恋姫†無双戯曲 −導きの刀と漆黒の弓−

 

第七話 −それぞれの戦い−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか雄壮だな」

 

笑いながらそう呟いたのは、本陣を一人飛び出した星。

彼女の目の前には、もはやそれ以外のものはなにもうつらないのではないかと言うくらいの黄巾党の大群。その数は実に二万五千。そしてそれに対峙しているのは槍一振りの星ただ一人。短い期間ながら自分の背中を、そして命運を預けていた友人達は、もう星の隣にはいない。

二万五千の大群と対峙しても恐れを欠片も見せない星だったが、唯一今彼女の脳裏をかけるのは仲違いするような形で出てきた戦友達の顔だった。

気さくでお人良し。それでいてきちんと一本筋のとおっている領主としての顔と、気持ちを上手く伝えられず、どうしたらいいのかきちんと分かっていないあどけない少女としての内面を持ち合わせた自分の、臨時ではあるが始めての主人、公孫賛伯珪、いや白蓮。

そんな白蓮と戦場では常に付かず離れずの距離を保ち、その絶妙な距離感をもっているのに普段は接近されすぎてうろたえ気味な天の御使いの友人を名乗る不思議な魅力を持つ性別不詳気味な少年、嶋都一弦。

そしてそんな二人を表向きはからかいながら、しかしその実誰よりも暖かく見守り続けていた白蓮の領地の客人医師であり、そして星自身も妹のように扱ってくれた妙齢の美女、泉。華佗元化というのは完全に医者としての名前となってしまっていた。

 

「ふっ……縁起でもない。これではまるで私はもう白蓮殿達とは会えないと自分で言っているようなものではないか」

 

自嘲気味にそう言って笑った星は一度目を閉じ、そしてまたゆっくりと開く。

そこにはもうさっきまで友人達の顔が浮かんでいた少女はなく、まるで彼女の代わりとでも言うかのような豹変を遂げた星が、その口元に嬉しそうな笑みを浮かべていた。

今までの頭の中の事を全て封印し、彼女達に出会う前の弱き人々を護る為に被ってきた修羅の仮面を再び被る。

浮かび上がる感情はただひたすら歓喜。

目の前の賊共を相手に、己が武勇を発揮できる絶好の場を得た事による歓喜のみ。

彼女に気付き、怒号と共に迫りくる黄巾党の、地鳴りと表現するのも最早生易しい轟音の如き足音は、彼女の耳には自分を舞台上に呼ぶ観客の喝采にしか聞こえない。

そんな仮面を被り、それでもなお隠し切れない友達への気持ちをそんな浮き上がらせた感情でさらに包み隠して星は声を張り上げた。

 

趙子龍、今より歴史に向かいこの名を高らかに名乗りあげてみせようぞ!」

 

その声は怒号をあげ、轟音を響かせる二万五千の賊にも響き渡る。

そして星は手の槍を掲げ、そして舞う。

星にとって一番古い付き合いの、白蓮達に出会うまでの彼女にとっては唯一の戦友であるその愛槍を手に星が見せるその舞は勇壮で華麗でもあり、繊細さと大胆さを兼ね備えている。

そんな星が愛槍を振るうたびに鳴る風斬り音と、舞う星自身が大地を踏み鳴らす音、そして彼女の真っ白い着物の風になびきはためく音はそれぞれ彼女の舞に音色を与え、そして突き刺すような日差しは彼女の純白の衣装に反射して舞をより神々しいものとする。

しかしそんな舞も、迫り来る獣には所詮理解の及ばないもの。

獣に出来るのはその理解の及ばぬ神々しさに得体の知れない恐怖を感じ取り、その足の進みを鈍らせる事だけ。

 

「ふっ……たった一人を相手に怯みをみせるか。 やはり群れたところでクズはクズ、か」

 

そんな相手の様子を星が見逃すはずも無く、それを嘲笑して彼女は舞を止めた。相手に槍を真っ直ぐに向けて。

そんな明らかな挑発に、獣共は気付いて気色ばむ。

先ほどまで感じていた明らかな恐怖をすっかり頭から消し去り、そして普段の凶暴で下衆な瞳の輝きを呼び戻す。

目の前の女をありとあらゆる形で陵辱すべくその光と再び宿した賊共が、再びその速度を上げ始める。

 

