファに新型を持たせてラングレー基地へ配属させたからな」

 

命令内容の転送完了音だけが響く室内で、久しぶりに腐れ縁もどきの付き合いをしている上官を「一遍殺してぇ!!」と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

シファがラングレー基地へやって来てから早くも三日が過ぎた。

元連邦軍戦技教導隊所属だった現DCのテンペスト=ホーカー少佐の襲撃によって基地施設は通常よりも20%ほど性能を落としていた。グレッグは適確に復旧させているが、完全な状態に戻すことは難しい。特に連邦軍の情報を支える軍事衛星網はDCとコロニー統合軍に掌握されてしまい片目を潰されたに等しい状態で、更にテンペストによって広域レーダー網の施設を破壊されているため両目共に使えなくなっている。

これに対してグレッグは迎撃戦闘機まで動員して航空偵察を行わせて、少しでも補おうとしている。

 

(まぁ、悪くないアイディアではあるけど………肝心なことを忘れているんだよね、これ)

 

総司の命令は“梃入れ”だが、どこまで干渉していいのか匙加減が分からない。今のシファはDCに居た頃のように部隊丸ごとの指揮官ではなく、一介の機動兵器のパイロットだ。ならばパイロットに徹しておこうと黙っている。

それにシファには多くは無いが、時間をかけてやらなくてはならないことがあった。そのために今も格納庫でDコンと専用端末を使っている。

 

「シファ、まだやっているのか?」

 

シートに座らずコックピットの入り口に背中を預けているシファに声をかけたのは、機体と同色の赤いジャケットを着ているキョウスケだった。

 

「会社の機密情報が満載なので、基本的に私一人で整備する羽目になってますから………それに、色々と面倒ですよ、試作機って」

「なるほど。確かにな」

 

キョウスケも試作機であるアルトアイゼンのパイロットであるため、試作機特有の面倒さは共感できた。

 

「莫迦げた機体ではあるが、俺には性に合っている………事ある毎にラドム博士から意見を求められたり、小言を言われることがなければ、もっと良いんだが」

「あははは………その点は同情しますよ。私だったら、一目散に逃げ出しますね」

 

むう、と唸るキョウスケには同情するしかない。

マリオンは地球圏でも十指に入る優秀なPT開発能力を持っているが、本人の性格と元夫との確執―――業界では周知の事実―――によって、控えめに言って少々問題のある人物だった。

 

「しかし、一人だけで整備できるのか?」

「パーツ洗浄なんかは手伝ってもらってますけど、その他が。前回はミサイルを落とすだけで機動による負荷だけですからそう大したことありませんでしたけど、何せ試作機ですから、実戦で不具合とか出ないか神経質になります」

 

その点ではまだ自分は恵まれている方かと益体も無い比較をしてみるキョウスケ。

アルトアイゼンは元祖PTであるPTX-003ゲシュペンスト・タイプTをそのまま改造した機体であり、マリオンが施した改造部分は別としても長年の研究と実用化で実証された安全性がある。

できれば手伝ってやりたいところだが、ヒルベニア社の企業秘密が満載ならば仲間とは言えキョウスケがおいそれと触れて良いものではない。

 

「まあ、この苦労も後少しですし」

「…どういうことだ?」

「さっき社の方から連絡があって、数名のスタッフを向かわたそうです。軍用機なので明日にはこちらへ着くそうです」

「それは良かったな」

「ええ」

 

パイロットはパイロットの仕事に専念するというのが本来のあるべき姿だ。この三日間はゼンガーが課している所定の打ち合わせ等を除けば、ほぼここで過ごしているシファはチーム全員が気に掛けていた。当のシファからすれば苦労というのは半ば冗談であり、本来は不具合を見つけることなど造作も無いが、それを修正調整するとなれば途方もない労力を要することは確かだった。

シファは端末で開いていたウインドウを全て閉じてから電源を落とした。コックピットハッチから降りて閉めると、自動的にロックされる。

 

「終わりなのか?」

「そうと言えば、そうなんですけど………キョウスケと話していたら、食事してないなーって思い出したんですよ」

「ちなみに………いつからだ?」

「………朝食べたっきりですねぇ」

 

