『聖りりかる』
序章 地 〜時間樹への誘い〜
「……ナルカナ、貴女その言葉何回目だと思ってるのかしら?」
呟いた少女の左を飛ぶ、赤みがかった髪をなびかせた少女が溜息混じりに答えた。
彼女の名は斑鳩 沙月。
「だってー、飽きたモンは飽きたんだもん。仕方ないじゃない」
先程「飽きた」と呟いたナルカナと呼ばれた少女が懲りずにその小言に答える。
歳の頃は同じだろうが、その身に纏う気怠げな雰囲気や黒く伸びた艶やかな髪が、彼女に段違いの色香を醸し出させていた。しかしそんな色香や雰囲気を惜し気もなく振り撒こうとも、本人のこの子供っぽさの前では粉微塵である。
「…ちなみに今の二回を含めると四十一回目だぞ?」
二人の前を飛ぶ妙に達観した口調で話す少j……幼女がどうとも言えないコメントを入れた。
「失礼だな」
黙れ神性ロリ。
その名を聖レーメ。とある神剣に宿る神獣にして、先頭を飛んでいるエターナルのパートナーである。
そんな少女達の言を受け、一番前を飛んでいるこのメンバーの黒一点が口を開いた。
「まあ、分からないでもないかなぁ……かれこれ…?」
そう言いながら男は、胸元から古びた懐中時計を取り出す。
「四日になるのか……ナルカナ、どっかに腰を落ち着けるか?」
メンバー唯一の男にしてこのグループのリーダー、そしてとある永遠神剣第一位の担い手。
名を世刻 望という。
「ちょっと望くん、ナルカナの言う通りになんかしてたらいつまで経っても進めないわよ」
沙月がすかさず望に指摘する。しかし、それは意外な所から横槍が入るのであった。
「そうは言うが……サツキよ、前の世界の滞在期間が些か短すぎたから、吾とてそれなりに疲れておる。ここは吾も何処か適当な時間樹で休む事に一票を投ずるぞ」
「レーメちゃんも!? ああもう、望くん! 主としてもリーダーとしてもココはビシッと…」
「すみません、俺も休むに……」
「!!」
沙月は望のまさかの裏切りに言葉を失う。ぱくぱくと口を動かすだけで、上手く言葉が出てこない。
その隙にナルカナが我が意を得たりと、周りをキョロキョロと見回し始めた。
「よーし!! 休憩出来そうな時間樹……はなんかつまんないな。こう、ビビっと来た時間樹に腰を落ち着けよー!」
「そんなに元気ならまだまだ大丈夫でしょ!!」
「やーだー! 景色に飽きたのー!」
ナルカナと沙月が言い合いを始める。
それを尻目に二人で肩を落としながら望とレーメは時間樹の群を見渡した。キラキラとした輝きを放つそれらは、見ているだけで神秘的なイメージを掻き立てられる。望は分枝世界の輝きを最も感じ取れるこの光景を俯瞰する事を、己の密かな楽しみとしていた。
「おっにさーんこっちらー!」
「待ぁちなさーい!!」
後ろで中々に派手な光や不穏な音が響き始めたが、望は敢えてそれらを意識の外に追いやる。
「…ん?」
ふと、望の視界の端を何かが掠めた。僅かな違和感ながら、どうしてもその違和感を拭い去る事が出来ずに気になったソレへと近付く。
「……これは…」
「時間樹の苗木ね」
「うぉ!?」
いつの間にか傍に来ていたナルカナの言葉に望が取り乱した。だが、それを気にも留めないナルカナはその苗木へと近寄る。
「…………」
何がそうさせたのか、みるみるナルカナの表情が険しい物へと変わって行く。
その表情の変化に何か良くないものを感じ取った望は、それでもナルカナに尋ねる事にした。
「…どうした?」
「どーしたもこーしたも、マズイわよこの苗木。放っておいたら丸ごと枯れるわ」
「そうじゃな、かなり切迫しておる」
ナルカナと共にその時間樹を検分していたレーメが、その言葉に同調を示す。当たってほしくない予想が的中した望は、思わず頭を抱えこんだ。
「望くん! ナルカナこっち!?………ってどしたの? 深刻な顔して」
どうやらナルカナを見失っていたらしい沙月が光輝を構えながらこちらへ近付き、一拍遅れた反応を見せる。
「サツキのこういった時の反応の遅さが普段の物腰からは想像もつかんのじゃが……」
レーメが呆れながら米噛を押す。
そんな中、望は真面目な顔で沙月に宣言した。
「先輩、次の行き先が決まりました」