恋姫†無双戯曲 −導きの刀と漆黒の弓−

 

第六話 −一刀と一弦−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白蓮と一弦と分かれた一刀は朱里を連れて大急ぎで自陣へと戻った。

愛紗と鈴々がそれを待ち構えていたように、

 

「御主人様!」

 

「お兄ちゃんおかえりなのだ!」

 

と弾丸のような勢いで一刀に駆け寄る。

おそらく二人とも星が飛び出していくのを見ていたんだろう。特に愛紗の視線は明らかに説明を求めるように一刀を真正面から見据えていた。

 

「愛紗、鈴々!すぐに準備をしてくれ!一人で飛び出した彼女を助ける!」

 

それに対して一刀もまた、負けず劣らずの緊迫した声で指示をだす。

それを受けて二人ともとりあえず泡食ったように指示をだし、部隊編成を整えるように伝令を走らせて、

 

「で?どういうことなのです、御主人様?」

 

「どうなってるのだ、おにーちゃん?」

 

と今度は明らかなジト目で一刀を見ていた。

愛紗のほうはもう完全に呆れてますと態度で示している。

多少なりとも気圧されてしまう一刀だったが、ここで退くわけにはいかない。

 

「まず先に謝っておくよ。皆ゴメンな?皆に無理をさせる事になるんだけど……」

 

そう前置きして一刀は朱里と共に先ほど公孫軍の本陣での経緯を二人に話して聞かせた。時間がおしているのでとりあえず一弦の事は伏せたままで状況のみの説明。朱里も元々そのつもりだったのか、それとも一刀の話し方から察したのか一弦の事には一切触れていない。

 

「……それで、御主人様はその趙雲なるものを助けたいと…………まったく何を考えているのです」

 

それがもはや当然のことのようにため息をつかれ、呆れたような視線を受ける一刀。

愛紗の表情には段々と怒りの色が浮かび上がる。

 

「先ほど一番初めに謝られておいででしたが、謝ってすむ問題ではありません。本当にもう少し兵達のことも考えていただかないと……」

 

お小言モードに入ってしまう愛紗だったが、今はそれを悠長に聞いている場合ではない。強い気持ちの篭った目で真っ直ぐに愛紗を見返すと、

 

「でも、それでも彼女はどうしても助けなきゃいけないんだ。この乱世を鎮めるためにも」

 

「それほどの人物なので?」

 

「ああ、間違いないと思うよ。出来ればいずれ仲間になってもらいたいと思ってるし、だからこんな所で死なれちゃ困るんだ」

 

「つよそーだもんね、あのおねーちゃん。歩き方とかみても全然隙がないのだ」

 

鈴々が当然のように口を挟む。どうやら鈴々には趙雲の実力がしっかりと感じ取れているらしい。それには愛紗も同意しているらしく、頷いてはいた。

 

「しかし……たった一人であの賊軍に立ち向かうなどと。無謀にすぎます」

 

「そうなんだよなぁ。だから俺達で助けてあげないと……それに……」

 

「?それに?」

 

「一弦……公孫賛のところに俺の友達がいたんだけど、ソイツがいってたんだ。彼女は彼女なりに考えがあっての事だって」

 

趙雲の行動自体の無謀さは覆せない。しかしその思惑くらいは知っておいてほしい。いずれ一緒に戦いたいと思っている趙雲の事を少しでも誤解させまいと、一刀は一弦と白蓮から聞こえてきた趙雲の真の狙いの推測を、いかにもそれが彼女の本心であるかのように伝えた。

 

「……だから……彼女はどうしても少しでも早く戦況を動かしたかったんだ。公孫軍はずっと勝てないと分かってるのにここで俺達の為に踏ん張ってくれてたんだ。兵達だってそんな先の見えない戦い不安だっただろう。だから!」

 

一刀は目配せであの時あの場にいた朱里にだけ目配せを送った。彼女は今話した“趙雲の真意”があくまで一弦の憶測に過ぎないことを知っていたから。余計な事を言わないでくれ、と気持ちをこめて送ったその視線を朱里は真っ直ぐに受け取って少々頬を染めていたが、

