スレイヤーズクエスト〜時空流離〜
9 ゴーストタウンの死闘(後編)
*
大気が変質する。
激しい呪文の応酬の中で、高揚する心のままに溢れ出す力をわたしは止められない。
振り下ろす手に握られた剣の切っ先から迸る魔力が空気ごと相手を切り裂かんと迫る。
わたしが『あたし』に、ユイナ=ルシフェルがただのルシフェルに戻りかけていた。
男は赤い力を必死に操ってわたしから逃げようとしているけど、それももうすぐ無駄になる。
誰もあたしからは逃げられない。一寸の差別もなく、すべて等しく滅びるだけ。
我が前に立ち塞がりしおろかなる汝に、その選択の結果として与えよう。
「――さぁ、永遠の世界に旅立つがいい!」
宣言と共に、振り上げた両手をあたしが振り下ろそうとしたそのときだった。
「――ユイナっ!」
不意に名を呼ばれ、わたしは正気に戻った。
同時に強烈な虚脱感が全身を襲い、だらりと両手を下げる。
握った剣を杖代わりに、何とか倒れることだけは防いだけれど、それも長くは無理だった。
「どうやらこの世界の勝利の女神はわたしに味方してくれているようですね」
駆けつけたリナさんに肩を支えてもらいながら立つわたしに、彼は余裕を取り戻した表情でそう言った。
「ちょっとあんた、女の子一人追い詰めて悦に浸ってんじゃないわよ!」
彼の態度が癪に障ったのか、きつい視線を彼へと向けて叫ぶリナさん。
「この世界の魔道師ですか。随分と威勢の良いお嬢さんのようですが、何か勘違いしているようですね」
「勘違いって、何をよ」
「そこの彼女、わたしなどよりよほど高位の存在なのですよ。いえ、最強と呼んで差し支えないでしょう。何せ、彼女は……」
「黙りなさい!」
ぺらぺらと喋ってくれる彼をわたしは視線と言葉で沈黙させる。
「おお怖い。ですが、怒った顔もなかなか……」
「黙れと言っているでしょう」
「…………!?」
「幾ら消耗が激しくてもそれくらいは今のわたしにでも出来るんですよ」
驚愕を浮かべる彼へと、わたしは荒い息を吐きながらもそう言ってやる。
「せっかく拾った命、浪費したくなければ早々に立ち去りなさい」
「あら、随分親切じゃない」
彼へと警告を与えるわたしに、リナさんが意地悪な笑みを浮かべてそう言った。
「でもね、あたしは逃がすつもりはないのよね。この変質者、ここで始末するわ」
「なっ!?」
そう言うとリナさんは彼に向かってファイヤーボールを放った。
いつの間に呪文を唱えていたんでしょう。
咄嗟のことに、わたしとの戦いで疲労していた彼は避けることが出来なかった。
直撃を受けて煤けた姿を曝す彼。米神のあたりが痙攣しているのは怒っているのかしら。
一方、リナさんは必殺の一撃の結果がその程度だったことに少し驚いているようだった。
「まさか、魔族……」
「さて、どうでしょうね」
リナさんの漏らした呟きに、おどけたように肩を竦めてみせる彼。
「リナさん、あれに物理的な側面の強い呪文は通用しません。精神攻撃を」
「分かったわ!」
わたしの助言に頷き、リナさんは閃光の槍――エルメキアランスを放つ。
「無駄です。あなた程度の精神でこのわたしは滅ぼせません!」
彼の叫びとともに、閃光の槍が虚空で半ばから折れて消える。
「ちっ、何て奴。さすが純粋魔族だけのことはあるか」
「どうしました?そんな程度ではそちらのお嬢さん共々わたしに殺されてしまいますよ」
「一々癪に障るわね」
「リナさん、ここは一度退きましょう。わたしがこれでは足手まといになります」
「そうしたいところだけど、こいつ見逃してくれるかしら」
「大丈夫、これを使えば……」
そう言ってわたしは懐から二つの石を取り出すと、そのうちの一つを彼に向かって投げた。
石は虚空で弾け、強烈な閃光をあたりに撒き散らす。
「っ!?」
咄嗟に目を手で覆う彼。その隙にもう一つの石を発動させる。
瞬間、わたしたちの姿はあたりの光に溶けるようにその場から掻き消えた。
*
「ったく、目くらまし使うんなら先にそう言ってよね」
まだちかちかする目を擦りながらユイナに抗議するあたし。
