TRIANGLE HEART BEAT 〜三人目の『不破』の物語〜




第八話 −CHALLENGER FOR THE RETURNER

 

 

 

 

 

 

左手の忍者刀が恭也の胴めがけて振りぬかれる。

それを一歩下がって受け流そうとする恭也だったが、相手はそれを見越して途中で止めると、そのまま止めた刃を突き出してくる。

相手の刃を自分の小太刀でそらすと、恭也はそのまま前に出る。

相手は刃をそらされた勢いをそのまま使って斜め前に滑るようにして出ることですれ違うような形をとる。

が、恭也もこれは読んでいたようでそのまま体を反転させて相手のよけた方向につめていく。

足を止めた相手は逃げることを放棄して迎撃の態勢をとると両手を逆手に構えたまま自分の体の正面で交差させる。

それを迎撃の構えと見た恭也は、その交差された部分に横から払うように左手を振るう。

それを見て相手は交差を解いて恭也の左を真ん中を素通りさせてかわそうとする、がそれは恭也の時間差で振るった右の振り降ろしによって阻まれ、二本の刀は払い落とされたような形になる。

 

「くっ!よっ...と!!!」

 

打ち下ろされた勢いそのままに前のめりに倒れるかと思いきや、相手はなんとその勢いで空中前転して踵落としを繰り出す。

その返し方を予想していなかった恭也は一足飛び退き、刀を鞘に納めた状態で再度突進をかける。

相手も着地と同時に相手も突進し、丁度中間地点で二人は同じ技を繰り出す。

 

−御神流奥義之六 薙旋−

 

一撃、二撃、三撃目とすべてが同じ速度、同じ剣速でぶつかり合う。

そして四撃目。

必殺の一撃となるべきそこで打ち出したのはお互いに雷徹。

初めて二人が対戦したとき以来、お決まりとなりつつあるコンビネーション。

ぶつかり合った雷徹で反発しあい、二人は弾けるように飛び退く。

一呼吸おくかと思いきや、二人ともつま先で着地したかと思うとそのまま神速の領域に入って先ほどとは比べ物にならない速度で間合いをつめる。

二人がぶつかり合うかと思ったそのとき、恭也の視界から相手が消える。

神速の二段掛け。

即座に恭也は神経を集中させて気配のみでの戦闘に切り替える。

今までの数回の鍛錬のうちに教えられた一つの事実。

 

「恭也は感覚鋭いのに見えている相手だとそれを使うのやめちゃうよね?」

 

何気ないことのように言われたその言葉。

 

「動体視力がいいのは有利だけど、頼りっきりだと僕の相手は出来ないよ?」

 

たしかにそのとおりだった。

危険を察知するための神経の鋭敏さは確かに鍛錬で身に着けた。

しかし脅威が目の前にいる場合恭也は相手の撃退を最優先に考えてしまい、その結果自然と視界から逃さないようにしてしまう。

 

(しかしそれではたしかに視界から消えてしまったときの対応が格段に遅れる)

 

親友の一言で、はじめ恭也は神経の集中とその持続に鍛錬の時間を費やそうとした。

しかしその結果、恭也は今まで出来ていたことがおろそかになり始める。

そんなとき、鍛錬の打ち合いの合間、たまに目を閉じて美由希と戦っている彼をみて恭也は一つの結論に達した。

感覚の切り替え。

相手の動きは貫を極限まで利用した視覚の死角をつく動きゆえ、視認は困難。

ならば視界から消えると同時に感覚と研ぎ澄ますことが出来れば自分の目に惑わされることはなくなる。

そして...

 

ガキンッ!

 

後ろから突然のように襲ってきた刃を恭也は振り返りもせずに受け止めてみせる。

始めてみせる恭也の動きに美由希はあっけにとられ、相手は満足げに微笑む。

それを見て恭也も微笑み返し、そしてお互いがここで決めにかかる。

 

−御神流奥義之六 薙旋−

 

もう一度ぶつかり合う薙旋。

今回も三撃目までは前と同じ展開。

美由希が四撃目の雷徹へのコンビネーションに備えて耳を塞ごうとすると、そこで相手が信じられない動きを見せた。

四撃目の恭也の雷徹を彼は形だけ雷徹じみた交差防御で受けると、その衝撃を利用して恭也の背中に回転しながら回りこむ。

そして滑るように恭也の左側に回りこむと、そのまま忍者刀を喉元にもっていく。

またしてもこの結末。

もはや分かっていたかのように息を吐く美由希だったが、当人たちは違った。

 