ポケットを探っていたシファが出したものは、PXで販売されている栄養補助食品のスティックバーの空袋。

栄養価は折り紙つきだが、食べたことのある者曰く「ティッシュペーパー食った方がマシだぜ」「ママの料理を思い出しちまったじゃねえかファ○キン!」と絶賛大不評。思わず一歩下がったキョウスケもカードゲームの負けの払いの代わりに食わされたことあるが、今まで食べた中で一番不味いと思ったほどだ。

 

「………ま、不味いだろう、それは」

「?………そうですか?食べられますけど」

 

と、栄養価の高さを褒め称えるシファにキョウスケは内心で戦慄していた。

 

「………シファ、これから予定はあるか?」

「いえ、別に。何かあれば食堂で食べるつもりですけど、何もなければまたこれでも買って食べよ―――」

「………ならついて来い」

「え?あれ?」

 

言い終わらない内に、むしろそこから先を言わせないように腕を掴まれるとキョウスケは有無を言わさず、戸惑うシファを引っ張っていく。特に抵抗することもないシファはされるがまま、連れられる。

 

その上、連れられる先々で。

 

「むっ、何をしているキョウスケ少尉―――なるほど、それは見過ごせんな」

 

理由を説明した後にゼンガーが至当であるとか言いながら頷いて、掴まれていない左腕を掴んで更に引っ張り、

 

「あん?何やってんだ?―――げぇ、マジかよ!………よっし、そういうことならあたしも一肌脱ぐぜ!」

 

カチーナには凄く気の毒な物を見るような眼で同情されながら、掴む腕がないためにかなり強引に襟首を掴まれて、やはり引っ張られる。

懲罰房に放り込まれそうな勢いで連れて来られたのは、基地内の食堂だった。時間的に夜勤の食事もほぼ終わり、厨房担当も片づけを始めていた。

 

「そこに座れ…」

「はぁ………?」

 

言われるままに座る。相談する前にアイコンタクトで厨房に向かったカチーナは、片づけをしている厨房担当の一等兵を呼び付けて、半ば怒鳴りつけるように命令している。遠目に眺めるシファは、本当に人の尻を蹴っ飛ばしてやらせる姿を初めて見た。

 

「えーっと、これはもしや僕に食堂で食べろ、と?」

「うむ」

 

ゼンガーの重々しい頷きに、そんなに大事かなと思ってしまう。

 

「あらん?みんなしてどうしたの?」

「うわ………また中尉が………」

 

偶然食堂の前を通りすがったエクセレンとラッセル。ラッセルはカチーナがまた無茶ぶりしているのを見つけると、頭を抱えるよりも先に飛んで行ってしまった。

 

「…何て言うか、どうも僕の食事がキョウスケやゼンガーのお気に召さなかったみたいで」

 

三日間の間にそれぞれ呼び捨てにすることで落ち着いた互いの呼び方。シファはエクセレンにポケットからさっきキョウスケに見せた栄養補助食品の空き袋を見せると、エクセレンは首を傾げる。

 

「これがどうしたの?」

「どうも、皆これがお気に召さなかったようで…」

「それ、おやつみたいなもんでしょ」

「…お前、これを食べたことあるか?」

 

キョウスケからすればあまりに軽々しく言ってのけるエクセレンに凝然としながら、尋ねる。

 

「ん〜…無いけど」

「…食べればすぐ分かるが………そう、例えるなら消費期限を100年過ぎたフリーズドライ食品のような味だ」

 

賞味期限ではなく、あえて消費期限。

あまりに酷い言われようで実際に何度も食べているシファかすれば抗議の一つもしたくなるが、キョウスケの隣ではゼンガーまで重々しく同意していた。普段食事にケチをつけることなど絶対にしないが、それが満足しているわけではなく不満でも何でも内側に溜め込んでいるだけなのだという証左だった。

キョウスケだけなら味の好みと思えても、ゼンガーまで同意したことでエクセレンはスティックバーの空き袋を怪訝な顔をして見た。

 

「でも、シファちゃんは食べてるわけでしょ?」

「栄養価は完璧に近いですから。携帯食品でこれだけのものを実現できるのは軍用だけはあります」

「………ねぇ、シファちゃん…もしかして、それを一日三食…なんてことは、ないわよねえ」

「まさか。一日二食だけですよ」

「わお…それでキョウスケ達が荷馬車で市場へ連れて行くおじさんみたいにドナドナしてここまで来たってわけね」

 

