――アルテミス級機動戦艦アルフィス・甲板上。
ライドの駆る専用の赤いアルヴァトロス・ゼロはそこに降り立つなり、腕部の速射砲でアルフィスのCIWSをすべて破壊した。
エネルギーフィールドの内側に飛び込まれたアルフィスにそれを防ぐ術はなく、12機の160o対空機関砲と28機の120o対空機銃、そして、4門の連装拡散ビーム砲が瞬く間に使い物にならなくされてしまう。
「くっ、フォースフィギュア隊は何をしていたの!?」
被弾の衝撃に揺れる艦橋で、キャプテンシートにしがみつきながらイリアが叫ぶ。
「ファミリアたちはよくやっていたよ。ただ、相手が悪かった。それだけだ」
そう言うとディアーナはすっとゲスト席から立ち上がった。
「どこへ行くの?」
「酔いを醒ましてくる。さすがにだらしない顔のまま死にたくはないからな」
尤もそんな時間もないかもしれないがな。
そう胸中で呟きつつ、ディアーナは艦橋を後にした。
「弱気な隊長さんだね。まだ死ぬと決まったわけじゃないのに」
自分のオペレーター席に腰掛けて、レイラが呆れたようにそう言った。
「あなたは、怖くないの?」
そんな娘の姿を見て、イリアが不思議そうに尋ねる。
「死ぬのは怖いし、嫌だよ。でも、あたしたちはまだ生きてる。なら、やることがあるでしょ」
あくまで冷静にそう答えるレイラ。
とても13歳の少女とは思えないその言葉に、イリアの表情が一瞬翳る。
「しっかりしてよ。ママは艦長なんだからね。みんなを生かさなきゃいけないんだよ」
「わかってるわ。けど、この状況じゃ……」
アルヴァトロス・ゼロの手には機体と同色のビームライフルが握られている。
その威力がどれほどのものかは分からないが、常識的に考えて確実に艦橋を貫くだろう。
いつ発射されるとも知れない死の光にブリッジクルーの大半が恐怖し、怯えてしまっていた。
「沈める気ならとっくにそうしてる。でも、あいつは撃ってこない。どうしてだと思う?」
幾らかの苛立ちを含んだ声でレイララグラックは全員へとそう声を掛ける。
弾切れ、スラスターの故障、それとも……。
……まさか!?
一つの可能性に思い至り、イリアは思わず愕然とした。
敵はこの艦を丸ごと捕獲するつもりではないのか。
その考えを肯定するかのように、一般回線を通じて再びライドから声が掛けられる。
事ここに至って、その内容はクルーの誰もが予想出来るものだった。
* * * * *
――降伏勧告。
その旨は直ちに前線で戦っていたシェリー達にも伝えられ、戦闘は俄かに中断となった。
『冗談じゃないよ!』
専用回線を通じてシェリーの上げた声がブリッジに反響する。
『あんな分別のない連中に捕まったら二度と朝日を拝めなくなっちゃうよ。そんなのあたしは嫌だからね』
『同感ですわ。戦争に正義なんてありませんけど、それでも許せないことはありますもの』
クレアが珍しく激情を露にしてシェリーに同調する。
『けど、どうする?このままじゃ、うかつに手出し出来ないよ』
『わたしに考えがあります』
そう言ったのはティナだった。
『イリアさん。アルフィスの主砲、ギガンティックグラネードでわたしを撃ってください!』
『なっ、何を言っているの!?』
『アルフィニーのリフレクターウォールで反射して艦に取り付いている敵機を狙撃します』
ティナの提案にイリアだけでなく、その通信を聴いていたすべてのものが驚愕する。
『そんなことが出来るの?』
『やれるからこうして提案しているんです。急いでください。もう時間がありません!』
半ば一方的にそう言って通信を切ると、ティナは作戦を遂行するべくドライブを立ち上げた。
――相手の指定した時間は5分。
それまでに主砲を発射し、ティナがそれを受けられる体制を整えられなければアウトだ。
――アルフィニー、DLSの接続先をAS0173Cに移行して。
――了解。……精神世界への干渉、開始します。
アルフィニーの言葉が終わると同時に、一瞬視界がぐにゃりと歪む。
一泊置いて頭に流れ込んでくる微かな重圧に、ティナは思わず顔を顰めた。
――アルフィスからの砲撃、きます。
――エーテリオンリフレクター展開。力よ、わたしの手に集いなさい!
