第3話 授業風景

 

 ――私立・清流学園。

 そこは由緒正しい名門校、のはずだった。

 学園事態は100年の歴史を持ち、それなりの理念も伝統も一応ありはする。

 尤も今はその土地に真新しい校舎が立ち並び、当時の様子は見る影もない。

 ……残っているものがあるとすれば、一風変わったデザインをしたその校章。

 そして、今も学園のどこかにあると噂されている謎の地下室くらいのものだろう。

 古い教師の中には自分たちの時代に束縛され、もとい伝統を重んじるものも確かにいる。

 だが、そういうものは本当にごく僅かで、多くの若い者たちは新しい自由な校風に目を向けている。

 そんな忘れ去られていく伝統の学園の一角で、今日も普通に交される朝の挨拶。

 ――しかし。

 それらの中にあって、草薙優斗は昨日までとは違う微かな変化を敏感に感じ取っていた。

 彼やその幼馴染である城島蓉子が通うこの学園は少々特殊な場所にある。

 霊的な見地から見るに、ここは他に類を見ないほど安定しているのだ。

 巫女であり、退魔師でもある佐藤かおりが言うには、自然の結界のようなものがあるらしい。

 夏の事件のときにここだけが襲われなかったのもそのためだろう。

 尤も、それが今感じているものと関係があるかどうかは優斗には判らなかったが。

 教室に入り、適当にクラスメイトに声を掛けて席に着く。

 あまり熱心ではない優斗は鞄よりも机の中から教科書を出すことのほうが多い。

 それもちゃんと開いて見るのではなく、枕として使うことがほとんどだ。

 頭が悪いわけでは決して、ない。

 基礎学力はしっかり身についているし、生きるために必要な知識や技術は抜きん出ている。

 ただ、それが必ずしも成績に繋がるものではないというだけだ。

 優斗が一限目の教科書の上に頬杖を着いていると、隣の席のかおりが声を掛けてきた。

「おはよう。相変わらず余裕ね」

「何のことだ?」

「知らないの?今日、一限目は小テストよ」

「マジか!?

