『新・恋姫†無双 〜降臨し不破の刃〜』
第七話
「あ、明命さま〜、玲さま〜」
「ん? あ、聡里! どうしたのです?」
「あ、はい。授業に参加してくださっている方々の事でちょっとお話があるのです」
個人的な鍛錬を終えて部屋に戻ろうとした俺の前で、いつの間にか俺に任されていた部隊の主要人物三人が集まっていた。
俺に気づいていないようなので明命の鍛錬の意味合いもこめて、しばらく気配を抑えてその様子を観察することにする。
「なんだ? っ!? まさかアイツ等聡里をいじめたりしてんのか!? だったらあたしがすぐに……」
「ちょっと待ってください玲。聡里、どうなのですか?」
「い、いえいえっ!? そんなとんでもないですよぅっ! 皆さんとってもまじめにやってくれて助かってます」
……だよな?
俺もたまに混ぜてもらっているが、むしろ小さな徳潤が頑張って教えている姿に皆癒されている感じだった。
それに授業そのものを分かりやすくて皆、“小さいのに凄い”と口々に褒めていたはずだし。
「そうではなくてですね……あ、あの……な、何人かの方々が文官として、正式に席を移したいと言ってくれていまして……」
ほう? あの荒くれ共の中にもそちらに興味をもつ奴等が出始めたか。
「わ、私としては、私如きの授業でそういってくださって嬉しいですし、呉の国も基本的に武官の方々が多いですからそういった意味でもいい傾向だと思うんですが……」
「凄いじゃないですか聡里! やりましたね〜♪」
「おうおうっ! ちっさいなりですげぇじゃねーか! やっぱお前は出来る奴だったんだよっ!」
「……ふぇ? あ、あの……お二人の部下の方が減るのですが?」
「そんなの気にしないでください。国の為ですし、兄上のお考えは“適材適所”ですからっ」
「アイツ等が、自分が好きで、遣り甲斐があるって思えるって仕事が聡里の下で文官として働く事だってぇ事なら、あたし等は喜んで送り出してやるよ」
ふむ。どうやら聡里は、結果的に二人の部下を引き抜いてしまう事を懸念していたらしい。
という事は申し出てきた奴等の中に二人の隊にいる奴等がいたんだろう。
まぁ、ウチの部隊の中でも明命と玲の隊の奴等は精鋭ぞろいだから、気持ちは分からんでもないが。
「きっと兄上も喜んでくださいますっ」
「だな。元は旦那の発案で聡里の授業が始まったんだし、こりゃ結果を出して見せたって事になるんじゃないのか?」
「あ…う、そ、その……それは……そう、なのでしょうか?」
「そうですよっ! そうと分かれば兄上に早速ご報告を……あれ? ……兄上?」
多少意地の悪いタイミングではあったが、そろそろ頃合だろう。
そう思って少し、気配を開放するとさすが明命はすぐに気がついた。
「なかなか悪くない。が、普段からもう少しだけ周囲の気配に気を配ってみろ?」
「あ、あの……兄上? いったいいつから……」
見れば聡里はもちろん玲もやはり気づいていなかったらしく、驚愕の表情を浮かべていたが、それよりもまずは質問に答えておこうか。
「……三人が出会った時からだ」
「あぅぁぅ……面目ないです」
「いや、言うほど悪くないぞ。少し気配を洩らしただけですぐに気がついたあたり、素質は俺よりもかなり上だと思う。が、斥候というのは単独任務だ。他人の気配にもう少し敏感になれるよう、頑張ってみような? 良かったら俺のやっていた鍛錬法を後で教えよう」
「は、はいっ! 光栄ですっ!」
明命はとても嬉しそうに頷く。
ふむ。どこかの馬鹿弟子にも見習ってほしいくらいだ。というか……教えてみるのも悪くないか。
