愛憎のファミリア2 番外編

  IF〜ファミリアのメイドな1日 St.バレンタイン〜

   *

 ――昔々、あるところにとても仲の良い夫婦がいたそうな。

 その夫婦は特に裕福というわけではなく、寧ろ夫の稼ぎでやっと暮らしていけるような貧しい夫婦でした。

 それでも二人はお互いのことをとても大切に思っていたので、苦しいながらも幸せな毎日を過ごすことが出来ていたのです。

 あるとき、妻は考えました。

 いつも頑張って働いてくれている夫のために、何か贈り物をしたい。何か、あの人が欲しがっていたものはなかったかしら。

 思い出されるのは夫が大切にしている大きな時計。とても立派な品なのですが、その時計には鎖がなくて壁に掛けることが出来ませんでした。

 あの時計に合う鎖があれば、夫はきっと喜ぶはず。そう思った妻は早速鎖を捜して時計屋を訪ねました。

 ところが、そこで妻が見つけた鎖はとても高価で、手の届くような品物ではありませんでした。

 それでも諦め切れなかった彼女はある思い切った行動に出ます。

 その夜、帰宅した夫はがらりと印象の変わってしまった妻の姿を見て唖然としてしまいました。何と、彼女は腰のあたりまであった長く美しい金髪をバッサリと切ってしまっていたのです。

 その髪を売ったお金で買ったという鎖を差し出す妻に、夫は困ったような顔をしつつ一つの小箱を渡します。

 不思議そうにしながら妻がそれを受け取って開けてみると、中には美しい髪飾りが入っていました。

 彼女の長い金髪に似合いそうなその品を買うために、夫はあの時計を売ってしまったというのです。それを聞いた妻はあまりのことに思わず目を丸くし、笑い出してしまいました。

 こうしてお互いの気持ちを確かめ合った夫婦は今まで以上に仲良くなり、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし

   M.S.編 バレンタイン物語より

   *

 ――それはバレンタインデーを週末に控えたある日のことだった。

 編集の仕事が一段落すると、恋歌は軽く伸びをして席を立った。

 時刻は午後12時を少し過ぎたところ。

 オフィス内を見渡せば、既に何人かは昼食を摂るために席を離れていた。

 仲良くしている人たちは皆まだ仕事中。すぐに終わりそうな人もいないので、恋歌は仕方なく一人でオフィスを後にする。

 さて、今日はどうしようか。

 駅前のファミレスの日替わりランチのメニューは、今日は確か白身魚のフライ定食だったはず。

 ご飯に味噌汁、サラダが付いて700円とお手頃価格だ。

 同じ通りにあるファーストフード店に最近入ったという新メニューを試してみるのも良いかもしれない。

 いずれにしても、食後のデザートは必須だ。

 このところきつい仕事ばかりで疲れているのか、身体が激しく糖質を欲している。それはもう、飴やチョコレートの1個や2個では足りないくらいに。

 チョコレートといえば、もうすぐバレンタインデーである。今年の恋歌は特にあげたい人もいないので、義理チョコ配りだけで終わりそうではあるが。

 ――寂しくなんてありません。ええ、ありませんとも。

 思わず立ち止まって心の中で呟く恋歌。運命の悪戯から実ることのなかった初恋を彼女は今も引きずっているのだろうか。

 暗くなりかけた思考を軽く頭を振って追い払うと、止めてしまっていた歩みを再開する。

 時間は変わらず流れているのだ。今はとりあえず、お昼を食べて午後からの仕事に備えないと。

「そうやっていろいろ言い訳して、結局あんたは立ち止まったままなんだ」

 二切れ目のフライに伸びかけた恋歌の箸がぴたりと止まる。

 彼女の対面に座る女性はつまらなそうに鼻を鳴らすと、アイスティーのグラスに刺さったストローからその中身を吸い上げた。

「……何のことです?」

 内心の動揺を隠しつつそう尋ねる恋歌に、同じ編集部に勤める彼女の年下の先輩は呆れたように溜息を吐いた。

「気づかれてないとでも思ってるの?」

「だから、何のことですか」

 ムッとして問い返す恋歌に、彼女は少し表情を改めると徐に言葉を放った。

「あんた、あいつのこと好いてるでしょ」

「なっ!?

