ヒロインドリーム〜愛憎のファミリア 城島蓉子〜

  後編〜memorial rain〜

   *

 ――雨が降っている。

 暗く淀んだ灰色の空から、冷たい雫がしとしとと降り続いている。

 あいつと初めて会ったのもこんな雨の日だった。

 あたしは悪戯の罰で庭の木に吊るされてて、酷く心細かったのを覚えてる。

 そんなあたしにあいつは声を掛けてきたの。

 無様な姿を笑うでもなく、ただ一言、でかい蓑虫だなって。

 いや、その言葉だけ聞けばバカにされてると思ったかもしれない。

 実際、ムカついたあたしは思わず言い返してしまってたもの。

 そしたらあいつ、何て言ったと思う?

 まるであたしのこと心配してたような口ぶりで、何だ、十分元気じゃないか、だってさ。

 ホント、呆れちゃうわよね。

 その頃のあいつに他人の心配なんてしてる余裕はなかったはずなのに。

 あたしがそれを知ったのは、それから数日後のことだった。

 その日もやっぱり雨で、あたしは授業が終わるとすぐに鞄を持って下駄箱へと向かった。

 待ち合わせしていたわけじゃない。そもそもあいつとはあの日が初対面だったんだから。

 だから、昇降口を出た所で途方に暮れているあいつの姿を見つけたときには、正直、驚いた。

 ――偶然の再会……。

 前は気まずい別れ方をして、謝りたいって思ってたからちょうど良かった。

 でも、あたしは結局またあいつに手を挙げてしまったの。

 だって、人の顔見ていきなり、この前の蓑虫女か、だなんて言うんだもん。

 思わず手が出ちゃったとしても、しょうがないわよね。

 とりあえず、蓑虫女を撤回してもらうためにあたしのほうから自己紹介した。

 それに対するあいつの返事は、ぶっきらぼうにもただ一言、名前だけ。

 まるでそれ以上は必要ないみたいなその態度に、あたしはかちんときたものだ。

 強引にあいつの腕を掴むと、自分の傘を差して歩き出す。

 当然、あいつは抵抗したけど、忘れ傘を取りに来るように言ったら大人しくついてきた。

 いや、傘を取りに行くだけだからなって、道中何度も念を押してきたっけ。

 あたしも知り合ったばかりの相手だったし、玄関で用件だけ済ませるつもりだったんだけど。

 傘を受け取って帰ろうとしたあいつをうちのお母さんが引き止めた。

 そのまま二、三言葉を交わすうちに、あいつは半ば強引に家の中へと通されてしまう。

 もちろん、逃げようとしたあたしも即捕まえられて、二人一緒にリビングへゴーだ。

 あたしが男の子を家に連れてくるなんてことなかったから、勘違いしちゃったんだと思う。

 何せ、しきりにあいつに話しかけるお母さんは終始笑顔だったから。

 親父は親父で、礼儀正しいあいつのことが気に入った様子。

 でも、真顔で娘をよろしく、だなんて言い出されたときには、本気で焦ったわ。

 だって、あたし、このときまだ6歳だったんだよ。

 あいつはあいつで、子供らしくない苦笑いを浮かべてるだけだったし……。

 最初に思い詰めたような表情を見てるだけに、この顔にはちょっと裏切られた気がした。

 あたしは子供らしくない子供は嫌いだった。

 何となくこいつは違うんだって思ってただけに、ちょっと許せなかったんだと思う。

 でも、今思えば、それもただ口実がほしかっただけだって分かる。あたしも子供だったから。

 そんなわけで、その日からあたしの悪戯の対象はあいつになった。

 見てられないって思ったら、迷惑がられるのも構わず世話も焼いた。

 時々受けるあいつからのささやかな反撃も、あたしにとっては楽しい時間だった。

 あいつもきっと、そんなに嫌じゃなかったんだと思う。

 病気がちなおばさんの面倒を見ながらでも、時間があるときは一緒にいてくれたから。

 だから、あたしもおばさんのお世話を手伝ったし、あいつの無茶にも付き合ってあげた。

 ――楽しかった……。

 こんな関係がいつまでも続くって思ってた。

 そんな幻想を無条件で信じられる程に、その頃のあたしは子供だったんだ。

 ――誰かが言った。

 何もかもがみんな、変わらずにはいられないんだって。

 クラスの違うあいつと一緒に帰らなくなったのは、いつからだろう。

 ――お泊り会と称して押しかけたあいつの家で、

 夜、一緒の布団で寝なくなったのは、いつからだろう。

 ――バレンタインデー、

 何気なくあげていたあいつへのチョコに、義理の二文字が付くようになったのは……。

 ――新しく出来た女友達にあいつを紹介するとき、

 ただの幼馴染だって言った途端に胸が痛むようになったのは、いつからだろう。

 ――そして、そして……。

 変わっていく。どうしようもなく、何もかもが移ろっていく。

 ――そして、この夏、

 変わってしまったあたしは、自分自身の中に今までとは違うあいつがいることに気づいた。

 気づいたときにはもう遅くて、

 あたしの中であいつはどうしようもなく大きな存在になってた。

 危なっかしくて見てられなかったその背中が、今は大きく逞しく思える。

 それでもやっぱりあいつはあいつで、それが何処か嬉しくもあった。

 ――ああ、あたしはまだこいつの側にいても良いんだって……。

 そんな安堵感を覚えているあたしに、正直、自分でも戸惑ってる。

 この気持ちを恋っていうんなら、あたしは間違いなく恋をしているのだろう。

 ――優斗。あたし、あんたのことが……。

   *

 ―― fin ――

   *



  あとがき

龍一「あれ?」

蓉子「ちょっと、何で前後編になってるのよ。しかも、前後の関係って何もないし」

龍一「いや、本当は蓉子がヒロインの長編小説のプロットを書いてたはずなんだけど(汗)」

蓉子「そっちも十分聞き捨てならないけど、とりあえずこれどうするのよ?」

龍一「どうするも何も、…………どうしよう」

蓉子「はぁ、こうなったらもうこのシリーズは全部この形で出しなさいよね」

龍一「やっぱりそうするしかないよな」

蓉子「アニメとかでもこういう構成のってあったし、良いんじゃないの?」

龍一「大変なのは俺なんだけど」

蓉子「自業自得よ(きっぱり)」

龍一「うわぁぁぁん!」

蓉子「って、泣きながら走り去ろうたってダメよ」

龍一「う、うおぉぉぉ!?く、首が、首が伸びるぅぅぅっ」

蓉子「インスタントろくろ首?」

龍一「嫌な即席もあったもんだな」

蓉子「って、あんたは何普通に平気そうにしてるのよ」

龍一「うわっ、き、狐火はやめ……うぎゃぁぁぁぁっ!?

蓉子「焼却完了、っと。浩さん、火の取り扱いには十分気をつけてくださいね」

龍一「いや、おまえが言っても説得力ないって、…………ばたん」

蓉子「さて、今回はあたしの過去から現在に至るまでの心情の変化をモノローグでお届けしました。

   このシリーズの後編は他の子たちのもこんな感じになると思います。

   ヒロインのリクエストも受け付けますので、お気軽にどうぞ。

   それでは今回はこのあたりで失礼します。

   ここまで読んでいただいた方、ありがとうございました〜」

   *

 





回想的な後編。
美姫 「初めての出会いね」
うんうん。時代的にはこっちの方が先みたい。
美姫 「こういうのも面白いわね」
確かに。また、次を待ってます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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