斜陽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪が降っていた……

白く…純白で…穢れを知らない……

何もかもを包み込む…雄大な…白。

降り積もれ…俺の上に……

この…穢れきった俺の上に……

他人の血で紅くなった俺を…白く……洗い流してくれ……

振り続けろ……俺の、罪を流しさるまで……

数多の敵を斬り殺し……その罪を被ってきた俺の上に……

死ぬ事ですら…許されなくなった俺に……

降リ積モレ……純白ノ雪タチヨ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはもう…記憶の中だけの人……

《いいかい、―――…誰かを護る為には、誰かを殺さなきゃいけない》

薄い水色の髪の毛に…とても赤い瞳。

《何故って? じゃあ―――…もし、君の護りたい人が襲われている、相手を殺さないとその人がまた危険になる…わかるかな?》

当時の俺は…この人に、多分、憧れていた。

《話し合いや、少し脅しただけで助ける事ができる事だけじゃないってことさ…時には、相手の全てを奪わないと》

その強さに…その人柄に…

《私はそう言われて来た…護る事は、奪う事だと……一時の感謝の後、絶対に蔑まれると》

でも、この話をしている時は…哀しそうで……淋しそうで。

《護ってるのに奪ってるっていうのはね…自分の大事な人を殺すと、相手の今までを全部奪う事になるだろう?》

儚い…微笑だったと思う。

《相手にだって、当然大事な人もいるかもしれない…でも、殺しちゃうと、もうその人は会えないだろう》

まるで、夢のような…そんな人。

《そう言う訳さ。 覚えておくといい、―――…もう、私達の手段は古いものさ…あの傾く空の太陽のように…斜陽のように……》

そう言って、――――は去っていた……俺の心に、一つのしこりを残して……

 

 

 

 

 

 

 

一人の青年が……雪の降り積もっている建物の屋上のようなところで立っていた。

両の手には血のこびり付いた小太刀……

見れば、足元も、その血が白い雪を、赤く染め上げていた。

そして、青年の体にも、顔にも、血がこびり付いていた。

青年は雪を降らせる、黒い空を見ていた。

足元には、この血の流れどころであろう…5人ほどの男が、転がっていた。

「たいした戦闘力だな…」

そこに、全身を黒服で包んだ30位の男が現れる。

「一編の迷いもなく……ただ、一つの慈悲も与えず…敵を殺す」

青年にとって、その声は全然聞こえてなくて……

「【斜陽の剣士】とは巧い言い得てだな……剣士なんてやつは、もう古いってことだろう」

男はくっくっくと、笑いながらいう。

「………その薄汚い口をいい加減閉じろ」

たいした感情を込めず、青年は言う。

その視線は、いまだに雪を降らせている空に向いている。

「ああ?」

男は少し怒気を含んだ声で言い返す。

「聞こえなかったのか…その口を閉じろといっている」

今度は男を見て、青年は言う。

「はっ、一丁前に感傷にでも浸ってんのかぁ!?」

馬鹿にしたように、男が言う。

「どうやら…これ以上言っても無意味なようだな」

小さく溜息を吐いて、目を瞑る。

刹那……男の首が、上空に飛び跳ねる。

その顔には……先ほどまでの人を馬鹿にしたような顔が張り付いていた。

そして、首を失った体から、血が吹き出て、白い雪を、また赤く染め上げていく。

「人の忠告を聞かないからだ…」

青年はそう言って、また空を見上げる。

雪は降り積もっていく……先ほどの赤く染まった雪の上にも…倒れ伏している男達の上にも……

 

 

 

 

 

 

