第35話 夢現

   *

 そこにいたのは自分と瓜二つの姿をした少女だった。

 同じ顔。同じ瞳が困ったような複雑な色を揺らしてこちらを見ている。

「驚いたでしょ。彼女、あなたのお姉さんなのよ」

 呆然と立ち尽くす李沙に、施設の警備をしているはずの美姫がそう声を掛けてきた。

 衝撃の事実のはずだった。しかし、李沙は声を上げるどころか眉一つ動かさない。

 あまりの無反応に、衝撃で脳が麻痺してしまったのかと周囲が心配し出す程だ。

 やがて李沙は無言のまま懐に手を入れると、そこから一本のナイフを取り出した。

 その切っ先が少女へと向けられるに至って、雪那はようやく状況を察して声を上げた。

「李沙、お止めなさい!その娘は……」

 慌てて上半身を起こし、止めようと手を伸ばす。

「雪那、そいつは敵だよ。顔を見るのは初めてだけど、気配が敵にいたのと同じだもの」

「違うのです。彼女は本当にあなたの……」

「あたしに姉なんていない。それは雪那が一番知ってるはずでしょ」

「そうではないのです。お願いだから話を聞いて……」

 急に声を上げたのがいけなかったのか、言葉の途中で胸を押さえて咳込む雪那。

「あたしに姉なんていない。まやかし、消え去れ!」

 淡い光を纏ったナイフを手に、一気に踏み込もうとする李沙。

 その李沙の脳天を美姫が愛刀・紅蓮で打った。

「李沙!?

 崩れ落ちる娘に雪那が悲鳴を上げ、少女が慌てて駆け寄って助け起こす。

「峰打ちよ。まあ、軽い脳震盪くらいは起こしてるかもしれないけどね」

 そう言って、彼女の手からこぼれたナイフを拾い上げる美姫。

「おいおい、何も殴って気絶させることはないだろう。しかも紅蓮で」

「言葉で説得して止められるような雰囲気じゃなかったでしょうが」

 隣のベッドで様子を聞いていた浩がそう言って咎めるが、美姫は何処吹く風である。

「にしても、こんな物騒なものどこで手に入れたのかしら。雪那、あなたじゃないわよね」

 未だ光を纏ったままのナイフを弄びながら聞く美姫に、雪那は批難するような目を向ける。

 それにやれやれと肩を竦めつつ、美姫は反対側のベッドへと目を向ける。

「あなたも命拾いしたわね。こんなんで斬られたら存在ごと消滅するとこだったわよ」

「それはどうも」

 少女に軽くナイフを持ち上げて見せるが、こちらからも似たような反応を返されてしまった。

「嫌われたな」

「煩いわね」

 ニヤニヤと笑う浩に、憮然とした表情で投擲用の小型ナイフを一本投げて黙らせる。

「あー、話を戻しましょう。それで、結局のところ優李、あなたはどうしたいわけ?」

 ぷすっという音がして大人しくなる浩を横目で確認しつつ、美姫は目の前の少女へと尋ねる。

「恐ろしい人ですね」

「ええ。長く世界に留まっていたいのでしたら、決して逆らわないことです」

 何やら身を寄せ合ってこそこそと囁き合う二人。

「そこ、聞こえてるわよ」

「いや、妥当な評価だと思うんだが」

「あんたは一々突っ込みを入れるためだけに復活してきてるんじゃないわよ」

「ぐはっ!?

 再び投げられた小型ナイフに、すぐさまベッドに沈む浩。

 せっかく復活したのだから、黙っていれば良いのにと雪那などは思うのだが。

「とにかく、話を進めましょう」

 再度美姫に促され、優李と呼ばれた少女は頷いてもう一度最初から話し出した。

 李沙の接近を察知して中断されていたのだが、彼女は今回、敵側の特使として来ていたのだ。

「率直に申し上げます。我々はあなた方との和平を望んでいる」

 雪那の前に現れた彼女の、それが最初の言葉だった。

 巡回中に遭遇して同じことを言われた美姫などは随分と面食らったものだ。

「散々暴れておいて、今更それはないんじゃない」

 虫がよすぎると言う美姫に、優李も頷きつつこれまでの経緯を語った。

 彼女を含む一連の事件の首謀者たちは最初、事を荒立てるつもりはなかったのだという。

「時代に抗い続けるにはわたしたちはあまりに非力でした」

 そこで、共存者連盟に掛け合って保護してもらおうとしたのだが……。

   *

「断られたのか!?

