愛憎のファミリア2 番外編

  IF〜ファミリアのメイドな1日 GW編〜

   *

 酒に酔っていたんだ。

 その上、彼女の色香に当てられて、理性を保てなかった。

 そんな言い訳にもならない言葉を自分の中で繰り返してみたところで状況は何も変わらない。

 嫌がっているような素振りはなかった。

 向けられたのは寧ろ期待しているような目で。あり得ない現実が一層混乱に拍車を掛けた。

 そして、気がつけばすべてが終わった後だった。

 ――あれから2週間。

 彼女は何も言ってこない。

 表面上はそれまでと変わらず、彼のメイドとして接してきていた。

 まるであの日の出来事が夢であったかのように……。

 だが、違った。

 取り繕っているだけと分かったのは堤防が決壊する寸前だった。

 気づいて、戸惑い、けれど鈍い男にはどうすれば良いか分からなかった。

 そして、気持ちの整理が付かないうちに事件は起きる。

   *

 それは、ゴールデンウィークも終盤に差し掛かったある週末のことだった。

 ぎくしゃくした空気を払拭すべく、浩はファミリアを誘って出掛けることにした。

 友人に頼み込んで譲ってもらったチケットを手に、室内の掃除を終えた彼女へと声を掛ける。

 誘われたファミリアは一瞬きょとんとした表情を浮かべると、顎に人差し指を当てて考えた。

 時間にすれば数秒のことなのだろうが、浩にはそれが何分にも感じられた。

 この間のこともあって、断られるのではないかと気が気ではなかったのだ。

「良いですよ。それじゃ、支度してきますね」

 ぎこちないながらも笑顔を浮かべてそう言うと、彼女は掃除道具を片付けて部屋へと戻った。

   *

「それじゃ、駅前の噴水のところに11時で良いかな?」

 一度家に戻って支度してくるというファミリアに、浩が待ち合わせの時間と場所を伝える。

「分かりました」

 時計を確認して頷くファミリアは今は比較的地味なブラウスにスカートという出勤時の姿だ。

 浩などはこのままでも良いと思うのだが、そこは年頃の女の子である。

 特に想いを寄せている異性と出掛けるとなると、いろいろと思うところもあるのだろう。

 そのあたりの事情に疎い浩は頻りに首を傾げていたが、理由を詮索したりはしなかった。

   *

 ――午前1050分。

 駅前の広場、噴水前――。

 腕時計を見て少し早かったかと思いつつ、浩は適当なベンチへと腰を下ろす。

 待たせるよりは良い。

 それにしても……。

 休日の昼前ということで、行き交う人の数は平日に比べてかなり多い。

 それに駅前広場の噴水といえば、カップルが待ち合わせに使うには打ってつけの場所である。

 従って、そういう雰囲気の男女の二人組みが目立つのも当然といえば当然なのだが。

 ……失敗したかな。

 あまりそういうことを意識させないようにしたかったのだが、これでは却って逆効果だ。

 それ以前に二人きりで出掛ける時点で既にデートであることに彼は気づいているのだろうか。

 程無くして約束の時間となり、ベンチから立ち上がった浩へと一人の女性が声を掛ける。

「あの、お待たせしてしまいましたでしょうか」

 明るい色合いのワンピースに身を包んだその女性、いや少女に、浩は思わず目を丸くした。

「えっと、ファミリアさんだよな」

 他に誰が自分に声を掛けるのだと思いつつ、それでも尋ねずにはいられない。

「そうですよ。ひょっとして、分かりませんでした?」

「いや、でも、どうしたんだい?化粧なんかして」

「姉が男の人と出掛けるのなら化粧くらいしろって。あの、やっぱり似合いませんよね」

「そんなことはないさ。何ていうか、その、大人っぽくて素敵だと思うよ」

 そう言って不安そうに見上げてくるファミリアに、浩は慌てて首を横に振った。

「本当ですか?」

「ああ。それにその服もよく似合っているよ。正直、どこのお嬢さんかと思った」

 勢い込んでそう言う浩に、ファミリアの口元に小さな笑みが浮かぶ。

「ありがとうございます。嬉しいです」

 そう言って微笑む彼女は普段とはまた違う魅力にあふれていて、浩はどぎまぎしてしまった。

「それじゃ、そろそろ行こうか」

「はい」

 そっとファミリアの手を取って歩き出す浩。

 なるべく自然な動作を装ってみたが、果たして上手くいっているのだろうか。