幾ばくか…時間が流れた。

青年にしてはほんの数分だが……実際もう何十分とたっている。

「こんなに寒いのに……外で雪見かい?」

そこに……静かな、女性の声が響く。

「………ええ…こんな雪の日は…俺の罪を洗い流してくれそうですから……」

女性の方を向かず、青年は言う。

「随分と、派手にやったみたいだね」

周りの惨劇を見て、女性は顔をしかめる。

「貴女にとっても…見慣れた景色でしょう…」

視線だけを女性に向けて、青年は言う。

「一体…何があったんだい、君の身の上に…」

少しの悲しさを含んだ声で、女性は尋ねる。

「あの日…皆を置いて…君は出て行ってしまった……酷く、皆悲しんでいるし、落ち込んでいる」

少しだけ、怒っているという感情が、こもっている。

「自分のやっている事の…矛盾に気付いたんです……護る事は…奪う事だと」

その青年の言葉に、女性は少し身を硬くする。

「俺のやっている事は…所詮自己満足でしかないのかもしれませんね……他人から見れば、酷く滑稽です」

少し、苦笑して……青年は言う。

「それは…「昔……」」

女性の声を遮る様に、青年は言う。

「昔…憧れていた人が言ってたんです…護る事は、奪う事だと…その時は、大して理解してませんでしたけどね」

昔に思いを馳せ、青年は言う。

「今になって…ようやく理解したと思います…相変わらず、呑み込みが遅い」

苦笑して、青年は言う。

「だから…あそこから出て行きました……あそこは、俺にとっては暖かすぎるんですね、きっと」

そして、初めて、青年は女性の方を向く。

「あそこにいたら…俺はきっとその優しさや暖かさに溺れたままで…皆を護れなくなると思ったんです」

「それは…考えすぎじゃないのかい?」

女性は、優しくたずね返す。

「俺には…父さんの様には出来ません……駄目な、息子ですから」

「そんなことはないよ……私の…自慢の甥だ」

二人はそう言って……お互い、小太刀を構える。

「引いてくれないなら押し通るまでです……」

鋭い眼光をし、青年が言う。

「それは…出来ない相談だね……彼女にも、必ず連れて帰ると約束したんでね」

彼女、という部分に、青年は反応する。

「帰ったら…謝っておいてください…約束を破ってすまなかった…貴女には、俺より相応しい人がいるはずだ、と」

その言葉は…本心で……でも、悲しくて。

「自分で言うといい…最も、内容は変わっているだろうけどね」

つられる様に、女性も柔らかな笑みを浮かべて、言った。

話はそこまで…後は、語る口などは持ち合わせていない。

それに、話し合いでなど…解決できる問題ではない。

「もう俺は人殺しですから…彼女の元には、帰れません…彼女の穢れない真っ白い手に、俺の手は些か血で汚れすぎています」

「だから…帰らないと? それは君の本心じゃないだろう…それに、それを決めるのは彼女だ…彼女なら、今の君でも優しく迎えてくれる」

言葉の後…剣閃が煌いた。

「また…腕を上げたみたいだね」

「でないと……生き残れませんから」

言って、お互いの距離をとる。

「ふっ!!!」

気迫と共に、女性は飛針を数本投げ飛ばす。

「はっ!!!」

それを、青年は鋼糸で全て弾く。

「驚いたな……そこまで正確に精密に出来るようになったのか」

言って、女性は一気に青年に向かって駆け出していく。

裏薙ぎから順突きと、流れるような動作で攻撃を繰り出す。

しかし、青年も全く同じ動作で、それを防いでいく。

「御神不破流・禁伝 影追」

その青年の言葉に、女性は反応する。

「長い年月をかけて…紡ぎだされていった殺す為だけの戦闘術……今の俺に、ぴったりの剣技です」

まるで、自分を卑下する様に…青年は言う。

「宗家の御神にはない技が不破には沢山あるとは聞いていたが…どこで、聞いたんだい?」

構えを解かず、女性は尋ねる。

「不破に恩義を感じている人…不破を疎ましく思っている人……色々いますからね」

それだけ言って、青年は駆け出す。

流れるようで…でも、かなりの勢いで、剣閃の猛襲がくりだれる。

そして、一瞬だが…その剣閃が煌く。

「ぐぁっ!!」

気が付くと…女性の左腕から血を吹き出ていた。

「禁伝 祁狼(げろう)…」

青年はそう言って女性を見る。

「虎乱のような技……だね」

押さえていた手を離し、女性は青年を見る。

「いえ、正確に言えば…射抜の派生です」

そう言って、青年は構える。

その構えは…女性も最も得意とした構えで……

つられるように……同じ構えを取る。

「その怪我をした腕では…俺の射抜には勝てませんよ……」

「どうかな……射抜では…まだ君には負けないと思うのだけれどね」

言って、数秒の後…同時に駆け出す。

 

 

御神流・裏 奥義之参 射抜

 

 

