スレイヤーズクエスト〜時空流離〜
11 魔王復活
*
「レゾ、来たわよ!」
塔内にリナさんの声が響き渡る。それに答えるように、わたしたちの前に姿を現す赤法師。
「ようこそ。賢者の石は持ってきていただけましたかな」
「ここよ」
邪笑とも取れる笑みを浮かべて問うレゾに、リナさんはオリハルコンの神像を掲げてみせる。
「では改めて問いましょう。賢者の石を渡していただけますか?」
「それはこれからの返答次第ね。もし、あたしの予想通りなら」
そう言ってリナさんは神像を握る手に力を込める。
この世界のオリハルコンという金属は魔力をある程度封じる性質を持っているそうです。
しかし、リナさん程の魔道師ともなれば、苦も無くそれを破壊することが出来るでしょう。
尤もその中身、賢者の石まで壊せるかどうかは分かりませんけれど。
「おい、リナ。あいつはその賢者の石とかってのを使って目を治そうとしてるんじゃないのか?」
「ええ、それは間違いないでしょうね。でも、その方法が問題なのよ」
疑問を投げるガウリィさんに頷きつつ、リナさんはレゾを見据えて言葉を続ける。
「レゾ、そんなにこれが欲しいのなら、どうして自分で取りに来なかったの?」
「どういうことだ」
リナさんの発した問いに、今度はゼルガディスさんが疑問を挿む。
「だって、そうでしょ。あんなザコモンスターやあんたたちを嗾けるよりも自分でやったほうがずっと確実でしょうに。なのに、レゾはそうしなかった。いえ、出来なかったのよ」
「この塔か」
「そういうこと。大掛かりな儀式を行なうにはそれなりに時間も手間も掛かるもの」
「つまり、どういうことなんだ?」
順を追って説明するリナさんに、ガウリィさんがややこしそうに顔を顰めて結論を急かす。
「ちょっと待ってなさい。もうすぐ結論が出るから」
「で、その結論は?」
ガウリィさんを窘めるリナさんのその言葉に、レゾは愉快そうな笑みを浮かべて先を促した。
「この塔、よくは分からないけど強力な魔族を召還するのに適した造りをしてるのよね。そして、自分の力で治せない目を治すにはどうすれば良いか。答えは二つあるけど、この場合は一つしかないわよね」
「まさか!?」
「そう。ずばり、レゾは魔王を復活させてその代わりに目を治してもらうつもりなのよ」
リナさんの出した結論に、騒然となるゼルガディスさんたち。
「素晴らしい洞察力です」
そして、その結論を聞いたレゾは実に嬉しそうな笑みを浮かべてリナさんへと賞賛の拍手を送っていた。
「実を言うと、その通りでしてね」
「バカな!?」
「何を驚いているんです。自分で治せないのなら、神か魔王にでも縋るしかないでしょう」
「自分一人の欲望のために世界を滅ぼすつもりか!?」
「貴方方には分からないでしょうね。いえ、分かっていただけた方もいらっしゃるようですが」
そう言ってレゾはわたしのほうを見る。
「どういうこと?」
「いえ、わたしの知り合いにも盲目の方がいるので気持ちは分からないでもないかなって」
ジト目で睨んでくるリナさんに、わたしは少し引き攣った笑みを浮かべてそう答える。
「それで、賢者の石は渡してもらえるのですか?」
「お断りよ。あなたが魔王復活をもくろんでいると分かった以上、これは壊させてもらうわ!」
「そうはいきません。ゼルガディス!」
レゾが錫杖を振りかざしてそう呼びかけた瞬間、ゼルガディスさんの目から光が消える。
彼はリナさんに当て身を食らわせると、腰のブロードソードを抜いて切り掛かってきた。
当て身を受けたリナさんの手から神像がこぼれ、レゾの元へと吸い寄せられる。
それを手にしたレゾは後をゼルガディスさんに任せると、階段を更に上へと登っていった。
ここまでは予想通り。
操られた彼はガウリィさんとロディマスさんを同時に相手にしてます。
味方相手にこちらが全力を出せないとはいえ、大した実力ですね。
これなら十分に時間を稼いでくれるでしょう。
頃合を見計らって、わたしは塔の最上階へと転移した。
「来ましたか」
塔の最上階にある魔法陣の中央でレゾはわたしを待っていた。
「いよいよですね」
わたしはそう言って彼へと近づく。
あたりには既に瘴気があふれ出していて、並みの人間では立ち入るのは難しくなっていた。
「でも、よろしいのですか。彼らを裏切ってしまって」
