第5話 家族
そんな調子で午後からもさんざん振り回された。
大半は商店街を回ってのウインドウショッピング。
ティータイムには二人で喫茶店に入ってお茶を飲んだ。
そんなこんなで結局帰路についたのは夕方である。
途中で蓉子と別れ、優斗が自宅の門をくぐったときには時刻は既に六時を回っていた。
「おかえりなさい!」
優斗が玄関のドアを開けて中に入るといきなり美里が抱きついてきた。元気のいい言葉とともに背中に回した腕に力がこめられる。
彼女の細い腕にそれほど力があるわけではないのだが、それでも優斗は苦しかった。
「こ、こら、美里。苦しいじゃないか」
「だってぇ、優斗ったらなかなか帰ってきてくれないんだもん」
唇を尖らせる美里を何とか離れさせ、優斗は靴を脱いで上がった。その後を美里がぴったりとついてくる。背中に当たる彼女の胸が気になったが、今度は離れてくれそうになかった。
リビングに入るとキッチンのほうから優奈が顔を覗かせていた。
「おかえりなさい。ずいぶんと遅かったんですね」
「ああ、友達に付き合わされてな」
そう答えながらソファの脇に鞄を下ろす優斗。
「留守中変ったことは?」
「特になにも。お夕飯の用意出来てますけど、先にお風呂にします?」
「飯にするよ。今日、カレーライスなんだろ?」
「よくわかりましたね」
「玄関まで匂ってきてたからな。冷めないうちに食べよう」
そう言いつつ、優斗はきちんと洗面所で手を洗ってから席についた。
衛生面にも気を遣う優奈に何度も言われるうちに自然と習慣として身についたのである。
テレビのニュースは今日が終業式であったことを伝えていた。
明日から夏休みというアナウンサーの言葉に美里の耳が反応した。
「夏休みってどれくらいお休みなの?」
「四十日くらいかな」
「じゃあ、その間優斗はずっと家にいるんだね」
「まあ、たまには出掛けることもあるだろうけどな」
カレーライスを食べながらそう言った優斗に美里が万歳をし、優奈も嬉しそうに微笑んだ。
その後の会話は専ら夏休みのことになった。
何をして遊ぶとかどこに出掛けるとかそんな話ばかりである。
優斗が蓉子からの誘いの件について話すと、姉妹はそれぞれ楽しみだといって喜んだ。
「それじゃあ、水着とか買いにいかなきゃ。お姉ちゃんも、持ってなかったよね?」
「ええ。でも、わたしどういうのがいいのかわからないわ。優斗さん、選んでくれますか?」
「あ、ああ、そうだな……」
困った顔で聞いてくる優奈に、優斗は少し戸惑った様子でそう答えた。
実は彼にもよくわからないのだ。
しかし、ここでそれを言ってせっかく盛り上がった空気に水を差すようなことはしない。
楽しそうな彼女たちの顔を見ていられれば優斗はそれで満足なのである。
―――――――
夕食後、優斗は少しだけ時間を空けてから風呂に入った。
先に体を洗ってから湯船に浸かる。まずまずの湯加減だった。
疲労の溜まった体にじんわりと熱が染み渡り、同時に体から力が脱けていった。
優斗はそれ程広くない浴槽の壁に寄りかかり、ぼんやりと今日一日の出来事を振り返る。
一応目を通した通知表には思った通りの平凡な数字が並んでいた。
あまり見せられたものではないが、見せるべき親もいないので気にする必要はない。
父親は優斗が物心つく前に殉死。唯一の肉親だった母親も今年の初めに病気で他界した。
優奈や美里にも見せてはみたが、人間歴数ヶ月の彼女達にわかるはずもなかった。
――あの日、優斗は猫だった二人を妖魔の力で人間へと変えた。
死病に侵された彼女たちを救うにはそうするしかなかったのだ。
それが本当に正しいことだったのか、優斗は今でも時々わからなくなることがある。
確かに彼女たちは一命を取り止めた。だが、同時にそれは猫としての生を永遠に失わせることにもなったのだ。そうまでして生き延びることを果たして彼女たちは望んでいただろうか。失うことへの恐怖に耐えきれなかった自分がそれを強要したのではないのか。
確かめることは、出来なかった。
それをしてしまったら、途端に何もかもが壊れてしまうような気がして。怖かった。
一緒に泣いたり笑ったり、時には厳しく叱ったりもした。
そんなふうにして過ごす彼女たちとの時間が、優斗はたまらなく好きだった。