「美を解さぬ下衆どもが。我が槍にひれ伏し、蒼き空を穢した罪を詫びるがよい!」

 

しかし星はそんな賊共の存在すら否定し、罵倒する。 そして断罪すべく、手の槍を脇に構えてゆっくりと、力を溜めるように状態を沈めていく。

そして――星は一気にその闘気を解放した――

ゆっくりと息を吐きだし、そして――

 

「常山の昇り竜、趙子龍! 悪逆無道の匪賊より困窮する庶人を守るために貴様達を討つ! 悪行重ねる下衆どもよ! 我が槍を正義の鉄槌と心得よ!」

 

その美しい容姿とうらはらな猛々しい名乗りを上げ、その声を持って再び獣の“群れ”を威圧し、

 

「いざ――――参るっ!」

 

地面を力強く蹴った。

滑空するように、彼女は押し寄せる大群に一人立ち向かう。

彼女自身の武を信じ、そしてこの戦いが彼女が求める結果をもたらすと信じて。

 

「はぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 

彼女は、白き死神となって断罪の槍を手に獣の群れに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、俺達も準備を始めよう」

 

愛紗を送り出してすぐ、一刀は鈴々と朱里に声をかけ――

 

「鈴々にお任せなのだ〜!」

 

たと同時に鈴々が猛スピードで走っていった。

愛紗に突撃の任務をとられてウズウズしていたのか、それとも何か別の気持ちがあったのか。とにかく鈴々は間違いなく一刀にいいところを見せようと勢い込んでいた。

そんな鈴々の様子を、兄に褒めてほしい妹のようなものと解釈して微笑ましげにみている一刀。将としての実力は超一流でもやはり鈴々はまだ子供なのだと確認できた事が嬉しいのか、彼の顔には戦前にも関わらず穏やかな笑みが浮かんでいた。

そしてそんな一刀と意図せず二人きりになった朱里。

初めは朱里もまた、鈴々と同じく面白くない気持ちでちょっとむくれていた。理由はもはや言わずもがな。

しかし予期せぬ二人きりの時間にすぐに、

 

「あの、ご主人様。お話をお聞きしてもよろしいですか?」

 

と邪魔が入らないうちに声をかける。

一刀の性格上、これで緊急の要件以外は朱里を尊重してくれる。そんな朱里ならではの考えが働いている。

 

「ああ、なに? ってそういえば朱里、ありがとうな」

 

「……ふぇ?」

 

「愛紗にちゃんと一弦が男だって言ってくれただろ? なんか知らないけど愛紗、すっごい殺気だってたからさ。ちゃんと言ってくれて助かったよ」

 

そう言って一刀が朱里の頭を軽く叩くように撫でる。

気持ち良さそうに目を細めながらずれた帽子を押さえる朱里。

適当な場所まで移動して腰を下ろした二人。

 

「で、話って?」

 

一刀に促されて改めて彼の顔を見る朱里。

そして何かを決心するように小さく両手をぎゅっと握ると、

 

「あの……ひょっとしてご主人様、無理をなさってませんか?」

 

と真っ直ぐに一刀の目を見て言い放った。

朱里のそんな真剣な瞳に思わず笑って誤魔化すことが出来なくなってしまう。

 

「……どうして?」

 

変わりに出てきたそんな言葉。意図せずしてそれはどこか突き放すような冷たさをもっていた。

ビクッと身を震わせる朱里。

怒らせてしまったんではないか。嫌われてしまうんじゃないか。

そんな不安が頭を過ぎって瞳に一瞬不安が過ぎる。しかし、

 

「だって……ご主人様、辛そうです」

 

朱里はもう一度、真っ直ぐに見返した。その瞳に今度は明確な彼女の感情、すなわち不安を宿して。

出会ってまだ間もないが、傍で何度も彼を助けてくれた軍師のそんな不安そうな瞳に、一刀は一瞬言葉をなくす。今目の前にいるのはいつもの軍師というだけではなく、ただの少女の一面も持ち合わせた女の子なのだと改めて理解させられる一刀。

そんな少女に一刀は、

 

「……辛いさ」

 

と本音を漏らす。

 

「辛いよ、それは。 俺は自分一人じゃ何も出来ない。そもそもこの世界に放り出されたところを愛紗と鈴々に拾われて、彼女達にその恩を返す為にここにこうしているんだ」

 