一日が三食か二食かはこの際重要ではなく、食事の大半が栄養価優先で碌に食べてないことが問題だった。エクセレンは肝心なその部分に全く気付かないシファに呆れながら、自分の部隊の男連中における鈍感朴念仁比率の高さをこっそり嘆いた。

キョウスケも、ゼンガーも、そしてオクトパス小隊なのに口から墨ではなく炎を吐きそうなカチーナだって、まだ成長途上の14歳であまりに食事に無頓着なシファを心配しているのだが、当の本人が全く気にしていないから始末に負えない。要約すると幼いと言って差し支えないシファのことをみんな心配していた。

 

(みんな薄々だけど、シファちゃんがどういう境遇なのかは察してるからってのもあるわよね…)

 

たった14歳で少佐の肩書を与えられ、新型兵器の試作機パイロットを任され、それに見合うだけの能力を持つことがどれほど異常な事態であるか、気付けないほど自分達は鈍くない。ATX計画以前からEOTに関わってきたゼンガーは薄々出身に気付いている節がある。エクセレンでも、決して恵まれた環境ではなかったことぐらい解かっているし、キョウスケやカチーナも同じだろう。

人間多少屈折した生き方をしてきても、食事に楽しみを覚えない環境はほぼない。シファはその例外に収まっている。

どんな境遇だったのかは聞かない。聞いてもシファは本当のことを言うはずがない。みんな同情しているわけではなく、ごく自然に自分の思ったことをやっているだけだった。

 

「おら!食え!!」

 

追い立てられる家畜のように憐れなコック達が涙を調味料に作らされた料理が、カチーナの手によってドーン!と置かれる。ラッセルはその後ろでコック達にへこへこ謝りながら、極稀に見せるカチーナの優しい一面が発揮されていることに、隠せばいいのに驚いていた。きっとラッセルは後で折檻されること確定。

運ばれてきた料理はできたてだけあって食欲をそそる暖かさと匂いをこれまでかと放っている。ただ、海兵隊のマッチョでマッシヴなオニイサンでも食べきれ無さそうな量。

 

「………これを、食べていいんですか?」

「つうか、食え!あんなキチ○イみたいなモンを食ってる奴はあたしが許さねえ!!」

「………あれはあれで、美味しいんだけどなぁ」

 

流石にこの発言をカチーナに聞かれないようにするぐらいの配慮はシファにもあった。黙ったままだと口の中に捻じ込まれそうなので、やられる前に食べ始める。軍隊で供される料理は日本における学校給食に似ていて、栄養を考えられているが決定的に異なるのはその量が多いこと。味についてもそこそこに留まる。

キョウスケやカチーナにしても、美味いかと聞かれれば不味くは無いと答える程度でしかない。人外の不味さを誇る例の栄養補助食品に比べれば美味いが、比較対象が悪過ぎる。

 

「ったく……これじゃ、本当にただのガキのお守じゃねえか」

「とか何とか言っちゃって…中尉ってこういう子を放っておけないタイプでしょ?」

「ちげーっての!見てるだけで苛々してくるんだよ!」

 

言葉が違うだけで中身は同じだった。

ショの気はまさかないだろうとエクセレンは疑ってみたが、残念なことに違ったようだ。

カチーナはニヤニヤしたままのエクセレンに舌打ちしてから、シファの向かい側にどっかり座る。

 

「おめえみたいなガキはしっかり食わねえと、でっかくならねえぞ?」

「でっかくですか………」

 

シファは自分にとってピンと来ない言葉にスプーンを止めた。視線は胸から上しか見えないカチーナをじっと見ていた。

 

「………おめえ、どこ見てんだ?」

「いえ、カチーナのスタイルは食べることで維持さてるんだな、と思って」

「ブーーーッ!!」

「うわっ!あぁっつぅーーーい!!」

 

ラッセルをパシらせて持ってきたコーヒーを飲んでいたカチーナは、湯気が香り立つ熱さそのままに不幸にも直線上に居たラッセルへ向かって吹いた。

 

「ぁーーー!!あっつあつあつああっつーーーい!!」

「げほっげほっげほっ―――この野郎!な、何言ってやがるんだっ!!」

「わお!さっすが、レフィーナ艦長のスリーサイズを一目で見破っただけあるわね!」

「てんめぇ!!」

 