剣と剣が、ぶつかり合う。

突きに繰り出された剣が、ぶつかり合い……はじけ飛ぶ。

そして、もう一本の剣から繰り出される派生こそ……射抜の本命。

突きから切り上げるような動作で…女性は繰り出す。

しかし、男は体ごと一気に女性の懐に潜り込んだ。

「なっ!!!?」

咄嗟の事で、女性は驚きの声を上げる。

女性の刺突は青年の肩を掠める。

そして…青年の刀が……女性の脹脛に突き刺さる。

そして、ガコン、という…嫌な音が響いた。

「ぐっ…」

女性は顔を苦痛に歪めて、その場に倒れこむ。

「禁伝 射抜・追」

弾けとんだ剣を拾って、青年が言う。

「足の関節を一気に外しました…暫くは、歩けませんよ」

そして、その剣を鞘に収める。

「でも…さすがですね…その怪我をした腕で……」

降ろした青年の右腕から…血が流れ出す。

その血が、雪を赤く染める。

女性も、刺された足から…血があふれ出ている。

「その傷では死にませんが……血が凍りますから、医者を呼んでおきますよ」

「っ…――――!!」

女性が、青年の名を呼ぶ。

「もう…その名前は捨てたんですよ……今の俺は…【斜陽の剣士】ですから」

立ち止まって、青年は言う。

「知っていますか…斜陽の意味を……傾いた太陽以外にも、もう一つ、あるんです」

空を見上げ、青年は言う。

「時の変化に追いついていけず…衰えていくもの……」

そこに、少し…幼さが残った……女性の声が響く。

その声に驚いて、青年はその女性の方を向く。

「はぁ……はぁ……」

走ってきたのであろうか…その女性は息を弾ませていた。

「間に合ったようだね…」

倒れている女性は、そう言って微笑む。

「時間稼ぎ…ですか」

青年は倒れている女性を見て、言う。

「もとより…私では君を説得できないからね……そのまま連れて帰る事が出来ればそれでも良かったんだ」

女性はそう言って、ふらつく足に鞭打って、立ち上がる。

「恭也くん…」

「フィリス先生…」

青年と先ほど来た女性は……お互いの名前を言い合う。

「もう…駄目じゃないですか……まだ治療も終わってないのに……勝手に二年もどこかに行くなんて」

少し怒りながら、フィリスは言う。

「今でも…ずっと待ってたんですよ…恭也くんが……何時もの様に、私のところに治療に来るって」

怒りながらでも…その目には涙が浮かんでいて……

「ちょっと困ったように微笑んだり…私の事をずっと本気で心配してくれたり……」

微笑んだり、怒ったり。

「それなのにっ…恋人の私を置いていくなんて…酷いじゃないですか…っ」

最早涙声…

嗚咽をもらして…フィリスはその小さな体を上下に震わせて、言う。

「フィリス…」

嘗て、恋人になった時、そう言う様に散々言われたので…恭也はフィリスを先生をとって呼ぶ。

「俺の手は…些か血に汚れきっています…そんな俺は、貴女の側にいる資格はない」

自分の手を見て、恭也は言う。

「貴女は…俺みたいな奴には余りに眩しすぎて…こんな俺が、貴女の真っ白い手を握る事は…許されなくて」

「そんな事っ!!!」

恭也の言葉に、フィリスは叫ぶ。

