愛憎のファミリア2 番外編
  IF〜ファミリアのメイドな1日 サマーヴァケーション〜

「海に行くわよ!」
 始まりは、紅美姫のそんな一言からだった。このところ原因不明の病状に悩まされていた氷瀬浩は、当然、白い目で彼女を見たのだが、美姫はそんなことお構いなしとばかりに勝手に話を進めようとする。
「ちょっと待ってください!」
 だが、これにはファミリア=レインハルトが黙っていなかった。浩のメイドである彼女には、彼の健康を管理する義務がある。その彼女から見て、浩はまだ炎天下のビーチに連れ出して良いような状態ではなかったのだ。
「浩様の病状は原因不明だったんです。幾らお医者様から完治のお言葉をいただいたからと言って、すぐに消耗の激しい炎天下に連れ出すのは賛同いたしかねます」
 主人を強引に連れ出そうとする美姫の前に立ち塞がり、猛然と抗議するファミリア。その姿に感涙した浩は思わず彼女を後ろから抱きしめた。
「うう、おまえだけだよ。俺を労ってくれるのは」
「あっ、だ、ダメです。こんなところで……」
「ちょっと、何やってんのよあんたたち!?」
 力強く抱きしめる浩にあたふたとし出すファミリア。そんな二人に、美姫が米神に青筋を浮かべて怒鳴る。
「わたしだって、そいつのこと考えてないわけじゃないわよ。ただ、これ以上、更新……基現行の執筆が滞るようだと、契約の打ち切りも考えないといけないってボスが言ってるわ」
 淡々と突きつけられた現実に、じゃれ合っていた二人の動きがぴたりと止まる。日頃から傍若無人な彼女が真剣な表情で言っているあたり、事実なのだろう。
「そこで、この機会にパーッと遊んで、浩に気力を充填してもらおうって考えたわけ。分かったらほら、さっさと支度する」
 そう言ってファミリアから浩を引き剥がすと、美姫は自分の支度をするために部屋を出ていった。

 ――二時間後……。
 南洋の砂浜にビーチパラソルを設置する浩の姿があった。あの後、急いで支度をした浩たちは彼のもう一人の担当である虹沢恋歌を加えた四人で自家用ヘリに乗り込み、紅家が所有する南の島へとやってきていたのだった。
 海へ行くというから近場で日帰りかと思っていたのだが、聞けば二泊三日で遊び倒すのだと、美姫はさもそれが当然であるかのように答えてくれた。
「いや、ヘリに乗る時点で可笑しいとは思ってたんだけどな」
 二日後の朝にまた来ると言って飛び立っていったヘリを見送りながら、浩は今更のようにそんなことをぼやくも、美姫のことだからどうせ言っても無駄と諦めた。
 そして今、彼はその美姫の命令で、一足先にビーチに降りてパラソルの設置をさせられている。自分の気分転換を目的に来たはずが、これでは却って気分が滅入ってしまいそうだった。
「お待たせしました」
 ぶつぶつと文句を言いながら浩が広げたレジャーシートの上に荷物を下ろしていると、後ろから控え目にそう声を掛けられた。振り返るとそこには真っ赤なビキニに着替えたファミリアが俯き加減になりながら立っていた。
「あ、あの、わたし、変じゃないでしょうか……」
 水着に負けないくらいに顔を赤くしながら上目遣いでそう尋ねられ、浩は思わず生唾を呑み込んだ。髪の色に合わせたような真紅は、彼女自身の抜けるような肌の白さとのコントラストが目に眩しい。
「何、見惚れてるのよ。この変態!」
「ぶべらっ!?」
「まったく、ちょっと目を離すとすぐこれなんだから」
 レジャーシートの上に突っ伏して痙攣する浩を見下ろして、呆れたようにそう吐き捨てる美姫。その手には、燦々と降り注ぐ陽光を照り返しして煌く、彼女の愛刀、紅蓮が握られている。
「美姫さん、あなたという人は……」
 愛する主人にして恋人でもある浩を全く容赦の欠片も無く殴り倒す美姫に、ファミリアの口から怨嗟の声が漏れる。沸々と沸き起こる怒りに呼応して立ち昇る彼女の魔力が陽炎の如く揺らめく様に、さすがの美姫も表情を蒼褪めさせた。
「あ、いや、いつもの調子でつい……」
 言い訳にもならないことを口走りながら一歩、二歩と後退る。そもそも、浩の気晴らしにと言い出した彼女本人が彼を痛めつけていたのでは本末転倒も良いところだ。
「覚悟はよろしいですか。いえ、よろしいですね。寧ろよろしいと言いなさい!」
 気迫に押されて波打ち際まで後退した美姫は、ついに逃げ場を失った。

