「じゃあ、今度こそ上手くやんなさいよね」

 玄関で靴を履きながら、蓉子はもう一度優奈に念を押す。

「いろいろありがとうございました」

「いいって。それよりも、ちゃんと後で結果聞かせなさいよ」

「今度は怒鳴らないでくださいね」

「大丈夫、あの通りにやれば絶対成功するから」

 自信たっぷりに笑う蓉子。

「それじゃ、あたしはこれで。いい報告を待ってるよ」

 そう言ってドアを開けた途端、蓉子はいきなり見知らぬ少女と鉢合わせになった。

 ―――――――

  第22話 邪気来襲

 ―――――――

 破片が飛び散り、悲鳴が上がり、粉塵がフロアを舞う。

 だが、すべては一瞬のこと。

 優斗が音を聞いて、次の瞬間には何もかもが切断されたかのように静かになっていた。

 音が消え、物体がその動きを止める。

 隔離された世界に取り残されたのは、優斗とかおりとそして……。

「仕留めたと思ったんだがな」

 淡々と、だが、どこか悔しそうな少女の声。

「なるほど。結界を展開すれば物体が落下する因果も絶たれるというわけか」

 空中で静止しているガラス片を一瞥して、少女は忌々しげに呟いた。

 血のように鮮やかな緋色の髪。

 暗く沈んだ朱色の瞳にあるのは冷徹な殺意のみ。

 ……昨夜の少女とは違う。姿こそよく似ているものの、そこにいるのは明らかな別人だった。

 いつかの刀夜の忠告が優斗の脳裏を過ぎる。

「かおり」

 優斗はまだ席に座ったまま呆然と宙を見上げているかおりに声を掛けた。

「少し派手に暴れるから。君はどこかそのへんにでも隠れててくれないか」

 そう言って優斗は目の前の少女へと向き直る。

 その手にはいつの間にか、愛用の妖刀が握られていた。

「わたしだって戦える」

「実戦の経験はないんだろ。第一、その怪我じゃ足手まといになるだけだ」

「……っ……」

 言われてようやく気づいたのか、彼女は右の二の腕を押さえて小さく呻く。

「心配しなくても俺は負けない。負けられない理由があるうちはな」

 優斗はゆっくりと剣を抜いた。

 間合いはこの間とほぼ同じ。一撃で決めたいところだが、一刀による神速抜刀術が通用しないのは既に実証済みである。

 ……なら、手数を増やして確実に追い詰めるまでだ。

「どうした。一歩踏み込む度胸もないのか」

 少女の殺気が苛立ちの度合いを増す。

 それを待っていたように、優斗は乱れた空気の中に自分の刃を割り込ませた。

 大きく踏み込んで、突く。

 少女は軽くステップを踏んでそれをかわす。

 優斗はそのまま少女の背後に回り込み、その背中に向けて一刀を振り下ろした。

 だが、それでやられる少女ではない。

 小柄な体を前に倒しながら右足を軸に反転し、勢いに乗せて放った蹴りで刃の軌道を逸らす。

 優斗は斬撃を弾かれて体勢を崩し、少女はそのまま刃を蹴り付けるようにして距離を取った。

「やるじゃないか」

「おまえもな。半端者のくせになかなかいい動きをしている」

「無駄口たたいてると死ぬぞ」

「面白い!」

 少女の手刀が優斗目掛けて振り下ろされる。

 その軌道を迎え撃つように、優斗は大きく剣を振った。

 ――白刃と不可視の刃が激突し、中空に火花を散らす。

 そのあまりの激しさにかおりは思わず息を呑んだ。

 打ち合う二人の動きは退魔剣術を嗜んでいる彼女の目にも凄まじく、追いかけるのがやっとだった。

 ……これが実戦。同門の門下生との手合わせなんかとは比較にならないプレッシャーだわ。

 さして広くもない喫茶店の店内。それも椅子やらテーブルやらが散らばっていてお世辞にも足場が良いとは言えない。

 そんな中、二人は危なげなく刃を合わせては離れ、互いの隙を生み出すべく牽制を続けていく。

 やがて、何度目かの斬撃を放った優斗はそれまで以上に深く相手へと踏み込んだ。

「ふっ、見誤ったな!」

 大きく振りかぶられた刃を余裕を持って迎え撃つ。だが、不意に背筋を駆け抜けた悪寒に少女は半ば強引に横へと跳んだ。

 刹那、たった今まで少女がいた場所をもう一本の刃が切り裂いた。

「不意打ちとは中々小癪な真似をしてくれる」

「見えない刃を使ってくる奴に言われたくはないな」

「それを余裕で見切っているのは最早人の技ではないと思うんだが」

「それもお互い様だろ」

 不敵な笑みを浮かべて言う優斗に、少女もその口元を楽しげに歪める。

「……なぶり殺しにしてやるつもりだったが、それを許すような力量ではなかったか。いや、面白い。実に愉快だ」

「あいにく俺には戦いを楽しむ趣味はないんでな。そろそろ決めさせてもらうぞ」

 表情を消すと優斗はいつの間にか短くなっていた刀を二本とも鞘に納めた。

 ――小太刀の二刀、まさか!?

