第二章 雪の幻

 

 感じる……、力の流れ……。

 日溜まりのように優しく、穏やかで暖かい。

 まだ遠く、消えてしまいそうなほどに弱々しいけれど、それは確かにそこにある。

 ようやく、ゆっくりとそれは目覚め始めたのだ。

 そして、わたしの中でも……。

 ―――――――

 ……音が聞こえる。

 バチバチと炎が爆ぜる音。そして、すぐ側に感じる苦しげに呻く女性の息遣い……。

 女性は深手を負っていた。

 右の脇腹だ。そこから溢れ出す血液が傷を押さえる女性の手を赤黒く染めている。

 女性は苦痛に顔を歪めつつ、厳しい視線を前方の壁へと向けていた。

 壁は半分以上が窓ごと吹き飛んで無くなっていた。

 無数の水滴が激しく大地を打つその音がやけに大きく聞こえてくる。

 ベッドの下に身を潜め、じっと息を殺している。心臓が早鐘を打っていた。

 距離を取っていても伝わってくる濃厚な殺気。それは、確かにそこにいる。

 雷鳴が轟き、閃光がすべてを不気味に浮かび上がらせる。一瞬のことだった。

 膨張する殺気。

 女性は素早くベッドの下から飛び出し、そして……。

 再び轟く雷鳴。

 閃光の中で交錯する二つの影。倒れたのは女性のほうだった。

 たちまち床に赤いものが広がる。血溜まりの真中で女性はまったく動けなくなっていた。

 それを見下ろしているのは獣の姿をした黒い異形。

 獣はとどめを刺すべく、その右腕を振り上げ、そして――。

 ―――――――

「だめぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 自分でも驚くほどの絶叫を上げて咲耶は目を覚ました。

