トライアングルハート〜天使の羽根の物語〜

  第2章 summer night memories

  4 晴れのちくもり、ところにより告白

   *

 ――7月20日 9:23

 藤見町 高町家――

 この家の朝は早い。

 鍛錬をしている恭也や美由希はもちろん、桃子も仕込みをする関係で早起きだ。

 唯一、今年3歳になる末っ子のなのはだけは朝ご飯が出来るくらいまで起きてこないが。

 目覚ましが鳴る前に起床し、美由希と二人で鍛錬をして家へと戻る。

 鍛錬では八塚神社まで足を伸ばせば薫やティナたちと一緒になることもあった。

 神社の長い石段は軽く登るだけでも結構な鍛錬になるのだ。

 それに裏手の森には滅多に人がこないため、打ち合っているところを見られる心配も少ない。

 石段のほうは小学6年生の美由希の体力ではまだきつい部分もあるようではあったが。

 鍛錬を終えて帰宅し、順番に汗を流し終わる頃には朝食の時間になる。

 仕事で忙しい桃子も朝食には戻ってくるので、作るのは大抵彼女だ。

 といっても下拵え等は前の日の晩に済ませておくので朝にすることはそんなに多くはない。

 家族全員で朝食を取り、その後片付けを恭也と美由希で協力して済ませる。

 この頃には桃子は店へと戻るので、屋内の掃除等も二人で分担してすることになる。

 二人も学校があるので普段は休日や早朝、夜間に時間を見つけてということになるのだが。

 とにかく部屋数の多い日本家屋だけに、掃除するとなるとそれなりに時間が掛かる。

 朝の涼しいうちにやってしまおうということで、食後の小休止の後で1時間掛けて済ませた。

 なのはも幼いなりに兄や姉を手伝おうとしてこけてしまったりと微笑ましい姿を見せている。

 恭也は盆栽に、美由希は花壇の花に水をやることも忘れない。

 この季節、日中ではすぐに蒸発してしまうため、日が高くなる前にやるのが重要なのだ。

 そうして今の時間となったわけだが、恭也はふと思い出して縁側から腰を上げた。

 飲んでいたお茶を片付け、自分の部屋へと戻る。

 今日、咲耶が高町家を尋ねてくる。

 彼女曰く、思い立ったら吉日とかで早速勉強を見てくれるとのことだ。

 恭也的にはかなり逃げたいところだ。何しろ体育と英語以外はすべて赤点すれすれだから。

 英語は偶に英国のフィアッセのところへ行っているので発音のほうで何とかというところだ。

 元々あまり物のない部屋を簡単に見回して、出したままになっていた雑誌等を片付けていく。

 女性を招き入れるのだから、それなりにきれいにしておくのは礼儀というものである。

 そういえば、咲耶さんはうちの家の場所を知っているんだろうか。

 片づけをしながらふと浮かんだ疑問に首を傾げていると、不意に頭上に気配が生まれた。

 とっさに反応する間もなく、気配の主が恭也の上へと落ちる。

「きゃっ!?

「さ、咲耶さん!?