のたうち回るラッセルを完全に無視して林檎もかくやという赤ら顔で迫るカチーナに特盛になっているパスタを皿ごと持ち上げ、シファはバックステップで逃げる。

 

「え?何で?カチーナって、スタイル良いねって褒めただけでしょ?」

「だーーーっ!!まだ言うか、この!野郎!…ちょこまかすんじゃねえ!!」

「………器用よねえ」

「………そうだな」

 

パスタを食べながらでも顔面に入れば歯が折れそうなパンチを避けるシファに、外野はあっさりとしていた。

 

「でも、キョウスケも中尉のスリーサイズ気になったりしないの?」

「“も”ってなんだ………あまり興味はないな」

「いやん!むっつり!」

「………そうだな、お前のなら聞きたいかもしれん」

「………え゛?」

 

ぎしぎしと油の切れたぜんまい仕掛けのように首を回すエクセレン。

比較的近くにいたゼンガーは明後日の方角をわざとらしく見ている。ラッセルは痙攣していた。

普段の猫みたいなとらえどころのない表情がこれ以上ないほどに赤面し始め、眼があからさまに泳いだ。これが何時もであれば、キョウスケ以外ならばあっさりと流せたはずなのに。

 

「…冗談だ」

「〜〜〜〜〜ッ!!」

 

意地悪するつもりは微塵もなかったキョウスケのネタばらしに、エクセレンは声にならない絶叫を喉の奥で噛み殺した。

 

この恨み晴らさでおくべきか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ATXチームにはゼンガー達を始めとするパイロットや、開発主任であるラドム博士率いる技術スタッフ以外に特別顧問としてリシュウ=トウゴウが居た。

六十の坂も半ばを超えながら老いによる衰えはほとんど見えないほど健康そのものの老人。老化による皮膚の緩みも手伝って細い眼をしているが、その眼光は歴戦の軍人も呑まれないほど鋭い。加齢による衰えと反比例するように凄みを身につけ、一目で油断ならない人物と解かる。

リシュウはテスラ・ライヒ研究所の客員であり、ラドム博士ほどではないがEOTや特機にも通じている。しかし、それらは彼にとっては余禄のようなものであり、本質は足腰が微塵も弱っていないにも関わらず持っている杖にある。

示現流剣術。極東日本の中世戦国時代末期に創始された剣術の一派。リシュウはこの剣術の皆伝を授けられた剣豪だった。老いて益々盛んな腕前を買われ、機体の全高よりも長大な斬艦刀を装備するグルンガスト零式の戦闘モーションパターンを提供している。

 

ゼンガー=ゾンボルトの師でもあり、最近ではATXチームに入ったブリットにも教授しているリシュウ。

直接会うよりも以前から総司に話を聞いていたことのある本人に声をかけられたのは、ラッセルを生贄にしてどうにかカチーナの怒りを鎮めた頃だった。カチーナには今後一切スリーサイズの話は無しだと約束させられた。

 

 

(それで、どうして僕はここにいいるんだろうかなぁ?)

 

渡されたイスノキの木刀を手の内で確かめながら、人の都合を気にしない流れに溜息を吐く。

リシュウの用事はここまで来れば大方解かっているので気にしないようにしている。基地のトレーニングルームでは十分に動けないからという理由で格納庫へ戻らされ、なし崩し的に食堂に居た面子とリシュウに同行していたブリットも加わっている。

 

「先生、本当に彼と打ち合うんですか?」

「…ワシは剣で嘘や冗談は言わん。つべこべ言っておらんで、しっかり立ち合え」

「はぁ………」

 

ブリットは師の命令に頻りに首を傾げながら、シファと相対する。その姿にシファは自分が“舐められている”ことが分かった。ブリットからすれば年下の少年である自分は、本気で相対するべき相手ではないと。

 

(指導を受けて間もないんだろうけど………お話にならない)

 

リシュウはミサイルへの斬撃を評価した上で、自分の弟子であるブリットとの立ち合いを申し入れた。ごく簡単な打ち合いでも構わないという条件まで持ち出し、あまり断るのも不自然なのでシファは受けることにした。今更だが、ブリット程度であれば断れば良かったと心底後悔していた。

