恋姫†無双戯曲 －導きの刀と漆黒の弓－
第十三話 －汜水関の皇甫嵩－
「んで、どうすんの？ 賈駆っち」
時を少しさかのぼって。
華雄が董卓軍の軍議を一方的に打ち切って自分の好きなようにすると言って出て行ってしまった後、残された張遼はそう言って苦笑しながら賈駆に尋ねた。
しょうがないといった感じで肩を竦めている張遼に、賈駆のほうはというとかなり苛立った様子で口を開く。
「作戦は変わらないわ。汜水関は華雄に任せて、貴方と呂布は虎牢関。寄せ集めとはいえ相手のほうが兵の数は圧倒的に多いんだから、まともにやったら勝てるはずなんかないもの」
「さっき出て行ったんはまともにやろうとしとったみたいやけど？」
張遼の言葉に二の句の継げなくなる賈駆。
いくら彼女が優れた軍師だからと言って、従ってもらえなければ彼女の策には全く意味がなくなってしまうのだ。
暫く考え込むように顎に指を当てていた賈駆は、やがて疲れたような表情で顔を上げる。
「……しかたないわ。皇甫嵩……蘭華さんにいってもらう」
「……義真ちゃんに？」
「ええ。“奴等”の監視も、もうすぐ意味がなくなるでしょうから……蘭華さんは元々月の為にここにいるのであって、私達の軍の人間じゃないもの」
「……せやな。華雄に時間稼ぎだけ上手くさせてもろて、後は適当なところでとんずらしてもらおか」
賈駆の意図が読めた張遼は、そう言ってニカッと少年のように笑う。
賈駆も少しだけ表情を和らげて微笑んでそれに頷き、
「出来れば最後までこっちに残って月を護ってもらいたかったけど、このあたりが潮時か。 結構無理してもらったしね」
と、何処か安堵しているような口調。
「でも賈駆っち。とんずらゆーてもそう簡単やないよ？ なんせむこうには曹操んトコの夏侯惇、夏侯淵姉妹に孫権んトコの甘寧。袁紹んトコも、まぁ本人はただのアホやけど文醜と顔良の二枚看板は侮れんし、他にも錦馬超やら公孫賛やら粒ぞろいや。最後に参戦した北郷っちゅう奴んトコにもなんやら腕利きが集まっとるゆー話やし……」
「そうね。正直袁紹が居なかったら抵抗する気にもならないわ」
「せやろ？ たぶんあのアホが目立とうとしとるやろからある程度の時間稼ぎは楽に出来るやろけど、でも逃げるんやったら話は別や。コイツらのうちのどっかをブチ抜いてかんと逃げられんやろ？」
本来なら自分達と運命を共にする必要のない皇甫嵩をこんな形でしか逃がす事のできないのが悔しいのか、少々表情の優れない張遼。
彼女は本来自分の領地を近くに持っているだけの、しかも黄巾の乱では頭目張角の弟、張梁、張宝を討ち取るという大手柄をあげた、本来なら夏姉妹や甘寧と比較しても遜色ないほどの実力者なのだ。
将としての能力も高く、何処かの地を収めていてもおかしくないだけの知力や才覚、人望にも恵まれている。
多少ドジなのも愛嬌として好意的に取られ、いまだに彼女について行く兵は少なくないのだ。
そんな彼女を、いくら彼女自身が望んだ事とはいえ部下のように扱って、尚且つもう危ないというこの時に危険な逃げ道しか提示出来ない。
それを心苦しく思っていた張遼だったが、目の前の賈駆はそんな彼女を見て不敵に笑って見せた。
「……なんや？ なんか義真ちゃんが上手く逃げる方法でも思いついたん？」
「ま、ね」
「ホンマッ！？ いやぁさすが賈駆っち！ んで？ どうすんの？」
「確実じゃないわ。でも、これが一番危険度が低い」
そうして一段と声を低くして語りだした賈駆の“策”に、張遼はただただ唖然とするしかなかった。
「そないな方法……イチかバチかやよ？ 大丈夫なん義真ちゃん？」
冷や汗を流しながら笑う張遼に、賈駆は不敵に笑ってみせた。
「ええ……成功すれば蘭華さんは無傷で“逃げられる”わ。ふふっ……ふふふふふふっ」
