フィーアが、死んだ。

その事だけが、恭也の口から皆に告げられた。

高台に着いたとき、皆は恭也とフィリスだけを行かせた。

行きたい人も居ただろうが、娘を迎えに行くのは親の仕事だと真雪と桃子が皆に言ったのだ。

そして、恭也とフィリスが高台の草原で見たもの……それは、体を剣で突き刺されたフィーアの姿。

フィリスの悲鳴が、辺り一帯に広がった。

それから暫くして、大きな爆発音が響き渡り、皆は一気に草原へと駆け行った。

そこで見たものは焼け野原となった草原の一部と、泣き崩れるフィリス……そして上を向きながら唇をかみ締める恭也だった。

真雪と桃子は、恭也に詰め寄った。

そして、恭也が言ったのだ……フィーアの最後を。

それから皆は一気に泣き崩れた……フィリスと同じように。

心に、ポッカリ大きな穴が開いたような気分だった。

だが、その穴はふさがるものではなかった。

フィーアという……皆が愛し、皆を愛していた最愛の子供を……亡くしてしまったのだから……

それから……半月の年月が流れた……

 

 

 

 

 

 

Twilight

 

 

 

 

 

 

 

あれから、皆は表面上いつもの生活に戻った。

桃子達は店がある為に、悲しみに沈みたくても沈めなかった。

だが、フィーアと特に仲の良かったなのはや晶、レンなどはまだ立ち直ってはいない。

リスティや薫、那美や美沙斗は全力でフィーアの安否を探っていた。

死んではいない……必ず生きている、そう思って……

恭也もリスティ達と一緒に探し回りたかったが……そうも行かないわけがあった。

……フィリスである。

あの日以来、フィリスは家を出る事がなくなった。

フィーアの死に、誰よりも胸を痛めたのだ。

「私が……私があの娘に幸せな事を教えてあげなくちゃいけなかったのに……あの娘と一緒に生きていたかったのにっ!!!」

それは、フィリスが恭也の腕の中で叫んだ言葉。

涙は枯れることなく流れ続け……フィリスはついに倒れた。

最近のフィリスに、哀しい顔以外は見たことがなかった。

そんなフィリスを一人にはしておけないと、恭也はずっとフィリスの側にいた。

 

 

 

 