どうにも自分の技量を見たいというよりも、弟子への刺激を与える役割を振られたと見た方が良い。安く見られたものだと少しムッとなる。己の技量など二の次。シファの感情を揺らしたのは、総司より授けられた業までも安く見られたような気がしたからだ。

ブリットはまだ踏ん切りをつけられていないようで、“据わっていない”。プロフェッショナルに徹することができるキョウスケやエクセレンに比べると、剣の腕を抜きにして二段ほど劣る。ゼンガーは言うまでもない。

 

(それでは………始めようか)

 

リシュウの眼は意外にしっかりとシファを捉えていた。眼光だけが静かに考えを読み取って来ていた。

流石に世界屈指の剣豪だけあって意図は読まれていると感嘆しつつ、手の内で遊ばせていた木刀をくるりと回してから左脇に回す。

 

「?」

 

木刀を八相に構えたブリットは訝しむ。考えてみれば剣術でリシュウやゼンガーの二人以外と立ち合うのは初めてだと。だから、リシュウの意図をシファと違ってまるで読み違えていた。

緊張はしていたが良い経験程度にしか考えていないブリットは、“始めの合図”へ向けて集中力を高める。最後の瞬きをして、開いた瞳には完全に間合いを詰めたシファの姿が大写しになる。

 

「―――ァ」

 

大写しになったシファを脳が認識した時には、木刀の斬撃が鳩尾に嵌っていた。

 

「それまで!」

 

リシュウが立ち合いの終わりを宣言すると何が起きたのか理解しきてれていないブリットをそのままに、軽く当てるだけに留め居ていたシファの木刀が離れる。

 

「先生今のは――!?」

「お前の負けじゃ、ブリット」

 

慌てふためく弟子の言葉を、リシュウはばっさりと切り捨てた。聞かずとも何を言おうとしているか分かっていた。

 

「稽古と立ち合いは異なる。常々そう言うておったぞ………」

「それは………ですが………」

 

示現流は実戦剣術。一般的には胴着袴を着用するイメージが剣術や剣道にはあるが、示現流では平服、つまり普段着(サラリーマンであればスーツ姿等)での鍛錬が推奨されている。普段から着ている服で戦うことに慣れるためだ。

リシュウは普段から木刀であっても剣を握るからには油断せず、不意打ちにも備えるように指導してきたが、それらが守られていないことが露呈した。

ブリットはそれでも釈然とせず、言い募ろうとする。これが総司であれば有無を言わせない眼光が飛んでくると、シファは昔のことを思い出す。

 

「始めの合図を期待しておったが、儂はそんな話をした覚えはないぞ。お主が勝手に何時も通りに合図があると思い込み、あやつもそれに付き合ってくれると期待したに過ぎぬ。それがお主の慢心だ」

「………!」

「良いか…仮に始めの合図をしたところで、今のお主ではあやつに勝てん。何故か解かるか?」

「………いえ…解りません」

 

解りたくもありませんと言わんばかりのブリットの態度に、リシュウは意外にもその横柄さを許していた。

 

「お主は最初からあやつを舐め切っておった。自分よりも年下の子供。体格でも劣る。だから、腕前も大したことは無いとな。戦う前に相手は幾つも業前を示しておったのに、観察をも怠った。ゼンガー、お主はどの程度気付いておった?」

「………木刀の握りからです」

「木刀の握り?」

 

剣術の素人である外野陣にはゼンガーが得たヒントの意味を理解できなかった。

示現流が使用するイスノキの木刀は、適当な長さに切ったものを長時間かけて乾燥させただけで余計な加工は一切行わない。他流派を学んでも手の内の違和感は拭い難いはずだが、シファは何度か確かめただけで十分に手の内を収めた。それだけでも応用が効くほど自分の流派を修めていることの証左になる。

 

「木刀の…そんなところまで…」

「いや、それは言い訳だよブリット…もしも相手が、そう仮に初めてゼンガーと会ってそのまま立ち合いになったとしても、相手を十分に観察しなかった?」

 

恵まれた体躯に、只者ではないと感じさせる風貌と存在感を持つゼンガー。小柄でどことなく軽薄そうな印象を与えるシファ。両者を比較して、明らかにシファへの侮りがあることを否定するほど、ブリットは腐っていなかった。けれども、明らかに年下のシファに完敗したことを素直に認めるには若過ぎた。

 

(それでも、ブリットには支える人間が居るのか………)

 