そしてついに汜水関突破に向けて動き出した反董卓連合軍。
攻撃の要となる前曲には、曹操率いる魏軍と、孫権率いる呉軍。
左翼に馬騰、馬超親子ら涼州の連合軍を配置し、右翼には公孫賛の軍が配置され、自らを勝手に指導者とした袁紹は自分達の軍を本陣という名目で後曲に配置。そして元より人数が少ないというだけで戦力として計算に入れていない北郷軍をさらに後ろに配置した。
おそらく何もさせずに“干す”気なのだろう。
「全く、何考えてんだ本初の奴」
気が進まないといった表情でそう呟いたのは、右翼の大将である白蓮。
「要塞に正面突破かけるなんてアホのすることだろ」
「そうなんスか？ 一弦さん」
両隣でその呟きを聞いていた瑠那と一弦。
意味が分からずに首を傾げつつそう聞いてきた瑠那に、一弦は一瞬の躊躇の後、
「……多分……相手は当然上からも攻撃してくるし、こっちは壁に、文字通りぶつからないといけないんだから……」
と自信なさげに答える。
それもそのはず。いくら白蓮の背中を預かる身とはいえ、元々一弦は戦の将ではないのだ。それどころかこの戦乱の世の生まれですらない、表向きは平和だった時代の一少年でしかない。
弓の扱いに長けているという特異点こそあれ戦術や計略に長けているわけではない一弦は、それでも瑠那に問われて自分なりの答えを提示してみた。
「ま、そういう事。上からバンバン矢が飛んでくる石の壁に真正面からぶつかっていくなんてアホのする事ってこった。普通ならどうにかして壁の上の弓兵をどうにかする方法とか、とにかく少しでも楽に攻略出来る方法を考えるって」
どうやらさほど的外れというわけでもなかったらしい。
白蓮の説明が自分の考えと大体同じだった事にほっとする一弦。
そして瑠那はというと、
「へぇぇぇぇ。 白蓮ねぇも一弦さんもスゴイっスねぇ。あたいそんな事思いつきもしなかったっス」
とケラケラ笑いながら頭を掻いていた。
「んじゃ瑠那、お前ならどう攻める？」
「ん～……そうっスねぇ……正面で仲間に壁の上の奴らおちょくって気を惹いてもらって、その間にあたいと後何人かで壁に上って一人ずつ弓の奴等を倒すっス。で、その後門ブチ破って雪崩込む……スかねぇ？」
「「…………」」
「……へ？ どしたっス？ 白蓮ねぇ？ 一弦さん？ ま、まさか……あたいの策ってそんな呆れるほど駄目っスかっ！？」
瑠那の考えを聞き、口を半開きにして唖然とする白蓮と一弦を見た瑠那は、そんなに自分の策は衝撃的なのかとわたわた慌て始める。
「そ、そんなぁ！？ あたいこれでも元は盗賊っスよ！？ 一応“頭”っスよ！？ うわぁ～ん！ そんなに呆れられちゃもう仲間達に合わせる顔ないっスぅ～！ 馬鹿な“頭”で皆ゴメンっスよぉ～！」
「あ、いいいいいやそうじゃないっ！ そうじゃないから落ち着けっ！なっ！？」
仕舞いには自分の馬鹿さ加減を自分で嘆き始めて泣き出してしまった瑠那を、正気に戻った白蓮が慌てて宥めにかかる。
「そ、そうだよ瑠那ちゃん。とりあえず落ち着いて？ ね？」
一弦も加わり二人がかりで瑠那を間に挟んで両側から頭を撫でてやる。
すると、ぐしぐし目元を擦りながらも少し嬉しそうな顔を見せた瑠那。
二人共一安心すると、
「あのな瑠那。お前の策、かなり上等なモンだ」
白蓮が優しく話しかけてやる。
「正直、お前にこの連合軍率いて欲しいくらいだよ」
「……へっ？」
「全然わかんないとか言って、まともな案を出してきたから……ようは驚いたんだよ。白蓮さんも僕も」
そして一弦ももう一度、瑠那の頭を軽く撫でる。
「偉いね、瑠那ちゃん」
その何気ない一言で、瑠那の泣き顔はたちまち満面の笑みに変わった。
そしてすぐにいつもの調子で一弦に飛びつこうとするが、
「るぅぅぅぅぅなぁぁぁぁぁ？」