まるでその心の命を受けたかのように、陽電子の光の束がアルフィニーの元へと集束する。
そして――。
放たれた光は何度か屈折を繰り返した後、アルフィス甲板上にいたアルヴァトロス・ゼロを真横から貫いた。
すぐに戒めを解かれた光が虚空に広がり、艦橋にいたものたちの視界を一瞬ゼロにする。
だが、直撃を受けた機体はそこから弾き飛ばされたらしく、甲板上には見当たらない。
慌ててレイラが索敵を行うと、レーダーが艦から少し離れたところに小さな爆発を感知した。
『……やったの?』
『いや、まだだ』
ほっと息を漏らしかけたファミリアに、それを制する声が飛ぶ。
『姉さん?』
見るとクリスティアの白い機体がカタパルトから飛び出してきていた。
『サイコプラネタントのおまえには分かるはずだ。この禍々しい気配。……来るぞ!』
そう言ってモニター越しに虚空を睨むディアーナに、ファミリアも表情を引き締める。
ゆっくりと晴れていく爆発の光。そして、そこに浮かび上がる影は……。
―――――――――――――
第11話 反逆の黒き翼
―――――――――――――
――某戦闘宙域。
光の波が去った後、そこにあった光景にアルフィスの誰もが目を疑った。
放たれたのはコロニーの分厚い外壁をも貫く高出力メガフレア砲だ。幾ら反射の過程で減衰したとはいえ、フォースフィギュアの装甲で受けて無事で済むはずがない。
だが、ライドはとっさにかざしたシールドと左腕を犠牲にそれを凌いでみせたのだ。
そして今、傷ついた指揮官機を守るようにイリア達の前に立ちはだかっているのは……。
『アルフィニー!?』
『いや、顔立ちはよく似ているが装甲のデザインと翼の色が違う。おそらく同型機だろう』
ファミリアの上げた驚愕をディアーナが否定し、リアスが呆然とモニターを眺める。
そのとき、二人の少女は期せずして同じ呟きを漏らしていた。
――一人は未だ戦闘の熱が残る宇宙で。
――もう一人は呆然とした空気に満ちたアルフィスの艦橋で。
そして、呟かれたその名は……。
* * * * *
「ゼフィーリア……」
彼女が無意識に漏らしたそれは遠い昔に別れた友の名だった。
縋るように手を伸ばして、その手が届かないと分かっていても、それでも近づこうとする。
おぼつかない足取りは未だ抜け切らないアルコールのせいだろうか。
何歩も進まないうちに、倒れそうになった彼女の体をレイラが慌てて支えた。
「ミレーニア!?」
悲鳴にも近い彼女の呼び掛けに、見上げてくる目は焦点が合っていない。
「いつの間に艦橋に。っていうか、どうしてこんな状態で出歩いたりしてるの」
戦闘中であるため、席を離れられないイリアがそれでも腰を浮かせてそう問い詰める。
本当は今すぐにでも駆け寄って介抱してやりたかった。
親友の娘が自分を顧みず助けたこの少女を彼女もまた気に掛けていたのだ。
しかし、それによって他のクルーを危険に曝すことは自分の立場では許されない。
それが分からないほど、イリアラグラックは愚かではなかった。
――艦長という役職にこれほどもどかしさを感じたのはいつ以来だろうか。
とにかく今はミレーニアのことは娘に任せて、自分はこの事態への対応を考えなければ……。
* * * * *
光が去った後の戦闘宙域で、アルフィニーは新たに出現したその機体に驚愕していた。
――先史末期、一人の名も無き戦士が開発中だったESユニットの一つを奪って姿を消した。
世界の混迷がようやく終局へと向かい始めた時にあって、それは明確な裏切りだった。
そのものは言った。
――汝、しるべなき道を行くものよ。
我、天命に背いてここに道を外れるものなり。
我が道は救いなき永久の破滅。それをよしとせぬならば、決して近づくことなきよう……。
……それは時の彼方に忘却された神話の一説。
だが、時代をリアルタイムで体験したアルフィニーにとってその出来事は未だ記憶に新しい。
そして、宇宙考古学者の父を手伝っていたティナもまた部分的にではあったが事件の詳細を知っていた。
――ねえ、アルフィニー。あれって昔に強奪されたXナンバーの2号機なんでしょ。
戦闘のそれとは別に緊張した様子で尋ねるティナに、アルフィニーは厳しい表情で頷いた。
――まさか、こんなところで出会うことになろうとは思いませんでした。
――わたしも思わなかったわ。まさか、こんな形で再開することになるなんて……。
言いながらティナはその黒い翼の少女へと目を向ける。
この懐かしい気配は間違いない。
――アリシアクリスフィード。
そこにいたのは1年前に死んだはずの彼女の妹だった。
* * * * *
――最愛の妹が生きていた。
