第30話 必殺のダブルブラスト

   *

「姉さん、どうしてここに?」

 真っ先に駆け寄ってそう尋ねたのはファミリアだった。

 8月の事件の折に自分の内に封じ込めていた別人格が暴走し、それが原因で蓉子に致命傷を負わせてしまったディアーナはその償いとして保安局に志願したのだった。

 刀夜の計らいもあって、手続きその他は滞りなく行なわれた。

 能力主義的な面の強い組織であるためか、幸い動機や経歴に関しては深く追求されなかった。

 保安局に入ったものは二ヶ月の研修期間を経て正式採用され、各地に配属されることになる。

 9月の半ばに書類を提出したディアーナはまだ研修期間中のはずだった。

「実地訓練で近くまで来てたんだ。しかし、いきなり実戦になるとは思わなかったな」

 訓練中は戻らないと決めていたためか、少しバツが悪そうに頭を掻きながらそう答える。

 実は妹のことが心配で、いてもたってもいられなかったのだとは口が裂けても言えない。

 そんなのは柄じゃないと思うし、言えば呆れられるに違いない。

 そう思ってごまかそうとしたのだが、どうやら妹にはお見通しのようだった。

 自分を見て少し嬉しそうに微笑むファミリアに、思わず赤面するディアーナ。

 そんな姉妹のやり取りを、周囲は微笑ましく見守っていた。

   *

 だが、ほのぼのとした時間もそう長くは続かない。

 結界が弱まったことで、学園の周辺に封じられていた邪気が一気に噴出したのだ。

 このとき保安局は既に郊外に防衛線の展開を始めていて、組織的な対応が出来なかった。

 異変に気づいたディアーナは優斗たちにその事を告げると、自分が迎撃に出ると言い出した。

「無茶言わないで。外にはどれだけの敵がいるか分からないのよ!」

「だが、放置しておいて施設内にまで入ってこられたら目も当てられない」

「だからって、姉さん一人が行くことないじゃない!」

 出て行こうとするディアーナをファミリアが必死に押し留めようとする。

 だが、そこは変に融通の利かない姉である。

 ファミリアも心得ているのか、押してダメと分かるとあっさり引き下がった。

「……分かりました。わたしも一緒に行きます」

「何!?

