第29話 列島を護りしものたち
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一般の人の避難を完了したかおりは今度は被害状況を確認するために学園内を奔走していた。
特に被害が大きかったのは体育館付近で、完全修復するには一ヶ月以上は掛かりそうだった。
まあ、修理するのは業者の人たちだし、そのための資金も学園が出すんだから問題はないか。
半壊した体育館を見上げてそんなことを考えていると、不意に背後から声を掛けられた。
「かおり。良かった。無事だったんだね」
振り向くとそこに蓉子が立っていた。
だが、その姿は何故かボロボロで、あちこち泥や埃で汚れていた。
「蓉子、どうしたのそれ」
変わり果てた親友の姿に、かおりは思わず目をぱちくりさせた。
この崩壊で舞い上がった埃を被ったにしては酷過ぎる。
まさか、直接巻き込まれたのだろうか。
「ちょっと爆発に巻き込まれちゃってね。今さっきまでそこの瓦礫の下に埋まってたのよ」
そう言って体育館脇のスペースを指差す蓉子。
そこにあったのは見るも無残に破壊されたホラーハウスの姿だった。
「酷いわね……」
「でしょ。あたしがもっと上手く立ち回れてれば、こんな暴挙許さなかったんだけど」
悔しそうに唇を咬んで俯く蓉子に、かおりは驚いて聞いた。
「って、犯人と会ったの!?」
「会ったっていうか、あたしと後知り合い二人とで応戦したんだけど……」
驚くかおりに蓉子は少し気まずそうにそう答えた。
「あなたはまたそんな無茶をして」
「だ、だって、しょうがないじゃない。知り合いの一人が狙われてたみたいだったんだから」
怒ったように唇を尖らせるかおりに、蓉子は必死にそう弁解する。
心配してくれるのは嬉しいのだが、彼女の説教は一度始まると果てしなく長くなるのだ。
「まあ、良いわ。それで、その知り合いって人たちはどこへ行ったのかしら?」
かおりも今は状況が切迫しているのかそれ以上は追及せず、変わりに別のことを聞いてきた。
「さあ。さっきも言ったけど、あたし埋まってたからその後どうなったか分からないんだよね」
「……そうだったわね」
「とりあえず、生きてるとは思うよ。二人とも引き際を見誤るほど弱くはないから」
「敵を退けた可能性は?」
「微妙なところね。巧く敵が大技を使った後の隙を衝けてれば、それもありかもしれないけど」
かおりの質問に蓉子は難しい顔でそう答えた。
「詳しい話を聞かせて。いつまた襲ってくるとも限らないし、対策を講じないといけないから」
「分かった。でも、その前に着替えたいんだけど。後、出来ればお風呂も入りたいな」
さすがにこのままの姿で人前に出るのは恥ずかしいのだろう。
同じ女性であるかおりにはその心情が良く分かる。
「お風呂は無理ね。シャワーで我慢して」
「十分よ」
「そう。じゃあ部活棟はまだ危険だから、地下のほうを使うと良いわ」
「ありがと」
「後、着替えのほうもわたしが何とかしてあげる。そのか・わ・り……」
言ったかおりの目が怪しく光る。
「な、何……」
思いっきり冷や汗を浮かべてそう聞く蓉子。
本当は聞かないほうが良いのかもしれないが、それはそれで後が怖いのだ。
「今度蓉子の部屋に泊まりに行かさせてもらって良いかしら」
「あ、あたしは良いけど、今は優斗のとこにお世話になってるから聞いてみないと」
「ちょっと、何それ。わたしは聞いてないわよ」
そう言って逃れようとする蓉子。だが、それを聞いたかおりの目がすっと細められた。
「い、言ってなかったかな。あれ、おかしいな……」
あはは、と渇いた笑いを浮かべてごまかそうとする蓉子にかおりがジトっとした目を向ける。
実は彼女、既にそのことを知っていたりする。
情報通のかおりが好意を寄せている相手の情報を知らないはずがないのだ。
とはいえ、先に彼女自身が言ったように、それを本人の口から聞くのは今日が初めてだった。
その事実がかおりには面白くない。
そういうわけで、少し虐めてみたりと少々大人気ない一面を覗かせているかおりだった。