「目が覚めたようね」

 声がした。若い女の声だ。

 見ると看護婦らしい白衣姿の女性が少し驚いた様子でこちらを覗き込んでいた。

「こ、ここは……」

「東京の病院よ。あなたは精神的に激しく消耗して意識を失ったの」

 困惑する咲耶に看護婦がざっと状況を説明してくれた。

「でも、正直驚いたわ。まさか、あの状態からこんなに早く意識が戻るなんて」

 話を聞いているうちに段々思い出してきた。

 そう、自分は倒れたのだ。

 そして、あかねの手配したヘリでこの病院へと搬送された。

 原因は単純な力の使い過ぎ。彼女の言った通り、咲耶にもあの治癒魔法を使うことが出来た。

 やってみると案外簡単で、咲耶は調子に乗って次々と負傷した人々を治療して回った。

 そして、その代償を自分が支払っていることに気づいたときには彼女の魔力はほとんど底を尽きかけていた。

 例えるなら、急性アルコール中毒のようなもの。限界を知らずに無茶をした結果、咲耶は見事に倒れてしまったのである。

 あかねにも迷惑をかけてしまった……。

「それで、わたしをここへ運んでくれた人はどうしたんですか?」

「さあ。わたしはずっとあなたについていたからわからないわ」

「そうですか……」

「誰かに聞いてこようか?」

「いえ、いいです」

 咲耶は軽く首を横に振った。

 きっと、もうこのあたりにはいないだろう。

 いたとしても、これ以上自分のために時間を取らせるわけにはいかない。

 あかねは多忙な大企業の会長なのだ。

 咲耶をここまで送ってくれたのだって、彼女自身が東京へ戻るついでだったに違いない。

 お礼を言えなかったのは残念だが、それも仕方のないことだと思う。

「でも、よかった。あのまま永眠しちゃったらどうしようって本気で心配してたのよ」

「そ、そんなに衰弱してたんですかわたし」

「ええ。でも、まあ、あれだけ大きな声が出せるんならもう大丈夫でしょう」

 上体を起こした咲耶の顔を冷やしたガーゼで丁寧に拭きながら看護婦は笑う。

 咲耶は慌てて謝った。

「すみません……」

「大丈夫よ。ここは個室だし、他の病棟とも離れているから」

「そうなんですか?」

「ええ、だから少しくらい大きな声を出しても問題ないの。わたしはびっくりしたけどね」

 別段怒っている様子もなく、むしろ嬉しそうに看護婦は言った。

 彼女はまだ若い。二十代半ばくらいだろうか。

 まるで家族か友人にでも話し掛けているかのように気さくな態度で接してくる。

 それに若干の戸惑いは覚えたものの、咲耶はこういうタイプの人間を嫌いではなかった。

「ところで……」

 側のパイプ椅子に腰を下ろし、看護婦が何事か尋ねようとしたそのときだった。

 不意に小さな電子音が鳴り出した。彼女の体、白衣のポケットからである。

 露骨に嫌な顔をする看護婦。どうやら、あまり歓迎したくない事態がやってきたらしい。

 放っておくと音はどんどん大きくなるので彼女は仕方なくそれを黙らせることにする。

「ちょっとごめんね」

 そう断ると、彼女はポケットから音源――旧式の携帯電話――を取り出した。

 ―――――――

 ――十五分後。

 咲耶がいることも忘れて一方的に捲くし立てると、看護婦は電話を切った。

「……まったく、何度同じ事言えば気が済むのかしら」

 ブツブツと文句を零しながら受話器をポケットに戻す。

「あの、まずいんじゃないですか。病院内で携帯電話なんて使っちゃ……」

「大丈夫よ。電磁波の影響を受けるような機材はここにはないから」

 あからさまに不機嫌な調子で答える看護婦。どうやら今の電話の件でかなり頭にきているらしい。

 ちなみに相手は実の父親だったそうだ。

 これが過保護の手本のような父親で、やれ帰りは何時だとか、何時には寝ろとか、とにかく口うるさいのだという。

「毎日そんな感じよ。まったく、いつまで子供扱いすれば気が済むのかしらね」

 深々と溜息を漏らす看護婦。

 その姿が数日前に会った友人のそれと被って、咲耶は思わず小さく吹き出してしまった。

「何?」

「別に何も。ただ、どこも似たようなものなんだなって思っただけです」

「あなたのところもそうなの?」

「うーん、どうかなぁ……」

 咲耶は顎に人差し指を当てて考えるポーズを取った。

 両親ともに既に他界しているため、現在の彼女の保護者はまことということになる。

 兄は口うるさいだろうか。――いや、どちらかといえば放任主義者のような気がする。

 あるいは、自分は信頼されているのかもしれない。

 ふとそんな考えが頭に浮び、咲耶は嬉しくなった。

「うちはそうでもないかな。わたしの友達はよく言われてるみたいですけど」

「信頼されてるのね」

「だといいんですけど」

 曖昧な微笑を浮かべる咲耶。

 決して兄妹の仲が上手くいっていないわけではない。むしろ、関係は良好だった。

 しかし、咲耶はときどきわからなくなるのだ。

 あの無表情の下で兄が一体何を考えているのか。

 十五年以上一緒にいて、大抵のことは知っているつもりだったが、それすらも怪しい。

 今日の出来事は特に咲耶の心を激しく動揺させていた。

 初めて目の当たりにした魔法。そして、自分にも兄にもそれが扱えることを知った。

 だが、兄は当然のようにあの得体の知れない怪物に挑みかかっていったのだ。

 一歩間違えれば死んでいたかもしれない。それを兄はわかっているのだろうか。

 もしも、そんなことになったらわたしは……。

 考えられなかった。考えたくもない。

 一度、きちんと聞いてみなければ。それで、もしも危険なことに関っているのなら、すぐに止めさせる。

 兄が咲耶の保護者であるように、咲耶もまた兄の保護者なのだから。

 ―――――――

 ……知らせを聞いたときにはまさかと思った。

 そんなことはあり得ないし、あってはならないのだ。

 咲耶をヘリで病院へと搬送したあかねはその足で現場に掛けつけた。

 そこで彼女が目にしたのは炎に包まれて黒煙を立ち昇らせる瓦礫の山だった。

 ――ヘルメースが崩壊した。

 東京の街を魔物から守るための結界塔の一つが崩れたのだ。

 見事なまでの全壊。これが現実である。

 敷地内では既にレスキュー隊による消火活動が展開されているようだった。

 ここで働いていたスタッフは大丈夫だろうか……。

 塔に面した通りは大勢の人々でごった返していた。多くは騒ぎを聞きつけて集まった野次馬だが、中には難を逃れたスタッフの姿もある。

 そして、そこにはあかねの秘書官を務める少女、紫藤かずみもいた。

