第22話 遭遇戦

   *

 ――切欠はある一つのコロニーからだった。

 当時の世界は連合の名の下に統一され、敵対するものも大分いなくなっていた。

 そんな状況で起きた大規模な反乱。

 油断していた連合軍は各地で敗退を重ね、僅か数ヶ月で世界の7割を制圧されてしまった。

 反旗を翻したのはたった壱つの組織。だが、その戦力は連合側の予想を超えて強大だった。

 強化型ホムンクルスの操る強力な拠点制圧用ユニット。そして、高度な自律回路を持つ無人戦闘機の大軍の前に未熟な連合兵士は成す術もなく殺されていった。中には一機で数機を相手取る凄腕もいたが、十機以上の敵に囲まれてはさすがに持たなかった。

 だが、反乱軍が優位を保てたのはそこまでだった。戦時体制への移行を終えた連合はその強大な生産力を背景に、多数の新型機動兵器を戦線に投入し出したのだ。中でも鹵獲した敵機をベースに開発された次世代型の人型機動兵器は高い機動性と敵機動兵器のバリアを突破し得る火力を併せ持っていたことからこの戦争における連合側の切り札とも言える機体となった。

 更に時を同じくして、反乱軍側でも幾つかの問題が発生していた。無人兵器は言うまでもないが、多くが戦闘マシーンとしてのみ教育された第3世代型であった強化型ホムンクルスでは占領した地域を統括しきれず、住民の激しい抵抗にあっていたのだ。

 極めつけだったのは反乱軍側にまとまった人数の脱退者が出たことだろう。特にホムンクルス開発者を中心とする彼らの中に、特殊部隊であるピースメイカー隊がそっくりそのまま含まれていたのは致命的だった。