「これは...どうなるんだ?」

 

「...鍛錬という性質上、引き分け...なんだけど...」

 

「だが...お前のは喉だぞ?」

 

「でも恭也のほうが若干早かった。真剣勝負なら僕のはそれでそれるかもしれない」

 

「じゃあ...」

 

「そうだね。六割がた君の勝ちだよ」

 

そういって微笑むイチを信じられないものを見るような目で見る美由希。

そしてそのまま視線を落とすと、恭也の八景がイチの脇腹に添えられていた。

 

「恭ちゃん...勝ったの?」

 

「ああ...やっとだ」

 

そういってその場に腰を下ろす恭也。

美由希は嬉しそうに近寄ってくると二人にタオルを手渡す。

二人はそれを礼をいいながら受け取ると、美由希も一緒に先ほどの分析に入る。

 

 

 

 

 

「つまり...お兄ちゃんの真似?」

 

美由希の結論に恭也とイチは苦笑する。

 

「まあ、そうだな。お前と戦ってるイチをみてもしかしたらと思ってな」

 

多少いいにくそうにしている恭也を美由希は鬼の首でもとったかのような顔でみる。

と、その視線が気に食わなかったのか恭也はいつものように美由希の頭に拳を押し当てる。

身構えた美由希だったが、いつものように力が入っていなかったところを見ると、自分でもそれが気になっていたらしい。

 

「そんなこと気にしてるの?らしくないね」

 

そんな恭也の空気を感じ取ったイチはのんびりとした口調で声をかける。

 

「剣士は師の真似をし、それを高めることで強くなるんだよ?」

 

「だがお前は...」

 

「それは僕が剣士じゃなくて忍者だからだよ」

 

恭也の疑問にさも簡単なことのように答えるイチ。

剣士として生きてきた恭也と美由希はその台詞に疑問の表情を浮かべる。

 

「忍者は技を敵に知られることは命取りになる。機能させることが優先だから。

だから僕は唯一のものを作り出すんだ」

 

「...なるほど、お前は御神の剣士以前に忍の一族に育てられたんだったな」

 

「う〜ん、そうか。私たちも誰かの真似して強くなってるんだね」

 

「そういうこと。わかった?」

 

「ああ、なんにせよこうして引き分けに近いとはいえ一本取れたんだ。やり方は間違っていないだろう。それでは今日はここまでにして帰るか」

 

「そうだね...そういえば明後日は...」

 

「うん!かあさんがこっちにくるんだ...でもなんたってまた月曜日?」

 

「美沙斗さんのことだ。出迎えが気恥ずかしいとかいった理由だろう」

 

前を歩いていく恭也の言葉にイチは昔を思い出して苦笑し、美由希は嬉しそうに笑顔をうかべてそのあとに続いた。

 

 

 

 

 

 

「ああそうだ、美由希ちゃん明日暇?」

 

家について始めにシャワーを浴び、恭也を呼びに戻ってきた美由希にイチが思い出したように声をかける。

いぶかしげな顔をしながらも美由希は

 

「うん、べつにこれといって用事はないけど?」

 

と正直に答える。

どうせ一日中本でも読んでいるつもりだったんだろうなどといいながら自分の湯呑みを片付ける恭也の言葉に苦笑しながらイチは美由希に向き直ると、

 

「じゃあさ、明日ちょっと付き合ってくれないかな?」

 

と唐突に言い出した。

美由希は突然わたわたと慌てだし、

 

「そ、そんな...いくらお兄ちゃんでも...私には恭ちゃんが...でもお兄ちゃんも...」

 

などと頬を染めながら呟き始める。

恭也は恭也で洗おうとしていた湯呑みを手から滑らせて、慌てて空中で受け止めながら

 

「お前正気か!?なぜよりによってコイツなんだ!?」

 

とかなり失礼なことを口走りながら詰め寄ってくる。

そんな二人にイチは相変わらずのゆったりした調子で話を続ける。

 

「美由希ちゃん、ちょっと帰ってきてくれるかな?恭也もなんか失礼なこと口走ってない?僕は美由希ちゃんをアパートのほうに招待しようとしただけなんだけど...約束してたし」