どうせいつ、どうやって戻れるのかもまったく分からない身の上だ。得物もほとんど刀みたいなものだし……考えておこう。
「では、聡里」
「は、はいっ!」
「二人からもう聞いていたとは思うが……良かった。こんなにも早く結果を出してくれて」
「な? 言ったろ?」
……何故玲が得意気なのかは分からんが……
「二人に気に病む事はない。君は戦うことしか知らなかった二人の部下に、新しい道を示したんだ。むしろ誇ってほしい」
「……新しい、道……」
「ああ。君の授業のおかげで奴等は物事を学び、そしてもっと学びたいと思ったから文官を志願した。ならば、奴等を“学びたい”という気持ちにさせたのは他でもない聡里、君なんだ。君はそれを誇っていいと、俺は思うぞ?」
少なくとも、俺にはそんな事出来んしな。
「後で志願してきたという奴等を集めてくれ。俺達もきちんと話を聞いてやりたい。な? 明命、玲」
「おうさ。盛大に新たな門出を祝ってやろうぜ! 聡里も、これからは不破隊として部下を持つんだ。しっかりやれよ!」
「聡里、頑張ってくださいですっ」
そんなこんなで俺の任された隊も、多少の変化こそあれ上手くやっていた。
ただ俺には一つ、どうしても懸念せずにはいられない事が一つある。
果たして聡里一人でなんとかなるものなのか、という事。
今までのような読み書きの授業が基本ではなく、正式に文官としての仕事も教えなければならないとなった時、聡里一人で対応出来るのか。
「……ふむ……蓮華に相談してみるか」
翌日、早速蓮華に相談に向かった俺を出迎えたのは、今までまだあった事のない女性だった。
「ん? なんじゃお主…というか何奴じゃ?」
身長にほとんど差はないが、腰に両手を当てて少しだけ見上げるように俺の顔を覗き込んできたその女性はしかし、すぐに合点のいった様な顔を見せた。
「ふむ? もしやお主が不破恭也かの?」
「……ええ。確かに俺が不破恭也ですが……貴女は?」
「おおっ、そうじゃったな。儂は…「恭也? そこで何をしているの?」…おや? 蓮華様」
その女性が自己紹介しかけたところで顔を覗かせたのは、その部屋の主である蓮華だった。
まぁ、自室の前で会話されてはさすがに気になるだろうな。
「すまない蓮華。少し用事があって来たのだが……騒がしかったか?」
「い、いえ、それはいいのだけれど……祭はどうしたの?」
「はっ。遠征からの帰還の報告を、武将としてではなく一個人として蓮華様にしておこうと思いまして」
……そうは言いながらもこの祭と呼ばれた女性、先ほどから視線が俺に向いているんだが?
何か値踏みでもするような……それにその笑顔。それは明らかに真雪さんが誰かをからかう寸前の表情だ。
「……本音をいいなさい、本音を」
呆れたようなため息をつきながら、額に軽く手を添えてそう言って頭を振る蓮華。
どうやら蓮華にもこの笑顔の性質は理解出来ているらしい。
「そうですのぉ……いや、蓮華様と小蓮様が不思議な孺子を拾ってえらく御執心だと聞きましたのでな。どんな輩が聞きに来たのですが……いやはや、実物とすんなり出くわしてしまいましたわ」
「ご執し…!? きょ、恭也はそんなのではないわっ! 私は命を救われたのっ! そして恭也は今も、孫呉の…私の力になってくれているのよっ!? それをそんな――――っ!?」
「ほう? そうなのですか? 儂の聞いた話では孫権様と孫尚香様はその孺子を取り合っている、と……」
……遊び相手や暇つぶしの相手としてなら、確かにそんな感じはしているが?
「と、取り合ってなど……い、いないわ……」
……いや、蓮華? 何故そこでテレる?