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「ちょっと、どういうつもり?わざわざ教えてやるなんて」
報告を終えて部屋を出て行こうとしたエオリアに、赤いコートの女が食って掛かった。
「どうせすぐにバレるって」
「だからってこっちから情報をくれてやることないじゃない」
「まあまあ。そんなことよりちゃんと休憩しといたほうが良いよ。5時間後に全力出撃だから」
「…………」
エオリアの言葉に女は沈黙した。
「ねぇ、本当にこれで良いのかしら」
躊躇いがちにそう口を開いた女に、エオリアはぴたりと足を止めた。
「だって、向こうにはあなたの友達がいるんでしょ。それに、あの娘は優李の……」
そこまで言って、彼女はハッとして口を噤んだ。
「迷いがあるなら止めれば良いよ。今更あなた一人抜けたってどうってことないんだから」
淡々と、それ故に明確な感情を込めてエオリアは言う。
所詮は同じ目的のために協力し合っているだけに過ぎない。彼女はそう言っているのだ。
その冷徹とも取れる態度に女は強く反発したが、何かを言い返すことはしなかった。
否、出来なかったというべきか。
この紫の少女の言うことは確かに事実で、彼女自身もそういうつもりでいたからだ。
しかし、それでもそんな少女の態度を寂しいと感じてしまうのは……。
沈黙した女を残してエオリアはその場を立ち去った。
自分に割り当てられた部屋へと戻り、扉に鍵を掛けると、倒れるようにベッドにダイブする。
余裕があるように見えて、実は結構ぎりぎりのミッションだったのだ。
まさか、四天宝刀のうち三人までが一箇所に集まってるなんて思わなかったよ。
これは少し予定を変更したほうが良いかな。
心の中でそう言うと、エオリアは空中に印を描いて自分と同じ姿の少女たちを呼び出した。
――作戦変更だよ。
牙と爪はあたしと一緒に来て。翼と瞳は残って陽動に加わるんだよ。
――あたしたちも全力出撃ってわけだね。
――青眼者や紅の剣姫、雪の女王が相手だからね。手は抜けないよ。
――シルバーフォックスや赤の妹も侮れないよ。
――闇切り刀も動いてるみたいだし、これは列島の強者が勢ぞろいするかもしれない。
――笑えないね。そうなったらあたしたち全滅かな。
――そうならないための陽動と奇襲だよ。まあ、精々派手に暴れてやろうじゃない。
そう言うと少女たちは顔を見合わせてニヤリと笑った。
これから壮大な悪戯をやらかそうとしている子供のような、そんな笑みだった。
*
――私立・聖流学園地下シェルター内シャワー室。
現在使用中。
*
「遅い!」
バンッ!
かおりは目の前の机を叩いて今の心情を表した。
即ち怒りである。
既に周囲の民間人は避難を完了し、被害状況の集計も粗方出揃っている。
そんな状況でようやく到着した保安局の人間は責任者である彼女の兄を含めてたったの数人。
怒るなというほうが無理である。
「これでも譲歩してもらったんだ。本当なら、一人の人員も回せないところだったんだからな」
「何を言って……」
「邪妖どもが大挙してこちらに向かってきているのだ。それもかつてない程の大規模な軍勢でな」
自分の声を遮って言った刀夜の言葉に、かおりは思わず息を呑んだ。
*
――封印都市は今死んだ。
エオリアが残したその言葉には二つの意味があった。
一つはこの町に蓄積された邪気を封じる機構が使えなくなったということ。
これにより、溢れ出した邪気は周囲の邪妖を際限なく呼び込んでしまう。
そして、もう一つ。
人類社会が人外の存在を忘れることになった原因である機構がこの町にはある。
8月の事件が一ヶ月と経たずに人々の記憶から忘却されたのもこの機構が働いていたからだ。
それが破壊されたとなると、例え事件が解決しても人は長らくその異常を忘れられなくなる。
「おそらく敵の狙いは人間に自分達の存在を認識させることで影響力を強めることにあるのでしょう」
医務室のベッドの上に上体を起こし、雪那は深刻そうな表情でそう自分の推測を述べた。