拗ねるしかないブリットをエクセレンがからかい、陰鬱になりかけた雰囲気を払拭していた。

導いてくれる人か、とシファは口の中で転がす。自分にとっては総司とソフィアが掛け値なしに導いてくれるが、側には居ない。形の上では、連邦軍とDCの敵味方になっている。直接干戈を交えることはなくとも、シファの心に翳が差す。

 

(それにここに居る連中はどうせ………)

 

僅かに射す敵意を見せないように思考を中断させる。今は愛する総司とソフィアの願いのために、連邦軍の一助となることに専心する。

 

「ところで、お主の業前は誰に師事したものじゃ?」

 

弟子の不甲斐無さを愛でるように見つめていたリシュウが唐突にシファへ尋ねた。

 

「ああ、それならキチエモン・ナカムラだよ」

「………なぬ?」

 

裏があるかと思ってかけたカマに、思いもよらぬ名前が出てきてことにリシュウは戸惑う。

 

「良いよね、ジャパニーズ時代劇………特に、オニヘイハンカチョウは時代劇のバイブルだよ」

「お主、まさか時代劇の殺陣で剣術を覚えたなどと言わぬだろうな……?」

「え?そうだけど………ほら、他にコヅレオオカミとか、ネムリキョウシロウとか、タンゲサゼンとか………」

 

Dコンを操作して記録メディアのリストを見せると、リシュウは渋面に限りなく近いがどことなく呆れたような顔をして黙り込んでしまった。リシュウからすれば“そんな莫迦な話があるか”となる。

時代劇の殺陣は見栄えをよくするために不合理な動作が多い。有体に言えば、殺陣の動きでは刀で物を斬れない。剣術を齧ったことのある者であればすぐに解かるような嘘を平然と吐く裏を読んでしまう。しかし、今にも時代劇の素晴らしさを語り始めそうな様子に嘘の翳は見られない。

 

(真性の天才………まさか、そんな奴が簡単に居るとは思えんが………)

 

修練によって積み上げた強さを持つ剣豪であればリシュウは数人心当たりがある。しかし、世の中には唐突に何の積み上げもないにも関わらず、理合を感得する者が居る。リシュウも一人だけ、該当する者を知っている。直接目にした時、戦慄と驚愕で震えが止まらなかったほどだ。

まさかと思うが、イスノキの感触を何度も確かめているシファからはあの時感じた戦慄や驚愕は感じない。

 

「先生」

「まあ、そういうことなのだろうな……」

 

シファは来歴が発覚しそうな剣術の師を隠したがっている。ゼンガーとリシュウはそう判断した。それが個人的な事情によるものなのか、それとも背後関係を探られないための予防線なのかによって対応は変わる。

動きや構え等から知る限りの剣客を上げ、隠さなくてはならない人物でフィルタをかける脳内作業の途中。実に嫌なことをしている嫌悪感が湧きあがって来る。多寡が、14歳の子供を工作員に仕立て上げる側の人間もそうだが、そんな子供にまで真剣に疑念を抱き、色眼鏡で見なくてはならない自分達へ。

嫌な時代になってきた。人として当たり前のことができなくなる時勢にほろ苦さを覚えた。

 

 

 

 

 

 

勤務のためにヒリュウ改のブリッジに入ったショーンは、シフトでは艦長室で休んでいるはずのレフィーナが指揮官席に座っていることに首を捻った。

 

「おや……どうされましたか、艦長?」

「ええ、ちょっと………」

 

艦長専用のモニターをわたわたと隠すが、ショーンには何を見ていたかすぐに解ってしまう。これが年齢制限のあるような、曰く“いかがわしいもの”であれば、船乗りとして何事もなく別の話をするところだが―――残念なことに―――違った。

 

「ブリッジにお好みの男性でもいましたか?」

「い、居ませんそんな人は!!」

 

モニターを隠すことも頭からすっぽ抜けたレフィーナが顔を真っ赤にして否定するが、ほっほっ、とショーンは笑って受け流す。この程度の冗談も流せない初々しさを可愛く思う。勤務中の男性陣には涙を呑んでもらうことになったが。

 

「それは冗談として、何か気がかりなことでも?」

「冗談に聞こえません………我々は現状のままで良いのか、考えていました」

「ほう?……と、言いますと?」

 