気が付くと、フィーアは見知らぬ場所で目覚めた。

「っぅぅ!!!」

起き上がろうとしたとき、体中が痛みに襲われた。

痛みに耐え切れず、また寝転ぶ。

「ありゃりゃー、起き上がっちゃ駄目じゃない」

そこに、一人の少女の声が響いた。

手には山のような包帯と、お湯が入れてあるのであろう桶とタオルを持っていた。

「まだ傷は塞がったばっかりなんだから、動くとまた開いちゃうぞぉ」

苦笑しながら、少女はフィーアの横に座る。

「あなた……は……? それに……ここ……は?」

首だけ動かして、フィーアは周りを見る。

天井は木製の少し古い家を思わせるものがあった。

そして隣には……

「ノッ……イン……?」

フィーアと一緒に爆発したノインが、静かな寝息を立てていた。

「ここはねぇ、ちょっとした山奥にある廃屋だよ。 誰も住んでない割には綺麗だったんで少々拝借してる」

少女は少し笑いながら答えた。

「ちなみに、私はバチェラ……バチェラ・リスよ」

微笑んで、少女……バチェラは答えた。

「ちょっと痛いかもしれないけど、起き上がってね」

バチェラはそう言ってフィーアの体を支えながら起き上がらせる。

その時、フィーアは少し痛そうな顔をしたが、バチェラは謝ってフィーアを起き上がらせた。

「包帯かえるね」

そう言ってバチェラはフィーアの体中に巻かれている包帯を解いていく。

「あちゃぁ……やっぱり動かしちゃったから血が滲み出ちゃってるねぇ」

少しばかり赤くなった包帯を見て、バチェラが言う。

「まぁでも……傷も大分塞がっちゃってるし、暫くしたら動けるようになるよ」

そう判断して、バチェラは新しい包帯を巻いていく。

「あの……私は、どうして生きてるの……」

フィーアは不思議そうな表情で、バチェラに問う。

あの時、自分はノインと一緒に死ぬはずだった……死ぬ、つもりだったかもしれない。

「んぅ? 偶然通りかかって危ない事してるなーって思って助けちゃったんだけど、もしかして御節介だった?」

包帯を結びながらバチェラは尋ねる。

「…………判りません。 死ぬつもりだったのかもしれませんし、生きたかったのかもしれません」

それに、フィーアは曖昧に答えた。

「んじゃ、生きちゃえばいいじゃない。 死んで良かった、なんて思える人生はあんまりよろしくないよ?」

ちょっと笑って、バチェラは言った。

「麒麟ーっ、新しい包帯ちょうだーい」

足りなかったのか、バチェラは扉の向こうへと声をかける。

「やはり足りなかったようですね、バチェラ?」

そこに、とても幽玄な美を奏でる女性が現れる。

そして、その女性はバチェラに包帯を幾つか渡す。

「彼女は麒麟、私のお友達よ」

「正確には、バチェラの僕……ですけどね」

バチェラに言われ、麒麟は軽く礼をする。

「何かあったら麒麟に言ってね、たいていの事はやってくれるから」

「あなたは、人を何でも屋のように言うのは止めて下さいとあれほど言っているでしょうが」

バチェラの言葉に、麒麟は眉間を押さえてため息をつく。

「これでよしっと……」

キュッと包帯を結び、バチェラは立ち上がる。

「暫くはゆっくりしてね……せめて、傷が治るくらいはね」

そう言ってバチェラと麒麟は出て行った。

フィーアは出て行った扉を暫く眺め、それから隣で寝ているノインを見る。

「ノイン……私達は、どうやら助かったみたいね……でも、どうして生きているのかしらね……」

起きはしないノインにフィーアはそう言って、自分もまた眠りへとついた。

 

 