「そんな事ない!! 私だって、私の手だって、血で汚れてる!! 何人もの姉妹の屍の上にできた…たった二人の、成功例」

その言葉の意味するところを、恭也は知っている。

「私だって…こんなに血で汚れてるんだよ……」

儚い笑みを浮かべ、フィリスは言う。

「でも…今の貴女は、立派に人を助ける手助けをしている……そんな貴女は、今ではもう綺麗です」

あの時の様に…恋人だった時の様に、恭也も微笑む。

「だからこその、矛盾…人を助ける貴女の恋人が…人を殺す」

「でも…貴方が自分から殺したわけじゃない!!」

その恭也の言葉に、フィリスは叫ぶ。

「でも…殺した事に変わりはありません」

しかし、恭也は冷静に言い返す。

「貴女を信じていないわけじゃない…ですが、きっと将来…俺を疎む」

悲しそうな表情で…

「護る為に奪ってしまった俺を……」

小太刀を、抜いた。

「恭也っ!!!!」

悲愴な表情で、フィリスは恭也の名を叫ぶ。

「本音を言うとですね…自信が…ないのかもしれません」

静かに構えて…語る。

「こんな事をやっている俺は、さぞ恨まれている事でしょう。 だから、俺と一緒にいると、皆に危害が出る。 俺は、絶対に皆を護りきる自信がないんです」

そう言って、ちょっとだけ、昔の顔になる。

「フィリスだって…いきなりの銃撃や爆発には…対応できないでしょう?」

「それは…」

出来る、とは言いがたい。

「皆幸せになるには…俺みたいな奴は要らないんです……こんな…血で汚れてしまった俺は」

「そんなの!! そんなの決めるのは、恭也じゃない!!!」

恭也の言葉を聞いて、フィリスが叫ぶ。

「あそこの皆にとって、ううん、世界中の誰よりも私には貴方は必要です!! 私は…貴方がいないと……」

ぎゅっと、手を握り締め、フィリスは言う。

「淋し…かったんですよ……貴方がいなくってからの…毎日は……」

涙は…全然止まらなくて。

「そんなに…自分を卑下しないでください……そんなの…悲しすぎるじゃないですかぁ……」

フィリスは走り出して、恭也に抱きつく。

恭也も…よけようとはせず、小太刀を持っていない方の手で、抱きとめる。

「馬鹿…恭也の馬鹿ぁ!!」

そして、その胸の中で、大声をあげて泣き叫ぶ。

「帰ってきて!! 私の所に、帰ってきてください!!」

見上げる形で…フィリスは恭也を見る。

「相変わらず……貴女は泣き虫ですね」

小さく笑って、恭也は言う。

「好きな人の前では…誰だって…そうです」

体を上下に震わせて、フィリスも答える。

「貴女は…こんな俺でも……受け入れてくれると?」

それは…縋る様な…言葉。

免罪符が欲しい訳じゃない……

でも、誰かの傍にいたかった様な気がする。

誰か、じゃない…自分が生涯を賭けて愛したいと思った、この人の側にいたいと…

そう思った。

「当たり前…じゃないですか…私だけは…絶対に…貴方を、受け入れます」

そう言って、フィリスは目を閉じる。

意図する事がわかったのか…恭也は静かに、キスをした。

「恭也ぁ……」

甘くて…苦い…再会と、恋の味。

 

 

 

 

 

 

