『恭也と美咲もながされた藍蘭島

 00 〜また流されて〜

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うもんっ! お兄ぃちゃんは絶対に生きてるもんっ!!!!」

 

取り乱して叫ぶ美咲の前に座っているのは彼女の父親と祖父。涙を流して訴える美咲を前に、二人とも本当に辛そうな表情で語りかける。

 

「…落ち着くんだ美咲。私達だってそう信じていたさ。いや、今でも信じている。しかし……」

 

「……そうじゃよ。確かに船の乗組員の人が確認してくれたんじゃ。行人は確かに船に乗って……」

 

美咲の兄、東方院行人が家を出てからもうそろそろ二月が経とうかという頃になった。行人が家を出てすぐに彼が船に乗り、そして航海中に行方不明になったことは当然家族に真っ先に知らされた。それを聞いて以来行人の母親は体調を崩して床に伏せている。

嵐の中を航海中だったその船に乗っていた乗客の証言から、どうやら揺れの拍子に振り落とされてしまったらしい事が分かると、その船の乗組員や元の会社の人間などは皆必死に行人の痕跡を探してくれた。

しかし嵐の中を航海中だったためその時の海は大荒れ。誰も明言はしなかったが、本当に海に落ちたのだとしたら行人が助かっている可能性などゼロに等しかった。

 

「で、でもっ! お兄ぃちゃんは私との約束破ったことないもんっ! 絶対にっ! 絶対に帰ってきて私の誕生日……お祝いしてくれるもん……」

 

次第に小さくなっていく美咲の声が、本当は可能性が低い、でも信じたいという彼女の気持ちを如実に表している。

 

「しかしな、いつまでもそう言っておったらアイツが乗った船の会社の方々にもご迷惑がかかるんじゃ」

 

「…分かってくれ、美咲。もうこれ以上は…」

 

「分からないよっ! なんでっ?! なんで皆お兄ぃちゃんはもう帰ってこないほうがいいみたいにっ…」

 

「やめんか美咲!」

 

再び興奮してまくし立てる美咲に、祖父が一喝する。

驚いた美咲の視線に入ってきたのは何かに必死で絶えているといった表情の自分の父親の、今までに見たことがないほど憔悴しきった表情だった。

それもそうだろう。行人が突然の家出に踏み切ったそもそもの原因は父である彼にあったのだから。初めの子供、しかも男の子だということもあって彼は行人にそれはもう尋常でないほどの期待を抱いていた。叩けば叩くほど起き上がり、強くなる我が子は彼にとって密かな自慢だったのだ。

しかし押さえつけ、それに反発させることで強く育てようというやり方は、性格的にはこれ以上ないほど行人向きではあったが、しかしまだ十台前半の少年にとっては重く、辛くいものでもあり、そして何よりそれに答え続けられるほどの精神的な強さなど持ち合わせているはずもなかった。

もう少し自分が気長に行人の成長を見守れていたら。もう少し行人本人の気持ちも考えてやれていたら。父親としての彼の後悔の念は、その場の他の誰よりも重かった。

そんな自分の父親を見て美咲は、少し冷静になる。悲しいのは自分だけではない。むしろ原因を作ってしまった父は自分以上に辛いだろう。そう考え直した美咲は、しかしそれでも信じていた。行人は絶対に生きている、と。そして彼女は一つの決意をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、彼女は隣町、海鳴市のとある喫茶店にやってきた。目的は人に会うため。

その人は今年高校を卒業したばかりの男。東方院の家とは古くからの付き合いがあり、父が認め、兄である行人が兄と呼称し尊敬した、美咲にとっても頼れる…、

 

「恭也お兄ぃちゃん! 助けてほしいのっ!」

 

「ん? 美咲か。どうしたんだ? ……いや、そうではないな。俺は何をすればいい?」

 

行人が行方不明であることから船から落ちたらしいということまですべての事情を知っている恭也は、それでも美咲の必死の訴えをきちんと聞いていた唯一の人間だった。そして今回もまた、恭也は突然何の連絡もなく訪れ事情の説明もなく助けを求めた美咲にただ手を差し伸べる。