それは朱里ももうすでに聞いていた。一刀は天の御使いではないかもしれない、と。

しかし愛紗と鈴々はそんな一刀自身の人としての有り方に、一刀は自分達の主人で間違いないと確信していた。たとえ天の御使いであろうとなかろうと、自分達の主人は一刀しかいないと。

そして朱里はというと、天の御使いという肩書きを初めからそれほど重視していない。

彼女はそもそも世の中の役に立ちたくて世に飛び出し、そしてその際に天の御使い光臨の話を聞いてはいたものの、それだけで盲目的に仲間になろうとするほど愚鈍ではない。

彼女はきちんとその後一刀達が治める街での善政の話などもすべて考慮し、この人ならと啄県に向かっていたのだ。途中の街で黄巾党に襲われるという予想外の出来事も、彼女にとっては北郷一刀という人物を見極めるという意味ではこれ以上ないものとなり、彼女はその場で一刀に仕えた事は間違いではなかったと確信していた。

しかし、

 

「なのに俺に出来るのは起こる全て、死んでいく人達の姿を安全な所からこの両目に、頭に刻み込む事しかできないんだ。今回だって女の子の愛紗を危険な任務に送り出すことしか出来ないし、兵の動かし方だって朱里に頼る事しかできない」

 

一刀は堰を切ったように自分の中に抱え込んでいた想いを打ち明ける。

それは県令として祭り上げられた一人の戦を知らない少年の本当の心の内。

朱里はそれをただ黙って聞いている事しかできない。

 

「それに……一弦がこっちに飛ばされてた。向こうで俺を助けようとして割り込んだばっかりに一弦まで巻き込んで……しかもアイツはちゃんと闘ってる。アイツは俺と違ってちゃんと闘えるんだ。…………ははっ…………そうか。俺は、悔しいのか」

 

「…………え?」

 

「俺は、悔しいんだ。一弦は闘ってるから。公孫賛のとなりで、彼女を護る為に闘えるアイツが、俺は羨ましいんだ。だから自分にその力がない事が悔しくてしょうがないんだ」

 

自嘲気味に笑う一刀。片手は目元を覆うように添え、もう片手は、

 

「…………ご、ご主人様?!」

 

血が滴るほど強く握りこんでいた。

慌てて一刀の手をとって拳を開かせる朱里。自分でも気が付いていなかったのか一刀はその爪が食い込んで紫に変色した掌を暫く唖然と眺めていた。

慌てながら、たどたどしい手つきで応急措置をする朱里の小さな手に一刀の視線が移り、そしてその視線はやがて彼女の横顔に移る。

必死だった。

その表情はただ必死で、一刀の手の出血を止めて痛みを和らげようと慣れない作業を奮闘するまだ幼さの残る少女の表情だった。

 

「ご主人様は、闘っていらっしゃいます」

 

「…………え?」

 

朱里は手当てを続けながら口を開いた。

 

「ご主人様の存在は、愛紗さんや鈴々ちゃん、そして私の心を軽くしてくださいます。目的が何であれ戦場では自分の命を護る為に相手を殺さなきゃいけない兵の人達や愛紗さん、鈴々ちゃんにとってご主人様は、一緒に殺してしまった人達の命を背負ってくださっている大切な人なんです。自分では手を下していない。命の瀬戸際でもない所から確かに一緒になって殺してしまった命を背負ってくださる。そして死んでいった仲間を偲んでくださる。そんな貴方を闘っていないなんて、ここにいる誰もいいませんっ!………………?!」

 

手当てに集中していた所為か普段より饒舌になっていた朱里。

最後は興奮して声が大きくなってしまう。

 

「朱里…………あれ? 朱里?」

 

自分のためにそこまで言ってくれる朱里に礼を言おうとした一刀は、そこで手当ての為に巻かれた布に雫のようなものが落ちているのに気がついた。

朱里の涙だった。

手当てが終わった一刀の手を掴んだまま、朱里は黙って肩を震わせて涙を流していた。

 

「私だって……私だって、ご主人様が一緒にいてくださらなかったら…………」

 