「あはは、済みません……」
引き攣った笑顔を浮かべて謝るユイナは今は壁に凭れて体を休めている。
「にしても、短距離とはいえ空間転移出来るなんて、あんた一体何物?」
「それは出来れば聞かないでもらいたいかな。ほら、女の子には秘密が付き物って言いますし」
「あんたねぇ……」
「じょ、冗談ですってば。嫌だな。そんな熱帯地方の空気みたいな目で見ないでくださいよ」
あははは、と笑う彼女に、あたしは疲れたような溜息を漏らす。
「とりあえずあれを完全に追い払って、落ち着いたら話しますよ」
そう言うと、彼女は目を閉じて完全に壁へと体重を預けた。
瞑想って奴だろう。
気を落ち着かせることで気力や体力をある程度回復出来るって聞いたことがある。
そういえば、彼女どうやってゼルガディスたちから逃げてきたんだろう。
ユイナの実力は未知数だけど、あいつらも相当に出来るはず。人質としての価値を考えるとそう簡単に逃がしてくれるとも思えないんだけど……。
あたしが考え込んでいると、突然外で爆発が起こった。
壁に開いた穴からこっそり外を覗くと、あの男がゼルガディスと向かい合っていた。
ハルバードを構えたおっちゃんにゾルフとかってミイラ男も一緒だ。
あいつら、ユイナを追ってきたのか。でも、あの男と仲間って感じじゃないわね。
今の爆発もどっちかの攻撃呪文が炸裂した音だったみたいだし、ここは少し様子を見るとしますか。
*
「おい、おまえ、このあたりで金髪の女を見なかったか」
剣の間合いの一歩外で足を止め、俺は目の前の男へとそう尋ねた。
見るからに怪しい風貌の男だ。
神官服と魔道服の中間のようなデザインの服に身を包み、得物は俺と同じブロードソード。
友好的な笑みを貼り付けてはいるが、得体の知れない雰囲気はあのレゾに通じるものがある。
そのせいか、ポーカーフェイスを保つのが段々と難しくなってきている。
ぶっちゃけむかつくのだ。この手の輩はどうにも気に食わない。
「さて、見ませんでしたけど」
男は空とぼけた態度でそう言った。
バカ丁寧な喋り方まであいつにそっくりときてやがる。
どうせ知っててとぼけてやがるんだろうが、さっさとぶっとばして自分で探すか。
「まあ、例え知っていたとしてもキメラ無勢に教える気はありませんがね」
「っ、貴様ぁ!」
男のその言葉に、激昂したゾルフがファイヤーボールを放った。
不意の攻撃にも関わらず、男は軽い身のこなしでそれを避ける。
「やれやれ、この世界の魔道師というのは皆野蛮な人ばかりのようですね」
「そういう貴様は少々礼儀知らずのようだな」
ブロードソードを抜きながらそう言う俺に、男は不思議そうに首を傾げる。
「おや、怒りましたか。わたしは事実を言っただけなのですがね」
「ああ、そうかい」
言って俺は男へと切りかかった。
「やはりキメラはキメラですか」
「黙れ!」
そう言って無造作に剣を抜いて受け止める男に、俺は続け様に斬撃を見舞った。
「助太刀いたしますぞ。ゼルガディス殿」
俺が剣を引いたところへ、ロディマスのハルバードが横から男の胴を狙う。
だが、男は片手を剣から離してそれを素手で受け止めやがった。
「ロディマス、下がれ!」
「むっ」
ゾルフの叫びに応じてロディマスが飛び退き、そこへ再びファイヤーボールが炸裂する。
至近での爆発に構わず、俺はその中へと剣を突き立てた。
――手ごたえはない、か。
そう判断した刹那、俺は反射的に横へと転がってそれを避けた。
見れば、たった今まで俺がいた場所を赤い光の糸のようなものが貫いていた。
「なかなか良い動きをしますね。彼女と一戦交えた後では少々面倒ですか」
「何だと!?」
「心配しなくても殺してはいませんよ。少々邪魔が入りましてね」
男は面白くもなさそうにそう言うと、右手に剣を握り直す。
あの娘と対等以上に戦える相手か。冗談きついぜ。
とはいえ、こちらは3人。向こうは一人だ。
少々本気にならざるを得ないが、勝てないことはない。そう思ったんだが。
*
「ちょっと、何やってんのよ。押されてるじゃない」
わたしの眠りを妨げるのは誰?
