愛憎のファミリア外伝〜afternoon〜

  エピソード5 迷走……ファミリアレインハルト



 ――8月も後数時間で終わるという頃。

 周辺の見回りも兼ねて、わたしは夜の散歩へと出掛けました。

 いつもはかおりちゃんがしているその作業を、代理でわたしが行うのはこれが3日目になる。

 彼女は今日もデスクワーク。朝から部屋に篭って山のような書類にペンを走らせています。

 その原因の幾らかはわたしにあるので、こうして普段の業務を代行しているのですが……。

 大きな邪気が払われた後だけに、魑魅魍魎も成りを潜めているのでしょう。

 これといった問題も見当たらず、わたしはのんびりと散歩を楽しむことが出来ました。

 一応は決められたコースを外れないようにしながら、さして緊張もないままに歩みを進める。

 そうしてふと気がつくと、いつの間にか足はあの場所へと向いていました。

 月の明るい夜でした。

 こんな夜には、初めて出会ったときのことを思い出してしまう。

 あの日、わたしは暴走した姉を探して夜の街を彷徨っていました。

 当人同士の問題だとは分かっていても、何もせずにいるなんてわたしには出来なかったから。

 けれど、幾ら探しても姉は見つからず、わたしの中には焦燥感ばかりが募っていきました。

 そんなときです。

 不意に感じた人ではないものの気配に、わたしは思わず息を呑みました。

 人の住む街も外れにまで来ると、皓々とした月明かりだけが夜道を照らす明りになる。

 そんな中、思い出したように立っている一本の街灯。その向こうに彼は立っていました。

 優しい、とても大きな心を持つ半妖の少年でした。

 互いの勘違いからとんだ出会い方になってしまったけれど、それすらも彼は許容してくれて。

 わたしは自分の迂闊さが恥ずかしくなって、慌てて謝罪しました。

 その様は今思い出してもひどく滑稽で、そちらの方が恥ずかしいくらいです。

 ……ああ、どうしてもっと落ち着いて対処出来なかったのか。悔やんでも悔やみきれません。

 そんなわたしに、親切な黒ずくめの方は一度だけチャンスをくださいました。

 翌日、わたしはその方に教えていただいた彼の住所を尋ね、改めて彼に謝罪しました。

 そこでも彼は笑って許してくれて、わたしは思わず胸が熱くなるのを感じました。

 それは感動だったのか。

 それとも別の何かだったのか。そのときのわたしにはまだ分かりませんでした。

 優しい微笑みに心引かれて、その暖かさに触れていたいと思った。

 わたしがその気持ちの名前を知ったとき、それはもう叶わないものになっていました。

 彼の隣には彼女がいて、そこにわたしの入り込む隙間なんてない……。

 ……でも、それでもわたしは彼の笑顔に触れたくて、こうして月の夜を彷徨っているのです。

 夜はわたしと彼の時間。

 もしも二人きりで出会えたならば、その間だけは彼をわたしだけの彼に出来る気がします。

 それが例え束の間の夢だとしても……。

 一夜の夢に縋るように、わたしは今宵も足を止めています。

 ……姉さん。こんなわたしはいけない娘なのでしょうか。

 弱い明りを灯す該当を振り仰ぎ、今は遠くにいる姉へと思いを馳せる。

 そんなわたしの視界にふと何かが飛び込んできました。

 それは人でした。

 もう少し具体的に形容するなら、それは怪しい人です。

 街灯の上に立ってきょろきょろとあたりを伺っています。

 わたしがじっと下から見上げていると、その人は突然そこから飛び降りてきました。

 見られていることに気づいたのでしょうか。

 ほとんど音も無く着地すると、その人はまじまじとわたしの顔を覗き込んできます。

「な、何ですか?」

「あんた、俺のメイドにならないか?」

「はい?」

 わたしは一瞬、何を言われたのか分からなくてきょとんとした顔になりました。

「メイドだよメイド。使用人、お手伝いさん。または……」

「い、いえ、それは分かります」

「おおっ、そうか。やってくれるか!」

「いえ、そうではなくて。どうしてわたしがあなたのメイドにならないといけないんですか?」

 わたしがそう尋ねると、その人は少し考えるような素振りを見せてから答えました。