 エオリアの話を聞いたディアーナは思わず声を上げた。

 研修中の保安局員である彼女でも連盟の基本方針くらいは知っている。

 その連盟が共存を望むものたちを無碍に扱うなどあってはならないことのはずだった。

 可能性があるとすれば、そのものが社会が容認し得ないほどの危険性を孕んでいる場合だが。

 そのことをディアーナが目で問うと、彼女は微かに眉を顰めた。

 伝わらなかったかと思い、ディアーナがもう一度今度は言葉にして尋ねようとしたときだ。

「あいつら、自分たちの身の安全を確保するために彼女を消そうとしたんだ」

 呟くように、だがはっきりと言ったエオリアのその言葉に、姉妹は先程以上の衝撃を受けた。

   *

「古代の結界術を復活させるため、わたしは人柱として使われるはずでした」

 優李の口から出たその言葉に美姫が眉を顰め、雪那が沈痛な面持ちで俯く。

 彼女は自分が身代わりになるからと言って、双子の妹を雪那に託したのだ。

 もう10年も前のことだ。

 四天宝刀の一人として雪那も手を尽くしたが、極秘の計画故についに防げなかった。

 頑強な抵抗を続けていた彼女たちの両親は儀式の予定より一週間前に事故で他界している。

 おそらくは組織の暗殺部隊によって消されてしまったのだろう。

 時を同じくして、拉致同然に連れていかれた優李自身がどうなったのかは雪那も知らない。

   *

「酷い……」

 怒りに肩を震わせるファミリアをそっと手で抑え、ディアーナがエオリアに話の続きを促す。

   *

 あたしが彼女の夢と出会ったのは儀式が執行される6日前の事だった。

 現実の彼女は暗いところに監禁されているらしく、どことなく歪な夢だったのを覚えている。

 あたしが夢を分けてと頼んだら、壊れそうな笑顔を浮かべていいよって言ってくれた。

 少しだけで良いってちゃんと言ったんだよ。

 なのに、彼女はすぐに必要が無くなるからって言って、好きなだけ食べていいよって。

 本当に、子供のあたしにも分かるくらいに、無理して笑ってた。

 あたしは夢魔だから、彼女が本当は優しいきれいな夢を持っているんだって分かった。

 それをこんなに歪めちゃってる現実の世界が許せなくて、あたしは彼女に言ったんだ。

 こんな偽物の夢なんていらない。

 あなたが本当にひとかけらだってあげたくないっていうような夢じゃなきゃ。

 でなきゃ、食べたってまずいに決まってるもの。

 そしたら彼女、目を丸くしてた。それから本当に済まなさそうに笑ったの。

 自分はもうすぐいなくなるから、そんな夢は見られないし、あげることも出来ないって。

 けど、あたしは欲張りだから、やっと見つけた目の前のご馳走を簡単に逃がしたりはしない。

 気がつけば、あたしは彼女の手を取って言っていた。

 大丈夫。あたしが何とかしてあげる。

 そんな偽物の夢じゃなくて、今度こそ本当に心の底から大切に出来る夢を見れるように。

 そしたら、今度こそたっぷりご馳走してもらうからね。

   *

 事件は儀式執行の2日前に起きた。

 大軍を率いてエオリアが儀式を行なおうとしていた連盟の施設に乗り込んできたのだ。

 すべてはあっという間だった。

 流れるような手際で監禁されていた優李を救出、居合わせた関係者は一人残らず虐殺された。

 後には施設の壊滅という事実だけが記録として残され、今も当時の真実を知るものは少ない。

 だが、連盟にとってそれが消し去りたい汚点であることは明白で……。

「あちらはわたしの身柄引き渡しを条件にこちらの要求を呑むと言ってきました」

 優李の無事にホッとしたのも束の間、彼女の口から出たその言葉に雪那は深い憤りを覚える。

「わたしはそれに応じようと思います」

「そんな、どうして……」

「良いんです。わたし一人の命でわたしの大切な人たちの未来が少しでも明るくなるのなら」

 堪らず声を上げる雪那に、優李はそう言ってにっこり微笑んでみせた。

「あんたは良いわよね。そうやって自分勝手な自己満足で死ねて」

 淡々と、寧ろ冷たい調子でそう言ったのは美姫だった。

「自己犠牲なんてナンセンスだから止めなさいって言ってるのよ。そんなことしたって、誰も喜んだりはしないわ。いいえ、精々あんたを疎ましく思ってる連中を喜ばせるくらいが関の山」