それを許さない大将が、瑠那が動き出すより早くその首根っこを捕まえた。
「あっ！？ 白蓮ねぇ！？ やぁ～めぇ～てぇ～っス！ 放して欲しいっスぅ～」
さながら猫といった様子で腕をパタパタと動かしながら弱々しい抗議をする瑠那。
白蓮はそんな瑠那に覚めた声で一言。
「そろそろだぞ。遊びはここまでだ」
見ると、もう汜水関が目の前まで来ていた。
猫になっていた瑠那もその大きな猫目を鋭く光らせ、一弦も背負った双逆鎌弓を握る。
白蓮も腰の剣の柄に手をかけ、そして……
「皆っ！ 生き残るぞっ！！！！」
凛として澄んだ声を高らかに響かせ、瞬時に自軍を統括する。
そしてすぐに、反董卓連合軍最初の戦いである汜水関攻めが開始された。
おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ！！！！！！
「な、なんだぁっ！？」
汜水関攻め開始直後だった。
突然後方から上がった地鳴りのような声に、今まさに剣を抜いたばかりだった白蓮が出鼻を挫かれたようにつんのめる。
そしてその直後に鳴る銅鑼の音。
「状況確認っ！ 急げっ！」
白蓮の声に弾かれたように数人の兵が駆ける。
「白蓮さんっ！ 泉さん達をっ！」
そして続いた一弦の声に素早く頷き、そして即座に今度は自分の兵ではなく瑠那に目配せをする。
それに小さく首肯するとすぐに元盗賊仲間に指示を飛ばし、泉達医療班の警護に走らせた。
それと入れ替わるように、伝言ゲームのようにして後方の様子を探っていた兵達が戻ってくる。
「伝令っ！ 後方に敵司令官華雄将軍率いる一軍が出現っ！ 現在北郷軍と交戦中っ！」
「ちぃっ！ 司令官自ら伏兵かっ！？」
白蓮は素早く思考をめぐらせる。
仮初めとはいえ協力体制にあるこの反董卓連合軍で、しかし現状は決して楽観視出来る様な体制ではない。
基本的に皆、自分のところに火の粉が降りかからなければ動くような事はない。
まして、今攻められているのは各方面から評価の低い北郷軍。正直、他の連中は潰されてしまっても問題ないくらいに思っているはず。
例外は馬超くらいだろうが、彼女にしても今はあくまで父親の軍の一将でしかなく、単独で動くような事は出来ないだろう。
しかし、今後方で北郷軍が戦っている相手は汜水関の司令官なのだ。ここで倒せれば事実上頭を欠く事になり、汜水関攻めは容易なものとなるだろう。
そして何より……
「ま、こうしてても攻め落としには参加できそうもないしな」
公孫軍は最右翼。城攻めと言った所でようは目の前の巨大な壁の前の敵に応戦、上から矢を射ってくる相手にも応戦し、隙あらば梯子をかけて侵入といった状況だが、実際問題そう簡単な話ではない。正面突破としたならば、曹操と孫権が門を突破するしかないのだ。
そして白蓮は決断した。
「瑠那はここで全軍の指揮を執り、汜水関攻めを続行！ 私と一弦は私の直属の一軍を率いて北郷軍の援護に回る！ この期に北郷達と敵司令官を落としてしまうぞっ！」
「はいっ！」
「はいっス！」
そして白蓮と一弦が身を翻そうとしたその時、
「お待ちくださいな、公孫賛伯珪さん」
涼やかな声が、辺りで地鳴りのように響く怒声の合間を縫うようにして白蓮達の耳に届いた。
その美声に白蓮達が一気に警戒心を強め、その音源に視線を向ける。
そこは目の前に展開していた董卓軍の中央部。
一人の女性が、ゆったりとした仕草でそこから歩み寄ってきた。
「貴方にはここで私のお相手をお願いします」
緩やかに波打った肩までの髪と、丸みを帯びた眼鏡が特徴的な、落ち着いた雰囲気の美女。
細身で、しかし出るところはきちんと出ている女性らしい身体のその女性は、細身の槍を抱えるように持ちながら真っ直ぐ白蓮のほうへと歩み寄る。
「あんたは……名は？」