「わたしは元々、見極めるためにリナさんたちと同行していたに過ぎませんから」
今更そんなことを聞いてくるレゾに、わたしはいつもの笑みを浮かべてそう答える。
「さあ、始めましょう。この世界の闇を解放するのです」
「そして、わたしはこの目に光を」
賢者の石が輝き、魔法陣から一層濃い瘴気が巻き起こる。
「さぁ、魔王シャブラニグドゥの復活だぁ!」
賢者の石を握った手を突き上げ、声高らかに宣言するレゾ。
それはわたしが世界の壁を越えたときに見た最初のビジョンと寸分違わない光景だった。
わたしはあふれ出した闇へと手をかざし、開かれた彼の瞳から邪悪な赤を抜き取ろうとする。
……っ、……さすがにそう簡単にはいきませんか。
魔王が苦悶の声を上げるように瘴気がうねり、わたしを呑み込もうとしてくる。
でも、分かる。そんな程度じゃ、全然ダメですよ。
ただ荒れ狂うだけの力でわたしは止められない。だって、わたしは……。
不敵な笑みを浮かべてわたしが最期の一滴を吸い取ろうとしたときだった。
不意に横から衝撃が来て、わたしはせっかく吸い取った闇を吐き出してしまった。
「言ったでしょう。これで終わりではないと」
声のしたほうを見ると、そこにはあの赤い男が立っていた。
魔王を取り込んだのか、その瞳も髪も完全に赤へと染まっている。
「肝心なところで邪魔をしてくれましたね。この代償は高くつきますよ」
「何時までもご自分が優位に立っていると思わないことです」
「調子に乗るな!」
わたしの手から衝撃波が放たれる。
同時に彼の手からも赤い光が走り、二つの力が空中で激突した。
「ちょっと、何がどうなってるのよっ!?」
「おい、あいつ。この前倒した奴じゃないか」
「レゾは。魔王はどうなったんだ!?」
どうやらゼルガディスさんを正気に戻せたようですね。
駆けつけたリナさんたちが口々にそう叫んでいる。
けれど、わたしにそれに答えてあげられる余裕はなかった。
さすがに魔王というだけのことはあります。
けれど、彼はその力を完全には制御しきれていないようですね。
やがて、魔王が目覚めれば彼自身はその存在に呑み込まれて滅びてしまうでしょう。
せっかく再生出来たのにかわいそうな人です。大人しくしていれば生き長らえられたものを。
そして、わたしの見ている前でついにそれは始まった。
彼の身体からあふれ出した闇が、彼を飲み込んで巨大な魔の姿を成していく。
「うおぉぉぉっ、こ、これは、どうしたというのだ!?」
――おろかなるものよ。汝程度の存在が、我を支配しようとするとはな。
嘲笑。
そして、闇は完全に彼を取り込んでその姿を現した。
*
「我を目覚めさせてくれたせめてもの礼として、北の分身を起こす前に相手をしてやろう」
呆然とするあたしたちを見下ろして魔王が言った。
「驕るな。旧時代の魔王など、このゾルフが片付けてくれる!」
そう言って一歩前へと進み出るゾルフ。ああ、こいつも状況を分かってない。
「黄昏よりも昏きもの。血の流れより赤きもの」
「へっ!?」
頭を抱えるあたしを他所に、ゾルフが唱え出したのは何とあの黒魔術最大の攻撃呪文。
まさか、あの三流魔道師のゾルフが……って、驚いてる場合じゃないわ。
「ゾルフ。ダメよ!」
「やめるんだ、ゾルフ!」
あたしとゼルガディスが同時に制止の叫びを上げるけど、ゾルフには届かない。
「――等しく滅びを与えんことを。ドラグスレイブ!」
ゾルフの手から赤い光が放たれ、魔王へと飛んでいった。
爆発。けど、この後にあるのは最悪の光景だ。
それを察したロディマスのおっちゃんがゾルフの元へと走るけど、果たして間に合うか。
案の定、魔王は受け止めた光を嘲笑とともに返してきた。
跳ね返された呪文は逃げようとしていた二人をあっさり飲み込んで爆発する。
あまりにあっけない最期……。
「……ぞ」
「えっ?」
「逃げるぞ!」
吐き捨てるようにそう言うと、ゼルガディスは塔の外へと飛び出した。
あたしとガウリィ、ユイナも急いでその後を追いかける。
悔しいけど、何の対策もないまま挑んで倒せる程、甘い相手じゃないんだ。
魔王は何故か追ってこない。
猶予をやろう。そんな余裕の伺える態度が酷く癪に障った。
*
とりあえず、近くの町まで逃げてきたけど、さて、これからどうするべきか。
「どうして、あいつを連れてきたんだ」
食堂の一角ではゼルガディスがユイナに怒鳴っていた。