「はっはっはっ! まぁよいではないですか。真名を許すくらいは心も許しておるのでしょう?」
「そ、それは……ええ」
良かった。そこは肯定してもらえて。
と、それよりも、
「すみません。結局貴女はどなたなのですか?」
これを知っておかないと話を出来ない。
するとその女性はきょとんと首を傾げ、何を言っているのだという表情をする。
いや、そんな知らんのか? みたいな表情をされても……
「彼女は黄蓋よ。母様の代から孫呉に仕えてくれている宿将よ」
「……ほう」
この人が黄蓋か。
黄蓋といえば真っ先に思い出すのは、赤壁での活躍。
命を賭して曹操軍に潜り込み、火を放ったあの話の……
「お会いできて光栄です、黄蓋殿」
こちらでのこの人がどんな将なのかは分からないが、実力はひしひしと伝わってくる。
恐らく俺がこの国であった中では、彼女が最強だろうな。
「っ!? ……ほう……中々良い面構えをした男じゃの。改めて自己紹介じゃ。姓は黄、名は蓋。字は公覆という。いや、孺子と呼んだのは儂の間違いじゃ。すまんの。忘れてくれ」
「いえ、貴女のような歴戦の将からみれば俺など確かに孺子でしょう」
正面から戦っては……十中八九、負けるだろうな。
「いやいや、お主も中々のものなのだろう? よし! 主である蓮華様もそうしておいでだし、儂の真名、お主に預けよう。祭という。よろしく頼むぞ、不破よ」
「……ありがとうございます。では俺の事も、恭也と。不破というのは俺が戦う時の姓ですので、信頼にお答えする意味でも、親から授かった名のほうで呼んでください」
「ほう……嬉しい事を言ってくれるわ。蓮華様、良い男を見つけられましたな」
「へ? あ…その……」
「はっはっはっ! すっかり女の顔になっておいでだ!」
「そっ!? ……はぁ、もういいわ。で、恭也は結局なんの用だったの?」
…………あぁ、そうだった。祭さんに会えてすっかり忘れてた。
「蓮華が連れてきた聡里が早速成果を上げてな、隊の何人かが文官として志願したんだ」
「っ! へぇ、凄いじゃない!」
「ああ。蓮華が呉は文官が不足していると聞いていたし、良い事だと思う。よほど聡里の教え方が分かりやすく、興味をそそられたのだろう。ただ、本格的に文官として適正を見て訓練するとなると彼女一人では手が回らないだろうから、せめて誰かもう一人、文官を指導できる人間がいればと思って相談にきたんだが」
俺がそういうと、蓮華は腕を組んでしばし考え込む。
まぁ、人材も有り余っているというわけではないだろうしな。無理なら無理で仕方ない。
蓮華はたぶん、そんな中からやりくり出来る人材を一生懸命探してくれているのだろう。それも恐らく、周瑜の息のかかっていない人材の中から。
「のう、恭也よ」
そんな時、隣で話を聞いていた祭さんが声をかけてきた。
「? はい、なんでしょう?」
「それは、文官としてきちんと仕事の出来るものならば誰でもいいのか?」
それは……しかしまさか、俺が周瑜と対立しかけている事をここで言うわけにも……
「あ、いや、分かっておる。それなりに教える立場にもなれる実力の持ち主で尚且つ、冥琳の…周瑜の息のかかっておらん人材でなければならんのだろう?」
「さ、祭っ!?」
「……ご存知でしたか」
すでに察していたらしい祭さん。
蓮華と俺が驚いているとしかし祭さんは、、
「そんなこと分からんはずがなかろう。蓮華様側にいるとはつまり、そういうことじゃ。まぁ、穏は少し複雑じゃがの」
といたずらな笑顔を見せる。
なるほど、そうか。もう蓮華と周瑜の対立、というか意見の食い違いは、皆が知るところなんだな。
「やれやれ……まったく冥琳の奴もややこしい事を……」
「……はい?」
「あ、いや、こっちの話じゃ。まぁそれはそれとして……蓮華様、亜莎が儂と一緒に帰還している事はお忘れか?」
? 亜莎? 聞いた事がないが……誰の事だ?
