トライアングルハート〜天使の羽根の物語〜 第1章 始まりの夏

  2 予感

   * * * * *

 ――5月30日02:17。

 国守山山中。

 その日、その時、その瞬間……。

 夜の闇と静寂を打ち破り、それは唐突に出現した。

 ――空と大地を繋ぐかのように、虚空に聳え立つ光の柱。

 それは唸るような大気の振動をあたりに響かせ、数秒の後には跡形もなく消え去っていた。

 ……自然の神秘にしてはあまりに無機質。

 まるで天変地異の前触れのような不吉さがそれにはあった。

 ――国守山ボス猫・次郎談。

   * * * * *

 ――5月30日14:31。

 海鳴市駅前。

「映画、面白かったね」

 興奮冷めやらぬといった様子で知佳が耕介へと話し掛ける。

 それに対して幾らか冷静に答えを返す耕介。

「ああ、ありがちなラブロマンスと見せかけて中々奥の深い作品だったな」

「うんうん。チケットくれた理恵ちゃんに感謝しないとね」

 などと話しつつ、二人は駐車場への短い道を並んで歩く。

 当然、知佳は恋人である耕介の腕に自分の腕を絡めることを忘れない。

 二人が付き合い始めて1年と数ヶ月になるが、未だに寮の皆にはそのことを秘密にしている。

 尤もそういうことに鋭い寮生の何人かは気づいているようだったが。

「さて、これからどうする?」

 愛車の800ccにまたがりながら、耕介が後ろの知佳にそう尋ねる。

「お昼ご飯、って時間は過ぎちゃってるけど、とりあえず軽く何か食べたいな」

「よし、それじゃどこか食べれるところだな。ここからだと翠屋で軽食って手もあるけど」

 バイクを走らせながらそう提案する耕介に、知佳は風に負けないように声を上げて答える。

「わたし、臨海公園がいい。少し歩きたいし」

「気分でも悪いのか?何ならスピード落とそうか」

「ううん。寧ろ気持ちいいくらい」

「そっか。じゃあ……」

 そう言って耕介はバイクを急加速させた。

「きゃあっ!?