 

「「...約束?」」

 

「そう、初めて高町家で朝御飯作ったとき美由希ちゃんと約束したから...覚えてない?」

 

イチの言葉に恭也は何か話していたことを思い出し、黙って美由希をみる。

美由希は少し考えるような仕草を見せたが、すぐに思い出したのか、

 

「あぁー、そうだった!!もう明後日なんだぁー!」

 

と少し近所迷惑なボリュームの声をあげる。

恭也が顔をしかめながらたしなめるが美由希は不安そうにイチに、

 

「ねぇお兄ちゃん、大丈夫かな?」

 

と恭也の言葉も耳に入らないようだ。

それをみて恭也はその場は諦め、イチは美由希に優しく微笑みかける。

 

「大丈夫だよ。だから丸一日使うからね。那美さんにも連絡して明日来てもらって、ね?」

 

「...うん!」

 

イチの微笑で安心したのか美由希はおやすみなさい、と声をかけると早足で自分の部屋へと戻っていく。

 

その後姿を暫く眺めていた二人だったが、

 

「イチ、お前明日なにをするつもりだ?」

 

となんとなく那美の名前が出てきたことで予想はついているいやな予感について聞いてみる。

それに対してイチが返した言葉はまさに恭也の予想どおりだった。

 

「イチ...死ぬなよ?」

 

それだけ呟くと恭也は風呂へと重い足をすすめる。

 

(すまん...しかし、それだけは俺にはなにもできん...)

 

 

 

 

 

 

「さてと、それじゃいただきます」

 

そういって箸を手に取るイチの前には、一応なんとか食材の形がわかる食べ物と、もうすでになにをどう料理したのか分からないものが並んでいた。

そしてそれぞれの料理の前には両方“野菜炒め”を作ったはずの本人が立っている。

その本人たち、美由希と那美はそれぞれ不安そうな顔でイチを見つめていた。

 

所はイチが依然住んでいた、今はケイの生活区域になっているアパート。

ケイは野球部の練習と草間の道場で今日は一日中空けているらしく、イチが頼んだら快く場所を提供してくれた。

つまるところイチが最初の朝美由希と約束し、その日の昼に那美をさそったのは料理のレッスンであった。

他にも試食係として何人か誘ったが全滅。

というわけで三人はアパートで料理の練習を始めていた。

 

というわけでイチは二人の料理をただ黙々と吟味するように食べている。

いつものような反応の返ってこない二人は少しほっとしたような表情を浮かべると、少し緊張を解いたように背もたれにもたれかかる。

そして丁度半分ずつ食べたところでイチは箸を止めると二人に向き直る。

 

「それじゃあ二人とも、これを食べてみてくれる?」

 

そういってイチは二人の前に自分が作った野菜炒めを差し出す。

意図がつかめないながらも言われたとおりに食べる。

当然のことながら二人とも味に文句はなく、美味しそうに食べている。

それを嬉しそうに見ていると、今度は自分が食べなかった半分を作った本人に渡して、

 

「じゃあ今度は自分が作ったものを食べてみて?」

 

おとなしくその言葉に従って自分の作ったものを食べた二人は、同時に口を覆った。

 

((まずい。こんなもの平気な顔してお皿半分も食べてたの?))

 

箸をおいて申し訳なさそうにうなだれる二人にイチは微笑むと、

 

「さてと、二人の今の実力も分かったし、じゃあ始めようか?」

 

作った自分たちでさえ食べるのを拒否してしまうようなものをあれだけ食べたのに平然といつもどおりなイチを唖然とした表情で見つめる二人。

それを意外なものでも見るような顔をすると、

 

「どうしたの?まだ始めてすらいないんだからしっかりしてね?」

 

と微笑む。

二人はびっくりしたのと嬉しさで思わず涙が出そうになるが、お互いの顔を見合わせると涙を堪えてイチに向き直り声をそろえる。

 

「よろしくおねがいします!」

 

 

 

 

 

 

「じゃあまず二人ともに言えることだけど、アレンジは絶対に駄目」

 

まずは欠点の列挙とやるべきポイントを挙げるといって話し始めるイチ。

二人は神妙な顔をして聞き入っている。

 

「美由希ちゃんは分かりやすいかもしれないけど、たとえば戦闘中自分のなれない技を出すことは?」

 