そう。朱里は立場的には一刀にとても近い。彼女もまた闘う力を持たず、ただ兵達に策を授けて少しでも犠牲を減らすことでしか力になれない。場合によっては自分の策の犠牲になってしまう人達もいるのだ。そんな朱里にとって一刀は自分の気持ちを一番理解してくれるだろう人であり、また彼女にとっても命を一緒に背負ってくれる、一緒に闘ってくれる人なのだ。

そんな一刀がここで折れてしまったら、もう誰も闘えなくなってしまう。自分達は縋る者を無くしてしまう。一刀は、一刀の見せる覚悟は愛紗、鈴々、朱里、そして軍の、街の皆の支えなのだ。それを必死に、涙を流してうったえる朱里。

 

「だから……ご主人様はそのままでいいんです。そのままで……私達と一緒に闘ってください……」

 

一刀の腕にすがり付く朱里。手当てした傷にも構わずに、必死に一刀を繋ぎとめる。

そして一刀もまた、そんな朱里に心を打たれていた。

結局の所一刀が望んだのは男としての一刀自身の小さな意地。

自分が闘わずに女の子を戦わせているという意識が一刀を攻め立てていた。しかし一刀は忘れていた。彼女達は皆、戦士であるということを。彼女達に戦うなというのは彼女達の志を汚すものだということを。

そして思い出した。一刀が愛紗達と初めて戦に出た時に自分に誓った事を。一刀は死んでいった敵味方全てを、自分が引き起こした結果と心に刻み付けた。それが自分に出来る唯一の闘い方だと。

 

「……欲張りすぎたみたいだ、俺……」

 

「……? ご主人様?」

 

朱里が顔を上げる。

彼女の瞳に移った一刀は、いつもの優しい笑みを浮かべていた。

 

「俺、一弦にあって欲張っちゃったみたいだ。ゴメンな、朱里。心配かけて」

 

すがり付いている朱里の頭を、一刀は軽く撫でる。

 

「俺は愛紗や鈴々、朱里、そして俺達と同じ気持ちで一緒に闘ってくれてる人達と一緒に超えてきた屍と、亡くした仲間を背負う。それが、俺の戦いだ。もう二度と欲張らない。俺には俺に与えられた役割と戦いがある。もう二度と、忘れないよ」

 

「……はい」

 

そして一刀はもう一度、軽く叩くように朱里の頭に手を置いてから立ち上がる。その目にはもういつもの優しい輝きが戻っていた。

 

「おにーちゃん、朱里! 準備整ったのだ! 旗の数も万全! いつでもいけるのだ!」

 

そこに丁度鈴々が戻ってきた。両手をブンブン振りながら一刀に駆け寄り、偉いでしょ?と無邪気な笑顔を一刀に向ける。

 

「……おしっ! ご苦労さん鈴々!」

 

一刀はそんな鈴々の頭を少し乱暴にかき混ぜるように撫でる。

鈴々は少し困った顔をしてうにゃあと声をあげるが、嫌がる様子はない。

隣では朱里が楽しそうに微笑んでいる。

そんな二人の頭をもう一度両手で撫でる一刀。まるでそこにいる二人を確認するように。

そして一刀はその優しげな笑みを引っ込め、県令としての顔に戻る。全ての覚悟を決めたその顔に。

 

「よしっ! 愛紗を助けにいくぞっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい経っただろう?

星はまだ一人、血濡れの愛槍を振るい続けていた。

彼女の周りには死体の山が積みあがり、もはやそれは小さな丘となって彼女を四方から囲うようにそびえ始めていた。

 

「ええいっ!」

 

そんな仲間の死骸の丘を登り、そして彼女をその一部とせんとする賊共を、彼女はそれでもなおその槍をもって屠り続ける。

死の丘は星の腰の高さ以上まで積みあがり、彼女に許された数歩分の地面の上で彼女はただひたすら、その命尽きる時までと覚悟を決めて死を積み上げる。

そう遠くない未来に彼女がその一部となる可能性を理解してなお、彼女は最後の一時まで諦めない。

折れそうな心にほんの少しの間だけだったが確実に自分が戦友と認めた二人の、そして自分を妹のように思ってくれていた一人の顔を思い浮かべて、星は諦めを振り払う。

もう鈍ってしまっている槍を無理矢理振るう。

誤解されていてもいい。ただ兵達の為、如いては白蓮達の為に、彼女は暴走とみなされる行動をとったつもりだった。

不安に押しつぶされそうになっている兵達を助けなければならない。白蓮に無理矢理にでも軍を動かさせなければならない。相手は黄巾党。しかも統率など取れてもいない。正規の軍である白蓮達の兵に、北郷の軍が力を合わせればたいした策を弄さずとも勝てるはずだ。そんな思いが彼女を焦らせ、あの軍議の場であの行動を取らせた。