「姉さんだけに任せておくわけにはいきませんから。そうと決まれば急ぎましょう」

「ったく、知らないからな」

 にっこり笑顔でそう言うファミリアに、ディアーナは渋い顔をしてそっぽを向いた。

「蓉子、俺たちも行こう」

「ええ、あたしさっきシャワー浴びたばっかなのに」

「だったらここに残って皆を護ってろ。大丈夫だとは思うが、万が一ってこともないとは限らないからな」

「了解。任せといて」

 こちらはあっさりと話を切り上げ、抜き身のまま傍らに置いていた蒼牙を取る優斗。

「優斗さん、待ってください」

 急ぎ医務室を出て行こうとする彼を優奈が呼び止めた。

「これ、お返しします」

 そう言って彼女が差し出したのは蒼牙の鞘だった。

「おかげでここまで安全に避難することが出来ました」

「いや、俺のほうこそ側で守ってやれなくて済まない」

「気にしないで。その代わり、必ず帰ってきてくださいね」

「ああ、約束するよ」

 二人はどちらからともなく近づいて口付けを交す。

「おい、いちゃついてないで早くしろ。敵は待ってはくれないんだぞ」

「姉さん、羨ましいんですか」

「バ、バカなこと言ってるんじゃない。ほら、さっさと行くぞ」

「はいはい」

 そういうことに免疫がないのか、顔を真っ赤にして駆け出すディアーナ。

「意外と純情なんだね」

「いやいや、案外図星だったのかも」

 駆け出したディアーナを見て、蓉子と美里は思わず顔を見合わせた。

 本人が聞けば、ますます赤面して喚き散らしそうである。

   *

 一方その頃、地上では。

「おりゃぁぁぁっ!」

「でぇぇぇぃっ!」

 霊剣の一閃がゾンビの首を跳ね、撃ち出された圧縮霊気の弾丸がゴーストを粉砕する。

 彼らは皆刀夜の部下で、保安局の中でも凄腕に分類される戦士たちだ。

 そこにディアーナとファミリアが駆けつけて加勢する。

「済まない。遅れた」

「構いませんよ。それより、そちらは?」

「わたしの妹だ。実力はわたしと同等と考えてもらって構わない」

「そいつは心強い。んじゃ、一気にこのあたりの奴らを殲滅しちまいましょう」

 近づいてくる邪気を打ち倒しながら隊員たちと言葉を交わすディアーナ。

「ファミリア、インディジブルブラスト用意。広域掃射で一気に薙ぎ払う!」

「インディジブル……何です、それ?」

「不可視の衝撃波だ。わたしとおまえの力を干渉させて相乗効果で威力を数倍に引き上げる」

「分かりました。タイミングを合わせます」

 答えて力を集束させる。

 共に肩を並べて戦うのはこれが初めてだけど、大丈夫。いける。

 だって、わたしたちは姉妹なのだから。

 放たれた二つの力が一つに重なり、破壊の嵐を巻き起こす。

 攻撃の範囲内にいた邪気は見えない力によって悉く引き裂かれ、消滅していった。

「やったな」

「はい」

 見える範囲の敵を一掃したことを確かめると、姉妹は手と手を打ち合わせて喝采を上げた。

 不謹慎とは思いつつも、ファミリアは込み上げてくる気持ちを抑えることが出来ない。

 文字通り魂を分けた姉妹だからか、普通の人たちより深く繋がっているような気がしていた。

 けれど、それでも実際に顔を合わせるまではどうにも不安だった。

 止めるためとはいえ、一度は本気でぶつかりあったのだ。

 嫌われて、憎まれていないか。不安にならないほうがどうかしている。

 そんな不安が杞憂だったと分かって、嬉しかった。

 本人はごまかしていたけれど、それはそういう性格であるという以上のものではない。

 照れたような、けれど嬉しい、暖かな気持ち。

 ちゃんと感じられたから、きっとこれからも上手くやっていける。

「どうやら大丈夫のようだな」

 少し離れて姉妹の様子を見ていた黒ずくめがホッとしたようにそう言った。

「ああ。しかし、おまえが妹以外の心配をするとはな。この状況もそのせいか」

「酷いことを言ってくれる。これでも人並みの良心くらいは持ち合わせているつもりなんだが」

「まあ、それは良いんだが」

「いや、良くはないぞ」

「どう思う、この状況」

「無視か。……まあ、そうだな。早急に対処する必要があるだろう」

 無視されたことに多少いじけながらも黒ずくめの青年、綺崎刀夜は真剣な表情でそう言った。

「わたしは防衛戦の指揮を執らねばならない。悪いが、ここは任せるぞ」

「それは構わないけど、少し人手が足りない。俺たちだけじゃ限度があるぞ」

「イソギンチャクで良ければ」

 そう言って懐に手を入れる刀夜を優斗が白い目で睨む。