 彼女は女性と呼ぶにはまだ若い。どう見ても十代半ば以上には見えない。

 しかし、彼女のまとうその雰囲気は十代の少女にしてはあまりに無機質だった。

 現場を見つめる瞳に感情はなく、幼い顔立ちにもかわいらしさは微塵も感じられない。

 鮮やかな紫の長髪が目立つ、美しくも冷たい人形のような少女だった。

 あかねは乱暴に人ごみをかき分けると、かずみのもとに駆け寄った。

「よかった、無事だったのね」

「会長、こちらにいらしたのですか?」

「ついさっき京都から戻ったところよ。一体何があったの?」

「わかりません。状況が混乱していてこちらでも把握しきれていないのです」

 かずみは申し訳なさ層にそう言って頭を下げた。

「被害状況は? せめてスタッフの安否だけでも確認出来ないかしら」

「それなら全員無事です。塔が崩壊したのは皆が避難した後でしたから」

「誰も死んでいないのね?」

「はい。死者、行方不明者ともに出ていません」

 あかねはとりあえずほっと胸を撫で下ろす。しかし、安心するのはまだ早い。

 彼女はすぐに表情を引き締めると、改めて現場へと目を向けた。

 事態が発生してから既に二時間。消火活動はもう一時間以上も続けられているという。

 にも関わらず、蒼白く燃えさかる炎は一向に鎮火する気配をみせない。まるで物理法則を無視したように燃え続けているのだ。

 そして、それに重なるもう一つの色を彼女の『眼』ははっきりと捉えていた。

 ぞっとするほど冷めた緋色の光。形容し難い憎悪を湛え、それは静かに燃えている。

 思念を読み取る力を持つものにだけ見えるその光景はあまりに醜く汚れていた。

 二十年前に彼女が葬った相手も同じ色の炎を操る怪物だった。

 あのとき殺した男の怨念が今もなおこの地にとどまり続けているとでもいうのだろうか。

 そして、この崩壊がそれによって引き起こされたものだとすれば……。

 あまり考えたくはないが、決してあり得ない話ではない。

 ――この世界は狂っている。巨大な怪物や魔法のような力の存在をも容認するほどにだ。

 そして、その狂気の一端を呼び込んだのが他ならぬ自分であることを彼女は忘れない。

 ――突然のことだった。

 全身に鈍い衝撃が走り、気がつくと彼女は路上に投げ出されていた。

 起き上がろうとして失敗した。激痛が体を駆け抜け、どこか切ったのか血も流れている。

 こんなところで死にたくはなかった。やりたいこともやらなければならないこともまだあるのだ。

 しかし、現実派残酷で無常だった。

 足掻けば足掻くほど血と体力を消耗し、それでもそこから逃げ出すことは出来なかった。

 確実に迫ってくる死、死、死……。

 認めたくなかった。受け入れたくなかった。わたしはもっとこの世で生きていたいのだ。

 薄れゆく意識の中、擦れた声で呟いた呪は最期の希望だった。

 神でも悪魔でもいい。この命が助かるのなら、魂でも何でも売ってやろうじゃないか。

 本当にそう思っていた。

 やけくその召還に応じたのは意外にも天使だった。

 純白の衣をその身にまとい、白く輝く一対の翼をその背に広げた美しい少女だった。

 天使は彼女の召還に応じ、その命を救った。

 本当はいけないことだと知っていたけれど、放っておくことは出来なかったのだ。

 しかし、それが招いた事態はあまりに重大で深刻なものだった。異世界へと通じるゲートを開いたことで、そこからこちらに魔力が流入してしまったのだ。

 世界そのものの消滅という最悪の事態は免れたものの、流れ込んだ魔力はこの世界の秩序を大きくかき乱した。

 力はそこにあるのがあたりまえのように振る舞い、魔物も生まれるようになった。

 責任を問われた天使は自分の世界を永久に追放され、召還を行なった彼女も時を止められてしまった。

 三十八になってもまだ若い姿のままでいるのはそのせいだ。

 いつまでも年を取らないというのは女性としてはこの上なく嬉しいが、それ以上にあの頃はそれが随分と理不尽なことのように思えた。

 自分はただ助けを求めただけだ。死ぬのが恐ろしくて、助けてほしかった。

 それなのになぜ裁かれる。

 かつては神に仕えるものの使命として当然のように行われていたそれが、今ではこの世界の秩序を崩壊させかねない危険な行為として禁じられているなんて、そんな事情も知らなかった。

 そんなものは言い訳にもならないとすぐに分かった。

 何を叫び、訴えようとも、犯してしまった罪が消えることはないのだ。

 だから、彼女は自分のするべきことをすると決めた。

 はるか以前に失われたその術を成功させたのは彼女の生への強過ぎる執着か。

 それとも他の何かだったのか。それは今でもわからない。

 だが、自分の行ないによって引き起こされたこの現実が罪であるというのなら、彼女はそれを償わなければならないのだ。

 人として、この世界に生きるものの一人として、それは義務であり権利だった。

「レスキュー隊は下がって。後はこちらでやります」

 かずみの凛とした声が現場に響く。彼女もまた罪人だった。

 親殺しという取り返しのつかない罪を犯し、今は自分のすべてを否定してしまっている。

 身寄りを失った自分を拾ってくれたあかねのことを恩人と崇め、彼女のために尽くすことで過去を忘れようとしているのかもしれない。

 あかねはそれを咎めようとはしなかった。そんな資格が自分にあるとも思えない。

 わたしも罪人だ。

 彼女のためにしてやれることはきっと自分にはないのだろう。

 ただ彼女が歩き出すそのときまで黙って見守っていることくらいしか……。

「会長、手伝って下さい」

 かずみが呼んでいた。

 気づくと彼女は炎のすぐ側まで移動しており、レスキュー隊の責任者と何か話していた。

「どうするの?」

「とりあえず、凍らせてしまいましょう」

「わかったわ。……かずみ」

 あかねは若い秘書官の隣に並んで立つと、小声で彼女の耳元に囁いた。

「がんばりましょうね」

 ―――――――

 ――白い霧と黒い煙。

 モノクロの視界が晴れた後にはただ凍りついた塔の残骸だけが残されていた。

 あかねとかずみ、二人の魔術師が放った魔法の冷気が炎ごと凍らせたのだ。

「上手くいったようね……」

 額の汗を手の甲で拭いながらあかねは言った。

 まるで一仕事終えた後の職人のような顔をしている。だが、その色はあまりよいものではなかった。

 久しぶりに嫌なものを見たせいか、どうにも気分が優れない。

 ……しっかりしなさい。これくらいで根を上げてどうするの?