しかし白蓮は優しすぎた。

彼女は確実に勝てるからこそより犠牲の少ない方法を取ろうとした。

それは間違いではない。むしろ将としては白蓮が正しく、星は明らかに間違っていた。

しかしそんな理屈では語れない、兵と共にある星だからこその気持ちがある。星はあの場の誰よりも近くで、長い時間兵達と共に過ごしていた。彼女はずっと不安に押しつぶされそうになっている兵達を見続けていたのだ。勝てないと分かっていてただ耐え忍ぶ戦いに疲弊し、じわじわと傷つき減っていく仲間の姿をみて次は自分の番かもしれないという恐怖と戦わなければならない兵の気持ちを、星は一人その場にいた将として見続けていた。

だから動かざるをえなかったのだ。動かなければ皆の、自分が始めて預かった自分の部下達の心が折れてしまうから。たとえ次の戦いで死ぬことになっても、それが最後だとわかっていれば不安は激減する。軍議で策を練っている間にも不安に苦しむ兵が大勢いることに、星はもう我慢できなかったのだ。

しかしそんな星もやはり一人の人間。

もう胸の高さまで積みあがった死体の丘の中心で、彼女は自分に限界がきはじめていることを悟る。しかし、そんな時だった。

 

「北郷軍の勇士たちよ! 今こそ我らの力を天下に見せつけるのだ!」

 

そんな弱音など吹き飛ばさんばかりの凛とした美声が星の耳に届いた。

 

「全軍突撃する! 命を惜しむな! 名を惜しめ! 我らは天に守られた誇り高き天兵なり!」

 

その声の主は星の後方から敵を暴風のように吹き飛ばしながら近づいてくる。

新たな敵の出現に浮き足立つ暴徒達と、呆気に取られて思わず呆けて見入ってしまう星。

 

「……どういうことだ? これは……」

 

理解できないとばかりに首を捻る星の元に、美しい黒髪をなびかせながら立つ少女。

 

「……全く。少しはやり方というものも考えてもらいたい」

 

星と合流して開口一番溜め息交じりにそう吐き出した黒髪の少女。

 

「ふむ……? その青龍刀……お主、もしや武勇の誉れ高き関雲長殿か?」

 

それは一刀の願いどおりに星を助けに部隊を率いた愛紗だった。

星の問いに肯定の返事を返した愛紗は、自分か一刀に言われて星を助けに来た事を告げる。

しかし星はというと、事態がいまだ把握しきれない。何故暴走した星を北郷が助けに来るのか。

星の頭では、彼女の暴走は軍議を早めるためのものだった。

一度星が黄巾党を動かしてしまえば悠長な事は言っていられなくなる。そうすれば白蓮と北郷は一緒に黄巾党を急いで潰しにかかるはず、だったのだが、実際は何故か星の予想より遥かに早く、しかも北郷の軍の一部が、星を助けに来ている。訳が分からない。

そんな星を愛紗は動く事を渋っていると判断したのか、一刀から託された言葉を伝える。

 

「我が主、北郷一刀様より貴方に言伝だ。“皆、分かっている”だそうだ」

 

それを聞いた瞬間、星ははっと顔を上げる。

 

「我が主より、ご友人の一弦殿と申される方が公孫賛殿と話していたお主が一人飛び出た理由を聞いた。皆お主の気持ちは分かっている。お主の主人も、仲間も、皆」

 

「……ははっ……見透かされていたか…………まったく一弦殿は……本当にわからん」

 

「その一弦殿は今公孫賛殿と一緒に軍を連れてこいつ等の裏手に回っている。ここで両軍力を合わせて一網打尽にする。…………手を貸していただけるか?」

 

星の瞳に浮かんだ涙に、愛紗は気付いていたのだろう。

自愛に満ちた優しい微笑みで、彼女は星に問う。

そして星はいつの間にか浮かんだ涙を袖で拭い、

 