「あぁいや、忘れていたわけではないのだが……」
そう言って言葉を濁した蓮華の様子をみると、候補として考えはしていた人物らしいな。
「蓮華様側の文官では、あやつが一番適任なのでは?」
「いや、それはそうなんだけれど……そうね。そうしましょう」
ん? なんだか分からんが、とにかくその亜莎という人物で決まりらしい。
まぁ、俺としてはどんな人であろうと歓迎は……いや、聡里の性格からするにそんなにエラそうでない人間が好ましいな。
まぁ、彼女をつれて来たのが蓮華なのだから、そのあたりは俺以上に理解しているのだろうが。
「恭也、ちょっと付いてきてくれるかしら? 祭……は、言わないでも勝手にくるのだろうな」
……まぁ、あの表情を見れば分かるか。
楽しそうだから着いていきますって顔としか見えん。
「当然じゃろう♪ そういう事なら出向くまでもない。儂が呼んできましょう」
祭さんはそういうとスタスタと立ち去ってしまった。
……は、話を戻すか。
「…………で、蓮華。その人は力を貸してくれそうなのか?」
少し渋っていた様子をみると、もしかして頼みにくい相手なのではないか。
そういう意図で蓮華に尋ねると、蓮華は笑って否定する。
「頼めばちゃんと手伝ってくれるはずよ。最近軍師として正式に働き始めたのだけれど、能力も申し分ないわ。ただ……ちょっと聡里と似ているところがあって」
「それは……ま、まぁ、なんとかなるだろう。聡里もきちんと馴染めている事だし」
「そ、そうね。それじゃあ、後は亜莎次第という事にしましょうか」
そうだな。
と、それはそうと……
「蓮華、その人の姓と名を教えてもらえるか? 先ほどから蓮華と祭さんが呼んでいたのは響きからすると真名なのだろう?」
それに、いくら記憶を漁っても呉に亜莎という名の武将は聞いた事がないしな。
話を円滑に進める為にも、先に知っておいたほうがいいだろう。
しかしその程度だった俺は、名前を聞かされて唖然としてしまう。
「亜莎の? 呂蒙よ。呂子明」
「あ、あの……お呼びでしょうか、蓮華さま」
「…………」
……驚いた。
祭さんに連れられて俺と蓮華の前に現れたのは、片眼鏡にキョンシーの帽子を被った、切れ長の目の美少女だった。
だったんだが……
「わ…わた、私何かしてしまったのでしょうか?」
……なんだ? この小動物は?
かなり長めの作りの袖を口元に持ってきてあわあわ言っているその姿は、とても……
「……“士、別れて三日会わずば、即ち刮目して相待つべし”……か?」
そんな言葉を残した人には見えない。
「はい?」
「何を言ってるの? 恭也」
「おかしな男じゃ」
っと、いい加減慣れなければな。
ここは三国志のようで三国志ではない世界なんだ。
「すまん、こちらの話だ。それで蓮華、この方が?」
「ええ、呂蒙よ」
「あ、あの……せ、姓は呂、名は蒙。字は子明です。よ…よろ、よろしくお願いします」
? 緊張している…のか?
蓮華ではなく、俺に対して?
「ちょっと人見知りする子なのよ」
蓮華は、そんな呂蒙さんの態度も慣れたものらしいな。
しかしまぁ、俺個人が特別警戒されているわけではないというだけでも万々歳だ。
「申し送れました。不破恭也です。失礼ですがもしかして……男が苦手、ですか?」
「い、いえっ!? 決してそのような事はっ! ただ、お噂をたくさん耳にしておりまして、とても立派な方だと……申し訳ございません、蓮華様の危機をお救い下さった守護者様に対してこんな……」
「……はい?」
どうやら人見知りという以上に俺の噂が誇張されすぎている事が原因で萎縮してしまっているようだ。
しかしそれよりも……守護者様? なんだそれは?
「れ、蓮華?」
「なぁに?」
…………その顔は……知っていたな? 俺の事をそう呼ぶ人間がいる事。というかまた少し不機嫌な感じに……
「なんじゃ恭也、知らなかったのか? 儂も帰って早々侍女達から散々聞かされたぞ。皆恋する乙女そのもののような表情で嬉々としてお前の事をあれやこれや語ってくれたわ」
なっ!? そ、そんな……何故俺だけ知らないんだ?
……それと蓮華、何故そこでまた不機嫌になる?