「恐怖は連中の大好物だからね」
そう言って顎に手を当てる蓉子は何故か巫女服姿だった。
「けど、厄介ね。連中、お腹一杯になったら強くなるんじゃないかしら」
「まあ、間違いなく強力になるだろうな」
美姫が懸念を口にし、優斗がそれを肯定する。
「雪那、忘却システムってこの下にあるのよね」
「ええ。何分古代の遺物なものですから、正確な場所までは分かりかねますけれど」
李沙の問いにそう答えつつ雪那も対策を考えるが、今の状況で打てる手などそう多くはない。
「やっぱり直接行ってシステムを修復するしかないか」
結局はそれしかないと結論付け、優斗はやれやれというふうに溜息を漏らす。
「でも、全員潜るわけにはいかないわよ。システムが完全に死んでいない以上、敵はまた来るだろうから」
「だな」
蓉子の指摘に優斗も頷き、誰が残るかを考える。
「なぁ、思うんだが」
「何よ」
ファミリアについて何となくきていた浩が美姫にそう話しかける。
「いや、非常識なのっておまえだけじゃなかったんだなとか思ってな」
「世の中は広いのよ。分かったら少し大人しくしてなさい」
「そういう問題でもない気がするんだが……」
イマイチ釈然としないものの、それ以上突っ込めるような雰囲気でもないので浩は大人しく口を噤んだ。
「ダメですよ。優斗さん」
自分が一人で行くと言おうとして、先に優奈に釘を刺されてしまった。
「青眼者も恋人には頭が上がらないのね」
「う、煩いですよ」
からかう美姫を優斗はそう言って睨むが、否定することはしなかった。
「まあ、保安局の連中もいることだし、こっちは一人か二人残ってれば大丈夫でしょ」
ともすれば沈みがちな場の空気を変えるためか、蓉子が割と軽い調子でそう言った。
「それで、誰が行くの?」
言外におまえが決めろというニュアンスを込めて美姫が優斗に問う。
「俺と蓉子、ファミリアさんの三人で。李沙は雪那さんの側についていてくれ」
「分かりました」
「しょうがないわね」
「うん。気をつけてね」
「ちょっと、わたしは?」
優斗の指示に三人が頷き、一人名前を呼ばれなかった美姫が不満そうに声を上げる。
「あなたのスタイルは閉所での戦闘には向かないでしょう。地上で好きなだけ暴れてください」
「何だ、分かってるんじゃないの」
優斗の答えに美姫は満足げに笑うと、凭れていた壁から背中を離した。
「二人は俺と一緒に来てくれ。一応、話を通しておかないといけないからな」
そう言って優斗が席を立ったとき、不意に医務室の扉が開いて一人の人物が入ってきた。
「「「「「ディアーナ、姉、さん!?」」」」」
その姿を見て、彼女を知る五人の声が重なる。
「やあ、久しぶりだな」
そう言って赤い髪の少女、ディアーナレインハルトは軽く手を挙げて挨拶した。
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あとがき
龍一「真打登場ってな感じでディアーナです」
美里「意外だったかな」
龍一「さて、どうだろう」
美里「読まれてそうだよね」
龍一「これでようやく全員が出揃ったな」
美里「あれ、でも、何か忘れてるような気がするんだけど」
龍一「気のせいだろう。それより次回はいよいよ終盤に突入だ」
美里「あたしの出番もあるんだよね」
龍一「もちろんだ。主要キャラ全員に見せ場がある予定」
美里「それじゃ、頑張って続きを書いてね」
龍一「おう」
美里「というわけで、今回はここまでです」
龍一「読んで下さった方、ありがとうございました」
美里「次回もお楽しみに」
二人「ではでは」
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おうおうおう。益々盛り上がってきたぞ〜。
美姫 「最後に登場したのは、何とディアーナ!」
いやいやいや。これはもう、次回が楽しみですな。
美姫 「一体、どうなるのかしらね」
ワクワクしながら、次回を待つべし!
美姫 「次回も楽しみに待ってますね〜」
待っています。