スレイヤーズクエスト〜時空流離〜
5 黒幕
*
ゼルガディスさんの手から炎の矢が放たれる。
わたしとリナさんたちはそれを左右に跳んで避けると、それぞれの武器を手に駆け出した。
わたしは腰に差した2本のクラスターソードのうち一本へと手を掛けながら、横手の森へと飛び込む。
彼らの狙いはオリハルコンの神像。なら、一人は必ずわたしを追ってくるはず。
そう読んだわたしの後をゼルガディスさんが再び炎の矢を放ちながら追ってきた。
後の二人、ワーウルフと戦斧使いの老人はガウリィさんが抑えてくれたみたいですね。
リナさんも少しの援護くらいは出来るでしょうし、あちらは任せても大丈夫でしょう。
わたしは走りながらチラリと後ろに目をやった。
――ゼルガディスさん。
赤法師レゾの言葉を信じるのなら、彼が魔王の復活を目論んでいるということになる。
リナさんはあまり信じてはいないようでしたね。わたしも同感です。
そして、気になるのはシャブラニグドゥの異名、赤眼の魔王――ルビー・アイ――。
わたしがこの世界への扉を開いたとき、垣間見えた映像の中で彼の法師の開かれた瞳は……。
思考しながら走っていたわたしは間近に迫った風を切る音で現実へと引き戻された。
気づけばすぐ後ろにまで迫ったゼルガディスさんが、ブロードソードを抜いて切りかかってきていた。
わたしはとっさに身を翻すと、そのままの勢いでクラスターソードを抜き放つ。
スピードの乗った抜刀術は男女の体格差を越えて彼の剣を上へと跳ね上げた。
「良い反応をする。これはうかつに切り込むべきではないかな」
一度剣を引いて構え直しながら、不敵な笑みを浮かべてそう言うゼルガディスさん。
わたしもそれに笑みで答えると、そのまま片方だけを抜いた状態で構える。
先に動いたのはゼルガディスさんのほうだった。
右手に剣を構えながら、左手で火炎球――ファイヤー・ボール――を放ってくる。
わたしはそれを見て大きく後ろへ跳ぶと、閃光の矢――スプラッシュ・アロー――を放った。
掲げた左手から幾条もの光の矢が放たれ、ゼルガディスさんの放ったファイヤー・ボールを相殺する。
さらに爆煙を突き破って飛来したそれを、ゼルガディスさんはとっさに横へと跳んで避ける。
着弾とともに轟く爆発音。
続けて放とうとして、わたしは右手に握ったクラスターソードを横に薙いだ。
先の爆煙を突き破って眼前へと迫る彼の姿を見て、わたしは思わず息を呑んだ。
二人の目の前で刃がぶつかり、火花を散らす。
その向こうに見える彼の素顔には、所々に黒い岩のようなものが浮いていた。
続けて放たれた斬撃を軽く身を引いてかわすと、わたしはゼルガディスさんの目を見る。
なるほど。彼がデーモンとゴーレムとの合成獣だというレゾの話は本当だったんですね。
それにこの波動……、つまりはそういうことですか。
わたしは一度大きく後ろへ跳ぶと、抜いていたクラスターソードを鞘に納めた。
それを何かの予備動作と思ったのか、ゼルガディスさんはあえて追撃せずその場に止まる。
しかし、忘れてはいませんか。わたしは魔法も使えるということを。
右手を柄から離すと光を灯した指先を虚空に走らせ、その軌跡を蒼く燃え上がらせる。
刹那の後に発動するのは呪文の詠唱なんていらない即効魔法。
虚空に生まれた十数羽の蒼い炎の鳥が呆然と立ち尽くすゼルガディスさんへと襲い掛かる。
ゼルガディスさんは眼前へと迫ったそれをとっさに横に転がって避けた。
――連続して轟く爆発音。
炎の鳥たちは彼の脇を通り過ぎると、爆発を起こしながら突き進み、数百メートルに渡って森を焼き払っていた。
「……あの一瞬でこれほどの威力を持つ魔術を完成させるのか」
