第36話 魔剣覚醒

   *

「遅かったじゃないか」

 黒光りする刃を手に、青年、ベルは不敵な笑みを浮かべて優斗たちを見た。

「優斗、あれが?」

「ああ、瘴気の魔剣ベルフェルム。封印剣フェルミナの変異体だ」

 小声で聞いてくる蓉子に、優斗は厳しい表情で頷いてそう言った。

 その昔、瘴気の化身を封じたとされる異国の聖剣フェルミナ。

 数百年の長きに渡ってその身に瘴気を吸収・封印し続けたことから、封印剣の名が付いた。

 だが、無限に増え続ける瘴気はやがて聖剣の容量――キャパシティ――を超えてその存在を変質させてしまった。

 その結果が今、彼らの目の前にある魔剣だ。

「おまえにはこいつの件で世話になったからな。直々に引導を渡してやるよ」

 そう言ってベルはベルフェルムの切っ先を優斗に向ける。

 そこに暗黒の瘴気が集中するのを見て、優斗は小さく舌打ちした。

 ベルフェルムは吸収した瘴気に特定の方向性を持たせ、自在に操る魔剣である。

 その攻撃はエオリアの瘴気波よりも多彩かつ協力だ。

 射界を狭めることで密度を上げた瘴気の波が床を砕きながら一直線に優斗へと突き進む。

 二人は左右に跳んでそれを避けると、弧を描くようにして左右からベルへと迫った。

 ベルは優斗に対して球状の瘴気を放って牽制しつつ、懐へと飛び込んできた蓉子へと大剣を振り下ろす。

「小娘、邪魔するんじゃねえ!」

「舐めないで。炎殺拳・焼打っ!」

 振り下ろされた刃を掻い潜ってベルの腹へと押し当てた蓉子の掌から炎が噴き出す。

「ぬぉっ!?

 体を焼かれた痛みに顔を顰め、慌てて距離を取るベル。

 物理的な燃焼でないせいか離れると炎はすぐに消えたが、きれいに手形の火傷が残っている。

 そこへ体勢を立て直した優斗が蒼牙で切りかかり、ベルはとっさに大剣を横へと薙いだ。

 変幻自在の妖刀と瘴気を司る魔剣の攻防は普通の剣術とは比較にならない激しいものだった。

 大剣と大剣がぶつかり合ったかと思えば、次の瞬間には小太刀の二刀による連撃へと変わる。

 対するベルは軌道を読んで2、3撃を一度に受けては力押しでバランスを崩そうとしてくる。

 優斗はそれに無理に攻め入ろうとはせず、一度退く。

 そこへ踏み込もうとしたベルの体を蓉子の放った炎が包み込んだ。

「ちっ、ベルフェルムよ。我に力を!」

 叫んで魔剣の柄を握る手に力を込めると、ベルは大剣の一振りで炎を振り払った。

 その身体には先の手形以外にダメージは見られない。

 そして、剣を正面へと戻したベルは先程以上に鋭い踏み込みで優斗へと迫ってきた。

 大剣の蒼牙で受け止めた優斗は予想以上に重いその一撃に、堪らず後方に吹っ飛ばされる。

「優斗!?

 背中から壁に激突して倒れる優斗に、蓉子が慌てて駆け寄ろうとする。

「おっと、余所見してるんじゃねえぞ」

「きゃぁっ!?