「ああ、もう。見て欄ないわ!」
煩いですよ。人がせっかく気持ち良く眠ってるっていうのに。
身動ぎして、薄目を開けるとそこはどこかの廃屋の中だった。
彼から逃げるのに短距離転移の魔法を使って、出たところがここだったんでしたっけ。
短距離だけにそんなに離れられてはいないみたいで、今もすぐそこに彼の気配を感じる。
……うう、不快だわ。
あのストーカー、本当にここらで滅殺してやろうかしら。
わたしがそんなことを考えていると、リナさんが何かぶつぶつ唱えながら外へと出ていった。
戦闘に加わる気なんでしょうね。確かに今なら、背後をついて痛撃を与えることも出来る。
――わたしも行きますか。近づいてきている彼女にも事情を説明しないといけないし。
気だるげに身を起こすと、わたしはリナさんの後を追って外へと出た。
*
敵は思った以上に手強かったわ。
ゼルガディスたちとの交戦の隙をついて背後から放ったガーヴフレアもまるで効かなかった。
ゼルガディスとゾルフ、えっと名前しんないハルバードのおっちゃんも頑張ってたんだけど。
あいつはそんなあたしたちを嘲笑うかのように、広範囲に同時に赤い閃光の糸を放ってきた。
ゼルガディスたちがそれでも上手く避けたのはさすがってところかしら。
けど、あたしはそうはいかなかった。
直撃こそ何とか避けたものの、崩れた瓦礫に足を取られて転んでしまう。
これだけでも格好悪いのに、おまけに足を捻ったらしくて起きられないときた。
敵もそんなあたしをまず始末しようと考えたんだろう。正直、せこいぞ。
攻撃呪文で牽制しようにも、捻挫の痛みで上手く集中出来ない。
ここまでかって、諦めかけたそのとき。あいつは颯爽と現れてあたしを抱え上げた。
「よっ、待たせたな」
「ガウリィ……」
そのときのあたしにはこの脳ミソクラゲの美形剣士が王子様に見えたわ。
捻った足の痛みも忘れて感動するあたしに、ガウリィは心配そうに聞いてくる。
「立てるか?」
「う、うん、多分……」
頷くあたしに彼はそうか、と言うと少し離れた場所にあたしを下ろした。
「さて、うちのリナが世話になったみたいだな」
「いえいえ、そんな大したことはしてませんよ」
「いやいや、保護者としてはきっちり礼をせにゃいかんだろう」
そう言うとガウリィは腰の鞘からロングソードを引き抜いた。
「ダメよ、ガウリィ!そいつに普通の剣は効かないの」
「なぁに、心配すんなって」
必死に叫ぶあたしにもガウリィはいつもの能天気な調子でそう答える。
「援護しますよ。ガウリィさん」
「おう、頼むぞ」
無造作に敵へと近づくガウリィに、ユイナがこちらもいつものにこにこ顔で手を振っている。
「あのお嬢さんの言っていることは本当ですよ。命が惜しければ無駄なことはしないほうが」
「ご心配なく」
警告を与える男の言葉を遮って、ガウリィは懐から針を取り出すとそれで剣の留め金を外す。
それを見てユイナも自分の剣から何かを外すと、鞘ごと放り出した。
「ああっ、こいつらは状況分かってるのか」
あまりの展開に、向こうではゼルガディスが頭を抱えている。
うん。あたしも気持ちは良く分かるぞ。
こうなったら、あたしの最大最強の攻撃呪文、ドラグスレイブで奴を吹っ飛ばすまで。
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――黄昏よりも昏きもの
血の流れより赤きもの
時の流れに埋もれし 偉大な汝の名において――
*
リナさんが呪文の詠唱を始める。
何か凄そう。
よし、わたしもやるわよ。
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――あかつきよりも眩しきもの
雪の凍てつきより尚白きもの
いにしえよりの契約 我と汝の名において
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我、ここに闇に誓わん
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我、ここに汝に誓わん
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我らが前に立ち塞がりし すべてのおろかなるものに
*
わたしとリナさんの声が重なり、最後のワードを紡ごうとしたそのとき。
「光よっ!」
ガウリィさんの上げたその叫びに呼応するかのように、柄から光の刃が生まれた。
「へっ!?」
それを見たリナさんが素っ頓狂な声を上げて、その表紙に呪文を中断してしまう。
わたしも驚いた。そして、それ以上の詠唱の必要がないことを悟る。
皆の見ているその前で、ガウリィさんの振り下ろした光の剣が彼を真っ二つに切り裂いた。
*
今回、ガウリィはおいしい所取りだな。
美姫 「ま、頭脳労働はリナたちに任せきりなんだから、良いんじゃない」
さて、これで倒せたのかどうか。
美姫 「その辺りは次回ね」
果たしてどうなっているのか!?
美姫 「次回も楽しみに待っていますね」
ではでは。