第13話 紅の剣姫

  * * * * *

「じゃあ、まず業務内容について説明させてもらうよ」

 ソファに腰を下ろすと、浩は数枚の書類を机の上に広げながらそう言った。

 そこは氷瀬邸の応接間。

 ファミリアの活躍によって僅か30分の間に見違えるほどきれいになったその部屋である。

 彼女は借りていたエプロンと三角巾を外して彼の対面に座っていた。

「君には主に居住スペースの掃除と日に2回、昼と夜の食事作りをお願いすることになる」

「朝は食べられないんですか?」

「ああ、大抵は朝昼兼用か、食べてもトーストとコーヒーくらいだからね」

「いけませんよ。ちゃんと3食しっかり食べないと。体に悪いですから」

「……はい、気をつけます」

 何となく謝ってしまう。日頃から同居人に頭が上がらないせいだろうか。

「と、とりあえず、話を戻そうか」

「あ、はい。それで、勤務時間とかは」

「うーん、本当は毎日でも来てほしいんだけど、さすがにそうもいかないよね」

「はい。こちらの都合で申し訳ないのですが、平日はちょっと……」

「オーケイ。それじゃ、毎週土・日の二日間。午前9時から午後6時まででどうだい?」

「それでお願いします」

「給料は日給15000円。働き次第でボーナスも出すから、頑張ってね」

 そう言うと、浩は立ち上がってファミリアに握手を求めてきた。

「はい。よろしくお願いします。ご主人様」

 差し出された手を握り返しつつ、彼女はそう言ってぺこりと頭を下げる。

 その後、しばらくその姿勢のままで彼が固まっていたことは言うまでもない。

  * * * * *

 ――綾香市某イベント会場。

 そこは一種の異界と化していた。

 様々なゲームやアニメのキャラクターに扮した人々が行き交う中、紛れて潜む本物たち。

 城島蓉子もその一人である。

 彼女は周囲がコスプレだらけなのをいいことに、耳も尻尾も出しっぱなしで歩いている。

 その開放感や思わず伸びをしてしまいたくなる程である。

 一緒にいる美里はさすがに気づかれはしないかと冷や冷やしていたが。

「さて、大体見て回ったことだし、そろそろ帰ろうか」

 蓉子がそう言って振り返ったときだった。

 不意にどこかの露天でガラスが砕けるような音がした。

 続いて聞こえてくる言い争う声。

 どうやら、誰かが売り物に難癖をつけて口論になっているらしい。

「ったく、少しは周りのことも考えなさいよね」

 マナー違反も甚だしいとばかりに腹を立てる蓉子。だが、それも一瞬のことだった。

 次の瞬間には露天の一つに向かって放たれた炎に、彼女は思わず唖然としてしまった。

「う、嘘でしょ!?

 大勢の人々が見ている前で炎は瞬く間に露天一つを灰に変えて鎮火したのだ。

 ざわめきが波紋のように広がる中、蓉子の目は確かにそれを放った人物を捕らえていた。

 ――黒妖狼――ワーウルフシェイド――。

 邪妖の中でも特に高い知能と戦闘能力を持つことで知られている危険な存在である。

 彼らは既に独自のテリトリーを形成しており、共存者連盟もそれを認めている。

 両者の間には相互不可侵の協定が結ばれていて、必要以上に関わることはしないはずだった。

 それがどうして……。

 何かある。そう思いつつ、追いかけることはしなかった。

 独断で動いて事態をややこしくするのは得策ではないと考えたからだ。

 それに今は美里も一緒にいる。

 自分の軽はずみな行動で彼女を危険に曝すわけにはいかなかった。

「帰ろう。ここにいても何にもならないよ」

 そう言って耳と尻尾をしまうと、蓉子は美里の手を引いてその場を後にするのだった。

  * * * * *

 ――氷瀬邸玄関前。

「じゃあ、今日はこれで帰ります」

 そう言って靴を履くファミリアに、浩は先に出て玄関の扉を開けてやる。

「そこまで送ろう」

「いえ、悪いですから」

 そう言いながらも結局、二人で外に出る。

「やあ、結構遅かったね」

 門までの石畳を半ばまで歩いたあたりで不意に頭上から声が降ってきた。

 見上げると、3メートルほどの高さに青い髪と瞳の少年が浮いていた。

 ――邪妖。

 屋敷の中にいたときからファミリアはその気配を感知していた。

「な、何だおまえは。勝手に人の家の敷地内に入ってきて」

 驚いたように目を見開き、浩が少年を指差してそう叫ぶ。

「下がって。あれは危険です!」

 そう言って前に出るファミリアに向かって、少年が風の刃を放つ。

 彼女はそれを右手の一振りで打ち消した。

「少しはやるようだね。なら、これはどうかな」

 言い終わると同時に再び放たれる風。今度は立て続けに4発、別々の方向から彼女へと迫る。

「そんなもの!」

 ファミリアはそれを同じように不可視の衝撃波をぶつけて相殺する。

 しかし、風の攻撃に気を取られていた彼女は敵の接近に対応しきれなかった。

「残念。これでおしまいだよ」

 力を乗せた一撃を鳩尾に受け、ファミリアは数メートル後方に飛ばされた。

「さて、次は君の番だよ」

 倒れて動かなくなったファミリアをチラリと一瞥してから、少年は浩へと向き直る。

「ま、待て、話せば分かる」

「分からないなぁ。女の子に戦わせておいて自分はこそこそ逃げ出そうとしてる男の言うことなんて」

 蔑むようにそう言う少年。

「本当にそうよね」

「なっ、ど、どこ!?