 

「…………あれ?」

 

しばらく立ち尽くしていた美咲は、自分が涙を流していることに気付いた。

気遣い、哀れみ、悲しみ。そういった視線は行人がいなくなってから何度となく受けてきたし、そういった人たちは皆、どうにかして美咲を諭そうとしてきた。そんな人たちに対する度、口には出さずとも心の中で反発し続けてきた美咲。しかし目の前の恭也はそんなことすら些細な問題であるかのような優しい視線を向けてくれる。

 

「美咲、色々あったのだろうがとりあえず……」

 

その優しげな視線を回りに向けた恭也は、再び目を美咲に向けると今度は困ったように軽く頬を掻きながら、空いた手で優しく頭を撫でる。

 

「話してくれなければどうしようもないぞ?」

 

そう言って頭を撫で続ける恭也の胸に、美咲は飛び込んでしばらく泣いた。

そして周囲の視線の痛い中何とか落ち着いた美咲から事情を聞いた恭也。

 

「そうか。美咲は行人が生きていると、そう思うのか」

 

「…うん。皆はもう……でも私は信じないよ。お兄ぃちゃんは絶対に私との約束破らないもん」

 

きちんと話を聞いてくれる恭也に対しては、切々と思いを語る美咲。

そんな美咲に、恭也は普段は見られないような優しげな微笑を、小さくではあるが浮かべる。

 

「そうだな。誕生日の約束か……。少々遅刻しすぎだな。ちょっと迎えにいってみるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして恭也は美咲と共に行人の足取りを徹底的に追い、そして確かに問題の船に乗った事を突き止め、そしてその船に乗ってみる。

穏やかな海の上を順調に航海していた恭也達を乗せた船だったが、やがて天候が崩れ始め……

 

「降ってきたな。風邪でも引いたらこの先に響くし、中に入るか」

 

「そうですね。でももうちょっとだけ……あっ!」

 

突然の美咲の小さな叫び声。

少し後ろを離れて歩いていた美咲のそんな声に、恭也は反射的に振り返る。と同時に恭也の脇をすり抜けていく子供達。美咲の姿がないことを瞬時に確認すると、恭也は急いで身を乗り出し、そして落ちていく美咲を発見するとそのまま何の躊躇もなく飛び降りた。

 

「美咲っ! こっちだ!」

 

何とか手を伸ばし、背中から抱えるように美咲を引き寄せた恭也。落ちたショックからか、美咲は気を失っている。

飛び降りるときとっさに飛針でロープを切って海に落とした救命用の浮き輪を捕まえ、それに美咲をつかまらせたその時だった。

 

「ん? この音は……」

 

地響きのような音に気付き、まさかと眉を顰める恭也。

恐る恐る視線を後ろに向けると……

 

「冗談ではないぞ…」

 

言葉どおり、冗談のような大津波が迫り、そして二人はなすすべなくそれに飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ねぇメイメイ。なんで砂浜をランニングなの?≫

 

「芸には体力もかかせないです。ステージは長いですから〜……あれ?」

 

チャイナ服の少女と河童。

そんな普通なら奇妙な取り合わせだがこの土地では日常になってしまった二人のうちのチャイナ服の少女、メイメイがふとその視線を海岸のほうへと向け、そして何かを発見した。

河童の遠野さんもそれを見て、そして二人で近寄ってみると、

 

「ひゃ、ひゃややや〜ん!こ、こここっここれは?!」

 

『人だね。どうやら打ち上げられたみたいだ。メイメイ、皆を呼んできて』

 

「は、はいですっ!」

 

どうやら打ち上げられたらしい女の子が岩にもたれかかっている。

メイメイに人を呼びに行かせた遠野さんはその後姿を見送ると、何かに導かれるように奥の茂みへと向かっていった。

そして程なく、おばばを初めとした島の人間が集まり始める。

 