「まぁ今はそんな事どうでもよいではないか。それよりも恭也よ。やはりここは蓮華様にお任せするよりお主自身の口でまずは口説いて見せぬか」
「……は?」
「くっ口説くですってっ!?」
「そうです。元はといえば恭也が蓮華様に持ちかけた相談事。蓮華様はそれにたいして子明を紹介するという事で応えた。ならばこの先協力を取り付ける仕事は、まずは恭也から頼むが筋というものじゃろう?」
……確かに。
蓮華はこの呂蒙さんを紹介するところまでしてくれたんだ。
徳潤を助けられる人をというのは俺個人の勝手な考えなのだから、ここはまず俺から頼むのが筋だな。
「……呂蒙さん」
「はっ、はひっ!?」
……そ、そこまで……
まぁ、俺の仏頂面をみたら余計萎縮してしまうか。
割り切ってしまうしかないんだが、このままでは話が……仕方ない。
「呂蒙さん、この度はお願いがあって蓮華に貴方を紹介してもらいました」
極力表情を柔らかく。
翠屋での接客を思い出して……
「っっっ!? 」
「実は、俺が任された隊から文官志望者が多数出まして。すべては聡里の功績なのですが、その聡里一人でどこまで出来るか……能力ではなく、純粋に頭数のほうで問題があるのではないかと思い立ったのです。それで蓮華に相談し、文官の教育を出来る人をもう一人、つけてはもらえないかと頼んだところ、貴方の名前が出てきました」
……なるべく表情は柔らかくしているつもり……ってしまった!?
俺が表情を和らげると余計怖がらせてしまうだけだった。
シャオの時にもう分かっていたはずなのに……呂蒙さんも真っ赤になってしまった!?
仕方ない。こうなったら勢いで押し通そう。
そう思って俺は、その場に膝をついて頭を下げた。
意味は……こちらでも同じはずだよな?
「お願いします。時間が空いている時だけでも結構ですから、どうか指導役として聡里に手を貸してやっていただけないでしょうか?」
「っ!? きょっ、恭也っ!?」
「っ!……ほぅ」
蓮華と祭さんが俺の行動に驚いているが、俺の頭一つ下げて承諾してもらえるなら安いものだろう。
「ちょっ! 守護者様っ!? 頭を上げてくださいっ!?」
「……正直俺は、貴方にはなんの利もない頼み事をしているのに返せるものが何もありません。ですから最大限誠意を見せる方法として……」
「そっ、そんな事をしていただかなくても喜んでお受けいたしますからっ!」
……え?
「と、聡里は私と同じ時期に呉に仕えるようになった仲間ですから。そ、それに……」
そういうと呂蒙さんはまた恥ずかしそうに長い袖で顔を隠す。
……ふむ。なんというか……愛らしい。
「蓮華様から推薦していただいて、その蓮華様が絶大の信頼を置いておられる守護者様直々のとあらば、そ、その……お断りするなどという選択肢ははじめから存在しておりませんっ」
「あ、いや……あくまでもこれは蓮華の命令というのではなく、俺個人としての頼み事と捕らえて……いただけていますか?」
「もっ、もちろんですっ!」
? 何故そんなに力いっぱい……
「…………貴方にそんな言い方されて断れる者など、いたら教えてほしいくらいだわ」
「ふむ……なるほど。権殿もまた難儀な男を……しかし、気持ちは分からんでもないな」
? 何だ? 蓮華も祭さんも……熱でもあるのか?
……いたって健康そうなんだが。
いや、それよりも今は……
「ありがとうございます、呂蒙さん。助かります」
きちんと呂蒙さんにお礼を言っておかなければ。
「あっ、あのっ! ……その……わ、私で、本当によろしいのですか?」
……そんな事……
「蓮華が貴方ならと言ってくれた。それだけで俺には十分なんですよ」
「……恭也……」
「しっ、しかしそれではっ!? …………け、結局守護者様は私の事……」
……ふむ。呂蒙さんの気がかりはそこか。
まぁ、気持ちは分からなくもないんだが……真面目な娘なんだな。
「お互いに今はまだ、蓮華を通しての互いしか知りません。ですから今は、蓮華を通しての信頼だけでも十分なのではないでしょうか?」
「そ、それは……で、でも……」
「恭也のいうとおりよ、亜莎」
「そうじゃ。頭が固すぎるぞ、亜莎」
俺の言葉ではいまいち納得してくれない呂蒙さんを見て、蓮華と祭さんが助け舟を出してくれた。
「貴方は恭也と今日あったばかりでしょう。初対面の人間を正当に評価し、信頼するなんて事、出来るわけがないわ」
「難しく考えるでない、亜莎よ。用は、今は恭也もお前も蓮華様を信頼し、その蓮華様を通じてお互いが繋がっているのじゃ。今はそれでよしとせんか」
「……はい」
……もう一押し、か?