「ここよ」

 驚きあたりを見回す少年に、答えて木の陰から現れる一人の女性。

「まったく、おかしな気配を感じて戻ってきてみれば。浩、情けないわよ」

「そ、そんなこと言ってもだな」

「そこの彼女も不憫よね。こんなへたれを庇ってやられちゃうなんて」

 哀れむようにそう言う女性に、浩は悔しそうに表情を歪めたものの反論は出来なかった。

「さて、人の家に不法侵入してくれたそこのおちびちゃんにはおしおきが必要よね」

 楽しそうに口元を歪めてそう言うと、女性は腰に刺していた二本の小太刀に手を掛けた。

「面白いことを言うんだね。でも、本当にそんなこと出来ると思ってるの?」

 バカにしたように鼻を鳴らす少年に、女性の眉がぴくりとはねる。

「い、いかん」

 浩は急いでファミリアの元へと駆け寄ると、彼女を抱えて屋敷の中へと逃げ込んだ。

 女性の放つオーラを敏感に感じ取った彼は本能的に身の危険を感じたのである。

 少年もそれは同じだったのか、微かに身を引いて構える。

「遊びのつもりだったけど、そうもいかなくなっちゃったみたいだね」

「分かってるなら本気できなさい。でないと、死ぬわよ」

「調子に乗るなよ人間」

 怒りとともに少年の両手に風が収束していく。

 だが、それを見てもなお女性は余裕の笑みすら浮かべて立っている。

「行くよ!鳳凰封殺刃」

 少年の両手から巨大な風の渦が放たれる。

 ……なかなかの技ね。けど、それじゃわたしは倒せない。

 女性は一瞬目を閉じ、そして、開くと同時に右の小太刀を抜き放った。

「離空紅流・紅蓮神凪 (ぐれんかんなぎ)!」

 ――炎が、風を切り裂く。

 少年の視界の中で、紅蓮の刃を携えて女性がゆっくりと迫ってくる。

 そして……。

「燃えなさい!」

 凛とした声とともに小太刀が少年目掛けて振り下ろされた。

  * * * * *

「ちっ、逃がしたか」

「探しなさい。まだそう遠くには行っていないはずよ!」

 忌々しげに舌打ちする男に、凛とした少女の声が活を入れる。

 そして、遠退いていく複数の足音……。

 静かに爆ぜる炎。

 聞こえる微かな息遣いすら緊張した今の状態では耳に痛い。

 ……自分が一体何をしたというのだろうか。

 生まれたときから罪びとと忌み嫌われ、理不尽な暴力によって今命尽きようとしている。

 この身はそこまで穢れているというのか。

 ……ただ普通に生きたかっただけなのに。それすら許してくれないというの?

 誰にも問えず、誰にも縋れず、そして、誰にも知られることなく、少女は泣いていた。




       * * * * * *

         あとがき

龍一「浩さん、ごめんなさい」

李沙「いくらなんでもこの扱いはないんじゃない?」

龍一「はい。反省してます」

李沙「それでも変更はしないのね」

龍一「だ、だって、普段ダメダメなほうがここぞってときに引き立つじゃないか」

李沙「はぁ、もう良いわ」

龍一「と、とりあえず、今回はこんな感じです」

李沙「浩さんの活躍もちゃんとあるそうなので、期待して待っててくださいね」

ではでは。

 

 




いやいやいや。あそこは、逃げるだろう、普通。
美姫 「まあ、アンタなら、あれは危険です、って言われた時点で背中を向けてても可笑しくはないわよね」
だよな〜。いや〜、本編の俺って、凄いな〜。
あの時点では、まだ逃げてないんだぞ。
美姫 「本当よね〜。凄いわよね〜」
……何か、自分で言ってて虚しくなってきた。
美姫 「でも、事実だしね」
まあ、そうなんだが…。
美姫 「どうせ、殺したって死なないのにね」
いやいやいや、それはどうかな?
美姫 「えっ!? 違うの!?」
そこ、驚く所か!
美姫 「さて、次回はどんなお話かな〜」
そんなに、あからさまに話題を変えるか。
美姫 「なによ、次回が楽しみじゃないって言うの?」
そんな事は言ってないだろう!
美姫 「だったら、ここは話に乗りなさいよね」
うぅぅ、すまん。…………って、俺が悪いんすか!
美姫 「じゃあ、誰が悪いって言うのよ」
……俺です、はい。
美姫 「まったく、初めから素直にそう言っておけば良いのに。時間の無駄だわ」
シクシク。うぅぅ。
美姫 「それじゃあ、次回も楽しみにしてますね〜」
楽しみにしてます〜。ではでは。
美姫 「って、もう立ち直ってるし…」



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