 自らをそう叱咤すると、あかねは新たな命令を発するべく口を開いた。

「氷が溶け次第、現場検証を始めるから、それまで誰も近づけさせないように……」

 言葉の途中で軽い眩暈を起こして倒れそうになるあかね。

 その体をかずみが慌てて支えた。

「大丈夫ですか?」

「平気よ。……少し疲れただけだから」

「お顔の色があまりよろしくないようですが」

「大丈夫、休めばよくなるわ」

「では、今日はもうお休み下さい。後のことは我々でやっておきますから」

「でも、それじゃあ皆に迷惑を掛けてしまうことになる」

 あかねは退かなかった。部下たちへの思いやりか、それとも単に強情なだけなのか。

 そんな彼女をかずみは正面から見据えて言った。

「ここで無理をして何なります。それとも、このわたしでは指揮を任せられないと?」

「そんなことはないわ」

 あかねはほとんど反射的に否定する。

 彼女のことは他の誰よりも信頼しているつもりだ。

 現場の指揮はもちろん、大事な会議の代理だって任せられる。だから秘書官に任命したのだ。

「……わかった。あなたの言う通りにするわ」

「栄養のある食事を摂って、それから少し熱めの湯を浴びることをお勧めいたします」

「ありがとう。あなたたちもあまり無理をしないようにね」

 部下の心遣いに感謝しつつ、あかねはヘリへと乗り込んだ。

 あかねの乗ったヘリが見えなくなるまで見送ってから、かずみはゆっくりと振り返った。

 その視線の先、塔の敷地から幾らも離れていない電柱の影に男が一人立っていた。

 黒いズボンに白いシャツの上から黒いマントを羽織った蒼白い顔の男だ。

 年齢は四十前後といったところか。堀の深い、整った顔立ちをしている。

「いつまでそこにそうしているおつもりですか?」

 かずみはまったく抑揚のない調子でそう尋ねた。

「いつから気づいていた」

「おそらく、最初からです」

「上手く隠れていたつもりだったんだがな」

 参ったなというふうに苦笑する男。

「以前にも申し上げたはずです。あなたの場合、その衣装は隠密性を発揮しないと」

「そうだったかな」

「そもそも適任ではないのです。いろいろな意味であなたは目立ち過ぎている」

 かずみに厳しく指摘され、男は憮然とした表情になる。

「何もそこまで言わなくともいいじゃないか」

「事実を申し上げたまでのことです。それに、お忘れですか。我々は敵同士なのですよ」

 静かな口調でそう言うと、かずみは自らの懐へと手を伸ばした。

 そこに忍ばせてあった短刀を引き抜くと、正面に構えて臨戦体勢を取る。

 しかし、男は顔色一つ変えることなく、悠然とかずみの姿を眺めているだけだった。

「美しいな。人の器に収まってもまだ魂は輝きを失っていないと見える」

「な、何を……」

「我等が敵対していたのははるか昔のことだ。今はその理由もない」

「……確かに、おっしゃる通りです」

「忘れろとまでは言わない。だが、君も少し自分の生き方を考えてみてはどうだ。今の我々にはその権利もあるのだからな」

 そう言うと、男はマントを翻してかずみに背を向けた。

「どちらへ?」

「人を探している。そちらで見かけたら連絡してもらえないだろうか」

 男は懐から一枚の写真を取り出すと、かずみに向かって放った。

 そのまま夜闇に溶けるように姿を消す。

 かずみは受け取った写真に目を落とした。

 写っていたのは赤い髪の少女だった。

 美人だがひどく冷たい印象を受ける。まるで自分のようだとかずみは思った。

 写真の裏には携帯の番号らしき十一桁の数字が走り書きされていた。

 どうでもいいことなのだが、彼女は思わず呟いてしまう。

「魔族がそんなものを使う必要があるのかしら」

 ―――――――

 はるかな昔、天使族と魔族が激しく対立していた時代があった。

 創世の神が滅び、残された世界の覇権をめぐって両者は真っ向から衝突したのだ。

 戦争は777日間続き、77777の死傷者を出してようやく終結した。

 世界には三人の天使と四人の魔族、そして、たった一人の人間だけが生き残った。

 人間の計らいで天魔の間には条約が結ばれ、世界は新たな出発を迎えることとなった。

 その後、人間はどこへ行ったのか。その姿を見たものは誰もいない。

 ―――――――

 ――翌日の東京はまた雨だった。

 昨日の快晴が嘘のように、分厚い黒雲から降り注ぐ大粒の雫が激しく大地を打っている。

 その日の朝刊の一面を飾ったのは『謎の怪生物、大量発生!?』と題された記事だった。

 そう、咲耶が京都の街で遭遇したあの事件である。

 おかげで彼女が昨日帰郷したことを知る友人たちから安否を気遣う電話が殺到し、咲耶は朝からずっとその対応に追われている。

「……大丈夫だって。どこも怪我してないから。うん。ありがと。……それじゃ、またね」

 何十回目かの同じ台詞を早口で捲くし立てると、咲耶は半ば強引に電話を切った。

 ようやく静かになったそれをサイドテーブルの上に放り出す。

 皆が心配してくれるのはうれしいのだが、こう次から次へと電話を掛けてこられるとさすがにつらいものがある。

 ……溜息。

 同時に軽く咳き込んだ。

 ずっと喋っていたせいで、すっかり喉が乾燥してしまっている。

 ……何か冷たいものでも買ってこよ。

 腰掛けていたベッドから立ち上がると、咲耶はロビーへと向かった。あそこに自販機が置いてあったはずだ。

 彼女の記憶が正しければ、好物のフルーツミックスティーもある。

 エレベーターは使わず、その側の階段を二階から一階へと早足で駆け下りる。

 倒れてからまだ一夜しか明けていないのに、彼女はもうすっかり元気になっていた。

 ―――――――

 咲耶がロビーを目指しているころ、そのロビーで人を待っているものがいた。

 あかねである。こちらもそれなりに回復しているようだった。

 ソファーに腰を下ろし、しきりに時間を気にしている。

 必ずここに来るはずだ。だから、こうして待っている。

 面会時間より一時間も早くきたのは、その方が会える確立が高くなるからだった。

 妹をここへ搬送したことは昨日のうちに伝えてある。あの少年のことだから、こちらへ戻ったらすぐにでも飛んでくるだろう。

 すべてを打ち明けて協力を求めるつもりだった。

 巻き込んでしまうのは心苦しいが、それもやむを得ない。あの日の償いをするためにも、今は少しでも多くの人手が必要なのだ。

 あかねが腕時計と病院の入り口とを見比べているときだった。

 自動ドアが開いて、ロビーに一人の少年が入ってきた。

 ―――――――

「神代まこと君ね」

 ロビーを通り抜けようとしたまことにその女は声を掛けてきた。

 振り返ると、紺のスーツを着た二十歳前後の女性が立っていた。

「やはり、あなただったんですね」

 女性の姿を認め、まことは軽く会釈する。

 彼がその連絡を受けたのは昨日の夕方のことだった。

 現地の警察に付き合って現場検証をしている最中だったが、妹が倒れたと聞いてはそれどころではない。

 まことは慌てて支度を済ませると、ユリナとともにその日の最終列車で東京へと戻ったのだった。

 ――そして、今朝。

 咲耶の入院している病院を訪ねたまことはそのロビーでばったりと出くわしてしまった。

 どちらかというと、自分を待っていたように見える。

 連絡をくれた女の声が似ていたから、もしかしたらと思ってはいたのだが……。

「お久しぶりね。こうして会うのはちょうど一年ぶりかしら」

「本当に全然変わっていませんね」

「……まあね。そういうあなたは少し背が伸びたのではないかしら」

「本当に少しだけです。俺の印象を変えるには至りません」

「その物言いは相変わらずね」

 女性はそう言って少しだけ微笑んだが、すぐに下を向いてしまった。

 まこともそれ以上、自分から話そうとはしなかった。

 沈黙を埋める雨音がやけに大きい。

 二人とも雨は好きではなかった。この憂鬱な音を聞いていると嫌でも思い出してしまうのだ。

 一年前、今日のような雨の日の夜に一人の魔術師が死んだ。

 その者はまことにとって母であり、女性にとっては無二の親友だった。

 彼女は死んだ。……殺されたのだ。

 殺したのは巨大な獣の姿をした魔物だった。

 彼女は衰弱していたにも関らず、たった一人でその怪物に挑んだのだという。

 知らせを受けたまことが駆けつけたときにはもう決着が着いていた。

 引き分けというのが正しいのかどうかはわからない。

 母は血塗れになって倒れており、魔物は四肢をもぎ取られて絶命していた。

 驚いたのは、それらを蒼白な表情で見下ろしていたのが咲耶だったということだ。

 放心でも錯乱でもなく、彼女はただ深い悲しみと後悔に囚われて泣いていた。

 現場はこの病院だった。

 神代はるかは直ちに集中治療室へ運ばれたが、間もなく息を引き取った。そのとき特殊医療班の一人として手術に立ち合っていた女性の名前をまことは今もはっきりと覚えている。

 藤宮あかね。それが女性の名前だった。

 ―――――――

 それから一年の時が流れた。

 戦闘によって破壊された個所は既に修理されていたが、今は誰も近づこうとはしない。

 あかねは今でも親友を救えなかったことを気に病んでいるのだろうか。

 そうに違いない。顔を伏せているため表情は見えないが、雰囲気がそうだと言っていた。

「わたしのせいよ。わたしにもっと力があれば、助けられたはずなのに……」

 うつむいたままできつく唇を噛むあかね。ついそんなことまで口走ってしまう。

 瞬間、まことはまずいと思った。思ったが、そこは自制の効かない領域だ。

 彼の体はほとんど反射的に動き、そして……。

 ―――――――

 ぱしんっ!

 ―――――――

 ロビーに渇いた音が響いた。

「……なぜ、そんなふうにしか考えられないんだ」

 一階廊下の角を曲がってロビーに出ようとしたところで咲耶はその声を聞いた。

 低く押し殺した男の声。あまりの迫力に、咲耶は思わず足を止めた。

 角に身を潜め、そっと様子を窺う。

 早朝のほとんど人のいないロビー。その片隅で一組の男女が対峙していた。

 どちらも咲耶の知っている顔だった。

 女のほうはあの藤宮あかねだ。濃紺のスーツをびしっと着こなしているが、どこかくたびれているようにも見える。

 そして、男のほうは……。

「お兄ちゃん!?