「随分と…熱い抱擁じゃないか」

そこに、またしても一人の男の声が響く。

咄嗟に、恭也はフィリスを後ろにして、男の方を見る。

しかし…その顔が……驚愕にゆがむ。

「理解できたようだけど……実践はまだ、出来ないみたいだね」

薄い水色の髪に……赤い、瞳。

「恭慈…さん」

震える声で、名を呼ぶ。

「やぁ、恭也…相変わらずだね」

恭慈と呼ばれた男は、小さく微笑む。

「その女性が君の護りたい人かい?」

恭也の後ろにいるフィリスを見て、言う。

「あそこで倒れているのは御神 美沙斗嬢だね……大きくなられたものだ」

終始笑顔を絶やさず、恭慈は言う。

「さて恭也…私が君に会いに来た理由なんだけど」

すっと、恭慈は目を細める。

「君の護りたい者を奪いに来た」

まるで、どこかに行くというような気軽さで、恭慈は言う。

「なっ!!?」

その言葉を聞いて、恭也は身を硬くする。

「再会を果たした恋人達には悪いけど…ね」

言って、恭慈も小太刀を構える。

「禁伝と我流はもう君に教えたよね…六奥義も……だから、死ぬ気で阻止するといい」

刹那、恭慈は消える。

文字通り…消えたのだ。

「我流疾走法 壁添」

言って、恭也も消えた。

神速の2段掛けの正式名称である。

体の負担などを全く無視した…戦う者にとっての諸刃の歩法。

「おっと…私は何も君だけを攻撃するわけじゃない……そこのところを、覚えておくといい」

言われて、恭也はフィリスを見る。

「フィリス!! 美沙斗さんのところにいるんだ!!」

そう叫び、恭也は目の前の恭慈に迫る。

「その壊れた足でよくここまで頑張ったね…でもね、恭也……」

刹那、恭慈がまた消える。

「この禁伝疾走法 刹那には……追いつけないよ」

それは、もはや体の限界をとうに超えた奥義の一つ。

壁添を2度やるのだ。

つまり……

「神速の4段掛け…」

舌打ちして、恭也は意識を張り巡らせる。

「この技はね…士郎さんに一度見せたんだけど、出来ないって言ってたね」

ところどころに、剣閃の煌きが見える。

「こんな技は、体を壊す以外に使い道はないって」

そこから、急に刺突が何発も繰り出される。

一発目は右腕の小太刀で弾いて、二発目は左腕の小太刀で弾いて、三発目は振り下ろした右腕で弾いて。

四発目は左腕に刺さって…五発目は右肩に刺さって。

「ぐぁっ……」

血が流れ、恭也は腕をぶらんとする。

先ほど美沙斗から受けた傷からも、血が流れる。

「これは知っているよね…禁伝 祁狼」

そして、恭慈は姿を現す。

少しだけ息を弾ませて、微笑んでいる。

「恭也…躊躇いは不要だよ…君が護る人の為と決めたなら、私を殺さなくては」

両手を広げて、恭慈は言う。

「恭也、あの日別れた時から鍛え上げた君の力、見せてもらうよ」

小太刀を構え、恭慈は走り出す。

御神無慟流(みかみむどうりゅう)……」

 

 

極死戦刃(きょくしせんじん)

 

 

死を極めた戦の刃が、恭也に襲い掛かる。

人体急所目掛けて正確に放たれる極死戦刃。

御神無限流(みかみむげんりゅう)……っ」

 

 

哭死逝剣(こくしせいけん)

 

 

放たれた戦の刃目掛けて、恭也も慟哭の死を体現した剣を放つ。

敵対する者の心の蔵を確実に射抜き、慟哭の嘆きを啼かせる哭死逝剣。

六奥義 対の一つがぶつかり合う。

凄まじい音がし、二人は弾ける様に離れる。

「腕は落ちていないね…それどころか精度も威力も最後に会った時とは格段の進歩だ」

苦笑しながら、恭慈は言う。

「よっぽど、使い込んだみたいだね……こんな、外道の技を」

「っ!!」

その恭慈の言葉に、恭也は息を飲み込み恭慈目掛けて走り出す。

御神無刀流(みかみむとうりゅう)っ!」

懐から鋼糸と飛針を取り出し、恭也は放つ。

 

 

与奪生死(よだつせいし)

 

 

鋼糸と飛針の組み合わせによって相手の動きを封じ、その身の生死を与奪する六奥義が伍。

御神無戒流(みかみむかいりゅう)

 

 

爆砕逝紅(ばくさいせいこう)

 

 

対する恭慈が放った奥義は、対の六奥義が陸。

切っ先から切り捨てる物の体内に徹を打ち込み、爆砕するその技により、飛来してきた飛針と鋼糸は粉砕する。

「怒るな、恭也……君がどれだけこの奥義に対して怒りを抱こうが……人殺しの技にすぎないよ」

息があがっている恭也に向かって、恭慈は静かに言う。

「それに、この奥義なくして龍を壊滅する事も……君が今まで生き抜く事もできなかった…違うかい?」

恭慈の言葉に、恭也は押し黙る。

図星だから、言い返せないのだ。

「だがっ、この奥義がなければラビは死ななかったはずだっ!!」

嘗ての出来事を思い出しながら、恭也は叫ぶ。

自分と同じく、恭慈から六奥義を伝授された女……ラビ・シャル。

彼女は、御神に踊らされ、恭慈に見捨てられ……恭也自身が、殺してしまった。

「あの出来損ないかい? あれは、君が葬らなくても何れ死んでいたさ」

「恭慈ぃぃっ!!」

叫び、怒りを込めて恭也は斬りかかる。

「あの時と一緒だね、だけど……君は強くなった」

恭也の小太刀を受け止めて、恭慈は言う。

「だけど、時間は等しく流れるモノ……君だけが強くなっているわけじゃない」

言葉と共に、恭也は吹き飛ばされる。

御神無尽流(みかみむじんりゅう)

 

 

紅断慟突(こうだんどうとつ)

 

 

紅き、全てを穿ち断つ刺突が恭也目掛けて放たれる。

御神無葬流(みかみむそうりゅう)っ」

空中で体勢を持ち直し、着地と共に恭也も技を繰り出すっ。

 

 

珀死閃断(ひゃくしせんだん)

 

 