 優斗を助け起こそうとしていた蓉子も瘴気の剣風を受けて床に転がされる。

「どうした、威勢の良いのは最初だけか」

「このっ、放せ、放しなさいよっ!」

 倒れた蓉子の頭を片手で掴んで持ち上げるベル。蓉子は逃れようともがくがびくともしない。

「おい、少年。いつまでもそんなとこで寝てて良いのか?」

「…………」

「ほれほれ。早く起き上がってこないとこのじょうちゃんの頭が潰れちまうぞ」

「……こら、優斗。何気絶してんのよ。さっさとこいつぶちのめしてあたしを助けなさいよ!」

 そう言ってじわじわと手に力を込めるベルに、蓉子が痛みに顔を顰めて喚く。

「ひでぇ男だよな。女の子一人満足に助けられないなんてよ」

「…………」

「おまえもこんな奴の女してないで俺と一緒に来ないか」

「…………」

「ふん、痛みに声も出ねえか」

 侮蔑の篭もった目を手の中の少女と未だ倒れたままの少年へと向ける。

 特に一度は自分を圧倒した少年の実力がこの程度というのには正直、落胆を隠せなかった。

 仲間に聞いた話では失われた古代の退魔剣術をほぼ完全に使いこなせるとのことだが。

「とんだ期待外れだな。こんな奴が絶対者だなんて、笑わせてくれるぜ」

 吐き捨てるようにベルがそう言ったとき、それまで反応を示さなかった蓉子の肩が跳ねた。

 それが合図だったかのように、それまでぴくりとも動かなかった優斗が反応を見せる。

「ようやく起き上がってきたか」

 やれやれというふうに呟くと、掴んでいた蓉子を脇へと放り、両手でベルフェルムを構える。

 放り投げられた蓉子は咳込みながらも何とか身を起こすと、慌ててその場から距離を取った。

 その様子に怪訝そうに眉を顰めつつ、ベルは優斗へと目を向ける。

「絶対者、か。貴様もその名で俺を呼ぶんだな」

 ゆらりと立ち上がって剣を構える優斗。

 その瞳に輝く青を見た瞬間、ベルは本能的にその場から飛び退いていた。

「遅いな」

 刹那、優斗の姿が掻き消えた。

 いや、あまりに速く動いたため、ベルには消えたように見えたのだ。

 一瞬の後、ベルは背後の扉に叩きつけられていた。

「くっ、何だって言うんだ」

 口元の血を拭いながら立ち上がったベルに、蓉子が哀れむような視線を向けて言った。

「あーあ、やっぱり解放しちゃったか。こうなるともう手が付けられないのよね」

「何を言ってる」

「本気モード。この状態のあいつは他の宝刀使いが全員束になっても勝てないわ」

「おい、嘘だろ!?