「おい、まさか、本当に出すつもりじゃないだろうな。そこから」

「…………」

「出すつもりだったのか」

「まあ、冗談はさておき、こちらも手一杯でな。そっちはそっちで何とかしてくれ」

 微妙に視線を逸らしつつそう言う刀夜に、優斗はこれみよがしに溜息を吐いた。

 笑えないギャグをかまそうとした戦友を放置して、自分も戦闘に加わるべく駆け出す。

 一人残された刀夜は誰にともなく呟いた。

「…………そんなにつまらなかっただろうか」

   *

 それからの戦いは一方的なものになった。

 守る側はたった数人ではあるが、いずれも一騎当千の猛者だ。

 取り分け後から加わった三人の強さが尋常ではなかった。

「薙ぎ払え、ブラストハウル!」

 紡がれた呪文は姿無き力に形を与え、襲い来る邪気の化身どもを粉砕する。

 大技を放った隙を衝いて背後から犬型の邪妖がディアーナへと襲い掛かろうとする。

 だが、

「させません。駆け抜ける矢は疾風の如く。駆けよ、ウインドスラッシュ!」

 ファミリアの即効魔法が走り、空中で無防備になった邪犬の脇腹に突き刺さった。

 邪犬は断末魔の悲鳴を残して地面に落ちると、黒い塵になって消える。

「助かった」

「援護は任せて」

 短く言葉を交わすと姉妹は再びそれぞれの呪文を唱え、力を編み上げていく。

 一方、優斗は防衛線を離れて一人敵の中を疾走していた。

 少し前にかおりから調査に出ていた生徒の一部が戻らないと連絡が入ったのだ。

 気界で封じていた邪気が噴出している現状では、囲まれて孤立した可能性が高い。

 救出に向かおうにも、半端な実力では外に出た途端に食われてしまうのが落ちだ。

「わたしが出られれば良いんだけど、今は結界の展開準備で手一杯なのよね」

「分かった。俺が行こう。大体の場所を教えてくれ」

 かおりの要請に応じて敵陣の中を突破する優斗。

 目指すは旧校舎のあるあたりだ。そこに一際強い邪気と交戦の気配を感じる。

「悪いが時間がないんだ。最初から全力で行かせてもらうぞ」

 立ち塞がる邪妖どもを両手に握った蒼牙で薙ぎ倒しながら、優斗は一気に戦場を駆け抜けた。

   *

 時間は少し遡る。

 普段はあまり人の近づかない旧校舎付近に、数人の少年少女の姿があった。

 会長小早川博信がその権限において召集した学園祭実行部、その部員たちである。

 彼らは先の怪物騒ぎで出た被害を集計するためにこんなところまで来ていたのだ。

 一応学園の内部である。

 老朽化した建物だけに、攻撃されていればさぞかし派手に壊れていることだろう。

 だが、一同が調査を始める前に異変は起きた。

 大気が大きく振動し、不吉な気配があたりに広がる。

 何人かがそれに気づいて周囲を警戒するが、不用意にも誰かが一歩を踏み出してしまった。

 踏んでしまったのはライオンの尻尾か。

 雄たけびを上げながら旧校舎の壁を突き破って現れたのは野犬のような姿をした魔物だった。




   *

  あとがき

龍一「姉妹の絆が敵を討つ!合体攻撃、必殺・インディジブルブラスト!」

ディアーナ「が、合体……(真っ赤)」

ファミリア「ね、姉さん、何を想像してるんですか(真っ赤)!」

優奈「っていうか、女同士で合体は無理かと(汗)」

美里「カッコいい〜!

龍一「えーと、今回は初の姉妹共同戦線のお話でした」

美里「何故合体攻撃?」

龍一「それはほら、お約束ってことで」

優奈「まだまだ戦いは続きそうですけど、わたしたちってしばらく出番ないんでしょうか」

龍一「いや、前にも言ったけど、既に終盤に突入してるわけで」

美里「キャラを遊ばせておく暇はないと」

龍一「そういうことだ」

ファミリア「ここまで張りに張った伏線も消化しないといけませんしね」

龍一「そういうことで、今回はここまでです。楽しんでいただけましたでしょうか」

ディアーナ「また次回もよろしく」

一同「ではでは」

   *

 





合体とドリルに変形はロマンなんですよ。
美姫 「って、巨大ロボットじゃないんだから」
あははは、冗談だ、冗談。
美姫 「ともあれ、緊迫した状態が続くわね」
ああ。更に、最後に出てきた魔物。
果たして、強さはいかほどなのか。
美姫 「益々もって目が離せない展開よ!」
次回も非常に待ち遠しいことこの上なし!
美姫 「次回も待っていますね〜」
ではでは。



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