百の死が、具現化した剣閃が敵対したものを断つ奥義。

六奥義の最後の対にして、六奥義が壱と弐。

恭也の放った剣閃をまるで縫うようにして恭慈は駆け抜け……恭也の右足に小太刀が突き刺さる。

「ぐぉぉぉぉぉっ!!!?」

「恭也ぁぁぁぁっ!!」

恭也の叫びと、フィリスの悲痛な叫びが雪空に木霊する。

「ふむ、少しやりすぎたかな」

言って、恭慈は恭也に近づき、突き刺さった小太刀を抜き取る。

そして、恭也から距離をとる。

「昔言ったよね、恭也……護る事は、奪う事だ…話し合いで解決できない相手は…殺すしかない」

それは…昔、言われた事。

「だから、私は斬り続けるのさ…世の中自体が、悪なのだと」

腰を屈めて、刺突の体勢に入る。

「動けないというなら、そこで見ているといい……君の目の前で…彼女を殺そう」

次の瞬間、恭慈は走り出す。

それは…恭也だけには…見える速さで。

「ぐぉぉぉぁぁぁぁ…フィリスゥゥゥゥっ!!!!!」

雄叫びをあげ、恭也も走り出した。

壁添では間に合わない。

間に合わないなら…間に合わせられる奥義を繰り出せ。

神速では届かない……壁添では間に合わない。

ならば…

次の瞬間…文字通り一瞬にして恭也はフィリスと恭慈の間に入り、恭慈の刺突が、恭也の手のひらを貫く。

「なっ!!?」

「ぐぉぉっ!!」

突如目の前に現れた恭也に、恭慈が驚愕する。

その瞬間、恭也は痛みを理性で押さえつけ、恭慈の小太刀を握り締める。

「がぁぁぁっ!!」

そして、片方の小太刀で、その突き刺さった小太刀を叩き折る。

「くっ……」

折られたのを見て、恭慈はいったん下がる。

「はぁ…はぁ……ぜぇ…ぜぇ……」

折れて突き刺さった小太刀を抜き取り、恭也は恭慈を見る。

「驚いた…まさか刹那を繰り出すなんてね……やっぱり、君は天才かもね」

折れた小太刀の柄を投げ捨て、恭慈は構える。

「そんな…ことは…ない」

血が流れ、痛みで震える手で、恭也は小太刀を握る。

「御神は…誰かを護る時…一番の力を発揮する……俺の…大事な人を…傷つけさせはしない」

小太刀の柄にも、血が滲む。

「恭也…」

その後姿を、フィリスは黙って見つめる。

「どうやら…お互いそろそろ限界のようだね」

両者とも……最早フラフラである。

立っている事ですら…おかしいぐらいに。

それが、フィリスには判っていた。

あんな、人間以上の動きをするのだ。

まして、恭也は膝を一度砕いている。

そんな速さをずっと繰り出していれば、いつ足が砕けても不思議ではない。

「君にはまだ見せてなかったね……禁伝奥義 瞬閃陣」

一本だけになった小太刀を構え、恭慈は言う。

「俺は…負けない」

言って、恭也も構える。

勝たなくては、始まらない。

生きなければ、償えない。

勝って生きなくては……あの人に、会わせる顔がないっ!!

「さぁ……フィナーレだ」

禁伝疾走法 刹那。

辺りはモノクロ…感触はゼリーのような空間を切り分ける感じ。

体中が軋み、悲鳴を上げる。

二人は同時に刹那の領域に入る。

入った瞬間、足に嫌な音がした。

だが、まだ歩ける。

歩けるのなら…進もう。

こんな自分でも……受け入れてくれた、彼女のために。

恭也がそう想い、きき足を強く踏み出す。

 

 

御神流疾走法・裏 刹那之極

 

 

無意識に…恭也はその領域へと踏み込んだ。

その瞬間、嫌な感触と音がする。

最早膝は完全に砕けきった。

あとは、想いの分で…歩いていこう。

そして、自分の最後の技で…向かいうとう。

自分を信じてくれた、あの人と共に生きていくために。

 

 

 

 

 

御神流奥義之陸 薙旋

 

 

 

 

 