「大丈夫ですか?」
 おしおきとして波打ち際に立て埋めにされた美姫へと、遅れて姿を現した恋歌がさも心配そうに声を掛ける。ちなみに、彼女の水着はライトグリーンのセパレートだ。
「ううっ、心配するくらいなら助けなさいよ。ったく、何でわたしがこんな目に……」
 打ち寄せる波にうなじを叩かれながら、美姫は恨めしげにビーチパラソルのほうを睨む。同じ女性として、髪が砂に埋まらないように結い上げられているのはせめてもの情けだろうか。
「あの、非常に申し上げにくいんですけれど」
「何よ」
「今回のは全面的に先輩が悪いと思います」
「何ですって!?」
「だ、だって、病み上がりで調子の良くない浩先生を無理矢理連れ出しておいて、あの仕打ちでしょ。それはファミリアさんじゃなくても怒りますって」
 美姫に鋭い視線で睨まれて慌てながらも、言うべきことはきちんと言う恋歌。その何と勇敢なことか。
「だから、悪かったってちゃんと謝ったじゃない。なのにこの仕打ち、酷いと思わない?」
「はぁ、先輩も浩先生のこと言えませんね。そうやって反省しないから、ファミリアさんも実力行使に出なければならなくなるんだって、そろそろ学習しましょうよ」
 相手が反撃して来れないのを良いことに、今日の恋歌は遠慮がない。いや、普段から笑顔で毒を吐くこともあるので、そんなに変わらないのかもしれないが。
「一人身の前でイチャつこうとするのが悪いのよ。それとも何、あんたは四六時中あれを見せ付けられて平気だって言うの?」
 そう言って美姫が視線で示す先では、浩とファミリアがバカップル特有の桃色空間を形成していた。より具体的に言えば、レジャーシートの上にうつ伏せになったファミリアの背中に浩が日焼け止めクリームを塗っているのだ。
 時折艶っぽい声を漏らすファミリアに、浩がどぎまぎしながらもその白地のような背中に丹念に日焼け止めクリームを塗り広げていく。浩が美姫に殴打された後頭部に氷嚢を当ててタオルで縛っているのがシュールだが、二人を取り巻く空気は正に恋人たちのそれである。
 そんな二人の様子を見た恋歌は、密かに自分も後でやってもらおうと思うのだった。

 ――それから時は少し流れて、正午……。
 適度に泳いだり水遊びに興じて空腹を覚えた浩たちは、昼食を摂るために一旦ビーチのすぐ近くに建てられたログハウスへと引き上げてきていた。
おしおきとして強制的に砂風呂に浸からされていた美姫も無事(?)に救出され、今はファミリアと一緒にバーベキュー用の肉や野菜の下拵えをしている。
 浩は庭でバーベキュー用のコンロに火を入れると、炭の発するマイナスイオンのリラックス効果を受けてふやけている恋歌へと振り返った。
 海で少し日射病気味になってしまった彼女は、ハンドタオルを巻いた氷嚢を首筋に当てて、上昇した体温の冷却に努めているところだ。
「大丈夫か? 何なら、奥にベッドあるからそこ使っても良いんだぞ」
「ありがとうございます。でも、もうお昼ですし、食べ損ねるのは嫌ですから」
 気遣わしげに声を掛ける浩に、恋歌は冗談っぽくそう言って笑うとパタパタと手を振った。
「はい、材料の下拵え終わりましたよ」
「おう、こっちも丁度良い具合だ」
 美姫と二人、そう言って食材の載った皿を運んできたファミリアに、コンロの火加減を見ていた浩が振り返って答える。程よく加熱された金網の上に食材を並べ、皆に皿と箸を配れば準備完了だ。
「いただきます!」
「あ、こら、恋歌。それ、わたしの肉よ!」
「早いもの勝ちですよ〜♪」
「はい、浩様。どうぞ」
「お、ありがとな」
 復活した恋歌と美姫が肉を奪い合い、その隣ではファミリアが浩の皿に肉や野菜を取って入れていく。南洋の梅雨は既に明け、照りつける陽光と焼けた炭の放つ熱によって皆汗だくになっているが、これもバーベキューの醍醐味だろう。
「さあ、泳ぐわよ。恋歌、あんたも付き合いなさい」
 昼食を終え、後片付けと小休止を挟んで再び海へ。美姫は午前中に砂に埋められていた分を取り戻すべく、日射病から立ち直ったばかりの恋歌を引きずって海中へと突撃した。
「あわわっ、わ、わたし、まだちょっと調子悪いんですから、勘弁して下さいよぉ〜〜」
 慌てて悲鳴を上げる恋歌だったが、その程度で我らが美姫様を止められるはずもなく、哀れ子羊は海の藻屑と消えたのだった。
 ――合唱……。