 それらの要因が重なり、戦線は一気に連合優勢に傾き、そのまま終局に向かうかに思われた。

 だが、事は最悪の方向へと推移する。

 ヴィルヘルナ諸島における最終決戦の局面で、それは姿を現した。

 ――反乱の首謀者自身が乗り込んだ巨大な機動兵器。

 その圧倒的な力の前に連合軍は大敗を喫し、戦線は再び混沌とした様相を呈することになる。

   *

 ――航行中のアルフィス艦内。

 ティナはミレーニアの部屋で彼女から前世界の対戦の話を聞いていた。

 彼女たちピースメイカーは反乱軍側の打撃部隊として投入され、各地で戦果を上げたという。

「可笑しいよね。あたしたちは人の悲しみを殺す牙として作られたはずだったのに」

 そう言って自虐的な笑みを浮かべるミレーニア。

「マスター、あたしたちを作った人はいつも謝ってたよ。済まないって」

「優しい人だったのね」

「うん。すごく優しくて、強くて、……でも、科学者のくせに不器用な人だった」

 遥かな時間の彼方に死別した自らの主を思い、ミレーニアは遠い目で虚空を見つめる。

 彼が彼女らを連れて組織を抜けようとしたとき、当然のようにそれを妨害するものは現れた。

 彼女たちは目立ち過ぎていた。

 その時既にピースメイカーは組織にとって切り札の一つとなっていたのだ。

 差し向けられた無人戦闘機の大軍に、ピースメイカー隊は徐々に追い詰められていった。

 一人一人が一騎当千の力を持つ彼女たちもさすがに無補給で戦える時間には限度がある。

 更には亡命しようとした連合軍からも攻撃を受け、その戦闘の中で彼は戦死してしまった。

 13人いたピースメイカーも散り散りになり、その後どうなったのかは彼女にも分からない。

 ただ、自分ともう一人だけは運良く彼の残したメンテナンスポットのある場所まで辿り着くことが出来た。

 そこは最初のピースメイカーが誕生した場所だった。

 二人はそこで幾つかの真実を知ることが出来たが、結局は誰に伝えることもしなかった。

 ――そして、迎えた終戦……。

 大都市を舞台に行なわれた最終決戦の結果、人類は社会システムを維持出来ない程にその個体数を激減させてしまった。

 そのことを知った二人は相談の末、メンテナンスポットで長い休眠状態に入ることになる。

 自分たちが手を貸したところで、現状は何も変わらない。

 ならば、今は眠ろう。この悲劇を後世に伝え、過ちを繰り返させないために……。

「これから行く場所にはそのときのもう一人、ティオが眠ってる。起きてるかもしれないけど」

 そう言うと、ミレーニアは残っていたカップの中身を一気に飲み干した。

「ねぇ、ティナ。もし、彼女があたしみたいに間違えてたら、そのときは助けてあげてくれる?」

「ええ、もちろんよ」

 真剣な目で見つめてくるミレーニアに、ティナははっきりと頷いてみせた。

   *

「じゃあ、そろそろ部屋に戻りましょうか」

 飲み終えたカップを手に、そう言ってフィリスは席を立った。

「あの、フィリス先生」

「何かしら?」

「先生は後悔してませんか。その、武器を手に取ったこと」

「そうね」

 真剣な瞳でそう聞いてくるアリスに、フィリスはカップを置いて考える仕草を見せる。

「怖いと思うことはあるわ。わたしのこの指一本で簡単に人が殺せるって思うと、ね」

 機動兵器の装備している火器のトリガーは非力な少女の指先でも引くことが出来る。そして、攻撃がコックピットを捉えればそのパイロットは確実に即しするだろう。

 実際には武器にはセーフティーが掛けられているし、仮にそれを外せたとしても敵も回避行動を取っているのでそう簡単には直撃しない。

 しかし、この場合それは問題ではないのだ。

「でも、わたしが手術室で振るっていたメスだって同じこと。用は使い手の心次第なのよ」

「そう、ですね……」

 フィリスの言葉に、アリスは曖昧な笑みを浮かべて頷いた。彼女の言っていることは正論だし、それが真実だとも思う。だが、もしも、彼女の握るメスに他者の意思が介在していたならどうだろう。

 分かりやすく言うと、彼女が指示を出し、実際の手術は別の誰かがするというケースだ。この場合、幾ら彼女が注意を払っていようとメスを握っている人物がミスをすれば患者を死なせてしまうかもしれない。

 人間と機械との組み合わせの場合でもそれは同じことで、高度なAIを組み込まれた機械は人間の手を離れても与えられた命令を完遂しようとする。そして、一度暴走すれば動力を失うまで無秩序な動きを繰り返すこともあるのだ。結果、多くの人命を危機に曝した例は過去の歴史に少なくない記録として残っている。アリスがそのことを言うと、フィリスは少し難しい顔をしてそれに答えた。

「それはなるべくそういうことがないように気をつけるしかないわね」

「でも、どんなに気をつけていても事故は起きますよね」

「そのときはやっぱりなるべく大事にならないよう周りの人たちがフォローしてあげれば良いんじゃないかしら。わたしも事故は怖いし、冷やりとしたこともあったけど、そうして助けてくれる人がいてくれたから、今も頑張っていられるわけですし」

 アリスの内心にあるものを察してか、フィリスは殊更明るい調子でそう言った。

「わたしが……いえ、何でもないです。ココア、ごちそうさまでした」

 開きかけた口を閉ざし、軽く頭を振るとアリスは休憩室を後にした。

   *

 ――アルフィスブリッジ。

 イリアは艦長席の肘掛に頬杖を着いて寛いでいた。

 今日の社会情勢を考えると怠けているとも思える態度だが、それを咎めるものは誰もいない。

 これでもリーセントを出て暫くは、いつまた敵襲を受けるかとピリピリしていたのだ。

 では、何故今はこれほど寛いでいられるのか。

 その理由はアルフィスを囲むように航行している4隻の艦艇にあった。

 新型1隻を含むクロイシア連邦軍の正式採用型巡洋艦3隻。

 そして、あのイヴリースがアルフィスの護衛についているのだ。

 ライドシュナイト少佐率いる第13独立戦隊はリーセントで他の3隻と合流し、本来の戦力を取り戻していた。彼らはこの後、第3staytionを経由してアルシーヴ軌道へ向かうことになっており、ついでだからとstaytionまでの護衛をかって出てくれたのだ。