「無論だ。……心遣い、感謝する」

 

と微笑んだ。

先ほどまでの凄惨な笑みではなく、いつもの星の。白蓮や一弦をからかっていたいつもの星の笑みを。

 

「よし! では我らは暫くここで戦い、時を見て引いて先陣を釣ればよいのか?」

 

「?! そ、そうだが……お主よくわかったな?」

 

「当然だ。白蓮殿と一弦殿が裏手に回るという事は、我らが先陣を釣り、北郷のお味方がそれを包むように囲い、そして最後に蓋をする。それが良策だろう。お主達の軍師殿はなかなかのやり手らしい」

 

余裕の戻った星。

先ほどまでの鬼気迫るような死の舞を遠目からみていた愛紗は面食らってしまうが、やがてこれが本来の趙雲なのだろうと思い直す。

 

「では、しばしよろしく頼む。名高き関羽に背中を預けられるのならば、私も本気が出せるというモノだ」

 

「ふっ、頼もしいな」

 

「お互いな。しかし縁とはまこと奇なるものよ。私が始めて背中を預けるのは一弦殿だと思っていたが……」

 

「……私では不足か?」

 

「とんでもない。思いもよらぬ奇縁がもたらした幸運に感謝したいくらいだ。やはり一弦殿は白蓮…公孫賛殿のとなりにあってこそだからな」

 

「そうか……では参ろうか?」

 

愛紗の言葉に星はニヤリと微笑んで応える。

相変わらずの人をくった様な余裕の笑み。

 

「聞けぃ、下衆ども! 我が名は趙雲! この名を聞いてまだ恐れぬなら、我が命を奪ってみせよ!」

 

再び雄々しく名乗りを上げた趙雲は、どうだとばかりに愛紗に視線を向ける。

そして愛紗はその視線を受け、楽しげに笑うと、

 

「そして賊徒よ刮目せよ! 我が名は関羽! 天の御遣いにして北郷が一の家臣! 我が青龍刀を味わいたいものはかかってこい!」

 

と星に負けぬ猛々しさを感じさせる名乗りを上げた。

背中を合わせた二人の名乗りは、黄巾党にとっては死の宣告。

互いの隙を補うように二人は舞い、そして二人の舞台に上がろうとする無粋な客の血の雨を降らせる。

 

「どうした賊徒よ! 我はまだ健在ぞ! 我が命を脅かすものはおらんのかっ!」

 

「どうした! 下衆といえども男であろう! 我と思うものは名乗りを上げよ!」

 

二人の嘲りに応えられるものなどいない。

目の前の二人は彼らにとって抗えない死、そのもの。

そんな所に好き好んで飛び込むほど、彼らには度胸もなければ覚悟もなかった。

迫りくる形ある死に怯え竦む黄巾党を前に、愛紗は冷静に頃合を計る。

 

「そろそろ頃合いか────────

 

もう誰も挑みかかってこない敵をみて、これ以上するとヘタをすれば二人相手に逃げ出しかねない。愛紗がそんな限界を見て取った丁度その時、銅鑼の音が三度、戦場に響き渡った。

朱里の慧眼に内心舌を巻いた愛紗は、しかしそれをおくびにも出さずに星に声をかける。

 

「合図だ。趙雲殿、退くぞ!」

 

「応っ!」

 

そして二人は部隊を引き連れ、手筈どおりに反転した。

それを一瞬の躊躇ののち追いかけ始める黄巾党。おそらくあれだけやられたが二人の体力の限界が訪れたと判断しての追い討ちだろうが、その時点でもはや彼らは朱里の掌の上。

やがて見え始めた本郷本陣とその旗の数を見て取ったときには、彼らの勢いは自らに反転という選択肢を与えてはくれなかった。

 

「突出してくる敵を囲んで、ボッコボコにやっつけちゃうのだー! 皆鈴々に続けーーーっ!」

 

どこからか聞こえる幼い女の子の声に応じるように、北郷軍は広く展開して網のように黄巾党を包み込む。後ろに逃げ道が出来ている事が必死さを欠如させるというところまで、完全に朱里の読みどおりだった。

 

「よし、趙雲殿! このまま公孫賛殿達が来るまで持ちこたえるぞ!」

 