 小さく声を漏らす咲耶。

 まことは怒っていた。表情こそ見えないが、ぴりぴりと緊張した空気が咲耶のところにまで伝わってくる。

 一体何を話しているのだろう。

 激しい雨音のせいで、咲耶のいるところからでは二人の会話を聴き取ることが出来ない。

 二人があまりよい関係でないことだけは、伝わってくる雰囲気でわかるのだが。

 何とか話を聞こうと身を乗り出しかけたときだ。咲耶は不意に背後から肩を掴まれて竦み上がった。

「ひっ」

 思わず上げそうになる声を必死に押さえ、何とか飲み下す。

 ユリナだった。

 その姿を確認するなり、咲耶はホッと旨を撫で下ろす。

「止めておきなさい。今はまだ聞かないほうがいいわ」

 優しくもどこか威圧的な調子でユリナは言った。

 じっと目を覗き込まれ、咲耶は視線を逸らせなくなる。

「わかりました」

「さ、今のうちに病室に戻りなさい。見つかると怒られるわよ」

「……はい」

 咲耶は小さく頷くと、こっそり来た道を引き返す。

 その背中を見送ってから、ユリナはまことのもとへと向かった。

 ちょうど、そちらの話も終わったようだった。

「お待たせ。……おはようございます」

 まことに声を掛け、続いてあかねに挨拶する。

「ああ。それじゃあ、俺はこれで」

 あかねに頭を下げ、まことはユリナとともに彼女から聞いた妹の病室へと向かう。

「何の話をしていたの?」

「仕事の話さ。自分の会社に正社員で入らないかって誘われた」

「引き受けたの?」

「断った。給料はいいんだが、他の条件が悪くてな。それに……」

 エレベーターの前まできたところで二人は足を止めた。

「俺はもう仕事を持ってるからな」

「……そうだったわね」

 そこで一つ納得する。

 神代まことは異世界の組織に身を置く唯一の人間だった。

 天魔戦争終結後、すべての世界の安定を恒久不変のものとするべく結成された組織。

 それが時空管理委員会である。

 組織は天使と魔族とで構成されているのだが、まことはその驚異的な潜在能力を買われて懐柔された。

 まこととしては面倒なことはご免だったのだが、両方の族長に拝み倒されては無下に断ることも出来なかった。

 こうして彼は組織のハンターエージェントに任命されたのだった。

 狂乱から二十年の時が流れ、世界は徐々にそれを受け入れつつあった。

 日本でも護身のために銃や刀剣の携帯が認められ、同時に安全神話も終わりを告げた。

 警察や自衛隊は魔物を警戒して装備を強化し、逸早く狂乱に適応した魔術師を中心とする特殊部隊までもが設立された。

 しかし、それでも処理しきれない事態が発生することもある。

 まことの仕事はそういった事態を解決することだった。

 もっとも、そういうことは頻繁に起こるものではなく、普段は決められたエリア内を定期的に巡回していればいいだけなので、退屈だが簡単な仕事ではある。

 それにしては給料がよく、昨日の京都のような事態には特別手当も山ほど出る。

 まことが引き受けたのはそのあたりが理由だったりする。

 とにかく自分で稼がなければ生きていけないのだ。

「でも、あの人また来るわよ。少し聞いてたんだけど、何か狙ってたみたいだから」

「ああ、わかっている」

「昨日、咲耶ちゃんに接触してきたのもそのためかしら」

「さあな。何にしても、少し面倒なことになりそうだ」

 まことはやれやれといったふうに溜息を吐いた。

 あかねの話しでは咲耶は治癒魔法を完璧に操っていたという。

 昨日の一件が鍵になって覚醒が始まっていなければいいのだが……。

 ―――――――

「まさか、彼に平手をもらうことになるとは思わなかったわ」

 会社へと戻る車の中であかねは呆然と呟いていた。

 手鏡を覗くと頬にくっきりと痕がついているのがわかった。道理で痛いはずである。

 あのとき彼は怒っていた。

 力があれば救えたなんていうのはただの言い訳だし、思い上がりだと言っていた。

 確かにそうだと思う。

 心のどこかで自責する姿を見せれば哀れんで許してもらえると思っていたのかもしれない。だとしたら最低じゃないか。

 彼は自分のことを恨んでも憎んでもいなかった。

 それどころか、あれは誰のせいでもないと言って励ましてまでくれた。

 優しい、本当に優しい少年だった。

「冷やさなくてもよろしいのですか?」

 運転席のかずみが前を向いたままで聞いてくる。

「構わないわ。こんなものはどうせすぐに消えてしまう」

 そう言ったあかねの言葉通り、赤く腫れていた頬は見る間に引いて跡形もなくなった。

 それにしても、中々上手くいかないものだと思った。

 あるプロジェクトのためにあちこちから有能な魔術師を集めているのだが、目をつけた相手には大抵断られてしまうのだ。

 危険への恐れ、もしくは計画の不理解による拒絶だった。

 もっとも、一度断られたくらいで諦めていたのでは大企業の経営なんて務まらない。

 まことのことにしても彼女はまだ諦めてはいなかった。

「……大丈夫、時間はまだあるのだから」

 自分に言い聞かせるようにそう呟くと、あかねはシートに身を鎮めて目を閉じた。

 ―――――――

 その日の夕方、咲耶は病院のロビーにいた。

 会計を済ませ、これから帰るところである。

 問診と念のために簡単な検査も受けたが、どこにも異常は見られなかった。

 別に病気になっていたわけではないのだから、当然といえば当然である。

「お待たせ」

 自動ドアをくぐり、先に外で待っていたまこととユリナに声を掛ける。

 とても昨日過労で倒れたとは思えない。いつも通りの咲耶だった。

 病院からの帰り道。ユリナは自分が東京へ来ることになった経緯を説明した。

 何でも昨日の怪物騒ぎで彼女の家も燃えてしまったのだという。

 他に住居はなく、近くに頼れる親戚や知人もいない。

 そこでまことが余っている自宅の一室を提供することにしたのだった。

「それって、つまりお兄ちゃんたちが同棲するってことだよね?」

「部屋を貸すだけだよ。それくらいは問題ないだろう」

「本当にそれだけならね」

「心配しなくてもおまえが考えてるようなことにはならないよ」

 真顔で言いきるまこと。

 まあ、そうだろうなと咲耶も思う。彼女には兄が女の子を押し倒すところなんて、まったく想像出来なかった。

「わたしはそうは思わないけどな」

 ユリナが言った。

「彼、口ではああ言ってるけど、結構積極的なのよ」

「ホントに!?

「それはもう。昨夜は特に激しかったな……。あんなに興奮したのは初めてだった」

「…………」

 うっとりとした表情になるユリナ。

 その様子を見た咲耶は思わずイケナイ想像をしてしまう。

「そういう言い方はやめてくれないか。変な誤解を招くから」

「わたしは昨夜のプレイの感想を言ったまでだけど」

 不思議そうな顔をするユリナ。

 その隣で咲耶が耳まで真っ赤になっている。

「あのな、咲耶。ユリナが言ってるのはそういうことじゃなくてだな」

「べ、別に言い訳しなくてもいいよ。恋人同士なんだし、そういうこともするでしょ」

「だから、違うんだって」

 必死に訴えるまことの言葉も恥ずかしさにうつむく咲耶の耳には届いていない。

 ユリナはそんな二人の様子を面白そうに眺めている。

 やがて、まことが諦めたように溜息を漏らすと、それでその話題は打ち切りになった。

 ―――――――

 病院前で電車に乗り、最寄りの駅で降りる。

 三人が改札をくぐったとき、駅前広場の時計は午後四時四十八分を差していた。

 咲耶の提案で、そのまま商店街を周って買い物をして帰ることにする。

 そして、一時間後――。

 買い物客で賑わう通りを三人は両手一杯に荷物を抱えて歩いていた。

 食料と日用品がそれぞれ三袋ずつ。日用品はほとんどがユリナのために買ったものだった。

「でも、ホント災難でしたね」

 歩きながら咲耶がユリナに話し掛ける。

「ええ。でも、そのおかげであなたたちと一緒に暮らせるようになったわ」

「歓迎しますよ。何たって、お兄ちゃんの彼女なんだから」

「ありがとう」

 笑い合う二人。昨日会ったばかりだというのに、もうすっかり打ち解けている。

 このあたりは女の子のすごいところだとまことはいつも関心させられるのだった。

「……ほんと、大したものだな」

「え、なに?」

 思わず漏らした呟きが聞こえたのか、咲耶は歩きながら肩越しに振り返る。

「何でもないよ。ほら、ちゃんと前を向いてないと危ないぞ」

 どこかごまかすように注意するまこと。

 若干気になりはしたものの、咲耶は大人しく正面へと向き直る。

 商店街を抜け、三人が住宅街に差し掛かったころ、また雨が降り出した。

 三人とも傘は持っていたものの、荷物で手が塞がっていてさすことが出来なかった。

やむなく近くの軒下に駆け込む。そこは偶然にも一昨日咲耶が雨宿りをした場所だった。

 状況は兄たちが一緒であることを除けば、あのときとそう変わらない。

 もしかしたらと思って動かした視線の先に、その少女は今日も立っていた。

 あのときと同じ場所、相変わらず傘もささずに突っ立っている。

 ただ、違うのは少女の足元に一本の傘が転がっているということだ。

 ……白い水玉模様の青い傘。

 少女はその傘へと視線を落とし、見つめている。あのときのように、じっと……。

「こんにちは」

 今度は咲耶のほうから声を掛けると、少女は驚いたように顔を上げた。

 そのままの表情で咲耶とその後ろにいるまことたちを見る。

「知り合いか?」

「知り合いって言うか、一昨日もここで会ったの」

 まことの問いに答えつつ、咲耶は少女へと視線を戻す。

「今日もまたお買い物の帰りですか?」

「うん。あ、でも今日はちゃんと傘は持ってるんだよ」

「でも、それじゃさせませんね」

 荷物で両手の塞がっている咲耶を見て、少女は言った。

「あはは……。そうだね」

 照れたように笑う咲耶。

 少女は特に表情を崩すこともなく、足元の傘へと視線を戻す。

「その傘、あなたの……じゃないよね」

「ええ」

「かわいい傘だよね。誰かの忘れ物かな?」

 自分も傘に目を向けながら、何気ない調子で言う咲耶。

「気に入ったのなら、拾えばいい。そうすれば、この傘はあなたのものです」

「それはダメだよ。落し物や忘れ物はちゃんと交番に届けなきゃ」

 今時なかなか律儀なことを言う。お巡りさんが聞いたら涙を流して喜ぶことだろう。

 だが、少女はゆっくりと首を横に振った。

「いいんですよ。この傘を大切にしていた女の子はもう何年も前に死んでいるのだから」

「…………」

 咲耶は言葉を失った。こんな場合にどういう言葉を掛ければいいのかわからないのだ。

 少女の表情は変わらない。

 不意に傘から視線を外すと、一昨日のように通りのどこかへとそれを向ける。

 その視線の先に行き交う人の姿はなかった。

 ……雷鳴。

 そして、激しさを増した雨音が一つの屋根の下に佇む四人の若者たちの間を埋めていた。

 どれくらいの時間が経過しただろうか。

「ねえ、まこと……」

「ああ、わかってる」

 ユリナが呟き、まことがそれに頷く。異変はその直後に起きた。

 不意に何かが空気を裂くような音がして、少女の足元で水溜りが跳ねた。

「な、何!?