「がはぁぁぁぁぁっ!!!」

血を吹き出しながら…恭慈が空を舞う。

「ごふっ!! ごふっ!!」

そして、地面に叩きつけられる。

幸い、地面は雪で埋まっていたため、それほどの衝撃はなかった。

「がぁぁ…」

そして、恭也もついに崩れ落ちる。

「恭也ぁっ!!」

ゆっくりと…まるでスローもションのように倒れる恭也に、フィリスは近寄る。

見れば…足の骨が砕けきって、足の皮膚がいびつな形になっている。

「フィリ…ス……」

自分を抱きかかえている女性の名を、恭也は呼ぶ。

「馬鹿ぁ! こんなに…こんなに、無理して……」

ぽろぽろと、涙をこぼしながら、フィリスは言う。

「フィリスの…為なら…無茶を…するさ」

手を伸ばし、フィリスの頬に触れる恭也。

血に塗れていた指先で、フィリスの頬を撫でる。

フィリスの白い肌に、鮮血の赤が彩られる。

「こんな…血に汚れた俺でも……貴方は…受け入れて…くれますか?」

それは、最後の言葉。

「勿論…ですっ……私は…絶対…貴方を、拒まない」

血に滲む手を握り締め、フィリスはやっと、心から、笑顔になった。

どれだけ血に塗れようとも、この手を……必ず掴んでみせる。

手放しそうになっても、きっと掴み続けてみせる。

「見事…だよ……恭也」

離れたところで倒れ付している恭慈が、言う。

「刹那之極…この目で見れるとはね……もう、悔いはない」

静かに目を瞑って、恭慈は言う。

「恭也…さっきの気持ちを大事にするといい……君には、君を受け入れてくれる優しい人がいる…溺れる事を怖がってはいけない」

「恭慈さん……」

恭也は恭慈のほうを見る。

「その暖かさは…君を皆が受け入れてくれる証拠だ…逃げずに、受け止めるといい」

血を吐き出しながらも、恭慈は言う。

「護る事は、奪う事…もう一つの意味は…相手の今までの人生を…自分と同じにしてしまう事……」

その言葉に、フィリスも、恭也も驚く。

「二人寄り添って生きていく者に送る……私からの…祝…福……」

そして、恭慈は、もう喋らなかった。

「恭慈さん……ありがとう…ございます」

涙を流し…恭也は最大限の礼を言った。

「恭也…帰りましょう…海鳴に……私達の所に……」

そう言って、フィリスは恭也にキスをした。

今度は、甘いだけの…恋人のキス。

 

 

 

 

「むっ……」

パチン、と病室にはさみの音が響く。

「恭ちゃん…何も病院でまで盆栽の世話をしなくてもいいんじゃない?」

少しあきれ気味に、美由希が言う。

そう、恭也は事もあろうか病室に家の盆栽を持ち込んでいるのだ。

「しばらく世話をしていなかったからな…」

そう言って、恭也は枝振りを見て、不要なところを切っていく。

暫く、といっても二年以上放って置いたのだが……

「後これ、母さんからのお見舞い」

そう言って、美由希は翠屋のシュークリームを出す。

「あとは、晶とレンからお昼にって」

そして、いくつかのタッパを出す。

「すまないな…」

それを受け取った恭也は、備え付けのテーブルにそれを置く。

 

 

 

あれから…フィリスは状況が状況だったため、リスティを呼んだのだ。

人が何人も死んでるし、中々にひどい惨状だったからだ。

駆けつけてきたリスティは何も聞かないで、病院の手配や後始末をやってくれた。

無論、恭也に一発くれてやる事も忘れなかったが……

帰ってきたとき…皆一様に血の気が引く感じだった。

二年も音沙汰なしで、帰ってきたと思ったら足の骨は砕けきってるし、所々から血も吹き出てる。

一緒にいた美沙斗も、足から血を流していたし。

帰ってきて、恭也はなのはや晶、レンに泣きつかれた。

何だか妙に懐かしくなって、恭也は3人の頭を撫でてあげた。

それから美由希にも泣きつかれたり、フィアッセには泣きながら抱きしめられたり。

桃子も、泣いていて、でも嬉しそうな顔だった。

そして、恭也は今海鳴大病院で入院中である。

 

 

 