 蓉子の言葉に、思わず絶叫するベル。

「ま、あいつの体じゃ持って10分ってとこだろうから、精々殺されないように頑張りなさい」

 完全に人事の調子でそう言うと、蓉子は被害が及ばなそうな距離まで避難する。

「聞いての通りだ。時間がないからサクッといくぞ。後悔とかその他諸々は向こうでしてくれ」

「サクッとやられてたまるかよ。こうなったらこっちも奥の手だ。おい、シルフ!」

「呼んだ〜」

 ベルの呼び掛けに、いつぞやの青髪の少年がやる気のなさそうな返事をして出てくる。

「おまえが抑え込んでるこの剣の瘴気を全部解放しやがれ。纏めてあいつにぶつけてやる」

「そんなことしたら、封印してる例の化け物が出てきちゃうよ」

「構うもんか。こんなとこで殺されたら優李たちに申し訳が立たないだろうが」

「……知らないからね」

 ゆっくりと解放した力を練る上げながら近づいてくる優斗に、ベルが切羽詰った声を上げる。

 怒鳴られたシルフは渋々というふうに魔剣の刀身に手を這わせた。

 刹那、ベルフェルムの刀身が赤く発光した。

 同時に膨大な瘴気の本流がベルの身体へと押し寄せる。

 ベルは尋常ではない精神力でそれを抑え込むと、優斗に向かって床を蹴った。

 大柄な身体が弾丸のような速さで迫り、振るわれた大剣を優斗は蒼牙で受け止めてみせる。

 激突の振動が講堂全体を揺らすその様に、蓉子は呆れるあまり開いた口が塞がらない。

「……人間の成せる業じゃないわね」

「同感」

 思わず口にしたその言葉に、先程シルフと呼ばれていた少年がうんうんと頷く。

「あなた、いつの間に」

「ベルが飛び出した瞬間だよ。危なそうだったから、こっちに転移したんだ」

「へぇ、坊や、なかなか賢いわね」

「坊やじゃないよ。今はこんな姿だけど、わたしはれっきとした女の子なんだから」

 感心したように褒める蓉子に、しかしシルフは違うと唇を尖らせた。

「それは失礼。じゃあ、シルフちゃん」

「うーん、その名前も本当は違うんだけど、まあ良いや。それで、何?」

「この戦い、どうなると思う」

 激しくぶつかり合う男二人の様子を見つつ、蓉子はそうシルフ(仮)に尋ねる。

「タイムオーバーで両方ダウンかな」

「お互いに決め手になるような攻撃がなければ、でしょ」

「そうだね。で、その後にあの剣の封印が完全に解けてジ・エンド」

 ふわふわと宙に浮かびながらまるで他人事のように言うシルフ(仮)。

「ちなみに、あれには何が封印されてるの?」

 伝承では瘴気の化身と記されているだけで、具体的にそれがどんなものなのかは分からない。

 ただ、それを封じているあの剣は現在は失われた特殊な技法で作られたものだとされている。

 それが蓉子には興味があるのだ。

 情報源は優斗が古典教諭の石橋に解読を依頼していた古文書である。

「ベルフォード・ウィズ・ギガンティア。……獣王神って言ったほうが分かるかな」

 答えてシルフ(仮)は頭の後ろで組んでいた腕を解いた。

「ほら、出てくるよ」

 彼女が指差した先では先程の予想通りの結果になろうとしていた。

 傷だらけになって倒れる二人。判定は痛み分けといったところだろうか。

 ベルフェルムは主の手を離れ、その刀身は17の破片に砕かれていた。

 そこから立ち昇る瘴気が天井付近に滞留し、次第に濃度を増しながら何か形になろうとしている。

「あちゃぁ、遅かったか……」

 そこへディアーナたちが駆けつけ、状況を把握したエオリアが声を上げる。

 道すがら、姉妹に優斗たちの実力を聞いた彼女は二人に先を急ぐよう促していた。

 それというのも、決着を急ぐあまり、ベルが魔剣を開放する危険があったからだ。

 案の定、封印は破られ、今正にそれが姿を現そうとしている。

「あれが獣王神、瘴気の化身だよ」

 シルフの指差す先で、それは巨大な獣の姿となって歓喜の咆哮を轟かせた。

   *

「戦っちゃダメだよ!敵意を向けなければあいつは襲ってこないから」

 実体化した直後の隙を狙って仕掛けようとするディアーナたちをエオリアが止めた。

「だが、このまま奴を放置するわけにはいかないだろう」

「この状況で仕掛けるの?下手に刺激して戦闘になったらやられるのはこっちだよ」

 反論するディアーナを一喝して黙らせると、エオリアは倒れている二人の元へと走った。

「大丈夫、ボロボロだけど命に別状はないみたい。シルフ、そっちは?」

「まあ、体に溜まってる瘴気を浄化すれば何とかなりそうかな」

 問われてベルの様態を確かめていたシルフはそう答えると、彼の巨体を軽々と持ち上げた。

「んじゃ、さっさとブラグーンシステムの修復をやっちゃおう。ファミリアたちも一緒に来て」

 シルフの回答に一つ頷き、そう言うとエオリアも優斗を担いで走り出す。

 ベルフォードはこちらを一瞥して、それきり興味を失くしたようにその身を床に横たえた。

 巨大な犬が体を丸めて休んでいるその様に、3人は思わず顔を見合わせる。

 それから慌ててエオリアたちの後を追うのだった。



   *

  あとがき

龍一「優斗とベルの戦いは痛み分け」

李沙「まったく、上の人たちは和解したってのに、何やってんだか」

龍一「仕方ないだろ。この時点では二人ともそのことを知らないんだから」

李沙「それにしても、獣王神って何?」

龍一「昔の関係者がそう呼んでたってだけだよ。獣の姿で、すごい強さだったから」

李沙「ようするにラスボスにそれらしい肩書きがないと格好がつかないからつけたのね」

龍一「昔にもそういう漢がいたんだよ。きっと」

李沙「まあ良いわ。それで、前回気絶させられたあたしは今どうなってるの?」

龍一「ベッドの上だよ。実は意識は戻っていて、話を聞いてたってのはお約束だけど」

李沙「で、次回はあたしと自称お姉さんとの対話ってわけね」

龍一「優奈がマジ泣きしてあたふたする優斗とかもあるけどな」

李沙「最近出番のなかったかおりさんとか、正体が発覚して遊ばれてる友子猫とか」

龍一「次回、第37話『共同戦線前夜』です」

李沙「完結まであと3話!どうか最後までお付き合いくださいね」

   *

 




解かれた封印。
美姫 「果たして、どうなるの」
って、まあ寝てるだけみたいだけど。
美姫 「今の所はね」
一体、どうなるのか。
美姫 「あと少しで終わってしまうのね」
寂しいな。
だが、最後も気になる〜。
美姫 「無事にハッピーエンドになるのかしらね」
そして、新しいメイドが増えるのか!?
美姫 「って、そこなの!?」
じょ、冗談ですよ、勿論。
美姫 「ジトー」
あ、あははは。こ、今回はこ、この辺で。
ではでは。
美姫 「はぁぁぁ。よし! 気を取り直して。それじゃあね〜」



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