「なんとっ!? 今度はオナゴかえ?」

 

到着するなりそう言って驚いていたおばばだったが、ふとその視線をそのまま何かを追うようにゆっくりと傍の茂みのほうへと向ける。

 

「どうやらもう一人いるようですの」

 

そう言って眼鏡の少女ちかげが指をさした先には一人分の足跡。

 

「と、遠野さんが追いかけていったみたいです」

 

戻ってきたメイメイは、その隣に真新しく残る友人の河童の足跡に気付く。

心配そうに茂みに視線を向けるメイメイ。

 

「大丈夫よ。まちねぇと互角にやりあう遠野さんに限って外から来た人にいきなりやられたりしないって」

 

くまくまに乗っかったゆきのが能天気な声でそう言って笑うが、

 

「いえ、そうじゃないですよ。遠野さん河童だから外から来た人がいきなり遠野さんと出くわしたりなんかしたら……」

 

『……ああ〜……』

 

「と、ともあれまずは彼女の応急処置をしないといけませんわ……」

 

なんとも言いがたい空気が流れたのをちかげが何とか打破しようと、そう言ってゆきのに頼んでくまくまに少女を乗せてもらう。

そしておばばの家に向かおうとした丁度その時、遅れてすずとあやね、しのぶと行人が噂を聞いてやってきた。

 

「婿殿、また外から流れ着いたらしいぞ。気を失っておるが、命に別状はなさそうじゃ」

 

100年に一回あるかないかの出来事がほんの数ヶ月の間に二回もなんて……これは調べてみる必要がありますの」

 

「とりあえずおばばの家に運ぶらしいよ」

 

おばば、ちかげ、ゆきのの言葉にすずたちも興味深げにくまくまに乗った少女を覗き込む。そして行人もそれに倣って覗き込んだ。

 

「……そんな……嘘だろ?」

 

「行人? どしたの?」

 

小さく呟いた行人の声が届いたのか、すずが不思議そうに行人の顔を覗きこむ。しかし当の本人は今度ばかりは近すぎるすずの顔にも赤面する余裕すらないらしく、そればかりかついに手に持った木刀を落とした。そして、

 

「おい美咲! しっかりしろ美咲!」

 

取り乱してくまくまからその少女を奪い取るようにして抱えると、揺さぶって何とか起こそうとする。

何が起こっているのかが全くわかっていない大半の中、すずたちには行人が少女に呼びかけているその名前に聞き覚えがあった。

 

「ねぇ、美咲ってたしか…」

 

「行人様の妹の名前だったはずよ」

 

「ほう。師匠の妹君でござるか?」

 

「そのようですわね。なんという美味しいしちゅえ〜しょんなんでしょう♪」

 

「…しちゅえ〜しょん?」

 

行人に遠慮しているのか、誰からともなく声を潜めて話し合うすずたち。その間にも行人は何とかしてその少女、美咲を起こそうとしている。

 

「しっかりしてくれ! 美咲ったら!」

 

「婿殿! やめんか!」

 

さすがにこれ以上はよくないと思ったのか、おばばが行人を軽くはたいて止める。

なんとか冷静さを取り戻した行人は、少女を背中に乗せると、

 

「早く行こう」

 

と今度は皆を急かすようにそう言って先頭にたつ。そして歩き出したその時、

 

「…ん……お兄ぃちゃん?」

 

「美咲?! 大丈夫か!?」

 

意識を取り戻した美咲が行人の背中の上で声を上げた。

敏感にそれに反応して首だけ回した行人。しかし、

 

「お兄ぃちゃんだ…やっぱり生きてたんだ! お兄ぃちゃぁぁぁん!!!!」

 

叫び、泣き出し、首に抱きついてきた美咲に行人はどうすることも出来ずにただ美咲が落ち着くまで好きなようにさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「でね。お兄ぃちゃんは死んじゃったことにされそうになったから探しに来たの。そしたら船から海に落ちちゃって」