 驚きの声を上げる咲耶。

「動くな。狙い撃ちされるぞ!」

 まことが叫び、ユリナの長い黒髪がふわりと翼のように散開する。

 刹那、彼らの周囲で立て続けに鈍い衝突音が響いた。

 咲耶は身を固くして微動だにしない。

 ……何となくだが、わかる。空中で不可視の力と力がぶつかり合っているのだ。

 今度はまことが動いた。胸の前で大きく右手を左右に振る。

 すると空中で何かが小さくはじけた。その数、十四。

「くっ……」

 小さく呻き声を漏らすまこと。同時に咲耶の隣で少女ががっくりと膝を折った。

 二、三度咳き込み、倒れそうになる。

 咲耶はとっさに荷物を放り出すと、両手で少女の体を支えた。

 苦しげに胸を押さえる少女。その手が鮮血で真っ赤に染まっていく。

 少女は撃たれたのだ。呼吸が荒くなり、顔からみるみる血の気が引いていく。

「救急車だ!」

「ダメ、それじゃ間に合わないよ!」

「じゃあ、どうするんだよ!?

「……わたしに任せて」

 そう言うと、咲耶は少女の手の上からそっと傷口に触れた。

 ……お願い、わたしの力。この子を助けて!

 目を閉じて強く念じると咲耶の手に淡い光が灯った。

 優しく、穏やかな光の中で傷がゆっくりと消えていく。

「治癒魔法か」

 まことがぼそりと呟いた。話には聞いていたがまさか本当に使えるとは思わなかった。

「びっくりしたでしょ。わたしにも魔法、使えるんだよ」

 少し誇らしげに咲耶は言った。

 そのとき、咲耶の腕の中で微かに少女が身動ぎした。

 服は血で汚れてしまっているが、傷はもう癒えたらしく、その顔から苦悶の色は消えていた。

 まことは少し安堵すると、再び周囲を警戒した。

 こちらを襲撃してきた何者かの気配は既にそこから消えているようだった。

 攻撃の手段を失ったのか。あるいは、目的を果たしたのだろう。

「お兄ちゃん。とりあえず、家に帰ろ。この子、休ませてあげないと」

「そうだな……」

 咲耶の提案にまことも頷き、四人はユリナの空間転移魔法でその場を離れた。

 そこから少し離れたマンションの屋上に男が一人立っていた。

 ホラー映画から出てきたような風貌の男だ。

 男は一部始終を見ていたが、まことたちがその存在に気づくことは最期までなかった。

 降りしきる雨の中、白い水玉模様の傘だけがぽつんと取り残されていた。

 ―――――――

 振り始めたばかりの雨の中にはそれ特有の喧騒があった。

 通行人たちは慌てて傘を取り出し、あるいは手近な軒下に駆け込んで雨を凌ぐ。

 住宅街のあちこちで主婦たちが洗濯物の取りこみに追われていた。

 生まれたばかりの水溜りに足を突っ込んではしゃぐ子供たち。母親に叱られてもお構いなしだ。

 その無邪気な笑い声もすぐに遠ざかり、やがて雨音しか聞こえなくなる。

 ……違和感があった。

 病院へと向かう救急車の中で、すぐそこで鳴っているはずのサイレンの音が聞こえない。

 今度倒れたら……。

 脳裏に浮んだそんな言葉は果たして誰から聞いたものだっただろうか。

 今となってはどうでもいい。わたしはそれを無視して病院を抜け出した。

 ……雨が降っていた。

 その雫に冷たさを感じなくなるまで打たれ続けて、わたしはまた倒れた。

 誰かに宣告された通り、その後はもうなかった。

 ただ落ちていくだけ。死へと続く暗闇の中を、どこまでも、どこまでも……。

 やがて、意識までもが完全に闇に呑まれかけたとき、わたしは一筋の光を見た。

 あまりの眩しさに思わず目を閉じてしまう。

 そして、再び目を開けたとき、そこには一人の少女が立っていた。

 サラサラの銀髪と深いブルーの瞳。

 純白の衣装に包まれたその背中には神々しい光を放つ一対の翼があった。

 わたしはその名を呼び、その顔に触れようと手を伸ばして……。

 ―――――――

 ……かちっ……、かちっ……、かちっ……。

 電気の消えた神代家のリビングで壁掛け式の振り子時計が静かに時を刻んでいる。

 あれから五年の月日が流れていた。

 あの日、死の闇の中で出会った天使は今、少女の膝の上で眠っている。

 神代咲耶、我が永遠の盟友……。

 少女は安らかに眠る友の頭をそっと撫でた。その手が、体が、徐々に燐光へと変わっていく。

 そして、そのすべてが咲耶に降り注ぎ、溶けこんで……。

「……これからも、よろしくお願いしますね」

 ―――――――

 その夜、咲耶は舞い降りる粉雪の中で親しい誰かと再会する夢を見た。

 夏の夜に雪とは何とも奇妙な話だが、不思議と違和感は感じない。

 雪の向こうに佇む誰かの浮べる微笑みに、咲耶は懐かしさで胸が一杯になるのだった。

 ―――――――

 咲耶が失った記憶の断片を伴って目覚めたとき、もうそこに少女の姿はなかった。

 母親の死の衝撃で彼女はそれ以前の記憶をずっと失っていたのだ。

 それが今朝になって急に思い出した。原因はおそらくあの少女に出会ったことだろう。

 それは再会だった。

 五年前、不慮の事故で離れ離れになってしまった親友。確か名は神月美雪といったはずだ。無口で無愛想な少女だったが、笑うととてもきれいだった。

 突っ伏していたソファーから身を起こし、慌ててあたりを見まわしたが、少女の姿はどこにも見当たらず、代わりに目に付いたのは、少女に貸したはずの咲耶の服だった。

 きちんと畳まれて反対側のソファーの上に置かれていた。

 決定的だったのはその上に置かれたメモ用紙の書置きだ。

 そこには丸みを帯びた少女の文字でこう書かれていた。

 ――捜さないで下さい。

 咲耶は血相を変えて立ち上がると、慌てて隣の部屋に駆け込んだ。

 言うまでもないが、そこに少女の姿はなかった。

 その後二階で寝ていたまことやユリナも叩き起こして三人で家中探したが、ダメだった。