「承知! 白蓮殿を待たずともこのまま押しつぶしてくれる!」

 

「……程ほどに、な?」

 

自分を信じて動いてくれた白蓮達と、そんな白蓮達を言葉のみで信じて動いてくれた北郷軍。そんな味方をつけて完全に復活した趙雲はもう止まらない。

さすがに呆れの混じった声をあげた愛紗に星は悪戯に微笑んでみせる。自分はもう大丈夫だという意思表示と、この危険がないとは到底いえない状況で自分を助けに出てきてくれた愛紗への感謝を改めて伝える為に。

そしてそこからは星、愛紗に鈴々も交えた粛清の嵐。

三人の周りには常に黒い塊が絶え間なく空中を飛ぶ。

しかしいくら三人の力が抜きん出ていても、まだまだ数で圧倒的に負けている。

突出してきた敵を覆ったのも、いってみれば薄い膜のようなものだ。愛紗達三人だけでいつまでももたせられない。

 

「……公孫賛……一弦…………まだなのか?」

 

後ろから見ていても愛紗達の手の届かない場所が少しずつ綻び始めているのを感じ取る一刀。

 

「もう少し! もう少しだっ! 頼むっ! 皆、耐えてくれっ!!!!」

 

精一杯声を張り上げた一刀の声に応えるように奮戦してくれる兵達も、もうそろそろ限界が近づいている。

こんな戦いを一刀達が来るまでずっと続けていた公孫賛の兵達は、本当にもう限界だったんだろう。一刀の脳裏には今の自分達と同じような状態で闘い続ける公孫賛や一弦の姿が過ぎる。

そして自分を信じて闘ってくれる人達の姿を後ろから目に焼きつけ、脳裏に刻み込む。自分が倒れるその時まで続けると誓ったその一刀自身の戦いが、少しでも奮闘してくれている皆の力になれると信じて。

そんな時、待ちに待った報告が飛び込んだ。

 

「敵後方に砂塵と、白馬にまたがった騎兵の姿が!」

 

喜びに踊る心を抑えて一刀は確認する。

 

「旗はっ!?」

 

一度抱いた希望は裏切られれば二度と立ち直る事のできない絶望に変わるから。

完全に信じられるその言葉を聞くまで、一刀は心を押さえつける。

そして、

 

「公孫! お味方の援軍です!」

 

それを聞いた瞬間、一刀は愛紗達にも聞こえるように声を張り上げる。

 

「皆! 援軍が来た! 今から攻勢に移るっ! 最後の一押し、頑張ってくれっ! よろしく頼むっ!」

 

そんな一刀の声に呼応するようにどこからともなく上がる声の渦。皆が一刀の呼びかけに応えるように、己と仲間を奮い立たせる喚声を上げる。そしてそんな声を纏め上げるように、愛紗の一際凛とした美しい声が響き渡った。

 

「全軍突撃!!!!!!!!!」

 

 

 

 


あとがき

 

…………終わらなかったorz

一刀をカッコよく活躍させてあげたかったんですが、これが思った以上に楽しくて楽しくてw 気がついたらこんなに長くなってました。

今回のスポットは趙雲の暴走と一刀の悩み。

原作ではさらっと流されてしまった趙雲の暴走に、私は理由をつけるという形のアプローチをしてみました。彼女の性格とは少し違うかも知れませんが、こんな優しい一面があってもいいんじゃないかと思いやってみたのですが……。

そして一刀の悩み。

自分が闘う力を持っていないことに関する悩みは本編でも少し触れていましたが、一弦の存在によりそれをより強く感じてしまう感じをやってみようかな、と。男の子ですからね、一刀も。そんなにすんなり割り切って欲しくなかったのと、それなら一刀なりの戦いがあるんじゃないかって事で。まぁぶっちゃけ少し『踊る大捜査線』シリーズの室井さんの立場を応用させていただきましたw 上に立つ者の戦い方というのが、一刀に課せられたものということで。

というわけで今回はこのへんで〜♪




趙雲の勇ましい名乗り。
美姫 「このシーンは良いわよね〜」
うんうん。まあ、一人で飛び出したのは兎も角な。
美姫 「一刀と一弦が再会して、最初の戦い」
決着は次回へと持ち越しだけれど、果たしてどうなるか。
美姫 「次回も楽しみにしてます」
待っています。



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