「...命取りになるよ」

 

「那美さん、操れない霊力を使うのは?」

 

「とても危険です...」

 

「料理をしたことがない人間がアレンジするのはそういうこと。わかった?」

 

「「はいっ!」」

 

声をそろえて元気よく返事をする二人を苦笑を浮かべて見ながら話を続ける。

 

「二人とも味覚に問題はないです。だったらもう一つ注意することは調味料は少しづついれて、一回何かをいれたら絶対に味見をする。してないでしょ?」

 

図星をつかれたのか二人はばつが悪そうに俯く。

 

「自分が味を見て美味しいと思わないものは人には出さない。食べてもらうからには自分でまず食べられるようなものじゃないと...食べてもらう人に美味しいって言ってほしいよね?」

 

そう聞かれて二人とも力強く頷く。

それを満足そうにみるとキッチンへと二人を促し、

 

「それじゃあ注意点はそんなものだから...あとはやりながら覚えようか?」

 

そういって二人にフライパンを手渡した。

 

 

 

 

 

 

「「うそ...普通に食べられる......」」

 

目の前の料理を食べた二人は同時に驚きの声をあげる。

おいてあるのは多少焦げ目や不ぞろいな野菜の見え隠れする、しかし誰が見ても野菜炒め。

それを信じられないといった表情で次々に口に入れていく。

そう、それは美由希と那美が自分たちで作った野菜炒めだった。

 

「ね?できなくないでしょ?」

 

それを微笑ましげにテーブルの向かいから眺めるイチ。

夢中で食べていた二人はその声で我に返ると

 

「本当にありがとう!お兄ちゃん!まだ信じられないくらいだよっ!」

 

「ありがとうございました、イチさん。これで少しはみんなの役にたてます」

 

と対照的だが同じ気持ちのこもった感謝の言葉を告げる。

それを微笑みながら受けると、イチは自分の鞄からプラスチックのフォルダーを取り出すと二人の前に置く。

 

「どうぞ。これは今日潰して頑張ったごほうびだよ」

 

それを手にとって開いた二人は驚いたようにイチをみる。

 

「お兄ちゃん、これって...」

 

「レシピ...ですか?」

 

「そう。僕が一人暮らし始めてから今までなるべく手間をかけずに作るために集めたレシピ。基本的なものとかが大まかな分量とかまでなるべく細かくステップ式に書いてみた」

 

「あ、ありがとうございます!本当にありがとうございます!」

 

感動で目が潤んでいる那美がものすごい勢いで頭を下げる。

美由希にいたっては声も出ないようだ。

そんな二人を見ながら

 

(そこまで料理苦手だったんだぁ...でもちゃんと教えればできるのになぁ?)

 

などと考えながら姿勢を正して二人を見る。

それに気がつき、すっかり生徒になりきった二人は同じように姿勢を正す。

 

「今日教えた2点、覚えてるよね?」

 

「慣れるまではアレンジは絶対にしないことと...」

 

「一回一回味見を忘れないことですよね」

 

「そう、だからそのレシピを間違えたり、変えようとしたら人に出せるものは今の二人には作れない」

 

イチの言葉に神妙な顔をして頷く二人。

 

「そして最後、一番大事なこと。これが二人に出来る唯一のアレンジ...気持ちをこめる」

 

「「気持ちを...込める?」」

 

「そう、自分中心でものを作ってもそれは押し付けになるからね。食べる相手を考えて、美味しいものを食べさせてあげたいって気持ちを込める。人に料理を出すときはこれを忘れないようにね?」

 

「「...はいっ!」」

 

そうしてその日の残りをレシピに書いてある料理の練習に費やした二人は、帰ってきたケイにも及第点をもらって嬉しそうに帰っていった。

 

 

 

 

 

 

翌日、一日中そわそわしながら過した美由希は授業が終わると同時に恭也とイチのクラスに飛び込んできて引っ張るようにして帰っていく。

その様子をあっけにとられたように見ていたクラスメイトだったが、高町家の人間だからと結論付けて放置していた。

忍たちはそれをあわてて追いかけるようにして教室を飛び出した。

そして異常なまでのスピードで高町家前に到着すると、そこに少し困ったように立ち尽くしている女性を発見した。

 

「美沙斗さん、なにしてるんですか?」

 