 

「策は考えてあります。彼我の戦力差がありますが、これくらいなら何とかできますから」

 

とある意味とどめの一言。

助けなきゃいけない事は分かっている。助けるべき存在である事も理解した。そしてその手立ても考えてある。この三つが揃えば、愛紗も鈴々も助けに行くほうに気持ちが傾くのは、優しい彼女達であれば当然の事だった。

 

「朱里すごーい!」

 

「さすがだな。それで、策というのは?」

 

二人がやる気になってくれた事に一刀と朱里は視線を合わせて安堵の笑みを浮かべる。

そして朱里はすぐに表情を引き締め、軍師のそれにすると、

 

「まず、趙雲さんの突撃にあわせて愛紗さんと、愛紗さんの直衛隊の皆さんにも突撃してもらいます」

 

「ほう。私も突撃するのか」

 

「鈴々はー?」

 

「鈴々ちゃんはご主人様と兵を率いて愛紗さん達の後に続いてください。ただ旗手の人達をいつもの倍、用意してください。旗を増やして私達が大軍なんだぞって敵にみせつけるんです」

 

「へぇ……」

 

いつもはわはわ言ってる朱里のその思慮深さに思わず感心したような声をあげる一刀。それを聞いて嬉しそうにはにかんでいた朱里だったが、愛紗と鈴々の少し面白くなさそうな視線を受けてすぐにまた軍師の顔に戻る。

 

「て、敵は数に恃んで突撃してくるだけですから、愛紗さんの部隊は敵の先鋒に一当てした後すぐに本陣に戻ってきてください。その時に趙雲さんも絶対に連れ戻してきてくださいね?」

 

「混乱させるのが目的という事か……しかし趙雲という人物がひく事を嫌がらねければよいが……」

 

「その時は別の策を……」

 

「いや、ちょっとまって」

 

考える、と言おうとした朱里を黙って聞いていた一刀が遮る。

 

「もちろん退かなかったら別の策考えてもらわないといけないんだけどさ、愛紗」

 

「はい?」

 

愛紗を手招きで呼び寄せた一刀は、不思議そうに首を傾げる彼女の耳に口を寄せた。

 

「ご、ご主人様?!」

 

耳元に聞こえてくる息遣いに愛紗が顔を真っ赤にして身を引こうとするが、一刀はそれを肩を抑えて留めると、

 

「いいからちょっと聞いて。あのね……」

 

と周りには聞こえない大きさで愛紗になにやら耳打ちする。

 

「……って、もし退くのを渋るようだったら言ってみて。これでも退かないようなら……その時は俺の見込み違いだって諦めよう。そうなったら勝つための戦いに切り替えてもらう。いいかな、朱里?」

 

「ふぇ?あ、は、はい。分かりましたです」

 

一刀の問いかけに事情がイマイチ掴めないながらもきちんと返事を返す朱里。あるいは会話の流れから一刀が愛紗に説得するするさいの策を与えたのだろうという事を察したのかもしれないが、朱里の返事には戸惑いこそあれ迷いはなかった。

 

「それでは、愛紗さん達が戻ってきたら本陣は兵を展開して黄巾党を半包囲します。完全に包囲してしまうと敵も躍起になって突破しようとしてくるので、後方は必ず空けて置いてください」

 

「でも、それだと逃げられちゃうのだ」

 

不思議そうに首を傾げた鈴々。

しかし今回は一刀も朱里の狙いが理解でき、朱里にかわって鈴々に説明する。

 

「逃げられる場所があれば敵も無理しないだろ?必死になって抵抗されたらこっちの被害だって大きくなっちゃう。公孫軍が後ろに回ってくれてるから、こっちはそれまで時間を稼げれば勝ち、だろ?朱里」

 

「はいっ!御推察のとおりです、ご主人様」

 

「先陣を吊り上げつつ時間稼ぎ……被害を最小に押さえた上での勝利のための策か。さすがだな、朱里」

 