 つないだ手の感触に、高鳴る鼓動が聞こえてしまわないかと気が気ではない。

 そんな内心の動揺を悟られてはいないかと、浩はチラリと横目で彼女を見た。

   *

「映画、面白かったですね」

「あ、ああ、そうだな……」

 屈託無く微笑みかけてくるファミリアに、浩は引き攣りそうになる顔の筋肉を抑えて笑顔を返した。

 映画館を出た後、少し遅めの昼食を取ろうと入ったレストランでのことである。

 注文した料理が運ばれてくるまでの間、話題は当然のようにそこへと及んだ。

 しかし、浩は内容なんてろくに覚えていない。

 思い出されるのはスクリーンの放つ薄明かりの中に浮かび上がる彼女の横顔ばかりで。

「あのさ、一つ聞いても良いかな」

 話が一段落したところを見計らって、浩は思い切って聞いてみることにした。

「最近、少し無理をしているんじゃないか」

 いきなり核心を突くようなその質問に、彼女が小さく息を呑む。

「そんなことはありませんけど、どうしてそう思われたんです?」

「いや、何となくそう思ったんだ。勘違いだったんなら、良いんだけどね」

 冷静さを装いつつ問い返すファミリアに、浩は僅かに目を細めてそう言った。

   *

「済みません。わざわざ送っていただいて」

 体調が優れないというファミリアを送って、浩はマンションの彼女の部屋の前まで来ていた。

「今日は付き合ってもらっちゃったからね。気にしなくて良いよ」

「いえ、わたしのほうこそ、誘っていただいてありがとうございました」

 ぱたぱたと手を振る浩に、そう言って頭を下げるファミリア。

「それじゃ、俺はもう帰るから。体、ちゃんと休めておくんだぞ」

「はい。……あの、浩様」

 そう言って立ち去ろうとする浩をファミリアが呼び止めた。

「今日は楽しかったです」

「また来週な」

   *

 閉じられた扉をしばし見つめた後、浩は踵を返して歩き出した。

 ったく、何だっていうんだ。

 何かすっきりしないものを抱えて彼は夕暮れの街を歩き回っていた。

 今日は楽しかった。そう言った彼女の表情が妙に印象的だったのは何故だろう。

 悲しいような寂しいようなそんな複雑な表情だった。

 そんな彼女の顔を、浩は日常の中で何度か目にしたことがあった。

 なぜだろう。すぐそこにいるはずなのに、その顔の彼女はどこか遠い気がする。

 この手で捕まえていなければそのままどこかへ行ってしまいそうで、怖かった。

 ようやく見つけた理想のメイド、プライベートでも親しい友人になれた。

 けれど、それだけでこうも心を乱されるものだろうか。

 答えは分かっている。心の冷静な部分が痛い程に突っ込みを入れてくるのだ。

 ハイティーンの少女に恋をするほど、自分は若くないと思ってたんだけどな。

 口元に浮かぶのは自らを嘲る類の笑みだ。

 心を焦がすほどの想いを抱きながらも、彼はそれを伝えようとは思わなかった。

 この間のこともあるし、例え告白したところで受け入れてはもらえないだろう。

 ならば、心を殺してでも今の関係を続けたほうが良い。

 我ながら女々しい考えだと思う。臆病者の自分にはお似合いだとも。

「ったく、何て顔してるのよ」

 自宅の門を潜って玄関の扉に手を掛けた浩に、背後からそう声を掛けたのは美姫だった。

「おまえ、実家に帰ってたんじゃなかったのか」

「そうよ。でも、面倒くさくなったからさっさと帰ってきたの。鍵、開けてくれる」

 軽く肩に掛けたボストンバッグを持ち上げてそう言う美姫に、浩は肩を竦めた。

「それで、何があったの?」

 荷物を適当に放り出してソファに腰掛けると、早速聞いてくる。

「別に。何もなかったよ」

「ごまかそうったって無駄よ。あんたのその顔、絶対何かあったわね」

「煩いな。例え何かあったとしても美姫には関係ないだろう」

「ほほう、わたしにそんな口を効くんだ」

 いつものように減殺しようと剣を取り出す美姫。

「ああ、やれるもんならやってみろ。尤もその分原稿が遅れておまえの首も危うくなるがな」

「ちょっと、本当にどうしちゃったのよ」

 珍しく強気な態度を取る浩に、美姫は思わず目を丸くした。

 自棄になっているようにも見える。

 普段はお気楽で頭の中にはメイドのことしかないようなこの男に一体何があったというのだ。

 行き場を失った切っ先を僅かに彷徨わせると美姫は剣を懐へと戻した。

 浩は答えない。

