第20話 優奈の決意
「少し遅くなるかもしれないから、昼飯は先に二人で食べててくれないか」
そう言って優斗が自宅を出たとき、時計の針は既に十時を回っていた。
――向かった先は喫茶店という名の戦場。
人間相手の心理戦は初めてで、そのせいか優斗は僅かに緊張していた。
「くれぐれも無茶はしないでくださいね。傷口、開くと痛いですよ」
「ああ、分かってる」
頷いて出掛ける優斗を玄関先まで見送って、優奈はキッチンへと戻った。
「ねえ、お姉ちゃん。優斗はどこ行ったの?」
「さあ、行き先は聞いてないわ。でも、お昼までには戻られるそうだから」
洗い終わった食器を乾燥機に入れながらそう言う優奈に、美里は力なくソファに座り込んだ。
「どうしたの?元気がないみたいだけど」
「うん。ちょっと……」
「お姉ちゃんに言えないこと?」
「ううん。そんなんじゃないよ」
「じゃあ、話して。わたしは優斗さんじゃないけれど、聞いてあげることくらいは出来るから」
向かいのソファに腰を下ろすと、優奈は優しく微笑みながらそう言った。
「夢を見たの」
「夢?」
「とっても怖い夢。怪物が出てきて、この家を壊そうとするの」
「それは怖いわね……」
「あたしの夢ってたまに夢じゃなくなっちゃうでしょ。だから、ちょっと心配なんだ」
「そうね。でも、優斗さんなら大丈夫よ。あの人がそんなこと許すわけないもの」
そう言うと、優奈はこの話はこれでおしまいとばかりにソファから立ち上がった。
そのときは本当にそう思っていたから、だからあんなにも胸が苦しかったんだと思う。
優しくて、暖かくて、とても、穏やかな日常……。
わたしたちのご主人様はそんな日々を築いていくことの出来る人だから。
わたしはその人のことがきっと好きで、誰よりも大切に思っている。けれど、いや、だからこそ、この気持ちはわたしの胸の中にそっと仕舞っておこう。わたしのこの想いは、きっと今の日常にいらない波紋を広げるだけの投げかけでしかないから。
わたしはわたしの心に忠実であるためにあの人の大切なものを壊すわけにはいかないのだ。
『……それで、あんたはあっさり身を引くんだ』
受話器の向こうで呆れ果てたように蓉子が言った。
「はい。それが一番かと」
『あんたねぇ、まさか本気で言ってんじゃないでしょうね』
「え、あの」
『そんなんで本当に三人ともが幸せになれると思ってんの!?』
「そ、そんなこと……」
『ああ、もう。こんなんじゃ話になんないわ。いい、今からそっち行くから』
そう言って蓉子は乱暴に電話を切った。まるで恋敵と一戦交えるような凄まじい剣幕だった。
昨夜のことでアドバイスをもらった手前、報告しておこうと電話を掛けたらこれである。
――そして、きっかり三十分後。
蓉子は本当にやってきた。
「……あんたがそんなに臆病だとは思わなかったよ」
対峙したリビングで、改めて話を聞いた彼女は少し疲れたように溜息を漏らした。
偉そうなことを言っておいて、本当はただ今の関係が壊れてしまうのが怖いだけ。
そんな本心にも、優奈は叱られるまで気づかないようにしていた。
「すみません……」
「別に謝るようなことじゃないんだけどね」
苦笑する蓉子に、優奈はもう一度頭を下げた。
「あたしも、お姉ちゃんはちゃんと言った方がいいと思う」
「美里……」
「心配しなくても、お姉ちゃんが気にしてるようなことにはならないよ」
驚いたように顔を上げる優奈に、美里はにっこり笑ってそう言った。
「だって、あたしは二人とも大好きだから」
「美里……」
笑顔で言いきる妹に、優奈の目頭が熱くなる。
「妹もああ言ってることだし、そろそろ覚悟決めなさいよ」
ここぞとばかりに蓉子が決断を迫る。
――もう迷わない。迷いたくない。そんな必要もないから。
優奈の答えは決まっていた。
―――あとがき。
龍一「最近あとがきで酷い目にばかり遭っているような気が」
優奈「気のせいです」
龍一「いや、だって俺、どこぞの鈍感剣士みたく体中切り傷だらけになってるんだけど」
優奈「まあ、それは大変。すぐにお医者様に見てもらわないと」
龍一「え、いや、何もそこまでしなくても」
フィリス「ダメですよ。ちゃんと検診を受けてくれないと」
龍一「おわっ、な、なぜあなたがここに!?」
フィリス「そちらの草薙優奈さんとはちょっとした知り合いでして」
優奈「龍一さんがそんな状態なので、無理を言って来てもらったんです」
龍一「おのれ、余計なことを……じゃなくて、ありがとう。気を遣わせて済まないね」
優奈「他ならぬ作者様のためですもの。気にしないでください」
フィリス「さあ、診察しますから、そこの台に横になって下さい」
龍一「えっと、拒否権は」
フィリス&優奈「ありません(にっこり)」
龍一「い、いやじゃぁぁぁ!」
――ばき、ごきごき、ばきばき、ぼきっ。
――作者の視界が光って歪む。許してほしいと悲しみ叫ぶ。
龍一「……………」
フィリス「はい。もういいですよ」
優奈「あらあら、寝てしまってますね。そんなに気持ちよかったのかしら?」
フィリス「整体は専門じゃないんですけど、気に入ってもらえたようで嬉しいです」
優奈「またときどきお願いしてもいいかしら」
――――い、いやじゃーーーーーー(作者の心の叫び)!
フィリス「はい。あ、でも、今度は病院の方に来てくださいね。それでは、わたしはこのあたりで」
優奈「ありがとうございました」
蓉子の喝に、優奈は応える。
美姫 「次回が楽しみよ〜!」
……何か、久し振りな感じがするな。
美姫 「確かにね。お客さんがよく来てたからね。な〜に、ひょっとして寂しかったの〜?」
な、そんなわけ、あるか!
美姫 「んふっふっふ。そういう事にしておいてあげるわ」
いや、だから、しておくとかじゃなくて、本当に寂しくなんかなかったって。
寧ろ、五体満足を喜ぶぐらいだぞ!
美姫 「あ〜、はいはい」
だぁ〜、信じてないだろう!
美姫 「分かった、分かったから、そんなに騒がないの」
お、お前な〜。
美姫 「はいはい。さて、次回が非常に楽しみね」
ぐぬぬ、上手い事逸らしやがって。
美姫 「それでは、次回を待ってますね〜。(無事だったらだけどね)」
何か言ったか?
美姫 「ううん、何にも♪」