「わたし、外を探してくる」

「あ、ちょっと待って!」

 ユリナが慌てて呼び止めようとしたが、その前に咲耶は家を飛び出して行ってしまった。

「朝飯先に食ってるからな!」

 小さくなる妹の背中に向かってそう叫ぶと、まことは玄関の扉を閉めた。

 ポストに挟まっていた新聞を引き抜き、朝食の用意をするためにキッチンへと向かう。

「ちょっと、まこと。追いかけなくてもいいの?」

「気が済むまで好きにさせてやればいい。どうせ俺には止められない」

「でも、昨日の襲撃者に出くわしたりしないかしら」

「そういうときの備えもちゃんとしてある。何も心配はいらないよ」

 二人分の食パンをトースターにセットしながら、普段通りの調子でまことは言った。

 フライパンを火に掛け、冷蔵庫から卵とバターを取り出す。

「何か手伝いましょうか?」

「いや、いいよ。君は座っててくれ」

「……わかった」

 頷くと、ユリナはそっと椅子を引いて腰を下ろした。

 テーブルに頬杖をつき、何となくエプロンを装着したまことの背中を眺めてみる。

 彼は慣れた手付きでフライパンにバターを落とし、続いて卵を二つ同時に割り入れる。

 じゅぅじゅぅと、音を立てて焼ける卵。バターの焦げる独特の香りがキッチンを満たす。

 そうこうしているうちに、チン、と音を立ててトースターから食パンが飛び出した。

 予め用意しておいた皿にパンを載せていると、今度は目玉焼きがいい具合に焼けてくる。

 そちらも皿に移し、最期に昨夜のうちに作っておいた海草サラダを冷蔵庫から出す。

 あっという間に三品がテーブルの上に並んだ。

「喫茶店でアルバイトしてたことがあるんだ。……飲み物は牛乳でいいかな?」

「え、ええ……」

 戸惑いがちに頷くユリナの目の前で、グラスに白い液体が注がれる。

 まことは自分のグラスにも同じものを注ぐと、彼女と向かい合うようにして席についた。

「ご飯はいつもあなたが作っているの?」

「いや、いつもは咲耶が作ってくれてるんだ。俺は食べるほう専門かな」

「そういえば、咲耶ちゃん遅いわね。まだ探してるのかしら」

「あいつ、諦め悪いからな。まあ、そのうち帰ってくるだろう」

 目玉焼きのひとかけを口へと運びながら、軽い調子でまことは言った。

 しかし、三十分経っても、一時間経っても咲耶は戻ってこなかった。

 ―――――――

 ――そして、その日の午後である。

 商店街の一角にあるファーストフードの店にて、咲耶は話をしていた。

 ――助けた女の子が朝になってみたらいなくなっていた。大体、そんな内容の話だ。

 咲耶の前には彼女と同じくらいの年頃の少女が二人、飲み物を片手に話を聞いている。

「大体のところはわかったよ。つまり、あんたはその女の子を探したいわけね?」

 咲耶の話しが一段落したところで、少女の一人がそう尋ねた。

 一年生にしてはかなり背が高く、黒い髪を後ろでポニーテール風にまとめている。

 彼女は高校に入ってから知り合った友人の一人で、名を富岡さとみという。

 さとみの問いに、咲耶はこくりと頷いた。

 書置きがあったことから少女は自分の意志で姿を消したと思われる。それならば、わざわざ探すこともないとまことは言ったのだが、咲耶は見つけるといって聞かなかった。

 昨日の襲撃者に狙われているかもしれないとなれば尚更だ。

 せっかく巡り会えた親友を見殺しにするなんてことは咲耶には出来ない。とはいえ、銃を持っているかもしれない敵にたった一人で挑むのはさすがに心許ない。

 そこで彼女は学園内でも腕の立つことで有名な友人二人に協力を求めたのだった。

「わたしは構わないわよ。危険だけど、面白くなりそうじゃない」

 話を聞いていたもう一人、ブラウンのショートヘアの少女が言った。

 彼女の名前は天野美鈴。さとみと同じく天領学園に入学してからの知り合いである。

 さとみとは対照的に小柄で物静かな雰囲気の持ち主だが、その実かなり好戦的な性格をしている。

 常に拳銃を携帯しており、その腕前は百発百中。

 軍隊並みの装備をコレクションしているという噂もあるが、深層は定かではない。

 猫を連想させる少し吊り上がった切れ長の瞳が咲耶は結構好きだったりする。

「さとみは?」

「あたしもいいよ。どうせ暇だし、咲耶の親友なら助けたいしね」

 話は意外にあっさりとまとまった。

 危険を伴うため断られると思っていたのだが、彼女たちにとってはむしろ望むところらしい。

 協力してもらえるのはありがたいが、少々呆れざるを得ない咲耶だった。

 とりあえず、もう少し詳しいことをということで話は昨日の襲撃事件のことになった。

 敵が不可視の弾丸を使うスナイパーだと言うと、美鈴は途端に表情を固くした。

 この店は道路側の壁がすべてガラス張りになっている。

 そして、咲耶たち三人が座っているのは通りに面した窓際の席だった。

 これでは狙撃して下さいと言っているようなものである。

 刹那、咲耶のすぐ側でガラスが砕けた。

「きゃあ!?

 悲鳴を上げる咲耶。

 ほとんど反射的に体が動いて、次の瞬間には三人とも床に転がっていた。

 さとみが美鈴を突き飛ばしながら自身も窓から離れ、咲耶はまったくの無意識だった。

 それもかなり無理のある姿勢。何かに引っ張られるような感じで勝手に体が動いたのだ。

 今や店内は騒然となっていた。

「な、何が起きたの!?

 さとみの手を借りて、苦労しながら立ち上がる咲耶。

 先に身を起こした美鈴は険しい表情で窓の外を睨んでいる。その手には九ミリ口径のオートマティック拳銃が握られていた。

 殺傷能力の高いハローポイント弾の装填された正真証明の本物である。

「あ、あんた、何考えてるのよ!?