頭の良い娘は深く考えすぎるな。
「呂蒙さん。俺は今後、色々な呂蒙さんをみる事になると思います。聡里を助けてくれる呂蒙さんや……こうして知り合えたんです。これからはお会いすれば挨拶する機会もあるでしょうし、お話しする機会だって出来ると思います……どうでしょうか?」
「そ、それは…………は、はい。そのような機会をいただけたら、そ、その……こ、光栄です……」
……まだ堅苦しいが……まぁいい。
「俺もそうなれば光栄だと思います。ですから……それからでは遅いでしょうか?」
「……ふぇっ!?」
「これから互いを知る機会を経て、信頼関係はいくらでも築けます。信頼に値しないと判断したなら、俺の頼みをその時点で忘れてくださっても結構です。ですからそれまでは、共に蓮華を信頼する仲間として信頼し、手を貸していただく。それでは、納得していただけませんか?」
俺がそういって尋ねると呂蒙さんはまた恥ずかしそうに袖で顔を隠してしまった。
……しまった。また表情が緩んでいたか? って蓮華、その表情は機嫌が良いのか悪いのかわからん。
……祭さん、貴女はとても楽しそうで何よりです。
「…………亜莎、です…………」
やがて恥ずかしそうに目元だけ覗かせた呂蒙さんが、ポツリとそう呟く。
今のは確か……呂蒙さんの真名、だよな?
「あ、亜莎とお呼び下さい。後……こ、言葉遣いを、その……ふ、普段のとおりにしていただけませんか?」
……はい?
「し、しかし……」
「こ、これも……これからの信頼関係を構築する一環、という事では……駄目、でしょうか?」
……その第一歩として呂蒙さんは真名を俺に預け、俺は彼女に対しての口調を改める、と?
「ははっ! よいではないか恭也。お主が言ったのであろう? 互いの信頼関係の構築はこれからすればいいと。亜莎はそれに応じて一歩踏み出しただけではないか。お主、それに応えん気か?」
「……わかった。確かに祭さんの言うとおりだな。では亜莎、俺の事は恭也、と呼んでくれ。真名がないので、代わりだ」
「きょ、恭也……様」
しょ、正直、かなりむず痒いのだが……
ま、まぁ……様をとってもらうのは追々、だな。
「亜莎、これから色々世話になる。よろしくな」
「は、ふぁいっ!? よろしくお願いしますっ!?」
「……ところで恭也……私の事、忘れてないかしら? さっきからずっと……」
……しまった。
蓮華がすっかり蚊帳の外になってしまった。
「い、いや、そんな事はないぞ? そ、そうだな。今回の件でまた蓮華の世話にもなったし、また何か礼がしたいんだが……」
「えっ!? ……そ、それは……な、何でもいいの?」
「……俺が応えられる範囲内なら」
まぁ、蓮華ならおかしな要求はないだろう。
前回は結局墓参りになってしまったしな。
「はっはっはっ! 恭也め、女子に疎い癖に妙に琴線を心得ておるわ」
「そ、それじゃあ…「あーっ! 恭也いたーっ!!!!」…しゃ、小蓮っ!?」
…………そうだ。今日はやけに静かだと思ったらシャオがいなかった。
「……申し訳ございません蓮華様。小蓮様の不破に対する嗅覚が異常に鋭く……」
「……今シャオを犬猫扱いしたよな、思春」
というか、何か?
もしかして思春はシャオを俺から遠ざける役割か?