 その様子を見たかおりは愕然と目を見開いた。

「来るがいい半妖。その強さに敬意を表し、全力で相手をしてやる」

 そう言って力を放出した少女の周囲で大気が歪む。

 優斗は無言でそれを睨むと、勢いよく右足で床を蹴った。

 どんっ、という鈍い音を残して優斗の姿が掻き消える。

「なっ!?

 驚きに目を見開く少女の耳元でざんっ、という何かが絶ち切られたような音が響いた。

 途端に少女の体から力が脱け、歪められていた大気が元に戻る。

 ――破邪真空流奥義之六・絶刀――。

 少女の背後に出現した優斗の背中を呆然と見詰めながら、かおりは胸中でその名を呟く。

 ……まさか、あれを使える人が本当にいたなんて。

「おまえの力の源は絶った。これ以上の抵抗は無駄だ」

 淡々とした口調でそう告げる優斗に、少女はその華奢な肩を小刻みに震わせた。

「なぜ、殺さなかった。おまえのその技なら、確実にわたしの命を奪えたはずだ」

「その必要がなかったからだ」

「ふざけるな!」

 少女は思わず声を上げた。

「わたしはおまえを殺そうとした。それなのにおまえはわたしを見逃すと言うのか。侮辱するのも大概にしろ」

 激しく罵倒する少女の目を正面から見据えて優斗は言った。

「ここであんたが死んだら泣く奴がいるんじゃないのか」

「な、何を……」

「さあな。心当たりがないんなら忘れてくれ」

 そう言って優斗は少女に背を向けた。そのまま呆然と立ち尽くしているかおりのもとに近づき、怪我の程度を確かめる。

「わたしはおまえを憎んでいる。ここで逃がせばまた同じことを繰り返すぞ」

 その背中に向かって少女ははっきりと言った。

「いや、俺としては出来ればこんなことは今回限りにしてもらいたいんだが」

「だったら今ここでわたしを殺すことだ」

「そいつはもっとご免だね。これ以上、女の子を傷つけたら自称フェミニストの悪友に何を言われるか分かったもんじゃないからな」

 おどけた調子でそう言う優斗に、少女は思わず小さく笑ってしまった。

「次は必ず殺す。逃がしたことをあの世で後悔するといい」

 それだけ言い捨てると、少女は現れたときと同じように唐突にその姿を消した。

 同時にかおり達の周囲で世界が揺らぎ、次の瞬間にはごく普通の喫茶店の風景に戻っていた。

 ……結界が消えたか。誰だか知っているが助かった。今度、礼をしないとな。

 ざっと周囲の気配を探ってみるが、もはやそれらしい人物の存在は感じられなかった。




 ―――あとがき。

龍一「秘儀・光翼天昇!」

蓉子「くらえ、狐流妖殺剣炎斬式奥義之三・紅蓮!」

――炎の刃と光の波動が激突する。

蓉子「くっ、やるわね」

かおり「城島さん。援護するわ。破邪真空流奥義之極・破邪天昇剣!」

龍一「ふふふ、紺碧の夜に抱かれて永久の眠りへ落ちよ!」

蓉子「わわっ、虚無に飲まれる!?

かおり「こ、こうなったら、美姫さんに借りたこの道具で」

――かおりは恐ろしいものを呼び出してしまった。

かおり「あ」

蓉子「え」

龍一「ぱ」

…………作者は逃げ出し、あとは全員がその場で意識を失った。

ユリナ「こういう反応をされると少し傷つくわ」

ティナ「それよりもわたしたちがここにいるのってかなり問題なんじゃない?」

ユリナ「それはほら、同じ作者なわけだし大丈夫でしょう」

ティナ「そういえば、わたしが出てるのはこっちにも投稿する予定だって言ってたっけ」

ユリナ「わたしの方はあれはちょっと直さないとダメかもね」

ティナ「まあ、何にしても優奈ちゃん達の話が終わってからってことで」

ユリナ「そうね。では、機会があればまたお会いしましょう」

 

 

 

 

 




美姫 「う〜ん、逃げ足が速いみたいね」
いや、それよりも、お前が渡したアレって何なんだ?
美姫 「それは、そのうち分かる日が来るはずよ」
そ、そうか。下手に聞かない方が良さそうだな。
しかし、安藤さんは強いな。良いな〜、良いな〜。
美姫 「無駄な努力は止めておきなさい」
……はい。
美姫 「それより、蓉子と鉢合わせした少女は」
そして、優斗を襲った少女と関係があるのかだろうか。
美姫 「次回も待ってますね」
待ってます〜。



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