「えへへ♪今回は公孫軍にご主人様のお友達がいらっしゃって助かりました。おかげで公孫賛さんも快く協力してくださいましたし」

 

テレながらも主人を持ち上げようとした朱里。しかし今回に限っていえばそれは完全に裏目に出てしまっていた。

 

「……そういえば、ご主人様?」

 

いきなりなにやら氷のような冷たい視線を向ける愛紗に一刀は声もなく固まってしまう。

 

「あ、あの……なんでしょうか、愛紗さん?」

 

「そのお友達とやらのことですが……よもや女性では……」

 

「ち、違う違う!男だよっ!しゅ、朱里に聞いてもらえればわかるって!」

 

「……どうなんだ、朱里?」

 

底冷えするような冷たい視線を受けて身を縮ませる朱里。

それでもなんとか、

 

「はははははいです!だだだ男性のかかかただったです!」

 

とどもりながらも気合でご主人様を窮地から救い出した。

その必死さに愛紗も納得したのか、表情を和らげて青龍刀を担ぎなおした。

 

「それでは朱里、合図の時は任せるぞ」

 

「は、はいっ!」

 

「ではご主人様、行って参ります」

 

朱里に最後に合図の確認をした愛紗は、そう言って一刀に目礼した。

そのままいこうとする愛紗。

しかし一刀はこれまで短いながらも一緒にいた経験から、愛紗の表情にどこかバツの悪さが浮かんでいるのを見て取った。

愛紗はさっき公孫軍にいる一刀の友達が女なのではないかと勘ぐった。それを恥ずかしく思ってなんとか将としての体面を保とうとしているのが丸分かりのそんな表情だった愛紗を、一刀は黙って手を掴む事で止める。

 

「?ご主人様?」

 

何故止められたのか分からない。そんな不思議そうな表情で振り返った愛紗を、一刀は真剣な表情で正面から見据える。

 

「愛紗……気をつけて。無事に戻ってきてくれよ?」

 

「?!……ご、ご主人様……」

 

振り返った愛紗をしっかりと目を合わせ、両手を優しく包み込む一刀。

その真剣な表情に愛紗は初めこそ真っ赤になって眼を見開いていたが、すぐに嬉しそうに目を細め、頬を緩ませる。

 

「有難きお言葉。…………それでは、行って参ります」

 

最後に少しだけ包まれた手に力を籠めた愛紗。

それに一刀もぎゅっと力を籠めて返すと、ゆっくりとその手を開いて愛紗の手を離した。

互いに見つめ合い、そして頷きあってから今度こそ愛紗はその場を離れた。

それを見送って振り向くと、そこには不貞腐れたような表情の女の子が二人。

 

「愛紗ばっかりずるいのだー!」

 

「むぅぅぅぅぅぅ……」

 

ストレートに不満をぶつけてくる子と、視線と態度でその子以上の不満を隠そうともしないもう一人を見て一刀は疲れたようなため息を漏らして呟いた。

 

「一弦……俺そっちいってもいいかなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛紗が隊列を整えて本陣を出ようとしていた丁度その時、白蓮と一弦は全軍を引き連れて丘の裏側を進軍していた。本来なら本陣においてくる泉も一緒にいる、まさに全軍をあげての進軍だった。

 

「話聞いたけど、一弦君ホントによかったのん?」

 

進軍中は白蓮や一弦達と一緒にいる泉はそう言って首を傾げるようにして一弦の顔を覗き込もうとする。

全員馬に乗っているため普段のようにしなだれかかったりといった露骨なまねは出来ない分、泉はわざと前に回りこんでそのポーズをとって見せた。前かがみにならざるを得ないその状態は、ただでさえ馬上だった為にゆれていたそのたわわな胸をさらに強調させる。

 

「よ、よかったって……何が、です?」

 

それを直視してしまって慌てて目線を泉の胸から逸らした一弦は、少し照れたように頬を染めながら聞き返した。

そんな態度に妖しげに微笑んだ泉だったが、

 

「さっさと話を進めたらどうだ、泉?」

 

