非常灯の光を照り返して、銀の煌めきが虚空を滑る。

 風を切る音を耳元に聞きながら、優李は全く同じ軌道で反撃を放った。

 すぐに李沙の伸びきった腕が引き戻され、再び放った銀が彼女の真紅を受け止める。

 静寂に、硬く鋭い音が響き渡った。

 聞こえるのは僅かに乱れた互いの息遣いと、非常灯の発する低い機械音のみ。

 先刻の会議の後、割り当てられた部屋へと戻った優李を待っていたのは李沙だった。

 話がある。そう言って入室の許可を求める彼女を優李は部屋へと上げた。

「正直、どうすれば良いのか分からないんだ」

 長い沈黙の後にそう言った李沙の表情は正に言葉通りのものだった。

 雪那を傷つけたエオリアも、その仲間である優李のことも許すのは難しい。

 しかし、こうして向かい合っている彼女が自分の姉であるということも何となく分かるのだ。

 許せない相手のはずなのに、傷つけようとすると心が苦しくなる。そんな気持ちは初めてで。

「あたし、あなたのこと何も知らないけど、本当の家族だってことは分かるから」

「わたしもよ。だから、初めて見かけたときには驚いたわ」

 どちらからともなく二人は笑みをこぼす。

「何かマンガみたい。離れ離れになっていた姉妹が敵同士として再会するなんて」

「あなた、そういうの好きなの?」

「友達にマンガ好きな子がいるんだ。その影響かな」

「そう。それじゃあ物語らしく、わたしたちの積年の思いも剣で語りましょうか」

 はにかむように笑う李沙に、優李は柔らかな微笑で答えると懐からナイフを取り出した。

 後ろに引き絞られた李沙の腕が動き、切っ先が僅かに下へと向けられる。

 放たれるのは必殺の威力を秘めた一撃だ。

 李沙も昔捨てられたことを今更根に持ったりはしていない。

 これはほとんど初対面の相手をこれから姉と呼べるようにするための儀式なのだ。

 それが分かっているから、優李も全力で持ってそれに答えた。

 銀と真紅が激突し、再び甲高い音があたりに響いた。

 衝撃に腕が痺れる。少女の細腕から放たれたとは思えない程にその一撃は重いものだった。

 踏ん張った足が廊下を滑り、二人の間に距離が開く。

 二人はすぐさま体制を立て直すと、同時に床を蹴ろうとして後ろから誰かに肩を掴まれた。

「おい、こんな朝早くから何をやってる」

 やや低い声でそう言ったのはディアーナだった。優李の後ろにはファミリアもいる。

「戦闘になるから体を休めておくように言われたのを聞いていなかったんですか」

 優李の肩を掴んだまま責めるような調子で言うファミリアに、二人は思わず顔を見合わせた。

「姉妹のスキンシップも結構だが、今は休め。良いな」

 ディアーナはそう言って李沙の手からナイフを取り上げると、それを自分の懐へと仕舞う。

「あ、それあたしのナイフ!」

「おまえの、じゃないだろう。これは貸しただけだ。遊びに使うんなら返してもらうぞ」

 言って背中を向けて去っていくディアーナの後を李沙が慌てて追いかける。

「優李さんも。ベルフォードを刺激しないためにも極力戦闘行為は避けてくださいね」

「ごめんなさい。少し遅かったみたいです」

「えっ?」

 困ったように天井を仰ぎ見る優李に、ファミリアは思わず固まった。

 地下にいても知覚出来るほどの巨大な瘴気のうねり。

 間髪置かずに鳴り響いた緊急警報に、李沙の動きが一瞬止まった。

 廊下の先で角を曲がろうとしていたディアーナが舌打ちして戻ってくる。

「ぼーっとしてるな。出撃だ!」

 固まっている妹と困り顔の優李を一喝して、ディアーナは地上への階段を駆け上がった。

 外では既に戦闘が始まっているようで、爆発やら何やらの音が聞こえてくる。

 獣王神などと呼ばれるような化け物が相手というのは正直、ぞっとしないが……。

 逃げ出す訳にもいかないか。そのためにわざわざ戻ってきたのだからな。

 そう覚悟を決めると、ディアーナは戦場へと躍り出た。

   *

  第38話 存亡を懸けて

   *

 獣王神襲来の報を受けてから大した間もなく、それは校庭に姿を現した。

 見上げるような巨体の着地に地面が揺れ、そこにいたものたちの混乱に拍車を掛ける。

 そんな中、かおりは予め呼び集めておいた巫女たちを連れて屋上へと向かっていた。

 敵があまりに巨大なため、並の機動力では近づくこともままならない。