「このご時世に民間のサルベージ船を単独航行させたとあっては軍の名折れですからな」

 レーザー通信で護衛の件を持ちかけてきた男はそう言って、白い歯を見せた。

「相変わらずのようだな。シュナイト少佐」

 応対したイリアを口説きに掛かろうとするライドに、ディアーナが呆れたようにそう言った。

「おや、君はレインハルト少尉か。まさか、生きていたとはな」

「白々しいぞ。おまえのことだから、どうせリアスあたりに聞いているんだろうが」

「はっはっは、かつての上官をおまえ呼ばわりとは。君も相変わらずのようだね少尉」

「わたしは態度を変えたつもりはないがな。それと、今は大尉だ」

 不敵な笑みを交し合う二人。だが、そこに剣呑な雰囲気はあまりない。

「おっと、そうだったね。これは失礼」

「おまえ、アリシアがこっちに来てストッパーが外れたからって……」

 呆れた調子でそう言いかけた言葉を、ディアーナは途中で飲み込んだ。

「…………」

 その人影は彼の背後に音も無く立つと、その手に握った巨大なハリセンを振り下ろした。

「ぬわっ!?

 後頭部に受けた衝撃に、ライドは奇声を発して艦長席から崩れ落ちた。

 両艦のブリッジに沈黙が降りる。

「えっと、つまり護衛をしてくれるのよね」

 逸早く立ち直ったイリアがこの惨状を引き起こした張本人へとそう尋ねる。

「ええ、当戦隊は責任を持ってあなた方を第3staytionまで送り届けます」

「そ、そう。それじゃあ、お言葉に甘えるとしましょう」

「良いのか、イリア艦長。相手はあのイヴリースなんだぞ」

「だからよ。うちの娘たちと渡り合える実力からして安心じゃない?」

「むっ」

 一度は敵対した相手だと反論するディアーナだが、逆にイリアにそう言われて渋々沈黙した。

「では、staytionまでの道中、当艦の護衛をよろしくお願いします」

 そう言ったイリアの言葉を最期に、通信は終了した。

 そんなわけで、現在アルフィス艦内は要所を除いて戦闘配備を解かれている。

 パイロットは半数が第2戦闘配備で待機してはいるものの、事実上の半舷休息となっていた。

「良いんですか?連邦の人たちをそんなに信用してしまっても」

 寛いでいる艦長とは対照的に、未だ緊張を解けずにいるのが彼女の副官であるルナだった。

 4年前に勃発した極東の紛争で彼女は天涯孤独の身となっていた。その直接の原因となった建物の崩壊を引き起こしたのが連邦軍だったため、ルナは連邦に対してあまり良い感情を抱けないのだ。

「あなたの事情は知っているけれど、それをしたのは彼じゃないわ」

「ええ、分かってはいるんです」

「まぁ、友好的にしなさいとは言わないわ。この件に関してはわたしのほうでやっておくから」

「済みません。お願いします」

 優しい笑みを浮かべて言うイリアに、ルナはそう言って頭を下げるとブリッジを出ていった。

「お母さん、ルナさん連邦で何かあったの?」

 オペレーターシートを回転させてレイラが心配そうに聞いてくる。

「ちょっとね。わたしの口からは言えないわ」

「どうして?」

「プライバシーに関わるからよ。心配しなくてもそのうちルナから話してくれるわ」

「分かった」

 母親の笑みで諭すようにそう言うイリアに、聡明な娘は端的に頷いてみせた。

「あなたも今は休憩の時間でしょ。こんなところにいないで誰かと遊んでらっしゃい」

「ダメ。そうしたらお母さん、完全にサボっちゃうでしょ」

「うっ、そんなこと」

「あるから言ってるんだよ。大体、お母さんはもっと艦長としての自覚をだね……」

 シートの上に立ち上がり、艦長席に座る母親をびしっと指差すレイラ。そんな光景もここでは日常なのか、他のブリッジクルーは微笑ましそうにそれを見ている。だが、のほほんとした空気もそう長くは続かなかった。

 当直だったもう一人のオペレーターがそれに気づき、慌ててイリアへと報告する。

「艦長、前方より熱源多数高速接近!これは、ミサイルです!?