ほとんど無意識のように呟かれたその言葉は戦慄に微かに震えていた。
そして、閃蒼の羽ばたき――イリュージョンフェニックス――を放ったわたしは糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。
……やっぱり、これを使うにはまだ少し早すぎたようですね。
遠のく意識の中、近づいてくる気配を感じて、わたしは思わず笑みを浮かべた。
*
ワーウルフの放った剣をガウリィが剣で受け止め、横へと流す。
そこへ老戦士の戦斧が迫り、ガウリィはとっさに返す刃でそれを受け止めた。
三人の戦いはほぼ互角。
その様子は凄まじく、あたしが今まで見てきたどんな戦いよりも激しいものだった。
あたしは何とか援護しようと隙を探すのだけど、そんなものはさっきからどこにも見当たらない。
こいつらの戦いのレベルが高すぎて、うかつに手を出せないのだ。
そうでなくてもこの二人を相手に強力な攻撃呪文が使えない今のあたしに出来ることなんて高が知れている。
悔しいけど、ここはガウリィに任せるしかないか。
そう腹を括ると、あたしは彼の邪魔にならない距離にまで下がった。
だが、それからそう時間が経たないうちに近くの森の中から爆音が轟いた。
何事かと、その場にいた全員の動きが止まる。
近すぎてよくは分からないが、どうやら二人のうちどちらかが強力な魔法を使ったらしい。
それからしばらくして、空にライティングの魔法の明りが打ち上げられる。
それを見て、ワーウルフと老戦士は何か言葉を交わすと、武器を引いて去っていった。
「……やられた」
「お、おい、連中、逃げてくぞ」
「ユイナがゼルガディスに捕まっちゃったのよ!」
戸惑うガウリィに、あたしは吐き捨てるようにそう言って唇を咬んだ。
そして、ふとガウリィを見る。
彼は剣を鞘に納めるとすぐにでも敵の後を追いかけようと言わんばかりにあたしを見ていた。
しかし、あたしは首を横に振ると、懐からそれを取り出してガウリィに見せた。
「おい、それって……」
「そういうこと。これがこっちにあるうちは大丈夫だから」
そう言うと、あたしはユイナから預かっていた例の神像をしまった。
「けど、ユイナが持ってないって知ったら連中、逆上して彼女を殺しゃしないか?」
「それはないわ。寧ろあのゼルガディスって男なら人質にして交渉の材料にするんじゃないかしら」
言いながら、あたしは運ばれてきた料理にフォークを突き立てる。
「つまり、あたしたちがもう一度彼らと接触するまでは彼女は無事ってことよ」
「だからって、暢気にメシなんて食ってる場合じゃないと思うんだが」
「そんなこと言って、あんただってちゃっかり注文してるじゃない」
「そりゃ、俺はあいつらとやり合って疲れたからな。食うもん食っとかないと次戦うとき力が出せないだろうが」
「あたしだって、少しでも早く魔力が戻るように考えて食べてるんだから」
「とてもそうは見えんが……って、それ俺のエビフライ!」
「へへん、油断してるほうが悪いのよ」
「よーし、なら」
「ああっ、それあたしの目玉焼き。返しなさいよっ!」
「油断してるほうが悪いんだろ」
「何を。ガウリィのくせに。このこのっ!」
「ああっ!」
*
目が覚めると、わたしはどこかの天井から鎖でつるされていました。
感覚から剣と鎧が外されていることが分かる。ということは……。
「誰ですか。わたしの体に触ったのは」
猿轡はされていなかったようで、普通に声が出せた。ちょっと驚きです。
「目が覚めて最初の一声がそれか」
「だって、気になるじゃないですか。女の子としては」
呆れたようにそう言うゼルガディスさんに、わたしは少し頬を赤くして反論する。