それから、バチェラ達とフィーア達の奇妙な生活が始まった。

朝、バチェラが大量の包帯とお湯を持ってきてフィーアとノインの包帯をかえたり、体を拭いたりする。

その後に麒麟が朝食を持ってきて、朝ご飯になる。

ノインは麒麟がどこからか持ってきた点滴で生きながらえている。

「う〜ん、心臓の半分が斬れちゃってるし、治癒能力ってのが並以下になってるわねぇ……厄介な」

朝食を食べた後、バチェラはノインを診察する。

細々に書かれたノインの容態の詳細は、フィーアが見ても驚くべきものだった。

施設にいた頃と……いや、それ以上に、詳しく記されているのだ。

「出来るところまでの治療は施したし、後は本人の生きる意志かな」

そう言って、バチェラは立ち上がる。

「フィーアちゃんの方は、もうすぐで終わるよ……体の傷は、消えないけどね」

どこか哀しそうに、バチェラはフィーアに言った。

フィーアぐらいの少女の頃から、体に一生消えないであろう傷が残るのだ。

それが、どれほどつらい事だろうか……

「いいえ……生きているだけでも嬉しいですから」

フィーアもそれを判ってか、なるべく笑顔で答えた。

「でも、もう2度と死のうなんて考えないでね」

バチェラは真剣な眼になって、フィーアを見る。

「あの時、二人がどういう状況で何をしていたかは私にはわからないわ……でも、助けたからこうやって世話もしてるし、一緒に暮らしているの……」

視線をノインに逸らし、バチェラは続ける。

「死に掛けたのがせっかく助かったんだから生き抜きなさい……2度死のうとするのは臆病者だけよ」

「臆病者……ですか?」

「ええ、誰かの為に死のうとするのも一度目だけよ……英雄になれるのはね……2度目は唯の逃げ……臆病者のする事よ」

バチェラの言葉に、フィーアは考える。

「1度死のうとして死ねなかったのなら、まだ自分には何かしなければいけないことがある……そういうものよ」

苦笑して、バチェラは部屋を出て行った。

「まだ……しなければならない事……」

バチェラの言葉を、まるで刻みつけるようにして受け止めるフィーア。

「…………詭弁、ね」

「っ!!?」

隣から聞こえてきた声に、フィーアは驚いてそちらを向く。

「死ねないのは唯運がいいだけよ……全く、死ねないと言うのも楽ではないわね……」

胸の傷を抑えながら、ノインが起き上がる。

「もうなす事がなくても、生きてる奴はいるし、逆になす事があるのに死ぬ奴もいる……ただ、運がいいだけよ」

「ノイン……」

哀しそうに語るノインに、フィーアはかける言葉が見つからなかった。

「あら、そう早合点するもんじゃないわよ」

そこに、桶に湯を入れたバチェラが戻ってくる。

「何が違うと? どこが違うとっ! お前みたいな平和に暮らしてきた奴に何がわかるっ!!!」

敵意をむき出しにして、ノインはバチェラに叫ぶ。

「死にたくても死なない事に対する怒り……唯戦う事だけを義務づけられた私達の生を、お前みたいな奴に判られたたまるかぁっ!!」

涙を浮かべ、ノインは叫び続ける。

今まで溜め込んだ悲しみを……一気に吐き出すかのように……

「……貴方達の事を理解してる、なんて詭弁は言わないわ。 まだ会って数日の人……それも看病してただけの人を判る人なんていないもの」

目を瞑って、バチェラは答える。

「でもね、私はこれでも多くの死を見つめて来ているわ……生きたくて手を差し伸べた手を払いのけた事だってある」

静に、だが……それはとても重みのある言葉のようにフィーアは感じていた。

「生きている意味がないのなら見つけなさい。 生まれて来た生に罪などないわ……あるとすれば、間違った方向へと進もうとするその意思よ」

バチェラはフィーアの近くに持ってきた桶を下ろす。

「彼女、多分私には触られたくないと思うからあなたがやってあげてね」

そう言ってバチェラは再び出て行った。

その時、バチェラが一瞬ノインの事を哀しげに見つめた。

それは同情から来るものではなく、嘗て自分も体験した事があることを語っているような眼だった。

「なんなのよっ……なんでっ、そんな眼ができるのよっ!!!」

バチェラが出て行った扉に向かって、ノインは叫んだ。

「ノイン、騒ぐと傷に障るわ……」

「五月蠅い!!!」

近づこうとするフィーアをノインは払いのける。

「姉さんも姉さんだ!! 私の事を可愛がってくれてたくせに、あの時私を置いて逃げた!! 私を捨てていった!!」

ノインの言葉が、フィーアの胸に突き刺さる。

「意味なんてないわよ!! 私には……もう生きてる意味なんてないのよぉ……」

そして最後には、ノインは泣き崩れてしまった。

「ノイン……御免ね」

そんなノインを、フィーアはそっと抱きしめる。

まるで、母が娘にするかのように、包み込むように……

「あなたにいくら謝っても済む問題じゃないのは判っているわ……でも、これだけは信じて……私は、あなたのことが今でも好きよ」

軽く、フィーアはノインの頭を撫でてやる。

「逃げ出した私は確かにあなた達の記憶を封印していた……辛い思い出や過去から、眼をそむけて」

「姉……さん」

「だから、今はとっても後悔しているわ……父様達と過ごした日々も掛け替えのないものだけど、あなたと過ごした日々も私にとっては大事な物だって、思えるから」

抱きしめている腕に、少し力が篭る。

「離れ離れになっていた分、私があなたをまた愛するわ……今度は、逃げ出さないように……離さない様に……」

「姉っ……様……お姉様ぁぁっ!!!!」

そして、ノインはフィーアの腕の中で泣き始めた。

「本当は寂しかった!! ずっと!! ずっと一緒にいたかった!!!」

「ええ、もうずっと一緒よ……この世でたった二人の姉妹ですもの……」

そんなノインを優しく抱きしめ、フィーアも涙を流した。

 

 

「雨降って地固まる……ってね」

「覗き見は感心しませんが?」

扉の向こうでは、バチェラと麒麟がいた。

「私もあんなこと言ったから、気になってね」

「あなたは優しいですからね、昔からそうでしたね」

バチェラの言葉に、麒麟は苦笑する。

「知ってる? 一緒に泣く事ほど、人の心を結びつける事はないって……」

バチェラの言葉に、麒麟は首を横に振る。

「一緒に泣いて、笑って……そういう事で人と人は結びついて、幸せが広がっていくんだよ」

懐かしむように、嬉しそうにバチェラは言った。

「なら、私達には……友情は人生の葡萄酒である、という言葉でしょうか」

苦笑して、麒麟は言った。

「まぁ、700年も一緒にいたらそれはそれは深いコクのある葡萄酒になってそうね……もっとも、殆どの場合腐ってると思うけど」

バチェラの答えに、麒麟は口を押さえて笑った。

 

 