 沈黙……。

 やがて、美姫がそれに堪えかねて暴れ出そうとしたときだった。

 不意に氷瀬邸のリビングに電子音が鳴り響いた。

「電話だな」

「誰からかしら?」

 ソファから立ち上がると、浩は壁に備え付けられている電話の受話器を取った。

   *

 ――大切なお話があります。今夜10時に旧市街にある空き地まで来てください。

 そう言ったきり、電話は切れた。

 相手は名乗らなかったが、それが誰だったのか浩にはすぐに分かった。

「出掛けてくる」

 問い質そうとする美姫にただ一言、そう言うと浩は指定された場所へと向かった。

 電話越しに伝わってきた気配からただ事ではないということは分かる。

 もしもの場合を考えて、使えそうなものは一通り持ってきていた。

 ――午後10時。

 約束通りに現れたファミリアは見慣れたメイド服の上にコートを羽織っていた。

「急にお呼び立てして申し訳ありませんでした。どうしても、お伝えしなければならなかったもので」

 深々と頭を垂れる彼女の表情はどこか硬い。

「構わないさ。それで、用件ってのは?」

 幾分か引き攣った表情で笑ってそう言うと、浩は彼女に先を促した。

「まずはこれまでの非礼をお詫びいたします」

 顔を上げたファミリアの口から出た言葉に、浩は思わず眉を顰めた。

「先日のお花見。お酒の席とはいえ、わたしは主であるあなたを惑わせてしまいました」

「あ、あれって、自覚してやってたのか?」

「その通りです。その上で今日まで何食わぬ顔をしてお仕えしておりました」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 再び頭を下げるファミリアに、浩は慌てた。

「あの件の加害者は俺だ。君は被害者で、だから謝る必要なんてないんだ」

「いいえ。悪いのはわたしなんです。だって、わたしは……」

 勢い込んで言おうとして、言葉が続かない。

「あなたのこと、ずっと前から好きでした」

 そう告白する彼女の姿が映画の中のヒロインに重なる。

「どうして過去形なんだい?」

「それはわたしがシンデレラだから」

「なら、ガラスの靴を置いていけば良いよ。俺はそれを手掛かりに必ず君を見つけ出す」

「そのお気持ちだけでわたしは満足です。ですから、どうかわたしのことは忘れてください」

 込み上げてくる想いを隠すように少女は目を閉じ、震える唇で言葉を紡ぐ。

「出来ないな。何故ならそれは君の本心ではないから」

「優しくしないでください。お別れが辛くなります」

「どうして別れる必要がある。そもそも俺はまだ君の想いに答えていないじゃないか」

「ダメなんです。これ以上一緒にいたら、わたしはあなたを呪いで縛ってしまいそうだから」

 少女の悲痛な叫びに、男は動くことが出来なかった。

「所詮はその程度か」

 不意に聞こえた第3者の声に、ファミリアが弾かれたように顔を上げた。

「タイムオーバーだ。一緒に来てもらうぞ」

 言葉とともに現れたのは全身黒ずくめの男だった。

「そんな、待ってください。まだ時間はあるはずです」

「事情が変わったのだ。今夜のうちに契約を済ませられなければおまえは消滅する。管理者として、わたしはそれを容認するわけにはいかない」

 そう言ってファミリアへと手を伸ばす男の前に、浩が割って入った。

「何のつもりだ」

「この子はうちのメイドなんだ。おまえみたいな得体の知れない男に渡すかよ」

「止めてくださいご主人様。その方は……」

 慌てて止めようとしたファミリアの手が虚空を掴み、男の腕が浩の喉元へと伸びる。

「そう簡単に!」

 浩は男の手を掻い潜ると、鳩尾を狙って拳を放った。

「甘いな」

 男は軽く身を捻って拳をかわすと、浩の脇腹へと手刀を叩き込む。

「……っ……!」

「ご主人様っ!?

 地面へと倒れる浩を慌てて支え、ファミリアは鋭い視線を男へと向ける。

「他愛ないな。その程度の男に惚れるとはおまえも見る目が無い」

「黙りなさい。わたしのご主人様を侮辱するのなら、例えあなたといえど容赦はしませんよ」

「ほう、面白い。使い魔風情が闇切り刀と呼ばれるこのわたしに逆らうつもりか」

 口元に笑みを浮かべてそう言う男に、ファミリアは本気の殺気を解き放った。

「その驕りが自らの身を滅ぼすと知りなさい。ヴァーンヴァニッシュっ!」

「なっ、滅却の炎だと!?