「まず、君はいきなり人をど突いたり、剣で刺したり、剣で切ったりしなさそうだから」

「はぁ」

「次に家事全般が得意そうだから。君はそういう感じがする」

 初対面の人に断言されてもわたしにはどう答えていいのか分かりません。

「そして、これが一番重要なんだが……」

 その人は構わず言葉を続けます。何となく嫌な予感がしてきました。

「君は間違いなくメイド服が似合うからだ」

 どーん、という音が聞こえてきそうな勢いでその人はそう断言してくれました。

 そのときわたしは確信したのです。

 わたしはおよそこの世で最も関わり合いになるべきではない人種に捕まってしまったのだと。

「どうした?そんな、不景気な顔して」

「何でもありません。ただ、少しわたしって不運だなって思ってただけです」

 問われたわたしは思わず本音を漏らしてしまいます。少し疲れていたのでしょう。

「失恋か」

「分かります?」

「そりゃ、そこまで分かりやすい顔してればな」

 苦笑しつつそう言うその人に、わたしは小さく溜息を漏らしました。

「何が悪かったわけでもないんです。強いて言えばそう、本当に運がなかっただけ」

「それは、何とも」

「分かっているのだから、いっそ諦めてしまえればいいんですけどね」

 わたしは自嘲のような笑みを浮かべてそう言いました。

「相当重症みたいだな。どうだい。気分転換も兼ねて」

「メイドですか?でも、わたしは……」

「何。すぐに返事しろとは言わないさ。君の生活もあるだろうからな。ほれ」

 そう言ってその人はわたしに一枚の名刺を手渡しました。

「どうするかは君の自由だ。けど、そうだな。一つアドバイスをしてやろう」

「アドバイス、ですか?」

「こんなところで出会ったのも何かの縁だ。もしも、望みがあるのなら、立ち止まらずに進め」

 その人はそう言うとわたしに背を向けて去っていきました。

「その気になったらそこに電話してくれ。待ってるからな」

 投げられた言葉は何だか陽気で、わたしは伸ばしかけた手を途中で止めてしまいました。

 以前にも同じことを誰かに言われたような気がします。

 その人は確かに言っていました。立ち止まったらそこで終わりなのだと。

 わたしの進む道はどこへ続いているのでしょう。

 恋に敗れ、明確な目標も持たない今のわたしにはそれすらも分かりません。

 目指したい場所がどこなのか。

 姉の背中を追いかけていた頃はあんなにもはっきりと見えていたのに……。

 だから、少しずつ手で探りながら、今はただ姉の帰りを待ちましょう。

 あの人ならきっとまた、迷えるわたしに進むべき道を示してくれるでしょうから。




 ―――あとがき。

龍一「エピソード5、迷走。いかがだったでしょうか?」

かおり「何か、中身のない作品よね。ふらふらしているって言うか」

龍一「うっ、そ、それは、ほら、タイトルがあれだし」

かおり「あなたが迷走してどうするのよ!?

どげし!

龍一「うわっ!?

かおり「駄文ばかり書いてないで少しは浩さんを見習っておもしろいSSとかしっかりしたテーマのあるものを書いたらどう?」

龍一「駄文って、そんなあんまりだよ(泣)。

かおり「はいはい。それで、とりあえずこれでafternoonはおしまいなのよね?」

龍一「お、おう。次からはいよいよ第2部の開幕だ」

かおり「また駄文になるんじゃないでしょうね」

龍一「それはない、と思いたい」

かおり「ったく。しょうがないんだから。ちゃんとおもしろいものを書きなさいよね」

龍一「おう、任せろ」

かおり「というわけで、ほんの少しだけ期待して待っていてくださいね」

龍一「ではでは」

 




これで外伝も終わりか〜。
美姫 「ちょっとしんみり…」
しかし! 第二部が開幕〜。
美姫 「パフパフドンドンドン〜」
さて、次からはどんなお話が待っているのかな。
美姫 「非常に楽しみよね〜」
ワクワク、ドキドキですな。
美姫 「そして、蓉子と美里の出番はどうなるの」
第二部も期待してます〜。
美姫 「それじゃ〜ね〜」
ではでは。



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