その事実を前にしてもティナは動くことが出来なかった。
今の自分は隊の一員である以上、軽はずみな行動で皆を危険に曝すわけにはいかないのだ。
彼女がなぜあのようなものに乗っていて、連邦軍の機体を庇ったのかは分からない。
それに生きていたのなら、どうして自分に連絡してこなかったのか……。
推測は、幾らでも出来る。
だが、そんなものに意味はなく、ティナはただ忍耐の時を過ごすしかなかった。
『なるほど。それが君らの意思か。あくまで抵抗し、諦めないとそういうのだな』
やがて、破損したアルヴァトロス・ゼロから再び通信が送られてくる。通信機に不具合が生じているのか、そう確認するライドの声はややくぐもったものになっている。
「残念だけどそうなるわ。尤も、あなたたちが退いてくれるのなら、話は別だけどね」
『随分と強気な艦長さんだな。いいだろう。その性格に免じてここは退かせてもらうとしよう』
楽しそうにそう言いつつ、ライドは危なげなく機体を反転させた。そこへ残っていた最後のアルヴァトロスが近づき、追走する。
前線の3機にも撤退信号を打ち上げ、それでこの場の戦闘は完全に終結した。
『よろしかったのですか?』
艦へと戻る道すがら、アリスティアがライドにそう声を掛ける。
『最初から沈めるつもりなんてなかったさ。言っただろう。戦力分析が目的だって』
それに対してライドはいつもの飄々とした調子で答える。
『君のほうこそ、ちゃんと身内と話せたのかい?』
逆にそう問い返されて、アリスティアは沈黙した。
『結果はそれに相応の行動でなければ得られないものだ。後悔しないようにするといい』
『…………はい』
珍しく真剣な顔でそう言われ、それに驚きつつも彼女は素直に頷いた。
* * * * *
機体解説
・ナンバー010
名称AGX009PT―ZERO/アルヴァトロス・ゼロ パイロット:ライドシュナイト
兵装:グラビトンウォール アルマニウムブレード×2 アクティブレイビームライフル 腕部速射砲×2
解説:試作型重力制御装置を搭載したアルヴァトロスの試作1号機。
シールドを中心に展開される重力障壁グラビトンウォールは艦砲にも耐えうる強力な盾として機体とパイロットを守る。また重力付加されたフレア粒子を集束して撃ち出すアクティブレイビームライフルは通常の対ビーム手段では防げない。攻守ともに非常に強力な機体ではあるが、これらの装備はジェネレーターに掛かる負担が大きく、長時間の戦闘では使用出来ない。
・ナンバー011
名称:VTX03PTR/ルビームーン パイロット:ファミリアレインハルト
兵装:念動集束型レーザーソード ビームソード 連装ハンドランチャー ファンネル×7
解説:ファミリアレインハルトが自ら設計・解発した次世代型フォースフィギア。
念動能力者サイコプラネタントである彼女の能力を最大限に発揮出来るよう、機体各所に念動増幅ユニットであるテレキネシスリングが装備されている。また、武装も念動力制御のものが半数を占め、特にファンネルはオールレンジ攻撃が可能な強力な武器である。
・ナンバー012
名称:DFT101RG/ローランドガンナー パイロット:リアスシュナイト
兵装:ビームソード ビームライフル リニアレールガン×2 ハイパービームキャノン
解説:砲撃戦に特科したリアスシュナイトの専用機。
ローランドの上位改修機であるDFT101R/ローランディアをクレアローレンスが彼のために徹底的にカスタマイズしたもので、背部に増設された大出力ジェネレーターに直結されたハイパービームキャノンはアルフィスの主砲の一つに匹敵する威力を持つ。
ただ、やはり砲戦型だけに懐に飛び込まれると弱い。中、近距離に対する実弾兵器が両肩部のリニアレールガンだけというのも問題で、クレアはこの点を改善すべく日々頭を悩ませている。
* * * * *
あとがき
龍一「今回はまだ戦闘中だったにも関わらずほとんどそれらしい描写が出来なかったな」
ティナ「何か申し開きたいことはある?」
龍一「いや、自分でもへたれてるって分かってるから」
ティナ「自覚があるなら精進しなさいよ。でないと今後もっと大変になるわよ」
龍一「艦隊戦とかあるからなぁ。まだ当分先だけど」
ティナ「わたしは知らないからね」
龍一「わかった。努力はする。ああ、努力はするとも」
ティナ「それじゃあ、今回はこのあたりで」
龍一「また次回でお会いしましょう」
ではでは。
ティナの妹アリシアが登場。
美姫 「でも、死んだはずって…」
一体、どういう事なのか!?
美姫 「次回も楽しみに待ってます」
ではでは。