「あ、あの……!?」
亜莎は……慣れていないんだな。
「今日は恭也が私にお礼をしてくれるって言ってくれてるのっ! 邪魔しないで頂戴っ!」
「にゃっ!? お姉ちゃんまた抜け駆けしたーっ! このいんらんばいたっ!?」
「っ!? し、小蓮っ!!!! 貴女また意味も分からずにそんな言葉をっ!!!!」
「ふ〜んだっ! 悪口だってわかってればいいんだよーっだっ!!!!」
「……しっかり取り合っておるではないか」
……はぁ……
こうなってはもう、蓮華に礼どころではないな。
それなら……
「蓮華、礼は後日という事で、今日は皆で食事にしておこう。祭さんと亜莎の無事帰還を祝って、という事でどうだろうか?」
「おっ! 良い事いうのぉ、恭也♪ 儂は大賛成じゃっ♪」
「わっ、私もっ……そ、その、やっていただけるのであれば光栄ですっ」
「わ〜いお食事〜♪ シャオ恭也の隣ね〜♪」
「……はぁ……仕方ないわね。思春、穏に声をかけて来てくれる?」
「はっ! 直ちに」
こんな日も、いいだろう。
戦から帰ったばかりの二人を慰労する意味でも、友好を深める意味でも……
「恭也の隣は私……」
「いや、いかに蓮華様といえど今回は譲れませんな。せっかく久々に良い男と出会ったのじゃ。一度くらい譲っていただいても罰はあたりますまい?」
「恭也の隣の席は二つあるんだもん。一つはシャオで決まりだよね〜♪」
「あ、あの、小蓮様……私も、頼まれ事がございますし、お隣で詳しいお話をさせていただきたく……」
…………結局、いつもどおりか。
人数が増えた分、姦しさに磨きがかかっているな。
「……はぁ……では俺は明命達に声をかけてくるから……」
「では、恭也に決めてもらいましょう」
「うむ。それがよろしかろう」
「ぜ〜ったいシャオだよね〜?」
「き、恭也様……」
「…………………………勘弁してくれ、本当に」
「まったく……お主は回りくどいんじゃ。恭也だけならばともかく蓮華様までも謀ろうとは……この不忠者めが」
「ふふっ。なんとでも仰ってください。出会ってその場で真名を許した貴女ほど楽観視出来ない性分なだけですよ」
「難儀な性分よのぉ。で、どうなのじゃ?」
「武、覚悟、人、出来うる限りを確認させていただきました。あの男、いや不破殿は……間違いなく我等の柱石たる人物です」
「ふむ……して、いつ明かすつもりじゃ? あまり長引かせると将達の動揺が兵達に伝わりかねん。それが分からぬお主でもあるまい?」
「えぇ。ですから近々……お二人に真相を打ち明けようと思います。そしてその時こそ……」
「我等が孫呉の復活へ、歩みを始める時……じゃな?」
「えぇ……数年でしたが、とても……とても長かった。もう少しだけ待っていて頂戴、雪蓮。我等の孫呉を、必ずや蓮華様と……」
「ところで、貴女が初対面で真名を許すとは…………年甲斐もなく惚れましたか?」
「……ほう? 言うようになったのぉ? 泣きべそかいてた小娘が……年甲斐もなくと儂に申したか?」
「あ゛、いや……気のせいでは?」
「ん?」
「で、ですから……」
「んんっ?」
「……後で家の蔵の酒を用意させますので」
「ん? そうか悪いのぉ♪ いやぁ儂はただ一言謝罪が聞きたかっただけなのじゃが、まぁくれるというのなら貰っておこうかのぉ♪」
あとがき
う〜ん……お話としては最後のはいらなかったかもしれません。
でも二人のこういった会話は大好きなのでまったく後悔してません。
さて、今回はこのお話にしては珍しく蓮華様があまり出てきませんでした。
でもまぁちらちらと出てきては可愛いこといったりやったりしてる……はずです。
伝わっていなければそれはアインの力不足ですね……ごめんなさい。
で、原作よりも参入の早い亞莎に関しましては雪蓮がいないし人数的にもうだしちゃってもいいかなって感じで。
さて、次で以前書いていたものの手直し作業が終わります。
後は新しく書いていくことになるんですけど……あぁ、不安だ。
とまぁそんな感じで駄目駄目なアインでした。
またいずれ〜♪
祭と亞莎との顔見せって所かな。
美姫 「恭也を取り巻く環境も中々に面白くなってきたわね」
蓮華の可愛い所も変わらずだし、小蓮も本当に元気の塊と言う感じで。
加えて、密かに思春が裏で動いていたというのが思わず笑ってしまった。
美姫 「後は、最後の二人の会話ね」
誰とは明記されていないが、恐らくは彼女だろうな。
美姫 「いよいよ真相が語られる事になるのかしらね」
次回も待ち遠しいです。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
ではでは。