 落下の衝撃に小さな悲鳴を上げたのは銀髪碧眼の少女だった。

「恭也君。……ってことは、ここ恭也君の家?」

「は、はい。確かにここは俺の家で、俺の部屋ですけど」

 戸惑った声で答えつつ、顔へと当たる柔らかなものに赤面する恭也。

「あ」

 そのことに気づいた咲耶は少し頬を赤くして、それからぎゅっと恭也の頭を抱きしめた。

「ちょ、咲耶さん。何を……」

「こうして欲しかったんでしょ。こんな強引にしなくても言ってくれればわたし……」

「なっ、ち、違います。っていうか、これは事故で決して俺の望んだことじゃ」

 恥ずかしそうに頬を染めて言う咲耶に、恭也は慌てて否定すると彼女から離れようとする。

「ダメ。……お願い、もう少しだけこのままでいさせて」

 囁くようにそう言った咲耶の声音に何かを感じたのか、恭也はそのまま大人しくなった。

   *

「じゃあ、そろそろ勉強始めましょうか」

 少しの後、恭也から離れてそう言った咲耶はもういつもの彼女だった。

「は、はぁ……」

 あまりに何もなかったかのようなので恭也はまたからかわれたのではないかと思ってしまう。

 さざなみの某マンガ家ほどではないが、彼女も結構そういうことをして楽しむ癖があるのだ。

 しかも、抱き心地が良いとか言って何かにつけて恭也のことを抱きしめてくる。

 恭也はそのたびに、飛びそうになる理性を抑えるのに必死にならざるを得ない。

 身長差の関係でこう、柔らかいものが顔やら頭やらに当たって大変なのである。

 幾ら周囲に枯れていると言われても彼も健全な男子だった。

 咲耶さんは俺のことを弟か何かだと思ってるんだろうが……。

 気づかれないようにそっと溜息を漏らす恭也。

 何となく、自分の課題を開いてノートにペンを走らせる彼女の横顔を眺めてみる。

あどけなさを残す整った顔立ちは綺麗というより可愛いと言ったほうがしっくりくる。

 ハーフなのか、腰まで届くサラサラの髪は綺麗な銀色だ。

「ん?」

 視線に気づいた咲耶が顔を上げて小さく首を傾げる。

「そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」

 そう言って慌てて視線を逸らそうとする恭也の顔を捕まえて、その目を覗き込む咲耶。

 海を思わせるその深い紺碧の瞳に、恭也は思わず息を呑んだ。

 小さな卓袱台の対面から身を乗り出している彼女との距離はほとんど無いに等しい。

 心拍数が跳ね上がり、顔に熱が集まるのを自覚したところで彼にはどうすることも出来ない。

 動けない恭也の頬を両手で挟み、不意に咲耶は目を閉じると恭也の唇に口付けをした。

 ――軽く触れ合うだけの一瞬のキス……。

 それでも駆け抜けた衝撃は大きすぎて、恭也はしばし呆然としてしまった。

「じゃあ、わたしそろそろお店のほうに行くから」

 問題集やらノートやらを鞄に仕舞って立ち上がると、咲耶は部屋を出て行こうとする。

「ちゃんと課題やっておいてね」

 そう言って出て行く彼女を恭也は呆然としたまま見送ることしか出来ない。

 そういえば、咲耶さん。どうやってうちまで来たんだろう。

 ぼーっとした頭でそんなことを思う恭也。

 HGSでもない彼女がテレポート出来るはずもないから誰かに送ってもらったのだろう。

 だが、人一人を長距離転移させられるほどの能力者が知り合いの中にいただろうか。

 聞いた話では確か知覚の及ぶ範囲内でしかトランスポートは使えないはずだった。

 近くまで来て、自分を驚かすためにわざとそんなことをしたのだろうか。

 突然のキスに混乱する一方で、彼の剣士としての部分は状況の不自然さを捉えている。

 しかし、その思考も急に戻ってきた咲耶の顔を見た途端に霧散してしまった。

 結局、道が分からないという彼女を翠屋まで送ってそのまま自分もフロアに入ることになる。

 後でどうやって家まで来たのかと尋ねたところ、秘密だと言ってはぐらかされてしまった。

   *

 そんなことがあった日の同刻、さざなみ寮でも一つの事件が起きていた。

 エプロンを身に付けてキッチンに立つ三人の少女。

 その表情はいずれも真剣で、傍目にも緊張しているのが分かる。

「じゃあ、そろそろ始めようか」

 耕介の合図でそれぞれに料理を始める。

 料理をしているのはティナ、アリス、雪の三人である。

 メニューはご飯に味噌汁、焼き魚にホウレンソウの和え物といった典型的なものだ。

 教えるにしてもまずはそれぞれの腕前を知る必要があるということで作ってもらったのだが。

「…………」

 まずは雪の作った味噌汁へと手を伸ばし、一口啜った耕介は何ともいえない表情で沈黙した。

 何というか、冷たいのだ。

 普通に鍋に掛けて煮立てていたはずの味噌汁が氷を入れたかのように冷たくなっている。

「あ、あの、ごめんなさい。味見したら熱かったもので思わず冷やしちゃいました」

「な、なるほどね」

「アイス味噌汁ってダメですか?」

 お椀を持ったまま引き攣った笑顔を浮かべる耕介に、茶目っ気たっぷりの笑顔で言う雪。

「大丈夫。これなら暖めれば食べられるから」

 そう言ってアリスが味噌汁の鍋へと手をかざす。