 それは爆弾だった。

 彼女にとってそれは既に終わってしまった恋。再開した彼の傍らにはもう一人の少女がいて、叶わないと直感的に理解したから諦めた。

 出会った頃と少しも変わらない彼のことを好ましく思い、それが報われないことに知らず涙を流した。そんな自分の思いに、目の前の彼女は気づいていたというのだろうか。

「どうしてって顔ね。分かるわよ、あのバカを見るあんたの目を見てればね。ったく、あの子といい、あんたといい、あんなのの何処が良いのかしらね」

 ずずっ、と音を立ててアイスティーを啜りながら、不機嫌そうにそう漏らす。それに対して恋歌はフライを口に運んだ箸を咥えたままぶつぶつと何事か反論するが、彼女は聞く耳を持たない。

「そんなに好きなら、告っちゃいなさいよ」

「出来るわけないでしょ。だって、あの人には……」

「だからって、こんなとこでぶつくさ言っててもしょうがないでしょうが。さっさと告って玉砕して、そしたら新しい恋の一つでも探しなさい。良いわね」

 一方的にそう言って立ち上がると、彼女は店を出て行ってしまった。

 後には空になったアイスティーのグラスとその伝票、そして、きれいに折り畳まれた未使用の紙ナプキン。

 恋歌が紙ナプキンを手に取って裏返すと、そこには彼女の文字でこう書かれていた。

   * * * * *

  アドバイス料頂戴いたします。というわけで、ここの支払いよろしくね。by 美姫ちゃん

   * * * * *

「……まあ、良いですけどね」

 残されたメッセージを見て脱力したようにそう漏らす恋歌。

 ――でも、そうですね。

 食後のコーヒーを啜りながら思う。

 自分のこの気持ちにもそろそろ決着を着けなければいけない。彼女に言われたように、行動しなければ何も始まらないのだから。

 例え、その先に悲しい結末が待っているとしても。

 もう一度歩き出すために、恋歌は告白することを決意した。

   おまけ

 ――その年の2月14日。

 編集部に届けられた大量の氷瀬浩先生宛の小包。そのすべてが女性読者からのチョコレートであることを知った恋歌は、何故か小さな殺意を覚えたという。

 そこに通り掛った美姫と相談した末、小包が危険物であるという判断を下した二人は、それらをすべて滅却した上でその事実を隠蔽したそうな。

   *




  あとがき

龍一「どうも、掲示板を見てもうすぐバレンタインだと気づき、大慌てで拙作を書き上げた安藤龍一です」

ファミリア「お間抜けさんですね」

龍一「まあまあ、ちゃんと間に合わせたんだからそう言わずに」

ファミリア「いいえ、言わせていただきます。大体、何ですかこれは。わたしメインの番外編のはずなのに、今回は影も形もないじゃありませんか」

龍一「いやまあ、これはこれで大事な話なんだよ」

ファミリア「誰もが知っているようなバレンタインの起源。そして、失恋して立ち止まってしまった少女が歩き出すきっかけですか?」

龍一「前者は忘れられがちなバレンタインの本来の姿を再確認する意味で」

ファミリア「では、後者は?」

龍一「ほら、バレンタインだからって皆が皆幸せになれるわけじゃないんだよってことで」

ファミリア「納得いきません。そもそも記念SSがそんなので良いんですか?」

龍一「さぁ」

ファミリア「このダメ作者は……」

龍一「おわっ!?や、止め、チョコの角で殴らないで」

ファミリア「わたしの愛と怒りと憎しみの篭もった正真正銘の本命チョコです。しっかりと味わってくださいね(ハート)」

龍一「ば、バカなっ!?この俺が、安藤龍一が、手も足も出せんだと」

ファミリア「斬っ!」

こうして世界にまた一つ、新たな伝説が生まれた。

バレンタインに巨大板チョコで斬殺された男 oo

龍一「いやじゃぁぁぁっ!!

   *

 

 

 





メ……。
美姫 「メ? 目? 芽?」
メイド分が足りなぁぁぁいっっっっっ!!
美姫 「一辺逝っとけー!」
ぶべらっ!
美姫 「全く、早々に何を口走っているのよ、アンタは」
だって、だって…。メイドな一日なのに、シクシク……(涙)
美姫 「いや、マジ泣きされても…」
と、冗談はさておき。
美姫 「って、冗談なの!?」
いや、半分ぐらいは本気だったんだが。
でも、良いお話だね〜。再び歩き出すための切っ掛けに一歩を踏み出す女の子。
美姫 「うんうん。ありがとうね〜」
投稿ありがとうです。



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