   *

 ――艦隊へと迫る無数のミサイル。だが、フォトンフレアによってレーダー誘導が封じられている現在、その精度はお世辞にも高いとは言えなかった。一定の波長を吸収する特性を持つこの粒子はすべての誘導兵器を無力化し、現代の戦場に有視界戦闘を復活させた。フォースフィギュアや戦闘機が有効に機能しているのもそのためだ。仮に誘導兵器が正常に機能していたとすれば、それらは動く的でしかなくなっていたことだろう。

 ともあれ、誘導出来ないミサイルなどきちんと防御手段を講じておけば恐れるに足りない。アルフィスには強力なエネルギーフィールドが装備されており、これを前面に集中展開することでこれをやり過ごそうとしていた。実際それは有効な手段で、搭載されている弾頭にもよるが、反応弾でもない限りこれを突破して艦体にダメージを与えるのは難しいはずだった。

「ミサイル着弾。こ、これは……、フィールド出力低下、消滅します!?

 着弾の衝撃に揺れるブリッジで、オペレーターが悲鳴のような報告をしてきたのを受けて、イリアは顔色を変えた。

「まさか!?フィールドキャンセラーなんてまだどこの軍でも実用化されてないはずよ」

「だが、実際にバリアは消えた。すぐに第2波が来るぞ!」

 驚愕するイリアに、デッキへと走りながらディアーナがそう通信を入れてくる。

「総員、第1戦闘配備!フォーシフィギュア隊は全機出撃用意急いで」

「前方に艦影多数!ミサイル第2波、来ます」

「イヴリースより打電、これより迎撃戦を開始する。アルフィスはこちらの対空砲火の傘に入られたし」

 オペレーター業務に復帰したレイラが伝聞を読み上げたのとほぼ同時に、第13独立戦隊の4隻の艦艇からビームとミサイルが発射され、濃密な弾幕を形勢する。

「守ってもらえるのはありがたいけど、それだけってのも性に合わないわよね」

「はい。本艦も全兵装を起動、弾幕を張りつつ反撃します」

「ギガンティックグラネード1番、2番チャージ。目標、敵艦隊中央!」

 イリアの指示でアルフィスの主砲にエネルギーが充填され、2機4門の荷電重粒子ビーム、ギガンティックグラネードが発射される。現存の艦艇が装備するものの中でも無類の破壊力を誇る4条の光が敵艦隊の先頭を行く2隻を捉え、これを轟沈させた。

   *




  あとがき

龍一「第3staytionを前に、まさかの敵襲」

ティナ「いや、お約束でしょこれは」

龍一「圧倒的多数の敵を前に、果たしてイリアたちは切り抜けることが出来るのか!?

ティナ「やっぱりここは試作型バックパックで継戦能力を上げたわたしとアルフィニーで蹴散らすしかないわね」

龍一「いや、寧ろそれはディアーナの役目。バスターフレームに換装したRCが猛威を振るう」

ティナ「わたしの出番は?」

龍一「まぁ、そこそこに」

ティナ「今回、アリスが何かフィリス先生に相談してたみたいだけど」

龍一「それはもう少し後だな」

ティナ「それじゃ、今回はこのあたりで良いかしら?」

龍一「ここまで読んでくださった方、ありがとうございました」

ティナ「次回もお楽しみに」

二人「ではでは」

   *

 

 




お約束なのかどうかはさておき、ピンチ?
美姫 「うーん、ピンチではないかも」
でも、敵襲だぞ、敵襲!?
美姫 「一体、どうなるのかしらね」
いやはや、次回が非常に楽しみです。
美姫 「次回も待ってるわね〜」
ではでは。



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