 驚愕する男の全身を白く輝く炎が包む。炎が消えた後には男の姿はどこにもなかった。

「……はぁ、……はぁ、……はぁ、……ご、ご主人様……」

「大丈夫。俺はここにいるよ」

 荒く息を繰り返すファミリアをそっと背後から抱きしめ、耳元に囁く浩。

 その声に安堵したのか、全身から力が抜けた彼女はその場に倒れ込んでしまった。

「お、おい……」

「へ、平気です……。ちょっと、魔力を使いすぎただけですから」

 力なく笑うファミリアに、浩は何と声を掛けて良いか分からなかった。

「わたし、人間じゃないんです。今の力を見ましたよね。あれが証拠です」

「いや、あれくらいうちの美姫にも出来るし」

「彼女は特別ですよ。それにわたしはもうすぐ消えてしまう」

「そんなバカな」

「未契約の使い魔の寿命は短いんです。それであなたや美姫様にご迷惑をお掛けするわけには」

 言いかけたファミリアの言葉を浩は自分の唇で塞いだ。

「酷いです……。そんなことされたら本当に離れられなくなってしまうじゃないですか」

 回した腕で力なく浩の背中を叩くファミリア。

「離れなくて良い。今更いなくなられても俺が困るからな」

「それって、どういう……」

「本当は言うつもりはなかったんだが、君に言われてしまったからな」

 ぽりぽりと頭を掻きながら浩は参ったなというふうに苦笑する。

「俺も君のことが好きだ。だから、離れないでくれ」

 ファミリアの目を正面から見つめて、浩は真顔でそう言い切った。

   *

「なぁ、契約ってどうやるんだ?」

 自分の放った炎で煤けてしまったファミリアのコートを脱がせながら浩が聞いた。

「えっと、あの……」

 問われたファミリアは何故か頬を真っ赤にしてもじもじしている。

「主となる方に誓いを立てて、肌を重ねるんです……」

「なるほど。つまり、このまま続ければ良いんだな」

「い、言わないでください。意識してしまうじゃないですか」

 そう言ってますます顔を赤くするファミリアに、浩はニヤリと笑みを浮かべた。

「最初からそのつもりだったんだろ。でなきゃ、こんなとこに一緒に入ったりはしないはずだ」

「もう、意地悪なんですから……」

 頬を膨らませてそっぽを向くファミリア。そんな彼女の様子がかわいくて、浩はつい笑ってしまう。

「それで、俺のファミリアになってくれる君は一体何を誓ってくれるんだい?」

「わたしは、あなたの使い魔として、メイドとして、そして、恋人として、生涯あなたのお側を離れないことを誓います」

「じゃあ、俺は君の主として、恋人として、生涯君を護るよ」

 交される誓いの言葉。そして、二人の影が一つに重なる。

 今ここに、二人は初めて双方合意の上での口付けを交したのだった。

   *

 ―― END ――




   *

  あとがき

龍一「この物語はフィクションです。実在するあらゆる存在とは一切関係ありません」

ファミリア「その言い訳もそろそろ聞き飽きました」

龍一「ま、まあまあ」

ファミリア「しかも、既にGWは終わってしまっています」

龍一「いや、それはまあ、そうなんだが」

ファミリア「他に何か言い訳はありますか?」

龍一「いえ、ありません」

ファミリア「まったく、人様を主人公にしておいて、こんな中途半端なものを書くなんて」

龍一「返す言葉もありません」

ファミリア「どうせなら、行くところまで行かないと」

龍一「え?」

ファミリア「わたし、不完全燃焼です。こうなったら、あちらで続きを」

龍一「わわっ、ちょっと待て!」

ファミリア「ご主人様〜」

龍一「こんな娘じゃなかったはずなのになぁ」

ディアーナ「育てたのはおまえだろう。どうしてくれるんだ」

龍一「いや、そんなこと言われてもな」

ディアーナ「問答無用。砕け散れ!」

龍一「うぎゃぁぁぁっ!?

ディアーナ「さて、本編完結直後の番外編がこんなので申し訳ないですが」

龍一「楽しんでいただけたのでしたら幸いです」

ディアーナ「番外編はこれからもネタが浮かんだら書くそうなので、期待しないで待っていてください」

龍一「それでは今回はこのあたりで」

ディアーナ「読んでくださった方、ありがとうございました」

二人「ではでは」

   *

 




同じ名前の人物なのに、あっちの俺ってば凄いよ。
美姫にあんな態度…。
美姫 「あっちの私は甘いわね。私なら、やれるもんならって時点でやってるけど」
ブルブル…。
と、とりあえず、ありがとうございます〜。
美姫 「私の出番が少ない〜」
こらこら。
美姫 「ぶー、ぶー。アンタはいい思いしてるから良いけど〜」
あはははは〜。(でも、その分こっちは不幸だけど…)
ファミリア 「ご主人様〜」
美姫 「あれ? もしかして」
いらっしゃ〜い。
ファミリア 「来ちゃいました〜」
勿論、大歓迎〜♪
美姫 「いらっしゃい」
ファミリア 「はい!」
それじゃあ、ゆっくりと話でもしますか。
ファミリア 「そうですね。あ、お土産もありますから。お茶の用意をして待っていますね」
美姫 「本当にいい子だわ」
うんうん。
美姫 「さて。安藤さん、投稿ありがと〜」
ございました〜。



ファミリア 「お茶がはいりましたよ〜」
今行く〜。
美姫 「私も〜」



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