「しかし、それではあの人たちが……」

「ああもう。これだから勘違いバカはむかつくのよ」

 優李の反応に、じれったそうにがしがしと頭を掻く美姫。

「あんたもここまで派手なことしたんだから、連盟のトップを転覆させるくらい言えないの?」

「そ、それって、クーデターって言うんじゃ……」

「そうよ。クーデターよ。女の子一人容認出来ない連中なんていっそ滅びたほうが世の為だわ」

「まあ、クーデター云々はともかくとして、非は向こうにあるわけだしな」

 熱くなって過激なことを口走る美姫に、いつの間にか復活していた浩も苦笑しつつ頷く。

「心配しなくても失敗したときは家に来れば良いよ。女の子はメイドとして雇ってあげるから」

「あんたにはファミリアがいるでしょうが」

「ま、まあ、冗談はさておき、本当に訴えるとかするんなら協力するよ」

「妥当、悪の秘密結社よ!」

 本人を他所に盛り上がる二人に、優李はどうして良いか分からずに雪那のほうを見る。

「わたくしも従う必要はないと思います。しかし、クーデターですか……」

「あ、あの、ここまで実力行使をしてきたわたしが言うのもあれなのですが、出来れば穏便に」

「いいえ、その手の連中はとことん叩かなければ懲りないのです」

「は、はぁ……」

「ちょうど良い機会ですし、組織の腐敗を一掃してしまいましょう」

 こちらも珍しく熱くなっている雪那に、事態の収拾を頼むのは無理そうだと諦める優李。

 普段は抑える側の人間が騒ぐ側に回ると収集がつかなくなるというのは本当のようだ。

 何となく溜息を漏らしつつ、李沙の寝ているベッドへと目を向ける。

 妹はまだ意識を失ったままだった。

 何だか必死に笑いを堪えているようにも見えるのは彼女の気のせいだろうか。

 ちなみに、騒ぎはこの後医務室の主が雷を落とすまで続いたとか。

   *

 上で決起の話が決まりかけている頃、下でもエオリアが姉妹に協力を取り付けていた。

「でも、良いんですか。研修中とはいえ、姉さんもれっきとした連盟の一員なんでしょう」

「何、構わないさ。内部告発のようなものだしな」

 姉の立場を心配する妹に、当の姉はあっけらかんとした調子でそう言ってのける。

「それより優斗たちを追いかけるぞ。あいつらも話せば手伝ってくれるだろうからな」

 そう言って立ち上がるディアーナにファミリアが頷き、エオリアもその後に続く。

 それは一つの流れが変わった瞬間だった。

   *

 遺跡の最奥へと続く通路を走りながら、優斗は奇妙な違和感に囚われていた。

 現れるモンスターはどれもそこそこ協力なのだが、まるで手応えを感じない。

 数が、最初の頃に比べて圧倒的に少ないのだ。

 まるでわざと奥へと誘っているかのような……。

 そこまで考えて、優斗ははたと足を止めた。

 そこは先にディアーナたちと別れた講堂のような場所に似た、天井の高い空間だった。

 奥に見えるのはその天井にまで届きそうな巨大な扉。そして、その前に……。

「遅かったじゃないか」

 魔剣ベルフェルムを従える青年、ベルがその黒く禍々しい刃を手に立っていた。



   *

  あとがき

龍一「敵の目的、それは生存という切実なものだった」

優奈「連盟も一枚岩ではなさそうですし、本当にクーデターでしょうか?」

龍一「おいおい、君までそんなことを(汗)」

優奈「最近は出番もありませんし、いっそあとがきでクーデターを起こしましょうか」

龍一「完結が近いんだ。頼むから穏便に、穏便に〜」

優奈「仕方ありませんね。その代わり、ちゃんとわたしの見せ場も用意してくださいよ」

龍一「分かってるって」

優奈「それでは次回、第36話『魔剣覚醒』でお会いしましょう」

龍一「完結まで後僅か。ラストスパート行きま〜す!」

   *

 





終結へと向けて物語りが進んで行く〜。
美姫 「敵の目的も分かったしね」
うんうん。
美姫 「それにしても、連盟の奴〜」
まあまあ。落ち着け。
美姫 「うぅぅ〜。で、次回はどうなるの!」
って、俺に聞かれてもな。
美姫 「むむむ。それもそうね。次回が気になるけれど、少しは落ち着かないとね」
そうそう。それじゃあ、また次回で。
美姫 「まったね〜」



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