恭也が一歩前に出て声をかける。

美沙斗はほっとしたような表情をうかべて近づいてくると、

 

「いや、少し早くついてしまって...誰もいないからどうしたものかと、ね」

 

「そうですか、すいませんでした。とりあえず部屋の用意は出来てますからあがってください」

 

「そうだね。たくさんいるようだしここで立ち話は目立ってしまうからね」

 

そういって数少ない顔見知りの恭也が一人で話を進めて美沙斗を連れ立って入っていってしまう。

 

「...とりあえず、入ろうか?荷物はみんな僕の部屋にでもおいてリビングにいよう?」

 

そういって目の前にいた亜子と美由希の背中を軽くおして促す。

美由希は我に返ったように自分の部屋に急ぎ、亜子は赤くなったのをごまかすように他の皆にハイテンションに声をかけてイチにつづいた。

 

 

 

 

 

「で、君がイチ君か。ひさしぶりだね、覚えているかい?」

 

恭也と美由希以外の面識のない人間が自己紹介をしていると、それまで部屋に美由希を呼んで話していたイチが美由希とリビングに入ってくる。

そこに丁度全員自己紹介が終わったらしく、美沙斗のほうから声をかける。

 

「ええ、もちろん覚えてますよ。というより昔のままじゃないですか。不破に関わった人間って時間とまってませんか?」

 

内心その場の一般人たちが思っていたことをすんなりといってしまうイチに皆が驚いたようだったが、美沙斗は少し嬉しそうに、

 

「いや、君に言われるとなにか嬉しいね。君も雰囲気が一臣に似てきたかな?」

 

「そうですか?美沙斗さんにそういってもらえると本当に嬉しいです」

 

イチがいつもの軽い微笑みを美沙斗に向けると、美沙斗も軽く微笑みかえす。

そんなこんなで美沙斗も高校生グループと少しずつ打ち解け、恭也の普段の話や美由希の学校生活などの話を楽しそうに聞いていた。

晶とレンもなのはをつれて帰ってきた頃、イチは美由希とリビングをでる。

 

「どうしたんだろう、狼村君」

 

「美由希もいっしょにつれていったけど...恭也、あの二人はそういった関係なのかい?」

 

なにも知らずにそんなことを呟いたとたん、その場にいた亜子、晶、なのはが反応を示す。

恭也は三人をいぶかしげにみるが、美沙斗に向き直ると

 

「い、いえ、どうなんでしょう?そんなことではないと思いますが...」

 

と否定的な返事を返す。

彼なら美由希を任せても、などと少し残念そうに呟く美沙斗だったが、気を取り直したように美由希がいなくなったことを好機と捕らえて話を聞き始める。

みんなも恭也の否定の言葉を聞くと、美沙斗に本人がいるときでは話しにくいような笑い話を次々と話し始める。

再度盛り上がるリビングで、恭也は一人いやな汗を流しながら胃腸薬のありかを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

暫くして桃子とフィアッセが店から帰宅した頃には、高町家の人間全員と忍、赤星、亜子にあとからよばれた那美と久遠のその場に集まっていた。

 

「あれ?晶もレンもここにいるってことは...イチ君が晩御飯作ってるの?」

 

帰宅早々の桃子の言葉に美沙斗と那美以外の人間が硬直する。

桃子とフィアッセが頭上にはてなを浮かべていると、レンが

 

「...そういえば美由希ちゃんもいませんね?」

 

と硬直した人間と桃子たちを絶望へと誘う一言を呟く。

全員がゆっくりとリビングから出ようとしていると、

 

「だめですよ、みなさん。今日だけは逃げちゃ駄目です」

 

と那美が立ちふさがる。

みんなが那美の真剣な表情にたじろいでいると、那美は美沙斗に向き直り、

 

「美由希ちゃんが美沙斗さんに料理を食べてもらいたいって昨日一日イチさんに特訓してもらったんです。今もイチさんが見てくれてます。どうか食べてあげてくれませんか?」

 

美沙斗には那美が必死に訴えている理由が分からなかったが、今まで放っておいた娘が手料理を作ってくれているという事実に涙を堪えてその場にとどまる。

他の皆の那美の必死な様子にその場を動けなくなっていた。

そこにイチが戻ってくる。

 

「みんな...ってやっぱりこうなったか。那美さん、ありがとうね」

 