 優斗は思わず身を起こした。

「ええ。しかも、今日の何パーセントかは成績に加算されるって。聞いてなかったの?」

「初耳だ。冗談だろ。テストなんてこの前やったばかりじゃないか」

「あれは現国。今日は物理よ」

「何でもいい。ああ、貴重な睡眠時間が」

 頭を抱える優斗に、かおりは思わず苦笑する。

「戦場ではあんなに強い君も学園では普通の学生なのね」

「ん、何か言ったか?」

「別に。ところで草薙君」

「何だ?」

 急にまじめな顔になったかおりに、優斗も幾分姿勢を正す。

「城島さんなんだけど。彼女、今朝ちゃんと登校してた?」

「ああ。何か眠そうだったけど、ちゃんと来てたぞ。……あいつがどうかしたのか?」

「今朝ね。あなたと別れた後で会ったのよ」

「どこで?」

「氷上神社の境内。何か疲れているみたいだったけど」

 そう言って心配そうに俯くかおり。

「最近はあいつのとこに来る依頼も増えてきてるからな。俺が手伝ってやれればいいんだが」

「出来ないの?」

「ちょっとヤボ用を頼まれててな。あまり自分の縄張りを離れられないんだ」

「そうなんだ。下手に人望が厚いのも考え物よね」

「そんなんじゃないけどな」

 そう言って軽く肩をすくめる優斗に、かおりは顔を上げて言った。

「分かったわ。わたしでよければ協力してあげる」

「そうしてもらえると助かる」

「夏のときの借りもあるしね。尤もあまり大したことは出来ないでしょうけど」

 そう言って微笑むかおりはどこか嬉しそうだ。

 優斗はそれを特に気にするでもなく、後は適当に雑談をしながら過ごす。

 あの一件以来、二人は学園でもそこそこ普通に話をするようになっていた。

 普段から人との関わりを避けている感のある優斗が特定の誰かと親しくしているのは珍しい。

 しかも、その相手が異性でかなりの美少女とくれば、いろいろ在らぬ噂も立つというものだ。

 尤もそれらは当人たちの手によって早々に否定、あるいは揉み消されていたが。

 ―――――――

 ――昼休み。

 優斗は昼食を摂るべく弁当片手に中庭に出ていた。

 かおりと二人、適当な木陰を見つけてそこに腰を下ろす。

 こうしてお昼を一緒しているところなど傍から見れば仲の良いカップルに見えなくもない。

「ごめん、ちょっと遅れた」

 と、そこへ購買の袋をぶら下げた蓉子が小走りに駆けてくる。

「友達にノート見せてもらってたら出遅れちゃって。二人は今日もお弁当?」

「まあな」

「このほうが栄養バランスが偏らないからってファミリアさんが」

 蓉子の問いに優斗がそっぽを向き、かおりがそう説明する。

「いいな。あたしは料理出来ないから今日も購買。これはこれで美味しいんだけどね」

 言いながら優斗の隣に腰を下ろす。

 そのときちらりとかおりのほうを見た蓉子は思わず冷や汗を浮かべた。

 彼女はどうして自分の隣に座らないのという目でこちらを見ていた。

 二人の間に漂う微妙な空気に首を傾げつつ、優斗は特に何も言わない。

 なぜだか聞いてはいけないと本能が訴えているような気がして、聞くに聞けなかったのだ。

「よお、草薙。両手に花じゃないか」

「こよみ先生」

「おまえ、実はもてたんだな。わたしは少し嫉妬するよ」

 そう言って大げさに溜息を吐いてみせるのは彼らの担任である現国教師の朝倉こよみだった。

「その弁当はどっちかの手作りか?」

「違いますよ先生。彼には別に本妻がいて、あたしたちはそのおまけみたいなもんなんです」

「ほう」

 蓉子のとんでもない発言に、こよみの目がすっと細くなる。

「こら、蓉子。とてつもない嘘を吐くな。先生も本気にしないでください!」

「あははっ、ごめん」

 軽く握った拳を振り上げながらそう言う優斗に、蓉子は頭を庇いつつ笑って謝る。

「ったく、こいつは」

「でも、恋人がいるのは本当よね」

 ぽつりと漏らしたかおりの言葉に、こよみは感心したように息を漏らす。

「へぇ、ぼーっとしてるように見えて、実はやることやってたんだ」

「せ、先生。誤解を招くような言い方は止めてください!」

「違うの?」

「え、っと……」

 指摘されて優斗は一瞬言葉に詰まる。

「あははは。若いってのは良いねぇ。ま、あまりハメを外しすぎないようにな」

 からからと笑いながら、こよみはその場を去っていった。

「ったく、かおりが余計なことを言うからだぞ」

「わたしのせいじゃないわよ。あなたがきっぱり否定しないから」

「出来ないって知っている奴がそれを言うか、普通」

「まあまあ二人ともそれくらいにして。早く食べないと昼休み終わっちゃうわよ」

 喧嘩になりそうな二人を適当に仲裁しつつ、蓉子は菓子パンの一つに齧りつく。

「しっかし、あの先生。相変わらず人をからかうの好きだよね」

「暇なんだろ」

「もしくは授業中に堂々と寝られていることへの仕返しね」

「別に俺だけじゃないだろう」

「いいえ、あそこまで堂々と、授業が始まった瞬間から寝ているのは草薙君くらいなものよ」

「現国なんて生活の役には立たない。実用性のない知識なんて得るだけ無駄だろ」

 山車巻き卵を口に運びつつ、さらりと酷いことを言う優斗。

「その割にはよく国研に足を運んでいるみたいだけど」

「用があるのは古典の石橋先生のほうだ。こよみ先生に会ってるわけじゃない」

「石橋って、あんた。定年前のジジイ捕まえて何させてんの?」

「……蓉子、おまえも何気にすごいこと言うな」

「本当のことじゃない。で、何させてるの?」

 悪びれたふうもなくそう言う蓉子に、優斗は小さく溜息を漏らす。

「私用でちょっとした文献を現代語訳してもらってるだけだよ」

「それって古文書か何か?」

「そんなところだ」

「へえ、面白そうじゃない。訳し終わったらあたしにも見せてよ」

「別に構わないけど、その前にあれ、謝っといたほうがいいと思うぞ」

 優斗はさり気なく向かいの校舎の一点を指差してそう言った。

 そこには小柄な老教師が柔和な笑みを浮かべて立っていた。

 第2校舎の2階の微かに開かれた窓の向こうだ。とても聞こえていたとは思えない。

 蓉子がやや渇いた笑みを浮かべて目で問うが、優斗は黙って首を横に振るばかりだった。

 その後、学園の一角で老教師に向かってひたすら謝り倒している蓉子の姿が目撃されたとか。




 ―――あとがき。

龍一「学園の風景」

美里「ほのぼのだね」

龍一「ああ。今はまだな」

美里「ところで、あたしたちの出番は?」

龍一「もうしばらく待って。あと1、2話で学校終わるから」

美里「はーい」

龍一「暇だったら美姫さんのところに行って遊んでもらってくれば?」

美里「うん。そうする」

龍一「では、自分は続きがあるのでこのあたりで」

美里「まったね〜」

 




く、来るのか!?
美姫 「さあ、どうなのかしら」
あ、あははは。
え〜っと、戸締りはちゃんとしないとな。
ガチャ。
うん、これで良し。
美姫 「私は知らないわよ〜」
何の事だ? 俺はただ、最近は物騒だから、戸締りを確認しただけだぞ。
美姫 「まあ、良いけどね」
さて、今回のお話はほのぼのしたものだったな。
美姫 「ええ。まだ、物語の始まりの部分だものね」
うんうん。これはこれで楽しいな。
後、蓉子とかおりの関係が気になる。
美姫 「一体、どうなるのかしらね」
とりあえず、また次回で〜。
美姫 「ではでは〜」



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