白蓮の問いにその女性は、穏やかに笑顔を浮かべて答えた。
「私は皇甫嵩義真と申しまへうっ！？」
そして見事に顔面からずっこけた。
「おっ、おいっ！？ 大丈夫かあんたっ！？」
そのあまりの突拍子のなさに思わず生まれもった人の良さを発揮して助け起こしに駆け寄ってしまう白蓮。一弦も慌ててその後を追う。
「あ、あたい達はとりあえず他の奴等の警戒するっス」
意外に将としての自覚があったらしい瑠那は、そう言って微妙に浮き足立つ兵達を、他の将達と静めにかかる。
「おいっ！？ ほらっしっかりしろって」
「あ……すみません。助かります」
「いいからほらっ……ったく、驚いて助けちまったよ」
手を貸し、皇甫嵩を助け起こした白蓮は、そう言って苦笑しながら頭を掻く。
「驚いたのは、こっちです。白蓮さん……」
「う……す、すまん一弦」
すまなそうに肩を落として一弦の隣まで下がっていく白蓮の背中を眺めていた皇甫嵩は、その視線を一弦に向ける。
「貴方が公孫賛伯珪の副官ですか。お噂はかねがね」
「噂、ですか？」
「ええ。貴方が突如として公孫賛さんの傍に現れてから、お二人は二人で一人の二騎当千と」
「は、はぁ」
思いもよらぬ高評価にイマイチピンと来ない一弦は曖昧な返事を返す。
「なるほど……変わった弓ですね。攻防一体の弓が猛攻で名高い公孫賛さんの援護にはうってつけな訳ですか。公孫賛さん」
「ん？ なんだ？」
「この御方、お譲りいただけません？」
「はぁっ！？ 駄目に決まってんだろっ！？」
悪戯な笑みを浮かべる皇甫嵩に、即答で拒否する白蓮。
一弦は突然の事に言葉もないらしい。
「とまあ、冗談はともかく、ですね。お二人には私のお相手をお願いします」
すぅ、と、流れるような動作で槍を構える皇甫嵩に、二人も緊張感を取り戻す。
「二対一で構いません。私これでも、恥ずかしながら他の武将の皆様には一騎当千の評価を頂いておりますので」
身を低くし、戦う者の空気を全身から放たれ始めた皇甫嵩。
「気をつけろ、一弦。皇甫嵩って言ったら前の黄巾党との戦いで張角の弟二人討ち取った、あの戦い一番の大手柄持ちだ」
「……見えませんね。でも、たしかにさっきまでとは雰囲気が……違う」
「ああ。さっきまではただの鈍臭い奴だったんだけどな」
「あ、あの……本人の前で鈍臭いって……酷くありません？」
「「ごめんなさい」」
軽口を叩きながらもきちんと身構える白蓮と一弦。
「よしっ！ やるかっ」
「お願いします」
「……いきます」
そして三人はぶつかり合う。
反董卓軍の主力がぶつかる汜水関正面でもなく、汜水関防衛の司令官が現在戦っている本陣付近でもない全く注目されていない右隅で。
（詠ちゃんが反董卓軍で唯一真実を話せる相手だって言っていた公孫賛。どれほどのものか、見せていただきますっ）
あとがき
戦闘しなかったＯＴＺ
私が戦闘シーンから逃げているからなのか、展開が遅いからなのか……
でも皇甫嵩という人物をちょっとメインに置きたかったんです～
っていうか、ただ単に原作と同じ分だけ、原作をなぞらない様に書いてみた結果がこれ。
という事で、戦闘は次回という事で勘弁してもらえるととっても嬉しいです。
次回は皇甫嵩との二対一から華雄の最後、そして……って所までを予定しています。
段々オリジナル色が強くなってきますが、どうぞ見捨てないでやってくださいな～です。
それでは、今回はこの辺で～♪
公孫賛の所に現れた皇甫嵩。
美姫 「とりあえずは勝負という形になったけれど」
彼女から真相が語られるのだろうか。
美姫 「そして、北郷軍を襲う司令官率いる部隊」
どうなるんだろうか。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。