「そうだ、美由希…この一週間の鍛錬のメニューだ」

そう言って、恭也は一冊のノートを渡す。

「うぅ、自分でもう大丈夫って言ってるのに」

そう言いながらも美由希はノートを受け取る。

だから、そんな美由希に恭也が言うのは何時もの一言。

10年早い」

「あぅぅぅ……」

毎回のやり取りである。

「恭也ー」

そこに、親友の忍と。

「元気だったか、高町」

同じく親友の赤星が来た。

「月村と赤星か…元気といえば、元気だ」

そう言って、二人に座るように進める恭也。

「これ、ノエルが選んでくれた果物の詰め合わせね」

「俺は無難に花だけどな」

そう言って、二人はお見舞いの品をそれぞれ渡す。

「じゃあ、私いけてくるね」

その花を持って、美由希は部屋を出て行く。

「しっかし…高町が帰ってきれよかったよ」

「本当…もう帰ってこなかったらどうしようかと思った」

二人とも、苦笑していう。

「正直に言うとな……最初は帰る気がなかった……」

あの時を思い出し、恭也は言う。

「でも、暖かさに溺れる事は、逃げじゃないと教えてくれた人がいた…こんな俺でも、受け入れてくれる人がいた。 だから、帰ってきた」

恭也の言葉を聞いて、少ししんみりする。

「恭也、それって惚気?」

場を和ませるように、忍が聞く。

「はははは、そうかもな」

それに、赤星が笑う。

「恭也くん、診察ですよ…って、忍ちゃんに赤星君」

そこに、カルテを持ったフィリスがやってくる。

「ああ、フィリス先生」

「ども、お邪魔してます」

二人とも立ち上がり、挨拶をする。

「じゃあ、私達は行くね」

「なんだ、もう少しゆっくりしていっても良いだろう?」

「お邪魔虫はさっさと退散するのが良いんだよ」

その言葉に、フィリスも恭也も顔を赤くする。

「あはははは、じゃあね、恭也」

「また見舞いに来る」

そう言って、二人は出て行った。

ちなみに、途中で帰ってきた美由希も一緒に拉致っていった。

「もう…」

顔を赤くして、フィリスは恭也を見る。

「恭也…足の調子は…どうですか?」

硬く包帯の巻かれた足に触って…フィリスがいう。

「いい感じだと思う…まだ時間はかかるだろうが…フィリスが、ついていてくれるんだろう?」

微笑んで、恭也はたずねる。

最近は、笑うのが難しくなくなった。

自分が笑うと、目の前のこの人も嬉しそうに笑ってくれる。

それが、無性に嬉しい。

「ふふふ、勿論です…また逃げたって、追いかけていきますからね?」

「もう逃げないよ」

そう言って、恭也はフィリスを抱き寄せる。

そう、もう逃げなどはしない。

正面から立ち向かって、困難に打ち勝っていけばいい。

この腕の中にいる最愛の人となら、それが出来るような気がするのだ。

「愛している…フィリス」

「私も…恭也」

そう言って、二人はキスをした。

甘い…甘い……大人の恋人のキス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

 

以前から修正していた斜陽の加筆修正版をおおくりしました!!

フィーア「修正点は六奥義を使った戦闘シーンね」

うむ、あのシーンは後付設定を生かしたシーンだな。

フィーア「あんたが後先考えずに設定を付け足すからでしょうが」

うぐぅ。

フィーア「で、これを気に斜陽シリーズもまた復活?」

そこまでは…とりあえず、今回の斜陽の加筆修正は前々からやろうと思ってたことだし。

フィーア「全く、それぐらいの意気込みでやりなさいよね」

まぁ、全編の誤字脱字の修正はやってるけど……

フィーア「加筆も追加しなさいっ!!」

ひぃぃぃぃ。

フィーア「全く、あんたは新作も書かずにこんなことばっかりしてるんだから」

ちょっとスランプ気味なんだよぅ。

フィーア「それはいつも聞いてる」

だから、少しは待って……

フィーア「待たせ過ぎよぉぉぉぉぉっ!!」

げぶらはぁぁぁぁっ!!

フィーア「やれやれ……ではでは〜〜〜」




修正版〜。
美姫 「戦闘シーンが変わっているのね」
うーん、戦闘シーンは苦手だけに勉強になるっす。
美姫 「大まかな流れはそのままに、細かい部分が修正されているのね」
そりゃあ、大まかな部分まで修正したら違うはなし……ぶべらっ!
美姫 「互いに奥義を打ち合うってのは見てて楽しいわよね」
当人たちにとっては命懸けだけどな。
美姫 「やっぱり迫力よ、迫力」
へいへい。俺にはないですよ〜。
美姫 「拗ねない、拗ねない。それじゃあ、今回はこの辺で」
ではでは。



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