「さ、白蓮ちゃん……い、いやねぇ。ちょ、ちょっとからかっただけじゃないのん♪」

 

一弦のとなりから泉のしている事を一部始終はっきりと見ていた白蓮から人でも殺せそうなほど鋭い視線を受けて思わず頬を引きつらせる。

 

「だ、だからねん、一弦君。前にも聞いたけど折角お友達と会えたのに……ろくにお話も出来なかったんでしょお?」

 

気を取り直して普通の体勢で聞きなおした泉。

 

「いいんですよ……一刀は僕の事、分かってくれてます。今は……僕は白蓮さんを護るための弓、ですから」

 

「か、一弦?!そ、そんなこっぱずかしい事よく何度も何度も真顔で言えるなっ?!」

 

「照れくさいのは、事実です。でも嘘では……ありませんから」

 

よく見ると確かに頬が少し赤い。

 

「わ、分かったよ!オレだって嫌ってわけじゃないんだ」

 

「素直に嬉しいって言ったらどうなのよん、白蓮ちゃん♪」

 

「う、うるさい!そ、そんなことより一弦。お前あの天の御遣い、北郷一刀だったな。アイツとどんな関係なんだ?ただの友達ってわけじゃないんだろ?」

 

折角テレていたのも馬鹿らしくなってきたところだったのに泉にいじられてまた赤面してしまったのを誤魔化すように強引に話を変えようとする白蓮。

 

「僕と一刀、ですか。……少しだけ……お話しましょうか?」

 

しかしそんな白蓮の思惑を知ってか知らないでか、一弦はそう言って二人に微笑んでみせた。

いつもどおりの口元だけしか見えないそんな笑みだったが、そんな笑みをみて白蓮と泉は心から安心する。

二人とも一弦の意思はもう聞いていたものの、やはり気が気でなかったのだ。ただでさえここは一弦の世界とは別世界。一弦からしてみれば異世界で、それまでの生活が一変してしまった一弦がもし友達、一刀とあったら気が変わってしまうのではないかと。

しかし二人の目の前の一弦はそんな素振りなど全く見せず、相変わらず隠れた目元がどんな表情を見せているのかも分からないがたしかに見慣れた笑みを見せてくれた。

 

「そうだな。ただ黙々と敵の後ろ目指すってのも退屈だし、相手は統率なんか全く執れてねぇ黄巾党だ。別働隊だの伏兵だのの確率はほとんどないだろ。それになにより天の国の話、私も一度詳しく聞いてみたかった」

 

そう言って兵に周囲の警戒するように言い渡してから聴きの態勢に入る白蓮。

先ほどまでの太守としての表情とは違い、今は完全に普通の女の子のそれになっている。

 

「一弦君みたいな男の子の過去ってなんか不思議な魅力があるわよねん♪こいっちゃなんだけど一弦君、ちょっと気が弱そうなところがあるけど白蓮ちゃんよりずっと大人びてるもん♪」

 

そのたわわな胸を惜しげもなく揺らしながら白蓮の反対側に回り込んで一弦のとなりを陣取る泉。意識するようにジト目で見てくる白蓮に余裕の笑みで返して挑発している。

しかし一弦は、そんな二人の牽制のしあいにもまったく気付かずに真っ直ぐ前を見たままでゆっくりと口を開いた。

 

「元々僕の家は、北郷の家の人間を補佐する家に生まれて…………そのために弓を、仕込まれました」

 

そして一弦はいつもの口調でゆっくりと語る。

気の弱かった一弦にとって殺人の道具でしかない弓と、その為の業でしかないものを仕込まれる苦痛。

それなのに、押し付けられているだけのはずなのに他の誰よりも強くなっていってしまう自分。

そんな自分に向けられる羨望と、そして畏怖の眼差し。

そしてそれによって段々と感情と表情をなくしていってしまったこと。

 

「その頃になると……もう人から向けられる感情の違いなんて、分かりませんでした。因縁をつけられて、でもそれに何も言い返さない僕は……彼らにとっていい捌け口だったんです」

 

「「……一弦(君)……」」

 