入ってきて早々何が起こっていたかを見て取ったイチは那美に微笑みながら礼を言う。

それに多少顔を赤くしながらも那美は

 

「いえ、親友の親孝行のためですし...人事じゃないですから...」

 

と小さく呟いた。

それに優しい微笑みをもう一度返し、皆に告げる。

 

「晩御飯、できたから...晶、持ってくるの手伝ってくれる?」

 

緊張気味に返事を返した晶と、私もといって立ち上がった亜子を連れ立ってイチはキッチンに戻っていく。

それを見送った恭也たちは、複雑な顔をしながらもそれぞれこれだけは食べなければ、と心に決めた。

 

 

 

 

 

 

みんなは愕然とした。

その出てきた料理に。

それはあまりにもまともに見えた。

野菜炒め、サイコロステーキ、コンビーフハッシュ...

統一性にはかけるが、どれもみてそれとわかる料理ばかりだ。

それに美由希のそれまでの料理を知らない美沙斗は素直に感動して涙を滲ませ、那美は美由希に笑顔を送り、そしてその他全員はただ唖然と目の前に並んだ料理を見つめる。

 

「さ、冷めないうちに食べようか」

 

そういって声をかけると皆そろって

 

『いただきます...』

 

ととりあえず手を合わせて箸を持つ。

みんなが躊躇している中、美沙斗がすんなりと鶏肉と大根の煮物に手を伸ばす。

そして何の躊躇もなくそれを口に入れる。

みんなが固唾を呑んで見守る中、美沙斗は急に俯いてしまう。

やっぱりかといった反応を示す皆をよそに、美由希が駆け寄ると、

 

「かあさん...まずかった...かな?」

 

と不安そうに聞く。

それを聞いたとたん美沙斗は勢いよく顔をあげた。

その目に浮かぶ涙に美由希が不安の色を濃くすると、美沙斗は笑顔を作って

 

「いや、嬉しくてね...まさか美由希とこんな親子らしいこと...出来るなんて思っていなかったから...」

 

そういって涙を溢れさせながら微笑む美沙斗をみて美由希は嬉しそうに微笑んで

 

「これからはどんどんやろうね?かあさん」

 

と開いた隣の席で食事を始める。

そんな感動的なシーンで皆はすっかり忘れていた食事を思い出す。

相変わらず不安げではあるが、晶が

 

「美沙斗さんも美味しそうに食べてるし、イチさんが見てたんだ。間違いはないっ!」

 

と自分に言い聞かせるように決意表明し、野菜炒めに箸を伸ばす。

それをみた亜子となのはがなぜか負けじと、

 

「そうよね、狼村君が見てたんだし...」

 

「イチお兄ちゃんのお弁当はとてもおいしかったのです」

 

と目の前の料理に箸を伸ばし、三人同時に口に運ぶ。

皆が息を呑んで見守る中、三人の口から発せられた声は完璧にそろった。

 

「「「...おいしいっ!」」」

 

そんな三人の様子を自分たちも食べながら嬉しそうに眺めるイチと那美。

こうなるとみんな次々に手を伸ばし始める。

そして皆その料理の出来に感嘆の声をあげながら次々と食べ始め、結局食卓の上のものはあっという間にすべてその場の人間の胃袋に納まった。

 

『ごちそうさま』

 

皆が声をそろえる中、イチと美由希、那美がお茶をみんなの前において回る。

そしてみんなにお茶がいきわたると、

 

「美由希ちゃん、これで終了。おつかれさま」

 

とイチが美由希に声をかける。

それを聞いた美由希は、

 

「ありがとうございました〜」

 

と崩れ落ちるように美沙斗の隣の席に着いた。

それと同時に食事の前の那美の言葉と、食事中の美由希との会話で大体の事情を把握した美沙斗がイチに礼を述べる。

 

「ずいぶんとお世話になったようだね。本当にありがとう。おかげで私も娘ととてもいい想い出が一つ作れた」

 

それに対しいつもの微笑みを浮かべながら返事をするイチ。

そこに今回のことがいまいち納得出来ていない高町家の子供たちが口を挟む。

 

「話の腰を折るようで悪いのだが...イチ、お前美由希になにをしたんだ?」

 

「そうです!俺たちが教えたってどうにもならなかったのにどうしていきなりまともに作れてるんですか?」

 

「料理人として納得いきません〜」

 