それから数日間四人は過ごした。

「二人とも傷も塞がったみたいだし、そろそろ行く?」

ふと、バチェラが言う。

「恭也クンも心配してるだろうし、私としては帰った方が良いと思うけどね」

使った包帯を片付け、バチェラは立ち上がる。

「これはあくまでも意見だから、二人で相談して決めて」

そして、バチェラは出て行った。

「お姉様はどうするんですか?」

フィーアの腕の中にすっぽりと納まった状態で、ノインは尋ねる。

「そうね……ノインがいいんだったら、父様と母様のところへ一緒に、来る?」

ちょっと遠慮がちに、フィーアはノインに尋ねる。

「お姉様が一緒ならどこだって良いよ」

はにかむように笑って、ノインは答えた。

「それだったら……うん、一緒に生きましょう……」

優しく言って、フィーアは腕の中のノインの頭を撫でた。

「あらあら、最初の頃から比べると随分変わったわねぇ……」

そこに、麒麟を連れてバチェラが現れる。

「何よバチェラ、私がお姉様に甘えてたってあなたには関係ないでしょ」

「はいはい、私は邪魔しませんよー」

ノインの言葉に、バチェラは苦笑しながら言い返す。

「決心はついたかな?」

真剣な眼をして、バチェラはフィーアに尋ねる。

「はい……私達は、母様達のところへ帰ります」

力強く、フィーアは言った。

「んじゃま、あの時あなた達を見つけたあの場所に送ってあげるから……準備しててね」

バチェラは手をヒラヒラと振って、部屋を出て行った。

「フィーアさん、お別れに際して一つあなたに言いたい言葉があるのですが、聞いていただけますか?」

麒麟の言葉に、フィーアは頷く。

「あなたはいつも……最近はそうでもありませんが、眠るときに酷く怯えていました……だから」

麒麟はフィーアの手を握り締める。

その時、ノインが麒麟を睨んだが気にはしない。

「寝床につく時に翌朝起きる事を楽しみにしてください。 そんな人は、少なからず幸せになれます」

ニッコリと笑って、麒麟は言った。

「あっ……はい……」

始めてみる麒麟の笑顔に、フィーアは少し見惚れて返事をする。

「では……」

フィーアの手を離し、麒麟も部屋を出て行った。

 

 

次の日……

「じゃあ、お別れだね」

小屋の前で、バチェラと麒麟がフィーアとノインを見送るところだった。

「長い間、大変お世話になりました」

そんなバチェラと麒麟に、フィーアは頭を下げる。

「フィーアちゃんは、もう少し子供に戻っていいと思うな……固っくるしいのは大人だけで十分よ」

笑いながら、バチェラは言った。

「バチェラ、そろそろ……」

「んっ、りょーかい」

麒麟に答え、バチェラは手を翳す。

「んじゃ、バイバイ……恭也クン達にヨロシクね」

フィーアとノインがそのバチェラの顔を見た次の瞬間、あの草原にいた。

「あっ……れ……?」

急に景色が変わった事に、二人ともまだ反応しきれていなかった。

「テレポート……?」

辺りを見回し、ノインは呟く。

「それに……バチェラさん、なんで父様の名前を知っていたのかしら……」

教えた覚えはないはず……と、フィーアは考える。

「とりあえず、行きま「フィーアっ!!!!」しょ……う?」

ノインの手を持って、歩き出そうとした瞬間、後ろから名前を呼ばれる。

それは、フィーアの大好きな声……今まで聞けなかった、大好きな声……もう会えないと思ってた人の、大好きな声。

フィーアはゆっくりと振り向いた。

 

「ただいま……お母さぁぁぁぁぁぁんっ!!!!!

 

フィーアは泣きながら、その声の主……フィリスの胸の中に飛び込んだ。

「フィーアっ!!!」

フィリスも、フィーアをしっかりと抱きしめる。

「ただいま……ただいま、お母さん……」

「おかえり……おかえり、フィーア……」

フィリスとフィーアはお互いを確認するかのように抱きしめあう。

そこに、一陣の風が吹いた……

 

「幸せになんなよ、お二人さん」

 

バチェラのそんな声が、聞こえた気がした……

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

 

斜陽第7弾 Twilightこれにて完結です。

フィーア「フィーアもノインも生きててよかったねわぇ」

とりあえず、死なせる予定はなかったよ、そんなダークな話は作れない。

フィーア「でさ、あのバチェラと麒麟って何者よ?」

???「むっふふふふふふ、それはねぇ!!!」

うわっ、何者だ!!?

???「プリティーなバチェラちゃん登場!!」

……………………

フィーア「……………………」

バチェラ「あっ、あれ? なんで二人とも固まるの?」

自分で自分の事プリティーとか言うなよ……

フィーア「いや、突っ込み所はそこじゃないでしょ」

バチェラ「ひっどーい!! プンプンだよ、全くぅ」

いえ、あのですね……

フィーア「こいつはほっといて、ところであなた何者?」

バチェラ「私はねぇ、いたる作品に出てくる謎の美少女なんだよ」

………………はぁ?

バチェラ「恭也クンのことは前から知ってるし、鼎ちゃんや彩ちゃんのことも知ってるよ」

何でさ!?

バチェラ「そ・れ・は……むふふふふぅ、内・緒♪」

………………とりあえずだな。

フィーア「斜陽シリーズはこれで終わりとお思いのあなた、そう、あなたのことよ。 実はまだしつこく続けるみたいよ」

帰ってきたフィーアたちとの日常がメインです。

フィーア「また楽しみに待っててね」

バチェラ「ちなみにぃ、Twilightは夜明け前って意味だよーー」

悲しみの夜が明け、そこには掛け替えのない日々への始まりの朝がある……

フィーア・バチェラ「「ではでは〜〜〜〜」」

…………ところでさ、バチェラは何者?




フィーアも無事に戻ってきたよ。
美姫 「本当に、本当に良かったわ〜」
うんうん。そして、まだまだフィーアの物語は続く!
美姫 「次回は日常のお話かしら?」
どちらにしろ、次回も楽しみにしてます。
美姫 「そうね。それじゃあ、また次回でね」
ではでは。



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