レフィーナは言ってしまっていいのか迷いつつ、ショーンにだけ聞こえるよう声を落とす。

 

「先ほどのブリーフィングでシファ少佐が言ったことがどうしても気になっています」

「ふむ………基地を放棄する提案のことですか?」

「はい」

 

前回のDCの大規模襲撃から四日。無人偵察機などとの小競り合いはあるが、ATを動かすほどの変化は起こっていない。その間にとグレッグが開いたブリーフィングにおけるシファの爆弾発言はレフィーナに重くのしかかっていた。

 

―――基地を放棄し、敗残兵を糾合してDCの侵攻拠点へ逆襲

 

戦いの定石を無視した発言は驚きを齎したが、グレッグやその幕僚に却下されて潰えた。

 

「些か…いえ、かなり乱暴な、およそ作戦と呼べるものではありませんでしたな」

「……ですが、子供の浅知恵と一笑するには………」

 

歯切れの悪い言葉にレフィーナが何を思い煩っているのか、ショーンは察した。

ヒリュウ改はただの高性能な戦艦ではない。来るべき異星人との本格的な戦争を想定して改修を施された戦艦であり、その艦長には一艦長職に留まらない広い視野と戦略眼が求められる。そのプレッシャーとレフィーナが戦っていることはとっくに知っていた。

今回は却下されてしまったが、自分に思いつきもしなかった提案をしたシファと比較して、軽く落ち込んでいるのだろう。

 

「うん?………艦長、レーダーに反応あり!」

「何ですって!?」

「数は10、11、12―――まだ増え続けています!」

「光学観測、出します!」

 

中央の大型スクリーンに投影された敵影。高速飛行のためにエアロダイナミクスを積極的に取り入れた流線型の機動兵器は、確認するまでもなくDCのリオンシリーズ。テスラドライブの加速飛翔によって、レーダー担当のオペレーターが距離を読み上げるのが間に合わない速度でラングレーへ侵攻している。

 

「基地司令部へ敵襲を連絡して!こちらは第一種戦闘配置を発令!―――オクトパス小隊にも出撃命令を出して!!」

 

命令を飛ばすレフィーナは自分の中にある焦りを奥深くへ沈める。

 

「存外、早く手を打ってきましたな」

「ええ………戦力を整える余裕など与えないつもりでしょう」

 

ラングレー基地にAMに対抗できるPTATXチームと、オクトパス小隊しか居ない。他は旧来の戦車や航空機、防衛設備だけで、AMに致命打を与えるには火力が不足している上に、先日の戦いでほとんど数が残っていない。

手持ちの戦力を基に戦術を練るレフィーナ。あっという間に一欠けらも余裕を無くして焦燥に彩られる様相にショーンは助言を控える。親が子の成長を見守るように考えをまとめるのを待つ意図は明白。士官学校卒業後の僅かな期間を置いて異例の大抜擢を受けた、経験不足の艦長へ一気に経験を積ませるための荒療治。

この場でショーンが最善と思われる方策を授けることは簡単なことで幾らでもきるが、それでは経験を積むことには繋がらない。

 

だから、ショーンが練るべき戦術はレフィーナとは正反対であることが正解となる。

自分の皮肉な役回りに口髭で隠れた口元を動かすことを躊躇い、やはり吊り上げることにした。かつて改造前のヒリュウが異星人と戦う羽目になった際に引き算で数多くの仲間を見殺しにしてきた自分が、引き算役で最も割を食わせた男の率いる勢力と戦わねばならない現実。共にヒリュウで戦いぬいたダイテツ=ミナセでならばどう思うだろうかと益体もない、感傷に浸った無駄な時間を消費する。

何故って、それはショーン自身がレフィーナに言わないだけで、答えが解っているからに他ならない。人生の大半を軍歴で費やせば、否が応でも身につく技能も若い頃は嫌でも年をとると逍遥と受け入れてしまえるようになる。

 

後は、それを進言するタイミングを誤らないことだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………本気じゃないね、これ」

 

アラートで戦闘態勢に入った基地は、復旧とストレスで疲労している兵隊達を酷使し、兵隊もそれに応えるように駆け回っていた。戦いの主力はPTだが、その他の迎撃戦力にはどうしたって人出が居るのだから、パイロットだけが走っているわけではない。