 況してや攻撃時に隙の生じやすい霊力技主体の巫女では近接戦など望めるべくもなかった。

 そこで、かおりは彼女たちを纏めて遠距離からの狙撃に回し、自ら指揮することにしたのだ。

 屋上には連盟が撤退の折に引き上げてきた増幅器が互いに干渉し合うように配置されている。

 さすがにライテウス級の砲撃は無理だが、それでも十分に安全圏から強力な射撃を行なえる。

 この射撃を受けて、動きの鈍くなったベルフォードへと地上の高速機動部隊が迫る。

 中でも先陣を切って飛び出したのが紅の剣姫の異名を持つ四天宝刀の一人、紅蓮の美姫だ。

 彼女はいきなりトップスピードでベルフォードの巨体に突っ込むと両手に握った2本の刃を縦横無尽に振るった。

「ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 痛みに巨体を暴れさせるベルフォード。

 さすがに側にい続けるのはまずいと思ったのか、美姫は舌打ちして距離を取った。

 そこへ再び霊力波が降り注ぎ、暴れる巨体の表面に多数の小爆発を引き起こす。

 ベルフォードは雄叫びを上げて爆煙を吹き払うと、その体から瘴気を噴出させた。

 その一部が美姫に切られた傷を塞ぐのを見て、彼女は思わず顔を顰めた。

「攻撃の手を休めないで。無限に再生するわけじゃないわ!」

 叫んで巨大な炎の塊を放つ蓉子に、美姫も頷いて再び距離を詰める。

 だが、やはり一筋縄ではいかない。

 何とベルフォードはあふれさせた瘴気を凝縮して小型の分身を放ってきたのだ。

 小さいといっても人間の大人程度の大きさはある。それが全部で16匹。

 いきなり出現した巨大狼の群れに、かおりたちはたちまち攻撃を分散せざるを得なくなる。

「霊力波を集束から連射に切り替えて弾幕を張るのよ!敵を校舎に近付けないで」

「しかし、それでは本体に与えるダメージが減ってしまいます。回復に追いつかれますよ」

「それは下の人たちに対応してもらって。こっちはとにかく敵の進軍を阻止出来れば良いわ」

 異論を挿む部下の一人に半ば強引にそう言うと、かおりは地上へと目を向けた。

「てぇぇぇいっ!」

 巨大なミスリル銀の刃を振りかぶり、猫又姿の坂上友子が疾走する。

 能力を全て解放しているのか、ふわりと翻るスカートの下に真っ白な猫の尻尾が見えている。

 その尻尾を追いかけるように、追随する一文字が狼の脇腹へと鍵爪を突き立てる。

 切り裂かれた狼たちは断末魔の叫びを上げて霧散した。

 ――本体には届かなくても分身を減らすことくらいは出来るのだ。

 半数まで減ったところで、ベルフォードは再び瘴気を放出して分身を生み出す。

 だが、その数は明らかに先のそれより少なく、敵の瘴気が有限であることを物語っていた。

 分身に襲われたこちらも無傷とはいかないが、これなら勝算は十分にある。

   *

 次第に傾きつつある形勢に、モニター越しにその様子を見ていた男は忌々しげに顔を歪めた。

「緒戦は千年前の異物か。しかし、四天宝刀までがあれに味方するとは……」

 男にとって誤算だったのは抹殺対象の周囲に最強クラスの戦士が揃ってしまったことだ。

 彼らをぶつけ合わせて消耗させ、弱ったところを配下の暗殺部隊に始末させるつもりだった。

「まあ良い。多少予定は狂ったが、あの化け物との戦いで消耗した連中を一網打尽にすれば」

「残念だが、それは無理だな」

 邪悪な笑みを浮かべてそう言いかけた男のすぐ後ろで誰かが言った。

「なっ、貴様、いつの間に……」

 思わず叫んで立ち上がりそうになった男の首へと、冷たい金属が押し当てられる。

「動かないほうが良い。うっかりおまえの首を切り落としてしまうかもしれないからな」

「どうやってここに来た。警備のものが何人もいたはずだ」

「話し合いで通してもらったのさ。いや、話の分かる連中で助かったよ」

 晴れやかな表情でそう言う侵入者に、男の背中を冷たい汗が流れる。

「さて、どうして俺が来たのかは分かっているな」

「し、知らんな」

「そうか」

 シラを切る男に、侵入者は淡々とした口調でそう言うと握った刃に僅かに力を込めた。

「分からないならそれでも良い。俺は用事を済ませて帰るだけだ」

「ま、待て。貴様は抹殺対象を庇うのか!?

「誰も抹殺対象を庇ったりなどしていないさ。そんな記録はどこにも存在していないからな」

「なっ!?