その話の内容に思わずもういいと止めようと声をあげる二人。

しかし一弦のほうに顔をむけたとき、そんな考えは霧散してしまう。

一弦の口元は小さく微笑んでいたのだ。自嘲気味な笑みでもなく、ただ穏やかに。

 

「そんな時、でした。いつもどおりただ罵倒されるがままだった僕の代わりに…………相手に喧嘩をしかけた子がいたんです」

 

「……それが……」

 

「はい。それが……北郷一刀でした。元々僕達のやっていた“弓”は、元々北郷の剣を凌ぐものでしたから……当然喧嘩にもならなかったんですけど」

 

「それで?お前はどうしたんだ?」

 

「やっぱやっつけちゃったんでしょお?」

 

「いえ、あ、まぁ結果的には…………でも僕は最初、何も出来なかったんです。混乱してしまって。でもそんな僕に一刀が言ったんです。“お前は俺の弓だろっ!”って」

 

そしてそれを聞いて驚いたのは、以外にもそれまで一刀を殴っていた連中だった。

まさか自分達が殴っている相手は自分達が仕えるべき北郷の人間だとは思っても見なかったのだ。

そしてその言葉に誰よりも早く反応したのが一弦。

それまで言われるがままだったのが嘘のように、一弦はただ一刀をその場から救い出す為に相手を全員叩き伏せた。

それから北郷と嶋都の家は大変だった。

まずそれまで嶋都の直系の人間であった一弦に門下の人間が手を出していた事。そしてそれを見て助けに入ったのが北郷の直系である一刀であり、その一刀に嶋都門下の人間が暴行を加えた事。最後に、その門下の人間全員が一弦によって叩き伏せられて両腕を折られていること。

話の落としどころの難しい問題だった。

裁くべき候補は二つ。一つは北郷の人間に手を上げた門下生達。そしてもう一つはその門下生達の両腕を残らず折った一弦。

処分に迷っていたとき、そこに飛び込んだのは一刀だった。

無気力な目の一弦の腕を引いて現れた一刀は、両家の重鎮達が揃ったその場所で宣言したのだ。

 

「コイツは俺の付き人にしてもらいたい」

 

その一言でその問題は解決をみた。

元々嶋都でも持て余していた一弦が北郷の直系の付き人として選ばれたのだから嶋都家のほうから不満があがる筈もなく、北郷のほうでもそのやり方こそ問題はあったが同門相手に圧倒的な強さを見せた一刀と同い年の少年はまさにうってつけ。結局一刀のその要望は聞き届けられ、一弦はその日から一刀の付き人として時間を共にすることになった。

 

「それから暫く、大変でした。一刀は……凄く芯が強くて間違っていると思った事は、はっきりそう言ってのけるし。それに元々一刀は凄く……楽しい性格で、塞いでた僕を引っ張りあげるように…………。それで段々と、今の僕になったというわけです」

 

「……そうか……」

 

「いろいろ大変だったのねん」

 

饒舌に、というわけではなかったが一弦は一人で語り続けていた。

思っていた以上に思い過去だったが、それでも一弦は全く辛そうではない。おそらくそれほどに一刀とであったことが一弦にとって救いになっていたのだろう。

 

「まぁ……今は苦労させられっぱなしで、いい加減そろそろ解放してほしいですけど」

 

そう言って小さく笑い声を上げる一弦は、本当に楽しそうだった。

 

「まぁあたしも今一弦君と白蓮ちゃんの面倒みるのは苦労してるけどねん♪」

 

「あの……どちらかというと苦労してるのは僕、です。しかも泉さん限定で」

 

「あ、ひっどぉ〜い一弦君。おね〜さんが普段どれだけ一弦君を誘惑しようと苦労してるか……」

 

「そ、そんな苦労はその辺に捨ててきてくださいよ」

 

おそらく本人は気にしていなくてもその話自体の重さに気を使ったのだろう。いつものように一弦をからかっているのか本当に誘っているのか判断のつかないような態度をとる泉。