「ちょっとアリス、待ちなさ……」

 その手に光が集まるのを見てティナが慌てて止めようとしたが間に合わなかった。

 アリスの手が光を放った瞬間、鍋の中の味噌汁が盛大な音を立てて爆発した。

   *

 翠屋でのバイトを終えた咲耶は恭也と二人でさざなみ寮へと続く坂道を登っていた。

 道中、二人の間に会話は少なかった。

 恭也は表面上は普段の無愛想を装っているものの、まともに視線を合わせることが出来ない。

 もし見てしまったら、自分は今度こそあの魔性の瞳に魅入られてしまいそうで怖かったのだ。

 いや、もうとっくに手遅れになってしまっているのかもしれない。

 あの青い瞳に見つめられたとき、恭也は……。

「あの、咲耶さん」

 さざなみの門の前まで来たとき、恭也は思い切って彼女へと声を掛けた。

「あなたはどうして、俺にあんなことをしたのですか?」

 問われた咲耶は足を止めると振り返ってそれに答えた。

「どうしてだろうね。君のその目を見てたら、そうするのが自然っていうか、そんな気がして」

 そう言ってまた恭也の目を覗き込もうとする。

「か、からかわないでください」

「本当だよ」

 逃げるように視線を逸らす恭也を追いかけて、咲耶は正面からそう言った。

「本当にそんな気がして、気づいたらしちゃってた」

「そんな、俺たちはそんなことをするような関係でもないのに……」

 向けられる真剣な瞳に、困惑のままに言葉を返す恭也。

「恭也君はわたしのこと、嫌い?」

 わざと少し坂を下って、そこから見上げるようにして聞く彼女に恭也は答えられない。

「わたしは好きだよ」

 オレンジに染まった世界を背景に、見惚れるような笑顔で咲耶は言う。

「そんな、俺は……」

 呆然と立ち尽くす恭也を一人残して、咲耶は逃げるように寮の中へと消えていった。

 ――ほんと、どうしてだろうね。

 部屋へと駆け込んで鍵を閉め、ベッドに仰向けに倒れ込む。

「……はぁ、はぁ、はぁ、……言っちゃった……」

 浅く早い呼吸を繰り返しながら、激しく上下する胸へと手を当てる。

 まさか自分から告白するのがこんなに恥ずかしいとは思わなかった。

 鏡を見るまでもなく自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。

 年上らしく格好つけてみたもののすぐに平静でいられなくなって、思わず逃げてしまった。

 恋愛マンガのストーリーとしてはありふれているが、それを自分で演じていれば世話ない。

 もう一度顔を合わせたときの気まずさを思うと、咲耶は溜息を吐かずにはいられなかった。

 ――恭也君、困ってるだろうな。昼間だって、いきなり唇奪っちゃったし……。

 改めて自分のしたことを思い返してみて、我ながら何やってるんだろうと思う。

 それでも彼に言ったことだけは自分の本心だと言い切ることが出来るから。

 大きく息を吐き、体の中に溜まった熱を外へと逃がす。

 しかし、告白という大仕事をやってのけた彼女の身体はなかなか冷めてはくれない。

 寧ろ逆にどんどん熱くなっていくような気がして、咲耶は思わず眉を顰めた。

 ――ちょっ、何これ!?

 不意に囚われた未知の感覚に戸惑う咲耶。その間にも彼女の身体を侵蝕する熱は止まらない。

 身体の奥からじわりと沸き起こる甘く痺れるような疼きに、次第に咲耶の息が荒くなる。

 そして、

 加速する鼓動を抑えようと胸に手を当てたとき、彼女は確かにそれを感じた。

 ――赤い世界に舞う一枚の羽根……。

 それが湖面に落ち、そこから広がる光の波紋を見た瞬間、唐突に咲耶の中で何かが弾けた。




   *

  あとがき

龍一「夏休みは初日から何やら波乱の予感」

知佳「咲耶はいつの間に恭也君のことを好きになってたんだろ」

龍一「そのあたりはもう少ししてからだな」

知佳「本人に語らせるの?」

龍一「語らせる部分とそうでない部分とがあるかな」

知佳「例によって何も考えてないとか」

龍一「アハハハ、ソンナコトアルワケナイジャナイカ」

知佳「台詞がカタカナで棒読みって怪しすぎるって(汗)」

龍一「と、とにかく、次回予告」

――動揺した心のまま夜の鍛錬に臨む恭也。

乱れがちなその気配に気づき、事情を聞こうとするティナに彼は事の次第を話す。

一方、元気のない兄を励まそうと単身キッチンへと立つ美由希。

健気な少女の姿に感動したのか、そこに雪とアリスも加わって事態はとんでもない方向に……。

夜のさざなみを舞台に巻き起こる地獄絵図。

果たして耕介は自らの城を護り切ることが出来るのか!?

――次回、トライアングルハート〜天使の羽根の物語〜第2章

5 恐怖!?機動必殺料理(嘘)

知佳「って、予告で遊ぶな!」

龍一「うぎゃぁぁぁぁっ!?

   *

 





行き成り波乱の夏休み。
美姫 「咲耶が可愛いわ〜」
今後の二人がどうなるのか。
美姫 「かなり気になるわよ」
どうなるのかな、どうなるのかな。
美姫 「次回が非常に待ち遠しいわね」
次回も楽しみに待ってますね。
美姫 「待ってま〜す」



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