「わたしじゃないわ。これは外からの衝撃で割れたのよ」

 極めて冷静に分析する美鈴。

 ……うかつだった。

 こんな窓際である。狙撃する側としてはそうとう狙いやすかったはずだ。

 その襲撃者の気配も今はどこにも感じられない。

 美鈴は銃を懐にしまうと、二人に向かって言った。

「逃げましょう」

 ―――――――

 警察が来る前に場所を移動して、その先でもまた事件が起きた。

 今度は立て続けに三発。

 精度の高いピンポイント射撃を何とかやり過ごし、またすぐに場所を変える。

 そんなことが何度も続いて、咲耶たちは逃げるようにして街中を駆けまわった。

「……ハァ、ハァ、ハァ……。ったく……、な、何なのよ……」

 肩で息をしながらさとみが悪態をつく。

「……ハァ、ハァ……、わ、わたしに聞かないでよ」

 やはり荒い息を吐きながら抗議する咲耶。

「気をつけて。まだ近くにいるわ」

 美鈴は銃を構えたまま、ずっと周囲を警戒している。

 そこは街外れにある廃ビルの敷地の中だった。

 太陽は既に大きく西に傾き、あちこちに濃密な影を落とし始めている。

 まずいところに来てしまったと誰もがそう思った。あるいは、追い詰められたのか。

 敵は決して姿を見せず、執拗に彼女たちを追い回してきた。こちらは逃げるので精一杯で、反撃する隙などまったくなかった。

 あまく見過ぎていた。学生が三人でどうにかなる相手ではなかったのだ。

 咲耶は兄に助けを求めようとしたが、こんなときに限って連絡が取れない。

 不意に大気がざわめいた。

 咲耶はさとみと顔を見合わせ、美鈴がグリップを握る手に力を込める。

 夜は暗く恐ろしい暗殺者の時間。そのときはもうすぐそこまで迫っていた。

 ―――――――

 その頃、まことはなぜか瓦礫の撤去作業を手伝わされていた。

 ヘルメースと名付けられた結界塔が崩壊してから丸二日。塔の管理者は調査チームを結成し、崩壊の原因究明に乗り出していた。

 調査は塔の残骸を回収するところから始められた。

 初めは順調だった作業も降り出した雨のせいですぐに中断せざるを得なくなった。

 そして、今朝。雨上がりの大地に今度はなぜか瘴気が染み出すようになっていたのだ。

 瘴気とは恨みや憎しみなどの人の黒い感情から生まれる負の力のことである。

 病魔や天災を呼び込む性質を持つ厄介な代物だ。

 朝一番に現場に出勤したスタッフはその瘴気にあてられて命を落としている。

 強すぎる瘴気に組織では対応しきれず、管理者はとうとうその決断を下すことになった。

 個人としては最強の浄化能力を持つ彼ならば、この事態を解決することも可能だろう。

 そして、まことのところに電話が掛かってきた。

 ちょうど、戻ってこない妹をユリナと二人で探しに出掛けるところだった。

 咲耶のことは気になったが、人を殺せるほどの瘴気を放っておくわけにもいかない。それに、これは彼の業務内容にも当て嵌まることだった。

 そういうわけで、まことはその依頼を引き受けることにしたのだが……。

 瘴気は意外なほどあっさりと浄化された。ところが、事はそれだけでは済まなかったのだ。

 結論から言うと、まことはバカだった。

 優柔不断なところにつけこまれ、気がつけば作業を手伝わされている。

 ユリナはユリナで、瘴気にあてられた人々の治療を手伝わされている。こちらはきっちりギャラの上乗せを約束させていたが。

 まあ、そんなわけである。

 瘴気にあてられなかった元気な連中に混じって、仕方なく手を動かすまこと。その額にはびっしりと汗が浮び、足は膝のあたりまで水に浸かっている。

 昨日の雨で溶けた氷が巨大な水溜りとなって残骸の一部を水没させているのだ。

 ぬかるんだ足場のせいで作業はなかなか思うように捗らず、蒸すような暑さも手伝って、まことの中で段々と苛立ちが募っていった。

 いっそのこと魔法で全部吹き飛ばしてやろうか。半ば本気でそう思い始めたころだった。

 まことは不意にはるか遠くで鋭く引き裂かれる大気の音を聞いたような気がした。

 ―――――――

 それは銃声だった。

 たった一発、敷地内の一際影の深い場所に向けて美鈴が発砲したのだ。

 さとみはぽかんとした表情で美鈴を見ていたが、すぐにその意図を察したようだった。

 銃弾の着弾点を中心に、赤い染みが地面に広がっていた。それが徐々に隆起して、人の形になる。

 赤い人形が三体。いずれも服も着ていなければ、目や口すらもない。

 顔はその真中あたりに白い球体が嵌まっているだけだった。

「あれが、敵」

「みたいだね。どうする? 話の出来る相手には見えないけど」

「逃げられないのなら、ここで倒すしかないわ」

「ま、しょうがないか」

 さとみが拳を固めて身構え、同時に美鈴がトリガーを引き絞った。

 立て続けに三発。そのすべてが虚空で弾け飛ぶ。

「さとみ、あなたは咲耶をお願い」

 そう言うなり、美鈴は駆け出した。発砲しながら走り、一瞬で相手との距離を詰める。

「オーケイ、任せといて」

 鷹揚な調子で答えるさとみ。

 敵は一体が後ろへ飛び退き、残りの二体はそれぞれ左右に散開して弾丸を回避した。

 すかさず手近な一体に向けて発砲する美鈴。相手は際どいところで回避したが、そのせいでバランスを崩して大きくよろめいた。

 そこは追撃せず、彼女は左足を軸にして体を反転させた。

 回転の勢いに任せて放った回し蹴りが背後に迫っていた別の一体を捉えて吹き飛ばす。

「あちゃあ、丸見え……」

「そんなことに気を配ってる場合じゃないよ。……美鈴、後ろ!」

 咲耶が叫んだ。

 残った一体が腕を振り上げ、美鈴はそれを流れるように体を傾けて回避する。

 そのまま転がって相手との距離を取り、再び発砲。そこで弾切れになった。

 美鈴の攻撃が止んだ隙に敵は体制を立て直す。その目が一斉に咲耶へと向けられた。

 ……やられる!

 そう思った次の瞬間、咲耶の前で光が弾けた。

 敵の攻撃、ではない。

 ……魔法?

 咲耶はハッとして目を開けた。

 飛び掛ろうとしていたさとみが動きを止め、美鈴が空になった弾奏を取り落としていた。

 二人とも驚いたように自分のほうを見ている。

 そして、正面にはこちらを警戒する三体の赤い人形たち。

 手には微かに暖かい感触が残っていた。だが、これまで使っていた治癒魔法とは違う。

 そう、これは攻撃の意志の力。敵を滅ぼすための破壊の光だ。

 咲耶は再び目を閉じた。

 力が全身から右の掌に集まるイメージ。

 手が熱い。……大丈夫、いける。

「今だ!」

 かっ、と目を開き、咲耶は思いっきり右手を前に突き出した。

 掌が輝き、そこから迸った光の帯は真っ直ぐ敵へと突き進んで……。

 ――直撃。爆音と閃光が広がり、一瞬で視界が白く染まる。

 そして、それらが収まったとき、もうそこに敵の姿はなかった。

 ……やった、のかな。

 咲耶はへなへなとその場にへたりこんだ。

 すぐに友人たちが駆け寄ってくる。

 さとみはキラキラと瞳を輝かせながら咲耶に詰め寄った。

「ちょっと、咲耶。あんたいつの間にそんな力使えるようになったのよ!?

「え、えっと……」

 どう答えていいかわからず、困惑する咲耶。

「油断しないで。まだ近くにいるかもしれないわ」

 美鈴はそう言いつつも、どこかホッとしているようだった。

 ―――――――

「本当にあの子なのかい?」

 はるか上空より地上を見下ろしつつ、少年が半信半疑といった様子で聞いてくる。

 年の頃は十二、三歳といったところだろうか。紺を基調とした服に身を包み、夕闇の暗がりの中に溶け込んで浮いている。

 その視線の先には友人らを伴って立ち去る銀髪の少女の姿があった。

 その隣では同じく紺色の服を着た六、七歳程の少女がやはり銀色の少女を注視している。

 少年の問い掛けにも答えず、少女はただひたすらに目でその姿を追っていた。

 少年はやれやれというふうに溜息を漏らした。

「確かに強大だけど、あれはただの魔力だ。僕らの探しているものとは似ても似つかない」

「わたしの見当違いだって言いたいの?」

「若しくは単なる思い込み。ほら、君ってああいう女の子にえらく拘ってただろ」

「あり得ない」

「本当に?」

「仕事に私情を挟むほど子供じゃないよ、わたしは」

 自分に言い聞かせるように少女はあえて抑揚のない調子でそう言った。

 見当違いなんかじゃない。彼女はもう持っているはずだ。

 ――太古の神より託された思いの結晶、エンジェルウイングの力を。

 少年が気づかなかったのは、おそらくあの子がまだ力に目覚めていないからなのだろう。

 大丈夫、彼女はまだ天使を捨てていない。




 ―――あとがき。

龍一「……あ、相変わらず長いです」

咲耶「自業自得でしょ。どうして他の長編みたいにしなかったの?」

龍一「そ、それは分かる人には分かる事情がだな」

咲耶「わたしには分からないよ」

龍一「うぬぬ、せっかくあっちでもレギュラーにしてやったのに。その恩を仇で返すつもりか!?

咲耶「いいの、ここでそんなこと言っても?」

龍一「ふっふっふっ、既に予告編は公開したのだ。よってその脅しは無意味」

咲耶「別に脅してるわけじゃないんだけど」

龍一「さて、ここらで一息」

ティナ「入れられると思う?」

龍一「ぬわっ、出たな不法天罰執行人!」

ティナ「はいはい。訳の分からないこと言ってないで次書きましょうね〜」

龍一「うう……。おまえ、天使なのに血も涙もないのな」

ティナ「さて、何のことやら」

龍一「横暴だーーーー!」

――ずるずる……。

咲耶「さて、作者も次の執筆に取り掛かったようなので今回はこのあたりで」

ではでは。

 




美鈴って、凄いな。
美姫 「本当よね。近くの窓ガラスが銃弾で割れた瞬間、友人から犯人かと思われるなんて」
まあ、あの時は銃を取り出していたというのもあるんだろうけど。
美姫 「躊躇いもなく引き金を引き金を引くなんてやるわね」
まあ、相手はどう見ても人外だったし。
美姫 「様々な事が少しずつ明らかになる中、幾つかの謎も出てきたわね」
うんうん。果たして、次回はどうなるのか!?
美姫 「それは次回のお楽しみね」
だな。次回〜。
美姫 「それでは、次回も楽しみに待ってますね」
次回〜。



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