「しっかり掴まってな」

 小さく悲鳴を上げて耕介の腰に抱きつく知佳に、耕介は楽しそうにそう声を掛ける。

「もう、せっかくのムードが台無しだよ……」

「悪かったって」

 ――数分後の海鳴臨海公園。

 そこに酔って機嫌を損ねてしまった知佳を必死に宥めている耕介の姿があった。

 拗ねてそっぽを向いている恋人に、耕介は困ったようにぽりぽりと頬を掻いた。

 そんな耕介の顔を横目でちらりと見る知佳。実はそんなに怒っていなかったりする。

 ただ、偶には彼氏の困った顔というのも見てみたいと思った。それだけである。

 昔はいらない子だって思われるのが怖くて、いい子のふりをしていた。

 自分は人とは違うから、そんな本当は当たり前のことに怯えて、逃げていた。

 けれど、彼はそんな自分を好きだと言ってくれた。愛しているって、抱きしめてくれた。

 そして、そのときから代わらず今もわたしの側にいてくれている……。

 そんな彼のすべてを知りたくて、自分だけのものにしたくて、わたしはこんなことをしてる。

 心底困り果てたという様子で小さくなっている耕介に、知佳は思わず小さく笑ってしまった。

「分かった。じゃあ、キスして。そうしたら許してあげる」

「キ、キスって、ここでか?」

「うん。さあ、早く。わたしの気が変わらないうちに」

 そう言って目を閉じると、知佳は耕介の前で爪先立ちになる。こうしないと届かないから。

 耕介も仕方ないなというふうに溜息を漏らすと、そっと彼女を抱き寄せた。

 ……そして、二人の影が一つに重なる。

「最近ちょっと積極的過ぎないか?」

「だって、寮の中じゃあんまりこういうこと出来ないでしょ。その反動だよ」

「まあ、いいけどな。俺も嬉しいし」

 そう言ってまた頬を掻く耕介。その手を知佳が取って歩き出そうとする。

「さ、歩こ。せっかくのデートなんだから、もっと二人きりの時間を満喫しなきゃ」

「そうだな」

 本当に嬉しそうにそう言う知佳に、耕介も笑って頷き、二人は手を繋いで歩き出す。

   * * * * *

 ――5月30日16:27。

「じゃあ、俺は美由希を迎えに行ってくるから」

 ――再び混雑し出した翠屋の店内。

 厨房で忙しく働く桃子にそう声を掛けると、恭也は席を立った。

「ごちそうさまでした。また来ますね」

 咲耶もそう言って席を立つ。

 二人は並んで店を出ると、近くのバス停まで歩いた。

「そう言えば、咲耶さんはどちらにお住まいなんですか?」

「知りたい?」

「はい。あ、いえ、その」

「そんなに慌てなくてももうからかったりしないよ。そうね、君になら教えても大丈夫かな」

 うっかり頷いて慌てる恭也を見て、咲耶は笑いながらそう言った。

「現住所は東京だよ。東京の東のほう。割と海の近くかな」

「わざわざ東京から来られたんですか?」

「このあたりって気候が穏やかで空気もおいしいから、静養には持ってこいなのよ」

「まあ、住みやすいのは確かですね。大きな娯楽施設とかはちょっとないですけど」

 そう言って頷く恭也。

「で、こっちにいる間は桜台にある女子寮にお世話になることにしてるんだけど」

「もしかしてさざなみ寮ですか?」

「知ってるの?」

「ええ、自分もちょうど今からさざなみに行くところなんです」

「本当に!?じゃあ、一緒だね」

 そう言って嬉しそうに笑う咲耶に、恭也はまたしても見惚れてしまった。

 ……この人のこういう表情はいいな。

 そんなふうに考えている自分に聊か驚いたものの、そう悪い気はしない恭也だった。

 ――さざなみ寮。

 駐車場にて愛車のミニを洗っていた愛は坂を登ってくる二つの人影に気づいた。

 一人は見慣れた黒ずくめの男の子。

 寮の住人の一人、陣内美緒の友達である高町恭也だった。

 そして、彼の隣を歩いているのは……。

 年の頃は15、6歳といったところだろうか。

 顔立ちは日本人のようだが、夕日に映える長く伸ばした銀髪もまた自然な美しさをしている。

 二人は愛の姿を見つけると、まず恭也が先に挨拶した。

「こんにちは愛さん」

「こんにちは。美由希ちゃんね。ちょっと待ってね」

 そう言うと、愛は森のほうに向かって大声で叫んだ。

「美緒ちゃん、美由希ちゃん、恭也君が来たわよ〜」

 返事はない。しかし、愛はこれでよしとばかりに二人のほうへと向き直った。

「愛さんは今日も洗車ですか?」

「ええ、今日は一日お天気が良かったから。ところで、そちらの方は?」

 そう言って愛は少女へと目を向ける。

「はじめまして。今日からそちらに入居させていただくことになりました神代咲耶です」

「ああ、これはご丁寧にどうも。わたし、ここのオーナーの槙原愛です」

 丁寧に頭を下げてそう挨拶する咲耶に、愛も同じように頭を下げる。

「兄からお話は伺ってます。えっと、獣医さんの卵なんですよね」

「ええ。獣医学科の4回生です。神代さんは風ヶ丘に転入なのよね?」

 などと話していると、突然森の木々がざわめいて二人の少女が駆け出してきた。

「はぁ、はぁ、あ、愛。た、大変なのだ」

 肩で息をしながらそう言ったのはネコ耳に大きな目の少女、陣内美緒である。

 よほど急いでいたのか、人前だというのに耳が出ていることに気づいていない。

「美緒ちゃん、耳」

「はっ!?