そして白蓮は今の話で何故自分が一弦を気にしているのか分かったような気がしていた。

公孫賛伯珪という人物は、家こそ豪族だったが生母の身分が低かった為、一族の人間からは蔑まれて育った。しかし白蓮はそれをばねにして何事にも打ち込んでいった。その甲斐あってそれまで彼女を蔑んできた一族の誰よりも強く、賢く成長した白蓮は、その美貌も助けてどんどんと地位を登って行き、そしてついには太守という立場にまで上り詰めたのだ。

 

「なんとなく、似てるんだな……」

 

そう。一弦と白蓮は小さな違いこそあれ歩んできた道が似ていたのだ。

才能と性格に踊らされて家や門下の人間から疎まれていた一弦。

生母の身分ゆえに蔑まれた白蓮。

しかし二人とも能力が図抜けていたのは同じ。

そして一弦はそんな状況にいて塞ぎこんでしまった心を一刀に救われ、白蓮は自分の能力をかってくれる人達の助けによって今の地位にいる。

似たような境遇で、自分を理解してくれる人達によって今がある二人は確かに似た同士なのかもしれない。

 

「だから……安心するのかな……」

 

「なぁに〜白蓮ちゃん。一弦君といると安心するのぉ〜?」

 

「なっ?!せ、泉お前いつの間に?!」

 

「そんな事はど〜でもいいのよん白蓮ちゃん♪それよりちゃんと聞かせてもらおうかしらん♪」

 

少し昔を思い出している間に泉はからかう対象を白蓮に切り替えたらしい。

 

「ちょ、一弦?!た、助けろ!」

 

思わず一弦に助けを求めた白蓮だったが、当の本人はやっと解放されたという安心からか苦笑しながら、

 

「ごめんなさい」

 

と潔く謝った。

 

「お、お前って奴は!」

 

「観念しなさい白蓮ちゃん♪ちゃんと初めては一弦君に……」

 

「わーわーわー!!!!なに口走ってんだ泉!ってか何する気なんだお前?!」

 

「えっとぉ〜……緊張感を解してあげようと」

 

「とか言いつつお前確実に違うもん解そうとしてるだろっ?!」

 

「え〜?違うところってどこよぉ〜?泉さん分かんないわん♪」

 

確実に進軍を続けながら、しかしとてもこれから戦場に向かおうとしているとは思えないような声をあげつつ、公孫軍はしかし確実に戦地へと向かっていた。

そして暫くして、野蛮な怒号が響き渡った。

それを聞いた白蓮達はじゃれ合いを止める。

一弦、泉と視線を交わした白蓮は二人に向かって頷いて見せると自軍を振り返る。

 

「始まったぞ!私達も一刻も早く戦地へ!北郷軍を助けるぞ!!!!」

 

 

 

 


あとがき

 

前回のあとがきでいったとおりに迷ってましたw

結局両サイドバランスよくやってみようと言うことで、今回は出撃までを一話にして。

次回で戦闘が終わり、あわよくばメンマさんの旅立ちまでをまとめようと思っていますが、そのへんどうなるかわからないのがアインクオリティーということでよしなにww

それにしてもこの構図は結構公孫軍のほうを持て余しますね。

そもそも一刀達が戦ってる間も公孫軍はひたすら黄巾党の後ろ目指して進軍してただけなので、その間のこと書こうにもそもそもどうすりゃいいのさってな感じで。

結局この時間を利用して白蓮と泉に一弦の過去話ってことで落ち着きました。実際まだ詳しく書いたりはしてなかったので。ま、そんな感じで。

さて、次回はいよいよ愛紗と星の最大の見せ場がやって参ります(まだ序盤なのに最大のってw

愛紗達がカッコよく戦っているその裏側で白蓮と一弦がどう戦っているか。そんなところがきちんとかければと思っております〜。





語られる一弦の過去。
美姫 「結構シリアスなはずなのに、その後の泉のお陰で明るく」
空気も一転し過ぎのような気もするけれど、いよいよ次回は黄巾党とぶつかる!
美姫 「次回も楽しみにしてますね〜」
待ってます。



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