彼女は塔の最上階で気を失って倒れていたレゾを連れてきていたのだ。
「彼は被害者なんです。放っておくことなんて出来ません」
「ふざけるな。あんな奴、今すぐ俺が殺してやる!」
そう言って食堂を出て行こうとするゼルガディスの前に、ユイナが両手を広げて立ち塞がる。
「退け!」
「退きません。どうしてもというのなら、力づくでも止めますから」
「何故奴に肩入れする。おまえさん、俺たちの仲間じゃなかったのか!?」
「いい加減にしなさい!」
争う二人を見かねたあたしは、思い切りテーブルを叩いてそう怒鳴った。
「今は仲間内でもめてる場合じゃないでしょうが」
「そう、だな」
「済みません……」
あたしの声に、二人はバツが悪そうに顔を見合わせる。
「でも、どうするよ。相手が魔王じゃ幾ら何でも分が悪すぎるぞ」
「何とかするっきゃないでしょ。とりあえず、ご飯でも食べながら考えましょ」
弱音を吐くガウリィにそう言うと、あたしはいつもの調子でメニューを開いた。
*
「なぁ、そろそろ身の振り方を決めようじゃないか」
食事も終わって一息吐いた頃、ふとゼルガディスさんがそう言った。
否応無く場の空気が重くなる。
「俺は戦うぜ。このまま逃げたとあっちゃ、ゾルフやロディマスに申し訳が立たんからな」
そう言って真っ先に席を立ったのはゼルガディスさんだった。
「付き合うぜ」
「済まないな」
「何、いいってことよ。さすがに俺もこのまま放っておくわけにはいかんからな」
何だか友情物語みたいなやり取りをしているガウリィさんとゼルガディスさん。
その視線がわたしとリナさんへと向けられる。意味は尋ねるまでもないでしょう。
「あたしは、死にたくない」
リナさんが答え、それにわたしも無言で頷いた。
「そうか。まあ、強制はしないさ」
「逃げ回るのは勝手だが、奴の手先にだけはなるな。もし、そうなったら俺たちの手でおまえさんたちを殺さなきゃならなくなるからな」
わたしたちの答えに、二人は落胆した様子でそう言うと宿を出て行こうとした。
「ちょっと待った」
そんな男二人をリナさんが呼び止める。
「戦わないって、誰が言ったの?」
その言葉に思わず足を止めて振り向く二人。二人とも困惑してますね。
「やる前から負けるつもりでいるその根性が気に入らないって言ってんのよ、あたしは」
バンッ、とテーブルを叩いてそう言うリナさんに、二人はますます困惑の度合いを深める。
「良い。戦うからには勝つわよ。絶対に」
「しかし、相手は魔王だぞ。倒すったって、どうやって」
「それをこれから考えるの。ほら、突っ立ってないで座った座った」
呆然としている二人を無理やり座らせると、リナさんは作戦会議を始めてしまった。
「ほら、ユイナも何かあったら言って」
「そうですね。とりあえず、こちらのカードを整理してみましょうか」
「そうね。作戦を立てるにしても戦力がはっきりしてないとやり難いし」
勝手に話を進めてしまっているわたしたちに、男性二人はやや圧倒されている様子。
でも、何故かガウリィさんもゼルガディスさんもその気になってくれているのが分かります。
これもリナさんの力でしょうか。
だとすると、わたしは思わぬ掘り出し物を見つけたのかも知れませんね。
さて、わたしも一枚カードを切るとしましょうか。
黒魔術の源が負の感情である以上、それを統括する魔王には通用しない。
では、ここではない世界の力、例えばわたしの使う魔法ならどうでしょう。
相手の規模を考えると、生半可なものは通用しないでしょうけど、それでも勝機は見出せる。
今まで見せてきたわたしの能力からして、リナさんはきっとそう考えるはず。
ただ、やっぱりこの世界の魔王を滅ぼすのはこの世界の彼女でなければ意味がありません。
わたしはそのためのお手伝いをするだけ。
さあ、リナさん。見せてください。あなたの底力を。
*
――翌朝。
覚悟を決めたあたしたちの前に、魔王シャブラニグドゥは再び姿を現した。
*
遂に復活をしてしまった魔王シャブラヌグドゥ。
美姫 「それを倒さんとリナたちは再び魔王の前へ」
果たして、彼女たちに勝利はあるのか!?
美姫 「それとも、このまま世界は滅びて次回からは魔王の世界征服大冒険が始まるのか!?」
世界征服にも金がいると、赤字の家計簿に悩みつつ…。
美姫 「次回を待て!」