 

ようやく落ち着いた美咲をとりあえずすずと行人の住む家に連れてきた一同は、そこで美咲の事情を聞きだした。

 

「なんかおんなじところでおんなじ目にあうって兄妹っぽいよね」

 

「ははは…面目ない」

 

美咲のことを気にかける行人を見たすずの少々とげのある一言に、行人は頭を掻きつつ照れたようにそう言ってすずに笑顔を向ける。すぐに機嫌の直ったすずだったが、今度はそれをみた美咲がむくれたように頬を膨らませていた。

 

「それより、えっと…美咲さんでよろしいですの?」

 

「え? あ、はい。えっと…」

 

「あ、私はちかげと申しますの。それでですね、美咲さん」

 

「はい。なんでしょう?」

 

「美咲さんはお一人で船に乗られたんですの?」

 

ちかげの突然の質問に、あの場に遅れてきた行人、すず、しのぶの三人が首を傾げる。

三人にちかげが砂浜にあった足跡の説明をしていると美咲が、

 

「そうだっ! 恭也お兄ぃちゃん!」

 

「なにっ?! 恭也さんが一緒だったのか!?」

 

「うん。でも海に落ちちゃってからどうなったのかは……」

 

美咲の言葉に行人も驚きの声を上げる。しかしその声はどことなく嬉しそうだ。

 

「なぁダンナ。その恭也ってのは誰なんだ?」

 

「そうでござる。拙者も気になるでござるよ」

 

りんとしのぶのドジっ娘コンビが行人の嬉しそうな様子が気になったのか、そう言って行人によってくる。それを見て説明をしている行人にまたむくれた視線を向ける美咲と、同じく面白くなさそうなすず。

二人がついに耐え切れなくなったのか不満の声を上げようと口を開いたその時、

 

「ああ、やっぱりここだったのね」

 

≪探したよ、メイメイ≫

 

縁側からまちと遠野さんが顔を覗かせた。

 

「まち、どうしたの?」

 

「遠野さん、どうだった?」

 

行人とメイメイがそれぞれにそう言って上がるように促す。普段なら一も二もなく上がって強引に行人の隣に陣取るまちだったが、

 

「それよりも先に行人様、お客様をお連れしました」

 

と一度顔を引っ込めて誰かを呼びにいく。

 

「それで? 遠野さんはなんでまちねぇと一緒だったの?」

 

すずが一足先に上がってきた遠野さんにお茶を出しながら尋ねる。

 

≪それがね、アチキが足跡を追っていったら当の本人がまちと話してたんだ。なんか人を呼んでほしいとかで≫

 

「それならなんですぐに帰ってこなかったデスカ?」

 

≪そ、それは……ごめんメイメイ。またちょっとまちとやりあってて≫

 

そんな話をしていると、どこに待たせていたのかようやくまちが戻ってくる。

 

「それではどうぞ」

 

まちがそう言うと、前進真っ黒な服に包まれた男、恭也が小さな微笑を浮かべて顔を出した。

意識を失う直前になんとなくみた、自分を助けに来てくれたのは本当だった事を知って嬉しそうに笑う美咲。そして行人は、

 

「…まさかまた貴方に会えるとは思いませんでしたよ、恭也さん」

 

「こっちこそ。やはり生きていたか。美咲に感謝するんだな、行人」

 

こうして藍蘭島に新たな住人が加わった。

妹の美咲と再会した行人は、大切な兄の置かれた状況をこれからいやというほど認識することになる美咲は、そして行人に続く島で二人目の男となってしまい、これから間違いなくとんでもない目にあうであろう恭也は、これからいったいどうなる?!

 

 

 

 





遂に始まりました、藍蘭島とのクロス。
美姫 「あの予告SSが、遂に本編化!」
いやいや、楽しみですな〜。
美姫 「楽しみね〜」
流されてしまった恭也と美咲を加え、果たしてどうなるのか!?
美姫 「次回をお待ちしてます」
ではでは。



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