 夏の高い日も幾分か西に傾き、世界に色を落とし始めた頃、浩は堤防に腰掛けて釣り糸を垂らしていた。
 宣言どおりに遊び倒した美姫は、さすがに悪いと思ったのか、今はログハウスに戻って自分が振り回したせいで再び日射病になってしまった恋歌の看病をしている。
 最も、その彼女の『夜は魚が食べたい』という気紛れのために、自分はこうして一人寂しく釣りに興じさせられていることを思うと、彼女が自身の素行そのものに対して反省しているわけではないことは明白だったが。
 ――閑話休題……。
 沈み行く夕日を眺めながら、浩が何匹目かの釣り上げた魚から針を外していると、食事の用意を終えたらしいファミリアが彼を呼びに来た。
「釣れてますか?」
 浩の横に立ちながらそう尋ねるファミリアに、彼は今釣ったばかりの魚を傍らのクーラーボックスに入れながら答える。
「まあ、ぼちぼちかな。うちの欠食児童どもの胃袋を満たしてやるにはまだまだ足りなさそうだがな」
「美姫さんも恋歌さんもよく食べられますからね」
「いや、食いすぎだろ。あいつらが来てからうちのエンゲル係数が可笑しくなってるんだぞ」
 いつか、ファミリアに見せてもらった家計簿の出費に於ける食費の占める割合を思い出し、浩は疲れたように溜息を漏らす。
「隣、よろしいですか?」
「ん、ああ、でも、スカートが汚れちまうぞ」
「平気です。着替えなら多めに持ってきてますし」
「そうは言ってもな。……そうだ」
 そう言うと浩は釣竿を片手で持ち、空いたほうの手で自分の膝を指差した。
「俺の膝の上に座れば。そしたら、服も汚れずに済むだろ」
「えっと、では、失礼します」
 浩の提案に顔を赤くしながらも、ファミリアはおずおずと彼の膝の上に腰を下ろした。少女の柔らかな感触と潮風に混じって鼻腔を擽る甘い香りに、思わず漲りそうになるのをぐっと堪えると、浩は彼女を抱くように空いていた腕を前に回して釣竿を持ち直す。
「釣り、やったことないのか?」
 興味深そうに糸の先を見つめるファミリアに、浩が軽く釣竿を揺らしながら尋ねる。こうすることで、魚にエサが生きていると思わせるのだ。
「はい。機会がなかったものですから」
「やってみるか?」
「えっ、でも……」
「大丈夫だ。ちゃんと教えるし、危ないようだったら、ちゃんと支えるから」
「わ、分かりました。では、お願いします」
 抱くように回された腕に少し力を込めながらそう言う浩に、ファミリアは赤みの増した顔でそう言うと小さく頷いた。
 その後、二人は日が暮れるまで釣りを楽しんだそうな。
   * * * fin * * *




  あとがき
龍一「浩さんの完治祝いに、愛憎のファミリア2の番外編を送らせていただきました」
ファミリア「今回はいつに無くメイド分が足りていないような気がするんですが、その件について、何か申し開きはありますか?」
龍一「いや、このシリーズを書くのも久しぶりだったし」
ファミリア「そういえば、前回のあとがきに残暑見舞いがどうとかって、ありましたよね」
龍一「いや、あの時の言葉を実行したわけじゃないんだが、気づけば今回、海水浴ネタになってた」
ファミリア「まあ、シーズンですしね。ということは、次回は夏祭り編ですか?」
龍一「…………」
ファミリア「おしゃれな浴衣を着て、浩様と屋台を冷やかして回ったり、花火を見たりするんですね」
龍一「えーと、ここまで読んでくださり、ありがとうございました」
ファミリア「相変わらず駄文ですが、少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いです」
龍一「おい」
ファミリア「では、また次回で」



投稿ありがとうございます。
くぅ、それにしても作中の浩は同名なのに、何ておいしい目に!
美姫 「どうどう。私の同名なんか、今回は砂に埋まっているのよ」
いや、あれは自業自――ぶべらっ!
美姫 「憂さ晴らしよ〜」
って、それを俺でするな! というか、作中は別人、別人!
美姫 「それでもよ!」
ぶべらっ! う、うぅぅ。
さて、今回は海水浴のお話という事で。メイド服が……。
美姫 「いや、そこまで落ち込まなくても」
まあ、その分水着というサービスシーンもあったし。
美姫 「しかし、どうして服装の感想が先に来るのかしら」
あ、あははは〜。でも、益々暑くなってくる今日この頃。
美姫 「まさに夏って感じの話だったわね」
うんうん。安藤さん、ありがとうございます。
美姫 「ありがとうございました〜」



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