何物にも代え難い、ずっと続いてほしい大切な時間。
今はただ、その時間を守っていくために出来ることをするだけだ。
そんなことを考えていると不意にバスルームの扉が開いた。
入ってきたのは美里だった。
畳んだままのバスタオルを頭の上に乗せ、白い裸身を惜しげもなく曝している。
優斗は慌てて風呂から出ようとしたが、運悪く滑ってバランスを崩してしまった。
そのまま助けようと手を伸ばした美里を巻き込んで派手に転倒する。
「あいたたっ……」
腰をしたたかに打ちつけ、涙目になる美里。
「何事ですか!?」
物音を聞きつけた優奈が半開きになっていた扉の向こうから顔を出す。
こちらもなぜか素っ裸だった。
彼女は浴室内を見渡して一言。
「あの……、お邪魔でしたか?」
言われて優斗はきょとんとした。
だが、考えるより先に身を起こそうとしてそれに気づく。
彼の下ではちょうど押し倒されたような格好の美里が潤んだ瞳でこちらを見上げていた。
優斗は真っ赤になって飛び退いた。
「もう、どうしてそのまましてくれないの?」
つまらなそうに頬を膨らませる美里。
「ご自分から押し倒したんでしょう。だったらちゃんとしてあげなきゃダメです」
叱るような調子で優奈が言う。
「バ、バカ、そんなわけないだろ。そもそも二人ともどうしてそんな格好してるんだ」
「お風呂入るのに裸になるのは当たり前でしょ」
「まだ俺が入ってたんだぞ」
「一緒に入ろうと思って」
そう言って美里は落としたバスタオルを再び頭の上へと乗せる。
「優奈もそうなのか?」
「はい。よろしければお背中流させていただこうと思いまして」
彼女は恥らうように少しだけ頬を染めて俯いた。
だが、そんなのは演技に決まっている。何しろ彼女は一糸まとわぬ姿なのだ。
優奈にはこうして様々な方法で彼を誘惑するのが楽しくてたまらないらしい。
美里もそうだ。積極的というか、まるで羞恥心のない姉妹なのである。
尤も、それは年齢とともに育っていくものであって、数ヶ月前に人間になったばかりの彼女たちに備わっていないのも当然といえば当然だった。
結局、三人で風呂に入ることになった。
一度洗った背中をもう一度、今度は優奈に流してもらう。
逆に美里はスポンジを持ってねだり、彼に自分の体を洗わせた。
躊躇いがちに触れた少女の肌は柔らかく、優斗はかなりドキドキした。
「もう、もっとちゃんと洗ってよ」
「そ、そんなこと言われたってだな」
「そうよ美里。これからたっぷり汚されるんだから、洗ってもらうのは後にしなさい」
「俺はそんなつもりで言ったんじゃ……」
「嘘はいけませんよ。もっとご自分の心に正直になって下さい」
言いながら優奈は優斗の背中に覆い被さった。
「そうだよ優斗。がまんするのって体によくないんだからね」
美里が両手を広げて彼に向き直る。
豊熟した胸を眼前に曝され、優斗は思わず息を呑んだ。
少しでも手を動かせば触れてしまう距離である。
背中には押しつけられた胸の感触。
二人の美少女に誘惑され、優斗の理性は次第に遠いところへと追いやられていった。
―――あとがき。
龍一「これまでに比べて多少長くなりましたが、第5話です」
優奈「……………」
龍一「本編としてはこれで第1章が終わったことになります」
美里「……………」
龍一「…………。おーい、二人ともどうしたんだ?」
美里「……つ、疲れたよ」
優奈「優斗さん、口では嫌だなんて言っておきながら、やることが激しすぎます……」
龍一「お、おい、二人ともそういう話題はここじゃちょっと(汗)」
美里「すごかったよねぇ」
優奈「本当に……」
優奈&美里「うっとり……」
龍一「もう勝手にやってくれ」
ピンク色の空気にあてられそうなので、作者一人で場所を移動してあとがきを続けます。
龍一「……ふぅ。さて、次回からいよいよ物語が動き出します。別に大したことは起きませんが(笑)とりあえず、お楽しみに」
くぅぅ〜、あの後、一体何が起こったのか。
美姫 「馬鹿な事を言ってないで、さっさとお礼でも言いなさい」
わ、分かってるよ。
投稿、ありがとうございます〜。
さて、次回からどんな物語が紡がれていくのか。
美姫 「次回もすっごく気になってます」
物凄く楽しみに待っています。
美姫 「それでは、また次回で〜」
ではでは〜。