 全く悪びれた様子のない侵入者のその言葉に、男は今度こそ絶句した。

「で、では、ここへの侵入はどうだ。貴様が我々にしたことはれっきとした反逆好意だぞ」

「心配しなくても許可はもらっている。それに、先に契約を破ったのはおまえたちだ」

 片方の刃を首に当てたまま、侵入者はもう一方の切っ先を男の眼前へと突きつける。

「言ったはずだ。契約を違え、不当な理由で俺の身内に手を出した場合の保障は一切ないとな」

 言葉とともに閃光が走り、男の意識はそこで途絶えた。

「殺したのか?」

 崩れ落ちる男を冷たい目で見下ろす優斗に、背後から声が掛けられる。

「刀夜か。いや。ただ、肉体が朽ち果てるまで眠ってもらっただけだ」

「恐ろしいことをさらりと言うな。それは死んでいるのとどう違うのだ」

「肉体が生命活動をしている。それと暗示を掛ければこちらの質問には答えてくれるぞ」

「なるほど。では、必要な情報を引き出した後は病院にでも入れておけば良いな」

 優斗の言葉になるほどと頷くと、刀夜は倒れている男を担ぎ上げた。

「後の処理はこちらでやっておこう。おまえは早く戻れ」

「戦況、芳しくないのか?」

「いや。だが、獣王神とまで呼ばれた相手だ。このまま何も無く終わるとも思えん」

「分かった。後は頼む」

 刀夜の警告に、優斗は頷いてそう言うと急いで学園へと戻った。

   *

「凍てつく冷気よ、水を纏いて氷槍となり、我が敵を貫け。フリージングランス!」

 ファミリアの手から放たれた魔力が4本の氷の槍となって分身の一体へと襲い掛かる。

「これで貫けない防御はない、ってな。食らいやがれ、散弾地雷クレイモア!」

 別の一体が本郷の地雷付きナイフなどという物騒な物の投擲を受けて粉々に吹き飛んだ。

「ったく、きりがないな。ここはやはり大技で一気に押し切るしかないか」

「待って姉さん。様子がおかしいわ」

 決着を急ぐディアーナを制し、ファミリアが注意を促す。

「これは、ダメージが蓄積して分身を維持出来なくなったのか」

 ミスリルソードを振り抜こうとした友子の前で、突然一体の分身が瘴気に戻った。

「半分正解。でも、本当にあいつが恐ろしいのはこれからだよ」

 好機とばかりに表情を輝かせるディアーナをシルフがそう言って戒めた。

「エオリア、あいつの周りの瘴気を集められるだけ集めて」

「分かった。皆、行くよ!」

 シルフの指示で5人に分身したエオリアがそれぞれ別々の方向からベルフォードへと迫った。

「ディアーナ、今いる人の中で一番剣の扱いが上手い人って誰?」

「それは紅の剣姫だろうな。彼女がどうかしたのか」

「わたしがその人の剣に入るから、それであいつを切って。そうすればもう一度封印出来るわ」

「本当か。しかし、そんなことをすればおまえは……」

「早く。本体が動きを止めている今がチャンスなんだ!」

「……分かった」

 シルフの気迫に押され、ディアーナは急いで美姫を呼びにいった。

「嫌よ」

 だが、事情を聞いた美姫は即座に拒否した。

「あの優李って子もそうだけど、どうしてそう簡単に自分を犠牲にするとか言えるのかしらね」

「それは、他に方法がないから」

 侮蔑とも取れる呆れた視線を向けられ、シルフは思わず語気を荒げた。

「それにしたって、あなたが勝手にそう思い込んでるだけでしょうが」

「なっ!?

「昔はどうだったか知らないけど、今はこのあたしがいるのよ。見てなさい」

 呆気に取られるシルフを他所に、美姫はそう言うと両手に剣を構えた。

「生贄とか封印とか今時そんなの流行らないのよ。害あるものはその場で滅するのみ!」

 歴代最強と言われる彼女のことを、人は畏怖と尊敬の念を込めて紅の剣姫と呼ぶ。

「ほんと、昔の怪物風情が今更世間様に迷惑掛けてんじゃないわよ。燃やし尽くしてあげるわ」

 艶やかな黒から燃え上がる真紅へ、そして煌く銀色へとその姿を変えて蓉子が吠えた。

「シルバーフォックス!?そんな、現代まで生き残っていたなんて」

「それだけじゃないわよ!」

 疾走する銀の姿に驚愕するシルフの横を巫女服姿のかおりが駆け抜けた。

「あれは破邪真空流奥義之四・絶刀!?

「正しくはその変則型よ。行け、我流奥義・霊絶――れいぜつ――!」

 振るわれた両手の小太刀から合計で4つの霊力波が放たれる。

「ファミリア、わたしたちもやるぞ。究極奥義だ」

「はい、姉さん」

 差し出されたディアーナの手にファミリアが自分の手を重ね、二人は呪文を唱えた。

「離空紅流・鳳凰天昇!」

 交差させて振り下ろされた紅蓮と蒼炎から噴き出した蒼白の炎が不死鳥となって飛び立った。

「ミスリルソード・ハイパースラッシュ!」

 10メートルを超える巨大な蒼銀の一閃がベルフォードの前足を切り飛ばして地に伏させる。

「これで終わりよ!」

 最早動くこともままならない様子のベルフォードへと銀の髪を靡かせて蓉子が迫った。

「あたしの拳が光って唸るっ!おまえを倒せと轟き吠えるっ」

 蓉子の左拳に銀色の光が集い、眩い閃光を放つ。

「集え、森羅万象の力。究極炎殺・光翼、天昇拳!」

 繰り出された拳が漆黒の巨体へと吸い込まれた次の瞬間、あたりを閃光が包み込んだ。

   *

 




おおう。皆が必殺の一撃を今ここに!
美姫 「まさに燃える展開よね♪」
果たして、このまま滅ぼす事が出来たのか!?
美姫 「結末は次のエピローグで!」
という訳で、早速次回を。
美姫 「あ、待ちなさいよね! 私も見るんだから!」



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