「捕まったってのに、随分と余裕じゃないか」
「それはほら、その気になれば簡単に逃げられますから」
「よく言うぜ。あの一撃で魔力を使い果たしちまったくせに」
そう言って軽く嘲笑を浮かべるゼルガディスさんに、他の人たちも頷いている。
その油断が命取りにならなければ良いですけどね。
「しかし、あれを他の奴に渡していたとはな」
「こういう事態への備えです。捕まってあれを取られてしまうのは面白くなかったので」
「なるほどな。だが、所詮は先送りにしたに過ぎんよ。おまえは人質で、あれと交換だ」
「ま、そういうことだな。お嬢ちゃんには悪いが、それまで大人しくしててもらうぜ」
「構いませんよ。最初にお断りしたのはわたしですし、覚悟もしてましたから」
「ほう、随分と物分りが良いじゃないか。その調子で最初からあれを渡してくれてれば俺達もこんなことをせずに済んだんだがな」
そう言って苦笑したのはミイラの人、ゾルフさんでしたっけ。
彼の言うことも尤もなのですが、わたしとしてもあれを手放す訳にはいかないのです。
用が済んだのか、出ていくゾルフさんの背中をわたしは曖昧な笑みを浮かべて見送った。
「で、誰なんです?」
「まだ言うか」
真剣な顔で再度尋ねるわたしに、即座に突っ込むゼルガディスさんとワーウルフの人。
声がぴったりハモってますけど、実はこの二人、仲が良いんでしょうか。
と、そんなことではごまかされませんよ。乙女の柔肌に触れた罪は重いのです。
「当然です。さあ、答えてください。言っておきますけど、嘘やごまかしは利きませんからね」
「いや、宙吊りで凄まれても全く怖くないんだが」
「ああ、寧ろかわいいぞ」
少し困ったように顔を見合わせるゼルガディスさんとワーウルフの人。
「そんなこと言ってもごまかされませんよ。女の子を辱めた罪、大人しく制裁されなさい」
「は、辱めたって、俺は鎧を外して少しばかり服の下を調べただけだぞ!」
うっかりそう叫んでしまったのはゼルガディスさん。あなたですか。
その瞬間、わたしの視線が彼を貫いた。
時が、凍る。
そして、ハッとしたように我に返ると慌てて弁明を始めるゼルガディスさん。
その様子をジトッ、とした目で見ているワーウルフの人。
わたしは終始笑顔でそんな二人の様子を見ていた。
*
――そして、夜も更けた頃。
つるされたままで浅い眠りを取っていたわたしは近づいてくる気配で目を覚ました。
いい加減手が痛いんですけど、言っても下ろしてくれませんよね。
そんな状況で下を見ると、そこにはゼルガディスがわたしの剣と鎧を手に立っていた。
彼は無言でわたしをつるしている鎖に手を掛けると、それを外して下ろしてくれました。
そして、なぜ?という顔をして小さく首を傾げているわたしにこう言ったのです。
「……逃げたいのならついてこい」
小声だったのは仲間に聞かれるのを防ぐためでしょう。
そう言ってゼルガディスさんは持っていたわたしの装備をわたしに渡してくれました。
わたしは素早くそれを受け取ると、鎧とマントを身に付け、二本の剣を腰の両側に一本ずつ差した。
――そして、始まる深夜の逃走劇……。
彼にどんな事情があるのかは知らないけれど、これは予想以上に面白くなりそうです。
そして、逃げるわたしたちの前に現れた追っ手は全くわたしの予想通りの相手だった。
――即ち、赤法師レゾ、その人である。
*
事態はどんどん進む〜。
美姫 「逃げる二人の前に現れるレゾ」
原作を知っている人なら、最早説明は不要。
美姫 「ここからどんな風に展開していくのかしら」
うんうん。早く続きが読みたいぞ〜。
美姫 「ってな訳で、次回も楽しみに待っていますね♪」
待ってます!