「なのはも教えてほしいです」

 

そして四人に概ね同意している美沙斗と那美意外の全員が答えを待つ。

それに対してイチは美由希に昨日したことを話すように促す。

 

「えっと...アレンジは絶対にしてはいけない、と味を変えるごとに味見、そして美味しいものを食べさせてあげたい気持ちが大切...かな?」

 

「そうですね、あと自分が美味しいと思わないものは絶対に人には出さないっていうのも大切ですね」

 

「うん、そうだね...ってみんなどうしたの?」

 

那美と一緒に昨日の復習をしている美由希を唖然としてみている皆に気づいて声をかける。

 

「...二人ともそれだけか?じゃあなぜ晶やレンではだめだったんだ?」

 

「それはね、晶もレンもそれがはじめから当然のことだからだよ」

 

美由希たちには答えようがないと見てイチが答える。

 

「二人とも失敗しても味を直す技術があるし、感覚で味付けしちゃうから人にも感覚的なことしか言えないでしょ?」

 

そして昨日一日の説明を美由希たちとすると、恭也たちは納得したような呆れたような顔をして三人を見ていた。

 

「つまり、基本中の基本をしっかり言い聞かせなかったからいままであんな人智を超えたものが出来上がっていた、と」

 

「そうだねぇ、あれ食べたらすぐわかったよ」

 

『食べたのっ!?』

 

さりげなく言ったイチに驚きのまなざしを向ける一同。

 

「それはねぇ、なにがどう違うのか知らないと修正できないし...」

 

平然と言ってのけるイチを呆然と見る皆。

美沙斗はその雰囲気で美由希の昨日までの料理のすさまじさを理解し、そこまでして美由希に料理を教えたイチに感動を前面に押し出して感謝の意を改めて伝えた。

 

結局そのあとなのはも弟子入りし、晶とレンもその教えるものとしてのあり方を見習うと言い出して弟子入り志願した。

さすがに料理そのものではかなわないからと辞退していたが、それでも二人の眼差しは尊敬の意がこもっていた。

 

 

 

 

 

そして翌日夕方、さざなみ荘から電話が入る。

 

「おい、イチ!お前那美に何を言った!?料理なんか始めやがったぞ!!?」

 

興奮状態だった真雪をなんとかなだめて電話を切ると、1時間後

 

「イチ君!?耕介だけど、あれどうやったの!?」

 

「イチ、君には感謝してもしたりないよ!Thanks a lot♪」

 

「イチ君、うちにも今度教えてくれんかね?」

 

などという電話が入り、那美も成功したことが高町家に広まってイチへの料理の弟子入りはますます増えていった。

 

 

 

 

「恭也、僕一応忍者なんだけど...」

 

「...ならそれらしく振舞え。そうですよね、美沙斗さん」

 

「そうだね、君は本当に戦う者らしくないな...一臣そっくりだ」

 

「...それはうれしいですけど...はぁ、まぁいいか」

 

 

 

 


あとがき

 

テーマは美由希の親孝行

ブリジット「話はいい話だったです」

そうだろ?このころだと美沙斗さんはじめて戻ってくる時だったから

ブリジット「でもあなたの技術が駄目駄目でしたです」

...それはわかっている。だが自分で思いついたネタは自分で書かねば

ブリジット「それに二人料理出来るようにしたらドタバタようそが...」

それもわかっているが...この二人はまだまだあるからいいじゃん?

ブリジット「まあたしかにネタの宝庫のようなドジっ娘です〜」

だろ?それに子供の手料理って親なら食べたいものじゃないか?

ブリジット「まあ美沙斗さんがうれしそうだったんでいいです」

そうだな、そんじゃこの辺で次の構想をつめ始めるか

ブリジット「SEE YAです〜!」

 

〜舞台裏〜

 

ブリジット「...そろそろボクの出番...」

も、もうすぐだ...あと二話ほどで...





ええ話や〜。
美姫 「美沙斗さんと美由希の親子物語」
その影には、あの料理を食したイチの努力が。
美姫 「うんうん。美由希も那美も普通に料理が出来るようになったわね〜」
良かった、良かった。
次辺り、なのはとかも出来るようになってそうだな。
美姫 「で、美由希より美味しかったり?」
それはどうだろうか。
美姫 「ともあれ、次回はどんなお話なのかしら」
次回も楽しみに待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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