 愛に言われて慌てて手で押さえるが、彼女の小さな手で隠しきれるはずもなく……。

「それ、本物?」

 咲耶は目をぱちくりさせながら美緒のネコ耳を指差して聞いた。

「陣内、美由希は?一緒じゃなかったのか」

「そ、そうだったのだ。みゆきちが大変なのだ」

 フォローの意味も兼ねて恭也がそう尋ねると、美緒は慌ててそちらへと駆け寄った。

「落ち着いて何があったのか話してみろ」

「森でみゆきちと遊んでたらいきなり野良犬に襲われて、追い払ってやろうとしたんだけどそいつ、何か変なんだ。みゆきちは木に登って降りられなくなっちゃうし、恭也何とかするのだ」

「分かった。とにかくそこに案内してくれ」

 そう言って一つ頷くと、恭也は愛たちのほうを見た。

「そういうわけなのでちょっと行ってきます。お二人は適当に待っていてください」

「こっちなのだ」

 そう言うと、恭也は美緒の後を追って駆け出した。

「大丈夫かしら。美由希ちゃん……」

 そう心配そうに漏らす愛の隣で咲耶は夕闇の広がり始めた空をじっと見つめていた。

   * * * * *

 ――5月30日17:03。

 展望台付近。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

「うん……」

 夕日に染まる街並みを背景にたっぷりと恋人たちの時間を満喫した知佳は満足そうに頷いた。

 その顔が少し赤いのは何も夕日のせいばかりではないだろう。

 日々流れていく時間。

 当たり前のように過ぎていく日常が、本当は何よりも大切なものだと彼女たちは知っている。

 だからこそ、何かの拍子にそれが揺らぎそうになったとき、ひどく不安に思うのだ。

「あれ、何だろ……」

 寮の近くまで戻ってきた頃、不意に知佳が前方を指差してそう言った。

「ほら、あれ。白い布みたいなの……って、あれ人だよ!」

「マジかよ!?

 知佳の上げた声に、耕介が慌ててブレーキを掛ける。

 よく見ると確かにそこにいるのは人だった。しかもうつ伏せに倒れている。

「おい、しっかりしろ」

「ねえ、大丈夫?」

 二人は急いでバイクから降りると、倒れている人に駆け寄って声を掛けた。

 しかし、気を失っているのか、何度呼び掛けてもその人物はぴくりとも動かない。

「とりあえず、寮に運ぼう」

「そうだね」

 二人は顔を見合わせて頷き合うと、耕介がその人物を抱え挙げた。




   * * * * *

  あとがき

龍一「愛さん登場!」

知佳「わーい!」

龍一「果たして咲耶は愛さんの料理に耐えられるのか!?

知佳「って、次回はそういうお話なの(汗)」

龍一「そして、愛さんの天然大炸裂。咲耶はどこまでついていけるか」

知佳「だから、どうしてそんなお話なの」

龍一「と、冗談はこのくらいにして」

知佳「なんだ、やっぱり冗談だったんだね(ほっ)」

龍一「次回はさざなみメンバーとのご対面」

知佳「咲耶ちゃんっ、うちの子になるんだよね」

龍一「そして、目覚めるもう一人の少女」

知佳「次回、トライアングルハート〜天使の羽根の物語〜第1章 始まりの夏」

龍一「3 黒い嵐」

知佳「あなたには世界の慟哭が聞こえますか?」

 

 




今回は、少し知佳と耕介のラブラブがあったり…。
美姫 「そして、次回は、愛さんの料理が炸裂!」
美由希の料理も炸裂!
美姫 「いや、美由希はまだ小さいから」
じゃあ、謎のオレンジ色のジャムが登場!
美姫 「いや〜! って、作品が違うわよ」
むむ、確かに。
美姫 「さて、次回はどんなお話が待っているのかしらね〜♪」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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