寝ぼけ眼から立ち直っても、逆に気負い過ぎて走っている仲間にぶつかってずっこけたブリットを助け起こしてから、愛機に乗り込む。四日もあれば戦うことに不満は感じても、不足は無くなるぐらいの調整はできた。惜しむらくは、ハルモニア社からの人員が到着してすぐのことだったので機体に触らせるどころか、挨拶もしていないことか。

機体のエンジンに火を入れ、APUでOSを立ち上げる。ナビゲーションソフトが自動で状態をチェック。手ずからの整備で問題などあるはずがないと思っていても、絶対にこれを怠ってはならないと機動兵器の操縦を叩き込まれてからの癖だった。

防御力に優れるアルトアイゼンが先頭を、続いてディアマントとヴァイスリッター、ブリットのゲシュペンストMk−Uが続き、ゼンガーのグルンガスト零式と合流するや否や、挨拶代わりのスプリットミサイルが見舞われたところで、冒頭の通りシファは呟いた。

 

ガーリオンとリオン、シュヴェールトの混成部隊。

初手がスプリットミサイルというのは、実のところ悪手だったりするのはガーリオンを熟知しているからこそ解かる話である。シファも南極ではSRXチームへのっけからスプリットミサイルをぶちかましたのは、予定外の敵に対する戦力評価を行うためのリトマス試験紙にするためで、広域殲滅をやりたいわけではない。テンペスト=ホーカーにやられたとは言え、復旧させた迎撃施設はスプリットミサイルの半数以上を撃墜してしまうだろう。

以前、今回の決起のためにコロニー統合軍へ秘密裏に教導を行った際にその辺は口を酸っぱくして教え込んだので、教えた側のシファにもしっかりと染みついていた。これが教え子なら、懲罰ものだ。

 

それに、ここには物理法則ごと敵を叩き潰しそうなお兄さんも居るのだから始末に負えない。

29歳というギリギリ踏み止まっているゼンガーは、スプリットミサイルを見るなりグルンガスト零式は上半身を大きく左側に捻りを入れ斬艦刀の切先がまるで機体に巻きついているように見えるまで、溜めを作る。

そのまま出鱈目具合ではアルトアイゼンと良い勝負な推力をフルパワーにして飛び上がり、スプリットミサイル群へ怯えることなく突っ込んでいく。そんな体勢で飛べば推力のベクトルから回転しながらになるが、グルンガスト零式はベクトルを強引に逆方向に切り替え、円運動による運動エネルギーを一気に解放する。

回転数で言えば三回転分の勢いを乗せた全長50mの刀は、二度目になる強引な推力ベクトルの変更によってつんのめる形で刀に乗せた勢いを運動エネルギーから、風圧による気圧の壁を作り出す。

 

 

「莫迦っていうか、何ていうか………」

 

 

巨体を活かした豪快な剣風一陣。予期せぬ気圧の壁に、グルンガスト零式のみならず基地全体へ降り注ぐはずだったスプリットミサイル群れは、その大半が姿勢制御を狂わされ、空中で花火のように爆発していた。

敵もきっと度肝を抜かれている。シファだって驚いているが、非効率なやり方に呆れてもいた。もっと内蔵武器を有効に使えば良いのに、機体に負荷をかける方法というのがあまり好きではなかった。それも、グルンガスト零式も同意の上でやっているので、あまりごちゃごちゃ言うことでもなかったが。

 

けれども、確かに開戦の号砲には相応しいだろう。

僕の役割は、地球連邦軍へのテコ入れ。そのために、同志を手に掛けるのは気が進まないが。

 

それも、全ては――――DCのために。

 


あとがき

 

そんな感じで始まる、綾斗オリジナルのSRWOGの序幕でした。

数多くのSS作家が居て、未だかつて完結まで至ったたことのない鬼門。

 

この後は、基本的にゲームの内容に沿って進んでいきつつオリジナル展開ですかね。

 

一応、第二次OG発売記念ってことで、お願いします。




OGで良いのかな。
美姫 「これ系はやってないのよね」
ああ。それでも分かり易いし楽しめました。
美姫 「そうよね。キャラも中々、個性的なのもいたり」
ちょっとゲームの方も気になるかも。
美姫 「問題は時間よね」
切実な問題だな。
美姫 「今回は発売記念という事で頂きました」
ありがとうございます。
美姫 「ありがとうね〜」



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